蛇女郎の恋――ジャパン・江戸
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■ショートシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 44 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月03日〜12月10日
リプレイ公開日:2004年12月20日
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●オープニング
●ジャパンの事情
極東の島国、ジャパン。
表面上は神皇家の統治する封建君主国家だが、その実は超多数の封建領主が乱立し、派閥を作り互いにけん制しあっているプレ戦国時代国家である。
ジャパンを統一するのは誰か? と問われれば、江戸の源徳、京都の平織、長崎の藤豊あたりが濃厚だろうと答えられる。それ以外の領主たちは、月道を含めた地政学上、いろいろと不利だ。奥州には大国があるが、これもぱっとしない。というより、手を出すタイミングを逸して状況を静観しているような感じである。
この微妙な緊張をはらんだ十数年の平和の間に、個々の勢力は着実に力を付け、戦争準備を行ってきた。いまや状況は膨らみきった風船のようなもので、何かひと刺激あれば簡単に激発してしまうだろう。それが火山の噴火なのか隕石の激突なのかはわからない。ただ何かの拍子に『それ』が起きたとき、事態は風雲急を告げる、ということになるはずであった。
とは言っても、そんなことは庶民たちにはあまり関係無い。市民たちは日々の生活に追われており、ちゃんと三度の食事を取るのも大変である。
そして様々な揉め事は、冒険者ギルドに持ち込まれるのだ。そしてそれは時に、難物な依頼主だったりする。
「今回の依頼は‥‥この人からよ」
そう言って苦笑いをしながらキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
その横には、美しい女性が居る。清楚な感じの日本美人で、年は17、8に見えた。
京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「依頼内容は‥‥この人の恋を成就させること‥‥なのかなぁ‥‥」
いつになく、歯切れの悪い京子である。
「おせんさん、ちょっと正体を現してやっちゃくれないかねぇ」
そう京子が言うと、おせんと呼ばれた娘は変化した。足がにゅーっと伸びて、蛇の胴体になったのだ。その全長は三間(9メートル)ほど。
蛇女郎。人間の生き血をすするという、強力な化け物だ。
タン!
京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「おせんさんは人里離れて暮らしているんだけど、街に出たときに人間の男に一目ぼれしたんだと。それで困って、冒険者ギルドを訪ねてきたってわけ。まあ、どうしたらいいかなんて分からないけど、こういう異界の人との間を取り持つのも冒険者の役目さね。というわけで、あとはよろしく」
無責任に、京子が言った。
●リプレイ本文
蛇女郎の恋――ジャパン・江戸
●さて問題です
蛇女郎――洋名ラーミア。
化生(クリーチャー)に分類されるこの妖魔は、決して邪悪な化け物というわけではない。ただ捕食対象が人間でその生き血をすするということから、邪悪視されているというだけの話しだ。獲物を殺すこともあまりなく、旅人に一夜の夢を提供し、代わりに血を少しもらう。その血も別に人間に限ったわけではなく、ヒューマノイドならおおむねどれでもOKである。
ただ、当人の弁によるとやはり人間族の血が一番美味いらしく、エルフは淡白でドワーフは濃すぎる酒を飲んでいるような気分になるそうだ。えり好みしなければその辺の獣でもいいのだが、人間の味を覚えるとどうしても不味いと言わざるをえない。
そして彼女らにとっては、用心深くはしっこい獣を捕まえるよりも、人間を引っ掛けるほうがはるかに楽である。ラーミアは人間に化けれるのだ。それも、すこぶる付きの美女に。となれば、すけべぇな男は面白いように引っかかる。翌日首筋にちょっとした刺し傷と気だるい感じがあっても、まあ夕べがんばったから、という目くるめく大人の世界の話でほとんどの場合忘れ去られる。
ちなみにこの時代、村社会中心で近親婚がちょくちょくあるような環境では、旅人が落としてゆく胤(たね)は村に新しい血を入れる良い機会でもあった。旅人の逗留は村にとって歓迎されるもので、年頃の娘さんが旅人の宿を夜訪れるということも、ままある。だからラーミアみたいな化け物も、あまり怪しまれずに存在し続けることが出来たのだ。
で、今回のラーミアについての話になるが、ラーミアにも獲物の好みはある。人間に食べ物の嗜好があるように、ラーミアも獲物は選ぶ。それはまあ、人間ならさっぱりした物が食べたいとか、横浜○角屋のような殺人的に脂っこいものが食べたいとか、通常はそういう好みである。
が、今回は違う。
このおせんという名の蛇女郎は、食ってもいない人間に熱を上げているのだ。つまり、恋愛対象として人間を見ているのである。亜人類の数多く居るジ・アースでは異種族婚というものもあるが、そういう意味では極めつけだ。
ただ異種族婚は、この世界において明らかに忌避すべき禁忌であり、その実態はあくまで厳しい。例えばハーフエルフへの、云われ無き迫害がそうである。
しかし!
今回の冒険者達は肚が座っているのか、そんなことはまったく気にしていないようだった。
今回、この一見報われぬ恋を報いてやろうとしたのは、次の者たち。
ジャパン出身。人間の志士、藤野羽月(ea0348)。
努力と忍耐を信条とする若き志士。上品な外見と素っ気無い物言いはかなり友人を選ぶが、すでに江戸では知られた実力者でありその発言は無視できない。モンスターに肉親を殺された過去を持つが、今回はそのようなわだかまりをさっぱり忘れて縁を取り持とうとしている。
ジャパン出身。人間の女浪人、御堂鼎(ea2454)。
快楽主義者で刹那主義。面白ければなんでもいい傾(かぶ)いた女剣士。酒好きが昂じて酒場の店員をやっているが、芯は一本太いのが通っており、長いものに巻かれるのが大嫌いなため士官の口は逃しがちである。口は、やや悪い。
ジャパン出身。人間の女志士、御蔵沖継(ea3223)。
自分の未熟を恥じる一介の志士。戦闘能力は低く回避専門というていたらくだが、己を知る事は勝利の第一歩である。代書人としての腕は一級。ジャパン語に関する知識は達人級である。
ロシア王国出身。エルフのバード、ユーリィ・アウスレーゼ(ea3547)。
自称『黄昏の三味線ボーイ』。日本文化を積極的に取り入れる姿勢は特筆に価するが、何か必ず間違っている。強いてあげるなら、外国人の言う『サムラーイ』『ブシドー』とかいう『純和風』系統(w)。今回は『変文(コイブミとと呼ぶらしい)』で勝負をかける。
ビザンチン帝国出身。人間の女ジプシー、リラ・サファト(ea3900)。
子供子供しているが、熱意だけは有り余っている女の子。マイペースだが、火が入ったときはものすごい行動力を見せることがある。当事者以上に物事に熱心で、ある意味奇特な性格。ただ白くてふわふわしたものを追いかける癖はなんとかしたほうがいいだろう。
ジャパン出身。パラの忍者、白井鈴(ea4026)。
ネコミミのような忍び装束をつけた、可愛い少年。ショタ好みの外見をしているが、忍術を使う立派な忍者。もっともまだ修行中の身で、これからの成長が楽しみな人物である。ただ忍びとしては、いささか素直すぎる性格と言えるだろう。
ジャパン出身。人間の浪人、倉梯葵(ea7125)。
言葉が乱暴な、気分屋で毒舌家。なにかにつけ「かったるー」とだるそうにしているが、実は結構優しく真面目な面がある。例えば義妹の、リサ・サファトのことだ。彼女に対して葵は過保護で、今回の主任務は義妹と藤野羽月の仲を進展させないことにあるらしい。
以上七名。それぞれの思いの錯綜する部分はあるかと思うが、きっと大丈夫だろう。多分。
●おせん――その遍歴
おせんが生まれたのは、20年ほど昔らしい。どのように生まれたかはわからないが、物心ついたころに親は居なかった。おせんは人間の姿で山奥にある人間の集落に拾われ、人間として育てられた。言葉や人間の風習も、その時覚えたらしい。
ある日、村で火事があった。おせんはその火の中に飛び込み、赤ん坊と母親を救った。だがおせんは、村人から気味悪がれるようになった。
火事はすさまじいものだった。多分人間なら死んでいただろう。しかしおせんには、やけど一つ無かったのだそうだ。
おせんも、半ば忘れていたのだ。ただ自分が異常である事に気づいてからは、外出も控え人前に出る事も少なくなった。
やがて、おせんを育ててくれた夫婦が共に没すると、おせんは村人の非難を恐れて山に隠れ住んだ。
蛇女郎としてのおせんは、それから始まる。時折現れる旅人からちょっとだけ血をもらい、何事も無かったかのように旅人を送り出す。都市の開拓が進んで人が多くなれば、さらに山奥へと引っ越してゆく。そうして、約3年ほどすごしてきた。だが人間の開発速度はおせんの行動を上回り、おせんは一端町に出てみることにした。
「つまり、そこで虎狼衛門さんと会ったのだね〜?」
変なイントネーションで三味線をかき鳴らしながら喋っている変態、もとい、ユーリィ・アウスレーゼが言った。それにおせんは、こくりとうなづく。
「舞台を見て、一目ぼれしたんです」
おせんが、うっとりとした目で言う。どこか14万8千光年ぐらい遠くを見ている眼差しだ。
「まあ、できる事をやってみよう」
建設的な意見を出したのは、藤野羽月である。彼も今ちょっと色関係で揉めているので、他人事とは思えないのだ。
「あたしは舞台の方へいってみるよ」
酒盃を傾けながら言ったのは、御堂鼎である。
「まあ、人となりを確認しなきゃ何も始まらないからねぇ」
そしてすっくと立ち、ギルドを出て行った。途中でのし付きの柄樽を買ってゆく。
「あなたは、異種族として添い遂げられると信じてますか?」
御蔵沖継が、ややもするときつい口調で言う。おせんはそれに、「はい」と堅い決意を込めて答えた。ただおせんは知らないかもしれないが、沖継が心配する通り異種族婚は忌避すべきタブーである。ジャパンでは実際、西洋人とのハーフであるというだけで差別される傾向がある。現実はどこまでも厳しい。
リラ・サファトは、虎狼衛門に差し入れをすることを提案した。手作りの料理である。
「種族の事は難しい‥‥でもこの世界では色んな種族が一緒に生活してますよね。貴方も彼もその一つです。或いは案外平気なものなのかもしれません。まずはお互いを知る事じゃないかしら‥‥」
ややもすると夢想家のようなことを、リラは言う。しかし実際の話し、異種族婚のタブーなど当事者にとってはどうでも良い事なのだ。幸せであれば。
「では羽月君、我々も行くとしよう。もちろん虎狼衛門さんのところだ。ほら、妹はおせんさんの世話に忙しい。君も忙しい。だから来なさい」
やけに棒読みな台詞を、倉梯葵が言った。
「じゃ、僕も」
白井鈴が、天井裏に消える。
さて、作戦開始である。
●虎狼衛門――その人物
舞台の虎狼衛門は、それは華やかな人物であった。女形は美しく男形は凛々しく、舞いもチャンバラも、何をやっても絵になる人物である。天賦の才能に恵まれた、10年、いや20年に一人の名役者であった。舞台を見た鼎などは、なるほどとうなづいてしまったほどである。
さて、舞台が引けて客が去ると、鼎たちの行動が始まった。虎狼衛門の身柄を確保し、拉致、もとい招待するためである。
まず第1段階として、楽屋への侵入計画が実行された。これは鈴によって行われた。通常届かない恋文の類を、虎狼衛門の鏡台に置くことに成功したのである。恋文はユーリィ指導によるものだ。
次に、羽月と葵が突貫した。羽月の名声を盾に、虎狼衛門との面会を求めたのである。
「はじめまして。江戸で名高い冒険者の藤野様と倉梯様をお迎えできて光栄です」
化粧を落としている最中の、虎狼衛門が言う。
「実はかくかくしかじかで」
と、羽月はおせんの事を話し始めた。絶世の美女が、あなたにほのかな思いを抱いているという話しである。もちろんおせんが蛇女郎であることは伏せておく。
それに虎狼衛門は、難しい顔になった。
「お会いしてもいいんですがねぇ‥‥真面目な話しなら面倒なことになりますよ」
と、虎狼衛門は言った。彼が言うには、役者というのは巡業先に一人ずつ嫁がいるようなものであり、下半身に関してはあまりにも節操が無いというのである。実際虎狼衛門も、旅先にはすでに3人の子供が居るという。まあ女性にモテモテなのだから、そういう引き合いはいくらでもあるだろう。
さすがに、羽月が渋面になった。今は遊びでしか付き合えない、しかも先約がごっそり居るという状態なのだ。何かあれば、修羅場は必至である。蛇女郎の本気がどの程度かは知らないが、一般人である虎狼衛門など瞬殺されかねない。
「会っておくれでないかね」
何事か考えていた鼎が、おもむろに言った。
「きっと気に入ると思うよ。なんせ相手は超一級の美女だ。それに、一夜でも夢を見させてあげればいい思い出になるって」
鼎が言った。何か考えがあるような表情だった。「そこまでおっしゃるんなら」と、虎狼衛門も腰を上げた。
●お見合い――その結末
「うまくいきましたね」
リラが、にこやかに言った。
「オイラの『変文』が効いたのだ〜」
ベンベン。三味線が鳴る。
結局、虎狼衛門とおせんは会い、一夜を過ごした。そしておせんは、自分の正体を暴露したのである。
ぬわにぃ! と思った読者諸賢。きみたちの判断は正しい。
が、虎狼衛門はそういう平凡な価値基準の持ち主ではなかった。蛇女郎が自分に熱を上げていると知り、そして所帯を持つことを提案してきたのである。
江戸の一部では、大騒ぎになった。絹谷虎狼衛門が、蛇女郎を嫁にもらった。大事件であった。
虎狼衛門に計算があったのかどうかはわからないが、そのお陰で彼の名は一日で江戸中に知れ渡った。虎狼衛門は自分の名声を上げ、そしておせんは悲願を果たし、冒険者達は成功を手に入れた。
八方丸く収まったように見えるが、疑問は残る。今後の夫婦生活はどうなるだろう? まあ、当人達で解決しなければならないのだが。
まあ、とりあえずめでたしめでたしということで、終わっておこう。問題があれば、そのうち冒険者ギルドに依頼が持ち込まれるだろうから。
【おわり】