●リプレイ本文
ジャパンはオーガ(鬼)と縁の深い土地だ。
古くから鬼の伝承には事欠かず、現にこの島国でしか見ることの出来ないオーガも多い。アジアの他地域にも云えることだが、鬼がモンスターの代名詞として使われているほど、ジャパンでは人と鬼の関わりは強い。
それだけ身近な存在だからこそ、今回の騒動も――近隣住民にとってはそれこそ命懸けの一大事ではあるが――この国では日常茶飯事な事件なのだ。
江戸を出発した10人の冒険者達は無事に事を済ませられるだろうか。
「馬車を借りたい、無ければ荷車でも良い」
侍の桐沢相馬(ea5171)は役所に掛け合った。しかしジャパンに馬車は無い。無論、探せばどこかにあるかもしれないが貴士農工商の身分制度があるこの国で庶民が移動に馬を利用する事は稀であり、需要がない。
「用意出来ないものは仕方がない。皆の馬で荷物を分担しよう」
云ったのは桐沢に同行した志士の不動金剛斎(ea5999)。
侍の神楽聖歌(ea5062)と志士の雪切刀也(ea6228)は馬で先行すると云ったので、荷物は主に金剛斎とエジプト出身のファイター、キサラ・ブレンファード(ea5796)の驢馬に分配した。
「アーウィン、お主は荷物を持ちすぎだ。俺の馬を使え」
「お、本当か? そいつは悪いな」
イギリス出身のファイター、アーウィン・ラグレス(ea0780)は家財道具一式を背負っている感があった。殆どは江戸に残していくがそれでも相当量を持っていかざるをえない。
「でも馬使わせて、不動はどうすんだ?」
「俺は歩くからいい」
金剛斎は韋駄天の草履をはいていた。旅においては実質、馬以上の距離を稼げる。これがあれば東海道を4日で渡ると云われ、旅人垂涎のアイテムである。
先行組が出発し、残る者達はキサラの驢馬と不動の馬を中心に徒歩で街道を進む。
桐沢とキサラ、それにロシア出身はウィザードのアーク・ウイング(ea3055)と白クレリックのエンジュ・ファレス(ea3913)の二人、忍者の島津影虎(ea3210)、そしてイスパニア出身のウィザード、ゴルドワ・バルバリオン(ea3582)の6名だ。
犬鬼の一族が出没する場所まで、およそ三日かかる。
「約百匹の犬鬼‥‥約の範囲が数十匹というオチはないよね?」
道中の退屈からか、アークが良く喋った。
「有り得ない話では無いですが、その反対に犬鬼は百匹も居ないかもしれませんよ?」
アークの話し相手になったのは教師を生業にする忍者の影虎。情報を確認することの必要性を少年に滔々と説く。アークは話題を変えた。
「そろそろ僕もかっこいい称号が欲しいなー。雷撃の魔術師なんかかっこよさそうだけど。でも、使える魔法がライトニングサンダーボルトだけだと、名前だけの称号になりそうだし。やっぱり、ヘブンリィライトニングも使えた方がいいのかな?」
「肩書きとは実力のある者に自然と付いて来る者です。精進することですよ」
「‥‥むーん」
云うことは尤もだったが、面白みには欠けた。
そうこうするうちに一行は目的地に到着した。
師走の空に一条の流星。
空飛ぶ箒に跨った魔女‥‥ではなく金髪の青年、アーウィンは一足先に近隣住民と接触していた。
「俺達だけじゃちとキツいんでね‥‥ご協力、お願いしますぜ」
言葉は悪いが、犬鬼一族の出現に怯えている近隣住民を彼は必死に説得する。半年前は荷物持ちをしていた青年も成長したものだ。相変らず威厳は無いが‥。一番手のアーウィンに続き金剛斎が到着し、住民達も事が切迫していることを実感する。
「半楕円形の陣形をしいて、迫ってくる犬鬼の攻撃を防ぎながら戦えるようにしたい。その為には皆の力が不可欠だ」
犬鬼攻撃の具体的な作戦を説明する金剛斎。彼らの熱意にほだされたのか腹を決めたのか、徒歩の6人が到着する頃には若者たちの協力を取り付けていた。この時点で、冒険者達の肩には直接他人の命が乗せられたのである。
「あなた達と、あなた達の村にも犠牲は出させません」
聖歌は不安な顔を見せる若者たちを励ました。その言葉は気休めでなく、彼女の使命感。いざ戦いでは聖歌は彼らの護衛を引き受けるつもりでいる。
「肝心の犬鬼だが、山で巣作りをしているぞ」
偵察に出た刀也と影虎は、犬鬼の一族が山中の洞窟のそばに『村』を形成しつつあることを報せた。犬鬼の小集団と偵察隊は何度かニアミスが起きた。激突は近い。
「森林か山岳に犬鬼を追い詰められる場所がありますか?」
エンジュが聞いた。冒険者達は大急ぎで戦場の選定に入っていた。刀也が住民に地図を求めたが、この時代、村々に正確な地図は無い。あるのは田畑を測量した田図の類くらいで、今の彼らには意味が無い。そもそも地理学を修めた人間が稀であり、不正確な絵地図一枚を作るのも大変なのだ。そもそも大多数の人々にとっては、村とその周辺が生涯出ることのない一個の世界だったから、地図の必要性自体が薄い。
しかし、悲歎するには及ばない。彼らには土地勘をもった若者がついていたし、得難い人材にも恵まれている。
「上から見てくれば?」
アーウィンが云った。彼から箒を借りて、地形の把握には目の良い刀也が行った。
●百壱対三十
「お〜お〜、なかなかサマになってるじゃんか?」
即席の木盾を持って並んだ若者たちに、アーウィンが云う。
結局、罠を張ったり陣地の誘い出しの策を練る前に時間切れとなり、冒険者10人と20名の若者は犬鬼の村に強襲をかけた。
「‥‥数が多いですね」
「確かに、これだけ揃えば、ある意味壮観ですね」
聖歌の独白に影虎が答える。
「やれやれ、五十人斬りをしたら、今度は百壱狩りとはな‥‥」
箱根で蟹江猿田の仇討ち騒動に関わった刀也も武者震いを覚えた。実際に百の犬鬼と対峙すれば、生半なプレッシャーではない。歴戦の彼らでそうなのだから、木盾を構えただけで前面に立たされた10人の若者らの恐怖は推して知るべしである。若者たちの足は竦んだ。
――ウォォッォッ!!
思うように動けない半楕円陣に、犬鬼の先陣がぶつかる。
「陣形を乱すな! 割り込まれて多数に打ち込まれたら終わりだぞ!」
金剛斎は声の限りに叫んだ。野太刀を地面に突き刺し、鬼の前列にグラビティーキャノンを放つ。倒れた犬鬼が後続の前進を阻む。同じく後方に隠れていたアークもライトニングサンダーボルトを撃った。
「今だ、ゆくぞ!」
十字砲火に乱れた犬鬼の列に、相馬・影虎・キサラ・刀也・アーウィンの白兵組が突撃した。5人は一撃を与えると深追いせず陣形の中に退く。受けた傷はエンジュの魔法とそれぞれのポーションで回復させた。
「大丈夫ですか? 傷を見せてください」
エンジュはリカバーだけでなくアンチドートを覚えていた。この事は大きい。犬鬼の武器には毒が塗られており、これで傷を受けた者は解毒しない限り、回復ができない。エンジュはこの戦いの鍵を握っていると言っても過言ではなかった。
「放て!」
冒険者の号令で、それまで後ろに控えていた若者たちが犬鬼の列に網を放つ。網は上手く飛ばないが、続いて別の若者たちが前列に弓を浴びせた。ぎこちないが陣形が機能を始める。
「陣さえ確かならこちら一人に掛かれるのは3匹まで、ならば‥‥」
キサラは盾の間から入り込んだ三匹の犬鬼の進路を塞いだ。
「‥‥先に始末してしまえばいい」
アビュダ流の三連撃。犬鬼とは言え、一撃で一匹を倒すのはさすが。倒れて呻く三匹には目もくれず、キサラは次の敵に狙いを定めた。
最初の攻防の後、戦いは一種の膠着状態に陥る。回復役のエンジュと大鎧を着込んだ聖歌は守備に重点を置き、相馬・影虎・キサラ・刀也・アーウィンの5人は木盾の間から犬鬼を迎撃した。前衛の人数が少ないが不動は若者のカバーと全体への指示で精一杯だ。またアークは‥。
「敵の攻撃が届かないところに陣取るのは魔法使いの定石だよ!」
犬鬼の手の届かない樹上から犬鬼を狙い撃ちしたが、攻撃手段がライトニングサンダーボルトだけなので限られた射線では大きな効果は望めなかった。
「うわぁぁっ」
木盾に複数の犬鬼がたかり、一枚が引き倒される。陣形に穴があいた。
「犠牲は出させません!」
押し寄せる犬鬼の前に、両手を広げた聖歌がいた。
『ガウッ!』
目を血走らせた犬鬼達は一斉に聖歌に剣を突きたてる。
「神楽殿!」
無数の剣で貫かれ、普通ならば即死。だが重装備とオーラボディに守られた彼女は両手で掴んだ野太刀を振るった。凶刃は一つも聖歌の肌に届いていない。前列の犬鬼に戦慄が走る。
「見つけたぞ!」
その時、戦いには加わらずに樹上からひたすら戦場を凝視していたゴルドワが叫んだ。彼の視線の先、洞窟の入口に皮のローブを着た犬鬼が姿を現し、何か喚き散らしている。身なりからして、あれがこの群れの長に間違いなさそうだ。
「え、どこどこ?」
アークも族長を見つけたが、洞窟が邪魔をして魔法の射線が通らない。
「フゥハハハハ! 彼奴はこの我が輩に任せておけい!」
ゴルドワは詠唱と共に印を結んだ。八尺を超える巨人の肉体が真っ赤な炎に包まれる。
「この華麗なる火の鳥の力、見せてくれるわ!!」
枝から無造作に飛び降りたゴルドワはまさに巨大な炎鳥の如く飛翔し、犬鬼数匹を跳ね飛ばして戦場の端に降り立った。本当は一足で族長まで飛びたかったが効果時間の短さがこの術の欠点だ。だが炎を噴き上げて飛行するジャイアントの姿は犬鬼の戦機を挫くに十分。金剛斎達も一気に攻勢に出た。
「さあ、百頭を束ねる頭の腕とやら見せてもらおうではないか!!」
二度目のファイヤーバードでゴルドワは長の護衛を吹き飛ばし、族長の眼前に立つ。‥‥ジ・アース世界にウィザード多しと云えど、ここまでファイヤーバードを操る術者は稀であろう。魔法使いとして大切なモノを沢山犠牲にしているが、既に必殺技の域である。
『ッ!!』
声にならない叫びをあげて、族長は背中の剣に手をかける。
「フンッ」
その手を掴み、ゴルドワは丸太のような腕で族長の首を締め上げた。
「ありゃりゃ、すげぇな。一瞬でチェックメイトかよ」
犬鬼の列に切り込んでいたアーウィンは、ゴルドワが単独で族長を落とすのを見た。犬鬼達にも激しい動揺が走る。
「好きなだけ喚け。お前達は、生存競争に負けたんだよ‥‥」
勝利を確信した刀也も打って出る。
「そう、生存競争だ。安心しろ、あとで閻魔には俺から言い訳をしておいてやる」
崩れた群れに相馬は二刀で襲い掛かった。一瞬の出来事で大勢は決した。
もはや犬鬼たちに勝機は無い。それでも群れの女子供を逃そうと犬鬼の戦士達が最後の抵抗をする。
「人里近くまでくれば、私達が来なくてもいずれこうなるのは必定でした。何故来たのです‥‥こうなった以上情けは無用!」
影虎は犬鬼達の退路をたった。その後は戦いと呼べるものではない。犬鬼の群れは大部分が討ち取られ、逃げ延びた者も散り散りとなって山の奥に姿を消した。
激しい戦いだったが、冒険者と若者たちに死亡者は一名も出ず、冒険者達は近隣住民に深く感謝されて江戸に帰還した。
(代筆:松原祥一)