死食鬼の村――ジャパン・箱根

■ショートシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 95 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月01日〜01月08日

リプレイ公開日:2005年01月12日

●オープニング

●ジャパンの事情
 極東の島国、ジャパン。
 表面上は神皇家の統治する封建君主国家だが、その実は超多数の封建領主が乱立し、派閥を作り互いにけん制しあっているプレ戦国時代国家である。
 ジャパンを統一するのは誰か? と問われれば、江戸の源徳、京都の平織、長崎の藤豊あたりが濃厚だろうと答えられる。それ以外の領主たちは、月道を含めた地政学上、いろいろと不利だ。奥州には大国があるが、これもぱっとしない。というより、手を出すタイミングを逸して状況を静観しているような感じである。
 この微妙な緊張をはらんだ十数年の平和の間に、個々の勢力は着実に力を付け、戦争準備を行ってきた。いまや状況は膨らみきった風船のようなもので、何かひと刺激あれば簡単に激発してしまうだろう。それが火山の噴火なのか隕石の激突なのかはわからない。ただ何かの拍子に『それ』が起きたとき、事態は風雲急を告げる、ということになるはずであった。
 とは言っても、そんなことは庶民たちにはあまり関係無い。市民たちは日々の生活に追われており、ちゃんと三度の食事を取るのも大変である。
 そして様々な揉め事は、冒険者ギルドに持ち込まれるのだ。

 箱根はその地勢学上、西国からの防衛の要衝となる。天下の嶮(けん)と呼ばれる箱根山を中心に、関所、陣、城砦が作られ、『駅』と呼ばれる飛脚や早馬を利用した情報伝達手段も確立した。現在の箱根駅伝はその名残である。
 その箱根は、小田原藩11万5千石の支配地で、東海と関東を隔てる境界にもなっている。源徳家康の支配地の、西端というわけだ。
 藩主は、2代目大久保忠吉(おおくぼ・ただよし)。若干24歳ながらよく箱根を治める、賢主であった。

「今回の依頼は、箱根の役所から来てるわ」
 そう言ってキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
 京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「依頼内容は、死滅した村を焼尽せしめること。つまり何もかも燃やしてしまって欲しいってことね。その村は数日前に壊滅したらしいわ。死体には食われた跡があって、どうやら死食鬼(グール)の仕業みたい。死体が歩いているとかそんな情報も飛び交っているわ」
 タン!
 京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「とにかく箱根に被害が及ぶ前に、その村を消滅させること。そして死食鬼を倒すこと。以上2点、押さえて実行してちょうだい以上、よろしい?」
 京子が、言った。

●今回の参加者

 ea0366 藤原 雷太(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0548 闇目 幻十郎(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0696 枡 楓(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2001 佐上 瑞紀(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2369 バスカ・テリオス(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea2391 孫 陸(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2614 八幡 伊佐治(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8087 楠木 麻(23歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

死食鬼の村――ジャパン・箱根

 ――ギャアアアアアアアアアアアア!!
 『それ』は、おぞましい悲鳴をあげて斃(たお)れた。
 藤原雷太(ea0366)の《カウンターアタック》を受けて死傷を負ったそれは、青白い肌をした、痩せぎすのヒューマノイドだった。ただ口が異様に大きく、その歯は鮫のようにぞろりと並んでいる。
 死食鬼と呼ばれる、アンデッドモンスターだ。死人憑きのような外見をしているが、それらとは比べ物にならないほど俊敏で狡猾な、まさに『化け物』である。
「くぅっ」
 雷太が、ひざを地に落とす。右の肩衣服の下から血がにじみ、広がってゆく。
 《カウンターアタック》はその性質上、相手の攻撃も受けやすい。肉を切らせて骨を断つわけだが、つまり肉は切られてしまうわけだ。
「不覚を取ったでござる‥‥」
 雷太がつぶやく。すばやく八幡伊佐治(ea2614)が駆け寄って、神聖魔法《リカバー》をかけた。傷がふさがり、痛みが引く。
「今日はこれ以上怪我をしないでくれ。いざというときの精神力は残しておきたい」
 いつぞやは女風呂をのぞいてひどい目に遭ったこともある、破戒坊主らしからぬ本気(マジ)な口調で伊佐治が言った。
「思っていたより、敵の層が厚いですね。二班に人員を分けるのは、戦力を分散させる結果になってしまいました。これはちょっと想定外の事態です」
 忍者の闇目幻十郎(ea0548)が、重々しく言った。一応年長なので、パーティーのリーダー的立場になっている。斥候をするのも彼だ。情報と現状を、一番深く認識していると考えても良い。
「西の一丁先に活死体が2匹居る。死食鬼と死人憑き、どちらじゃろうな」
 枡楓(ea0696)が、偵察を終えて報告してきた。死人憑きならば瞬殺できるが、死食鬼だとそうはいかない。死食鬼はなかなかどうして、結構な難敵であった。具体的には、このパーティーの志士や浪人が三人ぐらいで当たらないと、倒すのは難しい。実際数匹の死食鬼と戦って、パーティーは思わぬ苦戦を強いられている。回復役が伊佐治しか居ないというのもあるだろう。
「私がやるわ」
 佐上瑞紀(ea2001)が、『霞刀』という銘の刀を抜いて言う。
「どうせ虱潰しにしなきゃならないんだし、私には遠距離攻撃があるから」
「俺も同行しよう。一撃の重さなら期待に沿えるだろう」
 長身の戦士、バスカ・テリオス(ea2369)が言った。
「後詰に俺が同行する」
 孫陸(ea2391)が、手を打ち合わせて言った。オーラ魔法の光が、拳から散った。
「さっきかけた《オーラパワー》が残っている。腐肉を殴るのは気が進まないが、精神力を無駄にする必要もあるまい」
 オーラ魔法はしばしば、アンデッドに対して驚異的な効果をもたらすことがある。陸は実際、死食鬼を一匹それで屠っていた。
 実際に三人が向かってみると、その活死体はただの死人憑きのようであった。瑞紀が放った《ソニックブーム》と《ソードボンバー》の合成技(命名《爆空波》)は、一直線に死人憑きに向かい、目標に命中した瞬間破裂した。2匹の死体が、衝撃波に呑まれる。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
「吩(ふんっ!」
 バスカと陸が、そこに突っ込む。しかし機先を制するタイミングで、一匹の死人がすばやく駆けて来ていた。一匹は死食鬼だったのだ。
「衝撃の濁流に‥‥呑まれて消えうせろ‥‥!」
 バスカが長槍を振るい、衝撃波を発生させる、ソードではないが、《ソードボンバー》である。
 ばっふぉっ!
 地面をめくりあげて、衝撃が爆発した。しかしその一撃でも死ぬことなく、死食鬼が陸に飛び掛っていった。
「破!」
 ずどん!
 目に見えない鉄球に殴られたように、死食鬼の頭部がぐしゃりとへこんだ。突き抜けた衝撃が後頭部で爆発して、腐肉を撒き散らす。会心の一撃だった。死食鬼はそれで、動かなくなった。
 残った死人憑きは、3人の手でほぼ瞬殺された。村人のものらしい粗末な服を着た小柄な男の死体は、今度こそ本当に死んだ。
「南無‥‥」
 瑞紀が信心深く、手を合わせる。

    *

 ――あんまり気持ちのいい仕事じゃないし、三度目は勘弁してほしいな。
 日向大輝(ea3597)は、その村にある唯一の寺に参詣していた。といってもお参りするわけではなく資料などを調べるためである。
 『少国寺』というその村の寺は山の奥深くに有り、数十段の石段の上に建立されていた。内部には人影も死体も無く、そらぞらしいぐらいに静かだった。
 報告によると、この寺の坊主たちは事件の発生と同時に、無事な村人を率いて村を脱出したとのことである。非常事態ゆえ、取るものも取りあえずという状態で脱出したらしい。
 大輝は、実はこれに似た事件に一度関わっている。その時の相手は怨霊だった。出没原因は不明。以前の報告書には、死人憑きが大発生したということも記されている。
 地理的な問題ならば、寺などに書簡なり資料なりあるだろうと思われた。が、実際は空振りに終わった。関係ありそうな資料が、何も出てこないのである。
 ――やはり人為的なものだろうか。
 不安な気持ちを持ちながら、大輝は山を降りた。

    *

「気が重いな」
 その場最後の死人憑きを倒して、山下剣清(ea6764)がつぶやいた。《ソニックブーム》で遠距離から切り刻む、ある意味ゲームのような戦い。動きの遅い相手ならば、むしろ容易い。
「消滅させてやるのが、せめてもの情け‥‥しかし、気が重い事には変わりが無い」

 アンデッドの発生起源は、実のところよくわかっていない。歴史が誕生し、死が哲学に語られるころにはすでに、彼らは存在した。その頂点には『不死の王(ノーライフキング)』が居ると言われ、その王が全てのアンデッドを産み出したとも言われる。
 与太話、あるいは御伽噺に近いが、別の場所では正鵠を射ている。アンデッドには、階級を持つヴァンパイアなどの存在があるからだ。システマチックに構成された、『種』としての不死族。まだ個体数がそれほど無いためその版図は広がっていないが、生物が『死』を逃れられない限りつねに天敵足りうる、負の生命たち。
 彼らは、その気になればネズミのように倍々で増えてゆくのだが、今のところそうなっていない。それは、この世界の生物全ての努力と研鑽によるもの――であると信じたい。

「武士道とは‥‥何だろうね」
 楠木麻(ea8087)は、自分の無力感に焦りのようなものを感じていた。金はある。近隣の村落もこの村の始末のために人手を無償で出してくれる。
 しかし、結局は起きた事件の次を未然に防ぐ手立てが分かるわけでもなく、一介の冒険者は戦うのみであった。
 ――武士道とは、人々を助くものでありたい。
 そう考えるだけ、麻はまともな君主になれる資質充分であろう。領民が飢えないように領地を経営するのは大変である。しかし、領民を搾取するのはものすごく簡単である。

 結局死人退治は、夜半まで続いた。

●荼毘に伏す
 赤々と燃える炎が、夜空を照らしている。
 巨大な焚き火。それはこの村を壊滅させ死食鬼と死人憑き。そして幸いにも不死者とならなかった死者を弔うための炎だ。
 古来より、炎には浄化の力があると言われる。迷信みたいなものだが、死者を葬るのにもっとも適しているのは、火葬だ。焼け残った骨には、死霊もつかない。あとは骨壷に入れて、ねんごろに弔うだけである。
「結局‥‥なんだったのでござろうか‥‥」
 藤原雷太が、沈うつな表情で言う。
「何者かが仕組んでいるのだとすれば、許すことはできませんね」
 闇目幻十郎が、腕を組んで言った。
「‥‥成仏せいよ」
 枡楓が、手を合わせている。
「私の予想じゃ、きっと『次』があるわよ」
 佐上瑞紀が、不吉なことを真顔で言った。
「アンデッドがこのように頻発することは、普通無い。佐上さんの言うとおりだと思う」
 と、バスカ・テリオス。
「なにが原因でこんなことになったのやらな‥‥今となっては分からずじまいなのだろうか?」
 孫陸が、苦い物を食べたように言った。
「こんなに真面目な僕のもうひとつの顔、京子殿に見せたかったのぅ」
 八幡伊佐治が一人、不謹慎なことを言っている。
「これでひとつ、人の生活が無くなった‥‥」
 日向大輝が、悲しそうに言った。
「犯人が居るのならば、必ず捕まえよう。それが彼らに対する弔いだ」
 山下剣清が、決意もあらわに言った。
「ボクの目指す『道』は、ここにあるような気もする。この不幸を目に焼付け、忘れないこと。そして繰り返さないこと。それがボクの武士道だ」
 楠木麻が、力を込めて言った。

 荼毘の炎は、燃え続けている。
 炎は、三日燃え続けた。
 せめて、彼らの魂が安らかであることを――。

【おわり】