●リプレイ本文
夏祭り準備・警備編2『辻斬りを追え!』
●辻斬りとは
いまさら言うまでも無いが、辻斬りは犯罪である。
辻斬りとは、現代風に言うならば『通り魔』だ。金品などの強奪を目的とする『強盗』に対し、その行動は『相手を殺害すること』に終始している。その行動原理は様々で、殺人に快楽を見い出す者も居れば、その行為そのものを『芸術』と考える者もいる。
いずれにせよ、武器持たぬ一般人にとって『それ』は、災厄でしかない。物言わぬ骸(むくろ)と成り果てた者が語るのは、その犯行の残虐性と恐怖だけだ。
そして、この事件には大きな壁がある。刀による辻斬りと言えばもちろん、武士階級の者による仕業にほぼ間違いないのだが、これが侍や志士だった場合、事はより面倒になる。神聖暦999年のジャパンは、貴士農工商の階級社会だからだ。
だからこそ、『冒険者』が駆りだされたのだと言える。冒険者は基本的に、ならず者で無法者で、権力に属する者ではない。それはつまり、『権力者がこの事件に関わっていても手を出せない理由にはならない』のである。この事件に対する、依頼者の本気度が伺える。冒険者ギルドやその所属番頭のお京にも何がしかの圧力がかかっていると見るべきだが、そんなことで揺るぐギルドではない。職に対する矜持がそれを許さない。
今回、この事件の捜査に駆りだされたのは、次の冒険者たち。
華仙教大国出身。ジャイアントの武道家、風月皇鬼(ea0023)。
ヒューマノイドとして極限に近い膂力を誇る素拳の戦士。ばりばりの肉体派でその絞めはもはや凶器に近い。しかし思慮深い一面も持ち合わせており、武の道を邁進している。
華仙教大国出身。人間の武道家、漸皇燕(ea0416)。
『眠る武道家』の称号が得られるのではないかと言う、全身青ずくめの武道家。かなりの毒舌家なのだが、その舌が発揮される機会はけっこう少ない。寝てるから。
ジャパン出身。人間の浪人、麻生空弥(ea1059)。
己を磨くために野に下り、現在も修行中の独身浪人。自らの力の無さを恥じて刀を手放し、今は槍を使っている。当面の目標は、刀を買い戻す資格を得ることである。
ジャパン出身。人間の侍、結城友矩(ea2046)。
現実主義者で刀剣マニア。何事に対しても真摯(しんし)で事大主義の気があるが、おおむね人格者である。ジャパン人としては大柄な部類に入る脅威の身長185センチ。
ジャパン出身。人間の浪人、夜神十夜(ea2160)。
既婚。でもよその芝は青く見えるのか、女性の胸の観察に余念が無い。契りを交わした相手にしてみれば、まっことどうしようもない唐変木(とうへんぼく)だが、これでも知られた江戸の実力者。
ジャパン出身。人間の志士、秋月雨雀(ea2517)。
ニヒリストで策略家。涼しい顔で相手を嵌める参謀型の人間で、その素行は『悪どい』の一語に尽きる。しかし実はけっこうな人情家で、彼なりの美学を貫いているだけのようだ。
ジャパン出身。人間の志士、月代憐慈(ea2630)。
お軽いC調(死語)が売り物のお手軽志士だが、長い物には巻かれないタイプでわりと出世には縁が無い。生家が神道なので神皇はその具体的崇拝対象だが、その威を借る平織の動向には思うところがあるようである。
ジャパン出身。ジャイアントの僧兵、嵐山虎彦(ea3269)。
江戸では知る人ぞ知る相撲力士。番付はまだまだ下のほうだがこれから伸びる片鱗はある。自称『粋でいなせないぶし銀』だが、人間としての深みを出すには、もう少し経験が必要だろう。
フランク王国出身。パラの女クレリック、フィール・ヴァンスレット(ea4162)。
とんでもない方向音痴で何も無い所でよく転び、童顔で年を間違われさらに無理、無茶、無策、無謀と一通り揃っている、ある意味すごい女傑。今回は囮作戦の囮なのだが、はたして務まるのか!? 不安は増すばかりである。
ジャパン出身。人間の女志士、天薙綾女(ea4364)。
お茶好きで穏やかな性格(天然ボケ)のわりに、実務に強く世間に明るい女志士。普段のぼけっぷりからは想像できないが今回は情報戦を仕掛けている。その結果は如何に?
以上10名。最近売り出し中の冒険者たちだ。
一同は茶屋で作戦会議を行い、それぞれの行動に出た。その主な役割は、囮とその護衛、そして情報収集である。
囮役となったのはフィール・ヴァンスレットである。パラであり女性であるということで、狙われやすさを考えた配置だ。かなりの方向音痴なのでとんでもない場所に行くかもしれないが、うまく行くことを祈るのみである。
かくて、一同は行動を開始した。
●作戦開始
風月皇鬼は、ジャパン風の着流しに雪駄という姿で市街を歩いていた。辻斬りの起きた場所を結城友矩や月代憐慈と共に噂を拾い集める。情報収集はかんばしく、噂話は数多く集まった。
「やはり武士が関係してるようだな」
茶屋で団子をほおばりながら、皇鬼が言う。彼が持つと、団子の串は爪楊枝のように見える。彼の集めた噂によると、犯人は覆面をした上品な着物姿の人物らしい。
「役所は当てにならん」
結城友矩が、苦そうに茶をすすりながら言う。茶が苦いのか状況が苦いのかは、判別の難しいところである。というのも、役人のところに情報を聞きに行ったが、通り一遍等の情報以外得られなかったからだ。役人たちの多くは口が重く、歯切れも悪い。確かに、上役の不興を買えば出世に響く。いわゆる『圧力』というものがかかっているのだろう。それも、あまり目に見えない手合いだ。
「フィールはよく目立っている」
月代憐慈が言う。こちらは大荷物を抱えた旅商人の変装である。
「相手が食いつくのも時間の問題かな。少しあざと過ぎるかもしれないがな」
そう言って茶をすする。今のところ、彼らに対する直接的な干渉は無い。
「交代だ」
そこに、漸皇燕と夜神十夜がやってきた。
「動きは何かあったか?」
と、これは十夜。
「いや、今のところはな」
友矩が答える。
「相手が動くとすれば夜だろう」
皇鬼の皿から団子をつまみ上げながら、皇燕が言った。
「そうとも限らん」
友矩が言う。
茶屋に、なにやら異様な雰囲気が漂っていた。風体のよろしくない浪人者かやくざ者が10名ほど、半円形に彼らを取り囲んでいた。
「正体バレバレってか」
皇燕が団子を食い、席を立った。
(冒険者たちのかっこいい殺陣がありますが、省略させていただきます)
「俺たちゃ金を積まれただけなんだ!!」
数分後。
ごろつきどもは、冒険者たちに叩き伏せられていた。
見た目は喧嘩だが、その実はかなり違う。何者かが皇鬼たちを襲わせたのだ。「痛い目を見せるだけでいい」と金を積まれ、人を集めて因縁をつけてきたのである。
が、そんなことでどうにかなる冒険者ではない。逆に叩き伏せ、聞き込みをしていた。分かった事は、顔を隠した武家風の人間に頼まれたということだけだった。が、それでも十分な収穫である。つまり相手には知れているのだ。彼ら冒険者が動いていることが。
「フィールはどこだ?」
その時、憐慈が言った。
フィール・ヴァンスレッドの姿が消えていた。
●神田決戦
江戸の神田町は住宅街である。それなりに貧乏な長屋暮らしの者たちが多く住む場所で、夜出歩く者は少なく夜回りも多いとは言えない。家屋も板ぶきのため、火事になると飛び火であっという間に大火になりそうだ。
「このあたりに罠を張るのがいいか‥‥」
麻生空弥が、柳の木にもたれかかりながら言う。そばには秋月雨雀の姿もあり、周囲に目を走らせていた。
「やれやれ、趣味で人斬って楽しいかね‥‥俺らはこれやらないとご飯食べれないんだけどなぁ‥‥」
その灰色の頭脳は今、フル回転して策を練っていることだろう。
「怪しい人影は見えないな。まあ、あからさまに怪しいヤツなんてそうざらに居るわけじゃねぇがよ」
嵐山虎彦が言った。今日は刺青も僧兵の服でも無い、普通の町人の格好である。
「役人には我々が動いていることをそれとなく流しておきました。きっと動きがあるはずです」
天薙綾女が言う。
そこに、皇鬼らは合流した。
「フィールがいなくなった」
開口一番、皇鬼が言ったのは、そういう内容の言葉だった。
「さらわれたのか?」
「わからん。道に迷っているだけならばいいのだが‥‥」
冒険者たちが顔を付き合わせる。
「‥‥すけてー!」
そこに、フィールの声。そして複数の足音。
「あ、居た居た〜! みんな〜! 探したよ〜! こいつらが辻斬りとその一党だよ〜!!」
状況がよくつかめないが、ともあれ十数名の武士がフィールを追っているのは確かだ。後で聞いた話によると、喧嘩の最中にさらわれて、なんとか自力で逃げ出してきたらしい。相手はフィールのことを子供と思って油断したようだ。
フィールは冒険者たち(雨雀)の背後に隠れると、あっかんべえをした。
「下郎! そのガキを渡せ!」
カチーン。
冒険者の額に×印が浮かんだ。冒険者のプライドは、箱根の峰よりも高いのである。
「この娘は我々の仲間だ。渡すわけにはいかん」
雨雀が見栄を切る。
「かまわん」
武士たちの後ろから、覆面をした男がずいと出てきた。
「斬り捨てぃ」
ずらっと、武士たちが刀を抜いた。
「ちっ。武士だからって威張ってんじゃねーよ」
虎彦が言う。ぶんと、六角棒を振り回した。当たれば痛そうだ。
「最後の晩餐は済ませたか?」
指をボキボキと鳴らしながら、皇鬼が言う。
「言い訳は決まってるか?」
刀を抜きながら、憐慈が言った。
「死刑場でガタガタ震えて命乞いをする準備は完璧か?」
十夜が言った。
「抜かせ冒険者風情が! 斬り捨てぃ!」
覆面が、檄を飛ばした。武士たちが一斉に斬りかかってくる。
ガギィン!!
綾女が斬りかかってきた相手の剣を、<カウンターアタック><バーストアタック>で叩き折った。
「わたくしの台詞がまだですわ」
綾女が言う。その手練に、武士たちの動きが一瞬止まる。
「江戸の人々が楽しみにしてする祭りを台無しにしようとする輩は、何者であろうと許しません! 覚悟なさいませ!」
「このおっ!」
武士たちが動く。
戦いが、始まった。
●事件解決
勇壮なBGM付きの殺陣が終わったあと。
立っているのは冒険者と覆面だけになった。
「こ‥‥こんな馬鹿な‥‥」
覆面が言う。そして急にきびすを返すと、逃げにかかった。
「逃がすか! <ディストロイ>!!」
ごがっ!
フィールの放った不可視の衝撃が、覆面の背を打つ。覆面は顔面から地面に突っ伏した。
すっ。
覆面を捕縛しようと近づく冒険者。しかしそのさらに向こうに、一人の壮年の武士――おそらく侍――が立った。
「ち、父う――」
「むん!!」
ずばん!
覆面の頭部を唐竹割りに。
壮年の侍が覆面を斬って捨てた。見事な<ポイントアタックEX>だった。覆面は即死だっただろう。
「息子は、病死した」
武士が言った。目に涙が光っていた。
「もっと早くこうするべきだった。諸賢にも、ご承知いただきたい」
武士が礼をする。すると家人らしい侍たちが、冒険者に倒された武士や覆面の死体を運び始めた。
「まちなさい! そんなこと許し――」
綾女が言いかけたところを、友矩が制する。
後、どこぞの藩の誰それの息子が病死したと発表され、それと同時にその父親が役を辞したことが知らされた。
真実は、冒険者のみが知っている。
【おわり】