大日本昔話:吸血姫玉呪紗 2――江戸

■シリーズシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 46 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月11日〜08月18日

リプレイ公開日:2005年08月27日

●オープニング

●今昔江戸物語
 江戸開闢(かいびゃく)から21年。関東と呼ばれる、本州中央にある平地帯の治安は、かつてに比べ恐ろしいほど良くなった。
 その多くは、『関東王』源徳家康の覇力によるものである。この21年間の間に、彼は関東の豪族達を傘下に置き、磐石に近い国礎を作り上げた。絢爛たる江戸城は、豪奢さでは藤豊秀吉のそれに劣るというが、当代最新の築城技術で建設されており、まさに難攻不落。江戸のシンボルとして江戸の中心にそびえたっている。こうなるともう、源徳が恐れるものは後顧の憂いとなる奥州藤原軍団ぐらいしかない。
 だが、国が大きくなると組織も大きくなる。大きくなった組織は必ずと言っていいほど腐敗し、そして膿を抱え込むことになる。そしてそれは、より弱い部分――弱者である庶民を汚染することになるのだ。
 政治の腐敗は、何をどうやっても避けられない。綺麗な政治などというものが幻想だ。権力の快楽に溺れ、汚れてゆく聖人など掃いて捨てるほどいる。むしろそういう人物ほど、堕ちたときは激しい。
 政治家の器量というものは、つまりいかに上手に汚れるか、ということでもあるのだ。
 源徳の抱える侍集団が江戸の表の顔なら、『冒険者ギルド』はその裏の顔である。そこはある意味、江戸の持つ負債が吹きだまるこってりとした坩堝(るつぼ)であり、多くは『冒険』という麻薬のような刺激にとり憑かれた性格破綻者の集まる場所である。
 だが、何事にも汚れ役という存在はなくてはならない。些銭と名誉に命を張る『冒険者』という存在。彼らなくして、社会の運営は成り立たないのだ。
 それを束ねるのが、『冒険者ギルド』という組織である。
 冒険者ギルドの役目は、仕事引き受けの窓口、仕事の斡旋、報酬の支払い、報告書の開示などが主に挙げられる。大きな仕事や疑わしい仕事は独自の諜報機関を用いて裏を取り、怪しい仕事は撥(は)ねるのだ。
 基本的に、咎を受けるような仕事は引き受けない。仇討ちの助勢を行うことはあるが、暗殺などの依頼は原則として受けないのが不文律である。報酬の支払いは確実なので、冒険者としても安心して仕事を受けられるというものだ。

「早速だけど、話を聞いてもらえるかしら」
 と、艶やかな口調で言いキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪がなまめかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
 京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「百合(もまえ)村消滅の話は聞いたかしら? 結局のところ冒険者が悪いくじを引き当てたらしいんだけど、その景品がすごい曲者なのよね」
 京子が言う。
 自治体が一つ消滅する――。
 現代の日本ではあまり考えられないことだが、実は中世17世紀ごろからのヨーロッパでは、そのような例がいくつも確認できる。さらに過去にさかのぼれば、グロス単位でそういう話が見つかるだろう。
 主な原因は、疫病と戦争。ほんの数十人しか居ない自治体一つなど、この手の災害が降りかかれば一発だ。
 最近では、アメリカがベトナムでそのような皆殺しをしたことがある。兵士の手によるものだったり、気化爆弾によるものだったり。
 悪意があるにせよ無いにせよ、結果は同じである。地図から町が一つ、消滅するのだ。
 そこで、今回の百合村の件である。
 百合村はきこりの村で、主な産業は木材と農耕。22戸66名の小さな村だ。自治体としての規模は普通で、このぐらいの村なら近在にいくらでもある。
 百合村が他の村と違うところは、その周囲に遺跡が多数あることだ。
 知っている人は知っているが、江戸から北に行ったところ――つまり現在の群馬県のあたりには、多数の遺跡がある。地方の土豪のものというのが大半で、遺跡を公園化した場所まであるという数の多さだ。
 だから、神聖暦1000年の百合村のあたりは、冒険者が盗掘によく来る場所でもある。
 ただ、遺跡にはお宝ばかりが眠っているとは限らない。中にはとんでもないモノが眠っていることもあるのだ。『ソレ』を引き当てた者は、まさに運が無かったとしか言いようが無いだろう。
 触らぬ神に祟り無し。しかし欲深で業深き人間に、そのような格言が意味を成したことはあまりに少ない。
「百合村を消滅させたのは、玉呪紗(たまずさ)という名の華国の吸血鬼らしいわ。西欧のヴァンパイアに似た化け物のようで、不死化生(アンデッド)の一種。種別までは特定できないけど、常識的な攻撃は効かないと思っていいわね。で、ここからが問題」
 ばさっと、関東の地図を京子が開いた。
「百合村がここ。で、ここを中心に死人憑きのような化け物による事件が最近頻発しているわ。玉呪紗の目的が何かは分からないけど、この行動には何か意味があるはずよ」
 タン!
 京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「今回の依頼は、玉呪紗の目的を挫(くじ)き北関東の平和を取り戻すこと。雑魚は相手にしなくていいわ。おそらく下僕級の不死化生が出てくるから、ソレを相手にしてちょうだい。このままじゃ倍々ゲームで、北関東はアンデッドの巣窟になってしまうわ」
 洒落にならない事を、京子は言った。

【攻略目標 1】
 百合村から西に2日ほど行った場所にある古墳群。周囲に葛木・清原という二つの村があり、そこが襲撃を受けている。低レベルの冒険者グループが二つほど派遣されており、防衛に当たっているがいかにも力不足。

●今回の参加者

 ea0707 林 瑛(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1244 バズ・バジェット(35歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2605 シュテファーニ・ベルンシュタイン(19歳・♀・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea5694 高村 綺羅(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6321 竜 太猛(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7123 安積 直衡(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9555 アルティス・エレン(20歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1174 ロサ・アルバラード(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文

大日本昔話:吸血姫玉呪紗 2――江戸

●ヴァンパイア――ではないモノ
 厳密に『吸血鬼』と呼ばれるモンスターは、ジャパンには存在しない。ジャパンにおけるアンデッドはほとんどが『個体』であり、倍々ゲームで増殖してゆくようなすさまじいまでの『増殖力』は無い。
 が、この玉呪紗(たまずさ)というアンデッドは、その中では例外に当たるようである。

 過去に、これと同種の依頼が発せられたことがある。その時はあまり練達とはいえない冒険者が依頼を受け、そしてからくも成功した。ただし払われた犠牲は半端ではなく、パーティーは壊滅的打撃を受けた。アンデッドになりそうになり、死を懇願した者がいたぐらいだ。
 本当なら、冒険者たちの仕事はそれで終わっている。だがその本懐――つまり玉呪紗に迫れなかったことが、今回の事態を招いたのであろう。
「だいたい以上のような状況だよ」
「遺跡についてはほとんどわかっていない。要注意だ」
 高村綺羅(ea5694)と安積直衡(ea7123)が、それぞれ状況報告を口にした。
 二人が調査したのは、前回と前々回この事件に当たった冒険者からの、聞き取り調査である。驚異的な話ばかり聞かされることになったのだが、収穫はあった。
 ただ、思い通りに行かなかったこともある。葛木村は武運つたなく、冒険者の到着までに壊滅していたのである。そこは死人憑きの巣窟になっており、はなから冒険者たちは消耗戦を強いられた。
 当初の予定では葛木→遺跡→清原へと向かう予定だったが、葛木村での戦闘で疲弊したパーティーはそれ以上の冒険をするわけにはいかなくなった。お気楽シフールのシュテファーニ・ベルンシュタイン(ea2605)ですら、「疲れた〜」と言って動こうとしなかったのである。結局彼女は、自前のロバの背でへたっていた。
 バズ・バジェット(ea1244)は遺跡への興味をかられたのか、どちらかというと遺跡向きの提案をしていたのだが、リーダー格の直衡が大事を取ることを宣言し、サブリーダー格の竜太猛(ea6321)が同意したので、一行は清原村へと向かうことになった。
 この選択は、その後正鵠を射たことになる。冒険者たちはアンデッドに襲撃されている清原村に、ドンピシャで到着することになったのである。
「助かりました。感謝します」
 ケリーという名の青い目のナイトが、疲労の色濃く冒険者たちに言った。先だって村落防衛に駆り出されていた冒険者グループのリーダーだ。
「状況を教えてくれんか。対策を練りたいんじゃが」
 太猛がケリーに問う。彼の話によると、昼間っからアンデッドの群れが村のはずれに襲来し、そのまま混戦になったらしい。現在も村の混乱は続いていて、冒険者と村の男衆総出で死人憑きの退治に奔走しているそうだ。
「状況が良くありませんね」
 冷静に状況を評して、バズが言った。
「時刻は夕刻。この村はもう山の影になって日光は届きません。《バイブレーションセンサー》に感じる振動は三〇あまり。そのうち死人憑きはもう三つほどでしょう。そして、やけに素早いのが一つこちらへ向かって――来ました!」
 ざん、という枝鳴りの音とともに、何か白い人型の物体が冒険者たちに降りかかってきた。
「《ファイヤーボム》!」
 高速詠唱で放ったアルティス・エレン(ea9555)の魔法が、その物体を空中で撃墜した。ピンボールの玉のように空中で跳ねたその物体は、体中を焼き焦がしながら冒険者の後方にあるブナの木に叩きつけられ、着地した。
 ゆらぁり。
 『それ』が立ち上がった。それは白装束の女性に見えた。
「あは☆ ずいぶんタフな女の子じゃん。可愛がりがいがあるねぇ」
 いっそ享楽的とも言える口調で、アルティスが言う。このような状況で笑顔を作れるのは、伊勢神宮のしめなわ並に太い神経のたまものであろう。
 びん。
 弓弦の音が響き、矢がその胸に突き刺さった。
「やっぱ効かないっかー」
 レンジャーの、ロサ・アルバラード(eb1174)の弓である。矢はずるずると抜けて、ぽとりと落ちた。女の胸に血の噴き出る気配はない。
「例の『下僕級』かな?」
 《オーラパワー》のための呼気を整えながら、林瑛(ea0707)が言う。今日はハンマーを装備しての出陣である。
「動きとタフさから考えて、おそらくそうでしょう。どんな能力があるかまではわかりません。注意してください」
 バズが言った。
 しゃっ。
 女の爪が伸びた。
「ケリー殿、おぬしは雑魚の後始末を頼む。わしらはこやつを調伏する」
 太猛が言って、《オーラパワー》を発動させた。

●戦闘
「みんな消耗している。バジェット殿は《バイブレーションセンサー》での探索を頼む。アルバラード殿はその護衛。エレン殿は後方援護。ベルンシュタイン殿は上空で警戒を頼む。残りの者はこやつを葬る! いざ、まいられよ!」
 直衡の指令に「応」と答えて、パーティーが戦闘隊形を取った。
 ――この国を、吸血鬼の世界にする訳はいかない。綺羅も忍びとして里や国の為にお役に立たないと‥‥。忍びの命は国の為にあるのだから‥‥」
 綺羅あたりは、戦闘要員としての評価は低い。だが、その体さばきは充分囮として機能する。《疾走の術》で得た速度を十全に活用して、相手の的を絞らせない。それがまず第1のポイントだった。
 綺羅が相手をかく乱している間に、各々が戦闘準備を整えた。綺羅はそれまでに、わずかに軽い傷を受けたのみであった。
「はぁっ!」
 ぶぅん。
 瑛のハンマーが振られるが、それはかわされてしまった。だが返しの蹴りが女の腕を捉えた。
 ぼきん!
 女の腕の骨が、折れる音がした。だが痛みを感じないのか、女の攻撃の苛烈さは失われていない。
「破!」
 太猛の手足から繰り出される三連撃が、まともに女を捉える。衝撃が背後まで突き抜け、女の肌と着物を破った。《ダブルアタックEX》と《ストライク》の組み合わせ技である。
「わたくしの出番は無いようであるな」
 直衡が太刀を下ろしながら言う。
「そうでもありません。素早い反応、感2。接近してきます!」
 バズが、めずらしく悲鳴のような声をあげた。シュテファーニが《シャドゥボム》を放ったようだが、どれほどの効果があっただろうか?
 どかーん!
「あはははは! 燃えちゃいな!」
 魔力の配分など考えずに、アルティスが《ファイヤーボム》を炸裂させる。打撃は与えただろうが、殲滅にまでは至らない。
 アルティスの魔力は、すぐに切れた。
「ありゃ?」
 と頓狂な顔をしているアルティスに向かって、人影が襲い掛かる。
 ずがーん!
 その瞬間、アルティスの周囲一帯の『影』が爆発した。《シャドゥボム》だ。
「もうらめぇ〜、魔力切れた〜」
 シュテファーニが、ふらふらになりながら言った。
「こぉのバカシフール! 何しやがるっ!」
 巻き添えを食ったアルティスが、非難の声をあげる。しかし今の《シャドゥボム》が無ければ、アルティスは人影の爪牙にかかっていたはずだ。
 その間に、直衡が戦闘に割り込んでいた。防戦につとめ、他の戦闘要員が来るのを待つ。
「次いくわよ」
 瑛が一匹目を倒して次にかかる。
 結局、コンビネーションの優勢さを活かして冒険者たちは三匹の『それ』を倒した。その後敵の襲来する気配は無く、どうやらコトは無事に済んだようだった。
 ただ、僧侶職が居ればもう少し楽な闘いが出来たであろう。攻撃力一辺倒では、経戦能力にかなりの不安が残る。ようは、スタミナが足りないということだ。

 村の治安は回復したが、結局冒険者は残りの日数を休養と治療に使用することとなり、遺跡探索はあきらめざるをえなかった。

 脅威は、まだ去っていない。

【つづく】