春の料理対決:フカヒレ――ジャパン・京都
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■ショートシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 44 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月06日〜05月13日
リプレイ公開日:2005年05月16日
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●オープニング
●平安の都
京都は京都盆地の中央に位置し、南北約5.3キロメートル、東西約4.5キロメートルの長方形。中央部を南流していた鴨川は、河川流路の改修の結果、都の東辺に移動し、西をながれる桂川とともに重要な水上交通路となった。
北部中央には南北約1.4キロメートル、東西約1.2キロメートルの政庁や官庁をあつめた大内裏があり、その南面中央が朱雀門で、そこから南に、はば85メートルの朱雀大路が都の南端の羅城門までのびている。大内裏の中央東よりに神皇の御所である内裏があり、公事や儀式をおこなう正殿の紫宸(ししん)殿をはじめ、神皇の日常の居所だった清涼殿などの建物がならんでいた。
京都は、朱雀大路を中心として南北に走る9本の大路、東西にはしる11本の大路によって碁盤の目のように区画されている。中央を南北に走る朱雀大路で左京と右京にわかれたが、西側の右京は桂川の湿地で沼沢が多く、現在ややさびれぎみである。
「はじめまして。烏丸節子(からすま・せつこ)と申します」
楚々とした仕草で、その女性は冒険者諸賢に対し、丁寧に頭を下げた。
「東者(あずまもの)で至らぬところもありますが、姉の薦めもあり、この京都で冒険者ギルドの番頭を勤めさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
やけにきっちりした仕草で、節子は言った。姉は、聞けば東国でやはり冒険者ギルドの番頭をしているという。名前は烏丸京子。聞いたことがあるかもしれない。
「本日お集まりいただいたのは、ほかでもありません。いささか難儀な依頼が来ております」
と、まじめな口調で、節子は切り出した。
話はこうである。
フカヒレは、華国料理にはなくてはならない食材である。食感、あじわい共に、華国料理の代表格と言えるだろう。
そして、宮内でもその華国料理の評判はかなり高い。歴史によって積み上げられ、練磨された華国料理は、京料理に負けず劣らずの人気を保っている。
そして今回、神皇陛下のお計らいで、宮内で華国料理が振舞われることになった。異例中の異例だが、それほど華国の料理は美味いのだ。
そして、その宴に供する主賓の一つ『フカヒレ』を入手せよ、とのことであった。
「フカヒレそのものは月道貿易でも入手が可能なのですが、今回のフカヒレはそのくらいの並みのものではだめだということで、海に出てサメを狩ってきてもらいたいのだそうです。それも尋常ではない大きさのものを。報酬は多めにいただきました。あと、成功すれば、神皇様とご同席というわけにはまいりませんが、華国料理おご馳走して下さるそうです。いかがなさいますか?」
●リプレイ本文
春の料理対決:フカヒレ――ジャパン・京都
●フカヒレなるもの
フカヒレは『鱶の鰭』と書く。面倒くさいから、ここではカタカナで『フカヒレ』と書いておく。
一般にフカヒレは、華国料理でつかわれる高級海産乾物のひとつで、満漢全席などの宮廷料理にもかかせない高級食材だ。華国語では魚翅(ユイチー)と言う。実際はサメのヒレだが、ジャパンではフカヒレとよんでいる。
フカヒレは華国特産と思われているが、実はジャパンの特産品である(意外と知られていないが事実である。作者も知らなかった)。干しアワビ、干しナマコとともに古くから華国に輸出しており、月道貿易においてはジャパンの特産品として大量に輸出している。
華国では清の時代に袁枚(えんばい)があらわした『随園食単』という書物に調理法が紹介されていて、ジャパンでは三陸の気仙沼辺りがフカヒレの主産地となっている。
フカヒレは、メジロザメ、ヨシキリザメなどの鰭(ひれ)が使われ、色によって白翅(パイチー)、黒翅(ヘイチー)にわけられる。背鰭、胸鰭、尾鰭のうちでは、背鰭を高級とする向き、尾鰭がよいとする向きがある。姿のままの鰭は排翅(パイチー)、あるいは全翅(チュワンチー)、鮑翅(パオチー)といい、皮のついたままのものと、皮をのぞいたものがある。皮をのぞいてほぐしたものを散翅(サンチー)、散翅を型にいれてかためたものを魚翅餅(ユイチーピン)という。
皮のついた排翅のもどし方は、熱湯にいれて1晩おいてから、まず皮をタワシでこすりおとす。それから、5〜6時間ゆでては冷まし、水を換えてまたゆでる。途中で皮や砂を掃除しながら、臭みがぬけてやわらかくなるまで、くりかえしゆでて冷ます。2〜3日かかることもあり、最後は水に半日ほどさらす。ゆでるときは弱火で、ネギやショウガの香味野菜をくわえる。
鰭の部分は軟骨でそれ自体に味はなく、スープや煮込みにしてほかの味をなじませ、舌ざわりをたのしむ料理となる。
まあ、ここまで書いてて思ったが、想像以上に面倒くさい食材ということだ(記録者談)。
さて、そんなこんなでフカヒレの入手を請け負った冒険者5名。構成は志士・武道家×2・陰陽師×2。+支援者1名。この中で漁の心得のあるものは、ハーフエルフの女武道家、灰色狼(eb0106)ただ一人である。
現代では延縄(はえなわ)などでサメを獲っているが、当時は竿による釣りが主な漁法であった。ゆえに、船を手配し漁師を手配し、道具を用意する必要があった。
このうち、釣竿については太丹(eb0334)が支援者から譲り受けている。もっとも1本では足りないので、3本4本は用意する必要がある。あとは、銛(もり)ぐらいだろうか。
『餌はこちらで用意しました。私はサポートに回りますので、竿と銛をお願いします』
フードを目深にかぶっているためにくぐもった声で、狼が言う。人種問題について今どうのこうの講釈するつもりは無いが、本人が気にし始めると周囲にもその空気は伝わる。せめて仲間内では打ち解けた雰囲気であれば良いのだが。
おっと、話がそれた。とりあえず一行は協力してくれる漁師(なんといっても今回のは勅命に近いので、一番の腕利きを頼んだ)を確保し、船も手に入れ意気揚々と出立した。
●海へ
「うーん」
と、悪臭に顔をしかめたのは、女志士の綿津零湖(ea9276)である。目の前には、血だまりの中に入った魚屑が入っているおけがある。
「鱶(ふか)ぁ血の臭いに寄ってくるさよ、それさぁ海にばら撒いとくれ」
と漁師に言われて、ひしゃくを手渡される。零湖はしょうがなく、鼻をつまみながらひしゃくで血と魚屑を海に撒き始めた。現実はけっこう生々しい。
「銛の準備は大丈夫っす!」
今回道具そろえに奔走した太丹が、通称『どつきん棒』と呼ばれると鮫銛を手にして言う。釣って引き寄せたら、これでとどめを刺すのである。
「阿邪流、ヒレを傷つけないようにするんですよ」
「うっせーな、わかってるよ」
兄弟漫才をやっているのは、拍手阿義流(eb1795)と拍手阿邪流(eb1798)の、陰陽師兄弟だ。詔勅に応じたと言うか自分の鍛錬のためというか食欲に負けたというか、まあともあれいろいろと不安な兄弟である。
彼らは竿を任されていた。身体を船にくくりつけ、大物が来たときにも海に引きずりこまれないようにされている。
『気をつけてくださいね』
それに狼が、ねぎらいの言葉をかけた。
「応」と応じたのは阿邪流のほうだった。阿邪流は華国料理を味わいたいと思っている。今回はそのために兄を引きずり込んだのだ。あわよくばフカヒレもと考えているが、相当の大物でないとそこまではいくまい。
今回狙っているのは、ヨシキリザメである。体長約4メートル。大物になると6メートルほど。その尾びれは60センチ以上にもなる。捕獲かなえば、まさに究極の大皿料理となるだろう。
『それにしても綺麗な海ですね』
零湖が海原を見渡して言った。
「そうっすね! 泳ぎたいぐらいっす!」
丹が言う。
実際の話、今日は本当にいい釣り日和であった。もっとも、現実はそれほど甘くないのが海だ。天候に恵まれているということは、獲物からもこちらが見えるということである。板子一枚底は地獄。海の本当の恐ろしさを知らない冒険者には、目で見えるもので判断しがちだ。
「あ゛〜、うぜ〜、ちゃっちゃとかかってくんねーかな〜」
阿邪流が、さっそく短気なことを言った。
「そうですね〜、このままじゃ魚の臭いがしみちゃいます」
零湖がそう言ってひしゃくで魚屑をばらまいた。かなりの臭いを発している。
ざばぁっ。
「!」
がたたっ!
零湖が、思わずあとずさった。一瞬、海面に青い鮫の顔が浮かび上がったからだ。かなりデカい。
がくん!
「「「「!!」」」」
船が揺れた。正確には後ろに引っ張られた。釣竿にテンションがかかり、船べりに固定していた縄が悲鳴をあげる。
「きたきたきたきたぁっ!」
阿邪流が、竿にしがみつく。
「大物ですね」
衝撃の具合から、阿義流はそう判断した。釣り船などでは荷が重そうだ。
『竿をゆるめに。急いではいけません。相手が疲れるのを待つのです』
狼が言う。しかし、阿邪流は力任せに竿を取りむりしゃり引き上げようとしている。
「落ち着きなさい、阿邪流。ここは狼さんの言うことを聞くのです」
阿義流が言った。「ちぇっ、わかってらぁ」と阿邪流が返す。
苦闘数十分。相手の正体が判明した。
狙い通りのヨシキリザメだった。スマートで鋭角なボディに、長いヒレ。青い背柄に特徴がある。胸鰭だけで30センチはありそうだ。
「銛の用意はいいっす!」
丹が、《オーラパワー》を付与したどつきん棒を皆に渡す。
それからさらに十数分後、狼と丹のどつきん棒が、サメにとどめをさした。
漁は、成功だった。
●満干全席
「か〜! 美味いねぇ〜!」
阿邪流が派手に、華国料理を食っている。
冒険者諸賢は後日、宮廷料理のご相伴に預かることになった。満干全席なのでけっこう食い応えがある。この時ばかりは、狼もフードを外していた。顔を隠していては料理は食べられない。
桜に料理、酒。とりえず言うことなしであった。
「またこういう依頼があるといいですね」
「そうっすね!」
阿義流の言葉に、丹が応えた。
季節は、春である。
【おわり】