●リプレイ本文
死人憑きの村――ジャパン・江戸
●徘徊する者
夜は死の刻。
『それ』は闇の中で胎動し、蠢(うごめ)いていた。
『それ』は、飢えていた。餓(かつ)えていた。渇(かわ)いていた。
肉を貪(むさぼ)り血をすする。湯気を上げる臓物を咀嚼(そしゃく)し、飲み下す。
しかし、その飢えは癒されない。むしろなお一層の飢えを『それ』にもたらした。
悲鳴が聞こえる。獲物の悲鳴が。
『それ』は濁った目をぐるりと返して、次の獲物を追い始めた――。
●急ぐ冒険者たち
この死人狩りの仕事を請け負ったのは、次の冒険者たち10人である。
ジャパン出身。人間の女浪人、風間悠姫(ea0437)。
華仙教大国出身。人間の女武道家、劉迦(ea0868)。
フランク王国出身。人間のファイター、アルファルド・ルージュルペ(ea0959)。
華仙教大国出身。人間の武道家、陸潤信(ea1170)。
ノルマン王国出身。人間の女クレリック、クレセント・オーキッド(ea1192)。
華仙教大国出身。人間の武道家、孫陸(ea2391)。
ジャパン出身。人間の浪人、夜十字信人(ea3094)。
イギリス王国出身。エルフの女クレリック、ララ・ルー(ea3118)。
ジャパン出身。パラのくノ一、由加紀(ea3535)。
フランク王国出身。パラの女クレリック、フィール・ヴァンスレット(ea4162)。
このうち、風間悠姫、フィール・ヴァンスレット、由加紀、夜十字信人は、馬を駆り道を急いでいる。報告のあった村の状況はかんばしくなく、今にも状況は推移しそうである。戦力の分散は兵法としては愚策だが、時間をかけていれば村人の命に関わる。そう判断しての強行軍であった。
――ぎゃー。
――ひえええぇぇぇ。
「聞こえる‥‥悲鳴だよ!」
フィールが言う。パラ特有の鋭敏な知覚が、事態の窮状を伝えてきた。
一同は馬にムチを入れ、先を急いだ。
「救助に来た! 村人は村長の家にこもれ!!」
悠姫が言う。
村の柵は、予想通りすでに破られていた。村人が逃げ惑い、死んでゆく。そこに悠姫たちは馬を乗りつけ、そして即戦闘に移った。
「神よ!」
フィールが、神聖魔法<ディストロイ>を放つ。1匹のズゥンビを半壊させて、村人を一人救った。半身を砕かれたズゥンビがぐるりと向きを変え、フィールに向かってくる。
「わわわわ」
フィールは呪文を唱えようとして、あわててしまった。
斬!
フィールに襲い掛かろうとしていたズゥンビを、悠姫の剣が切り裂いた。足を砕き歩行不能にする。しかしズゥンビは、這って肉薄してきた。一度死んだものを殺すのは、容易ではない。
げしっ!
「死人、触りたくない」
紀が、ズゥンビの頭を蹴り飛ばした。頚骨を折られ、ズゥンビは動かなくなった。
「どうします!? こう死人と村人とが入り組んでいては、本隊の侵攻に触ります!」
近づいてきたズゥンビを蹴倒しながら、信人が叫んだ。その間にも、村人はズゥンビに襲われている。
「一発入れておびき寄せる。出来るだけ多く、出来るだけ遠くに!」
悠姫が言った。とどめを刺せなくてもいい。注意さえ引けば。
そしてその作戦は、実行されたのである。
●本隊到着
本隊の面々――劉迦とアルファルド・ルージュルペ、陸潤信、クレセント・オーキッド、孫陸、ララ・ルーの6人は、諸々の都合で徒(かち)であった。しかし襲撃者などを想定した速度をはるかに上回る行軍速度で、問題の村へと向かっている。実際の話、村に行くまでに疲労状態はピークに達しそうであった。バトラーズ・ハイというものもあるが、こういう長距離走は、重量級の戦士などにはつらいものがある。
――いやな予感がする。
アルファルドは思った。
アルファルドには、憎からず想っている相手がいる。その女性は今戦地にいるはずであり、困難な作戦を遂行中のはずなのだ。
だが、この胸騒ぎは何だ?
「見えたわよ〜〜〜〜」
迦が、状況にそぐわない間延びした声で言う。
遠くに、黒煙が見えた。山間の隘路にあるはずの、村のほうからだ。
アルファルドは、走る速度を上げた。それに他の者も続く。
一行が村にたどり着いたのは、それから30分後だった。ほぼ全速で駆けてきたことになる。
「あ、アルフだ〜!」
黄色い声が上がった。それはフィールのものだ。
右腕をかじられたらしく、血が流れている。
「我は、穢れた魂に剣の鎮魂歌を奏でる紅き剣なり!‥‥穢れた魂よ! 俺が葬ってやる!!」
ずんばらりん。
アルファルドの両手ダガーが、<ダブルアタック>と<シュライク>の合成技を放った。フィールに襲い掛からんとしていたズゥンビが、背中からバッテンに切られて擱坐する。怒り心頭という感じである。
「やっやっやっやっやっ!」
迦が、<鳥爪撃(ちょうそうげき)>をズゥンビに叩き込んでいる。普段のおっとりぶりは、猫を被っているのだろう。
「破っ!!」
ずどん!
潤信の<爆虎掌(ばっこしょう)>が、ズゥンビの腹部をぶち抜いた。たいまつに火を灯し、視界を確保する。
「ここは通すわけには行かない‥‥死人よ黄泉へ帰ってもらいましょうか!」
<オーラパワー>発動。武器に気がこもる。
「<ピュアリファイ>!」
ズゥンビの半身が、塵と化した。クレセントの神聖魔法である。さすがに対アンデッド戦、主戦力はやはり僧侶だ。
「‥‥もう乾きに飢える必要は無いわ。ゆっくりお眠りなさいな」
クレセントが、静かにつぶやいた。
「死してなお眠りを妨げられるとはな‥‥あまりにも不憫でならんよ‥‥まったく」
陸がつぶやいた。自身は仲間に魔法<オーラパワー>を提供し、自分もそれの付与されたナックルで戦っている。着実にズゥンビの体力を削っている感じはするが、今一つ手ごたえが無い。もともと死んでいるのだから、当然かもしれないが。
――生死の理を乱す物が闊歩する‥‥捨て置くわけには参りません!
ララが、心の中で思う。
ララは、一つの予想を立てていた。このズゥンビの発生は自然のものではない。何がしかの人為的なものが関わっていると。
しかし、その正体までは思い至らなかった。目的も分からない。その後の調査なりなんなりで何か手がかりがつかめるかもしれないが、今は目の前の悲劇を止めることが先決である。
「この腐れズゥンビが! これ以上僕等の邪魔するってンなら極彩と散らすッ!」
フィールが言う。相棒を得て元気百倍である。
「アルフの背は誰にも傷つけさせるもんかっ! 傷をつけていいのは僕だけだ!」
最後の<ディストロイ>を放って、フィールが言った。アルファルドは安心して戦っていた。
どろん!
ゲロゲロゲロ――。
紀の<大ガマの術>が、巨大なガマガエルを呼び出した。そして攻撃させる。ガマガエルは、よく戦った。
「ズゥンビ倒す、お金貰う‥‥丸く収まる」
恍惚とした表情で、紀が言う。
「ゾンビ、触りたくない‥‥頑張れガマ‥‥」
ゲロゲロゲロ〜。
紀の声援を受けて、ガマは奮闘した。それはもう、ズゥンビを丸呑みするほどに。
「やらせはしません!」
信人が吼える。そして剣を振るい、ズゥンビを突き倒した。それにザクっと、刀を突き立てとどめを刺す。
「なんとか‥‥なったようだな」
悠姫が、剣を鞘に収めた。
ズゥンビは、すべて倒れて動かなくなっていた。
●死に至る病
――結局、原因は分からず終いか。
冒険者たちが思う。
死力を尽くして戦った冒険者10名、全員が何がしかの怪我を負っていた。クレセントの<ピュアリファイ>で浄化しなければ、傷は膿むことだろう。それは翌日のことになる。今日はもう誰も、気力を残していなかった。
「死体はすべて焼却するんだ。死人憑きに殺された者も火葬にする」
この時代、葬制は火葬と土葬が同居している。死体を埋める墓と菩提が別になっている場合もあるが、地方によってそのあり方は様々だ。
だからこそズゥンビが発生する温床があるのだが、火葬の風習が全国に定着するにはもう少し時間がかかる。
そして死者がよみがえるメカニズムの解明も、まだされていない。神がなぜそのような力の行使を許すのか、その答えは『神のみぞ知る』である。
ともあれ、危機は去った。フィールはアルファルドに感謝の口付けをしたが、距離を置かれて戸惑ったりしていた。
――誰が何の為に?
その答えは、果たして明らかになるのであろうか。
それは、誰にもわからない。
【おわり】