おいでませニセ家族ご一行様

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 2 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月29日〜09月08日

リプレイ公開日:2004年09月07日

●オープニング

「それで依頼の件ですが」
 にこにこと愛想よく職員が言うと、依頼人の男はしきりに汗を拭きながら、うむ、と頭を下げた。八月も終わりに近いとはいえ、まだまだ日によっては暑さが厳しい。ハンカチが上等の絹なのを見てとり、職員の目がきらりとひかった。
 着ているものは質素を装っているが、見る者が見れば明らかに『金持ちのおしのび』の出で立ちである。言動のはしばしにも、人を使うことに慣れているのが窺える。
 冒険者ギルドの職員をやっていれば、一日に何十人もの人間と会うことも珍しくない。観察眼はおのずと鍛えられる。
「人を連れ戻してもらいたい。ジャンという若い男だ」
 依頼人の説明によれば、ジャンは依頼人に多額の借金をしているのだという。
 要求されたのはさほど痛手な額ではなく、知らぬ仲でもなかったので貸したのだが、二度三度と借金が続き借用書が束になればさすがに何事かと思う。人に調べさせたところ、ジャンはその金のほとんどを酒や賭博に使ってしまったことが明らかになった。
 問い詰めると、ジャンはその日のうちに荷物をまとめて町を引き払ってしまったらしい。
「場所の手がかりなどは‥‥」
「いや、居場所はわかっているのだ」
 ここから数日かかる、山の裾野。避暑地として一部の金持ちに人気の場所に、目的の人物は潜んでいるという。
「どうやらそこの宿屋の女将の未亡人と懇ろになって、ヒモのような生活を送っているそうだ」
「ほほう‥‥それはうらやまし」
 じろりと睨みつけられて、職員はあわてて首を振った。
「‥‥いやいや、それは実に嘆かわしい。しかし、居場所までわかっているのであれば、わざわざギルドに頼まずとも」
「それで逃げられておるのだよ」
 深くため息をついて、男はまた汗を拭き椅子に背を預けた。
「何度かうちの使用人を使いにやったのだが、そのたびに見咎められて逃げられた。ずいぶんと警戒心が強いようで、普通に近づいたのでは感づかれてしまう」
「なるほどなるほど。しかしそうすると、うちの冒険者にもひと工夫させないといけませんなあ」
 避暑地という場所柄、武装した冒険者がうろついていてはあからさまに不自然である。しばし考えて、職員はぽん、と手を打ち合わせた。いかにも名案を思いついた、とでもいうように。
「家族連れを装わせて、その問題の宿に泊まらせる。これでいかがでしょう?」
 あまりにも乱暴なこのアイデアは、なぜか却下する者もなくそのまま通ってしまった。

●今回の参加者

 ea1763 アンジェット・デリカ(70歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3228 ショー・ルーベル(32歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3856 カルゼ・アルジス(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea4261 エレーナ・アフロディーデ(19歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea4771 リサ・セルヴァージュ(31歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea4909 アリオス・セディオン(33歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 閉め切った部屋の鎧戸の隙間から入ってくる朝の光が、細く長く寝台の上まで伸びてきている。眩しい。クロウ・ブラックフェザー(ea2562)はわずかに眉を顰め、シーツをまくってのそりと上体を起こした。
「もう朝か」
 避暑地の高原にある宿への到着はゆうべ、もう暗くなってからのことだ。疲れるほどの旅ではなかったが、久々の安全な寝床で常になくぐっすりと寝入ってしまった。
「仕事とはいえ、こんなふかふかなベッドで寝れるんだからなあ‥‥」
 役得役得と呟いて脇を見れば、隣の寝台に寝ているのはカルゼ・アルジス(ea3856)。クロウよりも年上ではあるが華奢なからだつきの彼は、よほど疲れていたものか、ゆうべの服のまま、手を炭で真っ黒にして‥‥炭?
 嫌な予感がして額をぬぐうと、真っ黒い色が手の甲についてきた。
「あーっ!?」

 ショー・ルーベル(ea3228)が部屋を出ると、廊下でばったりエレーナ・アフロディーデ(ea4261)と行き会った。すでにきちんと身支度を終えている。一足早く起きていたのだろう。
「おはようございます。早いですね、エレさん」
「も〜ショーったら、エレって呼んでくださいですっ」
「あ、そうですね」
 家族という『設定』なのはわかっているのだが、普段の習い性でつい『妹』相手に堅い喋り口調になってしまう自分を発見してショーは面映そうな表情を見せる。
「お母さんは?」
「もう起きてるですぅ。多分下に降りて‥‥」
 言いかけてエレーナはあわてて口をつぐんだ。
 すぐそこの階段から、茶色い髪の女性が上がってきていた。宿の女将である。三十代半ばと見えるが、この年頃のノルマン女性にしては珍しくほっそりしている。客商売に気を使ってか、着ているものも地味だが趣味は悪くない。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「ええ、おかげさまで」
 軽く会釈されて、ショーが如才なくそう答える。
「お母様はもう階下においでですよ。シフールのお嬢さんはまだお休みで‥‥?」
「ええ、たぶん‥‥朝食までには起きてくると思います」
「もうすぐ支度が整いますので、そしたらお呼びしますね」
 礼儀正しく頭を下げて、女将がそのまま通り過ぎていく。廊下の向こうに下働きの娘を見つけて、何事か指示を与えているようだ。なかなか忙しそうである。ショーは軽く息を整えて、エレーナに向き直った。仕事とはいえ生真面目な彼女にとっては、身分を偽るというのはやはり緊張する行為らしい。
 それをほぐすようにエレーナがにっこりと笑む。
「じゃあ、ミルを起こしに行くです!」
「そうですね。それから、早速仕事です」

 さて、もう片方の『家族』には、ちょっとした騒動が持ち上がっているようだ。
「ひはは、あー、お、おかしいっ。その、そのヒゲ‥‥!」
 先に眠りについてしまったクロウの顔には、どこで見つけてきたものか、木炭で落書きが施されていた。額に文字、頬に幾何学模様、それからもちろん鼻の下にはデフォルメした口髭。
 自分の顔は無論確認できないが、笑い転げるカルゼの様子で、悪戯書きが相当滑稽なものであることはクロウにも察せられる。むっとして立ち上がり、腹を抱えてひいひい言っているカルゼの手から木炭を取り上げた。
「わ」
 寝台の上にひっくり返されたカルゼの上に、クロウの長身が覆いかぶさる。カルゼのほうが一歳だけ年長だが、体格でははるかにクロウに分があった。力も『弟』のほうが強い。もっとも、
「こうなったら、俺だってカル兄の恥ずかしいところに落書きしてやる!」
 精神年齢はいい勝負のようだ。
「クロウ、カルゼ、起きてるの? もう朝食が‥‥」
 もみ合う二人、揺れる寝台。クロウは無理やりカルゼの服の前をはだける。隣室が騒がしいのを訝って、おざなりなノックのあとに扉を開けたリサ・セルヴァージュ(ea4771)が見たものとは。
 寝巻き姿のまま寝台の上のカルゼにのしかかるクロウ。
 寝乱れたカルゼの服の間から、痩せた白い肌が露になっている。
「り、リサ姉。変な誤解すんなよ、これは
「こうなったら、クロウがお嫁にもらってね‥‥」
「カル兄はちょっと黙っててくれよ!」
 空涙を拭うふりをして悪乗りするカルゼ、やましいこともないのにますます狼狽するクロウ。リサはため息をついてベッドの脇に歩み寄り、カルゼの頭をポカリとやった。次いでクロウのほうも。
「誰も疑いやしないわよ、キミのそのヒゲで。悪ふざけしてないで、さっさと降りてらっしゃい」
 今のクロウの顔は、確かに濡れ場には不向きであった。

「お前達の仲がいいのは、『兄』としてとても喜ばしいことだ。だが」
「だが?」
「いくら仲がいいとはいっても、ジーザスの教えに反するような関係はやはりどうかと思う」
「‥‥アル兄っ」
「冗談だ」
 クロウの抗議をしれっと流し、アリオス・セディオン(ea4909)は首を振った。宿の玄関から表に出ると、涼しい風が吹き上げてきて髪をかき乱す。さりげなく風上に立って、隣にいるリサを風から守るのは当然のつとめだ。
「少しは反省しろ。朝の騒ぎは下まで聞こえたぞ。床が抜けるかと思った」
 あれだけ騒げばまさかギルドの冒険者だなどとは疑われないだろうとは思うが、反省を促す意味でそれは口にしない。
 頬を膨らませて拗ねたカルゼが、ふとにんまりとアリオスとリサを見比べる。
「アル兄こそ、リサ姉とはどうだったのさ」
「どう、とは?」
「同じ部屋に泊まった婚約者同士。部屋の外に聞こえないように気をつけた?」
「‥‥!!」
 顔を真っ赤にしたリサに追いかけられながら、怒るとシワが増えるよーなどとカルゼは無邪気である。

「パンが美味しいですねえ」
 腰かけて自分の背丈ほどもあるパンを食べやすくちぎりながら、ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)は機嫌がよろしい。一方の『母親役』であるアンジェット・デリカ(ea1763)が笑いながら薬草茶に手を伸ばした。
 シフールであるミルフィーナのことを案じて、アンジェットは身寄りのない娘たちを養女にしているということにしてあった。
「避暑なんてのは本来、金持ちの遊びだからね。当然、出す食事だってそれなりのもんってわけか」
 冒険者の酒場で出す食事だって勿論美味しいが、食堂を見渡すとやはり身なりのいい客が目立つし、食事の内容も客に見合ったものが多い。
「それで、仕事の話だけど‥‥」
「‥‥ふわあ。ミル、あれ見てくださいです」
「本当、すごい‥‥どんな味がするんでしょうねえ」
 エレーナとミルフィーナが口をぽかんと開けているのに気づいてアンジェットがその視線を追うと、細工物のような美しいお菓子を若い給仕が運んでいくところだった。砂糖はとても高価で、甘い菓子は当然なかなか庶民の口には入らない。
「やれやれ、放っておくか。ショー、あんたは‥‥」
「お母さん。今日はどこか見て回りましょうか」
 言いかけたアンジェットの言葉をショーが遮った。強引に話題を切り替えながら目配せされて、アンジェットも目だけでそちらを見やる。この場にはあまり似つかわしくない、痩せた男が食堂を出ていくところだった。
「‥‥彼でしょうか」
「だろうね」
 落ち窪んだ目、色つやの悪い肌。不規則な生活をしているのだろう。問題の男だと見て間違いないはずだ。
「じゃ、かのヒモを連れ戻すために、早速作戦開始と行くかい」
「そういえば」
 ミルフィーナがわずかに首を傾げる。
「ヒモのような生活って何なのでしょう?」
「‥‥えーと」
「ロープか何かで縛られて、グルグル巻きにされるってことでしょうか? 誰が縛るんでしょう?」
 どう教えたものかと、ショーが口ごもる。慎み深いジーザス教徒としては、少々口に出しづらい。

●ヒモと女将の関係
 気は進まないが、こういう手段を取らざるを得ないときもある‥‥というのは言い訳だろうか?
「少しお時間をいただきたいのですが」
 アリオスが恭しく女将の手を取る。レディとして扱われるのに慣れている庶民の女性などまずいない。頬を染めて、からかわないでくださいよと手を引く女将の力はさして強くない。悪くない反応だと、内心でアリオスは冷静に思う。
「からかってなどおりませんよ、マダム」
 品のいいやり方とは言えないのは承知のうえだが、ジャンを連れ戻す上で女将の協力は必要だろうというのがアリオスの考えだった。彼女がその気になれば、ジャンを逃がすことはたやすい。まず外堀から埋めていくのは、戦でも厄介事でも同じことだ。幸い自分は貴族の心得のひとつとして、女性の扱いにはそれなりに長けている。
「実は、お話したいことがありまして」
「まあ‥‥」
「ジャンという男についてです」
「あら。ジャンが何か失礼を?」
 実は、とアリオスが簡単に事情を説明すると、まあっ、と女将は驚いた様子だった。
「借金があるなんて、全然知らなかったわ。道理でいつもビクビクしてると思った!」
「依頼なので彼を連れて帰りたいのですが、構いませんね?」
「ええ、もちろん! ついつい情が移って好きなようにさせてしまったけれど、いつまでもあんな風にフラフラしてていいはずありませんもの」
 こういうときは女性のほうが現実的なものなのだろうか。予想以上にあっさりと言われて、アリオスは苦笑する。
「感謝します、マダム」
 もう一度手をとってその甲にくちづける仕草をとる。
 ‥‥それを見ている者がいたとはまったく知らずに。

「ここ、よろしいですか?」
 ミルフィーナが声をかけると、二階のテラスで座っていたその男が振り向いた。まだ昼間なのに酒臭い。怯みそうになる気力を奮い起こして、ふわりとテーブルの上に降り立った。
「いいところですよね」
「‥‥‥‥」
「いつからこちらにおいでなんですか?」
 にこにこと笑顔のまま話しかけるが、ジャンは黙って杯を干す。はっきり言って、会話にすらなっていなかった。
「えーと‥‥」
「いいお天気ですっ」
 早くも話題に詰まったミルフィーナに、横からエレーナが助け舟を出す。話すことのないときの最終奥義『天気の話』に、はじめて男がちらりとエレーナのほうを見た。
「そんなに見つめちゃ恥ずかしいですぅ」
 何を勘違いしてか頬を染めて身をよじるエレーナだったが――。
 がたん!
 卓の足を蹴飛ばしでもしたらしい。テーブルが揺れて、銅製の杯が倒れた。赤い液体がテーブル一面に広がり、芳醇な香りが辺りに広がった。ワインの雫がぽたぽたと卓の端から垂れて、ジャンの下穿きをわずかに濡らす。
「大変ですぅっ。お洋服、汚してしまいましたっ」
「いや、いい。これぐらいなら」
「早く拭かないと風邪引きますですっ。お詫びに私たちのお部屋にっ」
「そ、それに染みになりますっ」
 意図をようやく悟ったミルフィーナも尻馬に乗った。有無を言わせず腕をつかんだエレーナに加勢するが、なにぶんシフール、引っ張ろうにもまったく力が足りない。
 あまりに強引なふたりに腰が引けたのかそれとも不審に思ったのか、ジャンがその手を振り払う。
「あっ」
 二階のテラスから飛び降りるわけにはいかない。ジャンは宿の中へ取って返し、階段を駆け下りた。手近なドアに手をかけるが、鍵がかかっている。もちろんショーやアンジェットの仕業である。
 ぱたぱたとエレーナらの駆け下りる音に、ジャンはすかさずロビーのほうへ取って返した。まだ日は高く、そこかしこで客たちが談笑している。玄関口を目指す男の前に、ざっとひとりの女性が立ちふさがった。
「アリオスの」
 乙女の鉄拳がうなりを上げる。
「馬ぁ鹿――――ッ!!」
 アリオスと女将のやりとりを目にして、余程腹に据えかねるものがあったらしい。バキィッ、と景気のいい音とともに、ジャンの頬にみごとにリサの拳がクリーンヒットした。非力なリサのこと、威力としてはたいしたものではないが、出会い頭の一発に大いに怯んでジャンがたたらを踏む。そこへショーが思い切り体当りをかけ、ジャンは見事に転倒する。
「はい、ご苦労さん」
 追いついてきたアンジェットが当身を入れると、ジャンは白目をむいて気を失った。
「やれやれ。最近の若いのはだらしないねえ‥‥」
「どうします?」
「とりあえず簀巻きにでもしとこう」
 ロープを取り出してジャンを縛り始めるアンジェット、お騒がせしましたと他の客に頭を下げるショー。その様子を見ながら、ミルフィーナはぽんと手を叩いた。
「わかりましたよ、エレお義姉さん!」
「どうしたですか?」
「つまり、これがヒモで縛られる生活なのですね!」
「‥‥‥‥‥‥」

●ニセ家族ご一行様、またどうぞ
「過ぎた酒や賭け事なんて、満たされない人間がするもんさ」
 宿を後にして以来、アンジェットの訥々とした説教が続いている。
「五体満足の体があるっていうのに、一体何が足りないんだい? 逃げ続けるのもいいけど、ミルみたいにあんたと仲良くしたいと思う子まで拒むのは、正直どうかと思うね」
 ふん、と話を無視する構えのジャンの首についた縄が、くいと軽く引かれる。呼吸が詰まった男は蛙のような声を出した。
「反省が足りない」
「あの、お母さん、も少し優しく‥‥」
「ほら、聞いたかいあんた!? この子の優しい心根が‥‥」
 説教はまだくどくどと続く。
 逃げるかもしれないので、ジャンは縄をつけたまま連行と相成った。宿をぶらぶらして何もしない彼に、女将はほとほと愛想がつきていたのか、喜んで冒険者たちを送り出してくれた。これならば最初から家族を装う必要もなかったのではとさえ、ふと思う彼らである。
「ま、楽しかったけどさ」
「ええ。一時とはいえ、家族というものを体験できましたもの」
 カルゼの言葉に、ショーがかるく笑んだ。
「あーあ。せっかく落とし穴、一生懸命掘ったのにさー」
「建物の中のほうが捕まえやすいから仕方ないでしょ」
 割り込んできた声の方を見ると、リサが憮然とした顔で横を歩いていた。カルゼたちが後ろを向くと、アリオスが自分の馬を引きながら、何か言いたげな顔をしている。
「いいんですか?」
「知らないわ、アリオスなんて」
 明らかに虚勢である。まだ女将とのことを怒っているのだろうか。若き神聖騎士をもう一度振り返って、ショーはすこし笑う。この二人が本当の『家族』になれるのは、まだまだ先のことらしい。