冒険者は馬とたわむる

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:09月05日〜09月10日

リプレイ公開日:2004年09月12日

●オープニング

 広大な牧草地のあちこちで、馬が思い思いに草を食んでいる。
「ごめんなさいねえ、何も出せなくて」
 若いおかみさんが大きいお腹を抱えて、ひいふうと椅子に座ろうとするだけでもけっこう危なっかしい。開いた鎧戸から馬たちを眺めていた冒険者たちはあわてて立ち上がり、彼女が腰かける手助けをした。
「ありがとう。‥‥ギルドの人からもう話は聞いてると思うけど、しばらくうちの馬の世話をしてもらいたいの。
 うちの旦那にどうしても外せない用事が入っちゃって、街に行かなくちゃならなくなったのよ。いつもなら手伝ってくれる人がいるんだけど、悪い都合って重なるものなのねえ」
 娘が病気だと聞いては、むげに駄目だというわけにもいかない。
「でも馬にはそんな都合はわからないものね。厩舎に閉じ込めておくわけにはいかないし‥‥」
 この牧場で育てられる馬は皆、乗用馬として育てられ、近隣の村や街に売られるという。ほとんどの馬はすでにある程度手綱に慣らしてあるが、世話を怠ればそれはすぐに馬の毛艶や挙動に現れる。
「もうすぐ売りに出さなくちゃいけない子もいるから、できるだけ万全な状態で引き渡したいの。ちゃんと手綱どおりに人を乗せて走れるかも、確かめておかなくちゃいけないものね」
 ふくれたお腹を軽く叩いて、おかみさんはからからと笑った。
「あたしが乗って確かめてもいいんだけど、旦那が泣いて駄目だっていうから」
 その判断はまったく正しいと、冒険者たちは思ったものの口には出さずにおいた。

●今回の参加者

 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea1944 ふぉれすとろーど ななん(29歳・♀・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3844 アルテミシア・デュポア(34歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4607 マリアステラ・ストラボン(27歳・♀・バード・人間・ビザンチン帝国)
 ea4955 森島 晴(32歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5688 フィリア・シェーンハイト(22歳・♀・レンジャー・シフール・ノルマン王国)

●サポート参加者

ウリエル・セグンド(ea1662)/ アルテュール・ポワロ(ea2201)/ 利賀桐 まくる(ea5297

●リプレイ本文

 日もまだ昇りきらぬ朝早くに起き出して、まずしなければならないのは馬たちの朝食の準備。眠い目をこすりながら、いっぱいにした飼い葉桶を全員で手分けして厩舎に運ぶ。馬はぜんぶで二十頭弱、一頭分の飼い葉はそう重くはないが、すべて運びきる頃には皆結構くたびれてしまう。何事もまず体力勝負である。
「わ!? もう、悪戯はダメだョ!」
 身につけたエプロンのフリルがめずらしいのか、ふぉれすとろーど ななん(ea1944)は先ほどから後ろの結び目を引っ張られたり、ひらひらした部分に鼻面を押し付けられてくしゃみされたりと、馬達にさんざんな目に合わされている。
「やっぱり向いてないんじゃないかな‥‥その格好」
「気にしない気にしない」
「ななんがそれでいいならいいんだけど」
 最後の飼い葉桶を運びきり、マリアステラ・ストラボン(ea4607)が苦笑する。ななんの服装は本人曰く、普段の生業である使用人の服装らしいが、都会のお屋敷ならともかく牧場の手伝いにはずいぶん不向きな気がした。
 馬が飼い葉を食べている間に、朝のブラッシングを済ませてしまう。馬はこう見えても綺麗好きな生き物で、毎日のように毛並みを整えてやらないと機嫌を損ねてしまう。
「おかみさんに教えられたとおり、丁寧に‥‥でも手際よく‥‥」
 ぶつぶつと呟きながらマリアステラが、なめらかな手触りの胴体にできた毛玉や、寝藁のくずなどをブラシできれいにする。おそるおそる触れるとかえって馬がびくつくので、思い切りよくさくさくとやってしまうのがコツなのだそうだ。
「少しは上手になったかな‥‥?」
 ななんが手を動かしつつ馬の顔をうかがうと、少なくともされるがままにはなっている。最初の日に露骨な警戒の目で見られたことに比べれば、確かに格段の進歩だった。馬に言わせればさしずめ『いつもの人に比べれば下手くそだけど、まあいないんじゃ仕方ないわ、あんたで我慢してあげる』というところだろうか。
「後ろを通ったり近くで騒いだりするのはよくないわ。高いところから見たり、いきなり近づくのも駄目。落ち着いて、思いやりを持って接してあげないとね」
 そういう森島晴(ea4955)は今回のメンバーの中ではほぼ唯一自分の馬を持っている。一緒に連れてきた自分の馬『戒』の世話を済ませ、いざ他の馬にかかろうとして、
「いたたたっ、戒、髪、髪ッ」
 やきもちを焼いたのか愛馬に髪をくわえられて引っ張られ引き止められたりしていた。まだまだ修行が足りない。
 人見知りで気位が高く神経質、でも懐かれれば甘えん坊でやきもち焼き。それが馬という生き物だ。慣れてしまえばそうでもないのだろうが、馬の世話の経験があまりないマリアステラやななんには、ブラッシングだけでも結構神経を使う作業だった。
「そろそろ終わった? 朝ご飯ができたよー‥‥って、大丈夫?」
 おかみさんを手伝って人間たちの朝食を作っていたフィリア・シェーンハイト(ea5688)らが呼びに来たころには、ようやく全部の馬にブラシをかけ終えて皆くたくたになっている。くり返すが、まだ朝方である。

 朝食をとったあとも長くは休めない。
 この牧場の馬は、乗用馬としていずれ人の役に立てるよう育てなければならない。一部の馬を除けば、いずれは皆この牧場を離れることになる。運動不足はもちろん大敵、天気のいい昼のうちは外に出して放し飼いにしておくわけだ。
「いい? 戒。今からシェアトが乗るからね」
 しっかり言い聞かせると、まっくろい毛並みを持つ晴の愛馬は、ぶるん、と鼻を鳴らした。了承と受け取って、晴はそのままシェアト・レフロージュ(ea3869)の腰を押し上げる。わ、と一瞬ひるむ様子を見せたシェアトだったが、次の瞬間にはもう馬上の人となっていた。
「すごい。目の高さが全然違いますね‥‥」
「手綱はちゃんと持っててね」
 主の友人とはいえ普段と違う相手を背に乗せているのだから、やはり戒の挙動は少し落ち着かない。安心させるために長い首を軽く撫で、晴も身軽にその背中にまたがった。二人乗りの姿勢だが、シェアトはエルフだからそう重くはない。
「まああたしだってそんなに重くは‥‥なによ戒。なんか文句ある?」
 ちらりと意味ありげに馬に視線を送られて晴は頬を膨らまし、シェアトはおかしそうにくすくすと笑った。
「じゃ、フィリアさん。私たちが向こうまで先導しますから、あとの馬がおかしな方に行かないよう見てて下さいね」
「うん。空から見てればすぐわかると思う」
 シフールのフィリアがひらひらと羽を動かしながら、すいと上空まで舞い上がった。入れ替わりにマリアステラが、馬上のふたりのそばまで歩み寄って見上げてくる。
「あの、晴さん? よかったら今日は、馬に乗ってみたいんだけど」
「いいわよ。うちの戒でよければ、昼にでもどう?」
 戒は女の子しか乗せたがらないが、マリアステラなら問題はない。初心者を乗せるとよく馬におかしな癖がつくので、牧場の馬に気軽に乗せるわけにもいくまい。
「じゃあ、今日は晴さんが先生ですね」
「あはは。じゃシェアト、出発よー。脚で軽く腹を押して。強く蹴っちゃだめよ」
 シェアトが言われたとおりにすると、戒がのんびりした歩調で歩き始めた。やや緊張ぎみにしているシェアトの体から、ふと何かいい匂いを晴は嗅ぎ取る。彼女の懐の大きな包みからだ。
「お弁当?」
「はい。パンにチーズに、鶏肉のワイン煮に、あと‥‥」
「あ、いいいい。お昼まで楽しみにしとく。あたしの郷里だったら、こういう天気のいい日はさしずめおにぎりなんだけどな」
「なんですか? それ」
「あ、日本の携帯食。手軽なんだけど、こっちだとお米がなかなか手に入らないのよねー」
 そんな具合に、今日も一日が始まる。

「台所のお掃除済んだヨ」
「ご苦労様。ありがとうね、そんなことまで」
「慣れてるから平気、平気‥‥今お茶入れるネ」
 ななんは使用人を生業としているため、家事はそう苦ではない。腕前のほうはまあ、素人よりはましという程度だが、おかみさんもまったく動けないわけではないから、ここの主人が戻るぐらいまでなら十分務まるはずだ。
 いい香りのする薬草茶を淹れて戻ってくると、椅子の背もたれに腰かけたおかみさんの腹はけっこうな迫力だ。産まれてくるまでそう間があるまい。
「いつ頃生まれるの?」
「産婆さんが来月ぐらいって。旦那が俺の出かけてる間に産むなって言ってたわよ」
「お腹、触ってもいい?」
「いいわよ」
 手を伸ばすと服越しにも体温が感じられた。そっと触れて撫でてみる。この中に新しい命が住んでいるのだと思うと、なんだか妙な気分になりそうだ。どきどきする。
「えっと、元気に生まれてきますように、って思いながら触るんだよネ?」
「あははは。いいわよ、そんな大層なこと考えなくても」
 祈りのことばのようなななんの科白がおかしかったのか、笑いながらおかみさんがエルフの少女の頭を撫でる。
「ここで生まれて、あたしのお乳を飲んで、いい空気吸って馬と一緒に育てば、嫌でも元気になるんだから」

 ふっ――。
 なだらかな丘の斜面から牧草地を見下ろすアルテミシア・デュポア(ea3844)の面はニヒルな笑みを湛えている。
「馬ね馬。馬ということは馬なのよね馬」
 碧眼は下生えを食む馬たちの姿をとらえていた。独白はそのまますぎて意味不明である。手近に栗毛の去勢馬を見つけ、そのたてがみを撫でると自然ため息が洩れる。
「でも人様の馬なのよねー‥‥」
「‥‥何かよからぬことを考えているだろう」
「だからちゃんと諦めてるじゃないのよ誰も馬泥棒なんて考えてないわよ」
「馬泥棒とまでは言ってない」
「そんなに私って信用ないわけなの? ええ? ポーちゃん」
 隣で彼女を見張っていた、ポーちゃんと呼ばれた若き神聖騎士は口をつぐんだ。可憐な女性を疑った己の人品の卑しさに恥じ入ったのだと、アルテミシアは勝手に判断する。
「いー馬よねー」
 慣れた手つきに安心してか、馬は人なつこそうに鼻面をすり寄せてくる。自分を頼ってくる生き物を可愛いと感じるのはいわば人並みの感情で、だからアルテミシアもついぽろりと本音がこぼれた。
「これだけ数がいれば、一頭ぐらいいなくなってもばれないんじゃ」
 背中に神聖騎士の熱視線がつきささりとっさにごまかしを試みる。
「‥‥ないかなーなんて思っても仕方ないって言うかー」
 負けるなポーちゃん。きみは正しい、多分。

 頭半分以上、彼女のほうが背が高かった。彼女の郷里である東方の島国の人々は、一般的に西洋人よりも小柄な者が多いという。それなら同い年でありながら彼女より背が低い自分は一体なんなのかと、ジェイラン・マルフィー(ea3000)は思う。
「綺麗な川ですね」
「昨日見つけておいたじゃん」
 なにしろ意中の人、利賀桐まくると一緒の依頼なのだから、準備は万端怠りない。人気はなく、まだ十分に葉の茂った林が他の冒険者たちの目から自分たちを隠してくれる。川面を乱反射する光、聞こえるのはせせらぎ。舞台効果はばっちりだ。
 ――それが身長差を埋めるほどの舞台効果なのかどうかまではわからないけれど。
 ふたりが乗ってきた馬は首をかがめのんびり水を飲んでいる。
 服を膝までまくりあげ二人がかりでその馬の体を簡単に洗うと、おとなしい馬なのだろう、ちょっと迷惑そうな顔をしては見せたものの、されるがままになっている。
「風流ですね‥‥」
「ふーりゅー?」
「あ、日本の言葉で‥‥のどかというか‥‥絵になるというか」
 まくるもジェイランもゲルマン語はさほど達者ではないが、それ以外ふたりの間に共通する言語はなかった。正確な対語を見つけられず沈黙したまくるにつられ、ジェイランも黙り込む。沈黙の中、馬の息遣いだけが響いていた。
 このままではいけないとごほんと咳払いして、ジェイランがおそるおそる切り出した。
「そ‥‥その、あのさ‥‥まくるちゃん」
「はい」
 馬の体を洗う手を止めて、まくるは返事をする。
「こ‥‥これからもおいらと、ツッ、付き合ってくれる?」
 裏返りかけたジェイランの言葉に、まくるは余程驚いたのか目を見開いた。頬を染めもじもじと恥じ入る様子を見せてなにか言葉を選んでいる様子だったが、やがて真っ赤な顔をして蚊の鳴くような声で答える。
「‥‥はい。じぇいらんくんとなら、いつでも‥‥どこへでも」
 キスをするには、まだ相手にかがんでもらわなければならなかった。
「上から丸見えなんだけどなあ‥‥」
 上空で馬を見張っていたフィリアは当然見ないふりをした。邪魔をすれば場所柄、蹴ってくる蹄には事欠かない。

 いい加減馬を愛でるのにも飽きてきて、アルテミシアが不穏な計画を実行してしまおうかちょっと本気で考え出したころ、それは忽然と現れた。
「‥‥‥‥ロバ?」
 似たような姿ではあるが、明らかにふたまわりは小さい体が馬の群れの中に埋没している。不審に思ったほかの馬たちに鼻面でつつきまわされている。厩舎にはあんなものはいなかったとアルテミシアも断言できた。彼女を見つけると、ロバはそこからどうにか抜け出して彼女を見た。
 その目がなにかを思い出させて周囲を見回せば、先ほどまで傍らにいたはずの神聖騎士の姿がない。
「ふううううん?」
 わざとらしくうなずくとロバはなぜか落ちつかなげにきょろきょろしている。
「つまりアレね。ロバで私を誤魔化せると。馬の欲しい私がロバに騙されると。そう言いたいのねこのロバは?」
 やめときゃよかった。人間にたとえるならそんな挙動を見せたロバの首ねっこをひっつかまえる。おもむろにその背にひらりと跨ると、アルテミシアはにっこりと極上の笑顔でロバに微笑みかけた。
「そういうつもりなら」
 なぜか草の上に鼻血をたらしているロバには構わず颯爽と宣言する。
「いっそ地の果てまでも走ってもらいましょうかこのロバに!」

「パン、いかがですか?」
「ありがと。あーあ」
 シェアトが食べやすい形に切ったパンを受け取って、ガブリエル・プリメーラ(ea1671)はため息をついて口を尖らせる。視線の先には、戒にまたがったマリアステラと、それに並んで歩いている晴の姿があった。
 正直なところ仕事が始まるまでは、自分たちもあんな風に遊べるだろうと思っていたのだが。
「ウリエルさんですか?」
「のんびり馬の世話って言うから、半分ぐらいはデート気分だったのに」
 彼女をこの仕事に誘った張本人は、ガブリエルを放って現在厩の掃除にかかりきりである。仕事熱心なのは構わないし、別に恋人同士のような濃密な時間がほしいわけではないけれど、女心というものがさっぱりわかってない。認めたくはないが、自分は放っておかれているのが面白くないのだ。
 はじめて会ったとき、当然だが彼は今より若かった。エルフであるガブリエルにとってはちょっとした暇つぶし程度の時間に、いつのまにか少年から大人の男になっている。人間の尺度なら、それなりに長い付き合いといえた。
「なりは大きくなったけど、中身は子供なのよね、結局」
「そうですか?」
「そうよ。ね、それってウリが人間だからだと思う? それとも男だから?」
 同じエルフの女性という気安さなのか、パンの食べかすを服から払いながら、ガブリエルがたわいもない問いを発する。シェアトは微笑を隠さぬまま、昼食の包みをたたみ丁寧に結びながら、
「ガブリエルさんにわからないことが、私にわかるわけないですよ」
「そう? うーん、そうかも。ごめんなさいね、愚痴みたいになっちゃって」
「いいえ。でも」
 ほら、と指差された先、厩の方向から、見覚えのある姿が丘を降りてくる。
 余程掃除を頑張ったのか、額に汗が光っているのがここからでもわかる。目は生き生きと輝いていた。いつもどちらかというと表情に乏しい子だが、あんなに楽しそうな表情だってできるのだ。
「‥‥ほんと仕方ない子」
 ガブリエルはそっぽを向いて、ウリエルに見えないようにしのび笑いながら愛用の横笛を取り出す。
「シェアト。一曲どう?」
「お付き合いします」
 ふたりのバードの合奏が、牧草地を静かに渡っていく。
 いつまでも続くかと思われたその曲が終わっても、日が暮れて馬達が厩に戻っても、神聖魔法が解けてロバが元の姿に戻っても、『ロバ』が泣いて謝るまでアルテミシアは決して神聖騎士の背中から降りなかったという。