砂糖味のゴブリン退治

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月13日〜09月18日

リプレイ公開日:2004年09月23日

●オープニング

「では、その怪我はゴブリンの群れに? それは災難でしたのね」
「怪我もまあ腹が立ちますがね」
 商人は腹立たしげに、包帯を巻いた腕を振り回した。
「何よりも頭に来るのは、連中がわたしの荷物を持って行っちまったことですよ!」
「お察しいたしますわ」
 もっとも冒険者ギルドの窓口係の女性にしてみれば、そんな話は日常茶飯事だ。
 ゴブリンやコボルトは毎日のようにあらゆる街や村で悪さを繰り返す。大変でしたねという科白は要するに条件反射による社交辞令であって、実際にはいちいち同情している暇などない。ギルドとしては、しかるべき冒険者を集めるだけの話である。
「ですから冒険者の皆さんには、奪われた荷物を取り返していただきたいんですよ。
 あとで聞いたら、そのゴブリンたちは街道を往く旅人を以前から襲っているという話じゃありませんか。昨今では街道ですら安全とはいえないんですなあ。まったく嘆かわしい」
 そうですわね、と相槌を打って、窓口嬢は手元の羊皮紙の束をめくった。
 ゴブリンの数が多そうなのは厄介だが、昨今はノルマンの冒険者にも、それなりの力を持つ者が増えている。しっかり連携を取ることができれば、まさか死者は出まい。それよりも、窓口嬢が危惧するのは別のところにあった。
 もしこの仕事を誰も引き受けなかったら、それってきっと私にも責任ありよねえ。もっとこう、人を集められる強烈なアピールがあればいいんだけど。
「‥‥実は巨大な悪が裏で糸を引いてたりとか‥‥」
「は?」
「しませんわよね、やっぱり」
 巨大な悪のやることにしてはスケールが小さすぎる。窓口嬢は観念して羽ペンを取り、依頼内容を羊皮紙に書きつけはじめた。
「そういえば、盗まれた荷物の内容は?」
「砂糖です」
「はあ、砂糖‥‥って、砂糖!?」
 ほとんどの庶民は名前しか知らない、甘いあまい調味料。なんでも材料となるサトウキビという植物がインドゥーラや中東にしか育たないらしく、おもに月道貿易でやってくる。そのためか、ほんのひと袋で金貨一枚払うことも珍しくないという。
「なじみの貴族さまがよく買ってくださるんですよ。それでつい最近買い付けて、その方に持っていく途中だったんですが‥‥もしゴブリンに全部平らげられていたら、私は大損ですよ」
「いけるわ」
「え?」
「これなら人が集まるかも!」
 珍しいもの好きな冒険者の目を引くため、この事項は羊皮紙の最後にでかでかと付け加えられた。

●今回の参加者

 ea1596 フィーラ・ベネディクティン(27歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea2059 エリック・レニアートン(29歳・♂・バード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2226 ララァ・レ(19歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea2940 ステファ・ノティス(28歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea3079 グレイ・ロウ(36歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea4441 龍 麗蘭(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

アルテュール・ポワロ(ea2201)/ ブルー・アンバー(ea2938

●リプレイ本文

「砂糖っていうぐらいだから、甘い砂なのかなあ」
 ララァ・レ(ea2226)がひよひよと空中を漂いながら疑問を口にする。
「‥‥酒場で出してくれるグレープジュースより甘いのかなあ?」
 ノルマンにおける甘い食べ物飲み物は、果物の果汁や、さもなくば蜂蜜で味をつけたものがほとんどである。
 何しろインドゥーラや中東を原産地とする『砂糖』は、おもに月道経由でノルマンまでやってくる。国家間を瞬時に移動できる月道の利用には莫大な費用がかかり、そのため月道を渡ってやって来る貴重な品々はみな、信じがたいような高値で取引される。
「一介の女優には、とてもじゃないけど手が届かないよう」
「確かにまあ‥‥買えない値段じゃないけど、ちょっと‥‥というか、かなり躊躇するわね」
 フィーラ・ベネディクティン(ea1596)の言うとおり、ノルマンにおける砂糖の相場は、一キロあたり約金貨一枚。今回の依頼料で考えるなら、たった一キロ買っただけで依頼料の半分以上が泡と消えてしまうのだ。
 依頼人の話では、奪われた砂糖は五袋、合計で約百キロ程度だという。単純計算で金貨百枚‥‥自称女優のララァや、冒険の合間に公示人の生業を細々と続けているフィーラには、気の遠くなりそうな値段だった。
「よりによって、このリョーカ様でも滅多に買えないお砂糖に手をつけるなんて、ゴブリンの癖に生意気ねっ」
「というか‥‥お、お砂糖って、実在していたんですね‥‥」
 馬を引きながらぷりぷり怒っているレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)の陰から、おどおどと己の不明を明かしたのがステファ・ノティス(ea2940)。脱線しかけた会話を、なんとか引き戻そうと試みる。
「とても希少価値の高いものと聞いていますので、ゴブリンに全部食べられる前に取り返さないと‥‥」
「もちろんです。私も食べたことがないというのに‥‥」
 滅殺です、とぼそりとつぶやくセシリア・カータ(ea1643)の目が本気を感じさせてちょっと怖い。普段は女騎士らしく上品で、かつ物腰のやわらかい女性なのだが‥‥打倒ゴブリンに向けて妙な盛り上がりを見せている仲間たちを横目に、グレイ・ロウ(ea3079)はひとり肩をすくめる。
「‥‥食い物の恨みはおっかねーな」
 自分たちもおいそれと口にできないものを奪ったゴブリンへの八つ当たりという印象がどうも否めないが、グレイは賢明にもそれを指摘するのは手控えた。

 ゴブリンの穴倉を見つけるのはそう難しいことではなかった。ゴブリンの行動範囲を考えても、街道からそう遠くない場所であることは明らかだったし、森林について知識を備えている者が複数いたからだ。木の枝や茂みを無遠慮に踏み荒らした跡をたどり、ララァが上空から確認すると、ゴブリンらしき小さな影が出入りしている場所は簡単に見つけ出せた。
「そんなに大きな穴でもなさそうだから、勝つこと自体は難しくなさそうだけど‥‥」
 マリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)の言うとおり、穴倉の中でで戦闘になれば間違いなく乱戦になる。そうなれば荷物のことが心配なので、問題は彼らを誘い出す方法なのだが。
「‥‥火はもういいかしら?」
「あ、すいません、あとちょっと」
 マリがたずねると、火打石を使っていたステファが顔を上げて謝った。火の精霊魔法の使い手がいれば一瞬で火を起こせるのだろうが、人力で火をおこすのはそれなりに手間がかかる。
「肉のほうは」
「配置完了よん」
 ゴブリンの塒のほうから戻ってきたリョーカがにやりと笑う。
 作戦はこうだった。リョーカらが穴の近くの目立つ場所に、生肉をぶら下げておく。ゴブリンの好物が生肉であることは、ステファやマリもきちんと知っている。ララァが見た限りではそれなりに入り口からの出入りは頻繁なようだから、肉に気づかれるのはそう時間がかからないはずだ。
「火、点きました」
「ご苦労さま。じゃ、こっちにも肉を‥‥」
 ようやく火が燃え始め、汗だくで起き上がったステファをねぎらって、マリが焚き火の周囲に用意しておいた肉類を配置する。
 穴から出てきたゴブリンたちを、肉を炙る匂いでさらに離れたこちらまで誘いだし、一網打尽にしようという作戦だった。
「これでうまく行くといいんだけど」
「平気よう。ゴブリンって、ぴょ〜並に食い意地張ってるもの。おまけにコイツよりも悪食だし」
「そりゃクマ公は蜂蜜舐めてりゃ満足だろうがな‥‥」
「なんですって!?」
「もう、やめてよ喧嘩は」
 リョーカともうひとりの神聖騎士の間で口論が始まりそうだったので、マリがため息をついてそれを諌める。常ならばいつものことと放っておいてもいいのだが、なにもこんなときに口喧嘩をさせて発見される危険を冒しても仕方ない。

 物陰に潜んでいるエリック・レニアートン(ea2059)にもわかるほどの、脂の焼けるいい匂いが漂ってきていた。マリやステファたちのいるのほうで、肉が焼きあがってきているのだろう。
「うー、腹減った」
「そういえば私たち、そろそろお昼の時間だもんね」
 その匂いが食欲を呼び覚ましたのか、すぐ傍で長身を窮屈そうにかがめていたグレイが低い声で嘯くと、龍麗蘭(ea4441)も小声で同意した。すでに日は真上近くにまで登っており、今朝の朝食からもう五時間は経っていることを思い出させる。
「そんなこと言ったって、ここでのんびりお昼を広げるわけにもいかないだろう」
 空腹はわかるが我慢しろと、エリックが言外に匂わしても、よほど空腹なのかグレイは穴ぐらのほうを向いて首を振っている。、
「ゴブリンの奴ら、あの中で何食ってやがるんだかなあ‥‥」
「早く帰って、酒場でおいしいもの頼みたーい」
「‥‥」
 グレイのつぶやきにララァまで尻馬に乗って、ひとり仕事に忠実なエリックは黙り込む。
 ‥‥待つことしばし、ふと、穴ぐらの入り口から一匹のゴブリンが顔をのぞかせた。
 ひくひくと鼻を動かして、あたりに漂う肉の匂いを嗅いでいる。ゴブリン語で何事か穴の中に呼びかけると、十体ほどの集団がぞろぞろと連れ立って穴を出て行った。焚き火の匂いがする、マリたちが待ち受けている方向だ。
 群れがじゅうぶん遠くまで行ったのを見計らって、エリックは膝の埃を払いつつ立ち上がった。
「行こう。今なら中はがら空きのはずだ」

 打ちかかってきたゴブリンの剣筋はセシリアから見れば隙だらけだ。横なぎに軽く攻撃をいなし、返す刃で袈裟がけに攻撃を見舞う。致命傷にはならないものの、深手を負った敵にフィーラのウォーターボムが命中し、そのままゴブリンは動かなくなる。
「ふん。手ごたえがないわねえ」
「所詮ゴブリンだもの。こんなものでしょう」
 フィーラの言葉にそう返して、マリが紡いだ呪文は月の精霊魔法『スリープ』。魔法による眠りに誘われてばったりとその場に倒れこんだゴブリンを放って、セシリアが走る。
 オーラパワーでかがやく剣の軌道を受け止めきれずに、ゴブリンの持つ錆びた剣がはじけ飛ぶ。横合いからの別のゴブリンの攻撃をするりとかわして、剣の柄を使って軽くその背中を突き飛ばす。そこへ再び、ウォーターボム。
 最後列で援護を行っているステファの前には、金髪の騎士の青年。ステファを目指そうとしたて気の前に立ちふさがったかと思うと、二、三合ほど刃をあわせただけでそれを切り伏せる。
「ステファは僕が護る‥‥護ってみせる!」
 ステファ、フィーラ、マリ、セシリアと、皆それなりに経験を積んだ冒険者である。数こそゴブリンのほうが多いものの、圧倒的というほどの数ではない。
 これは敵わぬと見てゴブリンたちが逃げ出しはじめるのに、そう時間はかからなかった。

「うーん」
 大きな麻袋の破れ目から白い粉がこぼれ出ている。それを前にして、ララァは煩悶していた。
「ううううーん」
「どうしたのさ。ララァ」
 砂糖を新しい袋に移し変える作業にも参加せず、ひたすら唸っているシフール娘を怪訝に思ったのか。背後からエリックが声をかけると、ララァは眉間に深く皺を刻んだまま振り返った。
「味見したいけど、やっぱり商品に手をつけちゃ駄目だよねえ」
「当たり前だろ」
 穴倉に残っていたゴブリンはほんのわずかだった。ここに詳しく記すのも惜しいほど、戦闘はあっさり終わってしまっている。
 出会い頭にエリックがまずそのうちの一体にコンフュージョン、同士討ちを始めたゴブリンに向かって麗蘭とグレイが突撃し、一分もしないうちに穴倉の戦闘にはかたがついてしまった。
 肝心の砂糖は袋こそ破れて中身が出てしまっているが、なにしろ百キロもの量である。大半はそのままで残っていた。もちろんゴブリンが手をつけたと思われる部分はかなり汚れていたので、そこだけは捨てなくてはならなかったが。
 そして現在、あらかじめ用意しておいた別の袋へ、中身の砂糖を移し変えている最中というわけだ。
「これは僕らのものじゃなく依頼人のものなんだから、手をつけたりしちゃまずいだろう?」
 何をいまさら、と当然のように返されてララァは口を尖らせる。未練がましく麻袋の破れ目をちらちらと見る様子に、エリックは軽くため息をついた。
「‥‥ま、気持ちはわかるけどね。僕だって料理の道を志す者のはしくれとして、どういうものなのか興味はある」
「やっぱり?」
「甘いあまい魔法の調味料と言われるぐらいだものねえ」
 横から口を出してきた麗蘭にしても、いや他の冒険者にしても、砂糖に興味があってこの依頼を引き受けた者たちばかり。まぶしいほど白い砂糖を前にして、皆でじっと見つめるばかりなのは何やらせつない。
「食べ過ぎるとおデブになっちゃうっていうけど‥‥それでも女の子は甘いものに目がないものよねー?」
「‥‥僕は男なんだけど」
「さー見てるばかりじゃなくて仕事仕事!」
 触れてはいけない部分に触れたことにも気づかず麗蘭は気分を切り替えて立ち上がる。ため息をついてエリックも、まだ袋の前にいるララァの背を見る。せめて甘い香りだけでも楽しもうというのか、ひくひくと鼻を動かして匂いを嗅いでいた。
「さっさと詰め替えを済まそうよ。あんまり放っておくと蟻が来るし」
「砂糖を食べたゴブリンを食べたら、お砂糖の味がしたりしないかなあ」
「‥‥試したいなら止めないけど、頼むから僕の目の届かないところで試してくれ」
 想像したのかげんなりとした様子でエリックが言う。
「何やってんだお前ら。あー、この袋で最後か?」
 詰め替え作業を手伝っていたグレイが、ララァの様子に眉根を寄せながら近づいてくる。袋に詰めなおした砂糖は、リョーカやセシリアの馬に積んで運ぶことになっていた。こきこきと肩を鳴らし、グレイはララァたちの前の麻袋に歩みより手をかける。
「よっと」
 多少減っているとはいえ二十キロはある麻袋を、がっしりした腕は軽々持ち上げた。袋に空いた穴から砂糖がこぼれそうになって、咄嗟にグレイは自分の手で穴をふさぎ砂糖の氾濫を防ぐ。大雑把な一挙手一投足に、エリックなどはもう気が気でない。
「気をつけてくれよ!」
「悪い悪い」
 こぼさないように袋を持ち直して、グレイはふと自分の右手を見た。ついさっき溢れそうになった中身を手で受け止めたせいで、白い砂糖がてのひら一面にくっついていた。どうしたものかと逡巡したのはつかの間、好奇心に負けて、つい。
 ぺろり。
「うを、甘っ」
「‥‥‥‥!!!!」

 今回ただひとり砂糖の甘さを味わったグレイが、帰途の間じゅうずっとずるいずるいと周囲から非難され続けたことは、今更記すまでもないことなのかもしれない。

●ピンナップ

レオンスート・ヴィルジナ(ea2206


PCツインピンナップ
Illusted by 大門