悪魔を隠す霧の中

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月20日〜09月27日

リプレイ公開日:2004年09月30日

●オープニング

 季節のわりにばかに冷える朝だった。明け方には霧も出たという。
 そのふたつの屍はまだ朝靄残るころ、街道を急ぐ交易商の馬車が発見した。おそるおそる触れるとすでに冷たかったというが、なにぶん皆混乱していたのでどこまで信用していいものかはわからない。眼球が飛び出さんばかりに見開かれた苦悶の死に顔に、御者は腰を抜かしそうに驚いたという。
 ふたりの剣は血で汚れていなかった。鞘から抜かれたまま、一片の血の染みもなく屍の手にある。だがふたりぶんの血溜りはまだ地面に赤黒く跡を残しており、これは次に雨が降るまで消えないだろうと予感させた。
 革の胴衣を裂いて見えているのは、鋭い鉤爪のような三本の傷。
 そして鬱血したような、青黒くなった跡が首にある。乱闘で首を絞められたのかと思ったが、これはどう見ても手の跡ではない。細くて長い‥‥これはまるで縄かなにかのような‥‥。
「ギルドでは、悪魔の仕業ではないかという意見が有力です」
 屍を見下ろす冒険者の背から、冒険者ギルドの受付係が声をかけた。
「もちろん悪魔というのは犯人の凶悪さを表現するレトリックではありません。本物の『悪魔』です。それならば死体の異様さも、剣がまったく汚れていないのも説明がつきますから」
 悪魔にはふつうの武器が通じない。ダメージを与えることができるのは魔法か魔法の武器、あるいは銀の武器のみだ。
「似たような事件は今まで何度か起こっていますが、いずれも多少は腕に覚えのある者たち。人気のない場所、それも夜中や早朝に事件が起こっています。ここのところの霧で視界が悪いせいもあるでしょうが‥‥おそらく、強い相手を闇討ちにするのを楽しんでいるのでしょうね」
 早起きで機嫌が悪いのか、ばさばさの頭をかきながら、不機嫌そうにギルド員の男は言う。
「どうなさいます? この依頼、受けますか?」

●今回の参加者

 ea2940 ステファ・ノティス(28歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea3267 ウォルティーグ・ブロウ(45歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3412 デルテ・フェザーク(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3674 源真 霧矢(34歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3855 ゼフィリア・リシアンサス(28歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea4426 カレン・シュタット(28歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・フランク王国)
 ea4442 レイ・コルレオーネ(46歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea4955 森島 晴(32歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ブルー・アンバー(ea2938)/ アリス・コルレオーネ(ea4792

●リプレイ本文

「この間の事件が起こったんは」
 うす暗く狭い一室には安い蝋燭の燃える匂いがかすかにくすぶっている。卓の上に広げられた地図の一点を指すと、室内の者たちの視線も自然そこに集まった。指さした当の源真霧矢(ea3674)の横顔が火で照らされてほの赤い。
「ここや。事件が起こったのは朝方、人気もない、周囲に家もない」
「過去の事件も似たような場所、時間帯に起こっています。ここと‥‥この辺りです」
 ゼフィリア・リシアンサス(ea3855)が霧矢の科白を補って、地図にいくつかの印をつける。せや、と霧矢が首肯すると、卓上の炎が揺れた。
「向こうは明らかに、人目につくのを嫌っとる。霧に紛れて悪さするぐらいやしな」
「現場はそれぞれ、あまり近いとはいえませんが」
 デルテ・フェザーク(ea3412)の羽ペンが地図の印を追って走る。
「今のところ推測できる行動範囲はおそらく、このあたりまで。これ以上街道を上れば宿場町が近くなりますから、多分間違いはありません。いかな悪魔とて、行動が大っぴらになることの危険性は理解しているはず」
「このまま人目のないところで『狩り』を続けるというわけですね」
 おだやかなゼフィリアの瞳にわずかに凛とした光が見えた。インクによる線と点が走った地図を見下ろす、次いで卓を囲む冒険者たちを見回す、そしてゆっくりとした言葉が滑り出す。
「神に仕える者として、悪魔を見逃すわけにはいきません」
 皆が頷くと、壁に落とされた冒険者たちの影がかすかにふるえる。デルテが軽く息を吐き、あらためて地図を見直した。
「犯行は夜から明け方にかけて。数人で移動しているところを襲ってきます」
「囮やな」
 確実性にはやや欠けるが、冒険者たち自ら囮になるのが一番だろう。
 そういや、と霧矢がふと頭をかいた。
「霧の中に現れる悪魔‥‥そんなのが居るっつー噂を聞いた気がするんやけどなあ」
「私も、どこかの文献で見ました。えーと‥‥なんて名前だったでしょう? ここまで出かかってるんですが」
「クルード」
 突如割って入ってきた言葉に、室内に居た全員の目が科白の主を追った。心ならずも急に注目を集めてしまったステファ・ノティス(ea2940)は赤面し、慌てた様子で弁明をはじめる。
「あ、あの、確か、そんな名前の悪魔がいたと思うんですけど」
「それです。クルード」
 今回の依頼を受けた面々で、モンスターに関する知識を持っていたのはステファだけであった。

●霧の中
「ウォルティーグさん、起きてください」
「まだいいだろーがよ‥‥悪魔は夜に出るんだろ?」
「もう夕方ですよ」
 揺り起こしたカレン・シュタット(ea4426)の言葉に、渋々ながらもウォルティーグ・ブロウ(ea3267)は目を開いた。のそりと起き上がると、目を閉じる前の青天井はすでに昏く、風も冷たくなりかけている。
「もうこんな時間かよ‥‥」
 大欠伸。大きく伸びをして、草の寝床からウォルティーグはのそりと起き上がる。昼寝には涼しくて気持ちのいい季節だった。
「囮の奴らは」
「支度を始めています。ウォルティーグさんが一番最後です」
「そりゃ悪い」
 傷跡の残る鼻梁をぽりぽりとかいて、傍らの得物を手にとる。
 街を出発して約二日。悪魔をおびき出すために夜通し起きているため、皆睡眠は昼間にとるようにしている。悪魔の行動範囲と思われる近辺を周回しはじめてなお、今のところ特に成果らしきものは上がっていなかった。もっとも他で被害が出たという話も聞こえてこないので、まだ依頼が失敗とは限らない。
「私達も、完全に暗くなる前に準備を済ませませんと」
「火、点いたわよ」
 カレンの言葉を遮り、森島晴(ea4955)が彼らのほうへ歩いてきていた。くいと親指でさしたほうには、ぱちぱちと燃えはじめている赤い小さな火がある。
「ありがとうございます。では私たちも、ランタンのほうに火を移しましょう」
「今夜こそ出てくるかしらね? その悪趣味な悪魔は」
「いい趣味の悪魔ってのも聞いたことないがな」
「‥‥そういう揚げ足、親父くさいわ」
 顔をしかめた晴にはかまわず、ウォルティーグは服の泥を払って立ち上がった。上空には星が点々と光り、青白い月がのぼりはじめていた。雲はまばらで、もっと暗くなればきっと一面の星空だろう。
「霧の出るような天気じゃないんだがなあ」
 今用意しているランタンは、霧が出たときのために視界をすこしでも確保するためのものだ。視界の自由の利かない状態での戦闘は、攻撃が命中しないだけでなく同士討ちの危険さえ孕んでいる。もちろん明かりのために居場所を感づかれては元も子もないので、ランタンの上には一枚布をかぶせようという手はずになっていた。
「‥‥さて、行くか」

 ぶるり、と。
 背筋が震える。すでに季節はすっかり秋。昼間は過ごしやすいが、ゼフィリアのマントと鎧の上からなお、夜気はつめたく首筋から忍び入ってくる。先を行く霧矢も鎧の上にローブをひっかけただけだが、普段の鍛え方が違うのだろう。寒そうな気配はない。
 ――わずかな月明りの中で、ふらふらと不安定に揺れるランタンから洩れてくる光だけが、周囲の空間を照らしている。
「どや? ゼフィリアはん」
「今のところは何も」
 デティクトアンデットをかけ終え、ゼフィリアは首を振る。
「私が神聖魔法にもっと精通していれば、今より広範囲に渡って探せるのですが‥‥力及ばず、申し訳ありません」
 今のゼフィリアの力では、デティクトアンデットで悪魔や不死者を感じ取れる範囲はせいぜい十五メートル程度。戦闘になれば五秒足らずで埋められる距離だ。
「あんまり気にせんでええって。まだ宵の口やし、魔法は温存しとこうな」
「はい」
 明かりを掲げる。曲がりくねった街道の先は、木立のぽつぽつ立ち並ぶ景色をこえて、刈り取りの終わった畑を通る農道へと続いていた。見上げれば、頭上の雲の切れ目からのぞく欠けた白い月。
「ええ月やなあ」
「はい」
「ジャパンはそろそろ月見の季節やけど‥‥」
 言いかけた霧矢の頬をつめたい風が吹き付けた。結い上げた髪が強くたなびき、霧矢は顔をしかめる。
「月が‥‥」
 強風が押し流したものか、雲のかたまりがゆっくりと月を覆い隠そうとしていた。ゼフィリアは風で乱れた髪を直そうとして、あることに気づく。銀髪が湿って重くなっていた。
 ――霧が出ているのだ。

 夜の空気を裂いて鋭い笛の音が響く。
「来た!」
 音に、レイ・コルレオーネ(ea4442)が反応して動く。
 詠唱するのはフレイムエリベイション。炎の精霊の力で精神を奮い立たせる呪文は、幼さを残すレイの表情に確かな力を与える。走る姿に迷いはない。次いで待機していたウォルティーグ、デルテ、晴らが飛び出した。
 後衛であるカレンやステファは、彼らよりも遅れて走る。離れた場所にいた彼らにもわかるほど、霧は濃くなって鼻先を湿らせていた。目的の悪魔が出てきたのだ。
「霧矢!」
「ここや!」
 レイが声をかけると、すかさず霧を裂いて何かが飛んだ。反射的に身をそらして避けると、鼻先をなにか細長い蛇のようなものが唸りながらかすめる。目を細めても、霧矢かゼフィリアが手にしているはずのランタンの光はちっとも見えてこない。
「無闇に声を出さないで! 向こうに知られ」
 る、と、最後の音を発音し終わるよりも先に、晴の眼前から黒い影が現出する。
 あらかじめオーラパワーを付与しておいた刀と、影の爪がぶつかり合い火花を散らす。力負けしてはじかれ、つい晴の刀が泳いだ。すかさず走った爪に肌を浅く裂かれて痛みの声をこらえ、一瞬の判断で体勢を持ち直し、裂帛の気合とともに上段から打ち下ろす――打ち下ろそうとして、止まった。
 それの尻尾が晴の手首に巻きつき、彼女の太刀筋がそれ以上動くのを止めていた。
「やってくれるじゃないの」
 姿は鼠に似ている。もっとも一メートルあまりの鼠が存在すればの話だ。悪魔『クルード』の、口が耳まで裂けた顔の半分近くが泥のように崩れかけており、それはおそらくゼフィリアがとっさに見舞ったホーリーの傷なのだろう。
 なぜか甘ったるい匂いが漂っているのは、どうやら霧矢がなにか投げつけたものらしい。
「晴、じっとしてろっ!」
 霧の向こうから鋭く声をかけ、ウォルティーグのハルバードが振り下ろされた。尾で晴とクルードがつながっている間は、悪魔の動きは制限される。しゅる、と尻尾がゆるんで晴の手首を解放し、ハルバードの大振りを回避した。
 すかさず晴もオーラショットを見舞うと、これは見事に命中し悲鳴を上げて霧の奥へ消える。だが、そちらは確かに仲間たちのいる方向だ。
「無事かい」
「大丈夫。よく狙えたわね」
「オーラは別に、お前さんだけが使えるわけじゃないさ」
 『オーラセンサー』ならたとえ視界が利かなくても、知っている相手であれば大体の居場所はつかめる。

「レイさん、右ですっ」
「おうっ」
 バイブレーションセンサーを使ったデルテの指示に、レイがすかさず身を翻す。
 バーニングソード。新たな呪文によって、霧になお明るい焔が赤々と燃え上がる。宿したのは右手。にぎりしめたてのひらを、精霊の炎がちりちりと焦がす。それと同時に、霧の中からクルードが飛び出した。
「俺の右手の真紅の炎は」
 火とはすなわち興奮、高揚、蛮勇、激情。感覚はひどく冴えている、心は騒ぎ浮き立っている、横薙ぎに空気を裂いた爪による攻撃をかいくぐる。拳を解かぬままなお強く握りこみ、レイはそのままクルードのずんぐりした喉元めがけ、えぐりこむように。
「闇を引き裂き悪を断つ!」
 拳を突き入れる。
 魔法の炎はクルードの薄汚れた毛皮を確かに焼いた。ぐえッ、とつぶされた蛙のような声を上げて悪魔が吹っ飛ぶ。一般的なウィザード像から考えればレイの行動はあるまじき行為だったが、この攻撃は確かに通用していた。
「‥‥ってね」
「そっちに行きました!」
 おどけた様子で肩をすくめたレイには構わずデルテがまた声を出すと、霧の向こうで動く気配がある。
「ステファ。傍を離れないで」
 前に出た騎士の言葉にステファはうなずく。声と物音を察知して、他の者たちはすでに動いていた。視界をふさがれても、霧矢が投げつけた甘い匂いはわかる。正確な位置がわからないのと、鼻が馬鹿になりそうなのが難点ではあるが。
 霧矢の刀に晴がオーラパワーを乗せ、霧矢は抜きざまに悪魔に打ちかかった。鋭い一撃は、しかし悪魔が退いたことで毛皮の表面を裂いただけに終わる。
 すかさずウォルティーグが、その横合いからハルバードを振り上げた。
 その首に一瞬で長い細い尾が巻きついて、ほんのわずかにウォルティーグが怯む。結果、その事実は攻撃のための踏み込みを浅いものにした。ヂィッ、と鋭い鳴き声を残し、悪魔が騎士に飛び掛ろうとして――。
 クルードとウォルティーグをつないでいた尻尾が光に包まれ、蒸発するように消滅した。
「させません!」
 割って入ったのはゼフィリアの神聖魔法『ホーリー』だった。ウォルティーグはそのまま、ハルバードを振り下ろす。オーラによって強化された刃は、軽々とクルードの片手を刎ね飛ばした。
「邪なる者よ、滅せよ‥‥!」
 今度はステファの撃ち出したホーリーの光が、クルードの全身を包み込む。
 聖なる光は悪魔の体を焼き、溶かし、そして跡形もないほどに浄化した。

「‥‥大丈夫ですか?」
「なんとか‥‥あたたっ」
 肌を走った傷に触れられて、晴はちいさく悲鳴を上げる。軽く息をついて、ステファは触れないように傷に手をかざした。
 リカバーの魔法が、わずかずつ傷を癒していく。
 平時ならばおそらく楽に倒すことができただろうが、霧の中での戦いが戦闘を難しくして、無用な傷をだいぶ作っていた。重大な負傷を負った者がいなかったのは幸いである。あらかじめ準備して事にあたった冒険者たちでさえそうなのだから、襲われた人々はおそらくひとたまりもなかったのだろう。
「‥‥これで少しは、殺された人たちの弔いになったでしょうか」
 手当ての様子を眺めながら誰かが言った科白に応える者はおらず、もうすぐ夜が明ける。
 白み始めた空の下で、街に戻ったら墓前に報告しようと、ゼフィリアはそんなことを考えていた。