庭よ よみがえれ

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 29 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月26日〜10月03日

リプレイ公開日:2004年10月02日

●オープニング

「こういうこと言いたくありませんけどね奥様。お買い物はこのローテにお任せ下さいと、あれほど申し上げたじゃないですか」
「ええ、そうね。この三日で七回どころか、七の七倍は聞いたわね」
「それぐらい言わないと奥様がわかってくださらないからです。まあ無駄だったみたいですけど!」
「まあ、ひどいわローテ。わたくしは確かにもういい歳ですけど、まだ頭も耳もしっかりしているのよ」
「だったら」
 使用人のローテは開け放った鎧戸の外を指さした。
「‥‥あれは一体どういうことなんですか!?」
 家の前に止まった荷馬車は植木屋のものである。
 荷台からつぎつぎと運び込まれてくるのは花の苗らしい。植木屋の男が汗水たらして、苗のぎっしり詰まった木箱を庭に運び込んでいる。種類もさまざま、いったい全部で何十株、いや何百株あるのかと思うとめまいがしそうだ。
 しばらく空き家だったこの家の庭は草が伸び放題で、それをむしって見栄えのするように苗木を植え替えるには一体どれだけの手間がかかるのか考えたくもない。
「だって、引っ越したばかりでお庭がさびしかったんですもの」
「庭がさびしくても死にやしません! まだ荷解きも全部は済んでないんですよ。まず家の中を住める状態にするのが先でしょう。だいたい一昨日着いたばかりだっていうのに、一体どうやって注文を‥‥あの植木屋さん、このあとしばらく忙しくて植え替えまでは手伝えないって言ってましたよ。どうするんですか庭師もいないのにっ」
「そんなに怒らなくてもいいじゃない‥‥」
「怒ってませんよ! 呆れてるだけです」
「だって‥‥」
 ローテはまだ二十歳足らず、奥様は六十すぎなのだが、このやりとりはまるで逆だとローテは内心思う。
 奥様は爵位を持った夫を亡くし、これを機会に隠居しようと郊外に移ってきたばかりだった。
 夫の遺産でお金にはまったく困っていないらしいが、静かな暮らしをしたいという意向で使用人らに暇を出し、ローテだけを伴って引っ越した。どうやら身寄りのない彼女のことを慮ってくれたらしい。
 悪い人ではないのだ。‥‥ただちょっと‥‥まあ‥‥世間知らずすぎるだけで。
「‥‥買っちゃったものは仕方ありませんね。枯らすわけにもいきませんから、人を雇います」
「雇うって、この辺りに他にも植木屋さんが?」
「いいえ」
 出かける支度をすべく前掛けを外してたたみながら、ローテは奥様に微笑んでみせた。
「冒険者ギルドに話してみます。あそこはたいていの仕事は引き受けてくれますし」
「まあ、冒険者? 楽しいお話も聞けるかしら」
「言っておきますけどね奥様、あくまで庭をなんとかしてもらうために呼ぶんですからね」

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea1807 レーヴェ・ツァーン(30歳・♂・ファイター・エルフ・ノルマン王国)
 ea1861 フォルテシモ・テスタロッサ(33歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3270 ルシエラ・ドリス(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4086 ルー・ノース(22歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea4609 ロチュス・ファン・デルサリ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4626 グリシーヌ・ファン・デルサリ(62歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

「‥‥‥‥」
 近頃とみにやわらかさを増した秋の日差しの中で、黙々と草をむしる。
「‥‥‥‥‥‥」
 ひたすらむしる。何しろ長いこと手入れする者もないまま放置されていた庭だから、雑草は深く根を張り、腰近くまで背丈を伸ばしているものさえ見受けられる。かがんだ姿勢のまま、レーヴェ・ツァーン(ea1807)は無言で作業を続けていた。
 草むしりも今日で二日目。ようやく広い庭も見晴らしがよくなってきた頃だった。
「レーヴェさん、だいじょぶですか? お疲れでないですか?」
 横で同じく草むしりを続けていたラテリカ・ラートベル(ea1641)が声をかけてきて、いや、とレーヴェは言葉少なに応じる。無愛想きわまりない返答だったが、ラテリカは何が楽しいのかにこにこと顔をほころばせていた。
「草むしりって、結構大変ですねぇ。レーヴェさんが居てくれて良かったです」
「ですよねっ。レーヴェさん、頼もしいですっ」
 よくぞ言ってくれたと言わんばかりに、泥のついた頬でミカエル・テルセーロ(ea1674)も嬉しそうだ。
「‥‥‥‥そうか」
 褒められた当人は感想を述べる気がないのかそれとも感想そのものがないのか、そんな相槌だけなのだが、どうも彼は歳若いふたりに懐かれている様子。
 今回の依頼に応じた面々の中で、男手はたったのふたり。もうひとりはパラでウィザードのミカエルだから、レーヴェは最初から、自分は力仕事担当と割り切っていたようだ。特に文句を言う様子もなく、寡黙に草を抜いていた。
「確かに、なかなか手間なものじゃの」
 会話が続かないのを見かねてかフォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)が話に割って入る。
 彼女も膂力は人並み程度なのだが、エルフであるレーヴェたちとは違い植物に関する知識に乏しい。なにしろ最初は、剣で雑草を刈り取ろうとしたぐらいである。
「面倒でも根から抜かないと、またすぐ生えてきちゃうですよ」
「剣の素振りにもなって、我ながら名案だと思ったのじゃが‥‥ずっとかがんでおると腰に来るのう。まだまだ鍛錬が足りぬ」
 やれやれと息をついて、フォルテシモは首を振った。
「でも、これをしっかりやらないと綺麗なお庭になりませんから。ラテリカもばっちり頑張るですよー!」
「ええっ。ラテリカさん、一緒に頑張りましょうっ」
 おーっ。
 やる気まんまんで意気込むラテリカとミカエルだったが、とはいえ二人揃って非力なので、手ごわそうな根の深い雑草などは彼らの手に負えない。庭の隅のほうで大物を抜こうとふたりで踏ん張っていて、見かねたレーヴェに代わってもらったこともしばしばだったりする。彼がなつかれているのはそのためなのかもしれない。いやそのためなのだろう。
「蟻さん、ミミズもこんにちは〜♪」
 無口なレーヴェを間にはさみ、土を掘り返し即興らしい曲をふたりで口ずさみながら、少年と少女は結構楽しげだった。

「せめて事前に相談してくださればいいんだけど、奥様っていつも突然なのよね」
「そうそう」
「本人は悪いと思ってないからまた困ってしまって」
「わかります。わかりますよっそのお気持ちっ」
 嘆息混じりのローテの言葉に大きく同意した、ミカエルの声ににいやに実感がこもっている。
「僕も日々傍若無人な鬼ババにこき使われ、無表情で方向音痴でそのくせ大食漢な天然ボケに振り回されて‥‥ッ」
 お弁当のパン片手に涙目にすらなっている少年に、使用人のローテは感銘を受けたように深く頷いた。
「小さいのに、あなたも苦労しているのねえ‥‥」
 いや、小さいのは若いせいだけではなく、ミカエルがパラであるためなのだが。
 そんな休憩時間は、ローテの用意したパンとチーズでお昼ご飯。質素といえば質素だが、体を動かした後はなんでもご馳走だ。庭を臨むテラスに皆で腰をおろし、午後の作業に備えて体を休める。ちなみに、フォルテシモは山ほど抜いた草を愛馬のおやつがわりに持って行っていた。
 一方のルシエラ・ドリス(ea3270)は昼食もそこそこに、奥様に用意してもらった屋敷の見取り図を広げて、ロチュス・ファン・デルサリ(ea4609)とふたりで話し合っている。
「このお屋敷のお庭は南向きだから、草花にはいい環境だわ」
「そうだね。西側はもう大分すっきりしてきたから、もうそろそろ植え替えを始めてもいいんじゃないかな?」
 頷いたルシエラがテラスに積んである苗の箱を振り返ると、ロチュスもその視線を追って苦笑いする。
 植物に詳しいロチュスが調べてみると、よくもまあこれだけ買い込んだもので、普通の花の苗から始まり、小さな薔薇や林檎の苗木、ローズマリーやバジル、アーティチョークなどのハーブ類までありとあらゆる草花が揃っていた。注文を受けたという植木屋は、さぞやあきれていたことだろう。
「花を見るのがお好きだそうだから、一年を通していつもどこかに花が咲いているような庭にしましょう。ここが台所ですから‥‥摘みやすいように、ハーブはこのあたりに植えて。リラの花が外に見えるように植えられれば素敵ね」
「それなら、背の低い花は屋敷の外からでも見える場所に植えない? 外から沢山咲いているのが見えたら、きっと綺麗だよ」
「そうねえ。日当たりを考えると、あそこからあの窓の前あたりまでがいいんじゃないかしら‥‥」
 ロチュスの頭の中にはすでに庭の完成図が見え始めているのか、すらすらと植え替えの予定を組んでいる。打ち合わせをしているふたりに、ローテが遠慮がちに声をかけた。
「ご苦労様。パンをもうひとついかがですか?」
「ありがとう。いただくわね」
「ところで、うちの奥様は? 珍しがって様子を見に来るかと思ってたんですけど‥‥」
「ああ」
 くすり、とロチュスは小さく笑う。なんだかんだ言って、ローテは冒険者らの仕事ぶりを見回ったり、買い物に出たり、食事の支度をしたりと忙しい。なかなか奥様のことまで手が回らなかったのだろう。
「グリシーヌが、お家の中の様子を見かねたみたいでね。奥様に案内していただいて、中を見て回っているの」
 不思議そうな顔をしているローテに微笑して、ロチュスはテラスに腰かけたミカエルらに声をかける。
「ラテリカさん、ミカエルさん。午後から苗の仕分けを始めますから、ふたりともこちらを手伝ってちょうだいね?」
「「はーいっ」」

「もう、奥様ったら!」
 スカートをからげ、まだ紐の解かれていない荷物をよけながら、ローテが憤然と階段を登っていく。
「冒険者の方々の邪魔をするなとは言いましたけど、お昼のときぐらい皆さんに挨拶を‥‥」
 扉を開けたとたん、目当ての奥様よりも先にグリシーヌ・ファン・デルサリ(ea4626)と目が合った。奥様はびっくりしたようにその隣で目を見開いている。
「あら、どうしたのローテ」
「奥様にご用? 何でしたらわたくしは外しますけど」
「‥‥いえ」
 付き合いが長いので奥様にはついずけずけものを言うローテだが、グリシーヌの前でそれをやらないだけの慎みはあった。
「せっかくですから、荷解きのお手伝いをさせてもらおうと思いましたのよ」
「そうなの。ローテはいつも、買い物やお掃除で忙しいでしょう? わたくし、何をどこにしまえばいいのかわからないから、荷をほどいても散らかすばかりだし‥‥。そう言ったら、グリシーヌさんが手伝いを申し出てくださって」
「はあ‥‥」
 なるほど、昨日まで部屋の隅に放ってあった箱が紐を解かれ、見覚えのある服がいくつか顔を見せている。荷解きの終わっていない箱の中身はほとんどが衣装や装飾品、奥様の趣味の裁縫や刺繍の道具、気に入りの調度品、思い出の品など。最低限の着替えや調理器具や食器など、ないと生活に困るものだけは荷解きしてあるが、確かにいつまでもこのままというわけにはいかない。
 うっかり納得しかけて、はっとローテは我に返った。
「奥様っ。そういうことならせめて、一言私に言ってから始めてくださっても」
「はいはい。お小言はお仕事しながら聞きましょうね」
 軽く手を叩きながら、グリシーヌが笑んで小言をさえぎる。
「とりあえず、そうね、このチェストは向かいのお部屋のほうが合うと思いますの」
「‥‥は?」
「見てのとおり非力なお婆さんですから、困っていたところですのよ。ちょうどお若い方が来てくださって嬉しいですわ」
 こうして、心ならずもローテまでが力仕事をすることになった。

●よみがえる庭
 三日目の夕方には、フォルテシモやレーヴェの尽力もあって、庭中を占拠していた雑草はほぼ姿を消した。
 苗を植える場所はロチュスが決め、大きめの苗木はフォルテシモの馬に運ばせる。荷馬のするような仕事に馬は不満げだったが、主人であるフォルテシモがなだめすかして、どうにか動いてもらっていた。
 まずノルマンになじみの深いリラの木は、庭の外に植える。花の頃は春だから今年はもう咲かすのは無理だが、来年にはきっと、淡い色の花を見せてくれるにちがいない。
 ハーブや小さめの苗は小分けにして、ルシエラをはじめとする、あまり力のない面々が手作業で運ぶ。土を掘り返すのはやはり、例によって主にレーヴェの仕事だった。畝にして掘り返した地面に、ラテリカが種類別に選別した苗を手ずから植えていく。
 そんなふうに全員で作業を続け、グリシーヌだけは家の中でひたすら荷解きの采配をして、苗の箱がようやくほぼ空になったのを確認できたのは五日目の昼間だった。

「‥‥これは、だいぶ、いい運動になったのう」
 作業中邪魔にならないようにまとめた髪を解きながら、フォルテシモはぐたりと家の壁にもたれる。服は泥だらけ、その中も汗まみれ。隣のレーヴェも、スコップ片手にもう喋る気力もないようだ。
 フォルテシモの膂力は人並み、レーヴェもエルフにしては体力のあるほうだが、なにしろ広い庭を掘り返すのはほぼこのふたりだけである。ひとつ掘ってもまた別のところに呼ばれて、苗を植えるための穴を掘る。そんな繰り返しで、肉体労働担当のふたりはもうくたくたになっていた。
 もう口も利きたくないといった様子の彼女に、しかし場を読めない奥様がにこにこと近づいてくる。
「お疲れ様です。来年の春にもなれば、きっと素敵な庭が見られますわね。今から楽しみですわ」
「しかしのう‥‥考えてみればこれからの時期、すごいのではないか。あれが」
「あれ、ですか?」
「落ち葉が」
 数は少ないながらも、もとから庭に植えてあった木も存在する。冬が近づけばもちろん、その木々は葉を落とし裸になるわけで‥‥フォルテシモの指摘に、ぽん、と同時に手を叩く奥様とローテ。
「‥‥なんじゃお主ら、そのさも名案が浮かんだという顔は」
「ええ、ですから」
「それも冒険者ギルドに頼んでしまえば、ひとりでやるより早いし楽ができるし、何より雇うのは奥様のお金だし‥‥」
「‥‥頼むからそれは植木屋に頼むか庭師を雇わぬか?」
 いらぬことを言ってしまったのに気づいて脱力するフォルテシモ、しかし意外と乗り気な奥様とローテの主従ふたりである。
「まあ、いいんじゃない? 私たちが作った庭を、また見に来るっていうのも」
 裏の井戸から手足を洗うための盥を持ってきたルシエラが言うと、ラテリカがおずおずと切り出した。
「あのー‥‥奥様」
「あら。なあに?」
「もしよければなんですけど、この楡の苗木、植えていただけないでしょか?」
 ラテリカの手にあるのは、ひとつだけ混じっていた楡の木の小さな苗木だ。
「植えるって、わたくしが? 自分で?」
「そです。新しいお家での暮らしって大変ですけど、住んでるうちに愛着が増えてくるのが楽しいと、ラテリカは思うですね。だから今日、奥様とローテさんがこの木を植えたら、あとで大事な思い出になると思うんですけど‥‥えと」
 どでしょうか? 小さく首をかしげたラテリカの目を見返して、奥様は鈴の転がるような声で笑った。
「楽しそうね。わたくし、木を植えるのってはじめて」
「奥様ったら! お召し物が汚れますよ。せめて着替えてから」
 ローテのお小言にもかまわず、奥様は裾が汚れるのも頓着せぬまま庭に下りた。
 こっちです、という言葉に案内され、庭のほぼ中心、確かサフランの球根を植えたあたりにたどりつく。ラテリカが掘ったのか、ちいさな穴が空いていた。苗木を受け取ると、奥様はかがみこみ、おぼつかない手つきでそうっと楡の木の根をおろす。
「埋めてあげてくださいな」
 見守っていたロチュスに言われて、おそるおそる土をかけていく。根元がほぼ土で埋まったところを、スカートをからげたローテの脚が、仕方なさそうにぽんぽんと軽く踏み固めた。
「これで、お仕事完了です」
 ラテリカが笑うと、奥様も口元をゆるめ上品な微笑を浮かべた。
「ご苦労様。‥‥ああ、でも、せっかく冒険者の皆様に来ていただけたのに、荷解きばかりであまりお話できませんでしたわ」
「ああ、それなら」
 ルシエラが口を挟んだ。
「まだ昼間だし。確かギルドの契約期間は、まだもうちょっと残ってるよね? 奥様さえよければ、このお庭を背景に、踊りを披露したいなと思うんだけど‥‥」
「まあ、素敵! ジプシーの踊りね。わたくし、初めて見ますわ」
「あの、ローテさん?」
 うしろのほうで、こそこそと切り出したのはミカエルだ。
 そうっと、壊れ物を扱う手つきで両のてのひらを開けると、そこには小さな球根がふたつ。
「できれば、これだけ持って帰りたいんですけど‥‥」
「ええ、いいわよ。ちゃんと仕事をしてくれたから、これはボーナスね」
 笑顔で返されて、ミカエルの顔にも安堵の色が浮かんだ。
 ようやく疲れから回復したのか、レーヴェやフォルテシモが立ち上がる。ロチュスとグリシーヌの姉妹が、薬草茶を淹れる準備をはじめていた。広いテラスを舞台にして、ルシエラはすっと腕を伸ばし、踊りのための最初の構えをとって立った。
「ラテリカさん。歌、合わせてね?」
 頷いて、ラテリカはすうっと息を吸い込む。
 エルフの少女の喉から紡がれた最初の音階にのって、ルシエラの足が軽快なステップを踏み始めた。