【収穫祭】ギルド員へ愛の手を!〜雑用編

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月28日〜11月02日

リプレイ公開日:2004年11月05日

●オープニング

 昼食の時間であってもギルドをまったくの空にするわけにはいかないので、職員はたいてい数人ずつ交代で昼食をとりに外に出る。近いのはやはり『冒険者の酒場』だが、あそこはいつでも個性豊かな冒険者が誰かしら居るのでけっこう騒がしい。
 少し足を伸ばしたところにあるレストランで昼食をとりながら話すのはやはり、収穫祭の間だけギルドの手伝いとして雇い入れることになった冒険者についてだ。
「今のところ手伝いを希望してるのは、受付が一番多いみたいだな」
「あそこは女が多いからなあ」
「そうだな。よそは収穫祭で盛り上がってるっていうのに自分たちはギルドで仕事じゃ、若い娘としてはそりゃ面白くなかろう」
「いや、それなら俺だってそうさ! こんなときぐらい、女房と子供を思いきり可愛がってやりたいんだが‥‥っ」
「‥‥お前の仕事、会計だものな」
 そういえば相手は子持ちだったと、今さらのように私は思い出す。なぐさめるように別の職員が、彼の肩を叩いた。
「さすがにそっちを手伝わせるのはまずいもんな。金の絡むことは万が一トラブルがあったとき、謝るだけじゃすまされない」
「そうなんだよなあ」
 ギルドの会計係は日頃なにかと誘惑の多い仕事だけに、有能かつ信用あるごく少数の人員だけでまかなわれるのが普通だ。それだけにいつも多忙である。かの役職についている同僚がやっぱりなあとため息をついて、さしもの私もやや気の毒になる。下手な慰めは逆効果になりそうなので、元の方向に話を軌道修正した。
「次に多いのは警備だな。こっちも腕自慢の若いのが多いから、納得だ」
「金庫とか倉庫とか、貴重品のある場所の警備は正式な職員に任せたほうがいいよな」
「だな。冒険者諸君には敷地内の巡回でもやってもらって‥‥他の仕事の奴らはどうだ? 金庫や倉庫は無理にしても、そうだな、書庫の整理とか‥‥作戦ルームの通訳とか」
「大丈夫かあ? なんか不安だなあ‥‥これも一応依頼だから、報告書は出さなくちゃだよな? 誰が記録係やるの?」
「僭越ながらそれは俺が」
 雇い主はギルド職員有志ということになってはいるが、依頼は依頼。この手伝いの件についても報告書をしたためないわけにはいくまい。私の就いている役職である『記録係』は冒険者からの聞き書きによって報告書を書くことが大半だが、依頼によっては冒険に随伴し、現地において客観的事実を記録することもある。これもその一種だと思えばそう不思議なことではなかろう。
「みんなで自腹を切って雇うんだ。せいぜい使える奴が来てくれることを祈らせてもらおう」
 というわけで冒険者の諸君、よろしく頼む。職員の皆は諸君をこき使う気まんまんなので、覚悟して来たまえよ?

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea2226 ララァ・レ(19歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea2649 ナスターシャ・エミーリエヴィチ(30歳・♀・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea2924 レイジ・クロゾルム(37歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3270 ルシエラ・ドリス(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4909 アリオス・セディオン(33歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5101 ルーナ・フェーレース(31歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)
 ea6405 シーナ・ローランズ(16歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

「‥‥以前の依頼の際、未分類のものが多くて書類の検索に手間取ったと記憶しています」
 怜悧な表情のままさらりと切り出したのはナスターシャ・エミーリエヴィチ(ea2649)。走り書きを終えた書面の束を軽くそろえて、職員のほうを見る。職員はぽりぽりと頬をかきながら、渡された書面を受け取った。
「閲覧者の利便性をもう少し考慮することはできませんか?」
「うーん」
 ナスターシャのゲルマン語は文句のつけようがない。羊皮紙の上に綴られた文字はナスターシャの人柄そのまま、端正で冷たいほど整っている。やや難しい単語が多いのが難といえば難だが、ギルド員は皆母国語の読み書きの素養、つまりある程度教育の下地がある者ばかりなので、この点はあまり問題ない。
「難しいよね。いや、整頓はしてるよ? 虫干しもかねて、年に一度か二度か。でもさ、書庫は冒険者も出入りするでしょ」
「はい。私もよく依頼の際に利用しています」
「なかなか君みたいに、後の人のことを考える利用者っていないんだよね。必要な資料を見つけてそれを調べて、用が済んだら適当な棚にぽんと置いてっちゃうの、大抵。そういう利用者が何度も訪れると、だんだん書庫の中が混沌としてくるの。わかる?」
「過去のそういった現象の積み重ねとして、現状の混迷に至っているということですね」
「書庫係も大変なんだ、これが」
「はあ」
 めずらしく曖昧な返答をして、ナスターシャは返された書面を受け取った。
「はい、どうも。これ会計に回してくれれば、あとはそっちでやってくれるから」
「わかりました」
「君のお仲間も何人か書庫の手伝いを申し出たらしいけど」
 ナスターシャが振り返ると、ギルド員はにこにこと笑んだまま彼女を見ている。
「頑張ってくれるといいねえ。ところで今日、昼食でも一緒にどう?」
「会計はあちらでよろしいんですよね」
「‥‥‥‥」
 見事なまでに無視され、職員の男性はすたすたと歩み去るナスターシャの背中をさびしく見送った。

「うわあ‥‥」
 書庫に足を一歩踏み入れるなり、ミカエル・テルセーロ(ea1674)は明かりを掲げ、歓声に似た声を上げた。
 ノルマンの書物は、羊皮紙の束を糸で綴じただけの簡単なものだ。あまり頑丈ではないので、棚に平積みにしておくのが普通である。パラであるミカエルにとっては見上げるような大きな棚に、羊皮紙の束がぎっしり。夢中で見回しているミカエルに苦笑し、書庫係のギルド員が案内をしめくくった。
「こっちは報告書の棚。昔の資料なんかはこの向こう。羊皮紙ばかりだから、火の扱いには気をつけてくれ」
 古い羊皮紙に光は大敵なため書庫は昼でも薄暗く、細かい作業には明かりが欠かせない。案内してくれたギルド員に礼を言って、あらためてミカエルは棚に向き直った。
「これは整理しがいがありそうですねえ」
「‥‥何年も前の報告書の下に、日付が先月のやつがあるな」
 手近な書物をぺらりとめくって、レイジ・クロゾルム(ea2924)が渋い顔をする。書物は基本的に高価なためほとんどが持ち出し禁止だが、ギルドに登録している者ならば閲覧そのものは基本的に自由である。報告書を見たあと、適当に手近な棚に戻してしまう不届き者が多いのだろう。
「なかなか骨が折れそうだが、たまにはギルドの仕事を手伝うのも面白い」
「そうですね‥‥古い報告書なんかは見る人も少ないでしょうから、手の届きにくい上のほうでも構わないと思います。ここはやっぱり日付の順にして」
 言いながら背伸びして、レイジの言った先月の報告書に手を伸ばす。なかなか出てこないので思いきりひっぱると、なぜか棚のその段にある書物がまとめて落ちてきた。悲鳴を上げるいとまもなく、羊皮紙の束の崩落にミカエルが巻き込まれる。
「無事か? ミカエル」
「生きてます〜」
 本棚の前にできた羊皮紙の小山の隙間から、小さい手がじたばたと動いていた。明かりを預かっていたレイジが、それをつかんで引っ張り出してやる。
「やれやれ、長丁場になりそうだ。片付けの前に、飯でも食いに行くか?」
「はい! 綺麗にしましょうね、レイジさん」
 大好きな書物に囲まれてご機嫌のミカエルである。

 同じく書庫にいたルシエラ・ドリス(ea3270)も苦戦中である。
「いたっ」
 また針で指を刺してしまって、ルシエラは小さく悲鳴を上げる。書庫の手伝いならできそうだと思っていたルシエラを、女性と見るやギルド員が渡してきたのは太い針と太い糸。つまり指示されたのは、書物の修繕である。
「女がみんな針仕事が得意ってわけじゃないんだけど‥‥」
 大体普通の針仕事と、本を綴じる作業はまったく別物である。
 手書きの写本は一度なくなれば同じ物の入手は不可能だから、長持ちさせるための定期的な手入れが欠かせない。これも書物管理の一環と言われれば確かにそうなのだが、どうもこれは自分には向いてなさそうだとルシエラは思う。
「‥‥これは後回しにしよっと」
「ルシエラ。休憩か?」
 立ち上がりかけたルシエラに、アリオス・セディオン(ea4909)が声をかけてきた。こちらはギルド内の警備を引き受けているので、帯剣したいつも通りの服装である。
「えーと‥‥まあそんなとこ。アリオスはまだ見回り?」
「それも兼ねて見物にな。どうだ、調子は」
 まあまあかなと適当に流して明かりを取り上げ、次いで別のギルド員が修繕し終えた書物の山を指さす。
「これすっごく重いから、棚に戻すの手伝ってほしいんだけど」
「わかったわかった」
 当然のように指示されるのに苦笑する。さすがに神聖騎士を名乗るだけあって、アリオスはその山を軽々と持ち上げた。
「警備のほうはどう?」
「思ったより平和だな。祭りのおかげで人は増えているが‥‥さすがにギルドの膝元で悪事をしでかそうという輩は、そうはいないようだ」
 酔っ払いの喧嘩を仲裁するぐらいだな。アリオスの言葉に笑ったルシエラは、棚を回り込み‥‥絶句した。
 ‥‥昼食に出かけたレイジたちが残していった、散らばった書物の山に。
「うわ‥‥誰だろ、こんなに散らかしたの」
「これは‥‥なんというか、派手にやったな」
「アリオス」
「ん?」
「これの片付け手伝ってくれると、すごく、すっごく助かるなあ」
 責任感の強い青年はこの日、犯人達が昼食から帰ってくるまで書物整理に付き合わされたようだ。

●会議は踊る
「いや、ちょっと待ってくれ。村人の守りを手薄にはできない。そちらにも人員を割いたほうが」
『少し考えてみればわかるだろう。村人の守りを手薄にするなど阿呆のすることだ。俺の言うとおり村人に‥‥』
 ふいに卓に集まっていた冒険者らの視線が集まり、レイジは会話を訳するのをやめ不思議そうに目をしばたたかせた。
「‥‥なんだ?」
「あのね、レイジ」
 同じように通訳として卓についていたルーナ・フェーレース(ea5101)がこめかみを押さえ首を振る。
「なんだ、ルーナまで。俺は正しく訳しているはずだが」
「うんまあ大意は合ってるんだけどね‥‥」
 本人に悪気がないのがまたたちが悪い。もともと口が悪い男なのだろう。どうフォローしたものかと頭を回転させながら、ルーナは小さく咳払いした。
「あー、あんた、書庫の整理も手伝ってるんだろ? ここはいいから行っといで」
「そうか? なら後は頼む」
 なおも釈然としない顔のレイジだったが、放っておけばまたいつミカエルやルシエラが棚の中身をひっくり返すかわからない。仕方なく席を立ち、軽く手を上げてその場を後にした。
 ――作戦ルームと、そうこの部屋は呼ばれている。
 依頼を受けたことのある冒険者なら、一度ぐらいはここに入ったことはあるだろう。受けた依頼に出向く前に、細かい打ち合わせの場所として使われていた。広々とした部屋を各依頼ごとに仕切りで細かく分け、そこで相談をするのだが、中には外国から来たばかりで言葉の通じない冒険者もいる。そのためここには、シフール通訳をはじめとする通訳者たちが常時詰めているのだ。
 レイジが立ち去ったのをきっかけにとりあえず今日の相談はお開きということになり、ひとまずルーナも卓を後にする。
「やってみると、意外と通訳ってのも難しいもんだねえ‥‥」
 発言者の話す言語と聞き手の解する言語、両方に同程度通じていなければできない仕事だ。翻訳と違って、考える暇もあまり与えられない。ルーナはさまざまな言語を学んではいるが、いかんせん知識が広く浅かった。どうしても理解できない単語は『テレパシー』の呪文で補って、それでようやくなんとかなっている。
「さて‥‥どうしたもんか」
 見たところ周囲の卓にはすべて通訳がついているようだ。ルーナの出番は今日はこれでおしまいだろうか。開け放した鎧戸の外を見れば外はまだ明るく、祭りの賑わいがここまで届いてくる。
「他に仕事がないか、聞きに行ってみるかねえ」

「‥‥そこでだ。ゴブリン野郎の剣をかいくぐり、俺は得物をふるった! 刃は狙いどおりに奴さんの肩口に当たってだな」
「ふむふむ。『ゴブリンの刃が繰り出される中、戦士は負けじと武器を‥‥』」
「うーん、なんか地味じゃない?」
 身振りもまじえて威勢のいい、無精髭伸び放題の冒険者の報告を、記録係は必死で書き取っている。その手元を覗き込み、羽ペンをふりまわしながら口だけ出すのがシフールのララァ・レ(ea2226)だ。
「せっかくだからさ、ここはもっとドラマチックにしなきゃ! うーんと、『恐るべき邪悪な怪物の攻撃を華麗にかわした勇者は、光り輝く刃をもって‥‥』」
「あのなあ」
 記録係は作家でも詩人でもない。あくまで、報告に基づいた事実の記録が仕事である。そんな修飾過多な表現をいちいち散りばめていては、時間がかかるばかりか、あとで報告書を見るとき読みにくくて仕方ない‥‥というようなことを説明しようと横を向いた記録係は、
「あーっ!」
 とんでもないものを目にして思わず立ち上がった。
 報告書の余白部分に、貧相なカブに目鼻がついたような謎の物体の落書き。『今夜の晩ご飯は串焼きさ』と科白が添えられているところを見ると、ララァ自身はどうやら、人‥‥のつもりで描いた、ようだ。
「うまく描けたでしょ?」
「なんてことするんだよーっ。ああ、ここは最初から書き直しだ‥‥」
 当然ではあるが、報告書はすべて記録係の手書きである。書庫入りする前ならば多少の誤字脱字は修正も可能だが、これはもはやそんな域を超えていた。手伝いであるはずの冒険者に仕事を増やされて、記録係は頭を抱える。
「どうしたんだい? そんなに慌てて」
 ちょうど通りがかったルーナが声をかけると、記録係はひっしとその腕にしがみついた。
「いいところに来てくれたっ! 頼む、これを新しい羊皮紙に書き写してくれっ」
「えー? いいよ、ルーナさんに悪いもん。私がやるよう、今日は私、記録係助手だもの!」
「頼むからあんたはそこでおとなしく座っててくれっ」
 ほとんど悲鳴のような声でララァに言い聞かせ、記録係はうるんだ目でルーナを見つめた。やれやれとため息をついて、ルーナは空いている椅子に腰掛ける。
「写すっていうのは、これ一枚でいいんだね? それならすぐ終わるよ。‥‥なんだい? この隅っこのカブの絵」
「カブじゃないもんっ」
「おーい。報告の続き、いいかー?」
 ララァが言うには、問題のカブはかのブランシュ騎士団団長どのだそうで‥‥ファンが見たらさぞ嘆くことだろう。

●書庫での幕引き
 ふう、と息をついて、ミカエルは羽ペンを横に置いた。テーブルの向かいに座ったルシエラが顔を上げる。
「終わった?」
「はい。これで少しは、利用しやすくなるといいんですけど‥‥ルシエラさんは?」
 ミカエルが作ったのは、書庫内の分類のリストである。どの棚に何があるのか、おおまかな説明がなされている。もちろんゲルマン語の読める者にしか通じないが、ギルド員が把握するぶんにはこれで十分だろう。
「こっちはもうちょっと‥‥よし、完成」
 ルシエラのほうは、整頓の合間で見つけた、傷んでいたり修繕の必要そうな書物のリストアップ中だ。修繕できるものはしなくてはならないし、それが無理そうならば、まだ紙が無事なうちに誰かが別の羊皮紙に書き写さなければならない。
 ギルドとの契約期間もそろそろ終わりである。
「結構面白かったけど、暗いからずっといると目が悪くなりそうだよね。ギルド員の人も大変だ」
「でも、とっても楽しかったです。見たことない本もたくさんありましたし」
「少しでも役に立ててたらいいよね」
 さて、お茶でも淹れようかな。立ち上がりかけたルシエラの背後から、ふいに静かな声がかかった。
「それは必要ありません」
 いきなりの声に飛び上がったルシエラのすぐ真後ろに、ナスターシャが立っている。
「な、ナスターシャ‥‥さん」
「お疲れ様です。先ほど軽く書庫の中を見て回ってきましたが、以前よりもだいぶ見やすくなっていました」
 驚かされたルシエラの動揺を毛ほども感じていないのか、表情を変えぬままナスターシャは言う。
「昼食の時間帯でもあることですし、ついては労いの意味も込め、皆さんにワインを振舞いたいと思い誘いに参りました」
「えっ。それ、ナスターシャさんのおごり?」
「懐に余裕がありますので」
「そう? じゃ、ご馳走になっちゃおうかな」
 頷いたナスターシャに、ルシエラは先ほど驚かされたことも忘れてうきうきと立ち上がる。
 ミカエルも椅子から降りて、机の上のリストをたいせつに胸に抱え込んだ。酒場に行く前に、ギルド員に渡しておこう。明日からは皆、また冒険の生活に戻ることになる。それでもこのリストは、ずっとこの書庫の中に残るのだ。