庭で落ち葉の舞う頃に
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月14日〜11月21日
リプレイ公開日:2004年11月22日
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●オープニング
引っ越してまだ間もない家の広い広い庭には今、『問題』が積もり始めている。
先日冒険者を雇って、なんとか庭の体裁を整えてからそろそろ一ヶ月になるだろうか。一度植木屋を呼んで様子を見てもらったこともあって、木々や草花はおおむね順調に育っている。館の唯一の使用人であるローテは、内心ほっと胸をなでおろしていた。
なにしろこの小さな家の女主人である奥様は、深窓の令嬢がそのまま歳をとったような人で、労働力としては全然期待できない。家じゅうの家事雑事を一手に引き受けるローテが、このうえ庭仕事までしようというのは到底無理な話だ。
かといって庭師を雇おうにも良さそうな人はなかなか見つからず、近所で一軒しかない植木屋は多忙らしくそうたびたびは来てもらえない。『問題』が山積みになった庭を眺めながら、そろそろなんとかしなくては‥‥と思っていたある朝のことだった。
「ねえローテ。わたくしのヴェール、どこにあるか知らないかしら? 花の刺繍の入ってるものなんだけど」
「あの薄絹のやつでしたら、この間棚にしまったと思いますけど‥‥お出かけですか?」
あれは確か外出用だったはずだと、空の皿を下げながらローテは首をかしげる。
生粋のお嬢様育ちの奥様が、供も連れずに出かけることなどまずありえない。郊外に二人暮しである今は当然、ローテがその供を務めることになるはずなのだが‥‥ここ数日の奥様との会話を思い返してみても、外出の予定は記憶になかった。だいたい、
「私、今日は昼から出かけるんです」
「ええ、知ってるわ」
「その、とても大事な用事で‥‥申し訳ございませんが、今日は奥様のお出かけにお供できそうにないんです。外出のご予定、別の日にできませんか?」
「あら」
一瞬呆気にとられたような顔をしていた奥様は、不意にくすくすと笑い出した。
「いやだわ、わたくしったら。まだ言っていなかったかしら」
「は?」
「今日はわたくしが、あなたのお出かけについていくのよ」
「‥‥もしかして」
「冒険者ギルドに行くのよね? この間の皆さんにお会いして以来、わたくしも一度行ってみたいと思っていたの」
ローテはめまいを感じた。そう言い出しそうな気がしていたので、あえてどこに行くかは伏せていたのに。
「最近庭が見苦しくなってきたものね。植木屋さんはお忙しいっていうし、わたくしもそろそろ頃合だと思っていたの。前は皆さんお疲れであまりお話できなかったから、今度はちゃんとおもてなししたいわ」
開け放った鎧戸の外、『問題』が山と降り積もった庭を見ながら、奥様は若い娘のようにうきうきと席を立つ。
「着ていくのは先月仕立てた服がいいかしら? きっとあのヴェールに合うと思うの。髪もきちんと結わないといけないわね。はじめてお伺いするのだから、おかしな格好では先方にも失礼ですもの‥‥ローテ、あなたは何を着ていくの? ローテ?」
ともかく今回の依頼は、庭の『問題』‥‥山になった枯葉の掃除である。
●リプレイ本文
秋晴れの空はどこまでも澄んで高い。
「まあ、ラテリカさんったら。何をなさっておいでなんですか?」
邸の裏の納屋から借りた掃除用具を抱えたパーナ・リシア(ea1770)の笑顔が見下ろしている。なぜか庭の隅にころがっていた当のラテリカ・ラートベル(ea1641)は上体を起こし、と照れたような笑顔を見せた。
「えと。すっごい落ち葉だったので、なんだか急に埋もれてみたくなったのです。ごろごろーっと」
「ごろごろー、ですか。楽しそうですねえ」
「はい! 落ち葉のベッドみたいで気持ちいいですよー。今日はいいお天気ですし‥‥あ、そっち持つです」
立ち上がってパーナの抱えるほうきを引き受けたラテリカの銀髪も服も枯葉まみれだが、本人はあまり気にしていない。にこにこと笑みをかわしあう二人のその後方から伸びてきた手が、ラテリカの髪にかかる葉を無造作に払った。
「あ、どもです。レーヴェさん」
「いや」
レーヴェ・ツァーン(ea1807)の返答はあいかわらず短いが、二人にはあまり気にならないようだ。笑顔のまま頭ひとつ高い男の顔を見上げ、次いで彼が抱えたものを目にとめパーナは首を傾げた。
「木材、ですか?」
「風向きの具合で枯葉が吹き込んでくるという話だから、簡単な木柵でも作れればと思ったのだが」
「あら、いいですね」
なにしろ庭はあちらもこちらも落ち葉だらけ、右を見ても左を見ても枯葉色。こうして歩いているだけで、足元でがさがさと枯葉を踏む音がうるさいほどだ。よくもまあここまで放っておいたものである。
「レーヴェさん、今回もよろしくです。がんばってお掃除しましょうっ」
「ああ」
「お掃除はその場所のみならず、己の心も同時に綺麗にしてくれるもの。心をこめて掃き清めましょうね」
「そうだな」
やはり返事はそっけないものだったが、ラテリカやパーナにはそれで充分だ。しごく和やかな雰囲気のまま、掃除用具の到着を待っている仲間たちのもとへと向かう。
風を読む心得のあるマリアステラ・ストラボン(ea4607)の助言によれば、午前中はやや風が吹くが、昼を過ぎればおだやかになってくるという。一番広い前庭はとりあえず午後に回すことにして、午前の間は手分けして家の裏手や通用口のあたりを掃くことになった。分担を決めたら、さっそく作業開始だ。
「さすがに十一月ともなると、朝夕は冷えますわね」
「そうねえ」
かさかさと手際よく箒を動かしているサラフィル・ローズィット(ea3776)の言葉に、ガブリエル・プリメーラ(ea1671)はちらりと彼女のほうに目を動かした。同じように箒を左右に動かして、枯葉の山をかきまわす。
「‥‥その服、あったかそうね」
「ええ、とっても。冬も近いですもの、こんな風に外でのお仕事のときには、暖かくしておきませんと」
そういうサラは、実用的な防寒着姿に前掛けと手袋、長い銀髪はきちんとまとめている。ふうん、と気のない返事を返したガブリエルの視線は、しかしなぜかサラの服装ではなく手元に集中しているようだ。
「枯葉は綺麗ではありますけど、たくさん積もりすぎると困りますよね。そのぶんお掃除のしがいもありますけど」
「そ、そうね。この落ち葉、どうするの?」
「細かく砕いて土に混ぜればいい肥料になりますが‥‥これだけの量ですから、全部というわけにはいきませんね」
勝手口の近くのハーブの花壇に積もった葉は、箒で傷つけてはいけないので丁寧に手ですくう。詳しくない人間にとっては、ハーブはそのへんの雑草とさして見た目が変わらない。植物に縁深いエルフのサラならではの心遣いといえた。
「あの、ところで、ガブリエルさん」
遠慮がちに声をかけたサラに首をかしげ、ガブリエルはあいかわらずサラの見よう見真似で箒を動かしている‥‥右に‥‥左に‥‥閑静な庭に箒を動かす規則正しい音が響いている。足元の枯葉は‥‥。
「‥‥あ、あら?」
ガブリエルはようやく気づいた。
‥‥サラが一箇所に掃き集めた枯葉の山を、自分の箒がひたすら無為にかき混ぜ続けていることに。
「あっ。ガブ、何やってるの!?」
その様子を発見したミカエル・テルセーロ(ea1674)が、すかさず彼女たちのところへ駆け寄ってきた。
「何って‥‥掃除」
「もう、何サラさんの邪魔してるのさ。掃除なんて全然できないくせに‥‥すみません、サラさん。ご迷惑だったでしょう」
「あ、いえ、そんな」
「あとで僕がお手伝いしますね。奥様が退屈そうだっていうから、ガブはこんな所で遊んでないでそっちへ行っててよ」
「掃除してたって言ってるでしょ!」
昼食をはさんだら、いよいよ問題の前庭にかからねばならない。
マリアステラの予報通り、作業をはじめるころにはほぼ風はおさまっていた。分担を何箇所かに分け、落ち葉を集める場所も決めたら、午後の作業が始まる。
「あら、木の実」
足元に転がっていたそれに気づき、パーナは箒を動かす手を止めてかがみこんだ。落ち葉の色にまぎれて気づかなかったが、よく見るとあちこちに同じような小さな実が転がっている。この近くの木から落ちたものだろう。すぐ近くで掃除をしていたマリアステラも気づいて、パーナの手元を覗き込んだ。
「何の実でしょう?」
「さあ‥‥植物には詳しくないので、私にもさっぱり。でも、可愛らしい実だと思いませんか?」
「そうですね」
パーナの無邪気な言葉にかすかに笑んで、マリアステラも同じ実を拾い上げた。
「冒険者をしていると、いろいろな土地の季節に触れることができますね」
春が過ぎて夏が訪れ、この秋を見送ればもうすぐ冬になる。当たり前の自然の摂理だが、バードとして旅をしてきたマリアステラにとっては、それもまた奏でる楽の音のための糧になるのだ。高い空を見上げると、名を知らぬ渡り鳥がどこかへ飛んでいく。
「あ、ここにも」
いつのまにかパーナは木の実を拾うのに夢中になっている。苦笑して自分の箒を取り、マリアステラはすう、と深く息を吸い込んだ。涼しい秋の空気は澄んで、こんな日は特に歌声がよく通る。
そうして、歌い始めた。
「あら」
「どなたか歌ってますねぇ〜」
顔を上げたのは、家の中で奥様の相手をしていたガブリエルとミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)。ふたりともバードであるためか、外から聞こえてくる歌声を耳聡く聴きつけていた。
「楽しそうな歌だこと。外の方たちかしら?」
「奥様。庭に出るのは駄目ですからね」
興味をひかれたらしい奥様を、お茶を運んできたローテが軽くにらむ。仮にも仕事中なのだから、奥様が行って邪魔したら何にもなりません! ‥‥というのが、彼女の言い分らしい。まだ若いのにずいぶん口うるさい上、雇い主にまったく遠慮がない。
「でも、びっくりしちゃいました。こんな広いおうちにローテさんと二人きりなんですよね。寂しくないですか?」
「広い?」
ミルフィーナの言葉に、奥様は首をかしげた。
「この家、そんなに広いかしら? ローテ」
「前にいたお屋敷よりは狭いですけど、世間の常識から見たらじゅうぶん広いですね」
尋ねられた女中がため息をついて答え、ガブリエルとミルフィーナは思わず顔を見合わせる。数えたわけではないが、部屋数が一桁ということはまずあるまい。簡素だが品のいい調度品、出された茶器も凝った意匠が施されていていかにも高そうだ。
「‥‥あるところにはあるのねえ」
ガブリエルが思わずそんな声を洩らしてしまったのも無理はない。
「夫が亡くなって、息子がその跡を継ぎましてね。息子はもう結婚していますし、正直なところあの家にいると少し疲れてしまいますの。顔もよく覚えていないお客様が始終いらしては、わざわざわたくしにまで挨拶にみえますからね。こういう静かな暮らしというのも、歳をとるといいものですわ」
「そういうものですかあ」
貴族というのもそれはそれで大変なものらしい。わかったようなわからないような顔をしているミルフィーナに目を細めて、奥様はつけたした。
「引っ越してきたからこそ、こうしてときどきは冒険者の皆さんとお話できますしね?」
「お話の途中ですけど」
こほん、とガブリエルはかるく咳払いした。
「鎧戸を開けても構わないかしら。そのほうが歌がよく聞こえると思うの」
「ええ、どうぞ。わたくしももっと聞きたいわ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
席を立ったガブリエルが窓を開くと、庭からの涼しい風と一緒に、先ほどよりも明瞭な旋律が室内にまで届いてきた。
「あ‥‥ラテリカさんです」
ミルフィーナの言葉通り、マリアステラの歌声に沿うようにして、よく伸びる別の声が旋律を追いかけている。
「可愛い歌じゃない」
こうなると、こっちも参加したくなるのが性ってものよね。
そう言ってガブリエルは笑うと自分の横笛を取り出し、伴奏を奏で始めた。
「これでよしっと」
山ほどの枯葉を詰めた麻袋の口を紐で結ぶ。袋の数は一、二、三‥‥とにかくたくさんだ。いつのまにか額に浮かんでいた汗を拭いて、ミカエルはようやくひと息ついた。
「レーヴェさーん。そっちはどうですかー?」
「すまん。やはり無理なようだ」
呼びかけられたレーヴェも秋だというのに汗をかいている。
廃材や木材を集め、納屋で埃をかぶっていた大工道具を見つけてきたまではよかった。だがレーヴェはもちろん他の冒険者たちも、大工仕事に関してはまったくの素人だ。慣れぬ手つきで鋸を引き釘を打って、風をさえぎる防護柵らしきものをつけてはみたものの、いざできあがったものを見てみると、ぐらぐらと安定せずまともに立たなかったのだ。
「残念ですね。もしちゃんとしたものが作れれば、来年からはずっとお掃除が楽になったと思うんですけど‥‥」
マリアステラが言うと、レーヴェは肩をすくめる。
「風にあおられただけで倒れるようでは、柵の意味がないからな‥‥大工仕事というのも、やってみると思ったより難しい」
多少なりとも木工の技術を持つ者がいれば、この程度のものを作るのは簡単なことなのだろう。汗を拭いつつ、散乱した道具類を見下ろしてレーヴェは嘆息する。何事も素人仕事というものはうまくいかない。
「‥‥まあ、掃除だけでも無事に済んでよかった」
「で、でも、けっこう重いです〜」
麻袋のひとつを持ち上げたラテリカだが、中はただの枯葉にも関わらずずいぶん重そうだ。もっともこれは、ラテリカが非力であるせいもあるのだろうが。
「この葉っぱ、どうするですか?」
「このうちの一部は、庭にでも埋めて堆肥にして‥‥それでも余りますよね」
サラが首をかしげると、ミルフィーナがふわりと羽をまたたかせて舞い上がった。
「焚き火でお料理とか、どうでしょう?」
「料理、ですか?」
「焼き栗とか、焼き林檎とか‥‥お肉やお野菜もいいですよね。豪華なお食事もいいですけど、今日はせっかくたくさん人がいるんですから、お外でみんなでにぎやかに食べるのも素敵だと思うんです」
「外で? お食事?」
まるで見知らぬ言葉でも聞いたように、奥様が目を見開いた。にこにこ笑顔のラテリカが、ふと思いついてだめ押しをする。
「奥様。ラテリカたち冒険者は、冒険中はみんなお外で焚き火を囲んでお食事するですよ」
「まあ」
途端に奥様の目の中に好奇心の光がきらめく。いけない、とローテが止めようと思ったときには遅かった。
「‥‥なんだか楽しそう」
「決まりですね」
割り込んできた声に振り向けば、見知らぬ子供たちを連れたパーナがにこにこと笑んでいる。
「パーナさん。その子たちは?」
「マリアステラさんたちの歌が聞こえたらしくて。外から覗いていたので、ここで拾った木の実をあげたんですよ。そうしたら皆、奥様にお礼を言いたいって」
「あらあら。ずいぶんにぎやかねえ」
よかったら、あなたたちも一緒にお食事しましょうか。奥様の言葉に、子供たちの間から歓声が上がる。
「やれやれ。ああなったらお止めしても聞かないんだから‥‥すみませんけど、手伝ってくださいね」
首を振ったローテに、喜んで、とサラが頷いた。
「スープや香草焼きや‥‥ちょっと時間はかかりますけど、燻製もいいですね」
「何を作るかはお任せします。野外料理なら皆さんが専門だもの」
「美味しいお料理ができるといいですねえ」
料理のできるサラやミルフィーナは楽しそうにメニューを考えている。腰に手を当てて台所に向かおうとしたローテは、あ、と声を上げ、視線の先にいたガブリエルに声をかけた。
「すいません、ガブリエルさん。ミカエル君と仲いいみたいなので、相談なんですけど‥‥鬼ババに心当たりありませんか?」
「は?」
突拍子もない言葉に思わず聞き返したガブリエルに、ローテは大真面目に話を続けた。
「この間来てくれたとき聞いたんですけど、ミカエル君、すっごい鬼ババにいじめられてるそうなんです。なんでもいつもその鬼ババのわがままに振り回されて、顎でこき使われてるんだとか‥‥ガブリエルさん、ご存知ですか」
「‥‥いいえ?」
ぴく、とガブリエルのこめかみがかすかに痙攣したが、ローテは気づかない。憤懣やるかたないといった調子で、頬を紅潮させたままなおも言い募る。
「あんな小さい子をこき使うなんて、きっとうちの奥様とは正反対の、ゴブリンより凶悪なババアに違いないわ。よく昔話に出てくる魔女みたいに、顔一面シミだらけでぎょろっとした目で、鼻に醜いイボがあるんです。想像つきますよね」
「イボが、ね。‥‥へーぇ。ミカ、そんなこと言ってたの」
話の内容を察したミカエルが、忍び足でその場から立ち去ろうとしている。ミカ、と振り向きもせず呼びかけると、少年は雷に撃たれたように、びくりとその場に釘付けになった。
恐る恐る振り向いたミカエルは、ガブリエルの背中が、不気味なほどの沈黙を背負っているのを恐怖の思いで見る。
「‥‥あとで話し合いましょうね?」
ゆっくりと、ふたりだけで。
こうして、落ち葉焚きを囲んだ時ならぬ野外料理の席はにぎやかなものになった。外で、おまけに食べ物を手づかみで食べるというはじめての体験に、奥様は終始ご満悦だったそうだ。
依頼終了後のミカエルとガブリエルの話し合いがどんなものになったかについては、言わぬが華、とだけ記しておく。