闇を駆ける

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 75 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月18日〜11月26日

リプレイ公開日:2004年11月26日

●オープニング

「うーん、やっぱり無理ですよ」
 ギルド員の男は羽ペンを置いて軽く頬をかくと、カウンターの向こうの相手を窺った。
 本日の依頼人は、まだ三十には届いていないと見える若い男性。彼の故郷である、小さな町までの護衛が依頼内容である。
 彼は数年前に故郷の金貸しに資金を借り、パリで商売を始めたのだそうだ。商売の利益は容易には上向かなかったが、それでもどうにか返済にじゅうぶんな額を稼ぎ出すことができた。その返済の期日まで、あとわずか数日なのだ。
「期日を過ぎれば、故郷の両親にどんな迷惑がかかるかわかりません‥‥」
 ギルド員の言葉に青ざめて、依頼人はがっくりと肩を落としている。軽くため息をつき、ギルド員は書き損じの羊皮紙を引っぱりだして簡単な地図を描いてみせた。無理なものは無理だと納得してもらわなければ。
「その街に行くまでの途中に‥‥こう、森があるでしょう? それを迂回しなくちゃいけない」
 描かれた楕円を森に見立てて、その周囲を回りこむように、予想される進路を書きこむ。
「迂回したぶん距離が長くなるから、どうしても時間がかかる。冒険者ったって、空を飛んでくわけにはいかないんですから」
「で、でも、馬なら速く行けるのでは」
「そうですね。馬を乗りつぶす覚悟で行けば、確かに期日に間に合うかもしれません。でもそうなると、依頼を引き受ける冒険者はまずいないと思いますよ」
 以前よりは暮らし向きに余裕のある冒険者が増えてきたが、それでも馬は気軽に乗りつぶせるほど安いものではない。そもそも自分の馬は誰だって可愛いものだから、大事にしたいと思うのが人情というものだろう。
「そ、そ、それなら」
 依頼人の手がペンを取って、楕円の上にまっすぐ線を引いた。
「いっそこう森を突っ切れば」
「森を越えるのに時間がかかってちゃあ同じことでしょう。ろくに道もない森を歩くってのは、あなたが思ってるよりもずっと大変ですよ。冒険者だけならともかく、護衛対象のあなたがいるんだから、あまり無理もできないし」
「抜け道があるんです」
 ギルド員は顔を上げた。依頼人のペンが地図に印をつける。
「ちょうど森の近く‥‥このあたりから、反対側のここまで通っている地下洞窟があるんですよ。ずうっと昔は地下水の通り道だったらしいですけど、なにかの拍子で水脈の流れが変わったんでしょうね。まだいくらか水は通ってますが、じゅうぶん人の通れる深さです」
「中の危険は? 道はわかります?」
「道筋はほぼ一本道だそうですよ。先ほどお話したとおり、しばらく故郷を離れていましたから、今洞窟内に何かいるかどうかまではちょっとわかりませんが‥‥」
 ふむ、と受付の男は考え込む様子を見せた。
「よろしい。急いで募集を出しましょう」
 こうしてギルドの掲示板に、また新しい依頼書が貼り出された。

●今回の参加者

 ea2792 サビーネ・メッテルニヒ(33歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea2938 ブルー・アンバー(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3674 源真 霧矢(34歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3826 サテラ・バッハ(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea5180 シャルロッテ・ブルームハルト(33歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea6337 ユリア・ミフィーラル(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea8388 シアン・ブランシュ(26歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 中を覗き込んだだけで、冷え冷えとした空気がこちらまで這い登ってくるようだった。繁みをかきわけた冒険者たちの前に忽然と現れた地下洞窟の入り口は、黒々とした闇を湛えてそこにたたずんでいる。中の様子に目を凝らしながら、源真霧矢(ea3674)がひとつため息をついた。
「覚悟はしとったけど、やっぱり明かりがないとあかんわ」
「一応、ランタンは点けました‥‥」
 自分のランタンを捧げ持ったシャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)が遠慮がちに言うと、自分の荷物を確認していたユリア・ミフィーラル(ea6337)がやはり明かりを持って立ち上がる。
「さすがにこれだけ油があれば足りると思うけど‥‥念のため、明かりはみんなで交代して使おうね。洞窟の中で油が切れでもしたら、たちまちその場で立ち往生だもの」
 それより、と、ユリアはぶるりと震えて入り口のほうを見やった。
「さ、寒そう‥‥」
 ここにいるだけでも、冷気が足元を漂っているのがわかる。洞窟の外でこれなのだから、おそらく内部は凍えんばかりに寒いのだろう。各々が自分の荷物の中から、あらかじめ用意しておいた防寒具を引っ張り出して着込む。依頼人の青年も、鹿革らしい暖かそうな外套にすでに身を包んでいた。
「そ、それでは皆さん、よ、よ、よろ、よろよろよろ」
「ほら、固くなりすぎ」
 緊張のあまり舌がもつれまくっている依頼人の背を、少し強めにシアン・ブランシュ(ea8388)が叩く。
「どーんと私たちに任せなさいな。間に合わせてみせるから。ね?」
「金の貸し借りは話がもつれると面倒やからなあ。早いとこ返さへんと、利子はつくわ、取り立てはくるわ、えろう難儀やで」
「なんだか実感がこもってるのね。そんな経験でもあるの?」
「常識や、一般常識」
 指摘に霧矢が眉をしかめ、その場にいる皆が笑った。依頼人の表情が和らいだのを見逃さずシアンが微笑する。
「あんまり力が入ってちゃ、到着までにへばるわよ。気楽に気楽に」
「は、はい」

「やっぱり中は寒いわね‥‥」
「確かに‥‥日が当たらないだけで、こんなに違うものなんですね」
「そうね。地下だということもあると思うけど‥‥」
 ランタンの柔らかな光に照らされた自分の吐息が白くかそけく消えていく。サビーネ・メッテルニヒ(ea2792)が誰にともなく呟くと、ブルー・アンバー(ea2938)も襟をかきあわせて頷く。そのやりとりに、ふと先のほうを行く毛布のかたまりが、ふたりのほうを見やる仕草を見せた。
「た、確かに、こんなに寒いとは‥‥っ」
 この毛布のお化け、もとい、毛布をかぶった人物は、実はシアンである。
 今回集まった冒険者の中で一番の駆け出しだった彼女は、本人いわく『貧乏だから』、あいにく防寒具の用意がなかった。仕方なく防寒着がわりに頭から毛布をかぶったのはいいが、当然ながら毛布はそもそもかぶって歩くようにはできていない。にわか防寒具の隙間から寒気は容赦なく入り込んできて、おかげで体はすっかり冷え切っている。
 隣を歩いていたティズ・ティン(ea7694)が、心配そうにシアンの顔を見た。
「シアン、大丈夫? 唇が紫色だよ?」
「だ、大丈夫」
 ちっとも大丈夫そうではない。同じく近くにいたユリアが見かねて、首に巻いていたエチゴヤの印が入った襟巻きを外す。
「あたしのマフラー貸してあげる。首まわりがあったかいだけでも、だいぶ違うと思うよ」
「ああああありがと」
 歯の根が噛みあわないのか返事もままならないらしい。ユリアがマフラーを差し出す様子を見ながらサビーネがため息をつくと、手元のランタンの火がジジ‥‥とかすかな音をさせて不安定に揺れた。
「待って。油が切れそう」
「明かり、交代します」
 大儀そうに荷物を降ろして、ほっとしたようにサテラ・バッハ(ea3826)が言う。
「荷物がさっきから重くて重くて‥‥油一回分でも軽くなるなら助かります」
 彼女をはじめとする騎乗動物を持つ冒険者たちは、皆街に愛馬を置いてきていた。あらかじめ洞窟は狭いと聞かされていたので、馬を何頭も連れていては、いざというとき戦う邪魔になってしまう。
 もっとも非力なサテラは普段驢馬に荷物を持たせているので、今回の大荷物はなかなか骨が折れるのだろう。できるだけ積極的に明かりを持つ役を引き受けていた。
 炎が消えないうちにサテラのランタンに火を移して、サビーネが自分のランタンに油を補充する。それが済むころには、借りたマフラーのおかげなのか、シアンの顔色は幾分ましになっていた。

●闇を駆ける
 しばらく下る道が続いていたが、やがて坂道はゆるやかになり、自分たちがほぼ水平に進んでいるのがわかるようになってきた。ふと内壁に手をつくと、岩は冷たく湿っている。気のせいか、寒さも一段と厳しさを増しているようだ。
「底に近づいているのでしょうか」
「か、かも、しれません‥‥」
 ブルーが言うと、消え入りそうな声でシャルロッテが答える。そのまましばらく歩いていると、不意に先頭を歩いていた霧矢が足を止めて声を上げた。
「水や」
 明かりを掲げて見れば、ちょうど進路をさえぎるようにして、黒々とした水が目の前を満たしている。地下水がまだ幾分通っているのだろう、近くの岩の隙間から、ちょろちょろと頼りない水流が水たまりに流れ込んでいた。目を細めて窺うと、どうやらその向こう側にも道は続いているようだ。
「見たとこ、深さはわいの腰よりも下ぐらい‥‥ってとこやろな。泳げなくても、歩いて渡れそうや」
「‥‥やっぱり渡るのね、これ」
「そうせえへんと先に進めんしなあ」
 仕方がなさそうにサビーネが嘆息すると、霧矢は肩をすくめそう答える。見ているだけで冷えてきそうなのか、ティズはぶるっと震えて水面を見下ろした。
「サテラ、水のウィザードだよね? なんとかできない?」
「フリーズフィールドで凍らせるという手もありますが‥‥この大きさだと多分、人が上を歩けるだけの分厚い氷は張らないと思いますね。観念して水に浸かるしかなさそうです」
「霧矢の腰のあたりなんて、私の首まで水がきちゃうよう」
 霧矢は人間としてはかなり背の高いほうだ。十歳のティズから見れば、雲をつくような大男に近い。どうしようと周囲を見回すと、ちょうどブルーと目が合った。仕方なくそちらに足を向けて、わずかに頬を染め騎士を見上げる。
「あの、ブルー。お願いがあるの」

「そんなに重たくはないと思うんだけど‥‥」
「大丈夫ですよ」
 恥じらいを含んだティズの声に、ブルーは笑ってそう答えた。たとえ重かったとしても、騎士たるもの、そんな弱音を吐いて女性を困らせるものではない。礼儀正しいブルーは、頭の上にいるティズの持つ明かりに従って、やっと水面から上がることができた。先に上がった者たちは、すでに各々濡れた服を脱いで着替えを始めている。
「さ、寒〜っ」
 シアンが震えるのも無理はない。これだけ空気が冷えていると逆に水の中のほうが暖かく感じるくらいだ。濡れそぼった服は水からあがった途端急速に冷えはじめ、猛烈な勢いで体温を奪っていく。濡れていないのは、ティズぐらいのものだろう。
「依頼人さん、大丈夫?」
「へ、平気で‥‥す」
 言葉とは裏腹に、依頼人の青年は着替えを広げながらがたがたと震えている。体を拭いて着替えを済ませ、ようやく人心地ついたサビーネが残念そうに呟く。
「火が使えないのが痛いわね‥‥」
「洞窟の中だし、煙がこもりますから‥‥窒息しては意味がありませんし」
 大胆にも服を脱いで水の中を渡ったサテラは、真っ先にまず火を起こそうとした。薪はあらかじめ拾っておいてある。だがいざ火が燃え始めてみると、煙の逃げ場がほとんどなく周囲は真っ白、視界はさっぱり。これはいけないと、慌てて水をかけて消すことになったのだった。
「そろそろ、進み始めて一日ぐらいはたったんじゃないでしょうか‥‥?」
「もうそないに‥‥いや、せやな。道理で腹が減っとるわけや」
 太陽の光がないから時間の経過がいまいちわからない。ブルーの言葉に、霧矢も腑に落ちたようにみぞおちのあたりを撫でている。保存食を取り出そうと荷物を引き寄せようとすると、不意にティズの素っ頓狂な声が上がった。
「あれ〜? 天井が回ってるよお〜」
 どうやら暖をとるために手持ちのワインに口をつけたようで、顔が林檎のように真っ赤になっていた。へろへろと怪しげなステップを踏んでいる少女に苦笑して、サビーネは荷物の中から野営の準備をし始めた。
「火はないけど、今日はとりあえずここで休みましょう。この先、また水が通っているところがあるかもしれないから、濡れた服も乾かしておきたいし‥‥」
「そうね‥‥徹夜で強行軍なんてやったところで、体力がもたないわ」
 実は寒さで一番参っていたシアンは、ほっとしたように安堵の息をつく。
 味気ない保存食をかじりながら、まだ大分残っていたティズのワインを皆で少しずつ回し飲みして暖をとった。適当に見張りの順番を決めると、残りの者は霧矢の設置したテントにもぐりこみ一晩明かした。

●光の中へ
 幸い、眠っている間は何も起こらなかった。
 依頼人が目を覚ましたところで、また進むのを再開した。何しろ冷えるので気持ちよくぐっすりとはいかなかったが、テントと寝袋のおかげで皆とりあえずの休息はとれたようだ。
 休憩前に越えた深い水たまりが、洞窟のちょうど底に近い辺りだったのだろう。道はまた緩やかな上り坂になりつつあった。
 水の流れている箇所にもまた何度か行き会ったが、いずれもせいぜい踵までの小さな小川であった。靴を脱いで裸足で渡りきったあと、足を拭いてまた靴を履けば大丈夫だった。もっともブルーはまだ幼いティズを慮ってか、水のある場所に行き会うたびに彼女を抱え上げてやっていたのだが。
 一度小さな蝙蝠数匹に頭上を飛び回られ難儀したが、鬱陶しいだけで噛み付いてくるわけでもなく、わざわざ殺すほどの大きさのものでもない。シアンが弓で威嚇し、更にユリアがコンフュージョンの魔法をかけると、ふらふらとどこかへ飛び去っていった。
 戦闘にしろ何にしろ、とにかくできるだけ時間の浪費は最低限に抑え、白い息を吐きながら冒険者たちは進み、そうしてようやく出口が見えてきた。

「やった! 太陽まぶしい!」
 浮かれたティズが洞窟から勢いよく走り出て、まともに外の明るさに目を射られふらふらしている。他の冒険者たちも急にやってきた明るさに視界が慣れないのか、目を細めて周囲を見回した。
「ああ、やっと出口だわ。良かったわね〜」
「大したモンスターに行き会わなくてよかったよ‥‥」
 安堵するサビーネとユリア。考えてみればあれだけの寒さだ。普通に洞穴にいるようなゴブリンだのジャイアントラットだのは、わざわざあんな冷える場所に棲まないだろう。
「依頼人はんの郷里まで、あとどのくらいかかるん?」
「ええと‥‥歩いてせいぜい、一日半もあれば。返済の期日は‥‥大丈夫、間に合います」
 霧矢の言葉に答えて、依頼人の表情が目に見えて明るくなった。ありがとうございますと生真面目に頭を下げるのを、シアンがあわてて押しとどめる。
「ちょっとちょっと、まだお礼を言うのは早いってば。依頼内容は洞窟越えだけじゃなくて、あなたの故郷までの護衛なんだし、それに、は‥‥」
「は?」
 唐突に途切れた言葉尻をとらえて、依頼人がおうむ返しに聞き返す。は、は、とシアンはこらえようとしたが、遅かった。
 はっくしょん!
 底冷えのする洞窟を、普段着に毛布、それに借り物のマフラーだけで走破したシアンは、目的地まで‥‥そして借金を無事返済した青年を連れてパリに報告に戻るまでの道中、ずっとくしゃみと咳、つまり風邪の症状に悩まされたという。