鷹と絵描きと冒険者

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月22日〜11月29日

リプレイ公開日:2004年12月01日

●オープニング

「‥‥冒険者ギルドはこちらですか」
「ええ、そうですよ。何のご用ですか?」
 愛想のいい受け答えの最中でも、カウンターの向こうの依頼人を素早く値踏みしてしまうのはほとんど職業病と言っていい。冒険者ギルドの受付も長くやっていると、人を見る目はいやでも肥えてくる。たくさん訪れる依頼人の中には、見るからに怪しい者、信用できない輩が混じっていることもしばしばだった。だがもちろんいちばん最初にチェックする事項は『この依頼人、ちゃんとお金払えるのかしら?』だ。
 今回の客の身なりはその第一関門をかろうじて通過していた。細面で色の白い、若い男性だ。あら、まあまあいい男。でも私の好みじゃないわ。むしろ私ならもっとこう‥‥と雑念が混じり始めた受付嬢を前に、依頼人の青年は首をかしげた。
「なにか?」
「いえなんにも。冒険者にご依頼でしたら、どうぞなんなりと」
「ええと‥‥実は、わたしは駆け出しの画家なのですが」
 頭をかいた青年の手はよく見れば絵の具で汚れている。
「このたびさる高貴な方に目をかけていただきまして、その方のために絵を描くことになったのです」
「まあ」
 要するにパトロンだ。芸術家が芸術だけで食べていくには大変だから、たいていの場合他に稼ぎ口を持つか、あるいは金持ちの出資者を捕まえて生活を保証してもらうのが普通である。もし仮にその芸術家が有名になれば、パトロンのほうにも富や名声が転がり込むわけで、貴族や富豪にとって芸術家を囲うのは投資の一種ともいえる。
「『自由』を描いてくれといわれまして‥‥。いろいろ考えた結果、鳥を絵の中に入れようと思い立ちました」
 さっそくパトロンに頼んで手頃な鳥を用意してもらったものの、それをモデルにして何枚スケッチを描いても、どうも気に入らない。悩むこと数日、彼はようやくあることに気がついた。
「飼いならされて籠の中におさまった鳥を描いても、『自由』を表現することなどかないません‥‥野生の鳥を描かなくてはと思って情報を集めたところ、パリから数日ほど行った平原で、それは見事な鷹が飛んでいるのを見たという人がいたのです」
 ようやく受付嬢にも話が飲み込めてきた。
「つまり、その鷹をスケッチしてみたいってことですね」
「すみません‥‥普段絵ばかり描いていて話下手なので、回りくどい話になってしまって」
「いいえ。そうすると依頼内容は、平原までの護衛に」
「鷹のいろいろな姿を描きたいので、鷹を追いかける手助けをしてくださる方が欲しいのです」

●今回の参加者

 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea1646 ミレーヌ・ルミナール(28歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1872 ヒスイ・レイヤード(28歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea1931 メルヴィン・カーム(28歳・♂・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea2843 ルフィスリーザ・カティア(20歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea2924 レイジ・クロゾルム(37歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3844 アルテミシア・デュポア(34歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 ea3856 カルゼ・アルジス(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

 昼食の支度だろうか。遠くのほうの村でほそく白い煙が上がっているのが見える。平原を渡ってくる風は涼しいというより、既に冷たいという形容が相応しいものになっていた。乱れた髪を押さえつつミケイト・ニシーネ(ea0508)は後ろを振り返り、訛りのあるゲルマン語で呼びかける。
「絵描きの兄ちゃん。この辺りでええんやな?」
「私が聞いた話では、鷹を見かけたのはこの近辺のはずです」
 依頼人の青年の言葉に、他の冒険者たちも足を止める。周囲の様子を見渡しながら、ミレーヌ・ルミナール(ea1646)は軽く首を振った。
「平野だと夜はかなり冷えます。それにどこにも遮るものがないわ」
 鷹を探すにしても、まず拠点が必要だ。あらかじめ天幕を用意してきてはいたが、ここで野営すれば地上からも空からも丸見えになってしまう。野生動物は概して警戒心が強い。あまり不必要に目立たないのが得策だろう。
「せやな。鷹探しよりも先に、腰を落ち着ける場所を探さなあかんわ」
 ミレーヌの意見にミケイトも頷く。ふたりのレンジャーの意見に従って、依頼人も冒険者たちも下ろしかけた荷物を担ぎ直した。特に大きな荷物を抱える依頼人に、カルゼ・アルジス(ea3856)が声をかける。
「依頼人さん、大丈夫ー? 息切れてるよ」
「だ、大丈夫です‥‥。普段あまりアトリエから出ないもので‥‥」
「ずいぶん大荷物だけど、何が入ってるの?」
「ええと、木炭とカンバスと、イーゼルと絵の具と‥‥あと、ミレーヌさんのご意見に従って、食料と防寒具と寝袋と‥‥」
「うわ」
 背ばかりひょろっと高い痩せぎすの青年には相当重かろう。食料と野営の装備さえ持っていけばいい冒険者たちと違って、依頼人は画材も持参しなければならない。ひいふうと汗をかいている様子を見かねたのか、カルゼが声をかける。
「荷物、馬に載せてもらいなよ。途中でへばっちゃったら絵なんて描けないでしょ?」
「し、しかし‥‥悪いですよ」
「遠慮しなくていいって」
「むしろキミに遠慮してもらいたいわ私は」
 じっとりとカルゼをねめつけたのは、会話に割り込んだアルテミシア・デュポア(ea3844)。言われたカルゼは、アルテミシアが愛馬のクリスティを連れているのをいいことに、自分の荷物をそこに積み込んで手ぶらである。
「なんでクリスティが運ぶ荷物をキミが決めるのかじっくり聞きたいわそこのところを。ええとっくり聞きましょうとも!」
「いいじゃないどうせテント以外積んでないんだし」
「あ、あの、本当に自分で持てますから」

 ミレーヌの提案で、ひとまず木立の密集したところにテントを設営することになった。適当な場所を見つけ、テントを広げ終えた頃には既に夕方になっていた。ちなみにテントの提供者はアルテミシアとメルヴィン・カーム(ea1931)である。
「じゃあ、僕の持ってきたテントは男性用ということで‥‥」
「あら。どうしてですか?」
「どうしてって」
 首をかしげたルフィスリーザ・カティア(ea2843)に、メルヴィンは言いにくそうに顔を赤くして目をそらした。
「せっかくメルヴィンさんとご一緒なんですし‥‥」
「い、いやほら、野郎と女の子が同じテントっていうのもアレだしさ」
「アレ‥‥ですか?」
「そう、アレ」
 不思議そうな顔をしているルフィスリーザ当人は、意地悪のつもりではなく本気で聞いているのだからまた始末に終えない。一体どう説明したものかとメルヴィンが頭を抱えそうになったとき、ぴい、と鋭い鳴き声が聞こえた。
「あら」
 翼を広げた白い鳥が、居並ぶ木立の合間を縫ってこちらへ飛んでくる。そちらに目を向けたふたりの目の前に、鳥は優雅に舞い降りてきたかと思うと、空中でたちまちヒスイ・レイヤード(ea1872)へと姿を変えてひらりと着地した。
「おつかれさま、ヒスイ‥‥どうしたの?」
 助かったといわんばかりに、メルヴィンが内心胸をなで下ろしながら尋ねる。当のヒスイはなぜかずいぶんと息を切らしている。黒のクレリックである彼は『ミミクリー』で鳥に変身して、この近辺の上空を飛び回っていたのだ。
「鷹、見つけたわよ」
「どこで?」
「すぐ近く。もう暗くなってきたから、巣に戻る途中だったんじゃないかしら。様子を窺ってる途中で気づかれちゃってね、縄張りを荒らされたと思われたみたいで、追いかけられてもう死ぬかと思ったわよ‥‥」
 『ミミクリー』の呪文は姿を変えるものではあるが、体積を大きく変えることはできない。小さな鼠や巨大なドラゴンに変身することは無理なのだ。大人のエルフであるヒスイが鳥に変身すれば、当然巨鳥といって差し支えない大きさになるわけで、鷹の目に留まったのも致し方ない。飛びにくい木立の下へ逃げ込まなければ、じきに追いつかれていたことだろう。
「少なくとも、この近辺で狩りをしていることはわかりましたね」
 ほっとしたようにルフィスリーザが言うが、とはいえ周辺はもう薄暗くなりかけている。今日はもう探すのは無理だろうということで、とりあえずこの日はこれで休むことになった。
 言われたとおりに『女性用』のテントで寝ることになって、ルフィスリーザはまだ首をしきりにかしげている。

 翌朝は快晴。
 ミケイトの狩ってきた野鳥と、カルゼの見つけてきた香草と茸が朝食の材料になった。移動の間はのんびり狩りなどしていられなかったので、保存食以外の食べ物は久しぶりだ。だが、ここで問題が起こった。
「‥‥これ、料理できる?」
「あー、えーと」
 尋ねられ、カルゼもミケイトも思わず目をそらした。これは駄目だと諦め、ルフィスリーザも確か料理は得意ではなかったとメルヴィンは思い至る。ミレーヌは朝方、足りなくなった薪を拾いに行って、まだ戻らない。
 残りのメンバーで料理ができそうなのは‥‥とふと目を向けると、その視線の先で、
「みんなの寝るテントは提供したわ。ゆうべは火も起こしたわ。でも料理はこれっぽっちもできないわ!」
 ‥‥できないというわりにはなぜか胸を張ってアルテミシアが宣言した。朝からテンションが高い。
「もー、しょうがないわね。私がやるわよ」
 話を聞きつけたのか肩をすくめながら、仕方なさそうにヒスイがテントの中から起き出してきた。
 朝食は野鳥の腹を裂き茸と香草を詰めて焼いただけの典型的な野外料理ではあったが、それなりに美味だったという。

「野生の鷹か‥‥ふむ」
 周囲を見渡しながら、そっけないともとれる口調でレイジ・クロゾルム(ea2924)はひとりごちる。
「確かに自由を象徴するにはふさわしいな。温厚な鳩ではなく、他者を攻撃し己の糧とする鷹を選んだあたりが素晴らしい」
「は、はあ」
 そこまで考えていたわけではないのですが‥‥と、依頼人がしきりに恐縮する。いちおうレイジはこの画家の青年に雇われた身であるはずだが、元々彼は謙虚な態度とは程遠いため、どちらが偉いのかはたから見るとよくわからない。
 これ以上レイジが不遜な発言をする前にと、ミレーヌが軽く咳払いをした。
「鷹が巣を作るのはふつう岩場の高台か、木の上‥‥このあたりは平原が続いていて、鳥が巣を持つのに適した岩場は見当たらないし、このあたりの林に巣があると見るべきでしょうね」
 その言葉に、他の冒険者たちが周囲を見回す。
 昨日あやうく鷹に襲われかけたヒスイの話では、問題の鳥はこのすぐ近くにいるはずだという。
「確かに、このあたりなら獲物には事欠かんわ。うちも今朝はあっさり鳥が見つかったしなあ」
 猛禽は巣を作ると、その周辺を縄張りとして狩りをするのが普通だ。肉食なので、獲物は小動物が中心である。ミケイトの言うとおり、自然豊かで見晴らしもいいこのあたりは、鷹にとってはいい狩場だろう。
「問題はどうやって探すかだけど‥‥いちいち木登りして確かめてるわけにもいかないしなあ」
「ふん。それならそうと何故言わん」
 首をひねったカルゼに向かって、レイジが鼻を鳴らす。手近にあった背の高い木に手をあてると、片手で印を結び何事か呪文を唱え始めた。ぼそぼそとなにか独り言をつぶやくと、顔を上げる。
「こっちに大きな鳥の巣があるそうだ」
 は? と呆気にとられる冒険者たちをよそに、レイジはひとりで歩き出す。他の面々が立ち止まったままなのに気づいて振り返ると、理解の悪い奴らだといわんばかりの顔で彼はまたもう一度同じことを言った。
「‥‥ほんならレイジはん、今の呪文って」
「『グリーンワード』。植物と意思の疎通を行える魔法だ」
 このいかにも気難しそうな魔術師と『植物とお話できる魔法』がなかなか容易には結びつかず、先頭をゆくレイジを追いながら皆が首をひねっていることに、幸いというべきか本人は気づかなかった。

 鋭い鳥の鳴き声がしている。
 空の光を遮る枝の向こうで、鷹が翼を広げ蒼空を滑空している。はばたきながら、鷹は悠然と頭上の巣へと降り立った。するどい嘴には、狩りの戦利品なのだろう、小さな野鼠がくわえられていた。
「‥‥これだ」
 息を切らしながら瞳を輝かせ、画家の青年は急いで荷物を広げた。スケッチ用らしい薄汚れたカンバスを取り出し、イーゼルを立てる。道具箱の中から画材を取り出すのももどかしく、カンバスを殴りつけるようにして勢いよく描きはじめた。
 見る見るうちにカンバスの上で鳥の形ができあがっていく。
「‥‥まるで生きているみたい」
 後ろから覗き込んだミレーヌの感心のとおり、あれだけ高いところにいるにも関わらず、画家の目は正確に鷹の姿をとらえていた。猛禽特有の美しい羽の模様、鋭い嘴、射抜くような目。荒削りなタッチが、却って勢いを感じさせる。
「どうすればこんな絵が‥‥」
 描けるんですか、といおうとして、ミレーヌは口をつぐんだ。依頼人は息することさえ惜しいというように、熱心にカンバスへ向かっている。同じようにカンバスを眺めていたメルヴィンと顔を見合わせ、じっとその様子を見守った。

 餌をあげてみたかったのだが、さすがに手ずからは食べてくれない。獣ゆうんはそういうものやとレンジャーであるミケイトに諭されて、木の実を切り株の上に置いて、離れたところからじっと様子を見ることにした。
 やがて周囲をきょろきょろと見回しながら、一匹の栗鼠が木の根元から這い出してくる。
「わ。き、来ました、来ましたよ」
「静かにしいや。逃げてまうがな」
 とたんに舞い上がったルフィスリーザをミケイトが諌める。切り株の上にひょんと飛び乗った栗鼠は、周囲をおろおろと見回すと、転がっていた木の実を小さな歯でかじり始めた。
「か‥‥可愛いです‥‥」
 いじらしい仕草に思わず表情がほころんでしまうルフィスリーザだが、一方のミケイトは不思議そうな顔だ。
「狩りしとったらこんなんいくらでも見られるで。栗鼠だけやない、狼、イタチ、狐に兎‥‥」
「兎‥‥ミケイトさん、次は兎が見たいです!」
 可愛い動物がもっと見たいというルフィスリーザの科白に、それまで退屈そうにしていたカルゼが身を起こした。
「兎に狐かあ。僕も好きだな、美味しそうで」
「‥‥‥‥!!」
「兎や狐もいいけど、そのへんに駿馬とか駿馬とか駿馬とかクリスティーヌとかいないかしら?」
 意味不明の科白を吐くアルテミシアのことは、さりげなく皆が無視した。
 苦笑しながら、ヒスイは少し離れた場所でそれを見守っている。
「自由、ね」
 束縛も、拘束もない状態。他から見たら、私たち冒険者もそんなふうに見えるのかしら?
 冒険者たちはそんなふうにして、青年から目を離さない程度の位置で待機した。鷹は何度か狩りをするために飛び立ったが、青年の手は頭上に鷹の姿がないときも絶えず動いていた。猛禽が巣に戻ってくるたびに描き上がったカンバスが積まれ、日が暮れてスケッチができなくなるまでそれは続いた。

「おかげさまで、思う存分絵が描けました‥‥本当にありがとうございます」
「いい絵が描けそう?」
 ヒスイの質問に、青年ははい、と笑顔を見せた。
「本格的に作業にかかるのは、アトリエに戻ってからになるでしょうが‥‥構図や色使いはもう決まっています。戻ったら一番いいカンバスを用意しなくては」
「がんばって下さいね」
 ルフィスリーザがゆったりと微笑み、ふと、といった調子で、レイジが会話に口をはさんだ。
「ところでお前は、植物の絵は描かないのか? 植物の中には色や造形の美しいものも多いぞ」
「植物ですか‥‥また別の機会にでも描いてみたいですね。よろしければ、モチーフによさそうな物を教えてもらえますか」
「そうだな」
 聞き返されて、レイジは考え込んだ。
「少々季節外れだが、時計草はどうだ?」
「いいですね」
 知識にある花を思い出したらしいルフィスリーザがゆったりと微笑する。他には? と問われ、レイジは知識にある植物の名前を思いつくまま羅列する。
「イヌサフラン、ケシ、アザレア」
「‥‥?」
「トリカブト、ベラドンナ、ジギタリス‥‥」
「あの、レイジさん、それ」
「‥‥何かおかしいか?」
 毒性のある植物ばかりを次々と挙げる魔術師があまりに堂々としているので却って誰もつっこめない。冒険者たちはパリへと戻るまでの間、レイジの毒草談義を聞かされるはめになったとか、ならないとか。