【ドラゴン襲来】水竜は波の間にまに

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月03日〜12月10日

リプレイ公開日:2004年12月10日

●オープニング

「せ、船長ぉ」
「情けねえ声を出すな! しっかり見てろ」
 海面に向け弓を構えたまま固まっている船員を叱咤して、船長はいまいましげに舌打ちする。
「一体なんだってドラゴンがこんなに‥‥」
 いま船を取り囲んでいる『リバードラゴン』の姿は、この場にいる船乗りたちのほとんどが初めて目にするものだった。そもそもが名前通り、本来は主に川に生息する竜である。海でもたまに見かけることはあるが、元来が数の少ない生物のはずなのだ。それがこのように群れて行動し、あまつさえ人間の船を取り囲むなど聞いたこともない‥‥苛々と周辺の海を見渡した船長は、近くにいた船員の襟首をひっつかみ怒鳴りつけた。
「仕方ねえ、漕座に伝えろ! 斜め右方向がわりと手薄だ、そちらに船首を向けて一気に突っ切る!」
「で、でも」
「無茶は承知だ。ぐだぐだ言ってっと、囮がわりにお前を海に放り込んで、ドラゴンの餌に‥‥」
 ――言いかけて、船長はふと妙なことに気づいた。
 先ほどまで周囲を泳いでいたリバードラゴンたちが船から離れていこうとしている。それだけなら船長も喜んだだろう。だが気のせいか、さっきから船体を揺らす波が、少しずつ大きく‥‥
 不意に力強い波に襲われて船が激しく揺れ、咄嗟に甲板の船員たちが近くのものにしがみつく。
 先ほどまで穏やかだった海が荒れている。風までもが先ほどよりひときわ強く冷たくなっているように感じられた。何か来る。船長が身を固くしたそのとき、海面から水音が轟いた。
 波の向こうから顔を覗かせた巨大な影に、乗員の誰かが驚きの声を上げる。
「ウォータードラゴン‥‥!!」
 船乗り仲間の間では海の守護者とも恐れられる、巨大な大蛇にも似た海の王者だ。
 陽光を反射して青く光る鱗の下で、金色の眼球がこちらを見た。射抜くような視線に船員たちがひるむ。まだ弓を構えたまま、目一杯弦を引きしぼっていた船員の指先から、つい力が抜けた。
「よせ、馬鹿っ!」
 制止も間に合わず、うっかり放たれた矢の射線が、巨大な体のすぐ近くをかすめる。
 耳を聾するかのようなドラゴンのすさまじい咆哮が、海面をびりびりと震わせた。重量感に満ちた巨体がうねると荒々しい波が押し寄せ、甲板にまで波しぶきが飛び散ってくる。船から振り落とされまいと、乗員全員が必死でその場に伏せた。
 ――やがて竜の姿が波間へと潜り姿を消すと、少しずつ静寂が戻ってくる。
「‥‥行ったか?」
 あれしきの攻撃に恐れをなしたとも思えないが‥‥船の縁にすがりついたまま、恐る恐る船員のひとりが海面を覗き込む。その途端、ふたたび同じ、いや、今度は先ほどよりも一層激しい震動が船全体を襲った。
「なんだ‥‥!?」
 それと同時に、船の中心を突き破り巨大な水柱が上がる。
 深い水底から放たれた、ウォータードラゴンの水弾の吐息(ブレス)。その圧倒的なまでの水圧は、船の船底から甲板へとまっすぐに貫通して風穴をあけ、一瞬にして船を半壊させた。船上に海水が豪雨のごとく降りそそぎ、甲板が大きく傾ぎ、めりめりと船が悲鳴を上げる。このとき、もはや船員たちの誰もが現実を理解していた。
 ――ドラゴンの怒りを買った以上、この船はもうおしまいだ。
 白波があげる無数の飛沫をまとった水竜が、再び海面へと姿を現した。海がまたも力強く激しくうねるように波立ち、もう満足に立っていることすらできない。ど真ん中に空けられた大穴で船はほぼ真っ二つになりかけていて、その鳴動に耐えるだけの力は既になかった。
 かろうじて船の形を留めていたものはあっという間に高波にさらわれ、冬間近の潮風の中へと吹き飛ばされた。ばらばらになった船の残骸も、積荷も、船員たちでさえなす術もなく空中へと投げ出され、あっという間に荒波の間へと飲み込まれた。



「‥‥それで?」
「ウォータードラゴンはそのまま姿を消しました。船員たちは近くを通りかかった船に発見され、無事救助されたそうです」
「気に入らん」
 眼帯に覆われていないほうの眼に厳しく射すくめられ、報告していたギルド員はびくりと首を縮めた。眉間に皺を刻んだ男は疲れたように足を組み直し、椅子へと背を預ける。
「何故ドレスタットばかり、こんな災難に見舞われるのだか」
 愚痴りたくなるのも無理はない。ついこの間まで、ドレスタット近海を海賊が荒らしまわっていたのはまだ記憶に新しい。ギルドの冒険者が荒くれ者どもを撃退し、催された開港祭も何とかつつがなく終わったと思えば、今度はドラゴンたちの襲撃である。
「ドレスタット近辺に現れているのは、ほとんどがフィールドドラゴンやリバードラゴン‥‥ドラゴンの中では一番下っ端の、言葉も満足に話せない竜です。互いに連携をとる知恵などないはず。それに大体、ドラゴンは本来群れを作らない種族です。こうも集団で行動を起こすなど考えられません」
「だが偶然として片付けるには、あまりにもおかしな事態だ」
 ギルド員の意見に表情をちらとも動かさないまま、何かあるはずだと眼帯の男は断じた。
「沈められた商船の持ち主から、積荷の引き上げの依頼が入っていたな?」
「はい。今回の積荷の内容は、貴族向けの宝飾品や銀食器などだったらしくて‥‥あのまま海の藻屑にしたら大損だそうですよ。今の季節だと、素潜りの心得のある者でも、海には入りたがりませんからね。それでこちらにお鉢が回ってきたんでしょう」
「これまで入ってきた報告によれば」
 眼帯の男‥‥ドレスタットギルドのギルドマスターは、厳しい表情のまま立ち上がった。
「ウォータードラゴンが今まで襲っているのは、何かしらの荷物を積んだ商船ばかり。漁船や釣り舟などはほとんど狙われていない‥‥ドラゴンは船を沈めたあと、その周囲をしきりに泳ぎ回っていたという話もある」
 まるで積荷の中身を気にしているように‥‥ギルドマスターは目を眇めると、開け放たれたままだった鎧戸から外の様子を眺めた。港町を渡ってくる磯の香りが、室内にまで届いてくる。
「何のためはわからないが‥‥これでまたドレスタット沖に引き上げ目的の船を出せば、そいつはきっと再び姿を現わすだろうな。その竜はただ無為に船を沈めているわけではなく、何か目的あってのことという気がする。いや、もしかしたら、今ドレスタットに現れているドラゴンたちすべてが、同じ目的で現れたのかもしれん」
「まさか‥‥」
 冗談でしょうと笑おうとして、ギルド員は、ギルドマスターの隙のない眼光がこちらを睨んでいるのに気がついた。
「‥‥ギルドマスターのお考え、私からしっかり冒険者たちに伝えておきます」
「よろしく頼む」

●今回の参加者

 ea1553 マリウス・ゲイル(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3844 アルテミシア・デュポア(34歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4621 ウインディア・ジグヴァント(31歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea5187 漣 渚(32歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea6137 御影 紗江香(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6251 セルゲイ・ギーン(60歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea6905 ジェンナーロ・ガットゥーゾ(37歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

「ふむ」
 興味深い話を聞いた。怜悧な赤い瞳をわずかに伏せ、ウインディア・ジグヴァント(ea4621)は誰にともなくそう呟いた。出発直前に追いついてきたギルド員からギルドマスターの『考え』を伝えられ、思うところがあるらしい。
「確かに、竜たちは同じ物を探しているのやもしれぬ。‥‥ウォータードラゴンが現れる前、リバードラゴンたちが退いたと?」
「ウォーターのほうが格上じゃからの」
 横から口を出したセルゲイ・ギーン(ea6251)に、そうであったなとウィンディアも頷く。ウィザードの嗜みとして、二人とも竜に関する知識はある程度備えていた。
 ドラゴン種には『格付け』のようなものがある。ドラゴンの格は下から順にタイニー、スモール、ミドル、ラージ、ヒュージ。一般的に格上のドラゴンほど希少で強大とされる。ラージクラス以上になると、滅多に人間の前に姿を現さないそうだ。
 リバードラゴンはタイニー、ウォータードラゴンはスモールドラゴンに位置する。彼我の力の差を竜たちがどのように捉えているかは知れないが、リバードラゴンが退いたのはおそらく、格上に道を譲ったということなのだろう。
「新しい情報はありませんでしたか? ドレスタットに、竜たちが探すような魔法の品が持ち込まれたとか‥‥」
 マリウス・ゲイル(ea1553)の質問に、ギルド員は首を振った。
「目新しい話は何も。ただギルドマスターは、エイリーク様なら何かご存知かもしれないとおっしゃっていました」
「エイリーク様?」
 聞きなれぬ名だ。尋ね返したマリウスに、はい、とギルド員は首肯した。
「ドレスタット領主、『赤毛のエイリーク』様のことです。現在は街を留守にしておられますが‥‥予定ではそろそろ戻られてもいい頃だと、ギルドマスターが」

 すでに冬といってもいい。肌に髪に吹き付ける潮風はもう冷たかった。打ち寄せる波に船は絶え間なく揺れている。甲板の下からは、漕ぎ手達の櫂を漕ぐ震動がかすかに伝わってきていた。港を出て、もうしばらく経つ。
「絶対怪しいと思ったんやけどなあ」
 水平線を眺めながら漣渚(ea5187)が首を振ってため息をつくと、甲板にぺたりと座ったまま羊皮紙の束をめくっていた和紗彼方(ea3892)がそれに気づいて顔を上げた。雇い主に頼み込んで積荷の目録をもらい、現在内容を調べている最中である‥‥のだが、めくってもめくっても変わり映えのしない文字の羅列に少々飽き飽きしていたようだ。
「何なに? 何の話?」
「あんな。ガレー船なんてでかいもん出したら、竜に狙ってください言うようなもんやろ」
 同郷のジャパン人が相手ということもあって気安い口調で、依頼を受けた頃からきな臭いと思っていたことを打ち明ける。
「いっくら大損や言うてもなあ。たとえば小さい舟を何隻か出すとか、もうちょっとやり方がありそうなもんやないか。せやからうち、こらなんかの罠に違いない思て、出航前に港で聞き込みしてん」
「うんうん。どうだった?」
「こう言われたわ。『でっかい姉ちゃん、そりゃ船乗りって奴を知らねえんだよ』」
 まず第一。小さい舟を沖合いへ出すなら、熟練の漕ぎ手が必要になる。それもガレー船のようにただ船長の指示通りに漕ぐだけでいい漕ぎ手ではなく、風向き、潮の満ち引き、波の具合、その他全部をひとりでも判断できる腕ききの船乗りが要る。小さい舟はおのずと定員が少なくなるぶん、乗員の腕が試されるわけだ。
 第二。そもそも、海の守護者と呼ばれるウォータードラゴンの怒りに触れた船である。わざわざ近づいて命を危険に晒そうという者はまずいない。ふだん絶えず自然の脅威に触れているためだろうか、船乗りには迷信深い者が意外なほど多いものだ。
「要するに、小型艇を操れるだけの腕があって、なおかつ竜にもびびらん度胸の持ち主が見つからんかったんや。この船なら乗員ごと依頼人の持ちものやから、嫌がる船長の尻叩いてどうにか出航を承諾させたらしいわ」
「あれ? でも依頼人さんって」
「せや。船を危険なところに出すだけ出しといて、自分は陸で待っとる」
 金持ちいうんは勝手なもんや、と渚は肩をそびやかすと、もう一度盛大に嘆息を聞かせた。

●波間
「追加、っと」
 水面から裸の上半身だけ出したまま、ジェンナーロ・ガットゥーゾ(ea6905)は銀食器を小舟の上に放り出した。幸いなことに、このあたりの海域はそれほど深くはない。ちょうど干潮の時間帯であるせいもあり、素潜りでもなんとか海底にまで辿りつけた。ひゅうと風が波間を揺らして、ジェンナーロは思わず震えて小舟の縁にしがみつく。
「ううー、さみぃっ」
「こらー! 怠けてないでちゃっちゃと働く働く!」
 ガレー船の船上から声をかけてきたのはアルテミシア・デュポア(ea3844)。周囲の警戒にあたっている彼女は目敏く泳ぎ手の休憩を見つけて拳を振り回し、ジェンナーロが口を尖らせた。
「ち。おいらの苦労も知らないで‥‥自分もこの寒空で海に入ってみろってんだ」
「そうおっしゃるものではございませんよ」
 過ぎるほど丁寧な口調は一緒に潜っている御影紗江香(ea6137)のものだ。彼女は泳ぎはあまり達者ではないが、『水遁の術』によって水中での呼吸を可能にしている。
「海はウォータードラゴンの領域。戦えばただで済むものではございません。ああやって警戒する者も必要なのです」
「けどよお」
「彼方さま! 引き上げをお願いいたします」
 よく通る声で紗江香が呼びかけると、はーい、と彼方の声だけが返答してきて、引き上げの準備をしているらしい物音が伝わってきた。わずかに笑んで、紗江香は男のほうに向き直る。
「作業を続けましょう。季節柄海の中のほうが暖かいですから、いつまでもこうしていては却って身体を冷やします」

 引き上げられた木箱を開け、海水をたっぷり吸った布袋を引っ張り出す。中を覗き込むと、いかにも高そうな銀の細工物が、詰め物と一緒にいくつも入っていた。海に沈んでまだ数日のためか、さほど傷んでもいない。泥を洗い流して、磨きに出せばほとんど元通りだろう。
「銀細工、銀細工‥‥これかな」
 目録をめくって、彼方がその中のひとつに印をつける。引き上げ作業はそこそこ順調だった。マリウスや渚など、泳ぎに達者な者に探索を任せ、大きなものは船上からロープで引き上げる。一刻も早くこの海域から立ち去りたいのか、船員もいやに協力的だった。海竜も怖いが、雇い主に逆らって職をなくすのも怖いのだろう。
「この中に、竜の探してるものがあるのかなあ?」
「ドラゴンの中には、宝石や貴金属を巣に貯め込むものもおる。しかしわしの知る限り、ウォータードラゴンにそんな習性はなかったと思うのじゃが‥‥」
「へーっ。詳しいんだ、おじいちゃん」
「わしにとってウォータードラゴンは、長い間会えなかった恋人のようなもんじゃ」
 セルゲイはくぐもった笑い声をあげて、会うのが楽しみじゃのう‥‥と呟き、その科白にアルテミシアが大きく顔をしかめた。
「会った瞬間に船がバラバラかもしんないけどね」
「それより‥‥」
 消え入りそうな声に全員がそちらを見ると、船の縁にしがみつくようにして、ウィンディアが青い顔でこちらを見ていた。
「ちょっとウィンディア。あんた、船酔いまだ治ってないでしょ」
「――ふ、ふふ。つい、自分が船に弱いのを忘れていた‥‥それよりもだ」
 立っているだけで眩暈がするのか甲板にぐったりと座り込んだまま、ウィンディアは自分が言いたいことに話題を引き戻した。
「気づいているか? ‥‥先ほどから、引き上げられる箱のほとんどが無傷だ」
 思わず全員が引き上げた箱を振り返ると、確かに、箱が開けられた痕跡は見られなかった。ドラゴンが箱の中を確かめたあと、ご丁寧に元通り蓋を閉めるとも思えない。ということは‥‥とアルテミシアが眉間を寄せて、考えられる推論を口にした。
「ドラゴンの奴、中身もろくに確かめずに行っちゃったってこと? 目的は最初から積荷じゃなかった?」
「あるいは‥‥箱を開けずとも、目的のものが中にないとわかったのかもしれぬのう」
「それって」
 どういう、と言いかけ、青ざめた顔のままのウィンディアが海を見つめているのに気づいた。
 冷たかった風が、いつのまにか止んでいた。エルフの魔法使いの視線の先を追うと、波のはざまに小さな影がちらちらと見えている‥‥いや、小さいのではなくて、あれは単に遠いから小さく見えるのだ。遠近感を信じるならば、おそらく少なくとも五メートル、いやもっと‥‥まさか。
 弾かれたようにアルテミシアが甲板を横切って走った。彼方も後を追ってジェンナーロに繋がっているはずのロープに飛びつき、合図がわりに思い切り引っ張る。アルテミシアが水面に向かって思い切り怒鳴った。
「ドラゴンが来るわ! 早く上がってきなさい!」

●水竜
 高い波が来て船が大きく傾く。
「ゆ、揺らすな‥‥っ」
 船酔い続行中のウィンディアが思わず呟くがそれは無茶な要求で、ドラゴンの起こす波に船は激しく揺れた。外が見えないはずの漕座にもドラゴンが来たのは震動で知れたのか、縁から見える無数の櫂はすっかり動きを止めてしまっている。波に翻弄され船体の軋む音。垣間見えた大きな頭に、彼方は立ち上がって大きな声で呼びかける。
「やめて! 何か探してるんなら、一緒に探し出してあげるから‥‥」
「アホ、立ったらあかん!」
 海から上がったばかりでさらしに着物を引っ掛けただけの渚が罵るより早く、ひときわ大きく船が揺れた。バランスを崩して甲板にまともに倒れこみ、彼方はそのまま手近なものにしがみつく。
「や、やっぱ言葉通じないね」

「こっちを見るんじゃああああ」
 船柱のひとつにひっしとつかまって揺れをこらえながら、セルゲイは手にした木の板を振り回している。ウォータードラゴンが人語を解さないのはあらかじめわかっていたので、古代魔法語で書いた文字ならば通じるのではと用意したものだ。
 意味はわからねど何かわめいている生き物がいるのに気づいたのか、ドラゴンの金色の目がセルゲイを見る。
 掲げた板には基礎的な単語を使って、このような意味のことが書かれていた。
『平和・話・したい。目的・何?』
 板きれを見やったあと、ドラゴンは興味を失ったようにふいと顔をそむけた。ますます大きく船体が揺れて足をすべらせ、セルゲイは転倒して甲板でまともに鼻を打つ。そばにいたマリウスがそれを助け起こした。
「セルゲイさん、大丈夫ですか!?」
「や、やはり、ドラゴン語が喋れんとどうにもならんわいっ」
 ドラゴンにはドラゴンの言語があるらしいが、人の身でその言葉を学ぶのは不可能とされる。『テレパシー』『オーラテレパス』があれば言葉が通じなくても意思の疎通は可能だが、残念ながらそれらの魔法の使い手は今この場にいなかった。

 竜の首がもたげられると、深呼吸のようにすいと身体をそらす。
「来ます‥‥!」
 紗江香が鋭く気配を察知し、盾を身構えると同時に顎が開かれた。
 咆哮めいた響きとともに放たれた水弾の息。
 それと同時に高速詠唱によるセルゲイのアイスブリザード。
 吹き荒れる吹雪の魔法は、ブレスの水圧を妨げる役には立たなかった。どころか、セルゲイを庇うべく前に立っていたマリウスを巻き込んでさえいる。アイスブリザードは前方の広範囲に効果を及ぼす魔法で、本来なら使用には注意が必要なはずだ。
 紗江香、マリウスがブレスの威力を盾でこらえる。殴りつけられるような衝撃が全身を襲う。盾がなければ、骨の二、三本はたやすく砕けていたかもしれない。
 身体のわりには短い腕が振るわれ、マリウスの盾が鉤爪を防ごうとした。だが攻撃にこめられた力は予想以上だ。盾ははじかれ、鋭い爪の切っ先が肋骨のあたりへもぐりこむ。
「かはっ」
 鮮やかな色の血が噴出して甲板を染め、マリウスはたまらず膝をついた。追撃から彼をかばおうとした紗江香の身体が船の反対側まで吹き飛び、見てはいられずに渚が立ち上がる。
「駄目や、やっぱり勝てへん!」
「船長! さっさと方向転換、逃げるわよ!」
 アルテミシアの鋭い叫びに、すっかり腰を抜かしていた船長はあわてて他の乗組員に指示を出した。
「この船囮にして、小さい舟で逃げたほうがよくあらへん?」
「漕ぎ手まで入れると、全員はとてもじゃないけど乗りきらないわ。置き去りっていうのも後味悪いし‥‥それに小さい舟じゃ、ウォータードラゴンの起こす波に耐えられなくて転覆するのがオチよ」
 どうにか船ごと脱出するしかないのだ。
 ウィンディアがミストフィールドを唱えると、周囲に霧が立ち込めてくる。魔法とはいえ霧なので、海中には効果は及ばないはずだが仕方がない。櫂が動き、ゆっくりと船首が転回をはじめた。
 追おうとするドラゴンを、アルテミシアの矢が牽制する。船は全力でその場から離れはじめた。ドラゴンのいたほうを未だに警戒しながら、ジェンナーロやセルゲイが眉を寄せる。
「‥‥追ってこない、か?」
 そのとき、立ち込める霧を裂いて、もう一度ブレスが飛んできた。

 ブレスによる追撃は一度きりだったが、これによって重傷者が増えてしまった。手持ちの魔法薬などで最低限の手当てはして、陸地に戻る頃には重傷者もどうにか起き上がれる程度には回復することになる。
「覚悟はしてたけど、あんなに強いなんて」
 報告を済ませ、引き上げられた分の荷物を納入したあと、彼方がぽつりと言葉を落とす。
 意思の疎通ができればまた違ったのだろう。ドラゴンは凶暴なものも多いが、話し合うこともできる穏やかな気性のものもまた多いはずだ。そもそも竜は人間とは不干渉を保つことがほとんどで、それがあれほど必死になって人間の街の近海を泳ぎまわり、船を襲いさえするのがやはり解せない。
「ギルドマスターの言葉通り‥‥何か理由があるのだろうな」
 ウィンディアが言うと、冒険者たちは皆黙り込む。
 何かを知っているかもしれない‥‥そうギルドマスターの言う『赤毛のエイリーク』は、ドレスタットにまだ戻らない。