酒飲み、急募!

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 63 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月19日〜12月26日

リプレイ公開日:2004年12月26日

●オープニング

「困り果てているのです」
 嘆きの色にいろどられた眉が凛々しくも悩ましい。澄んだ青い瞳にわずかに影をまぶすまつげはまっすぐに長く、彫りの深い顔立ちに一層の陰影を与えていた。ととのった鼻梁、若々しいすっきりした頬のラインはまるで神話の神をモチーフにした彫刻のよう。要するにみもふたもなくひとことで片付ければ、美青年だった。
「へえ‥‥じゃない、あら」
 少なくとも受付嬢(未婚)が思わず居ずまいを正し、ついでに髪をすばやく撫でつけたのも無理はない程度には。
「実は私、とある方にお仕えしていた身だったのですが、一年ほど前その方が亡くなられまして」
「まあ。お気の毒に」
 相手が言葉遣いまで変わっているのに、幸か不幸か依頼人は気づかず首を振る。
「かなりのご高齢でしたから、無理はないのです。その後残された遺書を開いてみると、旦那さまは私のような使用人風情にも遺産の一部を遺してくださいました」
「あなたのお心遣いが、ご老人にも通じたのですわ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると救われます」
 宝石のような色をした双眸にまっすぐ見つめられ、受付嬢は赤面した。なんだか胸が苦しいみたい。それになんだか頭の中がふわふわするわ。ああ、これって、これって、もしかして恋の予感?
「旦那さまがくださったのは、年代もののワイン二十樽‥‥生前は酒好きな方でしたから。それだけでなく、遺書にはこう書かれていたのです」
 ――実はこの樽の中のどれかに、金の指輪を隠した。わしの死後お前が金に困るようなことがあれば、それを売るがよい。
「私ごときに、なんという暖かいお気遣いだろう‥‥私は感涙にむせびました。私の家にはあいにく置いておけるところがないので、貯蔵庫を借りてそこに樽を移しました。この旦那さまの遺産を、できうる限り大事にしようと決めたのです」
「ご立派ですわ」
「そして一年後‥‥つまり今ですが、困った事態になりました」
「まあ。盗難にでも?」
「いえ、結婚が決まったのです」
 あやうく受付嬢は椅子から落ちるところだった。どうして世の中って、いい男から先に売れてくわけ?
「相手の娘さんは、さる名家に連なる女性で‥‥招待客も当然たくさん招かねばなりません。しかし私は一介の若造に過ぎず、とてもではありませんが、結婚式にかかる費用を工面できないと思いました。向こうの家も多少はお金を出してくれそうですが、それに頼りきりというわけにはいきません‥‥そこで、旦那さまのお言葉を思い出したのです」
 金の指輪を売ればいいのだ。
「背に腹は変えられない‥‥そう思ったのですが、どの樽に指輪を隠したのか、旦那さまは書き残してはくれませんでした。つまりあの樽の中身をすべて飲み干して、中を確認しなくてはならないのです」
「いや、別に飲み干さなくても‥‥全部飲むのが無理なら、中身は捨てちゃうとか」
 相手が婚約済みと知った途端ぞんざいな口調になった受付嬢を、依頼人の無駄に美々しい顔がきっと睨む。
「旦那さまのワインを捨てることなどできません! あれは旦那さまの残した大事な大事な‥‥ッ、せめてそれを味わうに値する者の口に運ばなければ、旦那さまが浮かばれません!」
「はいはい。じゃあ、そのワインを飲んで中を確かめるための人手が欲しいってことですね」
 考えてみればこの依頼に参加した冒険者は、ただで年代ものの酒が飲めるわけだから、おいしい依頼といえるだろう。ただ酒というには、ちょっとものすごい量になりそうだが‥‥依頼人を適当にあしらいながら、依頼書に必要事項を書き込んむ受付嬢の手がふと止まる。
「樽ですけど、残りいくつあるんですか?」
「は?」
「もらってから一年もたったんですから、少しは飲んで減ってますよね? どれくらい飲みました? 一応、依頼書に書いておこうと思ったんですけど‥‥樽、いくつ残ってますか?」
「二十樽です」
「え? でも、もらったのは二十樽って、さっき」
「樽の中身には、一滴も手をつけておりません」
 なんの疑問も抱いていない表情で依頼人の男性は受付嬢を見つめてきたが、さしもの彼女も今度は恋の予感を感じなかった。
「私はまったくの下戸ですから」
 受付嬢は思う‥‥もしかしてこの人、その旦那さまに嫌われてたんじゃないかしら?

 こうして、冒険者ギルドの掲示板の片隅に、一風変わった依頼書が貼りつけられることになる。
『酒飲み、急募!』

●今回の参加者

 ea1763 アンジェット・デリカ(70歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1931 メルヴィン・カーム(28歳・♂・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3674 源真 霧矢(34歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3844 アルテミシア・デュポア(34歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 ea5254 マーヤー・プラトー(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea8388 シアン・ブランシュ(26歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●敵の数は二十
「‥‥なんというか」
 こころなしか、マーヤー・プラトー(ea5254)の声には呆れがにじんでいる。
「さすがにこれだけ並ぶと壮観だな‥‥」
 他の冒険者らはその言葉に対して反応しなかったが、それはマーヤーの意見に反対なのではない。皆口を開けたまま、今回の『敵』に見入っていたのである。
 敵を迎え撃つべく依頼人の貯蔵庫に入った冒険者たちの目の前には、大きな酒樽実に二十樽がひしめいている。樽は一度も開けられていないはずだが、閉め切られた空間にはかすかに酒精の匂いが漂っていた。酒場か酒屋でもなければ、普通はお目にかかれない光景である。
「‥‥まあ。産地はワイン作りで有名な地方ですわ」
 樽に刻まれた焼印の跡を認めて、ルメリア・アドミナル(ea8594)の声が明るくなった。鼻をかすかに動かしながら、アルテミシア・デュポア(ea3844)がにんまりと笑う。
「まあつまりこれを飲めと。ひたすら飲めばいいと。そういうわけなのね?」
「タダで酒呑める依頼なんてもんにお目にかかれるとは思わんかったわー。天は我を見放さへんかった‥‥」
 神さんおおきに‥‥と何処とも知れぬ方を向いて手を合わせている源真霧矢(ea3674)はひとまず置いて、リョーカことレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)が袖をまくって進み出た。
「とりあえず、いくつか運び出しましょ」
 半地下の貯蔵庫はひんやりと涼しく、座る場所もない。酒のあてになるものもない。まさかここで飲み始めるわけにもいかない。依頼内容は酒を飲むことだが、どうせ呑むとなれば美味しく楽しく呑みたいのが酒のみの性というもの、リョーカの意見に従い、力のある男連中何人かで樽を外へと運び出すことにした。
「おっしゃあ任せてまったく問題ないわっ飲んで飲んで飲んでやろうじゃないの!」
 重い酒樽を抱えて貯蔵庫を出る男性陣の後ろで、手ぶらのアルテミシアはまだ素面のくせにやたら舞い上がっている。

 場所は転じて依頼人宅、男の一人暮らしにしてはなかなか片付いている。冒険者八人が入っても狭苦しく感じない広さに驚き、結婚後の新居にするつもりでこの家を買ったのだと聞いて納得した。ひとまず裏口に酒樽を運び込み、まずは飲みはじめる前にと酒のあてや杯の準備をし始める。
「うーん。わかんないなあ」
 樽をしげしげと見つめながら、メルヴィン・カーム(ea1931)は首をかしげた。
「やっぱりひとつずつ確かめてくしかないみたいだね」
 陽魔法『テレスコープ』は一時的に視力を増大させる効果があるが、壁の向こうや樽の中身を透かし見ることはできない。飲み干す前に指輪の在り処を知ることができれば楽だと思ったのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
「はいメルヴィン、ちょっとどいとくれ」
 厨房を借りて忙しく立ち働いていたアンジェット・デリカ(ea1763)がやってきて、樽のひとつの栓を抜いて手元の水差しになみなみとワインを注いだ。冒険者おなじみの古ワインとは違う、甘く豊かな香りが周囲に満ちる。
「うわー、やっぱ高いお酒は香りから違うなあ‥‥ところで、もう飲んじゃうの? デリ母さん」
「いや、どうせだから料理に使おうと思ってね」
 料理が得意のアンジェット、酒のつまみを作る役は自分から申し出た様子。こんないい葡萄酒を惜しげもなく使える機会などそうはないとあってか、厨房に戻っていく恰幅のよい後姿がなんだか生き生きとしているような。
「パンとチーズ、買ってきたわよお」
 表のほうから聞こえてきたのは、アンジェットに頼まれついでに買出しに出かけていたシアン・ブランシュ(ea8388)の声だ。
「ああ、いい所に来た。シアンもちょっと手伝っとくれ」
「いいわよ。弟のおやつ作りで培った腕、お役に立てれば幸いだわ」
 厨房からは濃厚な香りが漂いはじめている。

「えーと‥‥何に乾杯する?」
 全員に酒杯が行き渡り、掲げかけたシアンの手が途中で止まる。依頼で仕事なのだから別に名目などなくてもよさそうなものだが、折角だから楽しく飲みたいというのが酒飲みの性、どうしようかしらとみんなを見渡す。
「せやなあ。指輪が無事見つかることを祈って‥‥かいな?」
「じゃ、こうしましょうよ。気前のいい依頼人の、幸福な結婚生活を祈って」
 リョーカの提案に異を唱える者はいない。そうなると主役はいずこと首をねじって探すと、外出着らしき服装の家主が、ひょいと部屋に顔を出した。
「あら。お出かけですの? 何かご用事でも」
 首をかしげたルメリアに、依頼人は整った容貌に困惑の表情を浮かべた。
「いえ。私は下戸ですので、ここに居ても仕方ありませんし‥‥お酒は冒険者の皆さんにお任せして、どこかで暇を潰そうかと」
「何よう、無粋ねえ。ほらちょっとこっち来て」
 色男、金と力はなんとやら。大柄なリョーカに腕を引かれて、細身の依頼人はよたよたと部屋に連れこまれた。メルヴィンが杯を用意し、アンジェットがそれに酒を注ぐ。杯片手にアルテミシアの目が早く飲ませろと語っている。なみなみと満たされた酒杯を押し付けられ、依頼人は悲鳴を上げた。
「本当に飲めないんですってば!」
「最初の一杯ぐらい大丈夫でしょ。結婚祝いもかねての乾杯なんだから、付き合いなさいよ」
 二メートル近い巨躯の男に(しかもなぜか女言葉で)にこやかに強要されて、いえ結構ですと断れる者はそうはいない。
「じゃ‥‥じゃあ、い、い、一杯だけ‥‥」
「うむ」
 その意気やよしだ。そう言うマーヤーの頷きがなぜか重々しい。
「きみのその決意に敬意を表し、我々もこの身体朽ちるまで呑み続けることを誓おう」
「‥‥なんで酒飲むのにそんな悲壮な誓い立てなあかんの?」
「それもそうか」
 霧矢に首をかしげられあっさり同意するマーヤーの表情はあくまで生真面目で、どこまで冗談なのかよくわからない。もしかすると全部本気なのかもしれない。
「では、氏の結婚生活の前途を願って」
 かんぱーい!
 全員の声が唱和し、それぞれが自分の酒に口をつける。それを見回した依頼人はごくりと唾を飲み込むと‥‥まるで毒でも飲むような表情で、一気に杯の中身を飲み干した。おおーっと周囲から感嘆の声があがり、シアンが楽しそうに拍手する。
「なんだあ、結構いい飲みっぷりじゃなーい。心配して損しちゃったわ」
「遺産にするだけのことはありますね。香りも豊かで、味もしっかりしていて‥‥」
 酒には一家言あるらしいルメリアの、自分専用の杯を揺らしながらの講釈が、何か重いものが倒れる派手な音にさえぎられる。
 均衡を失った依頼人の身体がふらふらとよろめき、大きな音をさせておもむろにひっくり返ったのだった。あわてて霧矢が屈みこんで、青年の身体を助け起こす。息はあった。
「‥‥一杯で酔いつぶれたみたいや。本当に酒は全然駄目なんやな」
 つまりこの依頼人は、自分が戦力にはまったくならないと、その身をもって実証したわけだ。

●戦い明けて朝が来て
 どすっ。
「げふっ」
 みぞおちに衝撃を感じて飛び起きたマーヤーだったが、次いで頭を抱え声もなく倒れこんだ。
「‥‥ふ、二日酔い‥‥か‥‥」
 隣には大事そうに杯を抱えたアルテミシアが寝こけている。先ほどの衝撃は、行儀の悪い彼女の踵がマーヤーの鳩尾に見舞った一撃らしい。酔いつぶれた冒険者たちの屍もどきが、部屋のあちこちに累々と積み重なっているのが見えた。
 誰が介抱したものか、全員の上に毛布がかけられていた。樽のひとつにしがみついていた毛布が動いて、メルヴィンの派手な赤い髪が覗く。
「もう朝ー‥‥?」
 声音から察するに彼も気分は最悪のようだ。窓から洩れ入ってくる光から察するに、もうだいぶ日は高いらしい。
 渋々と毛布から這い出し、ゆうべ霧矢が潰れた者の介抱のために用意していた水差しを取り上げた。軽く水杯を飲み干したあと、誰にともなく水は要るかとマーヤーが尋ねると、そこかしこの毛布の塊から手が上がる。皆目が覚めてはいたものの、起き上がる気力までは湧かなかったらしい。
 早々と寝てしまったせいか、厨房で働いているらしいアンジェットの声はさわやかだ。
「どのへんまで覚えてるんだい? 皆」
「‥‥まずシアンがつぶれたのよねえ‥‥確か」
 『デリ母さん』の問いにリョーカが毛布から抜け出ながら答えると、メルヴィンもそっと起き上がって水を受け取る。
「それは僕も覚えてるよ。それからルメリアさんが脱ぎ始めて」
「脱ぎ‥‥いやだ、わたくしそんなことを!?」
 がばと起き上がったルメリアは、途端に頭痛に襲われて轟沈した。毛布がもぞもぞと動いているのは、確かに乱れていた服装を中で改めているらしい。水のおかげか多少顔色がましになったマーヤーがため息をつく。
「‥‥二樽目ぐらいまでは記憶があるんだが」
「みんなそんなもんやろな。最終的にはわいとリョーカはんが最後まで残っとったけど、いくらなんでも二人じゃ全部飲みきれんし。デリ母はんは酔って寝てもうてつまみもなくなったし、適当なところで切り上げてわいは寝たわ」
 確かに言われてみれば、霧矢はさほどひどい顔色ではない‥‥身体が大きいこともあって、酒には相当強いのだろう。
「何よう、付き合い悪いわねぇ。飲み干すのが依頼なんだから、加減して飲むなんて野暮なことは‥‥あ痛たたたた。マーヤーぁ、俺にも水ちょうだい〜」
 結局ひとり残って限界まで飲み続けたらしいリョーカの顔色は白く、いまにもまた毛布の中に倒れこみそうだ。
 この時点での敵の残数、残り十六樽。

●戦は続くまだ続く
 二日目の酒宴は一同の回復を待ち、酒場に場所を移して行われることになった。
 厨房を貸してほしいという飛び入りの申し出に酒場の親父はいい顔をしなかったが、それも霧矢たちによって酒樽が運び込まれるまでのこと。これを客に無料で振舞ってほしいという言葉に、主人は一も二もなく了承した。自分の懐を痛めずに客を呼び込めるのだから、それも頷ける。
「さすがにこれだけの人数で二十樽は無理だからね」
 アンジェットがどんと皆の目の前に置いた皿の数々は、やはり葡萄酒を使った料理がメインだ。肉の腸詰と野菜の煮込み、豚肉の塊のワイン煮やがちょうと香草のワイン蒸し、果物のはちみつ漬け。
「酒が呑めなくてもこれは食べられるだろ?」
 火を加えれば酒精はほとんど飛んで香りと風味だけが残る。どうもと頭を下げる依頼人の前に料理を押し付けてアンジェットも席についた。また飲ませて万が一死なれでもしたら夢見が悪いので、今度は依頼人だけただのジュースである。全員に酒が行き渡ったのを確認して、店の面々を見渡し、シアンが杯を掲げた。
「気前のいい依頼人の、子孫繁栄を願って、かんぱーいっ!」
 大量の葡萄酒との戦い、いざ二日目の開戦と相成った。

 酔いにも平行感覚を失わず、たん、と靴底がかろやかな音をたててみごとにテーブルに着地する。体重をほとんど感じさせない動きに、酔客たちからおおっと声が上がった。
「メルヴィン、踊りまあすっ」
 にこにこと宣言する彼の顔はすでに真っ赤だが、身体は踊りを覚えているらしい。メルヴィンが狭いまるいテーブルをステージに踊り始めるのを背景に、依頼人はピンチだった。
「そこな色男」
 シアンの目は完全にすわっている。
「先ほどから飲んでおらぬな。下戸を故に主の思いを無下にするとは嘆かわしい」
「い、いやその」
「まあよい。注ぎや」
 古めかしい言葉遣いとともにすっと差し出された杯を受け取って、依頼人は樽からワインを注いだ。そもそも彼は金を払って仕事を依頼しているのだからそこまですることなどないのだが、酔っ払いに理屈など通用しないのが世の常だ。
「ど、どうぞ」
「よくない。よくないよあんたっ」
 腰の低い依頼人の背中を、咳き込みそうなほど強く叩いたのはアンジェットだ。
「けふっ。な、何がでしょう?」
「あんたねえ、結婚後もそういう風に遠慮して腰低くしてるつもりかい? 結婚生活の秘訣はねぇ、卑屈にならず強く出すぎず、互いに引き所を見極めてねえ、ひっく」
「うむ。含蓄のある言葉だ。そもそも一家の主ともなれば‥‥」
 説教上戸とでもいうのだろうか。いきなり新婚生活のコツについて説き始めたアンジェットの尻馬に乗って、マーヤーまでもが訥々と語り始める。あまり酔いが顔に出ないたちなのだろうか。
 逃れようとした男の肩に、今度は別の人影がしなだれかかる。
「うわあっ!?」
「暑いですわあ〜‥‥上着が邪魔ですわねぇ」
 ルメリアの白い頬はほんのりと上気し、潤んだ瞳も相俟ってどこか艶めかしかった。止める間もなく上着の紐がぱらりと解かれ、おもに男性陣が歓声を上げる。大きくくつろげられた襟元からのぞく、薄桃色に染まった肌がちらちら悩ましい。
「まだ暑いですわ〜。これも脱ぎましょうかぁ」
「いいぞおっ、脱げ脱げーっ」
「ややややめてくださいはしたないっ。風邪ひきますよっ」
「いやですぅ、暑いから脱ぎますぅ〜」
 下までも脱ごうともがくルメリア、必死に止める依頼人。その光景を見てけたけたと笑い転げるアルテミシアの足がテーブルをひっくり返す。床に酒と料理がぶちまけられまた笑う。見かねたリョーカが水をくんできて頭からぶっかけてもまだ笑った。もう何がなんだかわからない。
 とどめに。
 卓上でくるくると陽気な回転を披露していたメルヴィンが、動きを止めてふと口元を押さえる。
「‥‥うっぷ」
 気配を察知して、あわてて霧矢と依頼人の二人がかりで裏口へ連れて行った。間一髪。

 この二日目は、酔客たち全員に酒をふるまったこともあって、残り八樽まで減らすことができた。
 樽の中身をあらためると、なんと空いた樽の全部に、蝋で厳重に封をされた革張りの箱が入っていた。中身は皆一緒で、金の指輪と一通の短い手紙。
『下戸のお前が、一樽空けただけでも感心感心。この指輪はお前が酒の味を覚えた褒美なので、好きに使うように!』
 要するに亡き『旦那さま』は、すべての樽に指輪を隠しておいたのだ。下戸の使用人ではまさかひと樽空けるのでやっとだろうという侮りと、たぶん温情もあるのだろう。そして、彼が酒の味を覚えたお祝いの意味も、おそらく。酒好きらしいやり方ではあった。
 金の指輪はこれで十二個、結婚式の資金には充分だろう。依頼人は報酬を支払い、ついでに半端に残っていたひと樽の中の葡萄酒を、水袋に分けて詰めてお土産として冒険者らに持たせてくれた。
 だが二日間酒漬けだった冒険者たちは皆、ギルドへの帰途のあいだずっと頭痛と吐き気に悩まされ、お土産の香りを嗅いだだけで暗い顔になっていたという。