飼い猫は森を渡る
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 84 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月21日〜06月29日
リプレイ公開日:2004年06月29日
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●オープニング
「そうねえ。こんな依頼なんてどうかしら」
受付係の女性はそう言って、今入っている依頼の並んだ掲示板を見回した。
依頼の内容を記した羊皮紙のメモ書きが、ずらりと整列している。内容も人探しから洞窟探索までじつにさまざま。日々の生活に忙しい人々のかわりにありとあらゆる仕事を引き受けるのが、ここ冒険者ギルドの売りである。
女性は目的のメモを見つけ出し、それをはぎ取って冒険者たちに見せる。
「魔法使いのペットがいなくなっちゃって、それを連れ戻してきてほしいんですって。ええと‥‥そうそう、なんでもジュエリーキャットっていう、猫によく似た生き物らしいのね」
ほら、とメモを裏返されると、ぴんと耳の立った猫の絵姿が線だけで描かれている。その絵が普通の猫と少々違うのは、額に宝石のような石を飾り、全身が装飾に覆われていることだ。
「ああ、別にこれ、ぜいたくな暮らしをしてる猫ってわけじゃないのよ。名前はアニーちゃん」
するとどうやら雌らしい。
「その石やアクセサリーは、ジュエリーキャットの体の一部なの。すごく臆病でなかなか姿を現さないから、普通は滅多に見かけないめずらしい動物らしいわ」
確かここに‥‥と言って、受付の女性はもう一度メモを裏返した。依頼主である魔法使いから、直筆の注意事項が書いてあるらしい。みみずが痙攣を起こしたような文字がのたうっている。
「読ませようって努力が全然見られない字ねえ‥‥ええとなになに、この猫は魔法への‥‥しんわせい、が高く、額の‥‥この字『石』でいいのよね? ‥‥石によって魔法を使う。これは石から‥‥」
そこでついにへたくそな字に音を上げて、女性は首を振った。
「誰かこの魔法使いに一から文字を教え直すべきだわ」
とにかく、と彼女は気を取り直し、冒険者たちの顔を見返した。
「この間入った情報だと、パリから何日かかかるところにある森で、それらしき猫が目撃されてるの。すぐ身を隠してしまったみたいだけど、宝石を身につけた猫なんて滅多にいるものじゃないし‥‥。だからまず間違いないと思うわ。
とにかく普通の猫じゃないみたいだから、気をつけて行ってちょうだいよ」
●リプレイ本文
「おー、いるわいるわ。やっぱ皆、金儲けには目がねぇのな」
森に足を踏み入れてから、木陰や物陰に人影を認めたのはもう何度目だろうか。そのいずれもが山師めいた雰囲気の男たちばかりである。むさ苦しいもんだと、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)は肩をすくめる。
「村のほうには、既にだいぶアニーの噂が広まっていたからな」
愛馬の手綱を引きながらのスケル・ハティ(ea3305)の言葉に、かたわらの馬はぶるると鼻息を震わせた。乗馬を学んでいないいスケルは残念ながら、木立の居並ぶ森の中で馬を乗りこなすだけの技量がない。
「当然ほかの連中だって、場所の見当ぐらいはつけているわけだ」
「ちぇ、邪魔くせーな。ただでさえ森の中で猫探しなんて大変そうなのにさ」
「村の連中によれば、ジュエリーキャット目当ての連中はせいぜい五、六人というところか」
途中で立ち寄った村での話を思い出しながら、スケルはふと思いついて岬 芳紀(ea2022)に向き直った。
「そういえば、依頼人の魔法使いには連絡はとれたのか?」
「いや、どうやら所用で住まいを離れている様子」
アニーの好物でもお聞きできればよかったのだが。そう言って芳紀は首を振る。
そもそも自分のペットなのだから、可能ならば自分で捕まえにいくはず。冒険者ギルドに依頼に行くということは、それができない状況であるということだ。ギルドによれば、どうしても外せない用事があったので冒険者に依頼したとのこと。
今回に限らず、基本的に依頼というのは、冒険者ギルドに貼り出された情報がすべてだ。もちろん足りない情報を補おうとするのは大事だが、それがいつも可能とは限らない。
「しかし参った。これではアニーは顔を出したくても出せぬだろう」
「知らない奴らがこうゾロゾロしてちゃなあ」
いまいましげにクロウが黒い髪をかき回すと、スケルがわずかに口元に笑みを浮かべた。
「それについては」
手慰みに馬の鼻面を撫でると、馬は心地良さそうに目を閉じた。
「エリックたちが動いているはずだ」
「あ?」
「本当に、この方向でいいんだろうな?」
「当たり前じゃないか。僕‥‥私を疑うの?」」
「い、いや。そんなわけないさ」
「ふん。なんだったら、私だけここから引き返したっていいんだよ」
腰のあたりに伸びてきた手をぴしゃりと払いながらそう言い放つ。いかつい髭面の醜男にぴったり寄り添われて、あまりいい気分はしない。なにしろエリック・レニアートン(ea2059)は、れっきとした少年なのだから。
「そ、そう言うなよ。大金が入ったら、分け前をやるからさ‥‥」
言い訳じみた男の科白にふん、と顔をそむける。
自らの中性的な容姿を生かし、多少の声色を使えることもあって、女性になりすましているエリックである。念には念を入れてチャームの魔法で相手を魅了しているが、プライドの高い彼は、小さな動物をダシに金儲けを考えるような輩とは本当なら一秒だって一緒にいたくない。
ぱきりと足元で枝の折れる音。
どこからともなく霧が漂いはじめる。
「な、なんだ?」
うふふ、とささやくような笑い声に男が振り返ると、そこには女性とおぼしき人影があった。霧のせいで姿は判然としない。
武器を構えようとして、女が丸腰なのに気づきそれを下ろす。
「貴方、私の猫を探しているの‥‥? とても小さな黒い猫、魔法の宝石をした可愛い子猫‥‥」
「お、おう。あんたの猫だって? そ、そんなら俺達がとっ捕まえて」
なにやら足元がひどく湿っていて、足場がぐらぐらと揺れる。
額が濡れているのは霧かそれとも冷や汗か。
「そう? ‥‥ありがとう。でもね、あの子はきっと私の顔がわからない。だって」
すいと女はこちらへ足を踏み出した。
霧に隠されていたその顔は。
「だって私、こうなったんですもの!」
「わあああああああ!?」
白い貫頭衣をまとった女の顔は、肉のない白いしゃれこうべだった。
「ば、化物ーっ!」
「でも肉があれば元に戻れるわ! ああ、貴方のお肉は柔らかそうねヒヒヒヒヒィィッ」
すさまじい悲鳴が、森じゅうに響き渡った。
「――種を明かせば簡単なんだよな」
泣きながら逃げていった男の後ろ姿を見送りながらエリックが呟くと、物陰から出てきたユリゼ・ファルアート(ea3502)が近くの茂みから立ち上がった。
「でも、うまくいったわね」
まずエリックが、あらかじめ示し合わせた所定の場所に連れて行く。ミストフィールドの魔法で霧を出すのはユリゼの担当。もちろん彼らの視界を遮るのと、雰囲気を出すためである。そして、肝心かなめの脅かし役の骸骨は。
「むしろ、ちょっとお灸がきつすぎたのでは?」
「その姿で話すのやめてくれよ、クリスティア」
頭だけ骸骨の異様な姿に話しかけられエリックが顔をしかめると、骸骨はみるみるうちにクリスティア・アイゼット(ea1720)の姿に戻っていく。魔法の効果が切れたのだ。もっとも普段から仮面を愛用するクリスティアなので、異様という点ではあまり変わりないが。
神聖魔法ミミクリーは、こういう部分的な変身も可能にしてくれる。
「きつすぎたなんてことはない。女をおいて一人で逃げちゃうような奴、もっと脅かしてもよかったくらいさ」
「エリックさんは男のかたでしょう?」
「向こうは女だと思ってたんだよ!」
森の中を流れる川は澄んでいる。もしかしたら飲めるかもしれない。念のために見回しても、今のところそれらしき影は見当たらなかった。ぶうっと頬を膨らます。
「占いだと、このあたりだって出たのにー」
「まあまあ」
シフールの翅をひらひらとさせてララァ・レ(ea2226)は文句をたれ、苦笑いした源真 霧矢(ea3674)がそれを窘めた。
魔法が実在するジ・アースにあって、占いというのは魔法ではなく学問の一種だ。探し物や恋占いなどもできるが、それらには神頼みの要素も濃い。当てにしすぎないほうがいい。
「ジャパンではな、そういうとき『当たるも八卦、当たらぬも八卦』ゆうんやで」
「でもでも、占いセット、五ゴールドもしたのにー」
もっとも大抵のシフールの前にそうした理屈は無力である。
「エチゴヤのおじさんに文句言わなきゃー」
「そないなこと言われたかてあのおっさんもええ迷惑やと思うけど」
「そこの面白い二人組。ちょっとこっち来い」
周囲を調べていたクロウが、地面にかがみこんだまま霧矢とララァを手招きする。
「見てみろ」
川の水しぶきで湿った地面に、小さな肉球のかたちの跡がある。
「あっ。猫だあ」
「この近くにいる、ゆうことやな?」
「だと思う。まだ新しいから、多分そう遠くへは行ってないな」
かさりと音をたてて、その猫は姿を現した。
慎重に歩く。周囲には虫の声以外に、なにも聞こえない。あれほど騒がしかった人間たちの声も消えている。
周囲の様子を窺っていた猫の足取りがふと止まった。
乾いた香草の束が地面のあちこちにばらまかれている。『バレリアン』と呼ばれるそれはハーブの一種で、猫や鼠を引き付ける香りだという。慎重に、だが確実に、猫は地面の匂いをかぎながらそちらへ近づいていく。
「よーしよし、よし」
だがその向こうに人間の姿を認めてびくりと動きを止めた。
「大丈夫、怖ないで。ご主人さまが心配しとるから、連れて帰ったるだけや」
霧矢はそう言うが、猫――アニーはじりじりと後ずさる。
ざわり、と木立が揺れた。額の緑色の宝石が光り、霧矢たちにむけて一陣の暴風が吹き付ける。地面に散らばったバレリアンが一斉に空へと舞いあがった。風の精霊魔法「ストーム」だ。
すさまじい風に耐え切れずたまらずひっくり返った霧矢は、起き上がって腰をさすりながらアニーの姿を探す。
「ユリゼ! そっちへ行ったでっ」
「は、はいっ」
片手に猫じゃらし、もう片方の手にはバレリアンを持って対峙するのはユリゼである。誘うように右に左にと猫じゃらしを動かしてみると、その動きを目に止めて猫の足が止まる。
尻を振りながら狙いを定め、跳ぶ。
「きゃあっ。痛ーいっ」
猫じゃらしではなくそれを持った手に噛みつかれ、思わず悲鳴を上げて取り落とす。
「ほらほらアニーちゃん、こっちだよ〜」
そんなアニーの鼻先まで降りて呼ばわったのはララァなのだが。
「怖くないよ〜。一緒に遊ぼ、にゃあああっ!?」
空中で踊るように体を動かすララァの衣装の、そのひらひらとした動きが気に入ったのか。再度狙いを定めてぽーんと跳んだアニーに飛び掛られ、ララァは呆気なく墜落した。
「た、助けて〜っ」
なにしろララァの身長はわずか四十センチ、対するアニーは体長三十センチ弱。猫としてはさして大きくないが、人間の尺度で見れば大型犬に飛び掛られたようなものだ。のしかかられてじゃれつかれると身動きもできない。衣装のひらひらにしきりにじゃれつかれ、猫キックが顔面に決まってララァはグロッキーである。
「そのままじっとしてろよ!」
アニーがシフールの衣装に夢中になっている間に、クロウがその背後から袋を持って忍び寄る。
「うりゃっ!」
素早くその首根っこをひっつかみ、クロウは大きな麻袋にアニーを放り込んだ。
●猫の森
「あ」
「あ?」
「こいつ、いま腹に子供がいるぜ、たぶん」
「えーっ? 本当?」
袋の中で疲れ切ってすやすやと眠るアニーの体を調べながら、たぶん間違いないとクロウは頷いた。
「ということは‥‥もしかしてこの森に、お父さんがいるってこと?」
「であろうな、多分」
ユリゼの言葉に、芳紀が頷く。
「少々季節外れではあるが‥‥ジュエリーキャットは珍しい生き物らしいからな。つがいの相手を求めて、こんな遠くまで来てしまったのかもしれぬ」
「そうなの‥‥。じゃあ、アニーちゃんはもうすぐお母さんなのね?」
「依頼人に報告しても大丈夫だろうか」
「どうやろなー。でもまあ、わざわざ冒険者雇ってまで、探しに来させるようなお人やし」
「愛猫家なのは確かだろうな」
霧矢の意見を継いで重々しく同意したのはスケルである。まあ最初はもしかしたら怒るかもしれないが、子猫が生まれてみれば、怒るどころではなくなるのは想像に難くない。
「まあ、これでめでたく依頼成功だ。パリに帰‥‥」
言いかけてエリックは、一行から少し離れた場所で、仮面の女性がなにやら奇妙なことをしているのに気づく。
「‥‥何してる? クリスティア」
「いえ。その、ちょっと旗を」
見慣れない意匠のこらされた旗をぐりぐりと地面に突き立てながら、クリスティアは答えた。
「その旗は?」
「けっこう高かったんですよ。何しろ特注で」
「何故、旗を立てるんだ?」
「それはまあ、結社の結社たるゆえんといいますか」
さっぱり要領を得ない説明に首を傾げつつ、エリックは溜息をついて踵を返す。付き合うだけ無駄だ。
さっさと行ってしまう仲間達がかなり遠ざかろうとしているのに気づいて、クリスティアは慌てて旗から離れその後を追った。