【聖夜祭】百のともしび、千の星
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:6人
サポート参加人数:6人
冒険期間:12月30日〜01月04日
リプレイ公開日:2005年01月07日
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●オープニング
「聖夜祭なのよ」
「聖夜祭だな」
「教会のミサ、柊の枝のリース、中に果物の蜂蜜漬けがみっしり詰まったパンケーキ」
「鳥の丸焼きやミートパイも定番だな」
「‥‥なのにどうして私たち、仕事しかしてないの!?」
「祭だからってギルドが休むわけにもいかないだろう」
ぎりぎりと歯ぎしりせんばかりにくやしがる受付嬢を横目に、報告書に文法や綴りの間違いがないか最後の確認をする。
私の記憶が確かなら、二ヶ月ほど前の収穫祭にも我々は似たような会話を交わしていたような気がする。その頃の報告書をひっくり返せばおそらく証拠物件が見つかると思うのだが、あいにく冒険者ギルドは今日も多忙でどこにもそんな暇はない。依頼の数だけ受付嬢には仕事があるし、同じように、冒険の数だけ記録係にも仕事がある。そして、祭りともなれば厄介事が持ち上がるのが世の常である。
「だいたい聖夜祭とはいうが、もともとはジーザス降誕から洗礼までの二週間を祝うものじゃないか。収穫祭みたいにただ浮かれて騒ぐ祭りとは違うんだ。ごちそう食って酔っ払うだけが聖夜祭の楽しみ方じゃない」
実のところ私のこの知識も近所の教会の司祭からの受け売りなのだが、これは偶然にもわが同僚の痛点をついたようだ。受付嬢はやや顔を赤くして、こちらをきっとねめつけ反論してくる。
「ただ食べて呑めればいいってわけじゃないのよっ。私はギルドの一員として、この労働条件に構造的な矛盾を覚えているの」
「ほう、矛盾を」
「そうよっ。私たちにだってお祭りを楽しむ権利ぐらいあるはずだわ。かくなる上はまた冒険者に代理を頼んで」
「自分の仕事をほったらかしにしてばかりいると、そのうちクビになるぞ」
受付嬢はぐっと言葉に詰まった。そのポーズのまましばし葛藤を続けた末に、握り締めた拳を渋々おろす。
「‥‥わかったわよ。嫁き遅れはギルドの片隅で、仕事の山に埋もれて朽ち果てていくのが似合いってことなのね‥‥」
「つまりまたふられたわけか」
「またとか言わないでよっ。今回はふられたんじゃなくて、向こうにもう決まった相手がいたんだからっ」
結果としては同じだと思うのだが、彼女の中ではそれは決定的に違うことらしい。
「ああ‥‥今年こそは素敵な男性と、マルセロ教会の聖火を一緒に見られると思ったのに‥‥」
マルセロ教会の聖夜祭のミサは朝夕二回行われる。特に夕方のミサでは、薄暗い聖堂内に無数の蝋燭の灯火――教会曰く『聖火』が輝く。それは聖堂の窓を明るく照らし、外からも中からもなかなか壮観な眺めだそうだ。蝋燭を百本近くも使った、夜まで続くミサ‥‥普段ならとてもやれないような贅沢だが、祭りの期間だけは特別なのだろう。信者を集めるためにここ十年ほどで教会が始めた習慣らしいが、この眺めはいつのまにか聖夜祭の名物のひとつになっていた。
「マルセロ教会といえば、さっき依頼が入っていたな。ミサの準備の手伝いだとか」
たいした仕事ではないので、特に問題なく終わるはずだ。依頼を受けた冒険者連中はたぶん、仕事を終えたあとミサを見物して帰るのだろう。信者でなくとも、星明かりの下聖堂から洩れ出る光は、きっと美しい。
「仲間の誰かと見物に行く奴もいるんだろうし、お前みたいに恋人といい雰囲気になりたいという奴も多い。毎年のことだ」
「くやしいっ。どうして世の中って、素敵な男性は皆誰かのお手つきなの!?」
男運のない受付嬢はまあ気の毒だが、カード遊びのカードみたいにいわれる世の男性連中も充分不幸だろう。
――否、一番不幸なのは。
「‥‥そんなに見たいなら、今日の仕事が明けたあと、一緒に見に行くか? ミサの灯」
「いやよいやよっ。独り者同士でそんなもの見に行ったって、むなしくなるだけじゃないのーっ」
やはり私こそが、聖夜祭でいちばん不幸な人間かもしれない。
●リプレイ本文
――今年も灯がともる。
普段はおそらくどうということもない、普通の教会なのだろう。石造りの床、信者たちの座る固い木のベンチ、そして掲げられた十字架。そのまわりを取り囲むようにして、礼拝堂の窓際に並べられた、色あいも形もふぞろいな百の燭台がある。
「シーナさん? そちら、終わりました?」
上のほうを見上げてシェアト・レフロージュ(ea3869)が呼びかければ、まだ人気の少ない礼拝堂には声がよく響く。天井近くの飾り付けをしていたシフールのシーナ・ローランズ(ea6405)は、半透明の翅を揺らめかせてすいと降りてきた。
「うん、大丈夫。シェアトさん、どうするの? このあと」
「そうですね。晴さんと一緒にミサを見ようと思ってたんですけど、急に来られなくなってしまったみたいで」
「え、そうなの? 私も、来るはずだったお友達が都合悪くなっちゃって‥‥」
シーナもまた黒クレリックの友人と、一緒にミサの準備を手伝おうねと事前に申し合わせていたのだが、土壇場でどうしても都合がつかなくなってしまったらしい。
「年の変わり目ですもの。やっぱり皆お忙しいんだと思いますよ」
シェアトが声をかけると、うん、とシーナは頷く。
「どうしようかな。ひとりで街見るのもつまらないし‥‥シェアトさん、もしよかったらふたりでミサを見ない?」
「シーナさんさえよろしければ、喜んで」
「えへへ。シェアトさんといると、アルマンくんのこと思い出すなあ」
元気かなあと、シーナは懐かしそうに呟く。そうですね、とシェアトも微笑して、灯の光り始めた聖堂の中を見渡した。
「ほんの少し前のことなのに、もうずいぶん経ったみたいに感じますね‥‥」
神聖暦999年。この年彼女たちは、長い長いひとつの冒険を終えた。新年はどんな物語が、自分たちを待っているのだろう。
●リョーカの場合
ミサを見物にやってくる物見高い信者たちと入れ違うようにして、礼拝堂から外に出る。今日の空は曇り空、日中でも息が白く染まるぐらいで、夜明け近くにちらついた雪はまだあちこちにほの白く残っていた。頬や耳元を撫でていく冷気に、『リョーカ』ことレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)は軽く身を震わせ襟飾りの毛並みに首をうずめた。
「今年も終わりですねえ」
「そうね。パリまでやって来てもう七ヶ月か‥‥」
隣で白い息を吐くシキに頷きながら歩を進める。
聖夜祭に乗じて儲けようという腹なのだろう、街中のそこかしこに、見慣れない露店が軒を連ねていた。中の具ががみっしりと詰まったミートパイなどは、こういった祭りの屋台では定番の食べ物だろう‥‥だがしかし。
「こう寒くちゃ、まず何はなくともお酒よねっ。おじさん、グリューワイン一杯ちょうだい」
「あいよっ」
飛び込んだ露店の店主から、ほのかに湯気のたつ温かい酒杯を受け取る。飛びつくようにして口をつけると、普段飲みつけている葡萄酒とは違う、独特の香りが鼻先をくすぐった。酒は身体を内側から温めながら、喉を通っていく。
ようやく人心地ついたように息をついたリョーカの袖を、人ごみの中から追いついてきたシキが引く。
「あの、私の分は?」
「それぐらい自分で頼みなさいよー。男におごる趣味はないわ」
せっかくの聖夜祭だというのに、何が悲しくて男と一緒に祭りを歩かなくちゃいけないの? 嘆かわしげに首を振るリョーカは、外見はれっきとした男性である。言葉遣いはこうでも、中身もちゃんと男性である。
「ああ‥‥思えばパリに来てから、充実はしてたけど何かが足りなかったわ。でもねシキ、あんたとこうして歩いていたらようやくわかったの、今までの日々に、一体何が足りなかったのか。それは潤いよ!」
決めたわ、とつぶやく目がすわっていて怖い。
「新年は絶対に、可愛い彼女と聖夜祭を過ごすんだからーっ!」
‥‥もう酔いがまわりはじめたのかしきりに拳を振り回すリョーカの腕には、エチゴヤの福袋で得た品の数々がある。
恋のおまじないに使うというスターサンドボトル。
やっぱり恋人に渡すプレゼントとして定番の誓いの指輪。
‥‥とどめは禁断の愛について描かれているという噂の、禁断の愛の書。
「お客さん。店先で暴れられると困るんだけどねえ」
「すいません、連れは病気なもので」
さりげなくひどい科白を吐いて、シキはしきりに気炎をあげているリョーカに近づいた。
「リョーカさん、ここで暴れると皆さんにご迷惑ですよ。そんなに一人身が寂しいなら、とりあえず私がキスしてあげますから」
「いらないわよそんな温情ーっ」
どこまで本気でシキが言っているのかは不明だが、『禁断の愛の書』がある意味重く感じるやりとりではある。
●リュリュの場合
つい先ほどグリューワインを買ってきた露店のほうが、なんだか騒がしい。行きかう人々の話の断片から判断するに、なにやらそちらのほうで大男が暴れているのだという。
見物に行ってみようかとリュリュ・アルビレオ(ea4167)はほんの少し悩んだのだが、やっぱりやめておこうと結論づけた。お祭りのあちこちで起こる酔っ払い騒ぎなどに、いちいち首をつっこんでいたらきりがない。暮れ始めた冬の空気は指先がしびれそうなほど冷たくて、もたもたしていたら折角の温かいワインが冷えてしまいそうでもあるし。
「お待たせ〜」
ワインをこぼさないように気をつけながら人波を抜けて、連れへと声をかける。雑踏を避けて壁にもたれたまま待っていたレティシアは、不機嫌そうに眉をしかめたままリュリュのほうに顔を向けた。
「遅えよ」
「露店が混んでたんだもん」
「お子様のくせにワインなんか頼むからだ」
理不尽な憎まれ口を叩くレティシアに向け顔をしかめてみせて、リュリュは手の中のカップを相手に押し付けた。
「なによう。聖夜祭の名物だっていうから、せっかく誘ってあげたのに」
「ミサ見物なんて俺の柄じゃねえよ」
「そりゃあたしだって、そんなに熱心な信者ってわけじゃないけどさ‥‥」
でも綺麗な眺めが見られるというなら、見てみたいと思うのが女心というものでは‥‥とそこまで考えて、あらためてまじまじとレティシアの顔を見上げる。カップに口をつけた同族の青年は、視線に気づいて眉をひそめた。
「なんだ。腹でも減ったのか」
‥‥考えてみれば、そんな微妙な女心を悟れるような奴ではなかった。
「神様っていうのは信じねえんだよ、俺は。面倒くせえ」
「じゃあ来なきゃいいじゃないの」
「お前が行くっていうんだから仕方ねえだろ」
「だからっ‥‥て?」
なんだか意味深な科白を言われたような気がしてリュリュの言葉が途中で止まる。気づかなかったけど、今、何か‥‥こいつにすごいことを言われたような。
「そういや」
一瞬の間思考停止したリュリュを置き去りに、相変わらずの粗野な口調で青年が唐突に話題を変えた。
「この間、ペンダントを手に入れたんだけどよ。邪魔くせえから、今度お前にやるよ。壁にでも飾っとけ」
「壁?」
「そこ」
指差された箇所をリュリュは見下ろす。
十二歳という年齢上いささかまだ発展途上気味で、見ようによっては壁という喩えができなくもないリュリュ自身の。
胸を。
「‥‥‥‥‥‥!!!!!」
●まくるの場合
西洋式のデザインの白いドレスは、いつもの動きやすい装束と違ってなんだか落ち着かない。ちゃんとその上には上着を羽織っているというのに、人が皆自分を見ているような錯覚に襲われる。おかしくないだろうか。似合わないのではなかろうか。自意識過剰と知りつつも、利賀桐まくる(ea5297)の性分は一朝一夕で改まるようなものではなかった。
「まくるちゃん」
「は‥‥はいっ」
唐突に隣から呼びかけられ飛び上がる。
「やっ、やっぱり‥‥へ、変‥‥!?」
「? ほら、見るじゃん。暗くなってきたから、ミサの灯が綺麗じゃん」
下ばかり向いていたまくるは、それで初めてジェイランの指差す先に目を向けた。
日はそろそろ落ちようとする頃合だろう。聖堂の中には薄闇の帳が落ちつつあった。ミサの参拝客は皆席につきはじめ、説法をする僧が聖書を手に演台のほうへ姿を現している。そして、そんな人々を照らすかのように、点々と光る灯火がある。
「星みたいじゃん」
礼拝堂はたいした大きさではない。百人も入れば椅子はいっぱいだろう。その中でぽつぽつと見える明かりが、闇の中でまたたき揺れている。まくるがそっと隣をうかがうと、少年とまともに目が合った。
「まくるちゃん。あの‥‥その」
薄暗い中でもジェイランが赤くなっているのがわかる。じっと辛抱強く続きの言葉を待ったが、もごもごと口走られた科白はうまく聞き取れない。聞き返そうか、いやそれは失礼なんじゃないかと迷っていると、ジェイランが強引にまくるの手を取った。
「あ、あの、おいら」
幾多の蝋燭の光だけが頼りの闇の中で何か握らされたのがわかって、てのひらを開いて中身を確かめる。
「ま、まだおいら子供だから、結婚とかいえる歳じゃないんだけど‥‥」
西洋のしきたりは、ジャパン出身のまくるにはまだ未知のものも多い。けれどこの贈り物がどういう意味を持つのかは、どこかで聞いてすでに見知っていた。知った当時は、自分がそれを受けることになるとは思ってもみなかったけれど。
「こ、こ、婚約の証としてッ受け取ってほしいじゃんっ」
掌の上で、指輪がにぶく小さく明かりを受けて光っている。
「じぇいらん‥‥くん。ぼ、ボクのこと」
こんなときまでどもってうまく話せない自分が悲しい。情けなさと恥ずかしさと喜びとがない交ぜになって、まくるの瞳に涙がにじむ。視界が歪む向こうで、ジェイランは辛抱強く続きを待っている。
「ぼ、ボクのこと、‥‥家族に‥‥し、してくれるの?」
「うん。その指輪は、なんていうか‥‥そういう意味じゃん」
「ボク、すごく‥‥凄く嬉しいよ」
「じゃあ」
そっと頷いて微笑すると、ジェイランの手が伸びてきて涙を拭ってくれた。
約束のかわりに身を寄せ合って、そっと、ぬくもりを分け合う。
――暗い聖堂の片隅でふたりの影が重なったことを、他の参拝客たちは気づいただろうか。
●ウリエルの場合
説法僧の粛々とした声が、静かな聖堂の中の空気を揺らしている。聖書の内容だということは推察できるのだが、もともと信仰とはあまり縁のないウリエル・セグンド(ea1662)には、何を言いたいものなのか漠然とさえわからない。行儀よく座った信者たちの最後列でぼんやりしていると、隣に座ったガブリエルにわき腹をつつかれた。
「寝ちゃわないでよ。みっともない」
「‥‥まだ、何も言ってない」
「見ればわかるわよ。退屈そうな顔して」
考えが読めないといわれることの多いウリエルだが、ガブリエルは少々違う意見らしい。それはガブリエルだからなのか、それとも付き合いが長ければ誰でもわかるのか。考えようとして、やっぱりやめた。答えが出ないのは最初からわかっている。
視界を満たすのは闇。そして、闇の中でひかる幾多の火。ひとつひとつは小さなそれは静かに燃えながら、聖堂に集まる人々をあまねく照らしている。
「ひかり‥‥か」
ここへ来るまでも、ここに来てからも、すれ違う人の顔は皆幸福そうだった。それは単に祭というだけではなく、新しく始まろうとしている年への希望のためでもあるのかもしれない。
笑顔は光に似ていると、なんとなくウリエルは思う。
「‥‥綺麗だな」
つぶやいた途端、大きな音をさせて胃袋が鳴った。
気配を感じてもう一度横を見ると、顔に落ちかかる長い銀髪の向こう、出会ったころとまったく変わらない顔が笑う。
「いつまで経っても色気より食い気なんだから」
その調子だと、恋人とこういう時間を過ごすのはまだまだ先ね‥‥その科白にこめられているのは、慈しむような‥‥それでいて寂しげなような、複雑な色彩の感情だ。黙ったままその笑顔を見返して、ウリエルはまた前を向く。説法はすでに終わり、別の僧何人かが信者たちにミサの聖餅を配っていた。
「別に‥‥そんなのは‥‥いい」
石造りの壁と床から這い登ってくる冷気で指の先までつめたい。
「俺は、ガブリエルと、見に来たかった。‥‥今も。‥‥この先も」
駄目か? ‥‥そう尋ねるとき彼は彼女の顔を見ていなかった。彼女も彼の顔を見ず、ただ闇の中の灯を見ているのがわかる。聖餅を配っている僧も、受け取って頭を下げる信者も‥‥笑っている。
「‥‥馬鹿ね」
仕方のない子ねと、そう言いたげに笑む気配が感じられた。
「でも、そうね。そう言ってくれたこと‥‥私を見る目‥‥今日ここで見た光。私、きっと生涯忘れない」
冷えた指先に、自分のものではない温もりが重なる。壊れ物を扱うように、そっと握りしめた。いつのまにかこうして彼女の手を包めるほどに、自分の手は大きくなった。けれども彼女の手は今も細く白くつややかで、出会ったころとちっとも変わらない。
そのことが未来にどんな意味をもたらすのか、本当はふたりとも知っているけれど。
「とりあえず、来年もまた一緒に来ましょうね」
「ああ」
自分と相手‥‥どちらの灯が先に消えるのかなんて、そんな遠い先のことはまだ考えられないけれど、それでも決して揺るがない確かな何かがあるのだと、ふたりは信じる。
一晩きりのこの百の灯が照らす天井の向こうにきっと、黒々とした夜空を彩るようにして光を放つ、幾千もの星があるように。