ゴミの山にご用心!

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月28日〜01月02日

リプレイ公開日:2005年01月05日

●オープニング

「見た見た? 伯爵さまの御座船! すっごい大きな傷がついてたの!」
「えーっ! いつの間に帰っていらしてたのぉ?」
「やだっ、あんたまだ知らなかったの? つい今朝がたよ。そりゃもう港のほうは大騒ぎだったんだから!」
「私、伯爵さまのお顔見ちゃった! 遠くからだったけど、相変わらずいい男ぶりだったわあ」
「あたしなんか手振ってもらっちゃったもん」
「どうして起こしてくれないのよお」
「何よー、一応仮眠室は覗いたわよ。でも夜勤明けに起こしちゃかわいそうかなって思って、こっちだって気を使ったのに」
「そうだけどぉ、私だってエイリークさま見たかったしぃ」
 ごほん、えへん!
 やや年かさの男性ギルド員が大げさに咳払いをしてみせると、かまびすしくさえずっていた受付嬢たちは、さながら蜘蛛の子を散らすように各々の持ち場へと戻っていった。
「まったくお恥ずかしい‥‥」
「いや、気になさらず。我らが親ぶ‥‥いえ、伯爵様が人気があるのは喜ばしいことだ」
 ひたすら恐縮するギルド員に、カウンターの向こうの客人は苦笑する。
 ドレスタット領主にしてゼーラント辺境伯、『赤毛のエイリーク』ことエイリーク・ロイジ。彼が遠征から帰還したという報せは、わずか半日ほどでほぼ街中を駆け巡っていた。
 『赤毛のエイリーク』は今でこそ位は貴族だが、実際には元海賊からの成り上がりという特異な経歴の持ち主である。船と海のことに誰よりも通じるかの領主は、船乗りたちの街であるドレスタットでは当然のごとく人気が高かった。さらにまだ三十代前半という若さや、整った精悍な容貌も手伝って、エイリークが姿を現すところには女たちの嬌声が絶えない。
 先だって彼がようやく妻を迎えたときは、これでやっと女たちが静かになると胸をなでおろした者も多かったのだが‥‥受付嬢たちを見てもわかる通り、あまり状況は変わっていない。姿も身分も気風も申し分ない男など滅多に見つかるものではないせいか、それとも奥方というのがエイリークよりもずいぶん歳若い娘だったせいなのか、『愛人でもいいわ』などとはしたないことを言い出す者さえいる始末だった。
「それで、ご依頼のほうは‥‥」
「親分‥‥じゃない、伯爵様は遠征からの帰還の途中、ドラゴンにお会いになり、『契約の品』の話を持ちかけられたそうで」
 ギルド員はかすかに眉を動かした。先の一連のドラゴン襲撃の際、冒険者ギルドにも似たような話は入ってきている。
「『契約の品』ですか。その品の形状や名前などは?」
「教えてはもらえなかったようですな。そのドラゴン自身も知らなかったのか、それとも人間風情には教えられんのか‥‥。ともかく今回の一連の騒ぎ、その『契約の品』とやらが元凶なのは間違いないところのようだ」
 だとすれば、早々に見つけ出さなければ大変なことになる。
 ドラゴンの中では比較的下級種に位置する、タイニーやスモール級ですらあの騒ぎなのだ。今後万が一、本当に万にひとつの可能性だが、もっと上のミドル、ラージクラスが現れるようなことがあれば、ドレスタットが壊滅ということにさえなりかねない。そうなる前に問題の品をドラゴンに返せれば、それにこしたことはないのだが。
「お‥‥伯爵が言うことには、海賊どもから奪ったお宝の中に『契約の宝』があるんじゃないかと‥‥」
「しかしそれならば、海戦騎士団のお仕事では」
「手が足りんのです。騎士団は魔法はからきしな奴が多いですし、私みたいに海賊時代からの部下も、普通の金銀の目利きならともかく、魔法の品となるとさっぱりなもんで」
「なるほど」
 ようやく話がいくらか見えてきて、ギルド員は手元の依頼書にペンを走らせた。
「形も名前もわからない以上、片っ端から探すしかない。こちらに頼みたいのは、騎士団のほうで一旦ガラクタと判断した物品を、あらためて検品することなんで」
「ガラクタ‥‥ですか」
「言葉は悪いが、要するにたいした金にならない品ってことです。傷んだ絹、ぼろぼろの書物、偽物の宝石、虫の食った衣装箱、酸っぱくなったワイン‥‥他にもまあいろいろだ。こちらに荷が届いた当時は、まだ『契約の品』なんてもんは誰も知らなかったですからね。そんなものでも、ドラゴンには大事なもんなのかもしれない」
「要するに、ゴミ漁りというわけですね‥‥」
 報酬は悪くない。だが聖夜祭で浮き足立った冒険者たちに、こういう汚くてきつい仕事を引き受ける者がいるだろうか‥‥しばらくギルド員は渋面を作って考え込んでいたが、やがて頷いた。
「お引き受けします。どれだけ人手が集まるかはわかりませんが」
「有難い。親分‥‥伯爵様も喜びます」
「ところであの」
 大きく息をついた伯爵からの遣いに、ギルド員は気になっていたことを切り出した。
「伯爵を親分と呼びたいなら、そうお呼びしてもいいのでは‥‥御前ならともかく、ここにはご本人はいらっしゃらないし」
 たとえいたとしても、エイリークの風評を聞く限りでは、昔からの部下に無理に敬称を強いるような人とは思えない。そう言うと客人は、どこか諦めたような表情で頭をかいた。
「いや、そうしたいのは山々なんですが、万一ばれたときにおっかない奴らがいるもんでしてね」
 騎士団の連中とか家臣とか‥‥奥方様もいい顔はなさらないし。そうのたまう男を見ながらギルド員は、宮仕えというのも大変なものなのだなと思うのだった。

●今回の参加者

 ea1579 ジン・クロイツ(32歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6505 ブノワ・ブーランジェ(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea7586 マギウス・ジル・マルシェ(63歳・♂・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea7643 ストルゲ・ヴィンドゥ(39歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7819 チュリック・エアリート(35歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea8537 ナラン・チャロ(24歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 ea9517 リオリート・オルロフ(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)

●リプレイ本文

 倉庫番にはすでに話が通っていたようで、冒険者ギルドから来た旨を伝えると簡単に奥へ通してくれた。問題の倉庫はいちばん奥まった場所にあるそうで、桟橋を渡り冷たい海風に晒されながら倉庫番のあとをついて歩く。倉庫前にはすでに、今回の直接の依頼主であるラズロが待っていた。
 手荷物をラズロに預け、倉庫を開けると中はずいぶん暗い。無骨な鎧戸は外の光をほとんど通さないようだ。倉庫の備品らしい燭台を見つけて火を点し、赤いやわらかな光に照らされて中の様子が浮かび上がったとき、誰もがうっと声を洩らした。
「‥‥この中から、形も名前もわからないものを見つけろというのか」
「まあチュリック様。文句をいわれましても、これはお仕事ですわよ?」
 微笑したストルゲ・ヴィンドゥ(ea7643)が軽くたしなめたものの、チュリック・エアリート(ea7819)がうんざりした声をあげたのも道理。倉庫の中はまさしくゴミの山だった。
 目につくものだけでも、海藻がからみついた食器、掛け金がいかれているのか開きっぱなしのチェスト、錆びた鉄鍋、海水を吸って波型にたわんだ書物、それから‥‥とにかく端から羅列しているだけでも報告書が終わってしまいそうだ。
 ゴミ山を形成しているものに共通点があるとすれば、それは『普通の人間ならまず捨ててしまうもの』だということだろう。
「しかし相手は、人間とは違う常識の持ち主だしな‥‥」
 軽い溜息とともに、言わずもがなのことを口にしたのはジン・クロイツ(ea1579)。
 ドラゴンがいかなる理によってドレスタットを訪れたのか、はっきりしたことは分かっていなかった。ギルドの関連の報告書やラズロから聞いた話をまとめると、彼らはどうやら『契約の品』と呼ばれるものを探しているらしいのだが‥‥それがどんなものなのか、どこにあるのか、そういった具体的なことは未だ藪の中だ。
「竜の価値観は、竜ならぬ者に理解するのは難しい。確かに、人から見たら意外な品が『契約の宝』である可能性もありますね」
 ジンの意見に、ブノワ・ブーランジェ(ea6505)も同意する。
「マギウスさん。とりあえず、お願いしますわね」
「あ、了解なのね」
 ストルゲに促され、物珍しそうに周囲を見渡していたマギウス・ジル・マルシェ(ea7586)は慌てて我に返った。陽精霊の魔法リヴィールマジックを唱え、しばらく視界に目を凝らし――。
「‥‥うーん、魔法の気配はないみたいね。少なくとも目に見える範囲にはないのね」
「まあ‥‥これでいきなり見つかるほど簡単じゃないのはわかっていた」
 ジンが肩をすくめた。ストルゲは相変わらず笑顔のまま、ひとつ提案をする。
「まずは整頓と掃除を兼ねて、種類別に仕分けいたしましょうか。種類別になっていたほうが、見分けたり片付けたりするのも簡単ですものね」
「‥‥仕分けって、‥‥ここにあるのを?」
 さすがに仕事なので嫌だとは言わないが、あからさまに面倒そうな顔を見せるチュリック。
「‥‥誰かがやらねばいけないのだからな。仕方ない」
 必要なやりとりが終わったと見てか、ぼそりと呟くように告げたリオリート・オルロフ(ea9517)はすでに服の袖をまくり上げている。寡黙なジャイアントの男の科白に苦笑いしつつ、ブノワもひとつ頷いた。
「とにかく作業を始めましょう。早く始めれば、それだけ早く終わります」

「うーん?」
 黒ずんだ木製のスープ皿はもちろん人間サイズなので、シフールのナラン・チャロ(ea8537)にとっては食器というより盾に近い。だが空っぽの食器をしげしげと見つめても、やはり皿は皿である。どう見てもお宝には見えない。
「えいっ、ゴミっ」
 ぽいと投げ捨てる。床の上をからからと転がっていく皿を、あわてて隣にいたブノワが取りに行く。食器を並べているあたりにそれを置いて、困ったようにナランに声をかける。
「あまり無造作に扱わないでくださいよ。どれが『契約の品』かもわからないんですから」
「えー? あれはただのお皿だと思うけどなあ」
「それでもです。あのスープ皿、ようく磨けばまだ使えますよ。ゴミ扱いなんて、まったくもったいない」
 嘆かわしいと言いたげにぶつぶつ文句を言いながら、皿を丁寧に磨く。一方のナランは魔法の巻物ならば多少は読めるが、それ以外のものの目利きに関してはほぼ素人だ。そして魔法の巻物などというものは、
「‥‥海戦騎士団がとっくに押収済みか」
 溜息をついたジンもやはりナランと同じように精霊碑文学をかじっているが、ゴミの分類を始めて数時間、未だスクロールの類は目にしていなかった。スクロールは殆どの人にとってはただの紙きれだが、然るべき者の手に渡れば非常に危険な品だ。おそらく別の倉庫に厳重に保管されているのだろう。
 海戦騎士団の手で貴重品や危険物をより分けた上で、あまり金銭的価値がないと判断されたものがこれらゴミの山なのだ。
「‥‥問題の品について、手がかりは何もないのか」
 それまで黙々と作業を続けていたリオがぽつりと口にする。『ドラゴンの宝物』を探す依頼だということはあらかじめギルドから耳にしていたが、それ以上の詳しいことを彼は聞いていなかった。
「きらきらしたものなのか?」
「わかんないね」
 当惑してマギウスが首をかしげ、リオがますます眉間の皺を深くした。
「美味しいのか?」
「‥‥ていうか、食べ物なのかなあ。『契約の品』って」
 手を動かしながら和紗彼方(ea3892)も眉根を寄せる。以前の依頼でウォータードラゴンに対峙したことのある彼女だが、あのときはあいにく意思の疎通を行う手段がなかった。
「形も色も味も、わからないのか」
「そういうことなのね」
「自分はあまり器用ではないから、すぐに壊れるようなものだと困るのだが‥‥」
 重々しく首を振って、リオがまた作業に没入する。それと同時に、あ、と彼方が明るい声を上げた。
「樽見っけー。中は何だろ?」
 ゴミの山から姿を現した樽に、チュリックが目を向けた。
「それは水樽。船の中での飲み水を詰めるものだ。船上では真水は手に入らないからな」
「へええ」
 感心して彼方が口を開けるが、ウィザードであるチュリックには、航海の知識もまた学ぶべき学識のうちのひとつである。
「蓋が外れる仕組みになっているはずだ。中はただの水だと思うが、念のため確かめてみるといい」
「蓋‥‥あ、ここかな?」
 かぱ。
「‥‥わあっ!?」
 蓋を開けると、樽の中に満たされた水は、人毛のかたまりにも似た薄気味悪い緑色のもので一杯になっていた。
「‥‥このように古くなった水にはすぐ藻が湧く。こういう水を飲めば健康を害するのは誰にでもわかることだな。だからこそ航海において、港町などでの真水の補給は非常に‥‥、くくっ、重要で‥‥っ」
 余程彼方の驚きぶりがおかしかったのか、かすかに肩を震わせながらチュリックは説明を続ける。押収から経過している日数を考えれば彼女には予想のついていたことで、悪戯好きな女魔術師はその上で彼方をからかったのだ。
 契約の品というからには、すぐ腐ったり傷んだりするものを選ぶとは思えない。傷んだ飲食物の類は単なる生ゴミとして扱うことに、満場一致で決定した。

 朝方に倉庫に入ったはずだが、大まかに仕分け作業を終えたころにはもう外は真っ暗だ。ほのかな明かりだけでずっとゴミ山と格闘していたせいか目が痛い。今日はここまでにしようと立ち上がったところで、冒険者たちを呼ぶ声がした。
「皆さん、お疲れ様です。夕飯ができてますよ」
 ブノワは途中で抜けて市場へ買い出しへと出かけ、倉庫番たちの詰所で夜の食事の支度をしていた。ラズロに話をしたところ、材料費などはそちらで持ってくれたそうだ。詰所に向かうと、ラズロが待っていた。
「どうだね、調子は」
「あまり芳しくないな」
 テーブルの上のパンをつかみながら、ジンが首を振る。
「全部ただのガラクタに見えるのは俺たちの目が節穴だからなのか、それとも本当にガラクタだからなのか‥‥」
 目利きという作業は、やってみると意外と厄介だ。
「とりあえず、明日からは魔法がかかっている品を探してみる。頼むぞ、マギウス」
 あい、と手を上げたマギウスはすでに、人間サイズの大きなスプーンと格闘しながら魚介のスープをすすっている。
「リヴィールマジックなら、ある程度まとめて鑑定できるのね」
「ねえねえ、ラズロのおっちゃん」
 こちらは貝のワイン蒸しをもぐもぐとやりながら、ナランが呼びかける。
「おっちゃんって、伯爵さんの昔からの部下なんだよね。ギルドの人に聞いたよ」
「ああ」
「ってことは、ラズロのおっちゃんも元海賊なんだ」
「ああ‥‥そうか、冒険者は知らないかもしれませんな。ドレスタットに昔からいる奴なら、大概は知ってる話なんだが」
「よろしければ、領主様について少々聞かせていただきたいのですが‥‥」
 新しい料理の皿を置きながらブノワが尋ねると、ラズロは頷いた。
「『赤毛のエイリーク』は、元々はドレスタットでは余所者でしてな」
 エイリークが海賊として頭角を現しはじめた頃、ラズロも彼の船の乗組員として仲間になった。赤い髪の船長率いる海賊船がドレスタット近海を荒らしまわっているうち、前ゼーラント辺境伯――つまりドレスタット前領主に目をかけられた。その後しばらくエイリークの船は、伯爵の私掠船として働くことになる。
 前伯爵もおそらく『血筋よりも実力』という信念の持ち主だったのだろう。腕が立ち弁も立つエイリークを気に入り、船の停泊中はたびたび彼を領主館へと招待した。必要ならば彼のために便宜も図ったという。
 伯爵には当時、跡取りに相応しい子供はいなかった。部下たちはもちろん有能だったが、領主としての仕事は少々荷が重い。彼が目の前にいる、実力と人望を兼ね備えた男に狙いを定めるまで時間はかからなかった。
「海賊風情に爵位を譲るってんで、最初はまあ色々ありましたがね。親ぶ‥‥伯爵様はうまく立ち回りました。そうやって正式に領主様になって、そろそろ一年半ってとこですか」
「ふうん。じゃあさ、伯爵さんを妬んでる海賊とかもいるんじゃない? 海賊から一気に貴族さまだしさ」
 仮にもその『伯爵さん』の部下の目の前でなんてことを言うのかと皆が目をむいたが、ラズロはナランの言葉を笑い飛ばした。
「そりゃいたことはいましたがね。あいにく、エイリーク様はそんな輩を野放しにするような方じゃなかったんで」
 話が過去形であることで、冒険者たちにも漠然とその連中の末路は読めた。

●明けて翌日
「わたくし、『契約の品』は石ではないかと思うんですの」
 穏やかな笑みを面にたたえたまま、ストルゲは言う。
「ドラゴンは金や宝石が好きといいますでしょう? ですから逆に、持って行かれる心配の少なそうな、どうということもない石を契約の品として選ぶのではないかと‥‥単なる憶測ですけど」
 どうでしょう? 小首をかしげたストルゲに、マギウスは首を振って見せた。
「その仮説はアリだと思うけど、その石は本当にただの石ころなのね」
「そうですか‥‥」
 手の中の石を転がしながら、ストルゲは残念そうにうつむいた。リヴィールマジックで魔法の力を見分けられるマギウスが言うのだから、間違いはないのだろう。
 また作業に戻るストルゲを見ながらマギウスは嘆息する。
「‥‥なんだか全部ゴミのような気がしてきたのね」
 効果の及ぶ範囲に物を置いてもらい、いざ、とリヴィールマジックを使っても、魔法を感じられるものはさっぱり発見できない。武器や防具類は別のところで調査を進めているはずだが、そちらも似たようなものなのだろうか。
 発見した珍しいものといえば、やたら毒々しい柄に染められた絹(こんな柄の着物、誰が着るんだろ? と彼方は首をひねった)とゴキブリのミイラ(動かないので、よくできた玩具だと思って触った途端くしゃっと砕けてブノワが仰天した)ぐらいのもので、契約の宝などという大層なものとはほど遠い。別の報告書で見た手がかりである『頑丈そうな箱』も、ここでは見かけない。
「‥‥そういえば、ゴミじゃないお宝はどうなってるのね?」
「ああ、それは」
 今日は仕事の様子を見に来ていたラズロが、マギウスの呟きを耳にとめて答える。
「ほとんどはこの騒ぎの収拾のための資金に、売っ払われてるはずですな。ドラゴンに破壊された船の修復作業、壊れた街並の復興、関連しそうな書物の蒐集‥‥あんたら冒険者を雇う金もそこから出てるはずですが」
「ほとんどってことは、少しは手元に残してるんだ?」
 彼方の指摘に、ラズロはなぜか咳払いをもらした。
「そうです。残っているのは海戦騎士団で使いそうな武具や、船に必要な物資類、資料になりそうな書物類、伯爵様が自分の私物にしたいとおっしゃった外套、短剣、指輪、首飾り、女物のドレス‥‥」
 ラズロ以外の全員が、眉間に皺を寄せて顔を見合わせた。首飾りにドレス?
 一瞬、赤毛のむくけつき大男が化粧をし女物のドレスをまとったおぞましい映像が冒険者らの頭をよぎったが、すぐにチュリックが正しい結論に思い至った。
「‥‥ああ、そういえばご領主は、最近奥方を迎えられたとか」
「お歳は少々離れていなさるが、親分はそれはもうこちらが恥ずかしくなるぐらい奥方様にべた惚れで‥‥ご結婚前からずっと、遠征のたびにめぼしい戦利品をどっさり貢いでいなさるんで」
 私がこんなことを言ったとエイリーク様にはくれぐれも内緒にと、あとでラズロは念を押した。そもそも冒険者たちが今後、領主に直接会う機会があるとは限らないのだが。

「結論を言うと、ここには契約の品はないのね」
 溜息混じりのマギウスの言に、全員ががっくりと肩を落とした。
 途中で何度も休憩を挟み、ほぼすべての品を調べても、リヴィールマジックの魔法に引っかかる品は見つからなかったのだ。嫌々ながらゴミ漁りをしていたリオが頭をかいて、
「無駄骨か。‥‥途中からは、そんな気がしていたが」
「まあ‥‥とりあえず『ここにない』とわかっただけでも収穫だ」
 ジンが肩をすくめる。
「でも、本当にどんなものなのかな? 契約の品って」
 彼方が思案する仕草を見せると、ストルゲがそれを元気づけるように笑顔を作った。
「確かギルドでは、他にも『契約の品』に関する依頼があったはずですわ。それらの報告書にも目を通せば、もしかすると何か手がかりが得られるかもしれませんわね」
 こうして、冬のゴミ漁りの依頼は幕を閉じた。いくつか使えそうなものを見つけた冒険者は、それぞれラズロに許可を求め、この依頼のささやかな手間賃として持ち帰ったという。