かの者の名は殺意
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 66 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月18日〜01月26日
リプレイ公開日:2005年01月26日
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●オープニング
月のない夜に。
鳥獣さえも静まって眠りに安らぐ刻限、風もなく枝葉は沈黙を守る中、寝室で響いたかちりという音がやけに大きい。金属の小さなうすい板と細い針、窓の掛け金をはずしたふたつの道具のたてたわずかな物音に、彼らは動きをやめしばらく気配を殺して中の様子を窺っていた。耳が痛くなるほどの静寂に満ちた闇の中で、闖入者たちは呼吸さえもしていないように見える。
――室内で動きがあった様子はない。
ゆっくりと窓が開く。降り立った床には毛足の長い絨毯がしきつめられて、わずかな足音すら消してしまう。明かりもない室内で動くのはひとり、ふたり‥‥入ってきたのはそれだけだが、窓の外にもまだ気配があった。表の様子を見張っているものだろうか。
侵入者は滑らかな動きで、寝台のそばへと歩み寄った。この闇の中で、足元をぶつけもしなければ迷わせもしなかった。するりと音もなく払った鞘から現れた刀身は、わずかな光も反射しないよう墨色に塗られている。両者は目顔で頷きあい、それぞれ寝台の両側にまわる。寝台の上のふくらみは、呼吸のあかしに規則正しく上下に動いていた。ひとりが短剣を構え、もうひとりが枕を取り上げて呼吸をふさごうと動き――。
上掛けが大きく巻き上げられた。
「!」
そこから飛び起きたのは屋敷の主とは似ても似つかない姿だ。鋭い目つき、鍛えられ隆起した筋肉、ひと目で傭兵のたぐいだと判じられた。ベッドの中で抱えていたらしい剣が、鞘ごと相手に向けて打ち払われた。重い一撃を侵入者は身を低くしてかわし、勢い余った斬撃がサイドテーブルの上の銀杯を跳ね飛ばす。金属が壁にぶつかって落ちる、硬い音。
「ちっ」
鋭い舌打ちは誰の立てたものか。侵入者は失敗を悟り、すでに背後の窓へ向かい飛び退っていた。逃がすかとばかりに、傭兵が寝台から素早く飛び降りて追いすがる。相手が逃げ腰なら攻撃には絶好のチャンスだが、剣をふるうには間合いが近すぎた。腕をのばして――。
肩をつかもうと握ったてのひらが、偶然、相手の顔半分を覆っていた覆面をはぎとった。
「――!!」
息を呑む気配、交錯する殺気。
これだけ近づいていれば、長剣よりも短刀のほうが取り回しがきく。瞬時に翻った影が傭兵にぶつかり、黒い刀身が水平に胸へとめりこんだ。躊躇も無駄もない急所への一撃で、痛みに叫ぶ間すらなく、絨毯にうずもれるようにして傭兵が倒れる。
「ドニ!!」
帯剣した仲間の傭兵たちが駆け込んできたときには、すでに侵入者たちの姿は消えていた。ひとりが開け放たれたままの窓へ駆け寄り、残りの者たちは倒れている傭兵のからだを抱き起こす。血で濡れた絨毯の上、驚愕に目を見開いたまま、すでに事切れていた。
「だめです。連中、もうどこにも姿が‥‥」
まだ物音を聞いて数分も経っていないはずだ。
「畜生がッ」
バルコニーからの報告を聞き、痣の跡のうすく残る顔をゆがめて、男は短く吐き捨てた。怪しまれないために、寝室の主と一番体格の近い者を囮に当てた。しかしやはり危険は承知で、自分が囮になるべきだったのか。
もう動かないドニの手には、黒い布の切れはしだけが残されている。
――彼らが解雇されたのは翌日のことだった。
「暗殺者?」
「左様」
胡乱げな声を出した係員を、初老の男性はじろりと見返した。
「旦那様のお命を狙う者がいるようでしてな。その不届きな輩を撃退していただきたい」
「‥‥あー、その旦那様っていうのは」
「お名前を挙げることはできませんが、さる高貴なお方です」
ますますうさんくさいが、目の前にいる男性の物腰は明らかに礼法を学んだもののそれだ。身なりもいい。それ以上の追求を避け、眉間に皺を刻んだまま書きかけの依頼書に目を戻した。
「一度警護として傭兵を雇ったのですが、まんまと逃がしてしまいましてな。まったく、高い金を取っておきながらなんという‥‥ともかく、傭兵がだめならば冒険者はどれほどの腕かと、こちらのギルドに伺った次第です」
「なるほど」
なるほど。ところでその科白、当の傭兵らの前で言ってみたらどうです?
そんな本音はおくびにも出さず、こんなときのために用意しているとっておきの笑顔を披露した。少々不愉快な依頼人に『当たった』ぐらいでいちいちむかっ腹をたてていたら、ギルドの職員など務まらない。相手の服の中身は血と肉でなく、冷たい金貨のかたまりなのだと思えば多少は溜飲も下がるものだ。
「曲者は複数。窓や扉をこじ開ける技術があるようですな。まっすぐ旦那様の寝室を狙ったところを見ると、無用にことを大きくすることは望まないのでしょう。だが顔を見た傭兵を一突きで殺した手口からみて、相当な手練れだろうと」
「‥‥死んだのですか」
「相手に手傷すら負わせぬままにね」
吐き捨てるような口調には侮蔑がある。
「‥‥ときに、その旦那様という方に、命を狙われる心当たりというのは?」
「申し上げる必要はないと思いますが?」
それはそうなのだが‥‥と、受付は軽く息をついた。
詮索無用、秘密厳守。仕事内容は暗殺者の撃退‥‥それにしてもおかしい。この依頼人は、一度失敗した暗殺者がまたやってくることに疑いを抱いていない。確信しているようにさえ思える。常識で考えれば、警戒を恐れて少なくともしばらくは、ほとぼりを冷ますために潜伏すると思うのだが‥‥。
こんなうさんくさい依頼、いったいだれが受けるんだ?
●リプレイ本文
●ムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)、趣味と実益を兼ねて女中を口説く
「あなたの微笑はこの真冬にあってなお、春の陽光のごとく暖かくまた慈愛に満ちている」
「からかわないでくださいな」
「あなたはご存知ないのです。その唇から紡がれる言の葉が、目の前にいる男の心をどれほどかき乱すものか‥‥もしあなたに一片の慈悲の心があるならば、どうか私にあなたの名を呼び、あなたと言葉を交わす栄誉を与えていただきたい」
「私の名前なんて、そんな大層なものじゃありませんけどね」
言いながらも、エルフの女中はまんざらでもなさそうな顔をしている。大仰な文句で賛美され口説かれる体験など、庶民の女性にとってはそうあるものではない。ましてムーンリーズは女性の扱いにかけてはちょっとしたもので、口説いている間さりげなく相手の手を握り、瞳を見つめることも忘れなかった。
「そんなにおっしゃるんでしたら、まあ、仕方ありませんわね。こちらにいらして」
「光栄です、レディ」
●森島晴(ea4955)、レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)と話を付き合わせる
「‥‥よくもまああんな歯が浮く科白がぺらぺら出てくるもんね。あの女中さん、あたしのほう全然見てなかったわよ」
「私は心のままに女性を賛美しているだけです、レディ」
顔をしかめた晴の言葉に、ムーンリーズは平然と応えた。
ムーンリーズと晴、ふたりで『旦那さま』が殺されるような心当たりについて話を聞いて回ったものの、ほとんどは女中の間で交わされる噂話の域を出ないものだ。いわく、痴情のもつれ、金と欲の恨み、敵対する貴族の陰謀‥‥これだと思えるような確かな情報は得られなかった。
「貴族ってのも結構恨まれるもんなのね」
「権謀術数は貴人のたしなみっていうけど‥‥依頼人の御仁も、なぁんか腹に一物ありそうよねー」
テーブルの向こうで長い足を組み直して椅子にもたれ、溜息をついたリョーカは、つい先ほど花街での情報収集から戻ったばかりだ。よほど寒かったのだろう、上着も脱がぬまま、素焼きの杯に酒を注いでぐいとそれを干す。
「あのご老人は、使用人の皆さんの間では評判がよくないようですね。この家の執事という話ですが」
「あんな偉そうじゃ無理もないわ」
ムーンリーズが言うと、晴が肩をすくめる。リョーカに目を向け、そっちはどうだったの? と視線で問うた。
「そうねえ‥‥ほら、遊郭の女の子も、ハーフエルフの相手をするのは嫌がるのね。人間の子でもエルフの子でも。だからハーフエルフがああいうところで遊ぶ場合、大抵は相場より大分高いお金を払わないといけないみたいなんだけど」
ちょうど彼らが依頼を受けて間もなく、近くの花街に怪しいハーフエルフが出入りしていたという情報がギルドに入り、リョーカはその真偽を確かめるためにそちらへ出向いたのである。件のハーフエルフは、言い値を支払って店に一泊したそうだ。
「お金の出所とか、わからなかった?」
「そこまではね。お店としちゃ、払うものさえ払ってもらえばいいわけだから‥‥お金出して損しちゃったわ」
生き馬の目を抜くような花街で、金をちらつかせて情報を集めたのだ。いい加減な話で金を騙し取ろうという輩もひとりやふたりではない。偽の情報やただの憶測、玉石混合の話を整理した結果、確かと思える話はこれぐらいだった。
世の中で簡単に大金が手に入る仕事といえば、十中八九犯罪がらみと相場が決まっている。この屋敷に暗殺者が現れ、時を同じくして大金を持ったハーフエルフがこの近辺に現れる‥‥偶然とは考えにくい。
「でもさ」
ふいに口を出したのは、それまで卓に置かれていた茶菓子に手を出していたカルゼ・アルジス(ea3856)だ。
「でも、何?」
「さっきも言ってたけど、ハーフエルフが遊ぶには、すごい大金が要るんでしょ? 黒幕が誰か知らないけどさ、そいつが暗殺者としてハーフエルフを選んだんなら、なんでわざわざそんな大金を払ったのかなあ。安く使うのが自然じゃない?」
カルゼの指摘はもっともなもので、殆どの国では、ハーフエルフは普通の仕事を得ることさえ難しい。安い賃金で厳しく働かされることも珍しくない。優れた能力を活かして冒険者となる者もいるが、混血種に向けられる偏見は、冒険においてさえしばしば壁となることがある。
「よっぽどの凄腕とか‥‥」
「そのわりには、傭兵さんたちの囮にあっさり引っかかったわよね」
全員が首をひねるが、答えが出ようはずもない。
「ハーフエルフ‥‥か」
呟いて目を伏せる晴の瞳は、常よりもどこか沈んでいるように見えた。
●マリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)、気の合う相手を見つける
屋敷にマリが戻ってきたとき、まず目についたのは庭を歩くユリア・ミフィーラル(ea6337)の姿だった。専属の庭師がいるらしく、庭園の生垣はよく整えられている。声をかけると、ユリアは振り向いてマリを手招いた。
「どうだった?」
「少なくとも、彼らが事を起こした後、花街に逃げ込むことはないと思うわ」
バードであるマリは、流しの詩人を装って花街近辺を歩きながら、この屋敷から花街までの逃走経路を想定していたのだ。だが、花街のあるあたりからこの界隈までにはかなり距離がある上、小さい河が横切っているので、それを越えるには迂回して橋を渡らねばならない。どこか別の場所に根城があると考えるのが妥当だろう。となれば、そちらはハーフエルフたちを探している別の冒険者たちに任せるよりほかない。
「商売女と間違われて何度も声をかけられるし、縄張りを荒らされたと思った女の子たちには怖い目で睨まれるし、こういう時は女って不便よね。そっちは何か変わったことは?」
「うーん、特には。旦那さまって人はそんな悪い人でもないみたいだけど、ここのところの暗殺騒ぎですっかり怯えてるんだって。ギルドに直接来なかったのもそのせいだって、使用人さんが言ってた。怯えるってことはそれなりの心当たりはあるんだろうけど、そこまでは仕事の範囲外だしね」
軽くため息をついたユリアは、そうだ、とふと思い出したように手を叩いた。
「ひとつあった。例の執事さんがいないの」
マリがわずかに眉をひそめた。
「ギルドに依頼に来た人ね? 私もあとで話を聞こうと思ったんだけど」
「ずいぶん忙しい人で、よく出かけるんだって。姿が見えないのは珍しいことじゃないみたい。さっきも言ったけど、最近は『旦那さま』が刺客を用心してあまり外出しないから、特に」
「へえ‥‥」
興味深い話を聞いたと言いたげに面を上げ、マリの視線がユリアのそれとぶつかった。
「ねえ、ユリア。もしかして私たち、同じことを考えてないかしら?」
「うん、多分。気が合うね、マリさん」
●ロイド・クリストフ(ea5362)とグレイ・ロウ(ea3079)、夜の中で
「くれぐれも頼むぞ。わしゃあまだ死にたくはない」
「はいはい、わかってるから。安心しておやすみなさい」
『旦那さま』の言葉をさらりと流して、リョーカはあやすように上掛けをぽんぽんと叩いている。今日一日ぴったり老人のそばについて警護をしていたリョーカは、その立派な体格のおかげか、ずいぶんと老人の信頼を得ているらしい。
「‥‥やれやれ。年寄りっていうのは話が長くていけない」
薄暗い室内の様子を窺いながら、ロイドが首を振る。歳をとると童心に戻るというのはある意味真実のようで、怯えて何度も同じ繰り言を口にする老人をたしなめるのは、子供の相手をするのにどこか似ていた。昼間に少し話をしたときも、ずいぶん話し方が要領を得なかったことを思い出す。
「あのじいさんは多分、何も知らない」
暗殺者がハーフエルフであると、ロイドが匂わせたときも無反応だった。あれが演技なら、今の怯えた様子そのものが演技であることになるし、それは考えにくい。おそらくハーフエルフはただの雇われ者で、あの老人に個人的な恨みがあるわけではないのだ。
蝋燭の光に照らされたグレイの目が鋭く光る。
「あの傭兵団とは、俺も多少縁があるしな。仇はとってやりてぇところだが」
「殺すなよ」
「殺さねえさ。黒幕がわからなくなる」
ふと沈黙が訪れる中、室内にいたはずのリョーカ、それにマリが顔を出した。
「眠ってくれたわよ」
ようやくうとうとし始めたところを、マリのスリープの魔法でさらに一押ししたのだ。
「やっとか。よし、早速始めよう。起こさないように気をつけろ。年寄りは眠りが浅いっていうからな」
●暗殺者たち、力の限りを尽くす
かちり。
金属のきしむ音はわずかだった。開かれた窓から室内へと冷たい外気が吹き込んでゆく。
侵入者たちの足はまったく音を立てていない。寝台は窓から見て奥のほう。滑るように、侵入者はそちらへと足を伸ばした。歩調に迷いはない。よほど夜目がきくのだろう。
着替え用の衝立と、書き物机の前を過ぎて。
水差しと杯の置かれたテーブルと、背もたれに絹布を張った立派な椅子を横目に。
寝台の前へ‥‥。
「!」
ふとひとりが足を止める。何かの気配に感づいたように、他の者を制止した。それと同時に、衝立の後ろ、寝台の下、机の陰、そして窓の外から、冒険者たちが一斉に行動を開始した。
ライトニングサンダーボルト。繁みの中からムーンリーズが放った魔法は、室内から飛び出してきた暗殺者全員を巻き込めるように充分狙ったはずだった。
しかし巻き込めたのはわずか二人。彼の視力は多少いいという程度で、完璧に夜目が効く訳ではない。雷の放った閃光で一瞬目が眩む。電撃を見舞われなかった者がこちらを見つけて動くのが、なんとか見えた。
別の場所からユリアが立ち上がる。詠唱とともに体を包むのは銀色の光、月の精霊魔法特有のものだ。呪文が完成すると同時に、外の見張りを行っていた暗殺者たちがわずかに怯む様子を見せる。
『イリュージョン』の魔法は、彼らの目に燃え盛る炎を見せているはずだ。同時にムーンリーズが、高速詠唱で雷を放つ。ユリアとムーンリーズ、ふたりの魔法使いのどちらを攻撃すべきか。彼らのわずかな逡巡を断ち切るように、大きな体躯が飛び込んだ。
火花が散り鉄同士が鋭く打ち合い、精悍な顔立ちが不敵に笑む。
「余裕があれば捕まえたいところだけど」
手加減できなかったらごめんなさいね、とリョーカは言った。
短剣の攻撃はまるで鞭のようにしなやかに伸びてまっすぐ腕を狙ってくる。舌打ちしてそれを剣の柄で払い、グレイは相手の首めがけて蹴りを繰り出した。グレイにはうっすらとしか見えない闇の中で、それが受け止められた感触がある。
「やべっ」
足をつかまれた。今のグレイは蹴りの体勢で非常に不安定だ。暗闇のせいで視界もあまりきかない。胸、つまり心臓を狙ってきた短刀を、とっさにむき出しの腕で受けた。かたい筋肉に刃が垂直に突き刺さり、赤黒い液体が迸る。
それ以上の追撃を阻んだのは、オーラの礫だった。光の塊がぶち当たってよろけた暗殺者の肩を、カルゼのアイスチャクラが容赦なく裂いた。オーラショットを使った晴は自らも刀を抜き、床に倒れた暗殺者の喉元へ切っ先を突きつけた。
「グレイ、こいつ縛って」
「無茶言うな。腕が‥‥」
頼めば多分誰かが魔法薬を持っているはずだが、あいにく今は皆それどころではない。そのひとりであるカルゼは、自分の仕掛けた罠に誰もかかってくれないのでしきりに首をかしげている。おそらく向こうには、罠について知識のある者もいるのだろう。
刃が革鎧を裂いてロイドの皮膚を裂く。
「誰か、明かり!」
散発的な魔法による光はあるものの、室内は基本的には闇である。ロイドも多少は夜目がきくが、闇夜で活動する専門家と渡り合うには少々分が悪い。今から火打石を使って悠長に火を起こす余裕など戦っている誰にもなかった。
盾で攻撃をはじく。剣をふるうのも半ば勘なので、ろくに当たらない。足元を狙うつもりではいるのだが、向こうの動きはとにかく素早い。暗闇でいつもより神経を消耗して、なかなか相手の隙を見出せない。
逃がすわけにはいかない。幸い間合いではこちらに分があった。盾と剣で壁際まで追い詰めればなんとかなるはずだ。さらに踏みこもうとして、その足が何かにつまずいた。しまった!
‥‥次の攻撃は来なかった。眉根を寄せて様子を窺うと、敵はどうやら眠っているようだ。
マリの『スリープ』だ。彼女は闇夜の中でもさほど不自由しない程、視覚も聴覚も充分鍛えていた。
「余計なことをしたかしら?」
「いや。助かった」
●ユリア、内通者を見つけ出す
「なるほど。大変結構」
執事の老人はむっつりとそう言った。
「ハーフエルフ風情が旦那さまのお命を狙うなどと、不届き千万。この連中は即刻‥‥」
「でも、あの者たちは下っ端にすぎないんじゃないかしら」
晴が指摘すると執事は一瞬黙ったが、咳払いをして、もちろんそれも探します、と応えた。冒険者たちは顔を見合わせ、露骨に眉を潜める者もいる。端的に言うなら彼らの感想は、カルゼの言うとおり、
「怪しいもんだよね」
これである。
わかっていないことは他にもある。なぜ、執事は暗殺者が再び来ると思っていたのか? なぜ暗殺者たちは、屋敷の中に流した偽の情報に引っかかったのか? ふとマリがユリアを見ると、彼女もマリのほうを見ているところだった。
「‥‥私たちが余計なことをしなくても、たぶんいずれは捕まった彼らが吐くと思うけど」
「でも、この際、すっきりさせておきたいしね」
ひそひそと話し合って、頷きあう。私たち、やっぱり同じことを考えてるみたい。
執事の老人に聞こえないよう、マリとユリアはこっそりと呪文を唱える。
生まれ出た『ムーンアロー』は輝きながら、勢いよくそれぞれの術者の手の中から飛び出していった。指定した目標はともに『暗殺者に内通していた者』で、無論失敗したときのことを考えて威力をしぼっている。一瞬ののち彼女達の背後から、ぐえっという声と何かが倒れる音が聞こえてきたが、多分あの執事の老人にちがいない。
彼が暗殺者を雇ったことを自白したのは、この数日後になる。役人筋では、生き残ったハーフエルフたちの証言や、花街で調査をしていた冒険者たちの報告書もあわせれば、この暗殺事件の全貌が明らかになると思われている。