ただいま捜索中!
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 25 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月21日〜01月27日
リプレイ公開日:2005年01月30日
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●オープニング
『鷲の翼』は根無し草の傭兵団だから、団員の誰がどこで死にどこの土の下で眠るかなど当然決まっていない。団員の中から死者が出たときには、一番近い教会まで行ってそれなりの喜捨を支払い、死体を‥‥もし死体がなければ遺品を、教会の墓地の一角に埋めてもらうのが通例だ。
貴族の警護の仕事をしくじってから、数日が経っていた。埋葬を終えたので、あとは宿を引き払うぐらいしかすることはない。大口の仕事だからと、団員全員で田舎の下宿からこの街までやってきたものの、解雇された今では旅費のぶん丸損だ。
「‥‥戻ってこない?」
羊皮紙の上でペンを走らせていた会計役のボリスは、眉根を寄せて顔を上げた。ええ、とうなずいたのはボリスよりもひとまわり年配の団員である。
「会計役どの、ゆうべ奴らに金を渡したでしょう」
「ああ‥‥そういえば。すまない、忘れていた」
久々に都会に来たから遊びに行きたいと何人かが言い出したので、希望した者全員に金貨を渡したのだった。遊びとはいうがもちろん観光などではなく、夜の街での遊興費である。
団長のゲオルグ・シュルツ以下、馬の世話係に至るまで男所帯の傭兵団だから、そういう申し出はさして珍しいことではない。普段のボリスならおそらく、希望者を半数に絞った上で、出す額ももっと控えめにしただろう。
だが今回はドニが死んだ。団の中でも若手だっただけに、団員たちの受けた衝撃は大きかった。遊んで気晴らしになるならそれもいいと、ボリスは特別に金を出した‥‥しかし彼としたことが、自分が金を出したことを忘れていたとは。
「もう昼過ぎだぞ。全員が戻ってこないのか?」
「いや、遊びに行った八人のうち、戻らないのは二人だけで‥‥」
「行くところがあるとかで、店の前で別れたんですよ」
横から口を出した青年は、どうやらゆうべ遊びに行ったうちのひとりらしい。
念のためどの店へ行ったか聞いてみると、案の定、渡した金額で行ける中では一番高い娼館だった。連泊の可能性はこれでほぼ消える‥‥だいたい、近々この宿を引き払うことはもう話してあるのだ。彼らがそれを忘れるとは思えないが‥‥。
「何か変わった様子はなかったか?」
「‥‥関係あるかどうかはわかりませんけど」
若いほうの団員が声をひそめた。
「花街のあたりを、ハーフエルフが何人かうろついてたんです」
「ハーフエルフ? そりゃ‥‥珍しいな」
人間とエルフの混血種であるハーフエルフは、多くの場合普通の仕事に就けず、安い賃金で家畜の如く働かされることすらある。彼らは異種族婚の結果生まれる罪の子であり、狂える血を持つ忌まわしき者たちだからだ。花街の娼婦たちにしても彼らへの嫌悪は例外ではなく、彼女らはよほど金を積まれない限り、ハーフエルフを客にとるのを嫌がる。
「店を出て別れるときに、覆面してる変な奴にぶつかったんです。で、ぶつかった拍子に相手が短刀を落としたんですね。で、二人が拾ってやってたんです‥‥今戻ってきてない二人が。あいつら人がいいなーと思って見てたら、覆面がずれて、ハーフエルフの耳が見えて」
「覆面‥‥ああ、連中は顔や耳を隠すことが多いからな」
覆面で顔を隠すのも怪しいが、正体を悟られて嫌悪の目を向けられるよりはいいのだろう。
剣を持っていたということはそのハーフエルフは冒険者か何かで、たまたま一山当てた金で花街へやって来たのかも‥‥そう思いつつ、ボリスは妙に引っかかる気がしてならなかった。どうもすっきりしない。
「そのハーフエルフは、剣を受け取ったあとどうした?」
「逃げるみたいにどこか行っちまいました。そしたらあの二人も、『悪い、すぐ戻る』って、ぴゅーっと」
「‥‥ますます嫌な感じだ。団長は今どうしてる?」
「いるぜ」
声に驚いて振り返ると、寝台からそのまま起きてきたという格好のゲオルグ団長が立っている。だらしない襟元から手を入れてぼりぼりと中をかきつつ、ボリスの隣にどかりと腰を下ろす。
「俺からはこれだけ聞かせてもらおうか。そいつの落とした剣は、どんな剣だった?」
「どんなって」
「刀身が、黒く塗られていなかったか?」
若い団員が驚いたように目を見開くのを見て、会計役は団長に顔を向けた。面白くなさそうにゆがんだゲオルグの顔には、つい一ヶ月ほど前、思い余ってボリスが殴りつけた痣の跡が残っている。
「ボリス」
「はい」
「冒険者ギルドに連絡しろ。さっさとその馬鹿どもをなんとかしねえと、また教会で葬式になるぞ」
●リプレイ本文
●情報
まず宿を訪れたとたん会計係のボリスに出迎えられて、団長ゲオルグのところまで半ば引っ張られるようにして案内された。傭兵ふたりが厄介事に巻き込まれたらしいことは、まだ団員のごく一部にしか知らせていないそうだ。ほとんどの者は、彼らが遊郭に連泊しているものだと思っている。血の気の多い者の多い傭兵たちのこと、下手に真相を知らせれば要らぬ騒動を起こしかねない。
「じゃあ団員は貸してもらえないわけ?」
「悪いがそういうことだ」
口を尖らせたアルテミシア・デュポア(ea3844)に応じながら、団長は面白くなさそうな顔で顎を撫でている。本多桂(ea5840)と顔を見合わせながら、仕方ないわねとシルヴァリア・シュトラウス(ea5512)が首を振る。
「とりあえず、消えた二人を最後に見た場所。それに、ハーフエルフを見かけた場所や、彼らが去っていった方向‥‥そういったことを聞かなければ探しようがないわ」
「それに、もちろん二人の人相もね」
桂の科白に、ゲオルグが頷いた。
「ボリス。話してやれ」
この件については一任されているらしい会計係に、桂とシルヴァリアが話を聞くため部屋を出て行く。それを見送って、アルテミシアはまだ席を立たぬままじろりとゲオルグの顔を見た。男は涼しい顔であさっての方向を眺めている。
「すね毛のおっちゃん。何知ってんの?」
「なんの話だ」
白々しい返答にアルテミシアは眉をしかめるが、彼女自身とてはっきりした確信があってゲオルグを問い詰めているわけではない。こう堂々と逃げられれば切り返しようがなく、言葉に詰まる。
「‥‥そうだな。ひとつ考えてみろ。あの執事の男は、ドニが相手に傷をつけられなかったことを知っていた」
急な話題転換に一瞬戸惑ったが、アルテミシアは、ギルドにやってきた依頼の話を思い出した。『鷲の翼』が失敗して解雇され、その後釜として冒険者ギルドに持ち込まれた、貴族邸の警護の依頼だ。依頼人はこう言ったという。
(その傭兵は、暗殺者に手傷すら負わせぬままに‥‥)
「まさか、内通してる?」
「たぶんな」
警護の仕事を引き受けた冒険者たちは、そのことに気づいているのだろうか。
●捜索
普通に考えれば‥‥とレイ・コルレオーネ(ea4442)は言った。
「暗殺者を引き入れているのはその男だろうね。理由は金か利権か‥‥まあそれはこの際私たちには関係ないかな?」
「穏やかではないな」
「確かに生臭い」
コルレオーネの口元は笑みのかたちのままである。レーヴェ・ツァーン(ea1807)は眉間に皺を刻んだままだ。
冒険者同士で連れ立って歩く昼間の花街は、ひどくうらぶれて見える。娼婦たちが本格的に客をとりはじめるのは、夕方からだ。ふたりのあとからぴったりとくっついてくるアルテミシアは、すれ違う者がさっきから男ばかりなのでいささか居心地が悪そうだ。
「そちらは別の冒険者たちが引き受けた仕事だから、とりあえず措いておこう。私たちの仕事は、いなくなった傭兵さんたちを連れて帰ることだから。もちろん、五体満足で」
彼らがハーフエルフを追っていることは状況からみてまず間違いない。
刃が光らないよう煤や墨を塗るのは、目立っては困る者‥‥具体的には密偵や暗殺者の常套手段だ。消えた傭兵ふたりは、たまたま何かのきっかけがあってそれを知っていたのだろう。
暗殺者に殺された仲間。そして、暗殺者の使う剣を持っていたハーフエルフ‥‥。
「話を聞く限りでは、ふたりぐらいで敵う相手とも思えないしね。下手なことをしでかされる前に、さっさと止めたほうがいいんじゃないかな」
「とりあえず聞き込みだな」
あまり人当たりがいいとは言えないレーヴェは、仕方がなさそうに首を振る。ところで‥‥とアルテミシアが、ふたりの服の裾を引いた。
「‥‥この似顔絵、どこまで信用できると思う?」
宿を出る前に手渡されたちいさな石版には、ボリスの話をもとに作成された、桂直筆の落書き‥‥もとい、似顔絵がある。桂本人は人物を見る眼はそこそこあるのだが、あいにく彼女はいまひとつ絵を描く技術には乏しい。石版に描かれているのは、縦にしようと横にしようと、人間の顔にはあまり見えなかった。
道の向こうにレイ・ファラン(ea5225)やフランシア・ド・フルール(ea3047)の姿を認めて、シェアト・レフロージュ(ea3869)ははっきりと安堵の息を洩らした。手を振ると向こうもこちらに気づいたようで、通りを渡ってこちらへと小走りに向かってくる。あからさまな舌打ちをして、声をかけてきた男性がその場を離れる。
「シェアト殿。首尾はいかがです?」
「‥‥ええと、今のところはあまり」
フランシアの問いに、シェアトは苦笑いして、立ち去っていく見知らぬ男の姿をちらと見送る。
流しの吟遊詩人を装ってはいるが、なにしろ花街に若い女性がひとりである。どうしたって目立つし、妙な勘違いをして寄ってくる男性も多い。シェアトの視線の先を見て状況を察し、フランシアが不快げに顔を歪めた。
「嘆かわしい‥‥会ったばかりの女性を誘い、姦淫の大罪に耽ろうなどとは」
「まあそう言うな。こちらのほうの首尾だが」
ファランの諌める言葉も少々おざなりであった。つま先から頭のてっぺんまでがちがちの黒信徒であるフランシアにとって、花街はいわば罪の牙城、『ソドムの街』にも等しいのだろう。だがことあるごとにこう説教めいた言葉を聞かされる身としては、いささかうんざりである。
「例の二人のほうは今のところ、皆目行方がわからん。こんな場所じゃ傭兵なんて珍しくないしな」
「‥‥でしょうね」
沈んだ顔を見せるシェアトもたびたびテレパシーの魔法を試してはいるのだが、手ごたえらしきものがない。ということはおそらくふたりは魔法の効果の及ぶ距離にはいないのだろう。
「ですが、覆面をした者についてはいくつか目撃情報が手に入っています」
フランシアが言う。
「顔を隠した者というのはとかく目立つもの。教会の方が覚えておいででした」
連絡役として花街で待機しているシェアトに遣いを出してくれるよう頼んでみたのだが、小さな教会で僧がひとりしかいなかったこともあり、それは叶わなかった。かわりに急いで、こうして彼女のもとへやってきたのだが‥‥シェアトは頷いて、ふたりの顔を順番に見渡した。
「わかりました。他の方たちがいらしたら伝えます」
「頼んだ。俺たちはこれから、その連中が目撃されたあたりに行ってみる」
●貧民街
まだ昼間だというのにどうしてこんなに薄暗く感じるのだろう。きっと狭い路地の両側にそびえ立つようにして建っているあばら家のせいだろうと、シルヴァリアは考えた。物陰からいくつかの視線を感じて眉をひそめ、前を歩く桂の袖を引いてみる。誰かが見てるわ、と。
「大方スリか何かでしょう」
そいつらの腕が本物なら、素人に悟らせるような真似はしないわよ‥‥そういわれるとそんな気もしてくる。
「‥‥せいぜい財布には注意しておきましょうか」
「シルヴァリアって、育ちよさそうだもの。カモに見えるのよ、きっと」
笑いまじりの科白は、褒めているのかそれとも馬鹿にされているのか。いずれにしろ、ノルマンでは高値で取引される『刀』を、堂々と持ち歩く桂に言われたくはないだろう。
スラム‥‥困窮した者がたどる道は国を問わず似たようなものなのだろう。伝えられた情報をもとに訪れた場所は、こんな機会でもなければ、できれば訪れたくない場ではある。ぎらぎらした目の物乞いをかわして、先へと進む‥‥
進‥‥もうとして、桂が急に立ち止まった。
「なに」
「しっ」
いたわ。鋭い声にシルヴァリアが顔を上げると、頭から覆面をすっぽりかぶった人影が、向こうの辻を曲がっていくのが見えた。
――いいように使われているとしか思えない。
「‥‥おかしいとは思わないのか? こんな大金を」
「正当な報酬だ。なにを怪しむことがある?」
「あの男があっさり大金を渡してきたこと自体がおかしいんだ。俺たちの顔を見ることすら汚らわしいという顔をしていたのに、何故失敗した俺たちに金を払う? 何か裏があるのだと思うべきだ」
「確かに‥‥現に雇われた傭兵たちは、先日解雇されたというじゃないか」
「汚れ仕事を引き受ける奴が他にいないのさ‥‥!」
今にも飛び出しそうな傭兵の腕をレーヴェはしっかりとつかんでいる。もう片方はコルレオーネが。コルレオーネのローブの下の腕は意外とがっしりしているが、何よりも覆面の男たちの会話の内容が、傭兵たちをその場に縫いとめている。次第に離れていく声の下で、レーヴェは押し殺した声でささやいた。
「冷静に考えろ。おまえたちが飛び出してどうなるものではない」
手分けして探索を行っていたレーヴェたちは、今にもハーフエルフたちに追いつこうとしている彼らを見つけたのだ。
「だけど‥‥ッ」
それじゃあ、どうしたらいいっていうんだ。
死んだ者の復活を行えるクレリックは少ない。都会ならば望みはあるが、莫大な額の寄進を必要とするのが普通である。それに何より、死後一週間は経っているドニにはもう復活の見込みはない。彼はもう土の下なのだ。
拳が痛いほど握り締められているのが、つかんだ腕の筋肉の盛り上がりでわかる。どうする? レーヴェはコルレオーネを振り返ると、彼は黙って肩をすくめた。
(「この場合、彼らとの戦いは、依頼内容には入らないと思うな」)
大方そんなところだろうとレーヴェは推察した。どうやら彼らは、どうにかこちらには気づかずにここを離れたようだ。詰めていた呼吸を吐き出して、アルテミシアはふたりの傭兵を見渡した。
「さっさと戻ってもらうわよ、問答無用で。さもなければ保護者のおっちゃんに連絡して、直接怒鳴りにきてもらうんだから」
●後日談
雷鳴のような怒鳴り声が階上から聞こえてきている。お客さん、困りますよ‥‥という宿屋の親父の困惑の科白にひらひらと手を振って、ゲオルグは目の前の杯をひと思いにあおる。
「推測だがな」
向かいのシェアトやアルテミシア、他の冒険者たちが耳を傾ける。
「失敗した暗殺者に、花街に来られるほどの金を支払う‥‥つまりこりゃあ、危険を顧みずもう一度やってほしいってことだ」
しかも雇っているのがハーフエルフとなれば、腕の値段を買い叩いてもおかしくはない。だが彼らの雇い主はそうしなかった。
「『旦那様」が護衛を雇うのは止められない。止めたら変に思われるからな。しかし例の執事は、なんらかの理由で暗殺を急ぎたかったんだろう。借金でもあったのかね?」
身辺警護にあたる冒険者たちがどれほどの腕前か‥‥それは実際に彼らが暗殺者と手合わせするまでわからない。もしかすると、今度は暗殺者が一網打尽にされるかもしれない‥‥。
「ハーフエルフたちがもし捕まって執事の名前を吐いても、信用してもらうのは多分難しい。執事のやつは真っ当な勤め人だし、かたや連中は札付きの犯罪者でしかも罪深い混血種ってやつだ。役人がどっちを信じるかはわかるだろう?」
そしてもうひとつ都合のいいことに、彼らが捕まったとしたら、『旦那様』はおそらく安堵して警戒を解くだろう。暗殺者に怯えてろくに表に出なかったころよりも、命を狙うのはたやすくなるに違いない。
話を聞き終えたシェアトが、顔を上げる。
「もしかして‥‥自分で行かずに、私たちを雇ったのは」
「仇討ちなんて馬鹿のやることだ」
さえぎるように、言葉が落とされる。
「そうしたいと思う気持ちは‥‥わからないわけじゃないが」
そろそろ説教もやめさせねえとな‥‥そう言ってゲオルグが立ち上がる。二階の部屋でボリスはまだ声を嗄らして説教を続けている。本当に怒ると人が変わるタイプなのかもしれない。
傭兵団『鷲の翼』はこうしてひとり、団員を減らした。