ご令嬢の素敵なお遊び
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:3〜7lv
難易度:易しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月31日〜02月05日
リプレイ公開日:2005年02月12日
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●オープニング
「やあやあ、とおからんものはおとにもきけ、ちからばよってめにもみよ。われこそは‥‥ええと‥‥ごめん、ちょっとたんま」
ここで十秒ほどの小休止。
「‥‥われこそは、ウィリアム三世へいかいちのかしん、ブランシュきしだんちょうヨシュアス・レインであるっ。じょせいをかどわかすひれつなさんぞくどもめ、どこからでもかかってくるがいいー」
「ああ、ヨシュアスさまっ。あなたが早く助けに来てくださらないかと、このシルヴィ、一日千秋の思いでしたわ」
「おまたせしてもうしわけない。これをかたづけて、ゆっくりとさいかいをよろこびましょう、う‥‥うくつしい、りふじん?」
「‥‥美しいご婦人」
「それです。うつくしいごふじん」
やや白けた沈黙が流れた。
「と、ともかく、みんな、やっちまえーっ」
「ヨシュアスさま、あぶなーいっ」
一斉に襲い掛かるたくさんの影。騎士は不敵な笑みとともに、剣へ手を伸ばし――。
こけた。
おもちゃの剣で足をとられて膝をすりむいたヨシュアス役の男の子が泣き出し、山賊役のみんなが血を見ておろおろと右往左往している。それを首を振って眺めながら、シルヴィは大きくため息をついた。だめだわ、こりゃ。
かすり傷ですぐに泣く男の子たちにも、口上も満足に述べられない騎士団長にもううんざり。もっと本格的に遊びたいと思うのは、シルヴィのわがままなのかしら?
「‥‥というわけでございます」
真面目くさった顔で話し終えた依頼人はどう見ても、つまさきから頭のてっぺんまで本気だった。ギルドの係員は眉間にしわを寄せたりしないようあくまでも笑顔をはりつかせたまま、それで、と切り出した。
「つまりそのう、お宅のお嬢様の遊び相手をということですか」
「左様です。シルヴィお嬢様は特にごっこ遊びがお気に入りなのですが‥‥六歳というお歳のわりには、こう、凝り性と申しますか。子供同士でなりきって遊ぶのでは、どうしてもご満足になれないようなのでございます」
シルヴィは別にとりたててわがままな子供ではない。人形のように愛らしい、利発で頭の回る少女だ。みんなの和を考えて不満を口にすることは避けていたものの、その実、もっとちゃんとした『ごっこ遊び』がしてみたいと考えていた。そんなとき、ある劇団に冒険者が飛び入り参加して、大いに芝居を盛り上げたという話を耳にしたのである。
――これだわ!
「一度でいいから、冒険者と遊んでみたいとおっしゃるのです」
「つまりそのう‥‥たとえばさっきの話にあったみたいな‥‥あえて題をつけるとしたら『暴れん坊ヨシュアス様が斬る! ぶらり旅』みたいな奴を?」
「内容はそちらにおまかせいたしますが、お嬢様は姫君の役が特にお気に入りでいらっしゃいます」
●リプレイ本文
暗い一室の片隅、うつむいている少年。ここから物語は始まる。
「俺は怪盗‥‥俺は怪盗‥‥ううっ」
ひたすら己に言い聞かせ続けていた彼は、ついに耐え切れないように手の中の仮面から目を逸らした。だめだ。やはり、どうしてもできない。俺は俺であることを捨てきれない。この仕事を引き受けたことが、そもそもの間違いのはじまりだったのだ。
「‥‥無理だ、怪盗の役なんて恥ずすぎるっ」
「ええーっ。せっかく小道具も衣装も用意してもらったのにー」
もったいなーい、と抗議したのはティズ・ティン(ea7694)だ。残念そうな彼女の声に、少年は黙ってかぶりを振った。
「無理なものは無理なんだ。俺には所詮、過ぎた役だったってこ‥‥」
言いかけた科白を、鼻先をぶうんと行き過ぎた剣風が遮った。ティズの振り下ろしたロングソードは少年の額、喉、胸、臍と、正中線上のすべての急所すれすれのところを通過して、彼の股下でぴたりと切っ先を止めている。勢いのいい剣筋にはまったく迷いがなく、愛らしく結んだ銀髪を揺らし、小さな女戦士はにこりと笑う。
「その仮面、かぶろうよ。ね?」
この笑顔の威力に抵抗できる男はそうはいないだろう。別の意味で。
しぶしぶ顔に仮面を近づける。仮面で目元を覆った瞬間、痙攣のようにびくりと一度体が震えた。続いて落とされた、ふ、という吐息は、今までの少年のそれとは違っている。仮面をつけたまま、彼は堂々と立ち上がり名乗りを上げた。俺は、いいや、私は。
「私の名は‥‥怪盗コルボ!!」
おおー、と能天気に拍手するティズ。
彼の名は、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)。嫌だ嫌だと口では言っても、体は正直な少年であった。
●第一幕?
こほん。
『昔々あるところに、シルヴィという名前のお姫様がおりました。彼女はうつくしく、心優しく、森の妖精たちと心を交わす不思議な力を持っていて、動物や妖精たちととても仲良しでした』
語り役兼妖精の女王役は皇荊姫(ea1685)。ごっこ遊びの醍醐味は臨場感とアドリブなので、この話がどういう方向に行くのかは事前にシルヴィにはまったく話していない。荊姫の語りは、要するに設定の説明と話の誘導が目的である。
「今日も侍女とこっそりお城を抜け出して、森に遊びにいった姫のところに、シルヴィと仲良しのミルフィーナという妖精が現れました」
ここでようやく、主役登場。侍女役のレティシア・シャンテヒルト(ea6215)とシルヴィがてくてくと歩くその目の前に、妖精の衣装を身にまとったミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)がふわりと舞い降りてきた。
「シルヴィ姫、こんにちは〜」
「まあミルフィーナ、こんにちは。今日は何をして遊びましょうか」
シフールということもあって、妖精役はなかなかはまっている。子供らしい適応の速さでシルヴィが呼びかけると、ミルフィーナのほうも負けてはいない。『お姫様、いつもみたいにミルって呼んでください』などとやっている。
「今日はお姫様に、お手紙をお届けに来たのです。はい、どうぞ」
「まあ、何かしら?」
ミルが手渡した羊皮紙、中身は実は白紙なのだが、それを広げた侍女レティシアは目を丸くした。
「『今宵、ノルマンの誇る名花シルヴィ姫を頂戴いたしに参上します。怪盗コルボ・ノワール』。まあ、怪盗ですって!」
「怪盗が、わたくしをさらいに来るというの?」
「ああ姫様、どうしましょう。やっぱり城に戻ったほうがいいのかしら」
本当にびっくりした顔のシルヴィ、おろおろするレティシア。落ち着きなさい、と声をかけたのは、木陰から忽然と姿を現したルフィスリーザ・カティア(ea2843)――妖精の王様役――だ。
「雑兵をいくら集めたところで、怪盗にはかないません」
「でも王様、このままでは、お姫様が怪盗にさらわれてしまいます〜」
「わかっています、ミル。森の動物たちもわたしたち妖精も、姫のことが大好きなのだから」
歩み寄ってきた馬のラファールが、シルヴィに鼻先をすりつける。ルフィスリーザのテレパシーによる指示だ。懐から取り出した小さな白い花をシルヴィの髪にさし、ルフィスリーザはゆったりと微笑む。
「これは魔法の花。あなたの心からの願いを、ひとつだけかなえてくれます」
あなたはこの花に、なにを願いますか?
「シルヴィ姫。これはあなたの人生を大きく変える試練となるでしょう。しかしそれは同時に、喜びと、そして運命の出会いをも伴うものなのです。どうか、どんなときでも希望を忘れずに‥‥」
もうそろそろいいかしら、と荊姫がここでまた語り。
『こうして姫を守る妖精たちの前に、隣国の王子さまが姿を現しました‥‥』
やっと出番かと現れたのは、髪をまとめて男装したティズ。王子様らしく見えるよう豪華な衣装での登場である。
「‥‥そこにいるのは、シルヴィ姫ではありませんか。このような場所で、何をしていらっしゃるのですか」
「実は‥‥」
かくかくしかじか。
「それは大変だ。このティズ王子が、怪盗を名乗る不届き者を見事成敗してみせましょう!」
●第二幕?
『場面は変わって、森の奥深く。夜の闇の中で、姫君たちは怪盗を待ち受けます』
「ヨシュアスさま、きっと姫君をお守りくださいね」
「お任せを。この剣にかけて、姫君はきっとお守り申し上げます」
ルフィスリーザの頼みに快くうなずく騎士団長ヨシュアス役のルシエラ・ドリス(ea3270)は、長い金髪を束ねてやはり男装姿。王子さま役のティズとともにシルヴィの両脇を固めている。
「大丈夫ですわ、姫様。騎士さまたちが、恐ろしい怪盗からきっと守ってくださいます」
「そうですよ〜。怪盗なんて、全然怖くありません」
レティシアの励ましに便乗しているのは、やはり妖精のセルミィ・オーウェル(ea7866)である。
『そのとき、ふと、月が翳りました。雲に阻まれて闇夜が帳を下ろす中、聞きなれぬ笑い声が辺りに響きます』
荊姫の語りにあわせて、高笑いとともに現れた黒衣の姿は――そう、クロウ演じる怪盗コルボ! いつの間に登ったのか屋敷の窓に仁王立ちし、腕組みしてはずかしげもなく笑い声をあげている。
『ご近所の方が見たら胡散くさいことこのうえない光景ですねえ』
荊姫さん、語り役がいきなり現実に立ち戻らないように。
「私は怪盗コルボ! 約束通りシルヴィ姫をいただきに、ただいま参上!」
決めポーズをびしっと決めて、とうっと窓から飛び降りる。護衛役であるルシエラとティズが剣を抜いて切りかかるが、怪盗はひらりひらりとそれをかわす。念のためにいうと、剣の腕前は玄人なみのティズはちゃんと手加減している。
「ファミィ!」
「うふふ、ごめんなさい〜」
セルミィの唱えたファンタズムで、怪盗の姿が幾重にも分かれる。
「なにっ」
「ごめんなさいねー。私、本当は怪盗コルボの仲間なんです」
すちゃっとマスカレードを着用したセルミィ(役名はファミィ)の説明的な科白も、ごっこ遊びの醍醐味である。多分。
魔法による幻影に足を止めたティズやルシエラの目の前で、怪盗は華麗に黒衣をひるがえす。あっと思う間もなく、彼の腕の中にはシルヴィ姫の体が抱えられていた。同時にもう片方の腕には、なぜか侍女であるレティシアの姿も。
「その程度の腕で、私を捕らえられるとでもお思いか。ご免‥‥!」
蛇足。
人並み程度の腕力しか持たないクロウには(いくら小柄とはいえ)ふたりぶんの体重を抱えて退場するのはやや荷が重かった。よたよたと息を切らして退場することになり、自分たちはそんなに重いかしらとふたりの乙女の心をいたく傷つけたという。
●幕間
「‥‥そういえばシルヴィさま。ヨシュアスさまって、本当はどんな方なのでしょう?」
「さあ」
「さあって」
「滅多なことではお目にかかれない方ですもの。お会いできるとしたら国の催事の場とか、さもなければ宮中でもないとね。でもきっと、剣がお強くてすてきな殿方に違いないわ」
『‥‥つまりそれは、イメージが一人歩きしているということではないでしょうか?』
それはともかく、幕間でまで語り口調でなくていいですから、荊姫さん。
●第三幕
みたび場面は変わる。
「姫様、どうしましょう。わたくし達きっとジャパンの人買いに売り飛ばされて、ゲイシャにされてしまうに違いありませんわ」
「落ち着いて、レティシア。きっと王子さまたちが助けにきてくださるわ」
うろたえる侍女レティシア、それをいさめるシルヴィ姫。そんな彼女たちのもとを訪れたのは、妖しい黒衣を揺らめかせるかの『怪盗コルボ』である。そっと姫のそばへと歩み寄り、膝をついてその手をうやうやしく捧げもつ。
「手をお放しなさい、無礼者!」
「非礼はお詫びいたします、姫」
先ほどとはうって変わって真摯な口調。握った手に力をこめて、姫の目をまっすぐ見つめ怪盗は言葉を紡ぐ。
「こうして狼藉を働いたのも、すべては姫君にわが胸の想いを打ち明けんがため」
「想い、ですって?」
「あなたの心はまるで太陽のごとく気高く、あなたの瞳は月の照らす夜のよう‥‥だが私は一度闇に堕ちた身。こうして共に闇の中に招かねば、どうして、光のようなあなたが私の面を照らしてくれましょう?」
「まあ‥‥」
驚きの顔を見せるシルヴィは、おもわず怪盗の顔をまじまじと見つめた。怪盗も顔を上げた。ふたりの視線が交わり、じっとふたりが見詰め合ったとき、鋭い声がそこへ割り込んだ。
「そこまでだ、怪盗!」
居場所をつきとめた騎士たちが、抜く手も見せず怪盗へ打ちかかる。援護せんと呪文を唱えようとしたセルミィの体が、ぐいっと何者かに引っ張られた。
「うふふ、おいたはだめですよ〜」
「いい子ですから、そこでおとなしく見ていらっしゃいね」
妖精の王役のルフィスリーザと女王役の荊姫がしっかりとセルミィを押さえている。ティズの剣が空を切り、すぐそばの石造りの古井戸を粉砕した。小道具の剣を手に、ルシエラが叫ぶ。
「姫! どうか私めに、姫のお力を‥‥!」
髪にさした花を引き抜いて、シルヴィは祈る。騎士の勝利と、そして怪盗の無事を!
袈裟懸けに切り下ろした剣に、怪盗はたまらずのけぞった。よろよろとふらつく足で、それでも騎士たちから逃れようと後ずさる。姫君を守るために立ちはだかった騎士と王子を前に、怪盗は黒衣をひるがえす。
「さらばです、姫! この次こそは‥‥必ず!」
『こうして、おそろしい怪盗は姿を消しました。無事姫を守り抜いた王子と騎士は、ふたりともすっかり姫君の気高さの虜となっておりました。さてさて、姫君はいったいどちらの手をとるのでしょう?
それはともかく、姫が無事に帰ってきたと知った妖精たちは、お祝いに喜びのお祭りを開きました。妖精たちの歌はどこまでもいつまでも長く長く続き、シルヴィ姫を祝福いたしました』
ルシエラのマジカルミラージュが作り出した花畑の中、ミルの歌がいつしか皆の声と唱和して、幕。
●閉幕後
さて、仕事が終わって屋敷を辞したあとも、遊びの記憶は残るわけで。
「ああ‥‥今すぐ記憶から抹消したい」
などとのたまっているのは、今回の裏の主役ともいえる怪盗を演じたクロウである。覆面で顔を覆った瞬間から怪盗になりきってしまった彼だが、その間の記憶はちゃんと残っている。現在自己嫌悪の真っ最中である。
「結構のってましたよねえ。なんでしたっけ、『あなたの心は太陽のごとく気高く‥‥』」
「わーっ、わーっ」
にこにこと発言するルフィスリーザはからかうつもりなど毛頭なく、純粋に褒めているからよけい始末が悪い。クロウが頭を抱え、一方ティズはというと、はあ、とらしくもなく溜息などついている。
「どうしたの? ため息なんて」
「うん‥‥あのね、王子さま役もいいけど、私を守ってくれる王子様がどこかに現れないかなあって」
うっ、と一瞬言葉につまるルシエラ。十歳にして(古かったとはいえ)一撃で石造りの井戸を粉砕するような少女を守るような『王子様』は、果たしてこの先現れるのか。
‥‥未来はだれにもわからない。