赤ちゃんとお出かけ
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:1〜3lv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月26日〜07月02日
リプレイ公開日:2004年07月04日
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●オープニング
配達の仕事なんだ、と男は言う。
『それ』を挟んで、男――冒険者ギルドの受付係と、冒険者たちはしばし沈黙した。冒険と飯の種を求めて今日も行き交う命知らずの冒険者たちの中で、この一角だけが奇妙なほど静かである。
冒険者のひとりが、おそるおそる口をひらいた。
「‥‥配達?」
「そう、配達。危険な遺跡探索でも、汚いオーガ退治でもない。暗くて狭い穴ぐらで化物の奇襲に怯えながら眠る必要も、毒針が飛び出す罠を解除する必要もない。ある村に『これ』を届けて、受け取りのサインをもらうだけ。こう言うのもなんだが、ぼろい仕事だよ?」
同じ報酬額でもっともっと危険で不愉快な仕事を請け負う奴もいるんだから、あんたらは本当に運がいい。まるで冒険者たちに言葉を継がせまいとするかのように、男はそんなふうに話を続けている。
「往復でそうだなあ、一週間? 途中でちょっと山賊が出るらしいが、なに、たいした奴らじゃないらしい。ずいぶん前に騎士団に討伐された奴らの、わずかばかりの残党だって話だからね」
「しかし」
放っておくと際限なく喋っていそうな男の弁舌を遮り、冒険者は肝心の話を切り出した。
問題の配達物――椅子にもたれてすやすやと眠る、ひとりの赤ん坊を見下ろしながら。
「‥‥これは子守というべきなんじゃないのか!?」
「乳離れは済んでるっていうから安心していいよ」
満面に笑顔をはりつかせたまま受付係はあまり救いにならないせりふを吐いた。
「この子のお母さんが、体が弱くてねえ。産後の肥立ちがあんまりよくなかったこともあって、パリの知り合いにこの子を預けて、田舎でしばらく療養してたわけ。で、いい空気を吸っていくらか具合も上向いたことだし、そろそろ子供の世話もできるかしらってことで」
「手元に呼び寄せようというわけか」
そうそう、理解が早いねえとうなずかれてもちっとも嬉しくない。
「ああ、そうそう、肝心なものを忘れるところだった。これ、この子の着替えね。そろそろ暑くなってきたから、まめに着替えさせてあげな。ちゃーんと元気な状態で、お母さんに引き渡すんだからね。おむつもまめに替えて、その都度洗うこと。なに、どうしたの。まさか今さらやめたいなんて言うんじゃないだろうね?」
●リプレイ本文
最初、赤ちゃんはクリス・ハザード(ea3188)が抱っこして歩いていたのだけれど、パリを出発してしばらくするとすぐに飽きて何やらむずかり始めた。しきりに手足をじたばたさせて、クリスの腕から抜け出そうともがく。落としては大変と、クリスもしっかと捕まえている。
「あ、暴れないでください〜っ」
「うー。だー!」
「自分で歩きたいんじゃないでしょうか?」
その翅で音もなく舞い上がり、自分よりも大きい赤ん坊を覗き込んだミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)は言ってみた。
「あー!」
「これ、『うん』って言ってるんでしょうか‥‥?」
ゲルマン語、どころかそもそも人語すらまだ不自由な子供の反応に、冒険者たちは一様に首をひねる。
「まだ歩けるようになって間もないんだろう?」
カオル・ヴァールハイト(ea3548)の言葉どおり、彼女――赤ん坊は女の子である――は見たところ一歳前後というところ。そろそろひとりで歩きはじめる年頃である。
「まだパリを出たばかりだ。あまりもたもたしていると、日程が間に合わないのでは‥‥」
「それが、そうでもないのよね」
冒険者ギルドから預かった地図を広げながら、藍 星花(ea4071)が口を挟んだ。
「地図を見た感じだと、村はそう遠くないみたい。難所らしい難所もないし、一週間っていうのは、ギルドの人が余裕を見て言ってくれたんだと思うの。のんびり行っても充分間に合うわ」
「あー」
「じゃあ、下ろしますよ」
非力なクリスは、ずっと赤ん坊を抱っこしていて腕が痺れてしまっていたらしい。ほっとしたように腰をかがめて、そっと子供を足から下ろす。
窮屈な腕の中から解放されて、赤ん坊はうれしそうに裸足のままでよちよちと二、三歩歩いてみせた。危なっかしい。
「自分で歩きたくて仕方ないんですねえ、きっと」
楽しげにミルフィーナが笑うと、うまく歩けたことに気をよくした子供はそのまま冒険者たちの先を行こうとして。
こけた。
むくりと起き上がり火がついたように泣き始めた赤ん坊を、うろたえながらも星花が駆け寄って抱き起こす。
「だ、大丈夫? 怪我は?」
返事はないまま、けたたましい泣き声だけを風が押し流していく。
「だ、誰か。助けてーっ」
その日は結局、その後サラフィル・ローズィット(ea3776)が赤ん坊を抱いていき、日が沈みきらぬうちに適当な場所を見つけて野営となった。
冒険者御用達の店、エチゴヤで売っている保存食は、まだ歯も生え揃わない赤ん坊には食べられない。調理の心得のあるシェアト・レフロージュ(ea3869)やサラフィルは、あらかじめパリで食材を調達していた。
比較的保存の利く人参などの根菜や干し豆、パン、ビスケット、それにチーズ。サラフィルの案にはミルクもあったのだが、さすがに初夏の陽気の中で二日ももたないだろうということで却下された。
旅の間では、食事に使える使える材料はごく限られている。
本日のメニューは、サラフィルの野菜スープ。離乳食として、赤ん坊にはこれにパンを浸してあげる予定である。
「口に合えばいいんですけど」
野鼠の肉と野菜類はミルフィーナがすり潰して鍋に落とした。サラフィルはパリの市場で手に入れた岩塩の表面をがりがりと削って、煮立った鉄鍋の中に落としていく。
ひと匙すくって味見をして、ちょっと考えて鍋に水を足す。
「あんまり濃い味でもよくないですよね‥‥」
なにしろ依頼に集まったのは全員が(それぞれの種族の基準で、という但し書きがつくが)若い女性である。赤ん坊の世話など慣れていない。基本的な世話の仕方はギルドの係員から教わったが、それでも少々不安はある。
ちなみに大人はスープだけではかなり物足りないので、星花が狩ってきた野兎の腹にシェアトが香草を詰め、蒸し焼きにしているところだ。
「ああ、いい匂いですねーっ」
小鼻をひくつかせながら、周囲の探索から戻ってきたのはソフィア・ファーリーフ(ea3972)。彼女は植物の知識を生かして、近くの水辺に生えていた野生のハーブをいくつか摘んできていた。
「ご苦労様。あの子は?」
手渡された束から料理に使えそうなものを選り分けつつシェアトが尋ねると、ソフィアは微笑でそれに答える。
「クリシュナさんとカオルさんが。すりむいただけみたいです」
クリシュナ・パラハ(ea1850)と女騎士のカオルには応急処置の心得がある。転んだ赤子の膝は血も出ていなかった。泣いてしまったのも、単にびっくりしただけのようだ。
念のため薬草を置いてきましたが、必要なさそうですというソフィアの言に、サラフィルもシェアトも胸を撫で下ろす。
「よかった。そろそろスープもできそうですから、皆さんを‥‥」
「取り込み中のところすまないが」
割り込んだのは話題の主のひとりであるカオルである。
「‥‥あれをなんとかしてほしい」
指さした先を、ソフィアたちは目で追う。
「あらあら」
すやすやと寝息をたてる赤ん坊の隣で、クリシュナがよだれを垂らし大の字で添い寝していた。
この間に大人たちは食事を済ませた。ちなみに野兎は残る七人で平らげてしまったため、目を覚ましたクリシュナは、子供と一緒にスープだけが夕飯となったという。
翌日はまだ日の昇りきらぬうちに泣き声が響き渡り、ミルフィーナが飛び起きた。
火の番をしていたのは折悪しくカオルである。
「な、泣くな泣くな。皆が起きてしまうだろう?」
テントの中から慌てて抱き上げるが、一向に泣き止む気配がない。サラフィルたちの見よう見まねで抱っこして揺すってみるが、あまり効果はない。どうすればいいのだと途方に暮れそうになったとき、ミルフィーナがぽんと手を叩いた。
「おむつじゃないですかー?」
指摘されてようやく気づく。
「な、なるほど」
「替えはそこにありますから、さっさと替えましょう」
「わ、わかった」
うなずきかけてカオルははたと気づく。
片や家事に縁のない女騎士。
片や身長わずか四十五センチのシフール。
「‥‥さっさと替えましょう」
「うむ」
ふたりの名誉のため、この日最初のおむつ交換には相当な時間を要したことだけを記しておく。
●危険なお出かけ
ぴたりと足を止めた星花は「止まって」とだけ、後ろに続く仲間たちに指示した。赤ちゃんを抱いていたソフィアも、カオルの馬を曳いていたクリシュナも歩みを止める。
「ど、どうしました?」
「しっ」
星花はこの中では比較的視覚、聴覚ともに優れている。気配を察し身構えると同時に、がさり、と両脇の茂みが動いた。
「‥‥山賊」
赤子を抱いたソフィアを守るようにして、シェアトやミルフィーナが一箇所に固まる。
現れたのは見るからに人相の悪い男たち。切れ味の悪そうな武器を手に、薄ら笑いを浮かべながら近づいてくる。
「こりゃーいいや。女どもじゃねえか」
舌なめずりしそうな声に、クリシュナがずいと前に出る。
「とりあえず、身につけてるもん置いてってもらおうかなぁ」
「身ぐるみ」
なにを想像したものか、男たちの面に下卑た笑みが浮かんだ。それを見てとりクリシュナの目が怒りの色に染まる。
「嫌味ですかそれ!」
「は?」
「どうせ私は非力ですから、出せるほど荷物なんて持ってません!!」
「ああ?」
「ひどい! 満足に鎧も着られない貧弱少女には、いっそ全裸が似合いだっていうんですね!?」
「いやそこまでは」
「こんな侮辱を受けたのは初めてです」
一方的に怒り狂ったクリシュナがファイアーバードを唱えると、焔の翼が術者を包んで広げてはばたく。
「げっ、魔法使いか!」
「そのとーりです!」
得意げに控えめな胸を張り、クリシュナはひとかたまりの炎と化して山賊たちに体当たりし‥‥
‥‥しようとして、狙いをはずして失速しへろへろと向こうに墜落した。
一方的に怒り狂い一方的に自滅したエルフの少女に毒気を抜かれ、一瞬だけその場に訪れる気まずい沈黙。
こほん、と先頭の星花が気を取り直して咳払いした。
「悪いけど、はいそうですかってわけにはいかないのよね」
「怪我するぜ、姉ちゃん」
「そうかしら」
言葉とともに風が駆け抜ける。
いや、風ではない。風と思ったのは、外套をなびかせ助走をつけたカオルの姿だ。まっすぐに構えた剣の切っ先が、先頭の男を狙っている。所詮烏合の衆、山賊の男の剣が鮮やかに空を舞った。
同時に星花も動いている。じりじりとサラフィルたちに近づいていた別の男の腕を、抜き打った刃がすばやく切り払っていた。長剣と短剣、ふた振りの刃を振るわれて濁った色の血が地を染めていく。
あっという間にふたりを無力化されて、男たちの間に動揺が走った。
「まだやるつもり?」
上品な笑みを浮かべる星花の問いに、山賊たちはぶるぶると首を振った。軽蔑した目で彼らを一瞥すると、剣をおさめながらカオルが最後通牒を見せる。
「死にたくなければ去れ。赤子の前で殺生は好まぬ」
●到着
村に到着すると、待ちかねていたらしい母親は顔を輝かせて出迎えてくれた。
「アデル! 大きくなったわねえ!」
アデルと呼ばれた赤ん坊は、サラフィルの腕の中で、あー、と手を伸ばす。ちょっと仲間と顔を見合わせて、サラフィルはそうっと母親にその子を引き渡す。
「アデルちゃんって名前なんですね」
「あら。ギルドの人から聞いてない?」
「教えてくれなかったんですよ」
少なくともシェアトには教えてもらえなかった。情が移るといけないという配慮だったのだろうが。
「よかったわね、お母さんに会えて」
星花がそっともみじの手を握ると、手加減のない力でぎゅっと握り返してくる。子供の力は案外強い。
「本当にありがとうね。大変だったでしょ、赤んぼ連れで」
「いいえ。とっても楽しかったですよ」
気遣いにサラフィルは笑って答えるが、表情には一抹の寂しさがある。
「お姉さんたちのこと、忘れてしまいますよね‥‥」
そっと顔を覗きこむシェアトのことを、アデルは不思議そうに見返している。
「でも、私たちは忘れませんから」
「うー」
母親の腕から身を乗り出して、アデルは言葉にならない声を出した。
「ほらアデル。お姉ちゃん達にありがとうって」
母親の言葉の意味が、おぼろげにでもわかったのだろうか。
アデルは覗きこむソフィアの髪を軽く引っ張った。苦笑いして、ソフィアはさらに赤ん坊に顔を近づける。子供好きなエルフの顔に、アデルは顔を近づけ。
ちゅ。
偶然かそれとも本当に謝意を示したのか、その額にひとつ、くちづけを落としたのだった。