その白き布の名は

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 31 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月20日〜02月23日

リプレイ公開日:2005年02月28日

●オープニング

 冒険者ギルドは今日も今日とてあわただしい。
 失礼いたします、と背中から声をかけられたとき、ギルド員はちょうど書類と格闘中だった。しずくがはねるくらいの勢いでインク壷にペン先をつっこみ、羊皮紙の一番下にサインを殴り書きしてから、はいはいなんでしょうと振り向く。接客にあるまじき態度ではあるが、忙しいときになりふりなど構っていられない‥‥そう思っていたのも束の間のことで、相手を見たとたんにギルド員の顎がかくんと下がった。
 花の姿を見た‥‥と思った。
 相手が身にまとっているのがジャパンの衣装なのは、頻繁に異国出身の冒険者が出入りするからよく知っている。もっともギルドでよく見かけるような袴姿でも僧形でもなく、女物の小袖に帯をしめ、頭にかぶるための笠を手にした、ジャパン女性の一般的な旅装束のようだ。
「お忙しいところを申し訳ございません」
 カウンターの向こうで頭を下げた娘の年頃はおそらく十代後半というところか、きりっと整った顔立ちをしていた。物腰は控えめだが凛と背筋を伸ばして、清楚、というのはこういう娘のことをいうのかもしれない。ゲルマン語が少々たどたどしいのも好ましく思えるから美人は得である。
「いえッなんなりと、なんの御用でしょうかッ!?」
「実は、こちらで人を募っているとうかがいまして」
 声の裏返りかけたギルド員に、鈴を振るような笑いをあげて娘は答える。
「人? ああなるほど冒険者の方ですなっ、登録ですか? それとも依頼をお探しで? なんでしたら依頼を貼り出している掲示板まで不肖私めがご案内いたしますがッ」
「いえ、そうではございませんの。わたくしのような日本の者を、こちらで募っているとうかがいまして」
「‥‥は? それはあの、もしかして」
「なんでも下帯の使い方について、講習会を行うとか。こんな遠い異国で、わが国の文化を学ばんとする方々がいらっしゃるなんて、わたくし感激いたしました。是非、わたくしにもお手伝いさせていただきたいのです」

「‥‥ああ、それはなんだか、結末が見えたような気がするな」
「そうだろう」
 訳知り顔でつぶやいた記録係に、ギルド員は沈痛な面持ちでうなずいた。
「志野さん‥‥その娘の名前だが、彼女はどうやらジャパンの大きな家のお嬢さんで、物見遊山がてらノルマンまでやってきたらしいんだな」
 わざわざ観光のために月道の通行料を払ったのだとすれば、金というのはあるところにはあるものだ。
「それで彼女がいうには、自分は小さい頃から男の家族に囲まれていたし、彼らの身の回りの世話もよく焼いていたので、褌についてはちょっとした専門家です、大船に乗った気分でまかせてください‥‥と」
「‥‥それで?」
「まさか鵜呑みにするわけにもいかないから、じゃあ試しに着け方を簡単に教えてくださいって言ってみたら」
 もちろんそれは実践ではなく口頭で簡単にという意味のつもりだったのだが、花のごとく可憐な少女は、無邪気な笑顔のまま、よく通る澄んだ声で言ったのである。白昼堂々、ギルドのど真ん中で。
「『では、まず下穿きを脱いでくださいませ』‥‥ってな」
 ――そもそも何故『褌の講習会』なるものを開くことになったか。
 冒険者ギルドの運営は、依頼の仲介の際に支払われる手数料のほか、一部の富裕な商人などの寄付でまかなわれている。下世話な言い方をすればパトロンである。彼ら出資者は金を出しているという立場を嵩にきて、ギルドの運営にくちばしを突っ込んでくることも多い。先の聖夜祭で、『冒険者のためにパリのモラルが下がった』と騒がれたのもそれである。
 そのとき槍玉に上がったもののひとつが、欧州人にはなじみのない異国の下着『褌』だった。
 しかし形だけでも講習会を開けば、出資者のお偉方も納得するだろう‥‥というのが大方の考えで、事前に講習を受ける冒険者やギルド員をいくらか集め、ジャパンの文化に詳しい学者先生でも探して一席ぶってもらえば済むはずだったのだが。
「講習会のために声をかけてた連中が、皆すっかりびびっちゃってさ‥‥」
 ただ座って話を聞いていればいいというはずだったのに、衆人環視の前で若くかわいい女の子におもむろに脱げと言われる(かもしれない)のだから、『話が違う』と思われるのも無理はない。
 記録係は重々しく首を振って、冗談ともつかぬ口調で言った。
「男心はまるで砂糖菓子のように繊細だ」
「‥‥茶化すならお前が講習に参加しろ」
「遠慮しておく。その娘になにか難癖をつけて断ればすむ話だろう」
「あんなやる気に満ち満ちた相手を断れる人間がいるなら是非教えを請いたいよ‥‥」
 『わが国の文化を広める』という意義にすっかり感じ入った志野お嬢さまは、講習に向け新品の下帯を仕立てようと白い布をどっさり買い込み、現在針仕事にいそしんでいるという。
「とにかく講習を開かないわけにはいかないだろう。女性のための講習会も開かれるが、アレは本来男性用だって話だしな。結局講習会を開けませんでした、じゃ後々面倒なことになるし、足りない頭数は冒険者でもなんでも集めてなんとかするしかない」
「お前ね‥‥」
 浴びせかけられた正論に、ギルド員は面に絶望の色をにじませた。これだけ言いたい放題言われたのだからせめて一矢報いようと、むっつりと腕を組んでいる記録係のほうを向く。
「‥‥普段それだけずけずけものを言うくせに、なんで肝心の相手にはあんなに遠まわしなのよ? なあ、風邪ひいた彼女のとこにはもう見舞いに行っ‥‥」
「‥‥‥‥」
 最後まで言い終わらないうちになぜか首筋に冷え冷えとしたものが感じられ、ギルド員はごきぶりのようにそそくさと記録係のそばを離れた。ギルドマスターといいあの記録係といい、なぜうちのギルドには静かに冷ややかに怒る者が多いのか。
 まあとにかく、今回は講習会の参加者募集である。講習会を開くギルド側が金を払わなくてはならないのはなんだか理不尽なものを感じるが、そうでもしないと集まりが見込めそうにないのだから仕方がない。

●今回の参加者

 ea1872 ヒスイ・レイヤード(28歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea2059 エリック・レニアートン(29歳・♂・バード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2731 レジエル・グラープソン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2868 五所川原 雷光(37歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3674 源真 霧矢(34歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea4817 ヴェリタス・ディエクエス(39歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9711 アフラム・ワーティー(41歳・♂・ナイト・パラ・ノルマン王国)
 eb0420 キュイス・デズィール(54歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 講習は冒険者ギルドの多目的ルームの片隅ではじまった。別名作戦ルームなどとも呼ばれ、大きな空間を仕切りで細かく区切ってある例のあの部屋だ。依頼の相談をしているほかの冒険者たちの邪魔にならないように立てられた衝立の両脇からは、なぜか物見高いギルド員や暇な冒険者らが鈴なりになってこちらの様子を覗き込んでいる。
「そないに珍しいもんでもないと思うんやけど‥‥」
「わざわざ衝立を置いた意味がないでござるな」
 興味津々の視線を背後に感じながら、源真霧矢(ea3674)と五所川原雷光(ea2868)が互いに溜息をついている。ともにジャパン出身のふたりにとって、褌はごく日常的な品だ。本来なら講習を受けるまでもないのだが、
「美人はんとお近づきに‥‥いやいや、美人はんの頼みとあっちゃ、男としてはひとつ頑張らな」
「ギルドマスター殿に講習を提案した身としては、拙者もあながち無関係でもござらん」
 それぞれの理由で参加していた。
 残りの六名は出身国はばらばらだが、いずれも西洋文化に馴染んでいる面々だ。『褌』なる異国の下着にはなじみが薄い。机の上に講師の志野が持参した包みを広げ、何やかやと騒いでいた。
「なるほど‥‥これが噂に名高い褌ですか‥‥」
 アフラム・ワーティー(ea9711)がなぜか大真面目にうなずき、
「やっぱりデザイナーズフンドーシとは違うなあ‥‥本物は質素というか、簡素なデザインなんだね」
 東洋の文化に興味のあるエリック・レニアートン(ea2059)などは素材や縫い方などにずいぶんと興味があるようだ。
「多少裁縫ができる人なら簡単に縫えるかもね。肌にずっとつけるものだから、毛織物や麻とかだと問題ありそうだけど」
「こうして見るとただの細長い布なのねえ」
 しきりに感心しているヒスイ・レイヤード(ea1872)を指さしながら、あれは女の人では、いやでもしかし‥‥などと衝立の向こうの外野が疑惑を囁きあっているようだ。
「褌にもいろいろあるんやけど、これは六尺褌いうんやで」
「越中褌とは違うのですか?」
 手を上げて問うたのはレジエル・グラープソン(ea2731)だ。エチゴヤの品書きで名前だけは知っているようだが、具体的な違いは知識にないらしい。生徒の熱心な学習意欲にますます気をよくして、志野はにこにこと質問に答える。
「越中は、六尺に比べると締め方が簡単なんです。布に通してある紐を腰に結んで、布を足の間にくぐらせるだけですから。でもわたくしの家族は、六尺のほうが身が引き締まるといって、もっぱらそちらを愛用なさってましたわね」
「‥‥というと、こちらはより上級者向けということですか‥‥?」
「慣れれば締めるのはそんなに難しくありませんのよ」
 難しい顔をしたアフラムにほほえみかけた志野は、ねえ? と霧矢や雷光に同意を求めた。ジャパン出身者のふたりのみならず、その場にいた冒険者らほぼ全員が微妙な表情をして視線をすばやく交わしあい、同意とも否定ともとれる曖昧な音を発する。
 そうだった。そもそものこの依頼の発端を考えれば、このまま雑談だけで済むはずはないのだった。わかってはいたけれども、このまま和やかに『褌豆知識』の授業として終わるならそれはそれで構わないのでは‥‥などと思っていた男性陣である。
「さて」
 春に咲く薄紅の花のように可憐な笑顔で、ジャパンから来たお嬢様は楽しげに言った。
 自分の国に興味を持たれて気を悪くする者はあまりいない。遠く離れた異国で、あなたの国の文化を知りたいと乞われれば、ぜひ教えてあげたいと思うのもまた人情であろう。
 たとえそれが『褌』という、普通のうら若き乙女とはかけ離れた事柄であろうとも。
「おしゃべりはこのぐらいにして、とりあえず実践と参りましょうか。もしもわからないところがありましたら、わたくしがお教えいたしますから」
 おおおー、と衝立の陰で団子になっているひとびとが拍手しているのは、おそらく彼らが『講習を受けるのは嫌だけど内容にはちょっと興味ある』というわがままな人々だからなのだろう。世の中には物好きがことのほか多い。
 つまりこの善意のかたまりのようなむすめさんと、外野のみなさんの熱い期待の視線‥‥そしてたぶん何より、講習を受けている冒険者たち自身の羞恥心が、当面の障害なのだった。

●お嬢様、ご乱心?
「別に俺ァ構わねえけどなあ」
 しかし繊細な男心などどこ吹く風で、ぽりぽりと尻などかきながらキュイス・デズィール(eb0420)はのたまっている。
「第一、見られて恥ずかしいようなもんはぶら下げてな‥‥痛ェっ、何すんだヴェリ!」
 下品な発言に思わずキュイスの後ろ頭をはたいたヴェリタス・ディエクエス(ea4817)が、安直に暴力に訴えた己を恥じて咳払いをした。志野のほうに向き直る。
「志野殿。ここで実践というのは少々‥‥」
「あら。そうですの?」
 小首をかしげた志野に、レジエルが衝立のほうを指さした。講習参加者八名と講師一名に視線を向けられ、まずい隠れろっ、いやだ押さないでよお、などと慌てたギルド員や冒険者たちの声で衝立の向こうが騒がしい。どうでもいいが仕事はしなくていいのか、きみたち。
「いくらなんでもこんな人目の多い場所で着替えたり、まして下半身を晒したりするのは、公衆道徳に反します」
「まあ。それもそうですわね」
 いわれてみれば得心がいったという風に手を叩かれ、わかってくれたかと男性陣は胸をなで下ろした。
「では場所を移して、そちらで着付けをお教えいたしますわ」
 やっぱりわかっていなかった。
 どう説明したものかと冒険者たちは一瞬目を見交わしたが、意を決して霧矢とエリックが手を上げた。
「あー、志野はん。実はやな、褌っちゅうのは前々からパリギルドで問題になってるんや」
「問題、ですの?」
「真偽のほどはわからぬが、冒険者のモラルの意識が下がっていて、その原因が褌にあるのではと疑われているのでござる」
「まあっ」
 志野は驚いたように目をむいた。
「言いがかりもいいところですわ!」
「ですから褌について正しい知識が定着すれば、そんな根も葉もない噂もなくなるだろうということで」
「講習会を開いてはどうかと、拙者がギルドマスター殿に提案してみたのでござる」
 次いで説明するアフラムと雷光に、そうでしたの、と講師の娘は頷いた。
「その対策として講習会を開いたわけやし、その講習会で、観衆のまん前で褌一丁になるのはやっぱり問題やろ。変態だのモラル低下だの言われても言い訳でけへん」
「ジャパンのものが誤解されてるのは、志野さんだって嫌だろう?」
 エリックの言葉に志野も異論はないようだ。それに‥‥と、アフラムが顔を赤くして咳払いした。
「その‥‥決して自分が裸をさらす恥ずかしさだけで言っているわけではないのですが、たとえ別室に移ったとしても、裸の男性たちにうら若き女性が囲まれているという図は、やはり少し問題が」
「そんなことになったら、私はウィンディーに殺されてしまいます‥‥」
 恋人らしい名前を口にして、レジエルがぶるりと身を震わせる仕草を見せた。それまで話の成り行きを見守っていたヒスイが肩をすくめて、金色の髪をかきあげる。そんな仕草も女性にしか見えない。
「まあ、そんなに気軽に他人に見せるものじゃないと思うしね。こちらの文化では」
「お恥ずかしいですわ。わたくしったら、そんな大変な事情も存じ上げずに、ひとりではしゃいで‥‥」
「話によれば志野殿は男家族ばかりとか。それならいたし方ない部分もあると思うが‥‥」
「それに自国の文化を広めたいと思うのは自然なことですよ」
 騎士らしく誠実な態度でヴェリタスとアフラムが慰めの言葉を口にすると、決めましたわ、と志野は顔を上げた。
「決めた?」
「ちょうど日本の方もいらっしゃることですし、こうなったら皆様にはぜひ正しい褌の使い方を覚えていただきます! モラル低下などと言いがかりをつけられるのは我慢なりませんもの、わたくしの手で正しい使用方法を広めておきたいのです。もちろん私は口頭の説明だけにとどめて、実際の指導は殿方にお任せいたしますわ」
「いや、しかし」
「衝立の向こうで覗いている方々のことは心配なさらないで」
 お嬢様は決然と顔を上げた。目にやる気が漲っている。
「この志野が部屋の前に陣取って、覗きどころか鼠一匹だって皆様には近づかせませんわ!」

●さあ実習
「‥‥妹がジャパンの男と結婚してはや数年」
 ヴェリタスは重々しく首を振った。
「褌のことは話に聞いてはいたが、よもや実際に自分が締めることになろうとは‥‥」
 ちょうど空いていたギルドの一室を借りて、ようやく人目から解放された冒険者らはほっとした様子だ。志野は言葉通り部屋の扉の前に陣取り誰も通さない構えで、迫力のあるその様子に野次馬連中もおいそれとは近づけないようだ。実際の性別はどうあれ見た目では女性にしか見えないヒスイは、自主的に志野と一緒に部屋の前で見張り役である。
「だってみんな引いちゃうでしょ? 私が褌なんてつけたら」
 まったくであった。
「何ぶつぶつ言ってんだヴェリ」
 ヴェリタスの丸まった背を叩いてキュイスが言う。何やら企むような笑みを浮かべながら、馴れ馴れしく肩など組んで騎士の耳元で無遠慮な言葉を吐いた。
「やっと場所移せたしとりあえず説明も聞いたし、さっそく締め方試してえから、お前脱げ」
「な? い、いや、俺はさっきの志野殿の説明でもうちゃんと覚えた」
「俺が試してえんだよ」
 それなら自分で試せと言いたいところだが、にやにや笑うキュイスになんとなく後ずさるヴェリタス。
「モタモタすんなって。さっさと脱げよほら」
 言うや否やキュイスが彼の下穿きに手をかけ、皆が止める間もなく力任せに勢いよく引き下ろす。
「‥‥!!」
 一瞬、時が止まった。
 いや正確には、予想外の出来事に全員が動作を止めている間じゅう、露になった言葉にしがたい部分を目の前にした格好のキュイスだけが、ほほうとなぜか感心していた。途端に時が動き出してヴェリタスがあわてて前を隠し、他の冒険者らは目をそらして見なかったふりをした。
「‥‥俺はもうお婿に行けない‥‥ッ」
 キュイスを睨みつけ足首まで一気におろされた下穿きをずり上げながら、ヴェリタスは打ちひしがれた。
「あー‥‥まあこないな事故があっても、褌つけとれば最悪の事態は避けられるっちゅうか」
「さっきのは事故じゃなくて人災っていうんじゃないの‥‥?」
 その傍らでは霧矢がフォローにならないフォローをし、エリックがこめかみを押さえている。

 そんな事故はあったものの、とりあえず部屋の中に仕切りを立ててそれぞれ別々に服を脱いだ。
 ヴェリタスが志野の説明をもとに描いた図解を、仕切りの隙間から皆で順番に回しつつ(さすがに人数分写す余裕はなかった)、とりあえず各自で締めてみることになった。もっとも聞くのと実際に試すのは大違いで、ほどなくしてそこかしこで『?』が飛び交うことになる。
「‥‥だめだ、全然わからない‥‥。源真さん、すみませんがもう一度教えてほしいんですが」
「まず布を足の間に通して‥‥片方の端を肩にかけて‥‥あれ? ええと、もう片方はどうするんだっけ? 霧矢さん?」
「源真さん、このあとはどうすればいいんですか」
 レジエル、エリック、アフラムから同時に救援要請が出て、霧矢は大忙しだ。当然ながら自分のぶんはさっさとつけ終わって、そのままだと生々しいので前垂れの布を長めにしておく余裕まであったのだが、着用が初めての他の面々はそれどころではない。
「ジャパンの方々は、本当にこんなことを毎日なさっているのですか‥‥?」
「志野はんやないけど、慣れると簡単やで」
 さて一方のジャパン出身者の雷光はというと、
「うーむ。そこ、よく分からねえからもう一度」
「またでござるか‥‥?」
 締め方がどうもよくわからないというキュイスに、実際に褌を締めて見せていた。何度見せてもわからないの繰り返しで、その度に締めてはほどき締めてはほどき、雷光も困り顔だ。おまけに衝立で仕切られているのはごく狭いスペース、雷光はジャイアントでありキュイスも大柄なので、迂闊に動くと衝立を倒しそうなためほぼ密着状態、暑苦しいことこのうえない。
「この褌ってのがややこしいのが悪いんだって。ささ、もう一度もう一度」
「‥‥よだれがたれているでござるよ、キュイス殿」
 冒険者のモラル低下の噂は本当なのかもしれない‥‥と、衝立の向こうの会話を聞きながらひそかに思う冒険者たちである。

 ようやく皆の苦労(主に苦労したのは雷光や霧矢だが)の末に全員がなんとか締め方を覚えて、とりあえずヒスイ同伴で志野に部屋に入ってもらい、出来栄えを見てもらった。ご婦人の名誉のためにと、ドアは開けたままにしておいた。
 二、三気になった点を指摘し、衝立の向こうで冒険者たちがそれを直したあと、
「すばらしいですわ」
 と志野は言った。
「皆さま、今日覚えたことを決して忘れずに、機会があれば他の方々に是非日本文化を教え広めてくださいませね!」
 言っていることはもっともなのだが、その『日本文化』が代表するものが褌というあたりが、やはりずれている娘ではあった。
 怖いもの見たさも手伝って興味津々だったギルド員たちは、結局肝心の褌の締めているところが見られず不満そうだったが、ヒスイの『今度講習会があったら、そのときには見るだけじゃなく実際に参加してみたらどうかしら』と言いだし、さらにその言葉に志野がまた『すばらしいですわ!』とやり出したので皆黙ってしまった。
 もっとも志野本人はもうすぐ帰国するらしいので、次に講習を行うのはこの日教えを受けた誰かかもしれない。
 冒険者たちは記録係に講習会の様子を報告して依頼料をもらい、さらに希望者は志野の手縫いの六尺を土産として持ち帰って、冬の終わりの講習会は幕を閉じることになる。