咲き誇れ恋の花

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:3〜7lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 31 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月28日〜03月04日

リプレイ公開日:2005年03月08日

●オープニング

 苦しいんです‥‥と依頼人は言った。服の上から胸をおさえ、頬を赤らめたままで。
「苦しくてたまらないのです」
「具合がお悪いのでしたら家で寝ていたほうがいいのでは」
 ちょうど受付まで書類を受け取りにきていた記録係が横からよけいな口を出して、
「朴念仁は黙っててちょうだいっ」
 カウンターから身を乗り出していた受付嬢に叱られた。
「失礼いたしましたー。どうぞお話の続きを‥‥ええと、一体なにが苦しいんですか? 財布?」
 情緒がないのは同僚といい勝負のようだ。依頼人はかぶりを振り、ほう、と切なげにひとつ嘆息を落とすと、冒険者ギルドの騒然とした空気の中に、臆面もない科白を投下した。
「私、恋をしているの‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 己の胸の甘い痛みに酔いしれている依頼人は気づかなかったが、このとき一瞬、受付嬢と記録係の間に沈黙が落ちた。
 どうやってこの人に帰ってもらおうか、という目と目による会話が行われているのだった。
「‥‥あー、そういったご相談でしたら、いい占い師を紹介いたしますが」
「いいえ、いいえ! 違うんです」
 むっつりとおっかない顔の記録係から暗に『のろけなら他でやってくれ』と言われあわてて否定する依頼人。
「‥‥こんな気持ちははじめてなんですっ。だからどうしたらいいのか、全然わからなくて‥‥。家族や友達にははずかしくてこんなこと話せないし、それで思いついたんです。冒険者ギルドのひとたちなら、いろんな人たちがいるから、きっとたくさん恋の話が聞けるって。経験豊富な恋愛の先輩がたのお話を聞けば、わたし、自信がつくような気がするんです!」
「あのね、お嬢さん。でも冒険者を雇うにはお金が‥‥」
「お金ならお支払いします」
 受付嬢は言葉に詰まった。上等の生地を使った仕立てのいい服、艶のある手入れの行き届いた髪、依頼人はあきらかに裕福な家の娘であった。さりげなく一歩退いて、こそこそとわき腹をつつきあうギルド員ふたり。
「‥‥お前、その手の話は得意だろう。話してやったらどうだ」
「いやよ、私ふられてばっかりだものっ。そっちこそ何かないの? いい大人なんだからあるでしょう<
何かこう、過去に浮いた話のひとつやふたつ」
「その科白はお前にだけは言われたくない‥‥」
「どういう意味よそれっ」
 すわ喧嘩かとなりかけたふたりは、ふとまじまじとこちらを見つめてくる依頼人の視線に気づいた。
 興味津々といった風情で目が輝いていた。
「‥‥冒険者、呼ぼうか」
「そうだな」

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3079 グレイ・ロウ(36歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6405 シーナ・ローランズ(16歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea9711 アフラム・ワーティー(41歳・♂・ナイト・パラ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 依頼を受けたうちのひとりが急に来られなくなり、集まった冒険者は都合五人。男性三人、女性二人という内訳である。ギルドに集合した彼らに引き合わされた依頼人が、どうぞよろしくお願いします、と頭を下げるのを見て、なぜかクロウ・ブラックフェザー(ea2562)が詰めていた息をほっと洩らした。
「‥‥よかった、胸がある」
 前に別の依頼で会った少女だったらと戦々恐々だったのだが、どうやら杞憂だったようだ。
「クロウさん‥‥その、それは少し不躾では」
 呟きを聞きとがめたアフラム・ワーティー(ea9711)が顔を赤くしつつ咳払いをして、はっとクロウが己の発言を省みる。
 クロウと同じ年頃と見える依頼人は、間の悪いことにやや胸まわりが開いた服を着ていた。皆の視線が思わずそこへ集中し、依頼人は恥じらってさっとストールで襟元を隠す。アフラムがもう一度咳払い。
「初対面の女性の胸をじろじろ見るというのは‥‥感心できません」
「ご、誤解だ! 俺はただ、依頼人っていうのが前に会った奴だったらどうしようかと‥‥!」
「それを胸で識別しようとしていたわけか」
「その通りだがそんな意味じゃないー!!」
 半分面白がってグレイ・ロウ(ea3079)が余計な口を挟むからさらにクロウがうろたえている。何やかやと騒いでいる男性陣を眺めて笑いながら、シェアト・レフロージュ(ea3869)が依頼人に話しかけた。
「とりあえず、場所を移しませんか? ギルドだとあまり落ち着いてお話できませんし」
「あ‥‥あの、それでしたら、私の家においでください。あまり大したおもてなしはできませんが」
 話によれば、依頼人の家はパリを少し離れた郊外にあるという。歩きでも一日かからないそうなので、冒険者ギルドとの契約期間には充分間に合う範囲だ。場合によっては自分の家を提供するつもりだったシェアトは、わかりましたと頷いた。
「そうと決まったら、さっそく出発ですねっ。ところで依頼人さん、お名前は?」
 ラテリカ・ラートベル(ea1641)に尋ねられて、栗色の髪の娘は軽く頭を下げた。
「マリーといいます」

 案の定というか、案内されて訪れた家はやはり『家』というよりも『屋敷』だった。服装の小奇麗なマリーの出で立ちから見て、ほぼ予測のできていたことではあったのだが。
 使用人に通された部屋でマリーに人払いをしてもらって、さっそく皆でお茶の準備を始める。お茶うけは出発間際に冒険者たちが調達してきたものだ。白い布をかけたテーブルには焼き菓子がどっさり積まれた皿と、そのかたわらに蜂蜜の入った小さな壷が置かれている。たぶんこれをつけて食べるのだろう。席につく前から、もうラテリカの頬がゆるんでいる。
「おいしそうです〜」
「甘いのが駄目な方は、こっちのチーズをのせて食べてくださいね」
 ご招待のお礼にと、シェアトがテーブルの中央に早咲きの花を飾る。椅子とテーブルを運んでから、ずっと部屋の入り口で手持ち無沙汰気味にしていた男性陣を振り返った。
「‥‥大丈夫ですか?」
「あー‥‥まあな。もういいのか?」
「あとはマリーさんが、お茶を淹れてきてくださるんですが‥‥」
 程なくしてマリーがお茶の道具を持って戻ってきた。人数分のカップを並べる手つきは、大きな屋敷の娘にしてはまあまあ慣れている。ポットは本物の銀のようだ。薬草茶のほのかに甘い花のような香りが漂い、全員がひとまず席につく。
 さて、ここからが本題です。

●恋とはどんなものかしら
「恋って、ラテリカはあんまりよくわからないです」
 みもふたもないことをいきなり言い出したのはラテリカである。
「前にお師匠様に、恋の歌は甘いだけじゃ駄目だって教えてもらったですけど‥‥どう歌えばいいのかよくわからないです。だからラテリカ、恋の歌はうまく歌えないですよ」
 不思議そうに首をかしげているラテリカだったが、隣に座っているシェアトがそういえば同族で同業でしかも年上だと気づいて、そちらに目を向けた。新しい菓子に手を伸ばしながら尋ねる。
「どうしてかわかるですか? シェアトさん」
「ええと‥‥言葉で説明しにくいですね」
「おい、それより依頼だろ、依頼」
 答えあぐねて曖昧に苦笑いするシェアトにクロウが助け舟を出して、そうでした、とラテリカが改めてテーブルに向き直った。もっともつかんだ焼菓子はしっかりと手にしたままで、テーブルの向かいにいるアフラムに蜂蜜をリクエストしたりしている。

「‥‥あんま色恋沙汰って柄じゃあねえんだが」
 言いにくそうにグレイが頭をかく。
「でもよく見る夢がある。その中で俺には恋人がいる」
 それはグレイにとって、現実と同じくらい鮮烈な記憶だ。言葉を捜しながら、彼はテーブルの上に置いた己のてのひらの中に目を落とした‥‥そこにつかみ損ねた記憶の残滓を探すように。
「顔とか性格とか、そいつのことは全然わからねえんだ。霞でもかかったみたいに思い出せねえ。でもな、たったひとつ、そいつと交わした約束だけは覚えてるんだよ」
 心に刻み込まれたそれをかみしめるように、一語一語ゆっくりと口に出す。
 ――たとえお前が死んで別人になっても、生まれかわったお前を探して見つけ出す。
「思い出すたびに胸が痛くなる」
 この世に生まれ落ちてから出会ったうちの誰とも、交わしたはずのない約束なのに。
 死んで生まれ変わるという思想は本来東洋のものだ。月道があるから考え方そのものは一応欧州にも伝わっているが、いずれにしろこのあたりの国では、誰にでも得られる知識ではない。フランク出身のグレイが、一体どうやってそれを知ったのか?
「あの約束を果たさなきゃ‥‥そういう気がする」
 仮にそれが夢にすぎないとしても、胸に覚える痛みは間違いなく現のものだ。それを克服するためには、乗り越えるより他に術などないのだと、グレイ自身がよく知っている。
「俺は、探さなきゃならねえ」
 誓いを果たすために。今度こそ、交わした約束を違えぬために。

「子供のころ、母とふたりであちこちを回っていて」
 たわむれのように竪琴の弦に触れながら、シェアトが言った。
「ある街に、不器用で優しい人間のお兄さんがいたんです。恋というほどのものではありませんでしたけど、少し憧れていました。まだ子供で背丈も気持ちも幼くて、もう少し大人になったら‥‥と思ってたんですけど」
 実際に大人になってみたら‥‥という言葉が苦笑にまぎれて、弦を弾く音にかき消える。
「その頃にはその方は、もうお兄さんではなくて、お父さんになっていました」
 エルフの加齢は人間よりもゆっくりと進む。エルフの少女の背が伸び、大人になるまでの時間は、人間の若者が父親になるには充分すぎるほどの時間だったのだ。
「今でもときどき思うんですよ。もう少し自分の気持ちを大事にして、あのときもう一歩踏み出してみればよかったって‥‥結果がどうなるかはわからないにしても」
 叶うにしろ叶わないにしろ、エルフと人間の恋はたいてい不幸な結果に終わる。異種族同士の恋人たちに対する世間の目は冷たいし、お互いの体に流れる時間の速度があまりにも違う。子を成したとしても、子供は人間でもエルフでもない中途半端な存在として、狂える血を抱え生きていかねばならないのだ。
 なんとなく場に沈黙が落ちて、空気を変えようとマリーが明るい声をあげた。
「あ、あの。でも、そういう経験があって今のシェアトさんがいらっしゃるんですよね」
「ええ」
 そうですね‥‥とシェアトが柔和な笑顔を見せる。それにほっとしたように、マリーは手を叩いて話題を切り替えた。
「じゃあ、今度は恋人がいらっしゃる方のご意見もお聞きしたいですっ。現場にいる方の話は一味違うっていうし」
 冗談のつもりだった言葉に、しかし室内はふたたびしん‥‥と静まり返った。え? と首をめぐらせると、冒険者たちは誰も口を開かず茶などすすっている。
「ええと‥‥どなたかは、恋人がいらっしゃるんです‥‥よね?」
 マリーが尋ねると、冒険者たちは顔を見合わせた。期待のまなざしを向けられても口火を切る者は誰もおらず、目をそらしてもそもそと菓子を頬張る彼らの様子に不安になった依頼人がかるく首を傾げる。
「‥‥よね?」
「そういう艶っぽい話には縁がないなー‥‥誰かに告白されたこととかもないし」
 焼き菓子を飲み下しつつ居心地悪そうにクロウが言うと、やや困ったようにシェアトが口を開く。
「‥‥すみませんマリーさん。今回は、そういうお相手がいない人ばかりが集まってしまったみたいで‥‥」
「ええー!?」
 マリーが露骨にがっかりした声を上げ、わけもなく申し訳ない気分になってしまう一同だが、いないものはいないのだから仕方ない。せっかく相談に乗ってもらおうと思ってたのに‥‥と呆然としている依頼人を、アフラムがなだめる。
「僕も特に浮いた話がある訳ではないのですが‥‥でも依頼をお受けした以上は、なんでもご相談に乗りますから」
「はいはいっ。ラテリカもマリーさんのお話聞きたいですっ」
 尻馬に乗ってラテリカが菓子片手に身を乗り出し、興味津々という風情でマリーを見つめている。礼儀正しく笑んで、ラテリカさんもこうおっしゃってることですし‥‥とアフラムは続けた。
「よろしければ聞かせていただけませんか。お嬢さんが惚れた方は、どんな方です? それほどまでに魅力的な男性なのですか」
「どんなって‥‥」
 マリーはぽっと顔を赤らめる。
「とってもあの‥‥野性的で、逞しい方なんです」
「なるほど。たとえば彼のような?」
「俺?」
 突然引き合いに出され目を丸くするグレイを一瞥し、いいえ‥‥と依頼人は首を振る。
「もっと大人の‥‥男らしい方なんですの」
「‥‥ときにグレイさんって、おいくつです?」
「俺はいま二十五だ」
 対するマリーはどう見ても十五か六というところである。十五だと仮定すればグレイとの年齢差はちょうどひとまわり、そのグレイよりも年上だと一目でわかるぐらいにかの男性が『大人』だとすると‥‥いろいろと問題が生じはしないだろうか?
「下手したら親子でいける歳の差なんじゃ」
「というかそこまで歳が離れてたら、普通相手が妻子持ちなんじゃねえのか‥‥?
 頭に浮かんだ可能性を当人に聞こえないよう囁き交わしつつ、いくらなんでもそれは少しまずいのではとひそひそ話し合うクロウとグレイをよそに、たぶんそこまで深くは考えていないラテリカが感嘆の声を上げる。
「はわー、大人の男性ですねっ。素敵なのです〜」
 どんなふうにお知り合いになったですか? との彼女の問いに、赤い顔のままマリーがうつむく。
「いいえ、あの‥‥本当のことを言うと、知り合いですらないのです。一度教会ですれ違って、軽くお話しただけなのですが、それ以来‥‥私、どうしてもあの方のことが頭から離れなくて。またお会いして、せめてお名前だけでもお聞きできないかと、何度も同じ教会に通っているのですけど」
「お会いできなかったんですか?」
 シェアトの問いに、はいと力なく答えるマリー。このしおれ方から見て、相当足しげく教会へ通ったのだろう。
「はわわー‥‥情熱的です」
「でもさー、それならこんな風に呑気に他人の恋の話なんか聞いてないで‥‥いやまあそれも意義のあることだけどさ、ギルドの冒険者にそいつを探してもらうって依頼もできるはずだろ? 雇ってもらった俺が言うのも変だけど」
 薬草茶をすすりながらのクロウの言葉に、マリーが気弱に目を伏せ、アフラムが咎めるようにクロウを見た。しまった言い過ぎたかとクロウが慌てそうになって、しかし少女のほうが一瞬先に口を開く。
「ええ‥‥でも、やっぱり怖いのです。もしあの方に決まった方がいたら‥‥拒絶されたらと思うと踏み出せません」
「だけどさ、告白しないで恋が実った話なんて俺聞いたことないし」
 やる前からあきらめてどうするんだよとクロウがはっぱをかけても、マリーは今ひとつ踏み出せないようだ。
「でも‥‥教会にあれだけ通ってもお会いできなかったのですもの。もうこの街にはいらっしゃらないかもしれないわ‥‥」
「教会にいらしていた方なら、そこの司祭さまが何かご存知なのでは?」
 アフラムの指摘に、はっと盲点をつかれてマリーは息をのんだ。
「そうだわ‥‥! どうして思いつかなかったのかしら」
「聞いてみろよ。あんたみたいなご令嬢からせまられて、嫌がる野郎ってのもあんまいねえだろ」
 グレイの言葉を、当の本人は聞いていたのかどうか。
「そうですわね、司祭さまならなにかご存知かも‥‥いえご存知に違いないわ! ああ、午後の礼拝に今から間に合うかしら? 司祭さまはお忙しい方だから」
 雇い人とはいえ仮にも来客である冒険者らを放って、あたふたとしながらてきぱきと出かける支度をするマリーには、先ほどまでのたおやかな令嬢ぶりがみじんもない。
「わたくし出かけて参りますから、報酬はどうぞギルドで受け取ってくださいませね!」
 外套を羽織るのももどかしげにマリーが言い、ばたん! と埃がたつくらいの勢いで扉が閉じた。唖然としていた冒険者たちがやっと口を閉じる。
「‥‥なんか、危険なものに火をつけちまった気がするのは俺だけか?」
「恋する乙女は危険なものなんですねえ」
 グレイの発言に、わかったようなわかってないようなことを言うラテリカである。
「まだ知らない恋の歌、歌えるといいですね」
「はいっ。マリーさんの歌、いつか歌えるといいです」
 吟遊詩人同士のシェアトとラテリカが微笑をかわしながら、すっかりぬるくなった薬草茶を軽く飲み干した。

 教会に突撃したマリーが、どのような戦果を持ち帰ったか‥‥それはまたここでは別の話である。