ただいま料理中!

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 46 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月07日〜03月14日

リプレイ公開日:2005年03月15日

●オープニング

 まだ朝夕はいくぶん冷えるが、昼間のちょっとした外出ならば外套なしでも平気な程度に暖かい日も多くなった。春が近いのだ。なにしろ早いものでもう三月である。
「‥‥それなのに」
 苛々とためいきを落としてボリスは首を振った。
 彼が傭兵団『鷲の翼』に会計役として名を連ねて以来、ボリスが溜息をつかぬ日が一日でもあっただろうか? その主な元凶である団長ゲオルグ・シュルツはめずらしく机の上で羊皮紙を広げ書き物などしている。
 団長の部屋として割り当てた下宿の一室は、どれが重要でどれがそうでないのかよくわからない書類と、脱ぎ散らした衣類と、空になった食器類とで雑然としている。すこしでも目を離すとゴミの山のようになってしまう平の団員たちの大部屋に比べれば、足の踏み場があるだけはるかにましなのだが、几帳面な性格のボリスからするといったい何が起こればこんな惨状になるまで放置できるのか理解できない。
「どうしてちっとも準備が進まないんです‥‥!?」
「まだ三月だろうが」
「もう三月なんですよ」
 そもそもこの下宿は、野宿の厳しい冬の間だけという約束で借りているのだ。『鷲の翼』は本来根なし草であり、またその身軽さが強みでもあった。遅くとも来月にはここを出て行って、浮き草稼業に戻らなくてはならない。
 もう下宿を出て行く準備をしなくてはならない時期なのだった。
「荷造りも、片付けも、全然やってないじゃないですか」
「あー。まあ、そのうちな」
 羊皮紙の上から顔もあげず面倒くさそうにゲオルグがいうと、ボリスはむっとして彼に詰め寄った。
「また家主に追い出されるぎりぎりまで居座るつもりじゃないでしょうね? この人数、しかも男ばっかりの集団を受け入れてくれる下宿なんて、今どきなかなかないんですよ。毎年毎年新しいところを探して交渉するのは本当に大変なんです。
 俺は今年こそきれいに家の中を片付けて掃除も済ませて、笑顔で家主と別れの握手をしたい。そうすれば次の冬も、またここで過ごせるかもしれませんからね。それにはまず、団長が率先して準備を始めてほしいんです。そうしないと下の者に示しがつかないでしょう」
「‥‥最近お前、本当に口うるさくなったなあ」
 会計役の顔を呆れたように眺め、無精髭の団長殿はどうしようもない感想を吐いた。
「わかったよ、準備は進める。でも出て行くのはもう少し後だ」
「何故です? まさかどこかの娘さんを孕ませでもしたんじゃないでしょうね」
「お前は俺のことをいったいなんだと‥‥」
 そこまで信用がないのか俺はと今度はゲオルグがため息をしながら、折りたたんだ羊皮紙に蝋をたらし、いつもしている無骨な意匠の指輪で封を押した。手紙だろうか?
「ドニの馬な」
「は?」
「もらい手が見つかりそうだ。知り合いの知り合いが貴族相手に馬術を教えてて、いまいい馬を探してるんだそうだ。ドニの馬ならもう年寄りで大人しいし、頭も悪くない。人なつっこいしな。二週間ぐらいしたらこっちに引き取りに来るそうだ」
 今年死んだ若い団員の持ち馬は小柄な黒毛の老馬で、ことあるごとに外に連れ出してくれる主人がいなくなってからは、なんだかますます体が小さくなったように見えた。団員は見習い以外全員自分の馬を持っているから他の馬をそう頻繁に構ってやるわけにもいかず、確かにこのまま団に置いておくよりは引退させたほうがいいのだろう。

「また‥‥エチゴヤの保存食の世話になる日々がはじまるんだな‥‥」
 もう着ないと思われる冬物の衣類を荷に押し込みながら若い団員が遠い目をしてつぶやくと、それを言うな‥‥とまわりの男たちも首を振った。
 下宿にいる間は、食事は当番制‥‥最初はそういう決まりだったが、いつのまにか規則は瓦解して見習いの仕事になっていた。団員見習いは現在ふたり、作れるものといえばほとんど塩気のない豆スープとか、具の少ない麦粥とかせいぜいそんなものだ。しかも作るのにえらく時間がかかる。だが大人の団員も料理の腕は似たようなものなので不満はなかったし、それになにより。
「毎日毎日保存食ばっかりの旅の道程に比べたら‥‥ッ」
「贅沢を言うな。普通の食事より、保存がきくぶん割高なんだぞ」
 羊皮紙の束を、もう不要なものとまだ使う書類に分類していたボリスが渋面を作る。
 ボリスはあまり食にこだわりがない。もちろん美味ならそれなりに嬉しいが、まずくても腹がふくれれば大して気にしない。
 てっきり他の団員たちも同じだと思っていたのだが、去年から今年にかけて何度か冒険者たちがこの下宿に来訪した。そのときにいつもとは比べ物にならないような立派な食事を作っていったので、食のよろこびに目覚めたのかもしれない。
「それにしたって会計役どの‥‥二、三日ならともかく、一週間も二週間も保存食だけっていうのは厳しいですよ」
「先を急ぐときは仕方ないですけど、時間に余裕があるときぐらいはもう少しいいものを食いたいです」
「春になれば兎や鹿が狩れるようになるし」
「市場や農家でも春野菜を売り始める季節だし」
「‥‥それを誰が料理するんだ?」
 ひややかなボリスの問いに団員達は沈黙した。ほら見ろとボリスが鼻を鳴らそうとしたとき、ひとりの団員が挙手して眉を上げる。皆が一斉にそちらを見ると、団員はおどおどと提案した。
「だからあの‥‥俺たちが料理を覚えればいいんじゃないかと」
「おお! 名案だ!」
「覚えるのは構わないが、誰に教わるんだ?」
「決まってるだろう? 冒険者だよ! 俺たちにあんな美味いメシを作ってくれた連中が、他にいるか?」
「あのときの夕飯、美味かったなあ‥‥」
「野兎のソテー‥‥」
「野菜たっぷりのシチュー‥‥」
 団員たちは各々そのときの味を思い出してうっとりしており、ボリスは頭を抱えたくなった。料理を覚える意欲があるのはいいが、いったい誰が冒険者を雇う金を捻出すると思ってるんだ?
 まあ‥‥確かにいざ旅が始まれば、料理を覚えるどころではないのは確かだ。仕方ないなと内心首を振って、そういえば‥‥とボリスは思う。
 ――団長は、誰に手紙を書いていたんだろう?

●今回の参加者

 ea3228 ショー・ルーベル(32歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3674 源真 霧矢(34歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3844 アルテミシア・デュポア(34歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 ea4817 ヴェリタス・ディエクエス(39歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4955 森島 晴(32歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5362 ロイド・クリストフ(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea7814 サトリィン・オーナス(43歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 ea9190 ルーツィア・ミルト(29歳・♀・クレリック・パラ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 下宿に到着した冒険者たちがまず食料の貯蔵庫を覗くと、そこには干した茸二、三個と麻袋半分ほど残った塩、麦、それに痩せさらばえた鼠の死骸がころがっているだけだった。あまりにもすさまじい食糧事情に開いた口がふさがらないサトリィン・オーナス(ea7814)に対して、会計役のボリスは平然とこう言った。
「とりあえず麦粥は作れる。もうすぐ引き払うのに、新たに食料を買い足すのは無駄遣いだろう」
「‥‥鼠の死因がわかる気がするな」
「間違いなく餓死よね‥‥」
 ボリスに聞こえないよう、小さな声でヴェリタス・ディエクエス(ea4817)と頷きあう森島晴(ea4955)である。徹底して美食に興味のない会計役に付き合わされる、団員らの苦労がしのばれる。
 ともかく材料がないと話にならないので、市場に買出しに行くことになった。材料費は依頼人持ちという名目なのでもちろんボリスも同行すると主張し、その間残った者が留守を預かることになった。
「高価な食材を好き放題買いあさられては困る」
 との意見はもっともだが、アルテミシア・デュポア(ea3844)などは心外だわと言わんばかりだ。
 買出しに出かけた面々を見送り、台所の様子を見てみると、狭い。おまけに汚い。汚れた食器が小山のようになって、洗わぬまま水につけてある。何度かこの下宿を訪れたことのある源真霧矢(ea3674)によれば、これでもまだましな方なのだという。
「皿を台所まで持っていくようになっただけ進歩やで」
 霧矢のおそろしい科白に、なんとなく黙して顔を見合わせるショー・ルーベル(ea3228)とルーツィア・ミルト(ea9190)。家事の得意なふたりからしてみれば信じられない光景である。
 どのみちこの広さでは、冒険者たちだけならともかく、料理を教わる傭兵たちも入れたら身動きすらままならない。団長ゲオルグも入れて論議した結果、勝手口から出られる裏庭で料理をしようと決めた。台所の惨状はまあ‥‥手の空いた人がやりましょう、という、実に消極的な結論に至ることになる。片付けまでは、今回の依頼内容に入っていない。
 鍋を外に運び出したり薪の準備をしたり、えらく切れない包丁を研いだりしていると、やがて買出し組が戻ってきた。女性陣はほぼ手ぶら、うっかり買物に付き合ったヴェリタスやロイド・クリストフ(ea5362)は荷物持ちとして、重い野菜や肉類を持たされていた。彼らの後方では、なぜか晴と会計役のボリスが舌戦を繰り広げている。
「俺は払わない。そんな高いものは、断じて経費とは認めん!」
「わかったわよ。あたしが自分で払えばいいんでしょ!」
 晴が市場で偶然『ミソ』なるジャパンの調味料を発見して、ほぼ即決で購入してきたのだそうだ。晴の抱えている小さな壷がそれらしいが、ジャパン産となれば多分月道を通ってきたものだろうから、こんな小さなものでもかなり値が張るはずだ。
「先生‥‥この依頼が無事終えられますように」
 先が思いやられて思わず祈るサトリィンの願いは、果たして今回通じるのかどうか。

●ところ変われば品変わる
「やっぱり、シチューですよね、ショーさん」
「そうですね。皆さんお料理は初心者ですから‥‥これなら、男の方や不器用な方でも難しくはないかと」
 というわけで、ショーとルーツィアが教えることにしたのはシチュー。野外料理の代表格だろう。大雑把なことを言えば、材料を切って煮るだけでいいので、ちょっと家事や料理ができる者なら簡単だ。もっとも剣は手にしても包丁などろくに持たない傭兵らには、材料を切るだけでも一苦労のようだが。
 包丁で力任せにがちょうの肉の骨をねじ切ろうとしている団員を見て、あわててショーが飛んでいく。
「そんなに力を入れたら、下の板まで切ってしまいますよ‥‥こういうのはコツがあるんです」
 一方のルーツィアのほうは、料理を知らない者が忘れがちな『下ごしらえ』について語っている。
「お肉だったら、一晩ワインに漬けておくのもいいですね」
「ワイン? もったいない!」
 酒飲みばかりの傭兵たちが抗議すると、ルーツィアは慌てず騒がずにこりと笑んだ。
「そうしておけばお肉が柔らかくなるし、臭みが消えて食べやすくなるんです」
「味わいも結構変るしね」
 横からサトリィンも口を出して、そうですねとルーツィアが頷く。
「あと、これは肉に限りませんけど、煮込む前に軽く炒めて火を通したほうがいいですよ。風味も出るし、煮る時間が少なく済んで薪の節約になりますから、会計役さんも喜びます」
 節約にうるさいボリスがその場にいないのをいいことに、そりゃいいやと笑う傭兵たち。彼らと一緒に料理を習う構えのヴェリタスは、苦心しながら人参をえらく不揃いな大きさに刻んで、サトリィンに包丁の持ち方を注意されている。

「保存のきく食材ってのはいくつかある」
 ロイドもまた傭兵たちと同じく料理はまるでだめなのだが、彼には猟の知恵があるし、冒険者として生活している以上野営とも決して無関係ではない。材料を切りながら、自分の知識の範囲内で講釈をぶっている。
「豆はほかの野菜に比べると日持ちする。栄養もあるしな。茸は干しておいても湯に通せばもとに戻るし‥‥肉や魚なんかの生ものはさすがに傷みやすいから干し肉か、狩りをする時間があるなら現地調達だな」
 多少野営や冒険に慣れた者なら一般常識の範囲なのだが、傭兵たちは皆一様にへええと感心してくれるのでロイドも悪い気はしない。なにしろ財布の紐を握っている人間が美食にまったく興味がないので、野営中はほとんどエチゴヤの保存食で済ませてきた連中である。聞くことすべてが新しいのだろう。
「ロイドはん、手がお留守やで」
「おっと」
 言われてロイドはキャベツを切るのを再開し、指摘した霧矢自身も手を動かしながらロイドの説明を補足する。
「あと保存のきく食い物ちゅうと、チーズとか小麦とかやろか‥‥魚の塩漬けやらキャベツの酢漬けゆう手もあるけど」
「うっ」
 魚や野菜を漬けた壷を背負って旅をするのは、いくら力があり余っている傭兵たちでも少々遠慮したい。
「でもこっちって、塩ぐらいしか調味料がなくて不便よね」
「せやなあ」
 石で組んだ簡単なかまどの前で、火の様子を見ながら言った晴に霧矢も同意し、聞いていたロイドが首を傾げる。
「ジャパンでは違うのか?」
 ノルマンに限らずほとんどの欧州料理の味つけは、塩が基本である。場合によって蜂蜜や葡萄酒を隠し味に使うこともあるが、あくまでベースは塩味、香りづけには香草類‥‥月道でインドゥーラなどから運ばれる砂糖や香辛料は非常に高価だから、そうそう手軽には使えない。
 ロイドや傭兵たちが怪訝そうな顔をしているのに気づいて、たくらむような目をした晴が、市場で買ってきた壷の封を切った。
「まあ、楽しみにしてなさい」

 ちなみにこの間ずっと、隅のほうでざくりざくりと非常に豪快な手つきで、野菜も肉もなぜかまぎれこんでいた馬用の飼い葉までも一緒くたに刻んでいるアルテミシアがいたのだが、本人は非常に真剣なだけに下手に口を出せず皆遠巻きに見守っている。家事の得意なショーやサトリィン、ルーツィアあたりが見ていれば間違いなく止めていたろうが、あいにく皆傭兵たちに教えるのに手一杯でそちらまで目が行き届かない。
「‥‥あれを誰が食うんだ?」
 ロイドの非常に素朴な疑問にその場にいた誰もが微妙な顔をしたが、当のアルテミシアだけはそんなことは露知らず、これまた豪快に切った材料を鍋の中に流し込んでいる。ショーたちや霧矢たちの鍋とは別なのが救いといえば救いだろう。

●恐怖の鍋
 紆余曲折はあったものの無事切った肉や野菜を鍋の中に流し込み、煮込んでいる間は、とりあえず皆手が空いている。
「これからの季節なら、自生している香草も結構多いですよ。干して乾かしてしまえば日持ちもしますし‥‥塩だけだとどうしても味が単調になりますから、下ごしらえのときには便利です」
 これは肉の臭みを消すのに便利、これは刻んで仕上げのときに‥‥買出しのとき購ってきた香草類を広げて、ルーツィアは説明に余念がない。もともと植物には多少の知識があるのだろう、用途と一緒に見分け方も講義している。
 その向こうではやっと手の空いたショーやサトリィンが、余った肉を使って、まだうまく包丁が使えないヴェリタスと一緒に別の料理を作っている。
「ヴェリタスさん、そこに手を置いてると危ないですよ」
「そ、そうか、すまない」
「えーとね、簡単だから誰でもできると思うけど」
 言いながらサトリィンが、ヴェリタスが薄切りにした肉に刻んだ香草とチーズを乗せて、くるくると手際よく巻いて串に刺した。鍋を置いている火のそばに串を立てる。
「生肉がないときは、干し肉で代用してもいいと思うわ。これは炙り焼きだけど、たとえば鉄鍋で肉や野菜を焼いて、最後にチーズを乗せてもいいわけだし‥‥そのあたりは応用をきかせてね」
 サトリィンを真似て団員たちが同じチーズの肉巻きに取り掛かる中、晴は味噌の壷をかたわらに味見を繰り返しているようだ。傭兵たちに包丁のこつを教えている霧矢をたびたび呼びつけては、
「お出汁のせいなのかしらねえ」
「この辺やと、昆布やら何やらよう手に入らへんからなあ。でもこれはこれで」
「まあ確かにそこそこいけるわよね。あたしの求めてた味とちょっと違うけど」
 ああでもないこうでもないと何やら相談を繰り返している。こうなると気になるのは、残るアルテミシアの鍋なのだが‥‥。
「‥‥お嬢。それはその‥‥何という料理だ?」
 鍋からただよう素敵な香りに鼻を押さえて尋ねたロイドに、アルテミシアは自信たっぷりに胸を張って答えた。
「名前はまだないわ! なぜならこの料理を作ったのは世界中でもきっと私が最初だから!」
「‥‥ちなみに、味見はしたのだろうか?」
 おそるおそるヴェリタスが聞くと、やっぱりアルテミシアは得意げである。
「必要ないわっ。塩も入れたし、ついでにワインも酢も蜂蜜も入れたもの、完璧よ!」
 道理で鍋の中身が得体の知れない色になっているわけである。煮立って泡を立てているそれはさながら魔女のつくる毒薬か、でなければ地獄の釜のようだった。ルーツィアもショーも、さすがにここまでになってしまうともう味の変えようがない。
「料理のできない私にだってできたってことは、きっとキミ達にもできるはずよ。この料理を食べて皆自信を持つといいのよ!」
 それじゃあ火が通るまで、ちょっと馬でも見てくるわねー、と足取りも軽く厩舎へ向かうアルテミシア。その背を見送りながら、確かに‥‥と、ロイドもヴェリタスも傭兵達も、料理のできない面々は皆、恐怖の鍋を遠巻きに見つめながら思う。
 確かに自分でも、アレよりはましなものが作れるかもしれない‥‥と。

●さて試食です
 まずショー、ルーツィア、サトリィンらのシチューが供されて、全員ぶんの椀が行き渡る。
「うん、なかなかいけるな」
 ゲオルグの言葉通り、団員たちも皆満足そうに口に運んでいる。灰汁もちゃんと取ってあるし、火もきちんと通っている。具が少々、いやかなり不ぞろいなのはご愛嬌だ。煮込みの間に作ったチーズの肉巻きも、肉を噛むと中から溶けたチーズがとろりと出てくるのが好評のようだ。
「極端な話、お鍋と水と、あとは肉や野菜さえあれば作れますから。また作ってみてくださいね」
 ショーが言うのも、食べるのに夢中な団員たちは聞いていたのかどうか。
 次は晴の鍋。蓋を開けると独特の匂いが漂って、これは何だろう‥‥? と皆が首をかしげた。作った本人が照れくさそうに笑いながら、差し出された椀に汁をよそる。
「ジャパンの味噌汁‥‥のつもりだったんだけど、色々あってノルマン流になっちゃったから、味噌スープってとこかしら」
 正体を知っている晴や霧矢以外は、見慣れない茶色い汁に最初はひるんでいたが、おそるおそる口をつけてみると意外と美味なことが判明した。香草も何も使っていないのに、食欲をそそるいい香りである。
「本当は昆布とか魚で出汁取るんやけどな。味噌自体高いもんやから、まず普段は作れへんやろけど、まあジャパンにはこんなんもアリってことで堪忍してや」
 霧矢の科白に皆が会計役のほうを向いたが、ボリスが黙って市場での値段を告げると、団員は皆肩を落とし名残惜しげに残りの味噌スープをすすった。さすがにスープひと鍋にそんな値段は払えない。
 さて、最後はというと‥‥。
「うっ」
 笑顔で鍋を開けたアルテミシアのほうからいかにも危険な匂いが漂ってきて、皆が一斉に固まった。ちらちらと見える色も不気味な色をしていて、ひとめで危険物だとわかる。ボリスもゲオルグも思わず身をのけぞらせた。
「な、なんだあれは!?」
「彼女を止められなくてすまない」
 沈痛な表情でヴェリタスが首を振った。
「しかし誓って言うが、われわれが気づいたときにはすでに何もかもが手遅れだったんだ‥‥」
 どんな料理の達人でも、あれをまともな料理に修正するのは不可能だろう。
「死ぬことだけはないと思うわ‥‥多分」
 さっきピュアリファイをかけておいたから‥‥と厳粛な表情で言うサトリィンの科白はこの場合あまり救いになっていない。やはりクレリックであるルーツィアは、アンチドートが使えなくてごめんなさいとすまなそうに頭を下げた。ショーは黙って聖印片手にもう祈りを捧げている。
 生命の危機を感じ青ざめて席を立とうとしたゲオルグとボリスを、背後からヴェリタスやロイドの腕ががっちりと引き止めた。
「せっかく彼女が愛をこめて作った料理だ。心して食べてやってくれ」
「そうそう。女の親切は無駄にするもんじゃねぇぜ」
 嗅いだだけで理性が危うくなりそうな匂いを前に固まった団長と会計役に、アルテミシアがにっこり笑ってとどめをさした。
「おかわりはたっぷりあるから、遠慮しなくていいのよ?」

 依頼に関係した諸氏諸兄の名誉を尊重してこの後の詳細は割愛するが、念のため、死者が出なかったことと、
「今まで生きてきた中で、一番命がやばい気がするぜ‥‥」
「やはり食事の味は大事だ‥‥この点は俺も間違いを認める」
 力尽き気を失う直前に聞かれた団長と会計役の感想だけは、いちおう記しておく。