【怪盗と花嫁】白銀の花嫁衣装

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月11日〜03月18日

リプレイ公開日:2005年03月19日

●オープニング

「ファンタス‥‥なに?」
「ファンタスティック・マスカレードだ」
 受付嬢が聞き返すと、記録係は軽く肩をそびやかしてかの怪盗の正式名称を聞かせた。
 怪盗ファンタスティック・マスカレード。
 昨年暮れから今年のはじめにかけて、イギリスを騒がせていた怪盗である。キャメロットギルドの冒険者たちによって追い詰められたにも関わらず、彼は最後には姿をくらまし、以来行方不明とされていた。ほとぼりを冷ますためにノルマンに逃げてくるのではという者もいたが、大半のギルド員はそんなまさかと笑い飛ばしたものだった‥‥のだが。
「その怪盗ファンタスティック・マスカレードの予告状が、マント領の領主のもとに届いたわけだ」
 文面の内容は簡単に言えば『花嫁をいただきに行く』。
 折しもマント領主ヴァン・カルロス伯爵には、婚儀の日が間近に迫っていた。花嫁の名はクラリッサ・ノイエン、十七歳。カルロス伯爵は四十代半ばという話なので、夫婦よりも親子といったほうが似つかわしい年齢差だ。クラリッサ嬢は前領主の娘だという話だから、おそらく領民の支持や領内の安定を得るために必要な結婚なのだろう。貴族の間では特にめずらしい話ではない。
「愛のない結婚ってわけ? いやあね、貴族って! 平民でよかったわ私」
「愛ある結婚の当てがないお前が言っても負け惜しみにしか聞こえないが」
「‥‥‥‥。つまりそのなんとかっていう怪盗が、花嫁さんを狙ってるわけ?」
「ファンタスティック・マスカレードだ」
 事態はそう単純でもないのだと、記録係は言う。
「怪盗は、キャメロットで悪魔の陰謀を暴こうとしていたんだという話もある。単なるでたらめかもしれないが‥‥今回の依頼主であるカルロス伯爵の周辺には、何かときなくさい噂が絶えない」
「第一、伯爵さまなんだから国に頼んで、騎士団なりなんなり出してもらえばいいじゃない。それをわざわざ冒険者ギルドに依頼するなんて、なにか騎士団に探られたくない事情があるんじゃ」
「そうもいかないと思うわよ」
 別の声が彼らの背後から割り込んだ。
「予告状はいたずらかもしれない。もし本物だとしても、本当に来るのかもわからない。そんな不確かなことに国が介入するわけにはいかないわ。浮ついた情報に流されて騎士団を動かしたりしたら、国家の威儀が損なわれるでしょう? もちろん」
 伯爵側には、あなたの言うような理由があるのかもしれないけれど‥‥と、受付嬢の目の前で朱唇が微笑の形をつくる。
「ぎ、ギルドマスターっ。仕事の話ですよ、なまけておしゃべりしてたわけじゃないですっ」
「ええ、もちろんそうよね? 同僚と職場で仕事の話をするのはしごく真っ当なことだわ。頼んでおいた依頼書は?」
 『同僚』という部分にわざわざ力をこめたギルドマスターのフロランスに記録係が顔をしかめたが、受付嬢のほうは手が全くのお留守になっていた現場を押さえられそれどころではない。机の上に散らばった羊皮紙をかき混ぜる。
「ほ、ほとんどできてますっ。そそそその伯爵閣下さまさまの、結婚指輪の件でスよねッ?」
「ええ、よくできました。正確には結婚指輪と花嫁衣装ね」
「もしかして、こないだのあの大仰な荷物か」
 記録係はどうやら、凝った彫り物のされた箱がギルドに運び込まれる現場を目撃していたらしい。得心がいったように声を上げると、フロランスはそうよと頷いた。
「衣装はパリの職人に注文してたものが、ついこの間仕上がったみたいね。指輪のほうはどこかから取り寄せたらしいけど‥‥とにかく、それをマント領まで無事届けてもらうのが依頼内容」
「怪盗が狙っているのは花嫁なのに?」
「馬鹿ねえ。相手はお尋ね者の泥棒なんだから、盗めるものはみんな盗んでいくに決まってるじゃない」
 訝しげな顔をした記録係の言葉に、受付嬢が何をいまさらという顔で口を挟んだ。
 フロランスが謎めいた笑みを浮かべる。
「確認のためにいちおう中身を見せてもらったけど、確かに高そうなドレスだったわね」
「ほら、ギルドマスターだってそう言ってるじゃない! ファンなんとかなんて気取って名乗ったところで、泥棒は泥棒よ」
「ファンタスティック・マスカレードだ」
 無駄だと知りつつ、記録係は辛抱強く三度目の訂正をしたが、やはり受付嬢には無意味なことだったようだ。
「ご大層な名前ねー。怪盗なんていったって、しょせんお尋ね者なんでしょ? そんなの素敵仮面でじゅうぶんよっ」
「素敵仮面‥‥」
 記録係とフロランスは、まだ見ぬ怪盗の名誉のためにも、その呼称を聞かなかったふりをした。

●今回の参加者

 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3073 アルアルア・マイセン(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3079 グレイ・ロウ(36歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea5254 マーヤー・プラトー(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea6592 アミィ・エル(63歳・♀・ジプシー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea6597 真 慧琉(22歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea7171 源真 結夏(34歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea9711 アフラム・ワーティー(41歳・♂・ナイト・パラ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●白銀の衣装
 伯爵が手配したという御者役は、見るからに陰気な小男だった。隈の浮いた目で冒険者らの顔色を窺うように、よろしく、とだけ口に出す。聞いただけで滅入ってきそうな、湿って暗い声だ。
「‥‥ファンタスティック・マスカレード、ね。なんか、舌噛みそうな名前よねぇ」
 ギルドの倉庫から運び出した問題の荷を馬車に積み込みながら、源真結夏(ea7171)は話題を振ってみた。
「怪盗仮面とかファンマスでいいじゃない。ねぇ?」
「ギルド員のみんなは、もうファンタマとか素敵仮面とか好きに呼んでたな」
 話に乗ってきたのはクロウ・ブラックフェザー(ea2562)。なにしろ御者役の男は冒険者が馬車に衣装箱や野営の荷物を積み込むのを、離れたところから例の陰気な目でじっと見守っている。黙っていると気詰まりだ。
「花嫁衣装とのことですが‥‥中身を確認させていただいても?」
 アフラム・ワーティー(ea9711)の申し出に、御者の男は嫌な目つきのまま頷いた。
「気を、つけ、ろ」
 そこで初めて相手のノルマン語がたどたどしいことに気づいた。衣装を汚すなということらしい。
 衣装箱の蓋をずらす。つやのある布地はおそらく絹、それも相当上質なものだろう。月道ものかもしれない。高価そうな布をたっぷりと惜しげもなく使った縫製といい、襟から胸元までの精緻な刺繍といい、明らかにそこらの庶民には手の届かないものだ。
「なかなかですわね」
 清楚かつ華麗な衣装は、アミィ・エル(ea6592)の趣味にも合致するようだ。
「これだけの衣装が似合うのは、世界中探してもきっとわたくしぐらいのものですわ。花嫁がどれほどのご器量か存じませんけど、お気の毒ですこと」
「あたいは花嫁衣装より、かっこいいお兄さんと仲良くなりたいなあ」
 おっほっほと高笑いするアミィの横で、みもふたもないことを言う真慧琉(ea6597)。
 皺にならないよう注意して衣装を戻していると、準備があると外に出ていたアルアルア・マイセン(ea3073)が戻ってきた。
「皆さん、腕に巻いておいてください。できるだけ外さないように」
 大急ぎで買ってきたらしい布の端切れを、全員に配る。布の下にはあらかじめ決めていた印をインクで書いておいて、もし途中で怪盗一味の誰かがまぎれこんでも、これが目印になるという手はずである。この点はクロウも警戒して、匂いでわかるよう全員にハーブを詰めた匂い袋を配ってもいる。
 さらにアルアルアは、御者に指輪のすり替えを申し出た。本物の指輪は自分が責任をもって守る、と言ったアルアルアの鉄の胴丸鎧を、男は疑わしげにじろじろと眺め回す。
「‥‥傷を、つける、伯爵様、怒る」
「鎧で傷などつけないよう、充分注意します」
 答えてもまだ信用できないというように、男はじろりとアルアルアの顔を睨む。間違っても指にはめたりしないように、というような意味のことを片言のノルマン語で告げ、女は光り物が絡むと人が変わるからなと嫌味でしっかり釘まで刺して、男は指輪のすり替え作戦を了承した。
「感じ悪ィな、あいつ」
 呟いたグレイ・ロウ(ea3079)にも、一応聞こえないよう声を潜めるだけの分別はある。愛馬に轡を噛ませその背に跨りながら、マーヤー・プラトー(ea5254)が生真面目な声を聞かせた。
「ともかく、今は依頼を完遂させるのみだ」
 それは勿論わかっているのだが‥‥と、冒険者たちは皆かすかに溜息をついた。これからの道中ずっとあの男と一緒なのを思えば、否が応にも気が重くなる。

●思わぬ停滞
 ともあれ一行はパリを出発し、とたんにいきなりとんでもないことが判明した。
 御者の男の馬捌きがあまりにも下手なのである。パリを出るまでは結夏が馬車馬の轡を引いてやったのだが、街道に出て冒険者たちが馬車を守る陣形をつくると、必然的に馬車は男が操ることになる。そこで障害物もないのに数分ばかり馬車が立ち往生したとき、おかしいと思うべきだったのだ。
 何しろろくに方向転換もできない。むやみに鞭をくれるので馬が興奮し、荷台が激しく揺れて荷が壊れるのではとひやひやする。これでは徒歩組のグレイやクロウがついて来られない、あんな速度で走ったらマントに着く前に馬がばてると文句をいい、乗馬のできるマーヤーやアフラムからこつを聞かせて、やっと無難な歩調に落ち着いた。
「前途多難ですね」
「依頼人を悪くは言いたくないが‥‥せめて、馬をまともに扱える者を寄越してほしいものだな」
 馬車の前方を警戒する役であるアルアルアとマーヤーが、馬上で言い交わしながら振り返る。やたらと馬の尻に鞭をくれたがる男の様子は、まるきり初心者のそれだ。並んで馬を歩かせている結夏にたびたび咎められても、一向に改まる様子がない。
 護衛すべき馬車がこの調子だ。天候もよく障害になるような道中ではなかったのに、一日目は大した距離を進まぬまま薄暗くなってしまった。歩くペースが一定ではなかったせいか、馬車馬はもとより冒険者らの馬も随分疲れているようだ。
「マント領までは確か、徒歩でも二日でしたよね?」
「この調子だと、一日余分にかかりそうだよなあ」
 野営のテントを張りながらのアフラムの言葉に、それを手伝いつつグレイが腹立たしげに口元を曲げた。
「契約の日程に余裕があるし、間に合わねぇことはねえが‥‥何とかなんねえかあれ。誰かが御者を代わってやるとかよ」
「一度決めた陣形を崩すのは危険です。どこから怪盗が姿を現すかわかりませんし、それに」
 言いかけたアフラムの言葉尻を、アルアルアが引き取った。
「ごねられますね、多分」
 誰が御者を務めるかでもめればまた到着が遅れる。期日の問題を別にしても、長引けばそれだけ危険も増えるのだ。グレイが唸って頭を抱えた。当の男は野営の準備を手伝いもせず、馬車周辺をぶらぶらしている。
 それを油断なく睨みながら、マーヤーがクロウに顔を向ける。彼は御者について事前に調べていたはずだ。
「身元は確かなのだな?」
「ギルドから言われてたのと名前や背格好は一致してるし、伯爵家の署名の入った書面も持ってたしなあ‥‥」
「でも怪しいですよねーアミィ様」
「敵対心は見えますわ」
 慧琉が同意を求めると、気に入らないと言いたげにアミィは肩をすくめた。リヴィールエネミーに反応しているということは、アミィになんらかの害意を持っているのだ。結夏が黒髪をかきあげる。
「それだけじゃ問い詰めるにはちょっとね‥‥単にアミィが嫌いなだけ、って可能性も充分あるし」
「‥‥何か引っかかる言い方ですわね」
「アミィ様が美しすぎるから、みんな嫉妬するんですよきっと」
 不機嫌になりかけたアミィを屈託のない慧琉がフォローして、とにかく男から目を離さないという結論でその夜は更けた。

●襲撃
 とうとう襲撃があったのは、二日目の昼間だった。
 まず気づいたのは前方を守るマーヤーだ。目くばせすると皆黙って武器に手をかける。街道の両脇は木々で塞がれ馬車が通れるほどの余裕はない。同じく木立の間に見え隠れする人影に気づいたアミィが、出迎えてさしあげるしかなさそうですわ、と呟く。
 林の影から矢が飛んで、馬車の荷台に突き立った。同時にほぼ目前で突然火の手が上がり、驚いた馬が棹立って歩みが止まる。
「魔法‥‥!?」
 それまで火の気などなかったのだ。アルアルアが馬をなだめ体勢を整える間に、同じ炎の壁が今度は後方を塞いだ。木立の間から複数の人影が動く物音が、他の者の耳にも届いてきた。グレイが剣を抜きながら舌打ちする。
「ちっ。囲む気か!」
 この連携ぶりは単なる野盗ではない。
 馬車の左右から、鎧姿の男たちが飛び出した。抜き身の一撃を、アフラムの剣が受け止めて硬質な音を散らす。右はアミィに斬りかかってきて、かわしきれず腕に赤い色がにじんだ。慧琉が相手の前を飛び回り注意をひきつけている間に、アミィが傷を庇いながら後方へ下がる。
「いかなる理由があろうとも」
 ひとまわり体の大きな相手と互角に切り結び打ち合いながら、息をほとんど乱さずアルアルアが告げる。
 カルロス伯に関する風聞は彼女も耳にしている。かの怪盗が義賊的な人物と噂されていることも。だが少なくとも、こうして命を賭して刃を合わせる瞬間だけは、そのようなことは彼女には関係がないのだ。
「わが剣の前に立つのであれば、敵と認識し排除するのみ!」
 金属同士がせめぎ合う激しい音が鳴る。
 結夏にオーラエリベイションをもらったグレイが、いっぺんに二人相手取って苦戦しているアフラムを助けに向かう。慧流の横をすり抜けようとしたひとりは、クロウの投げたナイフで手を串刺しにされ悲鳴を上げた。
 空中を真横になぎ払った斬撃を、マーヤーが素早く弾いてふと眉根を寄せる。単なる盗賊とは違う、鍛えた者の剣筋‥‥怪盗にこんな多くの仲間がいるとは聞いたことがない。自身も生業にしている職業がマーヤーの頭に浮かんだ。傭兵か?
 一方、馬車にくっついて守っている結夏も疑念を持ち始めていた。襲撃者は皆、戦士のように見える。だが馬車の前後を塞ぐ炎は明らかに魔法のもので、精霊魔法を扱えるように見える手合いは視界に見当たらない。どこかに魔法使いがいるのだ。
 どこに? 考えに沈みそうになった結夏の視界の端で、何かが動いた。
「ちょっと、どこへ行く気!?」
 御者の男が泡を食って、御者台からあたふた降りようとしている。武装もしていないのに飛び出して逃げようとするのは自殺行為だし、この男から目を離すのはまずい気がする。結夏は男の腕をつかんで引き止めた。
「はな、せ」
「いいから大人しくしてなさい! さもないと」
『俺ヲ、放セェッ!』
 声音が甲高いものに変わった。男の輪郭がゆがみ、するりと脱げ落ちた服を風がさらう。なぜか手を放してしまった結夏の前で、男だったものは翼を広げて飛び立った。あれは。
「インプ!?」
 見上げたクロウが瞠目して声を上げる。襲撃者らも驚愕に一瞬手元が止まっていた。とっさにクロウがナイフを投じるが、魔力なき攻撃は悪魔を傷つけることなく、硬い音をさせてナイフが地面に落ちる。なら自分が彼にオーラパワーを使えば、と動きかけたマーヤーにインプの言葉が飛んだ。
『ソコカラ、動クナ!』
 途端にマーヤーの脚がぴくりとも動かなくなる。それでやっと結夏も気づいた。あれは魔法だ。
「馬鹿にしてっ。わたくしが撃ち落としてさしあげてよ!」
 アミィのサンレーザーも一撃では致命傷を与えられず、『喋るな』との命令を与えられて今度はアミィの口が固まる。けけっと馬鹿にするような笑い声を上げるインプだが、そのとき鋭い声が響いた。
「見つけた‥‥!」
 赤い炎の球がインプの頭上に飛んだかと思うと、光と熱が爆ぜた。耳を聾する爆音と爆発に巻き込まれたインプは、体を黒焦げにしながら地面に墜落した。それでも起き上がり、次の魔法をかける相手を探して呪文が紡がれる。アルアルアが不快そうに眉間をしかめた。
「情報を聞き出せないのは残念ですが‥‥ここで倒さねば後々の禍根になりますね」
 結夏のバーニングソードを乗せたアルアルアの一撃が、インプにとどめを刺した。

●かの女の名は
「小物って嫌ねぇ。引き際ってものがわからないんだから」
 首を振りながら木立の間から出てきたのはエルフの女性だった。大胆に切れ込みの入った襟元から、豊かな胸がのぞいている。呆気にとられたアフラムが、あわてて問い質す。
「ご婦人‥‥もしや、あなたが怪盗の?」
「そうよ。私のこと、知らないかしら? ホリィ・チャーム。怪盗ファンタスティック・マスカレードの、若く美しい右腕よ」
「荷物は渡せない」
 悪戯っぽく笑む顔は確かに魅力的だが、悪魔の魔法の効力が切れて動けるようになっても、マーヤーはまだ剣を収めなかった。騎士の問いにホリィは、冒険者らの予想を裏切ったことを口にする。
「別に、乳臭い小娘のドレスなんて興味ないわ」
 なんですって? と結夏が目を見張る。
「くれるというならもらってあげてもいいけどね。私としては、伯爵に悪魔が関わっているのを確かめられただけで収穫」
 インプが単に人間に成り代わっていただけなら、わざわざ馬車で荷を運ぶ必要などない。ホリィは知らないが、インプは指輪や衣装に傷がつくことを気遣ってさえいたのだ。なぜ悪魔が、そんなことにまで気を遣う?
 伯爵は明らかに、悪魔となんらかの関わりがあるのだ。
「追い詰めればきっと尻尾を出すと思ったから、あなたがたには悪かったけど少々乱暴な方法を取らせてもらったわ。この後の予定も詰まってるし‥‥誰も死ななかったし、あなたがたは荷を守るのが仕事だから構わないわよね? このあとマントでひと仕事あるから、そろそろ失礼させていただきたいのだけど」
「逃がすとお思いですか」
 アルアルアの手が刀にかかっても、ホリィは笑みを崩さない。
「あたしの得意は火の魔法。さっき見せた魔法を、今度はそこの馬車に向けて使えば‥‥わかるわよね?」
 馬車を巻き込まぬように魔法を撃ってやったのだから、見逃せということか。確かにまた同じ魔法を使われれば、依頼は失敗するのは明らかだ。舌打ちしたグレイに満足そうに笑み、踵を返そうとしたホリィは、もう一度冒険者らを振り返る。
「後を尾けるのは勝手だけど、見つけたら魔法で撃ち落とすわよ?」
 そのつもりだった慧流の動きがぴたりと止まる。ホリィが相当の腕ききなのはすでに判明ずみで、そんな相手に絶対見つからないという保証はない。黒焦げになるのは避けたいし、第一向こうはあえて荷には手出ししないと言っているのだ。
「あなたがたもご苦労さま。急ぐから、治療費はそこから払ってちょうだいね」
 言ってホリィが放り投げた腕輪に、襲撃者だった傭兵たちは先を争って群がったという。

 その後はアルアルアが馬車の手綱を取り、無事マント領まで到着したが、指輪と衣装を無事届けた城では騒ぎが起こっていた。予告状通りに、怪盗が出たのだそうだ。伯爵は多忙で面会を拒否、花嫁護衛のために雇われていた冒険者らも急がしそうで、とても詳しい話など聞けそうにない。
 前半の遅れがたたって、パリギルドに戻る日も迫っていた。この事件の全貌についてギルドの報告書で何かわかることを祈りつつ、冒険者たちはひとまずパリに帰還することになったのである。