雨のあと、庭に来る春

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月16日〜03月23日

リプレイ公開日:2005年03月25日

●オープニング

 いつもチーズなどを売りに来てくれる農家のおじさんが、これはおまけね、と言ってキャベツ丸ごとひと玉を置いていってくれた。そういえばもう春野菜の出始める時期である。
 アンヌ奥様はもうお歳なので肉類はそれほど召し上がらないのだけれど、冬はどうしても乾燥野菜――干した茸や根菜、香草類など――に頼らざるをえない。いきおいシチューやスープなどの煮込み料理が多くなる。これからの季節は少しメニューに変化がつけられそうだと、ローテは嬉しくなった。
 半地下の貯蔵庫に食料品を運び込んだあとちらりと覗くと、奥様は書き物机の前に腰かけたままうとうとしていた。起こさないようにそうっと膝掛けをかけておく。手紙の整理をしていたようだ。外にあまり出ないぶん奥様は筆まめで、いろいろな人と頻繁に手紙のやりとりをしている。おかげでローテも配達人とすっかり顔なじみになってしまった。
 忍び足で退室し、干していた洗濯物を取り込みに庭に出る。ここ数日雨が続いていたが、今日は久々に快晴で、皆気持ちよく乾いていた。
 洗濯桶にシーツや寝巻きを放り込み、玄関までの道を戻りながら、ふと緑の匂いが濃くなっているのに気づく。秋のはじめに植えた庭の楡の木は、いつのまにかずいぶん背を伸ばしていた。
「このお屋敷に引っ越して、もう半年もたったのねえ‥‥」
 感慨深く呟くローテの足元に、ふと、ぽとりと何かが落下した。何だろうと見下ろす。
 なにかの拍子で木の上から落ちてきたらしい大きな蜘蛛が、ローテの靴の上に這いのぼろうとじたばたもがいていた。
「いやあっ」
 咄嗟に蜘蛛のくっついた足をぶんと振り上げると、勢いあまって脱げた靴が虫ごとぽーんとどこかへ飛んでいく。最大の恐怖からは逃れたものの、ローテの平衡感覚では、片足を大きく上げた状態で立っていられるはずはなく‥‥。
「あ」
 ここで素直に転んでおけばよかったものを、洗濯物を死守せねばという気持ちがつい先に立った。ここでぶちまけてしまったら、また一から洗い直しだ。片足だけの不安定な状態で、それでもなんとか踏みとどまろうとふらついた挙句。
 運悪く、昨日までの雨でぬかるんでいた地面に足をとられた。
「きゃあああーっ!」
 ずでん、と見事にひっくり返ったローテの悲鳴は、奥様がびっくりして目を覚まし庭まで降りてくるには充分なものだった。

「司祭さま、昨日からご用事で出払ってらっしゃるんですって。お帰りはまだ先みたい」
「そうですか‥‥」
 包帯を巻いた自分の足を恨めしげに見下ろして、ローテは溜息をつく。
 今まで病気ひとつしなかった丈夫な体が自慢だったのに、間が悪いときに怪我をしたものである。骨には異常はないようだが、神聖魔法を使える司祭に来てもらえないとなると、自然治癒に任せるしかないのだろう。
「奥様、今日のお夕飯どうなさいます? 私、この足だとちょっと‥‥」
「教会でご近所の方に事情をお話したら、皆さんが夕食に招待してくださったの。場合が場合ですし、今晩はご好意に甘えてご馳走になろうと思って」
「そうしてください。私は私で適当に食べますから」
「でも、困ったわねえ」
 あなたの足が治るまで、ずっとご近所のお夕食を渡り歩くというわけにもいかないし‥‥と奥様が嘆息する。
 アンヌ奥様は生粋のお嬢様育ちである。家事に関することで奥様ができるのはせいぜい刺繍ぐらいのもので、不思議なことに刺繍以外の裁縫になると雑巾ひとつまともに縫えないのだから、奥様の家事への適性のなさは相当のものだ。
 ローテの仕事はもちろん炊事だけでなく、家中の掃除、洗濯、配達人や行商への応対、貯蔵庫や薪の管理、その他諸々の雑用‥‥どれひとつとして奥様にこなせそうなものが見当たらない。使用人が自分ひとりというのは気楽でいいが、こういうときには少々困りものだ。
「‥‥ここはやっぱり、冒険者に頼みましょうか」
「まあ。なんだかずいぶん久しぶりな気がするわ」
 ついでに軽く庭の整備もお願いしましょうねなどと、奥様は意外と図々しい。

●今回の参加者

 ea3674 源真 霧矢(34歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea4626 グリシーヌ・ファン・デルサリ(62歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea5803 マグダレン・ヴィルルノワ(24歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea6337 ユリア・ミフィーラル(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea9190 ルーツィア・ミルト(29歳・♀・クレリック・パラ・ノルマン王国)
 eb0388 ベネディクト・シンクレア(21歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ロチュス・ファン・デルサリ(ea4609)/ アルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999

●リプレイ本文

 集まった冒険者は、源真霧矢(ea3674)とベネディクト・シンクレア(eb0388)の二人をのぞいて全員女性だ。依頼内容については既にギルドのほうで聞いており、ふたりともこれは自分たちは力仕事担当だなと早くも目を見交わしている。
 問題の家に到着し、ほころび始めた緑の匂いの濃い庭を抜けて扉を叩くと、どうぞーと奥のほうから声が出迎えた。以前この家を訪問した経験のあるミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)やグリシーヌ・ファン・デルサリ(ea4626)以外は、二人暮しにしては広すぎる家や庭にしきりに感心している。
「ローテさん、お怪我大丈夫なんですか〜!?」
 家の中に入るなり、椅子に腰かけて休んでいるローテと奥様を発見し、ミルが心配そうな声を上げた。
「ああ、ご苦労様。たいした怪我じゃないのよ、もうあまり痛まないし」
「でも、このお屋敷の家事を全部受け持っていらっしゃるんでしょう?」
 自身も家事の心得があるルーツィア・ミルト(ea9190)には、それがどれほど大変なことか想像がつくようだ。やはり家事を得意とするマグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)も、感嘆の目でローテを見つめている。
「そうは言っても、いつも隅から隅までみっちりやってるわけじゃないのよ。毎日必ずやらなきゃいけないのは洗濯とお料理ぐらいで、お掃除は埃が目立たない程度に手を抜いてるし」
 広い家だが、女主人であるアンヌの行動範囲は比較的限られている。彼女の目の行き届く部分はいつも綺麗にしておいて、奥様があまり顔を見せない場所、たとえば納屋や厨房、裏口などは手が空いたときだけ掃除しているのだそうだ。
 ここ数日は近所の家の使用人が様子を見に来て、最低限の洗濯や簡単な料理はやってくれているのだという。
「でもそれだと、人を貸してくださってる向こうのお宅に申し訳ないでしょう? かといってこの子に任せると、無理をして怪我が治るのが遅れそうですし、だから皆さんに来ていただいたの」
 奥様が説明すると、シェアト・レフロージュ(ea3869)が頷く。
「お仕事ができなくてもどかしいかもしれませんけど、いい機会ですからゆっくりなさって下さいね」
「日頃頑張ってらっしゃるから、セーラ様がご褒美にお休みをくださったのですわ、きっと」
 マグダレンの言葉で、皆の間にさざめくような笑いが起きる。さて早速仕事にかかろうと冒険者たちが荷物を下ろし始め、ユリア・ミフィーラル(ea6337)が明るく張り切った声を上げる。
「さて、料理担当はあたしとミルさんかな。美味しい食事を作れるよう頑張るから、みんなもしっかり働いてね。台所どこ?」
「あっ、私が案内します〜」
 何度かこの家の台所に出入りしたことのあるミルが、翅を揺らめかせユリアを先導する。他の冒険者たちもやるべきことを探して、各々持ち場を話し合いながら決めている。
「助っ人が来た以上、何も心配いらへんで。ローテはんは安心して養生しとき」
 これは見舞いな‥‥と言って、霧矢はわざわざ持参してきた花を差し出して、ローテが嬉しそうに頬を上気させた。グリシーヌはその後の家具の使い心地が気になるのか、一輪差しにその花を活けながら奥様に尋ねているようだ。

●おうちのお仕事
 まだ朝靄の残る早朝から彼らの仕事は始まる。
「む、虫はちょっと、苦手なんですけど‥‥」
「中の仕事しててもええんやで?」
 今度は薔薇の茎の上をのんびり這っていた芋虫を見つけて、枝二本で作った即席の箸で器用につまみあげる。霧矢が手元にある小さな麻袋に放り込むのを見て、シェアトがさりげなく彼から距離をとった。中身が今どうなっているか考えたくないのだろう。そんな様子を見ながら、ベネディクトが頭をかく。
「植物のことだったら俺も少しは詳しいし‥‥ロチュスさんの書き付けもあるし。別に無理しなくても」
「い、いえ。花は好きですし‥‥植物には虫がつきものですから」
 そんなシェアトは、奥様が秋頃にめずらしがって買ったというハーブの種を持って、虫避けも兼ねて要所要所に植える計画のようだ。油虫を落とすためのミルクも片手に、大きな虫がどこかから出てこないかこわごわと作業を進めていた。
「まあ本人がそう言うならええけどな‥‥せや、やり始めてから言うのもなんやけど、この虫どもはどないしよか」
「あとでどこか離れた場所に放してやればいいと思いますわ」
 そのあたりもちゃんと考えていたマグダレンは、シフールにはやや大きめの挟を抱えて主に高い場所の枝を整えている。
「蜘蛛は益虫ですから、駆除しないほうがいいと思いますわ。他の害虫を食べてくれますし‥‥よほど目立つ所にいなければ放っておいて構わないでしょう。ローテさんは苦手なようですけど」
 今回は蜘蛛がきっかけでちょっとした騒ぎになったが、まあ不幸なめぐり合わせだったと思って彼女には諦めてもらおう。
「シェアト君、そっち終わったか? 水汲んできたから、手分けして少し水やりしようか」
「ありがとうございます。この間雨が降ったばかりですし、軽く湿らすだけにしておきましょうね」
 いつのまにか井戸から水を汲んできたらしいベネディクトが、口の細いじょうろをシェアトに渡す。霧矢とマグダレンのほうはようやく広い庭を軽く一回りし終わり、いつのまにか太陽の位置が変わっていたのに気づいたようだ。

 毎日出る洗濯物のほとんどはローテの使う前掛けや手ぬぐい。布巾やナプキンなどだ。数は少ないがローテや奥様の身に着けるものも混じっているので、手伝おうかというベネディクトの申し出を、グリシーヌはやんわり断っておいた。
 洗濯場は井戸のすぐそばにある水場で、雨よけの屋根が一枚あるほかは吹きさらしの場所である。人が来て最低限の洗濯はやってくれていたというが、そろそろしまうという冬ものの衣類などもこの際なので引き受けた。貯蔵庫から洗濯用の石鹸を取ってきたルーツィアと、洗濯物を種類別に分けて持ち出したグリシーヌで洗濯開始である。
「空気は暖かくなったけど、まだ結構水は冷たいですね‥‥」
 桶に水を張りその中で布を洗うルーツィアの言葉に、まだお若いのに何をおっしゃるのとグリシーヌがはっぱをかける。苦笑いしながら大きな桶いっぱいの洗濯物をすすぎ、ひとつひとつ水気をしぼっていると、隣で黒い服を広げたグリシーヌが声を上げた。
「これはひどいですわね」
 ローテが転んだときに着ていたという服なのだろう。泥だらけの服は、桶につけるとあっという間に泥汚れが浮いてくる。
「これはこうして少し水につけておきましょうか。とりあえず、洗い終わったぶんを干しに行かなくては」
「はい。今日はいいお天気ですから、きっとすぐ乾きますね」
 いつも南向きのテラスで洗濯物を干すのだとローテに教えられていたので、ふたりは洗濯物を預かってそちらに向かう。天気はまずまずなので、夕方までには乾くだろう。洗いざらしのシーツの皺を伸ばしてたたみ、乾かしたラベンダーと一緒にしまっておけば、きっと夜いい夢が見られるはずだ。

●まだまだお仕事
 裏口を通って、表で二人で薪を割っていた男性ふたりが台所へ戻ってきた。ベネディクトが抱える薪ひと束はかまどの傍へ、霧矢のかついだ一抱えぶんは明日以降のぶんとして半地下の貯蔵庫へ。
「お疲れさまです〜」
 材料を切る手を休めてミルが労うと、汗を拭いながらベネディクトがおうと軽く手を上げた。断りもせずにぞんざいな仕草で空いている椅子を引き、一休みといわんばかりにどっかとそこに腰を下ろす。力仕事で大分消耗したのか息が荒い。
「『イロオトコ、金と力は‥‥』っていうのは、どうやら本当みたいだな‥‥」
「何言うとるんや、あれぐらいで」
 音上げるんかうぬぼれるんかどっちかにせえ‥‥と呆れる霧矢にとっては『あれぐらい』でも、エルフで吟遊詩人でその上自称『イロオトコ』のベネディクトには、薪割りは相当な重労働だったのだろう。椅子の背もたれにぐたりと体を預けたまま、鍋から匂ってくる香りに鼻をひくつかせている。
「いい匂いだなあ。今晩の夕飯だろ?」
「うん。ごめんね、まだもう少しかかると思う」
 ユリアの傍らのかまどに上げられた鍋から、煮えたキャベツの匂いが漂っていた。煮るのに時間がかかるのでその間に他の料理にかかっているらしく、ミルとユリアは二人で野菜や香草を刻んでいるところだ。肉はそれほど食べないという奥様のために、今日の献立は野菜料理やオムレツが中心らしい。
「明日あたり市場に買出しに行くつもりやけど、足りん物があるなら買うてくるで」
「ローテさんの話だと、そろそろ農家の行商の人が来る頃みたいなんだよね。だからバターとか野菜は間に合うと思うんだけど‥‥あ、塩の残りが少ないみたいだから、お願いしようかな。それから‥‥」
「そろそろ果物も売ってるかもですねぇ? 苺とか」
 そういえばという感じでミルが会話に割り込むと、ベネディクトももぐもぐと口を動かしながら同意した。
「苺かー。食後のデザートに丁度いいかもなあ」
「じゃあ、試しに少し買ってきてもらおうかな。あっ、ちょっと何食べてるの!?」
 サラダに使うために刻んでおいたチーズひとつかみぶんが消えている。ユリアとミルに口の中身を追及されるベネディクトを放って、霧矢は台所を後にした。マグダレンに話しておけば、買出しの資金は経費として奥様かローテに出してもらえるはずだ。

 配達人の男性が扉を叩くと、来客の応対役のマグダレンと手の空いていたシェアトやミルが顔を出した。いつもの人じゃないんですねという言葉に事情を説明すると驚いたようで、お大事にというローテへの伝言を仰せつかった。話通り、ローテはこのあたりの配達人とはずいぶん顔なじみになっているようだ。
「配達、ご苦労さまです〜」
 配達された手紙の束をミルとマグダレンが預かると、まずその分厚さに驚く。
「いつもこんなに届くんですの?」
「そうですねえ。ま、大体はこんなものです。こちらの奥様から手紙をお預かりすることもありますよ。お年を召した方のようですから、気晴らしがわりにあちこちと手紙のやりとりをしてらっしゃるんじゃないんですかね。たまにいますよ、そういう方」
 生来おしゃべりらしい配達人は、質素な帽子をかぶりなおしながらぺらぺらとそんなことを言う。
「あ、ここに受け取りの署名お願いしますね」
 いつもローテが代理として署名しているというので、シェアトもそれにならってさらさらとアンヌ奥様の名を書いておく。受け取った手紙の束を奥様に持っていこうと翅を動かしたミルの手元から、ぱらりと一通の手紙が落ちた。
「落ちましたよ」
「あ、すみません」
 拾い上げた配達人に頭を下げてシェアトがそれを受け取る。差出人の名のない手紙だった。羊皮紙を重ねて折りたたみ封蝋を押しただけの飾り気のまったくないもので、赤い蝋で封がされている。押された刻印は、鳥‥‥だろうか?

●女主人と奉公人
「いかがですか?」
「もう痛まないみたい。あー、早く仕事したいわ! 座ってるの飽きちゃった」
 その言葉は冗談っぽく響くがおそらく本心だろうと、はずした包帯をしまいながらルーツィアは目を細める。
 クレリックの彼女はリカバーの魔法を使えるが、ローテに休んでもらう意味もこめてしばらく内緒にしておいたのである。冒険者らに家事を任せていきなりすることがなくなった彼女のために、シェアトが香草茶を届けてあげたり、グリシーヌは繕い物、マグダレンは細かい仕事の指示などを頼んでおいたりもしたのだが、それだって普段忙しく働いているローテにとっては休みみたいなものである。基本的に働くのが好きなのだろう。
 そろそろギルドに戻ろうかという頃には、すでにルーツィアがリカバーをかける必要がないほどに怪我は回復していた。
「皆さん、どうもご苦労さまでした」
「いいえ。去年の秋以来でしたから、久しぶりで懐かしかったですわ。ロチュスが気にしていたお庭の様子も見られましたし」
 部屋の掃除を終えたばかりのグリシーヌが、雑巾や箒を片付けながら笑む。
「そういえばローテさんって、どういう経緯で奥様のところで働くことになったんです?」
「え? そうねえ、そんなに珍しい話でもないの。私、小さい頃に両親を亡くして祖父のところで育ったんだけど、その祖父が男爵家の奉公人だったのよ。だから私も、いつのまにかそこで働くようになったんです」
 それでどういうわけか奥様に気に入られ、隠居先にまで一緒に連れてこられたというわけだ。
「でも、奥様がいい方でよかったですわね」
「それは本当にそう思います。まあ、確かにちょっと困った方ですけど」
 でも憎めないのだと、まだ歳若い使用人の少女はそう言って笑う。その『困った』部分を一度見せられているグリシーヌとしては否定もできず曖昧に笑み返すと、扉を叩く控えめな音が室内に届いた。
「ローテ。お夕飯だそうだけど、部屋まで運ばなくても大丈夫?」
「あ、奥様。大丈夫です、今行きます」
 噂をすれば。ルーツィアとグリシーヌが目を合わせてちょっと笑うと、屋敷の住人たちは彼女たちを不思議そうに見た。
「お夕飯ですよ〜」
 家のあちこちに夕飯の報せをしてまわるミルの声が、どこかから聞こえてくる。
「行きましょうか」
「ええ。今日のお夕飯は何でしょうね‥‥ユリアさんもミルさんも、本業だけあってお料理上手くて嫌になっちゃうわ。ねえグリシーヌさん、どちらかに頼んだら、新しい献立か何か教えてもらえると思います?」
「さあ、どうでしょう。試しに話してみたらいかがです?」
 そうしてローテはルーツィアの手を借りて立ち上がり、今きっとユリアが美味しい料理でいっぱいにしている食堂へと、手伝いをしてくれた冒険者たちと、それから奥様と一緒に食堂へと歩いていく。