ただいま看病中!
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:4〜8lv
難易度:易しい
成功報酬:3 G 12 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月21日〜04月29日
リプレイ公開日:2005年04月29日
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●オープニング
確かにその日の昼は、日差しが強くてちょっと汗ばむぐらいの陽気だったのだ。それに、冬の間厄介になっていた下宿を引き払ってのびのびとした放浪生活に戻ったこともあり、傭兵団『鷲の翼』の面々は少し浮かれていた。どうやら自分たちは芯からの根なし草なのだと、いつも彼らを押し留める立場である会計役のボリスでさえほっとしている自分を認めざるをえなかった。
朝は愛馬を走らせれば大地を渡る風が耳元をそよぎ、夜は草原に寝転がればそこが寝床、星空が天井。ちっぽけな家のちっぽけな藁の寝台だってそりゃあ悪かないが、この眺めに比べたら何ほどのもんだ? こんなに世界は広いじゃないか!
ともかく発端に遡れば、そう、その日次の街までの道をのんびり歩いていると、野暮用があるからと数日間団を留守にしていた団長、ゲオルグ・シュルツが、愛馬にまたがって戻ってきたのだった。団長には色々と団員たちの知らないコネがあるようで、そうやって何日か離れていた後ひょいと現れては、傭兵の働き口を持ちかけてくることも珍しくはない。
だがこのときは、少々様子が違っていた。
「どうしたんです、その顔」
会計役が驚いたのも無理はない話で、むさ苦しいみっともない女が逃げるちゃんと剃れとボリスに日頃から口うるさく注意されていたゲオルグの無精髭が、きれいさっぱりなくなっていたのだった。そういえば服装もいつもより身奇麗な気がして、普段より若く見える。団長どのが決まり悪げに言うことには、
「むさい顔じゃちっとまずい相手だったもんでな。お会いする前に剃ったんだ」
「女ですか」
「まあな。本物の貴婦人ってやつだ、いいだろう」
「そのままにしておけばもっと女にもてますよ」
「よせよ、毎日剃るなんて面倒臭ェ。一週間もすりゃまた元通りさ‥‥それにしても暑いな、今日は」
その貴婦人とやらに会ったときの格好なのだろう、清潔そうな軽装のゲオルグでさえそう感じるくらいである。朝から強い日差しに照らされながらずっと歩いていた団員たちは、皆汗をかいていた。何しろ全員鎧で武装しているのだ。
「すぐそこに池があったな。ちょっとばかり汗でも流すか」
「まだ四月ですよ。水浴びには早いと思いますが」
「四月だって暑いもんは暑いんだ。お前らだってさっぱりしてえよなあ?」
団長が仲間たちに尋ねると、強い太陽の光にすこしばかりうんざりしていた男たちは皆一様に頷く。こうなると主導権はゲオルグのもので、嬉々として池のほうへ馬首を向ける団員たちのあとを、ボリスは溜息とともについていくことになった。
男ばかりの気楽さで、さっさと服を脱ぎ散らして水面へと飛び込んでいくゲオルグたちを、会計役は呆れながら眺めるしかない。それほど深くはない池を素裸で泳ぎながら、団長は明るく岸のほうに手を振った。まだ幼い団員見習いたちも、水をかけあったりしてはしゃいでいる団員たちを羨ましそうに眺めているが、ボリスに散らばった服の片づけを命じられ仕方なくそちらに回る。
当のボリスは馬たちに池の水を飲ませながら、濡らした布で額や首を軽く湿して涼をとっていた。
「お前らもどうだー? 冷たくていい気分だぜ?」
「遠慮しておきます」
実のところ、これが彼らの明暗を分けたのである。
そしてその数日後、冒険者ギルドの掲示板の片隅に、一枚の依頼書が貼りつけられた。
『バカどもの看病求む。病人は全員風邪。結果的に病気さえ治れば何をしても可』
依頼人の直筆なのか、几帳面に整った字だが文面はどうしようもなく簡潔で身も蓋もなかった。
●リプレイ本文
早朝。
観光兼仕事探しに出かけるというボリスが、早々と階下に降りてきた。今は街の宿に逗留しているので、朝食のパンとチーズぐらいは宿で用意してくれる。厨房を借りて病人の食事を作っていたミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)が、一旦手を休めてボリスの元に朝食を持っていく。
一方、案の定汚れ物がたまっていたので、ショー・ルーベル(ea3228)はそれを抱えて井戸のある裏手へ出た。季節は春だが早朝なので、井戸水はまだ結構冷たい。洗濯用の石鹸を使って、ひとつひとつ丁寧に洗っていく‥‥のだが。
「意識しないように。意識しないように‥‥」
あまり男性に免疫のない彼女に、男の下穿きやシャツを洗うのは少々刺激が強いようだ。ぶつぶつと己に言い聞かせながら、少しでも早く終わらせようと洗う手が、どんどん大雑把になってきている。
一緒に連れていく見習い二人を起こしてほしいと頼まれて、源真結夏(ea7171)とヒスイ・レイヤード(ea1872)が二階へ上がる。十歳前後と見える見習いたちは、風邪がうつらないようボリスと一緒に別の部屋に泊まっていた。彼らを起こして下の階へ送り出したあと、ふと結夏は問題の一室を覗き込む。
‥‥大部屋に並んだ寝台の上で、男どもが揃いも揃ってうんうん唸っていた。
「この季節に風邪なんて、一体何をしたのかしら」
「あらヒスイ、聞いてないの? この連中はね」
冒険者たちが到着したその日にボリスが愚痴った内容をそのまま聞かせると、さしものヒスイも少々呆れ顔だ。
「風邪引かないほうがおかしいわよねえ」
「ほんと。いくら暑かったからって、この季節に水浴びで風邪なんて‥‥馬鹿?」
病人たちが熱と咳で反論できないのをいいことに二人が言いたい放題言っていると、水桶と布を手にした聯柳雅(ea6707)が部屋から出てきた。
「なんだ、早いな二人とも」
「そうでもないわよ。ショーなんかもうとっくに起きてたし‥‥柳雅こそ、ずっと起きてたの?」
「いや、ショー殿やヴェリタス殿が途中少し代わってくれたからな。半徹夜というところだ」
道理で、ヴェリタス・ディエクエス(ea4817)がまだ起きてこないわけだとヒスイは納得する。
「昼に少し眠るつもりだから、心配は無用だ」
「そう? 昼はあたしたちが見るから、ちゃんと休むのよ」
結夏が言うと、うむ、と柳雅が眠たげな目で頷く。
普段看護人を生業としている柳雅は、自ら積極的に看病を申し出ていた。どちらかといえば男性的な言葉遣いや立ち居振る舞いとは裏腹に、病人の汗を拭いてやったり食事の手助けをしてやったりとかいがいしく働いているようだ。
「ところで、ヴェリタス殿かニュイ殿を見なかっただろうか?」
「さあ? 今朝はまだ見てないけど‥‥どうして?」
男手であるヴェリタスやニュイ・ブランシュ(ea5947)とは、そういえばヒスイも結夏も今朝はまだ顔をあわせていない。ヒスイが尋ね返すと、柳雅は珍しく、あー‥‥と言いにくそうに語尾を濁した。
「病人が、なんというか‥‥朝だから用を足したいそうなので、誰か男性が手を貸してやってほしいのだが」
「‥‥なるほど」
外見上まったくそうは見えないので、柳雅も結夏もすっかりヒスイが実は男性であることを忘れている。
●ただいま看病中!
結局病人たちの用足しにはヴェリタスが叩き起こされ(一番力があるからという理由の人選である)、彼がひとりひとり便所まで肩を貸してやっている間に、ボリスと見習いたちが支度を終えて出て行った。
「次は、皆さんのお食事ですね〜」
ミルお手製の病人食は、パン粥と具をくたくたに煮込んだ野菜スープ。
「消化のいいものがよさそうですから、味も薄めに仕立ててみました〜」
「では、わたくしが上まで運びますわね」
クレア・エルスハイマー(ea2884)らが二階まで鍋ごと運び、ひとりひとりに配膳する‥‥のだが。
「食いたくねえ‥‥」
「食欲がなくても、ちゃんと栄養取らなきゃ治らないわよ?」
子供のようなことを言う傭兵たちに、何を甘えたことをと結夏が呆れる。
「熱を下げてちゃんと栄養とって、暖かくしてぐっすり寝て安静にしてれば、たいがいの風邪は治るもんよ。せっかくミルが作ったんだから、残すなとは言わないけど食べられるだけは食べなさい」
「ええと‥‥どうしても食べられなかったら、果物もありますから。ね?」
とりなすように、ショーが昨日市場で買ってきた包みを指す。
渋々ではあったが皆食事を取り始め、二人ほどは残してしまったが他は皆皿の中身を平らげたようだ。団長ゲオルグはどうしても食欲がないと言い張って、仕方なくショーが買ってきた干し林檎を切ってやっている。
俺も人より少しは薬草に詳しいつもりだが‥‥と、湯が沸くのを待ちながらニュイは前置きをする。
「あいにく連中に効く薬草に心当たりはない」
「ジャパン流にいえば、つける薬がないってことよねえ」
「は、はあ‥‥」
淡々と毒を吐いたニュイとそれに同意した結夏にはさまれて、皿を洗いながらショーは曖昧に相槌を打っている。ミルはやはり皿を洗いながら、頭上で交わされる会話に首をかしげた。
「それじゃあ皆さん、治らないんですか? ただの風邪なんですよね?」
「ああ、もちろん風邪は治る。そのために、せっかく薬草を用意したことだしな」
治らないのは頭のほうだ‥‥というニュイの毒舌は幸か不幸かミルの耳には届かなかった。湯が沸いたのを見計らって、用意しておいたポットにたっぷりと湯を注ぐと、薬草の香りが洗い場全体に淡くひろがる。
「それは?」
「キャットニップ。熱さましに効果がある」
「おいしいんでしょうか〜?」
「この手の薬草茶の中では癖がないほうだ。大の男が飲めないはずはない‥‥ところでヴェリタス」
言いながらニュイはちらりと横目で、先ほどから黙々と何やら作業をしている騎士のほうを見やる。ヴェリタスはこの上なく真剣な表情で、器の中のものを混ぜ合わせているようだ。
「‥‥それは何か、聞いてもいいだろうか?」
「ジャパンで風邪をひいたとき飲むものだそうだ。俺の妹の婿‥‥つまり義弟がジャパン人でな、いつだったか教えてもらった」
器の中では、不気味に泡立った液体がなんともいえない色にてらてらと光っている。ニュイが無言でジャパン人である結夏のほうを見やると、彼女もまたやはり無言のまま首を振った。
「本当はジャパンの酒を使わねばならんのだが、さすがに手に入らなかったのでな。かわりにエールを入れてみた。まあ同じ酒だし大した違いはなかろう」
道理で泡立っているはずだ。
「‥‥とりあえず試しに一人ぶん作ってみたが、さて誰に飲ませたものか」
「やはり団長だろう。一番早く治ったほうがいいのは彼だからな」
ニュイが言うと、そうだなとヴェリタスは首肯し謎の液体を飲み物用の器に移し変えた。器を手に厨房を出て行く彼を見送って、ミルが不思議そうに先ほどと同じ科白を呟く。
「‥‥おいしいんでしょうか〜?」
「どうだろう」
賢明にも明言は避けて、ニュイはポットに蓋をした。
「多分口直しが必要になると思うから、これはもう少し待ってから持っていこうと思う。それよりミル、料理に使えそうな香草もいくらかあるんだが」
「あ、本当ですか〜? 見たいです〜」
このぶんなら、少なくともゲオルグからは薬草茶への文句は出るまいとニュイは踏んでいた。選り分けるのが面倒でつい薬草の中に雑草が混ざってしまったことも、黙っていればわからない、多分。
「ええと、オレガノ、セージ、タイム‥‥」
指折り数えながら、クレアは市場の露店の店先を覗き込んでいた。
この街までやってくる道すがら、ニュイやヒスイとともに目についた薬草類を摘んではきたのだが、いかんせん少々量が足りなかった。こうして買出しがてら、足りないものを補充にきたという次第だ。
「でもまあ、春先で助かったわね。冬はこの手の品は割高になるし」
荷物持ちを申し出たヒスイの言うとおり、冬の間は採れにくい薬草や香草、野菜類はどうしても値段が高価になる。それも新鮮なものではなく、乾燥させたり塩漬けにして保存性を高めたものを買わねばならない。
「ものにもよりますけれど、やっぱり新鮮なもののほうが薬効は高いですものね」
「そうだな。薬効ってのは植物の生命力によるところが大きいから」
言いながら、ニュイも真剣に薬草を吟味している。
「‥‥これで全部かしらね? おいくら?」
エルフ三人で見立てた薬草を束にして店主に見せ、露店の店主がこれだけと値段を提示すると、ヒスイがついと眉尻を吊り上げた。『ちょっと高いんじゃないかしら』のジェスチャーに、店主が『これでもずいぶん勉強してるんだけどねえ』と肩をすくめる。ほう、とヒスイがついた溜息は『向こうのお店は同じものがもう少し安かったんだけど』という合図に他ならない。
一方のクレアやニュイはあまり値切りには興味がないらしく、値切り合戦を傍目にしながら、
「ああ、これ、お茶にしたら美味しそうですわ」
「あの菓子、美味そうだな‥‥いくらするんだろう」
呑気に他の商品を見て回っている。ちなみにヒスイはその後しばらく粘り、銅貨二枚ぶんほど値切ることに成功したらしい。
●看護人には触れないで
「様子はどうだ」
「ああ、起きました? 何人かは熱が下がってきたみたいです」
扉を開いて顔を見せた柳雅に、額を拭いてやっていた布を替えながらショーが答える。柳雅が部屋の様子を見回しながら一角に目を止めると、なにやらぐったりと前にも増して具合の悪い者がいるようだ。あれはもしや。
「‥‥どうした、ゲオルグ殿は」
「ええと‥‥ちょっと色々ありまして」
ヴェリタスの飲ませた謎の液体(本人はあくまでジャパンの風邪に効く飲み物だと言い張った)で腹を下したのだとはさすがに言えず、ショーが曖昧に語尾を濁す。ふむ? と小首をかしげ服の袖をまくりながら、柳雅はゲオルグの額に手を当て熱を計ってみた。
「熱は昨日よりは下がっているな。おおむね快方に向かって、い‥‥ッ!?」
科白が最後まで続かなかったのは、寝台に半分乗り上げて無防備だった尻を、団長の無遠慮な掌がつるりと撫でたからだ。とっさに飛び退って後ろをガードすると、ゲオルグは己の手をしげしげと見つめ、なんだ小娘かと失敬きわまりないことを口にした。
「‥‥ッ」
「柳雅さん、相手は病人ですからっ」
顔を真っ赤にした柳雅をショーが懸命に落ち着かせたものの、それからはショーも柳雅もなんとなく背後に警戒してぎくしゃくと看病するようになってしまった。そういえば看護に夢中で忘れていたが、傭兵団は皆男ばかり、対する彼女たちは花も恥らう年頃のうら若き娘たちである。彼らが悪人ではないことはわかるのだが、悪気がなければ尻を触っていいということには当然ならない。
洗濯物を取り込んだ結夏がシーツや着替えを抱えてやってきて、なんか変な空気ねえ? となにげなく呟いたのをきっかけに、彼女たちはひそひそと先ほどの出来事を打ち明けてみた。
「まったくしょうもない男どもねえ。ちょっと元気になるとすぐそれか」
「ど、どうしましょう‥‥」
まさか襲われるとまではさすがに思わないが、かといって触られて平気でいられるなら最初から相談などしない。そうねえ‥‥と結夏が考え込んでいると、今度はヴェリタスが扉を開けて入室してきた。なぜかみんなで固まっている女性たちに首をかしげ、どうしたと声をかける。
経緯を聞いて、ヴェリタスは合点がいったように頷いた。
「ああ、なるほど。そういうことなら、俺に任せるといい」
どんと胸を叩いたヴェリタスが踵を返し、ゲオルグの寝ている寝台に歩み寄り腰を下ろすと、団長はあからさまに嫌な顔をした。それはまあ、彼の作った謎の液体で腹を下したのだから無理もないのだが。
「具合はどうだ」
「お前が妙なもん飲ませなきゃ、もっと早く治ってたろうよ」
「まあそういうな。そのおかげで美人に囲まれて手厚い看護を受けられるんじゃないか」
ヴェリタスの誘導尋問に、まあな、とまんざらでもなさそうにゲオルグが頷く。やれやれと内心苦笑いしながら、ヴェリタスはきちんと釘を刺すのを忘れない。
「だからといって調子に乗るなよ? ちゃんと大人しく寝ている気がないなら」
「縄でベッドにくくりつけとくか?」
「いや」
にやりとヴェリタスは意味ありげに笑ってみせた。
「今夜から特別に‥‥俺がひらひらのエプロンを着て看病してやろう」
その一言がよほど効いたのか、彼らは以降、柳雅たちに不届きな真似はしなくなったらしい。
●健康が一番
「団長自ら率先して風邪ひくってのが、呆れてものが言えないわよ」
「その科白なら七の七倍はうちの会計役に聞いた」
「示しがつかないでしょうが、団長が寝込んだりしたら」
「それも七の七十倍は聞いた」
本当にあの会計役さんに同情するわと結夏は溜息をつく。
紆余曲折はあったものの看護を続けて数日、ようやく全員が普通に起きて生活できる程度に回復していた。そうなると今度は寝ていた間の時間を取り戻そうとでもいうように、この街の名物はなんだあそこを見に行こうどこで遊ぼうと団員たちはやかましく、押し留めるのに柳雅やクレアが苦労しているようだ。
「自身の体を過信めさるな。病の苦しさはよく身にしみたはずだろ?」
「まあまあ柳雅ちゃん、一緒に遊びに行きたいなら素直にそう言ってくれれば」
「あのな‥‥」
説教してもどこ吹く風で、さしもの柳雅も呆れてしまう。皆彼女よりも年上でいい大人のはずなのだが、こうも馬‥‥もとい、無邪気だと、結夏の科白ではないがつける薬がないと言うほかない。
「それで、雇ってくださるところは見つかったんですか〜?」
「ああ。といってもこの街じゃなく、少し移動することになりそうだが‥‥言ったら連中が無闇に喜びそうで、まだ言ってない」
ボリスの答えに、ショーとミルは不思議そうに顔を見合わせた。頭痛をなだめるようにこめかみを押さえながら、ボリスは溜息とともにその地名を吐き出した。
「プロヴァン領。‥‥ワインの名産地なんだ」