愛のひと

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:4〜8lv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月27日〜05月02日

リプレイ公開日:2005年05月05日

●オープニング

「パトロン?」
 記録係は眉を上げて尋ね返した。友人のジャックはテーブルの向かいで、スープ皿をきれいにパンでぬぐって食べている。
 ジャックは彼の古い友人で、今はパリの郊外で絵を描いて暮らしている男だった。珍しくギルドを尋ねてきたので、同僚に休憩を代わってもらって、こうして食事をおごってやっている。何しろ、また少し痩せたようだ。相変わらず絵が売れないのだろう。
「ちゃんと領地を拝領してる男爵さまだって。どこかで僕の絵を見てくれたみたいで、後援者になってもいいって言ってくださってるらしいんだ」
 芸術家が芸術だけで食べていくのは難しい。彼らが成功するには才能はもちろん、金銭的に支えてくれる後援者を得ることも重要なことだった。後援者を得られるかは運もさることながら世渡りも重要なので、ジャックにはまず無理だと考えていたのだが。
「領地、ね。どこの地方だったか覚えているか?」
「えーと‥‥パリの近くじゃない?」
 聞いた俺が馬鹿だったと記録係は首を振った。
 そういう実務的なことに、この友人はまったく向いていない。彼は『浮世離れした芸術家』の典型で、困っている人や子供や果ては犬や猫に至るまで放っておけない『愛の人』だった。問題は自分をまったく省みないところだ。迷子と手をつないで親を捜してやっているところを人さらいに間違えられ(貧乏くさい服装をしていたせいだろう)、高い枝から降りられなくなった猫を助けようと木に登って足を折り(生まれて初めての木登りだったそうだ)、さすがに見かねて一度適材適所という言葉の意味を懇々と説教してやったところ、こうして時々ギルドまでやってくるようになった。
「まあ、本当ならめでたい。何か問題があるのか?」
「一度、遣いの人にアトリエを見にやらせるって手紙が来て‥‥」
「‥‥アトリエというと、あの」
「そう、あの」
 ジャックが下宿している、中は絵の具とカンバスで散らかり、外では近所の子供がやかましく、鎧戸を開ければ雑草が伸び放題、床は歩いただけでぎしぎしと軋み、寝台は狭い上に固く、人間が三人も座れば膝と膝がくっついてしまいそうな、あのボロ小屋‥‥もとい、あのアトリエ?
「今から引っ越すのはとても無理だし、せめて片付ける努力はしようとしたんだけど‥‥その」
「いや、いい。聞きたくない。要するにその遣いの目をごまかしたいんだな?」
「ごまかすなんて、僕はそんな」
「言葉を飾ってなんになる。いいか、そのパトロンをなんとしても捕まえろ。お前に今から他の仕事ができるとは思えん。俺が受付に頼んで依頼を出しておいてやる。もしかしたら人が集まるかもしれないから、あとはそいつらに頼れ」
「だ、だけど、冒険者を雇ったりするお金なんて出せないよ」
「わかってる、だから報酬はなしだ。物好きがいるといいな」
「あと‥‥」
「まだ何かあるのか?」
 じろりと友人を見やると、頼りなげな男は震え上がった。
「‥‥実はいま、その‥‥飼ってるんだ」
「‥‥また野良を拾ったんだな? そのせいで痩せたんだろう。自分もろくに食えていないのにどうしてお前はそう‥‥まあいい、依頼書に書いておく。犬か? 猫か?」
「うん、‥‥あの、‥‥‥‥両方なんだ」
 ジャックが怒鳴りつけられるまで、あと三秒。

●今回の参加者

 ea1861 フォルテシモ・テスタロッサ(33歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3776 サラフィル・ローズィット(24歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea3844 アルテミシア・デュポア(34歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4955 森島 晴(32歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5362 ロイド・クリストフ(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea6690 ナロン・ライム(28歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea7191 エグゼ・クエーサー(36歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

 聞きしに勝るあばら屋だった。名も知らぬ植物の蔓が繁殖力旺盛に壁を這い回っているのはともかく、石壁があちこちひび割れているのが、その蔓の上からでもはっきりとわかる。ちょっと風が吹いただけでばらばらになってしまうのではなかろうか。ずばり家の感想を言ってしまっていいのか悩む冒険者たちの後ろを、近所のお子様がたがはしゃぎながら通り過ぎていった。
 要するに、どこからどう見ても、洗練された芸術家が住まう家とは言いがたかった。
「‥‥入りましょっか」
 森島晴(ea4955)が諦めたように首を振り、ロイド・クリストフ(ea5362)が扉を叩く。いや、叩こうとして、不気味な軋み声を上げて扉がゆっくり開いた。立て付けが悪いらしい。開いた隙間にに人の姿はなく、足元を見下ろせば白地に黒のぶち柄の猫が客人を見上げてにゃあと鳴く。
「こんにちは。あのね、この家の人は‥‥」
 律儀にかがみこんで猫に話しかけたシェアト・レフロージュ(ea3869)だったが、猫が答えてくれるはずもない。テレパシーを使おうかシェアトが迷っているうちに、開いたままだった扉の隙間からまた一匹猫がするりと姿を現した
「まあ」
 サラフィル・ローズィット(ea3776)が目を瞠るのをよそに、猫はつんと気高くそっぽを向いて悠然と冒険者たちの足と足の間を抜けていく。最初に出てきた猫が、家の中に向かってもう一度にゃあと鳴いた。
 もしかして家主を呼んだのではという期待もむなしく、戸に体をすりつけるようにして次の猫が現れた。続けてもう一匹、二匹、三匹、四匹‥‥次々と現れては、見知らぬ冒険者から地を転げるようにして逃げていく猫たちを見送り、不覚にも呆気にとられたエグゼ・クエーサー(ea7191)だったが、やっと我に返るとぶるぶると首を振った。
「ここに来た目的は、百一匹猫ちゃん大行進を見るためでは断じて、ないっ。いないなら勝手に入るぞ!」
 勢いよく扉を押し開けたエグゼは、そこに行儀よくお座りしていた大型犬とばっちり目が合った。
「ワン!」
「‥‥こう来たか」
 奮い立たせたやる気が早くもしぼみそうなエグゼ、敵もなかなかやるわねと頷くアルテミシア・デュポア(ea3844)。
「誰かおらぬのか」
 フォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)が軽く声をかけると、扉に背を向けたままカンバスに向かっていた人影がようやく彼らに気づいてこちらを振り返る。
「ああ、こんにちは」
 絵描きのジャックは、見るからに冴えない青年であった。

●愛のひと
 ジャック本人はかろうじて不潔ではなかったものの、やってくるという遣いの者からそう見られても仕方のない身なりだった。何しろシャツはよれよれ、髪はぼさぼさ、長いこと履いているらしい靴は、爪先や踵に何度も修復した痕跡が見受けられる。とりあえず本人の服も中身もなんとかしようという点で意見が一致し、まず入浴させようとフォルテシモが言い出した。
 言い出したのはいいが、家の中をひととおり見て回ったサラが残念そうに首を振った。
「お湯を沸かす薪がないんですけど‥‥」
「‥‥ならば水浴じゃ。もう春じゃ、ちゃんと体さえ拭けば風邪など引かぬ」
 男性であるエグゼに近くの池に連れて行かせ、その間に残った者で家をなんとかしようということになった。
 室内のあちこちに散らばったカンバスや絵の具類はどれを捨てればいいのかわからないため、ひとまず全部外に出しておくことにした。ときどき掃除している跡もあるが、やり方が大雑把なのか部屋の隅のほうに埃が溜まっていたりする。
 拭き掃除をしながら、シェアトとサラは内装をどうすべきか話し合った。壁のひび割れや床のきしみはちゃんとした大工を呼べば修復できるだろうが、さすがにそんな時間はない。床はどうしようもないので、せめて壁のひびは何か壁にかけて隠そうということになった。
 表ではロイドとアルテミシア、フォルテシモが雑草を刈っている。ここでも問題はやはり壁のひびである。
「蔓はこのままにしておこう。そのほうがひび割れが目立たん」
「まあ、すごーく頑張れば、芸術家らしいアバンギャルドなおうちに見えなくも‥‥見えなくも‥‥」
「アルテミシア、今の科白、もう一度わしの目を見て言うてみよ」
 そんなやりとりを交わしているうちにジャックとエグゼが戻ってくる。今晩の夕飯のために汲んできた水を、エグゼは竈に吊るされていた大鍋に流し込んだ。支度のため腕まくりした彼の服を、ジャックが遠慮がちに引く。
「うち、食べるもの、あんまりないんですけど‥‥」
「‥‥ちょっと買い出しに行ってくる」
 自分たちはエチゴヤの保存食でもまあ仕方ないが、エグゼは家に寄ってくる犬猫に餌を振舞うつもりなのだ。

 たいした大きさの家ではないので、雑草を刈るのもあっという間だ。あらかた外の仕事を片付けたフォルテシモが、ロイドたちに後を任せてジャックを手招きする。古びた椅子を外に出して座らせ、掃除の合間に見つけた剃刀類を取り出した。
「まずこの頭をなんとかせねばな。これから暑くなることじゃし、思い切って短くしてしまおうか」
「え? あの」
「この件に関して、おぬしの意見は聞かぬ。わしが切ると言ったら切るのだ」
 きっぱりと言い切って、フォルテシモはジャックの髪を切り始め、刃物を使っているのでジャックは大人しくなった。
 廃材をいくつか手に入れてきた晴は、見様見真似で棚の自作に挑戦していたのだが、いかんせん素人仕事なので完成してみると、なんだか棚が斜めになっている。試しに手近にあった筆を置いてみると、筆はころころと棚の斜面を転がって床に落ちた。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥さあ、次、次っ」
 誤魔化すように手を叩いて、サラやシェアトたちの手伝いに加わる。
 シェアトは片付けを始めていた。明らかに必要のないもの、ひと目でゴミとわかるものは表に出し、判断に迷うものはジャックに見せて尋ねている。なぜか素焼きのコップにさしてあった雑草は、今描いている絵のモチーフだそうで、ひとまずテーブルに飾ることにした。残ったイーゼルやカンバス類は、生成りの麻布をかぶせて隠す。
「家具も少し動かしましょうか。えーと‥‥」
「力仕事なら手伝うぜ」
 申し出てくれたロイドに助けられて棚を動かすと、その後ろに窓があったことが発覚した。棚を反対側の壁に移して鎧戸を開けると、先ほどよりも明るくなって室内の印象がだいぶ変わる。
 一方のサラや晴は、ジャックの服を引っ張り出して、よさそうな服がないか吟味している。
「まあ、膝に穴が」
「こっちは裾がすりきれてるわねえ。どうする?」
「今から新しい服を仕立てている暇はありませんし、あるもので間に合わせるしかないですね」
 一番今の季節に合いそうなズボンとシャツを選び出す。幸い洗濯はきちんとしているらしいが、長いことしまっていたせいかズボンには虫食いの跡が点々とついていた。シャツのほうは、布地がすりきれて肘のあたりに穴があいている。
「虫食いは繕えばなんとかなりますわ。シャツは‥‥」
「思い切って全然違う柄の布を当てちゃえば、却って斬新かも。あたし、いくつか持ってきた」
 晴が広げた荷物は柄ものを中心した端切れ類で、これはどうか、いやこっちのほうがと相談がはじまる。そうこうしているうちに食材類と薪を抱えたエグゼが息を切らしながら帰ってきて、竈借りるなーと声をかけ火を起こし始めた。
 そんなエグゼのもとへアルテミシアがつつつと寄ってきて、
「‥‥あれ、食えるならとっといてやるべきかしら」
 フォルテシモやロイドと一緒に刈った雑草の山を指差すと、エグゼは眉間に深く皺を刻む。
「毒がなきゃ食えないこともないけどなあ‥‥素人にゃおすすめできないな。揚げるとなんでも食べやすいけど、雑草はたいてい癖が強くて、アクで油が疲れてすぐ使い物にならなくなる。かえって高くつくよ。油のせいで、素材の風味もなにもみんな飛んじゃうしな」
「へえええ。もしかして食べたことある?」
「ノーコメント」
 表では、フォルテシモがジャックの髪を短く切りそろえ、ついでにまばらに生えた髭も剃ってやっていた。髭がもともと薄いほうらしく、伸びていると却って顔にかびが生えているみたいでみっともない。一通り剃り終えて顔を拭いていると、されるがままになっているジャックの膝に何かが飛び乗った。
「おや」
 到着のとき冒険者らを一番に出迎えた、黒いぶちの猫だ。
「ああ、もうこんな時間か。ご飯あげないと」
「‥‥おぬし、自分の食べるものにも困っているのに、普段何を犬猫にやっておるのだ?」
「え? うーん、だから自分のぶんを減らして、そのぶんみんなに‥‥」
「それだけか?」
「たまにご飯を抜いたり‥‥」
「たまに?」
「‥‥お昼はいつも食べないことにしています。あ、でも、もともとそんなに食べるほうじゃないんですよ僕」
 呆れてものも言えないフォルテシモが黙って首を振る。道理で痩せているわけだ。
「なんでジャックにはこう‥‥人の良さで自分の首絞めるのが多いのかしら。ねえロイド」
「人が良すぎるのは、ジャックって名前の宿命なのかねえ」
 アルテミシアとロイドがそれを眺めながら話しているのは、どうやら彼らの共通の知人についてらしい。
 ほどなくして家のまわりにほかの動物も集まり始めた。猫が六匹、犬が四匹。ジャックはそれぞれに名前をつけているらしく、皆が餌をくれと彼の足元でねだっている。家の中からいい匂いがし始めて、エグゼが玄関からひょいと顔を出し、料理を盛りつけた皿を差し出した。
「犬猫の皿、これでいいんだよな?」
「あ、はい。うわ、美味しそう」
 兎肉の煮込み料理はまだ熱そうな湯気をあげている。スープに浮かんでいる緑色は雑草の山の中から選り分けた蔓で、簡素なこの料理の彩りになっている。この草は豆の一種のせいか、雑草といっても比較的食べやすい。
 皿を三つほどに分け、じゅうぶんに冷ましてから置いてやると、犬も猫も飛びつくようにして食べ始めた。かがみこんだサラやシェアトがそうっと撫でてやると猫が一瞬顔を上げたが、よきにはからえ、とでもいうようにすいと食事に戻る。
「今度、動物用メニューとか始めてみようかなあ」
 あっという間に空になった皿を片付けながらエグゼが呟くと、晴が頬をふくらませた。
「ちょっとお、人間の食事はー?」
「あ、忘れてた。悪い悪い」

●絵の中に
 さらさらとカンバスの上を指先が走っていく。
「‥‥ちょっと、緊張しますね」
「動かないで」
 わずかに身じろぎしたシェアトをジャックが注意した。木炭で塗りつぶした布の上を指が這いまわり、あっという間にシェアトの顔立ちの陰影を浮かび上がらせていく。へええ、と誰からともなく感嘆の声が上がった。
「いかがですか? ジャックさんは」
「ふむ」
 サラが問うと、使者の男は口ひげをいじりながら考え込む仕草を見せた。戸口から入ってきた猫がのそのそと部屋に入ってくると、使者を遠巻きに避けてシェアトの近く、窓から日の当たる床にころりと丸くなる。ふと思いついてシェアトが抱き上げると、迷惑そうな顔をしたもののされるがままになっていた。
「猫さんも描いていただけます?」
「描きますよ」
 その間にも指先はせわしく動いている。シャツはあちこちに見慣れない布がつぎはぎされ、斬新なものになっていた。短くした髪の間からはうっすら汗が浮かんでいる。
「大変よろしい」
 使者の男の言葉に、全員がほっと息を吐き出した。
 やはり絵を描いているのを見せるのが一番だろうということで、ジャックに肖像を描いてくださいとお願いをしたのはシェアトだった。もちろん使者が来た時間を見計らい、犬はロイドが散歩に連れて行き、猫はエグゼが餌をやって引き止めていた。
「部屋も小じんまりとしているが小奇麗ですし、身だしなみもきちんとしておられる」
「そ、そう‥‥ですね」
 その言葉に何人かが目をそらしながら答える。
「芸術に対して真剣に取り組んでおられるのも、こうして絵を描く姿を見ていればわかりますとも」
「では、あの‥‥ひとつお願いがあるのですけど」
 あらたまったサラの言葉に、なんですかな? と紳士はにこやかに問うた。ふかふかの毛皮を撫でながらシェアトは上機嫌で、今度はうちの猫さんたちと一緒に描いてもらいたいですねなんて言っている。晴も賛成のようで、そのときはあたしんとこもよろしくなどとアピールしていた。
「えーと‥‥できれば、ありのままの彼を受け入れて差し上げてほしいのです」
「受け入れますとも! 実にすばらしい絵だ」
「いえ、そうではなくて‥‥ねえ、アルテミシアさん」
「うん、そうじゃなくて‥‥ねえサラ」
 サラもアルテミシアも予感していたのだ。
 エグゼが餌をやって引き止めていたはずの猫たちが、なぜ、家の中に入ってきたのか?
 半開きのままだった戸の隙間から、また違う猫が入ってきた。優雅な足取りで部屋を横切って、干したてのベッドのシーツの上で堂々と丸くなる。続いて別の猫が我が物顔で入ってきて、さらに違う猫が、一匹、また一匹‥‥。
 昼食を食べ終えて午睡のために次々と入ってくる猫たちに囲まれながら、サラは厳かにさきほどと同じ言葉を吐いた。
「どうか、ありのままを受け入れていただきたいのです‥‥」
 かなり躊躇の時間はあったものの、使者は結局首を縦に振ったという。