庭に咲く恋の花
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 62 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月05日〜06月12日
リプレイ公開日:2005年06月14日
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●オープニング
「奥様のお金ですし、奥様のお庭ですから、構いませんけれど」
「なあに、ローテ」
「‥‥この種、最初から冒険者の皆さんに植えてもらうつもりでお買いになったんでしょう」
「あら」
さも心外そうに奥様は言うと、茶器を置いて不思議そうにローテの顔を見た。
「ローテは冒険者の皆さんにお会いしたくないの?」
「‥‥別にそうは言ってませんけど」
意地悪で言っているわけではないのがまたたちが悪い。
昨年の秋のはじめにこの家に引っ越して以来、奥様とローテのが快適な生活を送るためには、冒険者は必需品‥‥というのは言いすぎにしても、重要な位置を占めるものになってきていた。
ローテはうら若き女中にすぎず、奥様はといえば、特に後先も考えず広い庭つきの一戸建てをぽんと買ってしまうような、ちょっとずれた人である。その広い庭は当然女ふたりで管理などできるはずもなく、たびたび冒険者を雇っては草むしり、枯葉掃除、雪かき、害虫退治と色々な仕事を頼んでいた。最初は『庭師が見つからないから、当面の間に合わせ』として冒険者を呼んでいただけだったのだが、何度も呼ぶうちに顔なじみも増え、いつのまにかすっかり冒険者を雇うのが恒例になり、この間などろくに仕事らしい仕事もさせずお茶会まで開いてしまった。
「男爵様が見たら卒倒なさいますね、きっと。得体の知れない連中が、母上の家にひっきりなしに出入りしてるって」
「あの子はちょっと偏狭なところがあるものね」
「奥様が大らかすぎるんだと思いますけど」
いくら隠居しているとはいえ、普通は貴婦人の家にそうたびたび冒険者が出入りしたりはしないものだ。女主人の科白に溜息をついて、ローテはテラスに置いてある箱を覗き込んだ。
「いろいろ種類があるみたいですけど、どれが何の種なんです?」
「お店の人に聞いたんだけど、忘れてしまったの。だめね、年をとると忘れっぽくなって」
「‥‥じゃあ来ていただいたら、まず種の分別から始めてもらうんですね」
箱いっぱいに並べられた種入りの小袋を眺めながら、ローテはこれから来てもらう冒険者たちに同情した。
そんなわけで、今回は庭に花の種をまいてもらおうという依頼なのであるが――。
「あら? あそこに誰かいらっしゃいますよ、奥様」
家の門をくぐってすぐ、前庭の入り口のあたりに、小柄な栗色の髪の女性が悄然と立っている。奥様も立ち上がってテラスに下り、ローテの示す方向を窺った。
「まあ、本当。お客様かしら?」
「ご近所の方じゃないみたいですね。奥様、見覚えございませんか?」
「ずいぶん若いみたい。知り合いの誰かのお嬢さん‥‥にしても、突然お一人でいらっしゃるはずはないわねえ」
女性は広い庭に気後れしていたようだったが、やがてテラスにいる二人を見つけたらしい。スカートの裾を持ち上げ、やや雑草の目立ってきた庭を横切ってローテたちのほうにやってきた。身なりはそう悪くない。
「突然の訪問、申し訳ありません。あの、私、マリーと申します」
行儀作法も習っているのだろう、物腰は丁寧だった。ノルマン語もなまりのない綺麗なもので、育ちのよさを感じさせる。ローテは奥様の顔を見て、お心当たりは? と目で聞いてみた。奥様は視線には気づかず、しきりに首をかしげている。
「そう、ではマリーさん。どうなさったの? 道に迷ったのかしら。それとも馬車が溝にはまったのかしら?」
「いえ、違うんです。あの、ここ、アンヌ・ギルエ夫人のお宅ですよね」
突然奥様の本名を出されて、ローテは驚いた。
「アンヌはわたくしですけど、何か」
「お願いです!」
手にしたハンカチをくしゃくしゃにして、目いっぱいに涙を溜めたマリーは突然大きな声を張り上げた。
「どうか、あの方のことを教えてください!」
この数十分後、さあ今回は花の種まきだと息巻いてやってきた冒険者たちが見たのは‥‥テラスで泣き伏す見慣れない栗色の髪の少女を前に、奥様とローテが困り果てている光景だったという。
●リプレイ本文
やってきた冒険者たちの中でも、シェアト・レフロージュ(ea3869)とラテリカ・ラートベル(ea1641)は、以前の依頼で会ったことのある娘がいるので驚いたようだ。もっとも他の面々も、泣いている理由はわからねど、とりあえず落ち着かせねば‥‥という点では意見が一致していた。いくらなんでも、泣いている娘を放って種まきにいそしむわけにもいくまい。
服が汚れるのも気にせず地面に座り込んですすり泣いているマリーのまわりを、レオン・ユーリー(ea3803)の犬チリノやシェアトの猫イチゴが不思議そうに見上げている。見かねたレーヴェ・ツァーン(ea1807)が、手を貸して立ち上がらせた。
「ローテ。すまないが何か飲み物を」
「あ、はい」
レーヴェに言われて、呆気にとられていたローテがあわてて台所のほうへ走っていく。お手伝いしますー、と相変わらずのんびりした声で、ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)がその後を追った。
泣きすぎて力が入らないマリーを、レオンらの手も借りて椅子に座らせていると、すぐにミルが水のコップを手に戻ってきた。
「ローテさんが今、お茶の用意をなさってますから」
「あ、ミルさん。街で買ってきたお菓子がありますから、これも」
台所に戻っていこうとするミルを引き止めて、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)が手土産の包みを渡す。のんびりした依頼と聞いていたので用意したものが、よもやこのような形で役立とうとは、世の中とはわからない。
まだ泣きじゃくっている娘を見ながら、レオンが隣のシェアトにこっそりと尋ねる。
「知り合いなんだろう? どういう事情なのかな」
「ええと‥‥」
どう説明したものか迷った挙句、人を探してらっしゃるのだと思います‥‥とだけシェアトは告げた。シーナ・ローランズ(ea6405)が小首を傾げて、人? と聞き返す。
「だとすると‥‥もしかして」
怪訝そうなシェアトの呟きは聞き咎められることなく、ラテリカの渡したコップをマリーがゆっくりと飲み干した。犬のチリノが行儀よくテラスの外で座って待っているのに気づいて、レオンがあわてて奥様に許可をとって部屋に上がらせる。
●恋の花
ほどなくして香草茶と菓子が運ばれてきた。さすがにこの人数になると部屋が少々手狭なので、レオンやレーヴェ、ヴァルフェル・カーネリアン(ea7141)などの男性陣は、テラスに椅子を出してそこに座ってもらうことになった。何しろ彼らときたら、揃いも揃って皆大柄なのだ。
「いや、我が輩は茶は」
「でももう、人数分淹れちゃいましたから〜」
遠慮をものともせずミルが差し出した茶を、仕方なくヴァルフェルが受け取る。今日は少し暑いぐらいなので、カップから立ちのぼるミントの香りが涼しげだ。茶菓子のほうはニルナの買ってきたものの他に、ミルの持参してきた薄い焼き菓子に蜂蜜が添えられている。
「落ち着きました?」
シェアトの問いに、はい‥‥とマリーが恥ずかしげに小さく頷いた。
「ラテリカたちのこと、覚えてるですか?」
次いでラテリカが尋ねると、少女は腫れた目を気にするようにおずおずともう一度首肯した。大きな目をぱちぱちとしばたたかせながら、ラテリカは小首をかしげてさらに問う。
「もしかして例の、意中の方についてのお話でしょか?」
「あの‥‥はい」
ラテリカとシェアトは、以前の依頼でマリーに会っている。彼女が教会で見かけたひとりの男性に一目惚れしたと聞いたのはそのときだ。確かそのときの冒険者たちの励ましもあって、マリーは件の相手を探しはじめたらしいのだが。
「ええと、あれから、教会の司祭さまにその方のことをお尋ねになったですよね? 司祭さまはなんておっしゃったです?」
「司祭さまもご存知ないのだそうです。告解に立ち寄った方だとかで」
「告解って‥‥懺悔、ですよね? どんな?」
「教えていただけませんでした」
ジーザス教の司祭ならば、少なくとも建前上は、いかなる理由があろうと告解の内容を他者には洩らさないのが決まりである。もっとも彼女の必死な様子に、司祭はほだされたのかそれとも単に呆れたのか、ひとつだけ教えてくれたのだそうだ。
「‥‥司祭さまはこちらの奥様宛てのお手紙をお預かりしたのだそうです」
いくらかの喜捨とともに預けられた、鳥の印章で封蝋を押されたその手紙を、司祭は言われた通りに配達便に頼んだのだという。その話の不自然さにラテリカは気づいていないようで、さもありなんというようにこくこく頷く。
「それで奥様のところまでいらしたですね」
「でも、わたくしのところには手紙がよく届くので、それだけではどなたのことだかわかりませんわ。その方のお名前は?」
奥様の質問に顔を赤くして、わかりません‥‥とマリーが下を向いた。かわりにラテリカが首をかしげながら、以前聞いた話を思い出そうとする。
「ええと、確か、マリーさんよりもずうっと‥‥親子ぐらい上の方で、逞しくて‥‥?」
「すみません」
シェアトが割り込んだ。
「その方ってもしかして‥‥日に焼けたがっしりした体つきで背が高くて、髪は赤茶っぽい色ではありません?」
マリーが驚いたように顔を上げた。どうしてわかるんですか? という問いには構わず、シェアトは続ける。
「それで、奥様。その方の外見にあたる方は、鷲の印章を身につけた方ではないのでしょうか」
一瞬、虚をつかれたように奥様は声をなくしたが、すぐに首を振った。
「いいえ。その印章を押された手紙は確かにここに届いていますが、送り主はその方ではありません」
●花の種
茶を飲み終えたあと庭へ降り、冒険者たちは種まきの準備を始めていた。そもそも彼らが雇われた本来の目的はそのためである。もっともマリーの抱える問題は解決していないのだが、とりあえず彼女が落ち着いたので、あとは頭を整理させる時間を与えたほうがいいだろうということのようだ。
箱に小分けされた種を確かめるのは、主にエルフであるレーヴェ、シェアトの役目である。
「これがラベンダー、こちらはヒースだな」
「こっちの袋は、セージやカモミール‥‥ハーブが多いですね」
ろくに知識もない奥様が買ってきただけあって、種は種類も植えるべき季節もまったくばらばらのようだ。とっくに時期が過ぎてしまったものやまだ植えるには早いものの種は別によけて、主に夏咲きと思われる花の種を中心に選び出すことにした。もっともレーヴェとて、植物に関してはエルフとしての最低限の知識ぐらいしかない。分別にはミルの友人も力を貸してくれたのだが、おもに毒性のある植物を見分けるのに役立ったのはご愛嬌だ。
色や形を慎重に見分けながら、シーナが分別の終わった種を見てにこにこと笑う。
「これだけあったら、お庭がお花でいっぱいになるの」
「だけど、何を植えるかが問題だね。こういう館だと、やっぱり薔薇が似合うかな?」
レオンの言葉を聞きつけてか、庭まで降りてきたローテが、彼らの手元を覗き込んだ。
「薔薇ですか、いいですね。お花も綺麗ですけど、薔薇の実のお茶、奥様がお好きなんですよ」
「確か去年も薔薇を植えなかったか?」
昨年秋に彼女たちが引っ越してきたとき、草むしりや造園を手伝ったレーヴェが言うと、そうでしたとローテが神妙になる。
「すみません。あれ、この間枯れちゃったんですよ。ちょっと目を離した隙に病気にやられちゃって」
「なるほど。薔薇は世話が大変だと聞くからな」
それでは今回は薔薇はやめておこうとヴァルフェルが言うが、その彼とても、では何がいいのかと問われると唸ってしまう。庭の持ち主に尋ねるのが一番いいのだろうが、その当の女主人である奥様が、
「わたくしにはよくわかりませんから、皆様にお任せいたしますわ」
この調子である。今に始まったことではないが、気楽なものだ。
「今の時期に植えるんだったら、夏か秋に咲く花だよね?」
何がいいかなあ、とシーナが考え込む。
「いっそいろんな種を混ぜて植えてみたら、どこから何が生えるかなって楽しみがあると思うですけど」
お気楽そのもののラテリカの言葉に、なんということを言うのかと一瞬その場の空気が固まったが、
「でも考えてみたら、こちらのお庭にはあんまり似合わないかもですねぇ」
残念そうに続けられて誰もが胸を撫で下ろした。仮にも自分たちが手をかけた庭の花が、何の秩序も規則性もなく野放図に咲きっぱなしなのでは、いくらなんでもあまりに不名誉である。何より、奥様が聞いたら無邪気に賛成されそうなところが怖い。
「私もあまり花のことには詳しくないのですけど‥‥」
わからないながらもさすがにここにある種全部を植えてしまうわけにはいかないのは漠然と理解して、ニルナが考え込む。テラスでマリーがこちらをぼんやり眺めているのにふと気づいて、水を向けてみた。
「マリーさんは、どんな花がお好きなのですか?」
「ええと‥‥じゃあ、マリーゴールド」
これか、とレーヴェの指が種を選び出す。
「虫除けにもなるらしいから、悪くない選択だな」
なんとも彼らしい実利的な発言だが、それがきっかけとなったらしい。シーナがポピーの種を見つけて花壇に植えたいと言い、レオンが選んだのがホタルブクロ、その次にはヴァルフェルが撫子はどうかと言い出した。
「華やかさには欠けるかもしれぬが、薄紅で小さななかなか可憐で美しい花だと思う」
むくつけきジャイアントの外見にはいささか不似合いな科白であったが、確かに隠居の身である奥様の家には似つかわしい花かもしれない。ローテが支持してくれたおかげもあって、それも植えることになった。
あとは、他の冒険者たちが考えていた種が、箱の中に見当たらなかったこともあって(その大部分は異国の花で、一介の花屋で手に入るものではなかったためだ)花の咲くハーブ類を中心に植えてみてはどうかというミルの提案が容れられた。
「チコリとかセージなら、お料理にも使えますしねえ?」
こちらはいかにも、料理人を生業とするミルらしい選択である。
植木屋に頼んで去年掃除した落ち葉を堆肥にしてもらったというので、それを肥料にすることにした。
主に花を植える場所はローテが決めて、一番力のあるヴァルフェルが地面をざっと掘り起こして耕した。場所は庭を見渡せるテラスのすぐ目の前、奥様がお茶や食事を楽しむ間、花を眺めていられるようにという配慮である。
「柵ででも囲ったほうがよろしいかな?」
「でも、それではせっかくのお花が見えにくくなってしまいます」
ニルナの意見ももっともだし、そもそも柵を作るための材料が何もないのでとりあえずそれは保留になった。
今まで奥様が冒険者たちに頼んだ仕事といえば、草むしりや雪かきなど力の要る仕事が多かったのだが、今回は地面を掘ったりするのはヴァルフェルやレーヴェがやってくれたため、あとは種を植えるだけだ。特に喜んだのは非力なミルやラテリカたちで、
「種の坊やは土の中、やわらかベッドで夢みてる〜♪」
「目覚めのときを、夢みてる〜♪」
種をひとつひとつ大事そうに地面に埋めながら、ふたりで他愛もない歌遊びをしている。
「マリー殿もいかがかな?」
ヴァルフェルが勧めると、マリーは少しためらっていたが、やがて庭に降りてきた。
「これ、マリーさんのお好きな花の種ですよ」
言いながらニルナが、彼女の手の中にマリーゴールドの種を握らせる。シェアトがその手つきを見ながら、こつを教えた。
「等間隔でひとつずつまいてくださいね。そう、そのくらい。埋めるのはこちらでやりますから」
ふと手を止めて、ニルナは慣れぬ手つきで種を植えている彼女を見る。仕立てのいい服を着て、まだ幼さの残る顔立ち、労働を知らぬ白く細い手をしていた。おそらく良家の子女なのだろう。そんな彼女が、どんな思いでひとりで見知らぬ家までやってきたのか、未だ恋を知らぬ身には想像もつかない、けれど。
「いつまでも泣いてはいられないのですよね」
落とした言葉に、ふと顔を上げてマリーはニルナの面を見返す。
「現実は現実として受け止めて、認めなければならない‥‥そういうこともあるのです」
●花の兆し
マリーの想い人は、やはりシェアトの考えている人物だったのだ。偶然の一致にしては、あまりにも外見が似すぎている。唯一シェアトの記憶と違うのは、マリーが見たときには無精髭を生やしていなかったらしいということだが、髭ぐらいはいつでも剃ることができる。
「奥様はその方と、どういうご関係なんですか?」
「そうですね」
すこし考え込んだ奥様は、夫と縁があった方です、とだけいった。
「こちらに引っ越してから、何度か会いに来てくれたこともあります。でも彼が手紙をくれたことは、私の覚えている限りでは一度もありません」
シェアトの予想は半分だけ違っていたのだ。かの傭兵団長は、いつか彼女がこの家で見かけた、鳥の印章を押された手紙の主ではなかった。奥様の言葉を信じるならば、の話ではあるが、これはどういうことなのだろう?
「それであの‥‥あの方は今どこにいらっしゃるのですか」
「多分、まだプロヴァン領にいらっしゃると思います」
隠す理由もないのでそう教えると、マリーの頬が一層紅潮した。やっと会えるのだという期待に胸を弾ませる様子を見て、ラテリカが不思議そうに胸を押さえる。
「そういえば、奥様の好きな花はなんですか?」
あの中にあるなら、今からでも植えますが。レオンの言葉に、奥様は少し口元を綻ばせた。
「一番好きなお花は、残念ですけどもう時期を過ぎてしまいましたの」
「へえ。何です?」
「梨の花ですわ」
それはさすがに無理ですねと、レオンも笑う。
六月が始まり、季節は初夏。土の下で眠る種たちは、まだ花の兆しを見せる様子はない。