親馬鹿な依頼人

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 97 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月04日〜07月14日

リプレイ公開日:2004年07月13日

●オープニング

「困っているのです」
「‥‥‥‥」
「ほんとうに困り果てているのです」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ああ、貴殿も引き受けてはくださらないのか。われらがノルマンを神は見捨てたもうたのか。正義は死んだのか。おお、このまま地上には悪がはびこり、善の芽は芽吹く前に摘まれ、子羊は生贄として喰らい尽くされる定めなのか‥‥ッ」
「あー、申し訳ありませんが、旦那」
 依頼人のすることだけに、今まで静観を決め込んでいたギルドの受付係は、やや遠慮がちに申し出た。
「それ以上やるとそいつ、死んじまいますので」
 指摘された依頼人の紳士はようやく、自分が興奮のあまり、冒険者の胸倉を締め上げていたことに気づいたのだった。
「あとでそいつが気がついたら伝えておきますんで、どうぞ依頼内容を」
「うむ」
 白目をむいて気を失っている冒険者を放り出し、紳士はうなずいて、促された席に腰を下ろした。
「わが娘、マリーについている悪い男を追い払っていただきたいのだ」
「ほう、娘さんですか。失礼ですが、おいくつで」
「十六だ。ここに絵姿がある」
 いつも持ち歩いているのか、要求したわけでもないのに懐からちいさな肖像画を差し出す。
「なかなか可愛らしいお嬢さんですなあ」
「うむ。マリーは私の天使、わが人生の宝。わが魂、わが命そのもの。おお、マリー、その姿は妖精のごとく愛らしく、その声はさしずめ鈴の音、髪はまるで絹糸の束、むろん素晴らしいのは容姿ばかりでなく、心根は清流のごとき清らかな」
「ああ、旦那。もうそれくらいで。よい娘さんなのは、絵姿だけでも分かりまさあ」
 立て板に水の勢いの、修辞表現過剰の娘自慢をあわてて遮る。いちいち聞いていたら日が暮れてしまう。世間並みのお愛想ひとつでこれなのだから、親馬鹿もここに極まれりというところだ。
 肖像画に描かれた少女はおとなしそうな、はっきり言ってしまえば十人並みの容姿の娘である。
 親心というのは大概そんなものかもしれない。
「で、悪い男というのは」
「うむ。私はパリからすこし離れた土地に別荘を持っているのだが、マリーは最近その別荘へ頻繁に通っているのだ」
 確かに娘は以前からその別荘がお気に入りだったが、毎月のように馬車を出してはたっぷり一週間は戻ってこないのだからただ事ではない。不審に思った紳士が別荘の管理人に手紙を出すと、どうやら地元の農家の青年と仲良くなったのだという話らしい。
「今までマリーが私に隠し事をしたことなどなかったのだ! その男が口止めをさせたに違いない、なぜ口止めさせたかというと後ろ暗いところがあるからだ、きっとその男は私のマリーになにかよからぬことをっ」
「旦那、旦那。落ち着いてくだせえ」
 声が高まったのをやんわりと咎められて、紳士はさすがに顔を赤くして咳払いをした。
「失礼。ともかく、マリーは今も別荘に滞在中である。冒険者の諸君には、これからわたしと共にその土地におもむき、ことの真相を確かめてもらいたいのだ」

●今回の参加者

 ea1559 エル・カムラス(19歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea1606 リラ・ティーファ(34歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 ea3040 エドガー・パスカル(34歳・♂・バード・人間・ノルマン王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3776 サラフィル・ローズィット(24歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

 麦畑の真ん中、依頼人を乗せた馬車が農道をぽくぽくと歩いていく。ペースはかなりのんびりである。手綱を握る御者の老人が大欠伸をしていた。
「もうすぐ着くはずですぞ」
「いいところですね」
 依頼人が示した飾り窓からののんびりした風景に、馬車に同席していたリラ・ティーファ(ea1606)が微笑む。
「娘さんがこの土地を気に入られるのも、わかります」
「‥‥‥‥」
 途端にむっとした表情になる依頼人。わかりやすい反応に、リラは隣のエル・カムラス(ea1559)とそっと目を見交わした。これを説得するのは、並大抵のことではなさそうだ。
「‥‥あの」
 気まずい沈黙の中、リラはおずおずと切り出した。
「娘さんって、どんな方ですか」
「声は小鳥のさえずりのごとく、ほほえみはまるで‥‥」
「いえ、そうではなく」
 あらゆる表現を駆使した娘自慢は、道中さんざん聞かされている。苦笑しつつも遮って、リラは一瞬適切な言葉を探した。
「お優しい方なのだと、今まで何度もお聞きしました。娘さんは別にやましいことがあるわけではなくて、ただ親御さんに心配をかけたくなくて、それで黙っているのかもしれませんよ」
「むっ。つまり、心配をかけるようなことがあると、リラ殿も思っておいでなのですな?」
「え? いえ、そうではなく‥‥」
「ああ、マリー。すぐに父さまが迎えに行くよ」
 依頼人はひとりで盛り上がっており、話を聞いていない。それを横目にエルがふわりと舞い上がって、リラに耳打ちする。
「放っておいていいのかな? リラちゃん」
「こうなっちゃったら、今何を話しても無駄だと思うな‥‥経験上。私の父さまもこのタイプだから」
「‥‥娘ができると、人間の男の人ってみんなこうなっちゃうの?」
 無邪気なシフールの質問に、リラはあいまいな笑いを浮かべるしかない。ため息をついたエルはひらと翅をはためかせ、依頼人の隣の席へ飛び移った。袖をくいくい引いて、依頼人をあっちの世界から呼び戻す。
「ねーねー、そういえばー、娘さんがいるってことは、おじさん、奥さんもいるんだよね?」
「ああ」
 エルの言葉に、依頼人はちょっと目を見開いた。
「そういえばお話していませんでしたな。マリーは実は、亡き我が妻の忘れ形見でして」

「つまり、こういうことですね?」
 ゆったりと腕を組んで、エドガー・パスカル(ea3040)は軽く息をついた。
 別荘の管理人の老人はしきりに日よけの帽子をもみしだいている。
「マリーさんの乗った馬車がぬかるみにはまったところを、通りがかったそのジャンという青年が助けてくれたと」
「へえ。それでまあ、マリーお嬢さまはお優しい人ですんで、是非お礼がしたいと言いなさってねえ」
 珍獣を見る目で頭からつまさきまでじろじろと見回されているのは、きっと冒険者がめずらしいせいなのだろう。こんな田舎ではエドガーのまとう平凡な旅装束も実に目立つし、護身用の短剣程度でも立派な「武装」である。
「そんな必要はねえと申し上げたんですが、ジャンの仕事している所へ、弁当がわりにパンを持っていきなさった‥‥ほんでまあ、お嬢さまはちいさい頃から動物がお好きでお好きで。犬や猫ももちろんだが、牛とか馬が特に大好きでらっしゃる」
 貴婦人のペットといえば犬猫と相場が決まっている。馬は普通男の乗り物であって、レディの愛玩の対象にはなりにくい。依頼人は娘のことをまるで可憐な手弱女のように語っているが、話を聞く限りでは、実のところマリーは貴族の娘としては結構かわりものなのだろう。
「ジャンのとこは家畜が多いですから、それで話がお合いになったんじゃねえかと」
「相手の青年のほうは、評判は」
「悪い奴じゃあねえですよ。よく働くし、正直だし」
「ふむ」
 もういいですよと片手を上げて、老人に仕事に戻ってもらう。先行調査という名目で依頼人たちよりも早く到着したが、今のところ依頼人の懸念するようなたくらみの匂いは感じられない。
「‥‥ある意味悪事の解決よりも厄介かもしれませんねえ」
 エドガー・パスカル、若干二十三歳。趣味は人間観察。だが若輩者ゆえ、人間関係のすべてを悟るにはまだまだ先は長い。

 一人娘なのだそうだ。
 最愛の妻の忘れ形見であるからこそ、溺愛ぶりも納得できようというもの。依頼人は再婚しておらず、そのことからも、今は亡き妻への愛情の深さはうかがえるというものだ。
「出発前にも申し上げましたけど、やはり話し合う機会は必要だと思います」
 サラフィル・ローズィット(ea3776)の言葉を、依頼人はじっと聞いている。
「お互いの意向を私たちが聞いて、それぞれに伝えた上で、顔を合わせる機会を設けるべきかと思うのですが」
「それに」
 余計なことかもしれませんが、と前置きして、ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)は舞い上がり依頼人に視線を合わせた。
「男性が悪いとおっしゃいますけど、ふたりのお気持ちも聞かずに最初から決めてかかるのは勿体無いと思いますよ?」
 じっと見返してくる瞳が妙に真剣だと、ミルフィーナは気づいたのかわずかに身をひいた。けれども言い始めた以上途中で遮ることはせず、自分の考えを最後まで紡ぐことにする。
「自慢の娘さんの幸せを願うなら、お父様が娘さんの恋を祝福してあげるべきじゃないですか? いつかは娘さんも、お嫁さんになる日が来るはず」
 がたん。
 馬車が止まった。依頼人は黙って、外に出るために日よけの帽子を手にとった。オラース・カノーヴァ(ea3486)も後に続く。ミルフィーナの言葉にはこたえぬまま、依頼人は馬車の扉を開くべく手を伸ばす。
「‥‥あの、ところで」
 何ですか? と依頼人がサラフィルを振り返る。
「マリーさんの伴侶となる方は、どんな男性がいいと思ってらっしゃるのですか?」
 サラフィルの投じた科白に、びくりと依頼人の指先が一瞬惑う。
「そうですな。できることなら、ずっと親元に置いておきたいほどなのですが」
 沈黙をわずかに引き伸ばして、そうもいきますまい、と依頼人はサラフィルを振り返った。
「あえて言うならば、妻を先に死なせたりしない男がいいですな」
 ああ、とサラフィルは気づいた。
 もし娘が嫁げば、このひとはひとりぼっちになってしまうのだ。

 マリーを見つけるのはそう難しい仕事ではなかった。平凡な農村で、貴族の身なりの娘はずいぶんと目立つ。大きな木の作る木陰の中で、日よけのためのヴェールをかぶった少女は一休みしていた。
 声をかけて事情を説明すると、彼女はずいぶん驚いたようである。
「まあ。それじゃ皆さん、父に雇われて‥‥」
「ええ。お父様、随分心配してらっしゃいましたよ」
 シェアト・レフロージュ(ea3869)の言葉に、マリーはうつむいた。
「うちのお父様は悪い方ではないのですが‥‥その‥‥ちょっと過保護なのです」
「まあ、そうだな」
 ギルドでの錯乱ぶりを思い出してか、アウル・ファングオル(ea4465)がやや苦笑いした。アウルの依頼人への失礼な評価を、しかしシェアトも真っ向から否定はできずに話題を変える。
「‥‥それで、どうしてそんなに頻繁にこちらに来るように?」
「それは‥‥その‥‥」
「好きな方ができました?」
 ぼそりとシェアトに耳打ちされて、マリーは顔を赤らめた。
「でも、お父様がなんとおっしゃるかわからなくて‥‥」
「身分が違うから、ですか?」
「それもありますけど‥‥お父様はあの通りの方ですから」
「だがそれは、父君が貴女を今まで大事に育てたからこそだ」
 腕組みしたまま、アウルがぼそりと言葉を投げる。女性陣に目を向けられ、歳若い神聖騎士は軽く咳払いした。
「確かに父君は問題のある方かもしれない。だが、完璧な人間などこの世にそうはいないのだ。完璧な父親でないからといって、貴女は父上を愛してはいないのか?」
「そんなことは」
「だったら」
 マリーの肩をうしろから軽く叩いて、シェアトはほほえんだ。視線の先には、農作業を終えて丘の向こうから降りてくる青年の姿がある。身振りでそちらのほうを示されて、マリーは逡巡ののち立ち上がる。
「筋を通さないと。応援しますから、ね?」
「‥‥はい」
 泥だらけの服の青年が、高価な身なりの少女と手をつないで、別荘へと向かう道を歩いていく。その後ろ姿をじっと見送りながら、アウルはわずかに息を吐いた。頭をくしゃくしゃにかき回す仕草には、先ほどの辻説法もどきよりも幼さが垣間見える。
「こういう面倒なことは好きじゃないんですがね‥‥」
「あら。結構堂に入ってましたよ?」
 くすりと笑いを含んだ声でシェアトに返されて、ますますアウルは髪をかき混ぜる。シェアトは膝の泥を払って、ふたりの後を追うために立ち上がった。話し合いの席には、第三者として冒険者もいたほうがいいだろう。
「心配されるってことは、それだけ愛されてるってことですよね」
「さあ」
「すぐには無理かもしれないですけど、ね」
 互いに大切に思っている者同士。
 きっと、理解しあえるときが来ると――信じたい。

●後日
「結局」
 別荘の一室。管理人の老人が出してくれた茶をすすりながら、エルは重々しくうなずいた。
「あの過保護がそう簡単に治るはずはないんだよねえ」
「ラスくん。そんなみもふたもない‥‥」
 リラが情けない顔をすると、だってそうじゃない、とエルは切り返す。
「ジャンって人の顔を見るなり『許さん』の一点張りだもんね」
「まあ、マリーさんたちはここからが正念場でしょう」
 冷たい薬草茶のカップを傾けながらサラフィルが言えば、窓からの風に頬をなぶられながらエドガーが椅子にもたれる。
「私の見立てでは、マリーさんも相当頑固な方ですよ。なにしろ、あの親御さんの目を盗んでジャンさんに会いに来てらしたんですから。一度や二度反対されたところで、折れるような方ではありません」
 冒険者たちがしたのは、ふたりを話し合いのテーブルにつかせるところまでだ。それ以上のことは家族の問題である。
 すれ違っていた親子を向き合わせて、話し合いをさせて。どんな結論が出るかはわからないけれど、それで誰かが不幸になったりはしないはずだ。
 親娘は決して憎み合っているわけではないのだから。
「‥‥いつか私も、父さまとも話し合えるかな? あんな風に‥‥」
「そのためには、リラちゃんもそのうち故郷に帰らないとねーっ」
 悪意のないエルの言葉に、リラはうっと言葉を詰まらせるのだった。