くまくま☆パニック

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 25 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月11日〜06月17日

リプレイ公開日:2005年06月19日

●オープニング

「熊?」
「熊」
 まじまじと真顔で頷いた男は、ずんぐりした大柄な体型といい、顔一面を覆っている黒い髭といい、それこそ熊に似ていた。
「熊のことで困ってるんだよ‥‥」
「はあ」
 お仲間なのにね、とうっかり言いそうになった口を、受付嬢はあわてて引き結んだ。いけないいけない。
「実は私の妻は、ここのところ病気で臥せっているのだが」
「奥様ですか。それは大変ですね」
「そうなんだよっ。わかってもらえるかねっ」
 単なる社交辞令だったのだが、熊は、もとい、熊に似た依頼人はずいぶんと感激屋だったらしい。毛むくじゃらの手がカウンターの上の受付嬢の手をつかみ、感動したようにしっかりと握りしめた。引きはがそうとするのも角が立つので、愛想笑いを浮かべてそのまま話の続きを促す。
「医者の話では、滋養のあるものを食べさせてやればいいようなんだがね。妻は食欲がないらしくて、あまり食べ物を口にしてくれないんだ。そこで考え付いたんだが」
 依頼人の村の近くの森にある蜂の巣からはこの時期、一体何の花の蜜なのか、とても美味しい蜂蜜が取れるらしい。依頼人の妻は病気になる前にその蜂蜜が大好物だったので、それならば食べてくれるかもしれないというわけだ。
「しかしその森では今、灰色熊が二匹もうろついていてなあ」
 元々いた一匹と、春になってから餌場を求めて森に迷い込んできたもう一匹との間で、縄張り争いが起きているらしい。元々灰色熊は非常に大柄、かつ凶暴な熊で、うっかり出くわしたらまず間違いなく襲い掛かってくる。おまけに狭い縄張りの中の餌を二分しているので、二匹ともずいぶん飢えているそうだ。さらに悪いことに、二匹の熊は両方とも問題の蜂の巣の近辺に巣穴を構え、互いの出方を窺っているのだ。
 二匹もの熊がうろついている間をすり抜けて、蜂蜜を掠め取るのは至難の業だろう。
「そこでだ。冒険者に頼んで、蜂の巣を持ってきてもらおうかと思ってなあ。どうかね?」
「そうですねえ。珍しい蜂蜜というのに惹かれて、引き受ける冒険者もいるんじゃないでしょうか」
 受付嬢が言うと、熊似の依頼人は顔を輝かせて身を乗り出し、骨も折れよとばかりに受付嬢を抱きしめた。
「ありがとう、きみ! くれぐれもよろしく頼むよ、うんっ」
「‥‥はあ‥‥」
 どうしてここで抱きしめてくれるのが、もうちょっと素敵な独身男性じゃないのかしら? ぐいぐいときつい抱擁に咳き込みそうになりながら、受付嬢は世の中の不条理をつくづく感じていた。

 その日一日、彼女の同僚の記録係はなぜか不機嫌だったらしい。

●今回の参加者

 ea1646 ミレーヌ・ルミナール(28歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3844 アルテミシア・デュポア(34歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 ea7171 源真 結夏(34歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea9711 アフラム・ワーティー(41歳・♂・ナイト・パラ・ノルマン王国)
 eb0022 ウィステリア・フィンレー(26歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0262 ユノ・ジーン(35歳・♂・バード・人間・ビザンチン帝国)
 eb1743 璃 白鳳(29歳・♂・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb2021 ユーリ・ブランフォード(32歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ミケイト・ニシーネ(ea0508

●リプレイ本文

 夜が始まろうとしていた。さらに森の奥へ奥へと分け入ろうと進む冒険者たちの足元から、がさがさと耳障りな葉ずれの音が届いている。頭上を覆う無数の枝振りの間からは、ぱっとしない色合いの曇天がのぞいていた。もう初夏と呼んでも差し支えない季節のはずだが、今日は肌寒いぐらいの天候で、すでに周囲はやや薄暗い。
「愛よね、愛っ」
 もっともあいにくの天気も、ユノ・ジーン(eb0262)の心を曇らすことはできなかったようだ。珍しい蜂蜜にももちろん心惹かれはしたものの、何よりユノの心を打ったのは、病気の妻にその蜂蜜を食べさせてあげたいという依頼人の心遣いに他ならない。
「あたしったら、旦那さんの深い愛に感激しちゃったわ!」
「見た目は熊だけどね」
「そのためにわざわざ、お金を払って冒険者を雇うなんて!」
「熊が出るからな」
 アルテミシア・デュポア(ea3844)やユーリ・ブランフォード(eb2021)が入れる茶々もユノは気にしない。
「ああ‥‥す・て・き」
 うっとりと浪漫に酔いしれている彼に、源真結夏(ea7171)が肩をすくめた。
「ま‥‥奥さん思いの旦那さんであることは認めるけどね」
 食欲のないときでも、好物ならば食べられそうな気がするものだ。
「ともかく、この辺りで一度休みましょう。そろそろ明かりが要るわ」
 もう日が沈みつつあるのだろう。刻一刻と周囲は闇に包まれかけている。本当に真っ暗になってしまってからでは、明かりを点けるのに相当難儀するはずだ。少し開けた場所を見つけ、そこで冒険者たちは足を止めた。
「すみません‥‥どなたか、火打ち石を貸していただけませんか」
 ランタンに火を点けようとしたウィステリア・フィンレー(eb0022)だったが、荷物の中に火打石が入っていなかったらしい。、とりあえずミレーヌ・ルミナール(ea1646)が自分の火打石を貸して、さっそく作業を始める。
 『火打石で火を熾す』とひとことで言うとなんとも簡単そうに聞こえるが、実際には結構な時間がかかるものだ。アフラム・ワーティー(ea9711)が近くから拾い集めてきた枯葉類を焚き付けにして、そこから煙が上がり始めた頃には、森の中はすっかり夜の様相となっていた。
「真っ暗ですね‥‥」
 周囲を見渡しながら、ためいきのように静かに璃白鳳(eb1743)が呟く。
 晴れていれば月光でもう少し明るくなるのだろうが、今日の天気ではそれもあまり望めそうになかった。各々が持つ明かり以外視界の助けになるものは何もない。明かりの届く範囲外に熊がいたとしても、果たしてすぐに視認できるかは怪しかった。
 白鳳の呟きを聞きとがめて、結夏が首を振る。
「蜂蜜を採るなら夜のほうがいいって話だから、この時間にしたんだけど」
「熊は夜行性だったような気がするが」
 何気なく口に出したユーリの言葉に、一瞬その場に気まずい沈黙が下りてきた。
「‥‥だ、大丈夫ですよっ。多分っ」
 ウィステリアが明るい声を上げたが、気休めにしかならなかったようだ。

●熊が出た!
 ひとりやふたりならばともかく、この人数になると足音を消したりするのは難しい。
 最初はできるだけ熊に気配を気取られぬよう進むべく努力していたのだが、何しろ夜だから視界がよろしくない。誰かがうっかり足元の潅木を蹴飛ばしたり枯れ枝を踏み折ったりして音を立てるたび、皆で心臓が飛び上がるような思いを繰り返す羽目になり、
「相手は野生動物ですから、どんなに慎重に進んでも、匂いをかぎつけられたらどうしようもないわけですし‥‥」
 森に詳しいミレーヌの意見は、消極的ではあるが確かにもっともだということで、結局行けるところまでは普通に進もうということになった。そのほうが早く進めるし、何よりも気が楽だ。
 ウィステリアの掲げた明かりの照らす先を、ユノが目を細めて覗き込む。
「‥‥そろそろのはずよね」
 もうずいぶん森の奥のほうまで踏み込んだはずだ。依頼人の話では、蜂の巣はいつも森の中心近くで見つかるということである。たぶんその近辺に、『美味しい蜂蜜』となる花が咲いているのだろう。
「あたしたち、多分もう熊の縄張りに入ってるのよねえ‥‥」
 念のためユノが依頼人に尋ねたものの、熊の正確な巣穴の位置はわからないという話だった。何度か猟師が熊を目撃したという場所から照らし合わせるに、やはり問題の蜂の巣があるあたりに居を構えているだろうと推測される。このことが、依頼人が自分では蜂蜜を取りにいけない最大の原因だった。
「そうなると、やはりここからは二手に分かれたほうがよさそうだな」
 考え込むように組んでいた腕を解いて、ユーリが軽く肩を聳やかす。

「ウィステリアさん、大丈夫かしら」
 失敗して、蜂に追いかけられたりしなきゃいいけど‥‥と、ユノは友人のことを心配しているのだか、信用していないのだか。縁起でもない科白を吐いた彼に苦笑いして、アフラムは立ち上がって軽く膝の泥を払う。
「ここで心配しても仕方ありません。ウィンステリアさんたちに及ぶ危険をすこしでも少なくすることが、僕たちの役目です」
 騎士らしい生真面目な科白に、そうよねとユノも、ためらいがちではあるが同意する。近くから拾い集めてきた薪と格闘していた結夏が、軽く息をついて顔を上げた。
「これでよし‥‥かしら。ユーリ、あたしの荷物取って」
 ランタンから火種をもらって、枯葉に火がついたようだ。薪の爆ぜる音をさせ、赤い炎が小さく踊りながら、徐々に大きさを増してきている。ユーリがよこした荷から結夏が干し肉を取り出して、無造作に火の中に放り込んだ。次いで別のものを取り出すと、うっとその場にいた全員が思わず息を詰める。
「結夏さん‥‥それは、一体」
「保存食」
 取り出した結夏自身も、言いながらあまりの異臭に口と鼻を覆っている。形からしてどうやら魚の干物と思われるが、つんと鼻の奥を刺すような匂いは非常に強烈だった。あまり長時間嗅いでいると鼻が曲がりそうだ。
「巣穴がわからなかったのは残念だけど‥‥これだけ凄い匂いがするなら、向こうも嗅ぎつけてくれるでしょ」
 森の奥へとウィステリアやミレーヌたちが向かっている間、結夏たちは灰色熊をうまくおびき寄せ、仲間たちが蜂の巣を採取するだけの時間を稼ぐつもりなのだ。
 とても食べ物とは思われない匂いにやはり鼻を覆いながら、ユーリが顔をしかめる。
「その前に僕たちの鼻が馬鹿になりそうだが‥‥」
 本当なら結夏の言う通り、巣穴の近くにでも置いておくのがいいのかもしれないが、熊の巣穴の場所がわからなかったのだから仕方がない。焚き火の近くに置かれたその干物を、皆で危険物を見る目で遠巻きに眺めていると、しばらく経って低木の繁みががさりと動いた。
「!」
 すかさずアフラムと結夏が得物に手をかけ、ユーリが杖を構えて詠唱の準備をする。
 背の低い繁みをかき分けてきたその影の姿が、焚き火の炎で橙色に照らされる。軽く開かれた灰色熊の口から、よだれの糸が細く伸びて地面に落ちた。人間よりもふたまわり以上大きな姿は、たとえばアフラムぐらいなら丸呑みにさえできそうだ。
「来たあっ」

●蜂が来た!
 ウィステリアがランタンを掲げる。木の枝から無造作にぶら下がっている蜂の巣は、今のところは沈黙しているように見えた。ミレーヌが目を凝らすと、周囲を何匹かの蜂が飛び回っているのが見えた。数が少ないのは、夜だから活動を休めているのだろう。
「あれで間違いないでしょうね」
「ええと‥‥どうしましょう?」
 見上げながら、ウィステリアが首を傾げた。
「ウインドスラッシュで撃ち落としてみましょうか?」
「それはちょっと‥‥」
 熟練してくればある程度の威力調整は効くものの、そもそもが攻撃魔法である。繊細な作業には向いていない。変に刺激すれば当然巣の中の蜂が目を覚ますだろうし、魔法の威力が強すぎてうっかり蜂の巣を粉々にしてしまわないとも限らない。
「本当なら煙で燻して蜂を追い出すのがいいらしいんだけど」
 そんな悠長なことをしてたら、熊が来ちゃうわよねえ‥‥とアルテミシアが呟く。蜂の巣を採取しにやってきた四人はいずれも腕力には自信がなく、もし今熊に会いでもしたら勝てる保証などどこにもない。
「私がやってみます」
 白鳳が『サイコキネシス』のスクロールを広げ念ずると、頭上の巣がぐらぐらと揺れはじめた。ぶつりと音がして丸い形の巣が枝から離れ、同時に宙に浮いた蜂の巣から、そのほんの軽い衝撃で目を覚ましたたくさんの蜂が飛び出してきた。白鳳は念動の制御に集中しているので動けない。
「無事に取れますように‥‥」
 ウィステリアが祈るようにそれを見つめている。アルテミシアはあわてて、用意してきた麻袋を荷物から引っ張り出した。
 念のために厚着して肌を露出しないようにしてきたため、痛い思いをすることはなかったようだ。少なくとも、白鳳が呪文の制御に失敗するほどは。とはいえ服の上を無数の蜜蜂が這いまわるのは決していい気分ではなく、アルテミシアの麻袋の中に無事巣が入ったのを見届けると、誰もがほっと息を吐いた。
「依頼完了、ですね」
「そ、そうですね‥‥それより、刺されそうで怖いです」
 ウィステリアは服や髪にたかっている蜂の群れを追い払いたいようだが、下手に刺激すれば刺されるのはわかっているのだろう。いくら長袖を着ているとはいえ、顔、特に目のまわりまでは覆ってはいない。
「あとは他の皆に知らせればいいわけよね? 退治が目的じゃないんだし」
 アルテミシアの言葉に、白鳳も頷く。
「いかに凶暴といえど、この国に息づく命。無益な殺生は欲するところではありません」

●熊が出た!(もう一匹)
 だが吹き鳴らされた笛が耳に届いたとき、彼らはそれどころではなかった。
 振り下ろされた右の鉤爪をアフラムの盾がはじく。間髪入れずに今度は左の攻撃がきて、かわしきれずに腕を裂かれアフラムが呻いた。したたる血が服を染めて、剣を握る腕を濡らす。
 ユーリが保存食を投げつけたが、熊はそれを追う気はないらしい。肉食獣にとっては火を通した肉よりも、生きのいい餌のほうが魅力的に映るもののようだ。さらにアフラムを追い詰めようとする熊の前に、得物を抜き払った結夏が立ちふさがる。
「結夏、アフラム、離れろっ」
 ファイヤーボムやファイヤートラップを使うには、熊と味方の距離が近すぎる。もっともユーリの科白は無茶な要求というもので、そう簡単に相手が引き離させてくれるなら誰も苦労はしない。
 結夏が牽制に大きく横なぎに刀を振るい、毛皮が浅く切り裂かれて血がしぶく。それと同時に、ユノが呪文を完成させた。『スリープ』の魔法に捕らえられた熊の足元がふらついたかと思うと、どう、と地面を揺るがして巨体がその場に倒れる。
「‥‥よかった、効いたー」
 安堵したようにユノがその場に座り込み、それと同時に繁みをかき分けてアルテミシアらが姿を現した。野営地のどまんなかに横たわる灰色熊を見て、即座に状況を理解したらしい。起こさないよう小声で、手にした麻袋を示す。
「蜂の巣は手に入ったから、あとはさっさと逃げましょ」
「蜂、大丈夫だった? 怪我は?」
「ええ、まあ、なんとか」
 ここに来る途中、さすがに露出せざるを得ない顔を刺されてしまい白鳳に治してもらったのだが、大怪我というほどのものではなかったのでウィステリアは言葉を濁した。
 ひとまずアフラムが白鳳の治療を受け、改めて袋の口をしっかり縛りなおすアルテミシアがふと鼻をひくつかせる。
「なんかすごい匂いがするわね。なんなのこれ」
「ああ、これ? これは、熊をおびき寄せるために‥‥」
 説明しようとした結夏の言葉が途中で止まった。
 そう。情報では、この森にいる灰色熊は二匹‥‥そして魚の干物は、熊が魔法で眠っている今現在も、あいかわらずすさまじいまでの異臭を放っている。
 がさがさと背後から聞こえてきた、繁みを無遠慮に踏み荒らす音に、冒険者たちはゆっくりと、恐る恐る振り向く。
 もう一匹の灰色熊がのそりと姿を現したとき、冒険者たちは全員で一目散に逃げ出したと言う。

●一応の顛末
 持ち帰った蜂の巣を見て、依頼人は大喜びしてくれた。さっそく煙で燻して中の蜂を追い出し、巣を解体して蜜を取り出す。どろりとした金色の蜜は、見ただけでもずいぶんと甘そうだ。
「ちょ、ちょっとだけなら‥‥」
「ひ、一口だけならバレないわよ、ね?」
 ミレーヌとアルテミシアは物欲しげに見つめていたが、ひとまず依頼人の妻に食べさせるのが先決である。
 依頼人の妻は、なぜこんな綺麗な人があんな熊とと思わずにはいられないような、線の細い美人だった。薄いクレープに問題の蜂蜜をたっぷりかけたものを持っていくと、彼女はそれを美味しそうに平らげてくれたという。
「奥さん、これで元気になるといいですね」
 ウィステリアなどは純粋に喜んだのだが、他の食い意地の張った面々は、『珍しい蜂蜜』に興味津々であった。よほど物欲しそうに見えたのか、依頼人は妻に焼いてやったのと同じクレープを、冒険者全員に振舞ってくれた。蜂蜜はこってりと甘く、花のほのかな香りとともに、冒険者たちの舌を楽しませた。
 ただひとつ難をいうならば、巣一個ぶんなのでそれほどの量はなく、土産に持って帰りたいという申し出が断られたことだろう。特に遠縁の女性に是非持って帰ってきてくれと頼まれていたアフラムは、どう言い訳すれば彼女が納得するだろうと、帰途の間中考え続けていたという。