【秘密のレシピ】甘く危険な新メニュー
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月18日〜06月23日
リプレイ公開日:2005年06月27日
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●オープニング
『シャンゼリゼ』のアンリ・マルヌ嬢といえば、言わずと知れた冒険者の酒場の女給である。
曰く、シャンゼリゼの看板娘、パリの美しい華一輪、訪れる冒険者の憧れの的‥‥『実はパリ最凶なのではないか』などという評判は、古ワイン一杯で何時間も居座る図太い常連客たちの口さがない噂にすぎない。
そう、そこにいるきみたちのことだよ。違うとは言わせない!
見てみるがいい。今の彼女はそこの窓際に頬杖をつき、大きく開け放った鎧戸から雑踏を眺めている。きっと休憩時間なのだろう、三つ編みから細くひとすじの髪がほつれているさまも、こころもちひらいたくちびるも可憐そのもの。ときどきかぼそく溜息をつく愁眉の面は、まさしく神の造形物のように絶妙に美しい線を描いているではないか。これを愛らしいといわずして、一体なんと表現しろというのだ?
そう、アンリ嬢は今、シャンゼリゼの店員のひとりとして、店の今後を憂えているに違いない。
「どうしてでしょう」
呟くその声はまるで鈴を振るよう、伏せられたまつげはまっすぐに長く、窓の外からさしてくる光によって頬に影を落とされ、その整った面の上に苦悩するような表情をつくっている。
「どうしてうちの店では、甘いお菓子が食べられないのかしら?」
そう、その通り。『シャンゼリゼ』のお品書きにあるのは串焼き、シチュー、チーズなどはあるが、菓子に相当するような甘い食べ物は一切ない。むくけつき男ばかりが客の酒場ならばそれでもいいかもしれないが、シャンゼリゼに出入りする冒険者の中では、女性の占める割合は決して少なくはない。
そして女性というのは、甘いものが好きなものである。
「きっと、それを望んでいるお客さんだっているはずです。メニューに新しく取り入れるべきです」
見たまえ、諸君。
アンリ嬢はこんなにもシャンゼリゼの、そしてわれわれシャンゼリゼの客のことを考えてくれているではないか。彼女こそ店員の鑑、酒場に降りたった聖女。それをきみたちはなんだね、これほど美しい心根を持つ彼女のことを、パリ最凶だの、シャンゼリゼの陰の用心棒だの、アサシンガールより怖いだの、悪戯をするとアンリが来るぞだの‥‥何だと? そこまでは言ってない? この上口答えまでする気かね、ん? 恥ずかしいとは思わないのかね?
そこの君はなにか言いたいことがあるらしいな‥‥お菓子ならひとつだけあるだろうって?
「『デコレーション・チーズケーキ』はありますけど、それだけだとちょっと」
うむ、確かにくだんの特別メニューは少々値が高すぎる。誕生日だから特別に、という人はいても、あれを毎日食べようという輩はそうそういまい。そんなことをしたらあっという間に赤貧のどん底だ。
アンリ嬢が、ひいてはシャンゼリゼが望んでいるのは、もっと安くて、手軽で、そして何より美味しい菓子なのだよ。
「そうなんです。ああ、もしこの世にそんな‥‥」
うっとりと頬を薔薇色に染め、夢みるように瞳を輝かせて、声はまるで蜂蜜のごとく甘く。
おお、罪な人よ。あなたがひとつ溜息をつくたびに、あなたの崇拝者の胸が針を刺されたように痛むことをご存知か? あなたの望みを叶えることで、かんばせにそのほほえみを留めることができるのならば、私はきっと火中も辞さず、花が見たいと言われれば極北の珍しい花を探し、死ねと言われれば胸を刃物で突き、もちろん新メニューを考案しろと言われれば‥‥。
「‥‥この世にそんな夢のようなメニューがあったら、ときどきつまみ食いできるのに」
じゅるり(よだれ)。
‥‥こほん。
ま、あれだ。そういうことだから、アンリ嬢と一緒に何か考えてみるといい。私かね? 私は何やら急に用を思い出したので、今日はこれで失礼する。逃げるわけではないよ、もちろん。と・て・も、大事な用事なのだ。
では、心して彼女の力になってやりたまえ。はっはっはっはっ。
●リプレイ本文
集合した冒険者たちは六名。今日も盛況のシャンゼリゼの客席の片隅で皆で鼻を突き合わせつつ、今後の依頼の対策について話し合う。女性五名、男性一名という内訳だが、この場合重要なのは性別でも、料理ができるか否かでもなく、やる気、そして何より食(特に甘味)へのこだわりの有無であろう。
なにしろ今回の依頼はシャンゼリゼの新しいメニュー、それも甘いもの限定でのメニューを考えるというものなのだから。
「甘いものって、食べると幸せになれますものねえ」
にこにこと笑顔を絶やさぬミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)は、冒険に出ていない間は料理人を生業としている。今回は酒場のメニュー作りに関われるということで、一も二もなくアンリへの協力を申し出たものらしい。
「シャンゼリゼのお客のみなさんに喜んでいただけるよう、気合を入れて頑張らないとです〜」
「アンリさんからの要望は、甘いお菓子類で、なおかつできるだけ安上がりに作れるもの‥‥だよね」
ミルと同じく料理人として参加したユリア・ミフィーラル(ea6337)が念のために基本事項を確認すると、ミレーヌ・ルミナール(ea1646)が考え込む様子を見せた。彼女は料理の心得はないが、甘いものは大好き、という熱意からの参加のようだ。
「砂糖を使うと、どうしても高くなってしまうし‥‥」
砂糖はもっと暑い地方、おもにインドゥーラ方面からの輸入品だ。蜂蜜などとは違って比較的材料に混ぜやすく、どんなものに入れても手軽に甘味を出せるのは魅力だが、ほとんどが月道貿易で入ってくるためほんの一袋が驚くほど高価である。新メニューに使うとしたら原価だけでも相当いい値段になることは間違いなく、日常的に注文できる客はそうはいないだろう。
「甘いのはともかく、安いとなると結構難しいですねぇ。ええと‥‥やっぱり、材料が手に入れやすくて手間がかからないものがいいでしょうか?」
ミルの言葉に、ユリアも頷く。
「そうすると‥‥甘味を出すのに使えそうなのは、季節の果物とか、それからドライフルーツ、あとは」
「あとはもちろん蜂蜜さ。これはあたしに任せてもらおうか」
科白の最後をさらって、言い切ったのはハニー・ゼリオン(eb0694)。彼女は室内だというのに顔にかかった面布を取らず、素顔はあまり窺い知ることができないが、声音には明らかに自信が溢れている。
「このハチミツナイトのハニー・ゼリオンが、ユーたちのために特製の蜂蜜を用意してあげるよ。ヨーホー!」
「わあ、楽しみです〜」
特製、という言葉に反応して、ミルが無邪気に喜んで手を叩く。では蜂蜜の調達はハニーに任せようということになり、次いで他の材料の買い出しはミレーヌが申し出た。彼女ひとりでは少々不安なので、ウリエル・セグンド(ea1662)も荷物持ちとしてミレーヌについていくことになった。
「さて、どんな料理にするかだけど‥‥あたしも一応考えたけど、皆はどう?」
「あ、あの、考えたんだけど」
ミレーヌが挙手した。
「お酒に果物を浸して、甘味を出してみたらどうかしら?」
「うーん‥‥ワインだと難しいかもですねえ」
ノルマンの主な酒といえば、やはりワインである。だがそもそもワインそのものが一種の果実酒だから、他の果物と味が合わないこともあるだろう。申し訳なさそうにミルが首を傾げる。
「そう‥‥あれを使えば、まさに安上がりだと思ったんだけど」
残念そうにミレーヌがかぶりを振って、他の卓に座っている冒険者たちの飲み物を指さした。その先にある『あれ』とは。
色も香りも舌触りも明らかに劣化している、貧乏冒険者御用達、シャンゼリゼ名物‥‥古ワイン。
「‥‥やめといたほうがいいと思うな」
ユリアの言葉にウリエルも無言で、重々しく頷く。
その後いろいろと案を出し合い、材料の入手が難しいもの、手間がかかりすぎたり製法上無理だったりするものは、本職のミルやユリアがふるいにかけた。一通り案を絞ったあと、とりあえず作ってみようかということになる。必要そうな材料を買出し役のミレーヌが暗記していると、仕事中だったアンリがちょうど卓のそばを通りがかった。
「あっ。皆さん、試作のときにはうちの厨房お貸ししますから、お願いしますね。ところで」
アンリが卓の隅に座っている一名に目を据える。
「‥‥サーラさんはさっきから黙ってらっしゃいますけど、何を?」
「おもに試食を。私、料理が得意ではないので」
しれっと答えたサーラ・カトレア(ea4078)に向かって、アンリはそっと微笑した。花のように。
「私、新メニューを考えてくださいって言いましたよね?」
「そうですね」
「何かメニューの案があるんですか? あるんですよね?」
まさか料理もせずアイデアも出さず手伝いすらせずに、試食だけで済ませようなんて腹じゃあありませんよねえ? とアンリは微笑を崩さない、でも目が笑っていない。怖い。無言の迫力と圧力に耐えかねて、ええと、とサーラが言いよどむ。
やっぱり料理が得意ではないミレーヌやハニーらは、食材の準備などの面で皆の作業を手伝う気はあるのでお目こぼしされているようだ。下手な助け舟を出してアンリの怒りを買うのも怖いので、他の冒険者たちは各自自分の仕事の準備を始めようと席を立っていく。
「‥‥楽しみだ。パリ在住者としても‥‥極食会の‥‥食べる専門会員としても」
いつも通りに茫洋とした表情で買い出しのために店を出るウリエルは、しかし他の冒険者たちの試作品にいたく期待しているようだ。よくよく見れば、顔つきがどこかいつもより和らいでいる気が‥‥しないこともないような、そうでもないような。
ちなみに結局サーラは手伝う気がないと見なされて、この後アンリの手によって店の外に放り出され試食もさせてもらえなかったというが、それはまあ別の話だ。
●その甘きモノの名は
「さーて、張り切って作ってみようかなっ」
ミレーヌたちが買出しから帰ってきて、ハニーが蜂蜜の壷を抱えて戻る頃には、すでにユリアとミルが厨房に入っている。
「これが特製の蜂蜜ですか〜?」
「製法は秘密だよ。女王蜂に栄光あれ!」
自慢げにハニーが胸をそらし、ヨーホー! とお得意の声を上げる。ミルとユリアは顔を見合わせると、とりあえずその壷を脇へと押しやった。蜂蜜の出番はもっと後である。
「まずは生地作りかな。ミルさんはクレープのほうよろしく」
「は〜い」
「ミレーヌさんはこっち手伝って。あたしは小麦粉量るから、卵割っといてくれる?」
ふるいにかけた結果残った料理はほとんど皆、小麦粉や卵で生地を作る。もっとも料理によって水の分量や材料の配分を変えねばならないので、皆まとめていっぺんに作ってしまうというわけにはいかない。ユリアとミルが器の中に小麦粉をあけていると、ウリエルが水を運んできた。
ミルが卵を割り入れ、自分の背の半分ぐらいはある木べらでかき混ぜる。シフールの料理人というのは細かい作業のときには重宝だが、こんなときには不便でもある。興味深そうに見ているウリエルに気づいて、そちらへ手招きした。
「ウリエルさん、ちょっとお願いが。この中に、お水加えていただけませんか?」
「‥‥わかった。どのぐらい‥‥入れればいい?」
「ええと‥‥とりあえずちょっとずつお願いします。止めてほしいときは言いますから」
何しろミルも半分手探りだ。シフールの娘の言葉に無言で頷いて、ウリエルは柄杓で少しずつ器に水を注いでいった。こう見えて結構な食いしん坊な彼は、美味しい料理を食べるためとあって今は特に従順である。
一方のミレーヌは、いきなり一個目の卵を割るのに失敗していたりする。
「ご、ごめんなさい。お料理、あんまり得意じゃないので‥‥」
実はお嬢様育ちの彼女は、冒険者になるまではほとんど料理をしたことがなかったらしい。卵に混じった小さな殻を丁寧に取り除く様子を見ると、不器用というわけではなさそうなので、単に慣れの問題なのだろう。結局、果物を切ったり皮をむいたりすることになった。
ひととおり生地を作り終え、いよいよ火にかけると甘い香りが漂いはじめる。とたんにウリエルの腹が大きな音を立てた。
「‥‥美味そうだから‥‥つい」
と悪びれずに答えたウリエルは、お預けをされた犬のように、じっと火の前で出来上がるのを待っている。邪魔にはならないので放っておいて、ミレーヌは汚れた器などを洗うことにした。ミルもユリアも焦げつかさないように細心の注意を払っているので、誰が見ていようが気にしていない。
だがふと見ると、いつのまにかアンリがウリエルとふたり並んでうずうずと出来上がりを待っていて、全員を仰天させた。
一通り作り終えると、さっそく試食である。シャンゼリゼの料理人たちに邪魔がられながらも、『開発中のメニューをお客さんに見せるわけにはいかない』というアンリの言によって、調理台の片隅に皿を並べられる。もっとも居並ぶ皿を眺めながら爛々と輝くアンリの目を見ると、単に観客を増やして自分の取り分を減らしたくないだけなのかもしれない。
「まず‥‥ええと、これはパンケーキでしょうか?」
両面平べったく焼いた、大き目のパンケーキが重ねられている。ナイフで切り分けたものが各自に配られ、おそるおそる一口食べてみると、意外と美味なことに目を瞠る。生地には砕いたドライフルーツなどが混ざってかりかり、積み重なったパンケーキの層と層の間には蜂蜜とバターがこれでもかというぐらいたっぷりだ。
「誰の考えたお料理ですか?」
「‥‥俺。作ったのは、ユリアさんだけど」
ウリエルが手を挙げる。面は相変わらず表情に乏しいが、もごもごと口を動かしながら目を閉じているのは、口中の味を堪能しているからだと思われる。
「考えたのは俺なのに‥‥実際に作ると‥‥こういう味になるんだな‥‥」
「結構面白かったよ」
当のユリアのほうは、ウリエルの意図した以上の味を再現できて満足そうだ。ぺろりと平らげたアンリは、さあ次はどれだと見回して目新しいものに手を伸ばす。
「これは?」
「あ、それは私が」
ミレーヌが発案したのは、薄く切った固焼きのパンの上に、チーズと果物を乗せて蜂蜜をかけただけのものだ。ちょうど出始めた時期なので乗せてあるのは小さく切り分けた桃だが、これは季節によって変えてもいいかもしれない。
「手軽なのがいいですねえ」
でも果物によってはチーズと合わないかも、と文句をつけはしたが、アンリはこれも美味しくいただいた。人間には一口サイズだがミルにはちょっと大きいぐらいで、シフールの少女は苦労しながらそれにかぶりついている。
「ミルさんのは‥‥」
「あ、はい。こちらです〜」
素人の作品でもこれなのだから、本職のミル本人が考えたものとなれば‥‥と期待が膨らむ中、ミルが指さしたのは、端を折りたたんで四角く焼いたクレープだ。片面だけしっかり焼いた生地にナイフを入れると、ぱりぱりと乾いた音がする。
「蜂蜜かけて召し上がってくださいね。お好みで刻んだドライフルーツをまぶしてみてもいいかもです」
ミルは他に林檎の蜂蜜煮というのも考えたが、今は林檎の時期ではないので初物の杏で代用した。どちらも本職の料理人だけあって美味で、蜂蜜の風味も豊か。自分の蜂蜜の使われ方にハニーは感激したのか、ヨーホー! とまた奇声を上げている。
最後はユリア。白い生地を小さくまるめたものに、無造作に串が刺してある。見たことのない物体に眉をひそめ、ミレーヌがおそるおそる覗き込んだ。未知の食べ物に手を出すには、いつだって勇気がいる。
「‥‥なんでしょう、これ」
「まあ、食べてみてよ」
ユリアに自信満々に勧められるままかじってみる。小さいので食べやすい。中に入っているのは生の果物で、生地とともにしっとりと甘かった。まだ火を通したばかりでかすかに温かいが、冷めてもなかなかいけそうだ。
「甘さの調節がちょっと難しかったけど、甘すぎないほうが食べやすいみたいだね」
ユリアの言葉通り甘すぎないし、他の焼き菓子と違って生地がしっとりしているので食べやすい。どう作ったのかと聞いてみると、生地に蜂蜜と果物を混ぜて蒸して作ったのだという。つまり蒸しケーキだ。
大きさもちょうどいいので、他の料理を食べ終えたあとにも関わらず皆つい二個、三個と手が伸び、蒸しケーキはあっという間に姿を消した。特にウリエルなどは椅子に座ったまま最後の一口を名残惜しげに咀嚼していて、心なしか目元がほわんと緩んでいるのは気のせいだろうか。要するに、ものすごく、しあわせそうだった。
さてアンリだが、料理のいずれもお気に召したようだ。
「どれも美味しいです! ああ、でも全部採用するわけにもいかないし‥‥迷っちゃいます」
さすがに全部採用したのでは、酒場ではなく甘味処になってしまう。アンリはウェイトレスなのでメニューに関する決定権は実はなく、最終的にどれを選ぶかはシャンゼリゼの主人ということになるそうだ。マスターの試食用として別にとっておいた皿に、アンリはじっと熱視線を送っている。
「それまで食べちゃわないでよ」
「わ、わかってますよう」
ユリアの言葉にあわてて振り向くアンリが、素早くよだれを拭いたのを皆見逃さなかった。
「とりあえずマスターと相談した上で、近いうちにこのうちのどれかがお品書きに加わると思います。ああ、楽しみ」
楽しみ、の前には、つまみ食いするのが‥‥という言葉が加わるのだが、そこはあえて突っ込まないのが大人というものだ。うきうきしているアンリを眺めながら、ふと思いついたふうにウリエルが口を開く。
「‥‥アンリさんは、冒険者よりも強いって‥‥皆言ってたんだが‥‥本当なのか」
いかにも何気ないという感じの疑問に、くるりとアンリが振り向いた。
笑顔のままで。
「ウリエルさん、すいませんけどそれ一体どなたがおっしゃってたのか、あとで詳しく教えていただけません?」
教えてもらってどうする気だろう‥‥と皆が思ったが、尋ねる勇気のある者はいなかった。
「私、今機嫌がいいですから、そんなにひどいことはしませんって。うふふっ」
さあ、きみは彼女を信じるか。