虎よ! 虎よ!
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:7〜11lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 58 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月02日〜07月10日
リプレイ公開日:2005年07月12日
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●オープニング
「虎、というと」
目の前の依頼人の口からのたまわれた、めったに耳にしないその単語に、ええと‥‥と受付嬢は首をかしげた。
「あのしましま模様の、大きい猫みたいな?」
「まあ‥‥その説明も間違いではありませんがな」
せっかくもったいぶって打ち明けたものを『大きい猫』呼ばわりされて、矜持が傷ついたのか依頼人は咳払いをした。
「しかしうちのヤンはただ猫が大きくなっただけじゃありませんぞっ。何しろわが一座の花形、人気者、いわば看板!」
おもむろにカウンターの前から立ち上がり、大げさな身振りを交えて声を張り上げる。
今回の依頼人は、旅芸人一座の座長であった。
「賢い! なおかつ力強い! 一粒で二度おいしい! そして獰猛な肉食獣のみが持つ、ある種の危険な優美さ! 牙は鋭く動きは素早く、その姿はしなやか、だが性根はしたたか、狙った獲物は逃さない、密林の王者、熱帯の狩人、さあこれを見られるのはわが一座だけ‥‥」
「でも」
だんだんと宣伝めいてきた口上がひと段落つきそうな時機を見計らって、受付嬢はすかさず口をはさんだ。
「檻から逃げちゃったんですよね?」
「そうなんです」
とたんに座長の声がしぼんだ。すとんと椅子に腰を下ろした依頼人にほっとして、受付嬢は話の主導権を握るべく言葉を続ける。あの長台詞につきあっていたらいつまでも話が前に進まない。
「いなくなったのは?」
「プロヴァン領に向かう途中で‥‥。街道沿いで野営をしていたのですが、朝起きたら檻が開いていました」
寝入る前確かにかけた鉄製の閂が、まるで小枝のように途中からへし折れて地面に落ちていたのだという。
「賢い子ですから、檻が開いていたとしても勝手に出ていくようなやつではないんです! 何かあったとしか思えない」
「そうは言いますけど‥‥もし周辺の人に見つかったら大騒ぎでしょう」
何しろ獰猛な肉食獣である。しかも虎などノルマンではめったに見かけないから、人々にとっては余計に恐怖だろう。最悪、プロヴァン領主から討伐命令が出ることもありうる。
「だからそうなる前に、ヤンを見つけて連れ戻してきてほしいんですよ!」
つまり、そういう依頼らしい。
それにしても‥‥と受付嬢は思う。逃げたのは仕方ないとしても、閂が壊れていたというのが気になる。錆びてもろくなっていたとか、あるいは閂をかけたと思ったのが座長の思い違いだとか、それならまだわかるのだが‥‥もしかして、虎を故意に逃がした者がいるのではないだろうか。でも、錠前をそんなふうに壊すなんて、何者かしら?
●リプレイ本文
依頼に参加したうち、ひとりはどうやら来られなかったようなので、都合七人での出発となる。
捕らえても連れて帰れないのではお話にならないというムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)や、そもそも虎のいなくなった状況に不審な点があるというエルド・ヴァンシュタイン(ea1583)らの提案どおり、まずは依頼人である旅芸人一座の座長のところに向かうことになった。ギルドでの話によれば、彼らは現在虎のいなくなった付近、プロヴァンの街に滞在しているらしい。
「‥‥確かに公演をやるにはいい場所だがな」
まだ夜が明けてまもない、白々とした周囲の街並を見渡しながら、エルドが独白する。
プロヴァンは地形はおもに平地や丘陵、周囲にさしたる難所もなく、ノルマンの交通の要所のひとつである。北からは毛皮や毛織物、東方からは絹や香料などを商う交易商人がやってくるため、パリほどではないものの人の出入りはかなり多い。虎を使った見せ物はうまく当たればひと稼ぎできるだろうし、うまくすれば評判がノルマン中に広まることだってありうる。
「虎って、すっごい獰猛なのよね? 俺もよくは知らないけど」
「という話だが」
愛馬の手綱を引きながら首をかしげるレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)の問いに、フードを目深にかぶりながらアルジャスラード・フォーディガール(ea9248)が頷いた。やっぱりねーと肩をすくめて、リョーカとも呼ばれる男は馬を振り返る。
「肉食獣の前には、できれば出したくないわねえ‥‥」
心配なら馬など連れてこなければいいのだが、それなりに荷物の多いリョーカとしてはなかなかそうもいかない。急を要する依頼となればなおのことで、だから馬を連れている面々としては溜息のひとつも漏れたりする。
「これです」
「うわ」
座長の指さしたものに、ユリア・ミフィーラル(ea6337)は思わず声を上げた。
虎を閉じ込めていたという大きな檻。その閂を取り付けるための留め具が見事にへし折れていた。留め具は鉄だが、なにか道具を使えば壊せそうに見えなくもない。もっともそれでも相当に時間がかかりそうだから、眠っている一座の者たちを起こさないようにとなると、少々難しいだろうが。
「これなら、魔法で壊したって線は消えた‥‥かな?」
「少なくとも俺の得意分野じゃないな」
ユリアの問いに、『火のマギエル』を名乗るエルドが軽く肩を聳やかす。こうして己の目で見るまでは『クイックラスト』が使われた線を疑っていたのだが、金具などが錆びている様子はない。どうやら少々当てが外れたようだ。
「早く見つけないと、ヤンの奴がいったいどんなことになるか」
座長は心配を隠せない様子である。確かに虎といえば猛獣だから、目撃されればたとえ何もしていなくても大騒ぎになる。
「虎のお世話は、どなたが?」
「私ですよ」
あまりゲルマン語が達者ではないのだろう、どこかぎこちない発音のシャクティ・シッダールタ(ea5989)の問いに、座長が手を挙げる。エルドが眉を軽く上げる。
「ヤンって名前は華国風だが、その虎は華国から?」
「さあ‥‥まだあれが仔の頃に、強引に商人から買わされましてね。子供のうちはちょっと大きい猫って感じですから、可愛いうちでないと売れないと思ったんでしょう。華国の虎だってふれこみだったんでそれらしい名前をつけて、一座のお荷物にならないようきちんと芸を仕込んでやったんですがねえ‥‥」
すんと洟をすする座長はなんだかしんみりしているが、あいにく冒険者たちの依頼遂行の役には立たない。
「何か餌にするものを持っていきたいんですけどー、ヤン君の食べてるものはー‥‥やっぱり生肉ですかねー?」
盛り下がった場の空気をなんとかしようとしたのかしないのか、井伊貴政(ea8384)が間延びした口調で問うてみる。
「いや、生肉が一番好きですが、けっこうなんでも食いますよ。旅から旅の生活だと、そういつもいつも生の肉ばかり用意できませんからね。ほら、保存の問題がありますから‥‥なんでも食べるいい子なんですよ‥‥」
可愛がっていた虎が突然いなくなったのだから無理もないが、まるで我が子のことのように滔々と語り続ける座長に冒険者たちの反応はすでに結構引いている。もっとも当の貴政だけは、はあそうですかー、心配でしょうねー、などとのんびりと耳を傾けているようだが。
「やれやれ。これはどうやら、一座のご婦人がたに聞いてみたほうがよさそうですね」
「‥‥俺も同意見だけど、そこでなんでご婦人に限定するわけ」
かぶりを振ったムーンリーズに、リョーカがすかさずつっこみを入れる。
●虎よ、虎よ!
あらかた街での情報収集を終えたと見て、ヤンの消えたあたりにとって返したのがその数時間後のことだ。
街並を見渡していたころはまだ早朝だったが、すでにだいぶ日は高くなっている。にぎやかな街の外壁を出ると、次第に風景に木々が目立つようになってきた。特に多いのはプロヴァン名産の葡萄畑だが、街道沿いのあちこちにはそれ以外の木も多い。
「このあたりのはずですが」
虎が消えたと思われるあたりで、馬脚を止めさせる。
「それにしても目立つな‥‥これは」
振り返りつつエルドが呟いたのも無理はない話で、一座に頼み込んで借りてきた荷馬車に、これまた一座から借りてきた例の大きな檻がでんと鎮座ましましている。街の鍛冶屋に頼み込んで壊れた閂だけは応急処置してもらったものの、空っぽの大きな檻を積んだ馬車は嫌でも目を引く。檻にかぶせるものも一緒に借りればよかったが、引き返すには街は既にだいぶ離れていた。
「それでえーと、ヤン君が逃げたのはー」
「木のいっぱいあるほうって言ってるから‥‥あっち、かな?」
たぶん‥‥と言いながら、ユリアが木立の居並ぶ林のほうを指す。
今は馬車を引いている馬は、一部始終を見ていたらしい。『テレパシー』の魔法でユリアが尋ねると、ヤンがどちらの方向に逃げたのか知っていて、どうやら捜索の助けとなりそうだ。もっともしょせん馬なのでさほど頭は回らないのか、事件の詳しい状況については『虎が黒いのを追いかけていった』としか知れなかったが。
「黒いの、ですか‥‥もう少し詳しくわかればよかったのですが」
「夜だったから、よく見えなかったんだって」
首を振るシャクティに、ユリアが肩をすくめた。先ほどユリアが指さしたあたりの地面に這って、何らかの形跡が見つけられないか探していたエルドが、膝の埃を払いながら立ち上がる。
「‥‥確かに、大きめの足跡があるな」
示された地面には、なるほど言われてみればわずかに下生えを踏み荒らした痕跡がある。
「数日前の跡だから、どこまで追えるかはわからないが‥‥やってみるか」
木立の間を抜けるのに檻は邪魔なので一旦置いていくことにして、森林に詳しいエルドを先頭にして足跡を追う。落ちた枝を踏みわけ、低木を踏み越え、しばらく歩いた先でふと、ムーンリーズは顔を上げる。
「何か聞こえませんか」
「‥‥わたくしには、別に何も」
シャクティが首を傾げるが、当のムーンリーズはまだ釈然としない表情だ。彼が女性の言辞を受け入れないことは滅多にない。手近に生えた木を見上げて枝振りを確かめ、銀髪をかきあげる。
「この上から探してみますか。幸い私は、視覚を強化できるスクロールもいくつか持っていますし」
「‥‥大丈夫なの? 結構高いわよ、この木」
「私なら登って、枝が折れることはないかと」
リョーカは疑わしげだが、まあ少なくとも二メートル近い巨躯の彼が登るよりはいいはずだ。実際、特に身が軽いわけでもないムーンリーズは木を登るのにかなり苦心したが、枝が折れることはなかった。『テレスコープ』などの巻物を使い、ユリアが言う方向に村があるのを発見して、彼は眉をひそめた。
「いけませんね。あちらの村で、何か騒ぎが起きているようです」
ちなみに彼は樹上から降りるのにも相当時間を要し、かえって時間の浪費になったことは内緒である。エルフは種族特性として森林の知識に長けているが、その知識に必ずしも身体能力が追いつくとは限らない。
冒険者たちが到着したころには、村では村民たちが逃げ惑っていた。虎は何かを探すようにうそうそと歩き回っているだけなのだが、住民としては恐ろしげな獣の姿だけで軽い混乱状態だ。ある者はまろびつつ、ある者は子供を抱きかかえながら、ばたばたと家並みの扉が次々に閉まっていく。
「ええと‥‥とりあえず、ヤン君を落ち着かせるために餌をー」
さて座長から餌に預かった干し肉はどこにしまったかと、貴政が荷物を漁ろうとして、虎の目つきが変わる。
下腹に響く重低音で一声、吠えた。それをあざ笑うようにして、なにか黒い小さな影が横切る。虎が素早く爪を走らせるが、それは当たらなかったか通用しなかったか、影はからかうように高く跳ねた。そのまま近くの家の屋根に飛び乗る。
「な、何ですか、あれはっ」
シャクティの声に、虎がゆっくりとこちらを向いた。
「え」
じりじりと、距離をはかりながらこちらを窺う様子に、シャクティは口を押さえる。
「ああああこっち来ましたっ」
どうやら冒険者を敵と見なしたか、虎の太い前肢が地を蹴った。すかさず前に出てユリアやシャクティをかばったリョーカの、体躯を鎧う筋肉に朱線が走る。反射的に刀に手を伸ばしかけて、殺してはならないことを思い出しいまいましげに顔をしかめる。
「あーもうややこしいッ」
仕方ないとユリアは内心舌打ちして、テレパシーを唱えようと思っていたのをスリープの呪文に切り替えた。短い詠唱に、虎の唸りがなぜか小さくなり、目が眠そうになって、やがてばたりと倒れ伏す。
「き、効いた‥‥」
本当に戦うとなれば手加減せねばならないのだから、殺す気で戦うよりも大変だったはずだ。どうにか眠らせることに成功し、全員が胸を撫で下ろす。騒ぎがおさまったのを察して、家屋の中から人が何人か出てこようとしていた。
「さーて、あとは」
ユリアが呪文を唱えると、その手元からムーンアローが飛び出し、すぐ近くの板葺きの屋根の上に隠れていたものを直撃した。ぎゃうん、と獣じみた声を上げて冒険者たちのところまで転がり落ちてきたのは、蝙蝠の翼を持つ悪魔。
「グレムリンか!」
エルドが判じたこの悪魔は、物を壊したり隠したりする悪戯が大好きときている。おそらく、虎を逃がすことで騒動を引き起こし、それを近くで眺めている腹づもりだったのだろう。
馬から聞いた話を考え合わせると、虎はこのグレムリンを追いかけて外に出たということらしい。
「これは‥‥神の僕としては、たーっぷりお仕置きしてあげなくちゃねえ?」
神聖騎士であるリョーカが、悪魔に素敵な笑いを向ける。
グレムリンは悪魔の例にもれず、普通の攻撃が効かないのが少々厄介ではあるものの(さもなければとっくに虎にやられているはずだ)、所詮悪魔としては下っ端である。虎を捕まえるために集められた、経験を積んだ冒険者らの敵ではない。ムーンリーズの雷撃、さらにエルドにバーニングソードをもらった貴政やリョーカの攻撃で、呆気なく塵と化した。
捕まえたヤンが起きないうちに檻の中に引っ張り込むのにだいぶ難儀し、なんとか無事虎入りの檻を引いてプロヴァンの街に引き返す頃には、すでに周囲は暗くなりはじめていた。あわただしい仕事に全員が疲労感を覚える中、貴政だけは荷馬車の荷台で、嬉々として檻ごしに虎に餌を与えていたらしい。