うちの子が世界一!
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:5〜9lv
難易度:易しい
成功報酬:3 G 2 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月07日〜07月13日
リプレイ公開日:2005年07月17日
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●オープニング
不幸なことに、その日依頼人の応対に出た受付係は男性だった。
「何か飼いたいと思いますの」
カウンターの向こうでうなずく女性は、年のころなら三十代半ばというところか。髪は念入りに手入れされたうえで丁寧に結われ、肉感的なくちびるには控えめに紅が刷かれている。服装は型こそ控えめながら艶のある高価そうな生地、耳や指に光る身飾りのたぐいは、下品ではない程度に大きな石があしらわれていた。
受付係は一瞬相手の姿に見とれそうになって、はっと気を取り直しペンを構え直した。
「あー、飼うというと‥‥動物を?」
「ええ」
どきりとするような、品格を感じさせる微笑だった。
「主人が亡くなってから、ときどき、家の中がとても広く感じることがありますの。それがつらくて、夜毎に殿御をご招待申し上げた時期もございましたけど」
化粧も濃くないし特に露出が高い服を着ているわけでもないのに、依頼人はなんだか妙に艶っぽい。きっと皆、喜んで招待に応じたことだろうなと受付係は思った。
「でもやっぱり、なにかが足りないような気がいたしましたの」
「というと‥‥なにかその殿方たちにご不満が」
「いいえ、皆さん、とても満足に働いてくださいましたわ」
依頼人の言葉の意味を三秒ほど遅れてようやく理解して、受付係が赤面する。
「それでお友達に相談してみたら、何か飼ってみたらどうかと勧められまして」
「は、はあ」
「でもわたくし、これまで動物と接したことがほとんどありませんの。飼うなら犬がいいかしら、それとも猫がいいかしら。馬という手もありますけど、乗馬は今まで習ったことがございませんし。ねえ、あなた、何がいいと思います?」
「ええと、その‥‥まままま迷うのであれば、い、いっそ試しにみんな飼ってみるというのはどうでしょう」
男の悲しい性というものか、かるく身を乗り出してきた貴婦人の、熟れた果実のような胸に注視せずにはいられなくて、激しくどもりながら受付係はなんとか答えてみた。
「わたくし、悟りましたの」
「は?」
「愛情を注ぐ対象は一度にひとつでたくさん。だって、毎夜違う相手と愛を交し合うのって、とっても大変なのですもの。一夜限りという約束でも、殿方ってほら、夢中になるとそんなことお構いなしでしょう? そんな殿御同士が鉢合わせして、あわや決闘騒ぎになったりもいたしますし」
「は、はあ」
こうまで赤裸々に語られるのは打ち解けているのかそれともはなから男性として認識されていないのか、多分後者だろうが、ともかく良心的な庶民の常識の外の言葉を聞かされて受付係が凍る。
「そういうことに少し疲れてしまったものですから、しばらく殿方とのお遊戯はお休みにして、お友達の意見に従って何か飼おうと思いましたの。一対一の関係で。それで、今動物を飼っている方のお話をいろいろ聞いて、それを参考に決めようと思いまして」
「ああ‥‥なるほど。まあ、最近は何かしら飼ってる冒険者も多いですから」
ようやく依頼内容が知れて、受付係は咳払いした。
「皆、自分のペットは可愛いものですからな。話せといわれれば、頼まなくても語ってくれると思いますよ」
ありがとうございます、と感極まって手を握ってきた依頼人の胸元から、視線をひきはがすのには大変苦労した。
●リプレイ本文
細く高い指笛の音が晴天に届くと、猛禽は頭上から冒険者たちのほうへと降りてきた。
ぴい、と鋭い声を上げながら旋回し、大きく広げた翼いっぱいに風を受け止めて高度を下げる。悠然としたその姿は雄々しく、それでいて見とれるほど優美だった。大きく掲げられたガブリエル・プリメーラ(ea1671)の白い腕に傷をつけないよう、鷹は鋭利な爪をいっぱいに開いたまま、その繊手へと降り立った。
「よしよし。いい子ねラファガ」
言いながら、視線を合わせようとガブリエルが腕を少し下げる。鷹のラファガは、そこを好機とばかりに首を伸ばし目の前の銀髪をついばんだ。彼なりの親愛の表現なのかもしれないが、髪を食まれるほうとしてはそれどころではない。痛い痛いとガブリエルが思わず暴れると、遊んでもらっていると勘違いしたラファガがばさばさ翼を動かす。
「‥‥ちょっと、馬鹿! 羽根が鬱陶しいって、もう」
自分の体格も弁えずじゃれつく鷹に呆れて、とりあえず髪を離してもらおうと餌をくちばしに運んでやった。
「イチゴ。じっとしててね」
その様子を見ながらシェアト・レフロージュ(ea3869)の腕の中で、仔猫のイチゴがすっかり萎縮している。ラファガは鷹としてはやや小柄だが、それでもイチゴにとってはものすごく大きく見えるのだろう。
「怖くないから、ね?」
「大きくて強そうですものねえ」
自分と同じかそれよりも大きいぐらいの鷹を見ながら、ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)が頷く。庭に面したテラスの下で、そこに出した立派な椅子に腰掛けたまま、依頼人の未亡人はわずかに微笑した。
「鷹もいいですわね。殿方はよく、狩りのために飼っていらっしゃるけど」
「でしょう? 慣れれば言うことも聞いてくれるし、っぷ」
話の中途でまた羽ばたかれ、羽毛が口に入って閉口し、ガブリエルはまたラファガを空へ放してやった。
「‥‥まあ、自分でちゃんと躾ができればの話だけど」
悠々と上空を馳せる鷹の姿を見ながら、ガブリエルが苦笑する。でも‥‥と未亡人は呟いた。
「わたくし、鷹を飼ってもああやってまめに空に放してやることは難しそうですわ。家の中にずっと置いておくのも、なんだか可哀相ですし‥‥」
そんなわけで、どうも鷹は彼女のペットとはなりえないようだ。
驢馬を連れてきたのは三人。クロウ・ブラックフェザー(ea2562)、五所川原雷光(ea2868)、それにミルである。依頼人に挨拶させるためにぽくぽくと引かれてきた驢馬三頭に、未亡人はくすりと微笑む。
「まあ、可愛い。わたくし、驢馬を間近で見たのは初めてですわ」
馬よりもずいぶん小さいのですね? と言いながら、いちばん手近にいたクロウの驢馬をじっと見つめると、なぜか飼い主のほうが赤面して固まる。
「お名前は?」
「はっ、はいっ。クロウ・ブラックフェザーで」
「いえ、この驢馬さん」
「は」
勘違いにますます顔を赤くしながら、『ジンジャーです‥‥耳の先が赤いので』と答えるクロウ。クロウが答えたからには次は自分の番とでも思ったのか、ミルが驢馬の背にふわりと降り立ちながら、
「この子は、ウィンドさんっていうんですよ〜。五所川原さんは?」
「む。拙者でござるか」
水を向けられ無骨な顎を撫でながら、雷光は自分の驢馬を省みた。
「実はまだ名前が決まっておらぬのでござる。かれこれ一月ほど考えているのでござるが」
「まあ、それはいけませんわ。もしよろしければ、わたくしたちも一緒に考えましょうか?」
ね? と微笑みかけると、は、はあ‥‥と汗を拭いながら頷くクロウは、果たしてどこまで話を聞いているのだか。少し思案する様子を見せた未亡人は、ぽんと手を叩いて思いついた名前を挙げた。
「ジョルジュとか、フランソワーズはどうかしら。いいお名前だと思いません?」
「‥‥お気持ちだけありがたくいただいておくでござる」
それはさておき、未亡人が自分が飼うための参考に話を聞きたいという依頼である。驢馬を飼うのはどんな具合かという質問に、ミルがちょっと首をかしげる。
「そうですねぇ。私は見ての通り非力なので、冒険のときにはとっても頼りになりますよー。ペットというより、力強いパートナーさんという感じでしょうか〜?」
シフールであるミルは、一度にあまりたくさんの荷物を持って歩けない。だが冒険に出るとなればそうもいかず、重たい思いをして保存食や野営の道具を持っていかねばならないのだが、ウィンドと冒険に出るようになってからはその苦労も減ったそうだ。
「ですから日頃、とっても感謝してお世話してるんですよー」
ねー? と笑って頭を撫でると、ウィンドは気持ち良さそうに目を閉じて耳を動かしている。
「でも驢馬って、間抜けな顔のわりに頭がいいんだよなあ。気に食わないことがあるとすぐすねて動かなくなる」
「そうですか〜? ウィンドさんはあんまり‥‥」
「いや俺も今はほとんどないけどさ、そういうこと。半年も付き合ってれば好みとかもわかってくるし」
ミルと同じで、やっぱり俺も『相棒』って感じかな‥‥と言いながら、クロウはすり寄ってきたジンジャーの鼻面を軽く叩いてや‥‥ろうとしてぎょっとした。そのやりとりを聞いていた未亡人が、いつのまにか椅子を立ちすぐ近くまでやってきている。
「わたくしも撫でてよろしいかしら? ええと‥‥クロウさん?」
「ど、ど、どうぞっでもあのあんまり近寄らないでっ」
「でも近寄らないと撫でられませんわ」
自分が離れればいいのだが思い至らないらしいクロウは、依頼人がジンジャーやウィンドを撫でるあいだ、石のように硬直したままずっと棒立ちだった。わずかにかがんだ襟元からのぞく白い胸元や鎖骨を直視しないよう、顔をそらしながらも気になるのかちらちらとそこに視線を投げている。
「若いでござるなあ」
雷光がまるきり他人事のように呟いて、名のない驢馬は不思議そうに主を見上げた。
さて次に、犬を連れてきたのがフィーラ・ベネディクティン(ea1596)、猫を連れてきたのがシェアトである。
「うちのルゥくんはお利口ですよー」
開口一番シェーラから出たのは親馬鹿丸出しの科白だが、その足元で『ルゥくん』はけなげに尻尾を振っている。
「お手っ」
手を差し出すとちょこんとそこに前脚を置く。
「伏せ!」
言われるなりその場の地面にぱっと這いつくばる。
「取ってこーい!」
手近にあった棒切れを投げると、犬はちぎれそうなほど尻尾を振りながらそれを追いかけて走っていった。依頼人はぱちぱちと無邪気に拍手をしている。
「見てのとおりこのぐらいはだいたいできますし、何より、とってもあたしに忠実なんですよ〜☆」
生き生きと自分の犬を自慢するフィーラを、シェアトの腕の中でイチゴがびっくりしたように見つめている。
「あの子のことが、とっても好きでいらっしゃるのね」
「ここにいる人は、みんなそうだと思いますよ」
未亡人の言葉に応じながら、シェアトはイチゴの喉元をそっと撫でてやる。猫は目を細めながら心地良さげに目を閉じ、ごろごろと喉を鳴らし始めた。
「私もイチゴのことが、可愛くて可愛くて仕方ないですから」
ヴェールの下で青い双眸がくすりと笑いの色を帯びる。白く柔らかく小さな体はシェアトにすっかり身を委ねていた。抱きながら、依頼人の向かい側に用意された椅子に腰を下ろす。
「クロウさんたちの驢馬みたいに力持ちでもないし、ガブリエルさんのラファガさんみたいに空が飛べるわけでもないけど」
でも、傍にいてくれるだけで幸せなんですよ‥‥と、見下ろしながら柔らかな声で言う。しばらくゆったりとした手つきでイチゴの毛皮を撫でていたシェアトだったが、あら? と何かに思い当たって首をかしげた。
「‥‥フィーラさん。ルゥくん、さっきから戻ってきませんね?」
「そういえば」
あとで探しに行くと、ルゥは庭の裏のほうで、フィーラが投げた棒切れにじゃれついて泥だらけで遊んでいた。やっぱりちゃんと躾ができるようになったほうがいいのかなあと、飼い主はまた決意を新たにしたとか、しなかったとか。
「っふ。馬について語れというのね、この私に」
不敵な笑みを浮かべたのはアルテミシア・デュポア(ea3844)。それもそのはず、馬二頭を引き連れての登場である。同じく馬を連れてきたリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)と一緒に、手綱を引きながら依頼人の前へと出て行く。
「まあ。馬ですわね」
「そう、馬なのよ!」
見たままの感想を言う依頼人、意味もなく胸をそらすアルテミシア。とりあえず自己紹介させようとリュシエンヌが軽く馬首を叩くと、馬はぶるると鼻を鳴らした。
「えーと、これが私のフリム。女の子よ」
「そして、こっちがクリスティとクリスティーヌよ!」
クリスティは鹿毛の馬、クリスティーヌは純白の駿馬である。名乗っただけだというのにすでに鼻高々のアルテミシアの両脇で、二頭の馬は我関せずといった顔で足元の草などもそもそ食んでいる。主人のこの調子には慣れっこなのかもしれない。
「‥‥えーと、それじゃあうちのフリムのいいところを挙げるとすると」
アルテミシアに話題の主導権を与えるとどうも話が前に進みそうにないので、とりあえずリュシエンヌは咳払いをした。
「まずおとなしいことかな。私は一応馬に乗れるけど、初心者もいいところだからこれは助かるかも」
まあ裏を返せば、危険な仕事には連れていけないってことなんだけど‥‥と苦笑すると、自分が話題に挙がっているのがわかるのかフリムが耳を動かした。なだめるようにたてがみを梳いてやる。
「それから力持ちってこと。ミルさんじゃないけど、何しろ私も非力だから‥‥」
「甘い。甘いわよリュシエンヌ!」
話を途中で遮って、アルテミシアが話に割り込んできた。話がややこしくなりそうな予感もしたが、依頼人は大人しく話の続きを待っている。年長者として譲ることにして、とりあえずリュシエンヌは口を閉じた。
「馬のすばらしいところは、荷物を持ってくれることでも、背に乗れることでもないわっ。馬の真の美点とはただひとつ」
ぐっと拳を握り締め、堂々とアルテミシアは己の信念を吹いた。
「馬だからよ!」
どーん。
投下されたどうしようもなく身も蓋もなく意味もよくわからない発言にしばしその場に沈黙の帳が下りる。
「‥‥そのわりにはキミも馬にいろいろ積んでたみたいだけど。アルテミシア」
「うっ」
リュシエンヌに冷静に指摘されて言葉に詰まるアルテミシア、やっぱりのんびりと下草を食むクリスティ&クリスティーヌ。
「それはともかく、何より重要なのはやっぱり可愛いってことね」
ひとまず放っておくことにして、リュシエンヌは話を続けた。
「この黒目がちな瞳とか、顔とか、すべすべの首筋とかね。馬に慣れてない人は大きくて怖がることも多いけど、フリムに限らずたいていの馬は怖いどころか臆病なぐらいだし」
頭を撫でてやると、くすぐったかったのかフリムはぶるぶると首を振りながら目を丸くし、歯をむき出した。怖い。
「‥‥ま、まあ、こういう顔はちょっと怖い‥‥かも。でも笑ってるんだけどねこれ」
フォローに必死なリュシエンヌである。
●うちの子は‥‥?
「こうしてお話を伺うと、やっぱり迷ってしまいますわねえ」
八人八様の動物たちを見渡して、未亡人は軽く溜息をつく。
「犬、猫、驢馬、馬、鷹‥‥どれも飼ってみたい気はしますけど」
「ふむ」
迷っている様子の依頼人を前にして、雷光が軽く腕組みした。
「奥方。決められぬのであれば、ここは直感に頼るのも一興かと思うでござる」
「直感ですか」
うむ、とうなずく雷光。
「これから先苦楽を共にするのであれば、心を通わせた友となれる者がよろしかろう」
犬であれ猫であれ、あるいは男性であれ、一方的に愛するだけでは押し売りと変わらぬのでござる‥‥と、ジャパンの僧侶は言った。彼女が愛するのと同じように彼女を愛してこそ、それは友といえるのだと。
「犬猫といった種類にとらわれず、一度その目で動物たちを見て、これはと思ったものを友としてはいかがか」
それが正しいかはわからないが、少なくともこうして迷っているだけよりはいい。
「そうですね。私もイチゴと初めて会ったときには、一目惚れでしたし」
手の中の猫をいとおしそうに抱きながら、シェアトも頷く。未亡人はまぶしそうに雷光を見上げ、そっと笑んだ。
「ありがとうございます。あなたが人間の方でしたら、わたくし一度晩餐にお招きしたのですけど」
「拙者は僧籍にある身ゆえ、お気持ちだけありがたくいただいておくでござる」
こうして冒険者たちは、報酬を受け取って屋敷を辞した。
未亡人が広い屋敷で犬を飼い始めたという報せがやってくるのは、その数日後である。