暗い森、大きな迷子

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月20日〜07月25日

リプレイ公開日:2005年07月30日

●オープニング

 いつのまにか周囲が暗くなりはじめているのに気づいて、ジャックは顔を上げました。スケッチに夢中で、いつのまにか時間を忘れてしまったようです。イーゼルをたたんで、画材や布を鞄にしまいこみ、最後に火の後始末をしながら、次の絵はどうしようかなあと考えています。
 ジャックはついこの間までは、『絵が一枚も売れない、とっても貧乏な絵描きさん』でしたが、先日さる好奇な、いえ高貴な方が彼の絵に目を留め、援助を申し出てくれたために『ちょっと貧乏な絵描きさん』へと格上げされました。まだ貧乏なのは高貴な方の援助額が足りないからではなく、ジャックのおうちには拾ってきたたくさんの犬猫がいるからです。
「夜までに帰らないと、みんなお腹を空かせてるなあ」
 野生の草花を描くために、家から少し足を伸ばして数日間この森の中を徘徊‥‥もとい、スケッチして回りましたが、そろそろ犬猫たちのことが恋しくなってきた頃でした。近所の人に世話を任せてはきたもの、だからこそあまり長いこと家を留守にするのも悪いです。
 荷物をたたんで歩き出し、しばらく進むと、見覚えのある景色が見えました。
「あれ?」
 足元を見ると、さっき始末した焚き火の跡が残っています。気のせいかと首を傾げて、また歩き始めました。するとやっぱり、先ほどと似たような場所に出てしまいました。そしてまたしても、足元には焚き火の跡。
「‥‥もしかして僕、迷っちゃった?」
 おやおや。ようやく気づいたようです。
「困ったなあ。みんなにご飯をあげなくちゃいけないのに」
 遠くでは、何かの獣が遠吠えをしているようです。みんな元気にしているかなと、本人には危機意識はまるでありません。

 ちょうどその頃、冒険者ギルドでは彼の友人が依頼書を書いておりました。
「いちおうは友人だからな‥‥あとで白骨化して見つかりでもしたら目覚めが悪い」
「‥‥そのジャックさんって人、まだ出かけてそう日が経ってないんでしょ? ちょっと考えすぎなんじゃない?」
「甘い」
 小首を傾げた受付嬢の言葉を、記録係は一言で否定します。
「あの天才的な方向音痴がひとりで出かけたりして、無事に戻ってくるはずがない」
 しかも本人に自覚がないから始末に終えないんだと、記録係はぶつぶつと文句を言いながら書面の続きを書き綴っています。依頼の報酬はジャックの出資者が出してくれるということで話はついているそうですが、それにしても呆れた世話の焼きぶりです。
 友人思いなのだか単に世話焼き体質なのだかと思いながら、受付嬢は記録係の手元を覗き込みます。
「だいたいこういう依頼って、ふつう家族とかが頼むものじゃないかしら」
「あの男の家に山ほどいる犬猫に、依頼書が書けて報酬が払えるものなら、俺だってそいつらに任せたい」
 さて、冒険者の皆さん。どうやら今回は、探し人の依頼のようですよ。

●今回の参加者

 ea3803 レオン・ユーリー(33歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ea6405 シーナ・ローランズ(16歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea9711 アフラム・ワーティー(41歳・♂・ナイト・パラ・ノルマン王国)
 ea9960 リュヴィア・グラナート(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb2581 アリエラ・ブライト(34歳・♀・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb2823 シルフィリア・カノス(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 まったくなんというか‥‥と、レオン・ユーリー(ea3803)は軽くこめかみを押さえ首を振った。
「聞きしに勝る‥‥という奴だな」
 今回の行方不明者であるジャックの住まい兼アトリエは、控えめに言ってそう広くなかった。率直に言えば、足の踏み場がほとんどなかった。画材や生活用品などが壁際に乱雑に積み上げられてはいるが、物自体が少ないので然程窮屈には感じない。
 それなのに狭いのは、先ほどからレオンたちの足元を、総勢二十匹はゆうに越える犬猫が右往左往しているからだった。
「たくさんいるですねえ」
 おいでおいで、とアリエラ・ブライト(eb2581)が手招きしても、猫たちは知らん顔のまま、昼寝の場所を変えるべく優雅な所作で表へと出て行った。犬たちは自分たちの家に踏み込んできた見知らぬ者たちを、警戒心いっぱいの目で見つめている。
「記録係さんの話だと、十数匹って話だったんだが‥‥」
「増えたんじゃないかなあ? ほら、子犬!」
 シーナ・ローランズ(ea6405)が指さした先で、まだ小さい子犬の兄弟が母犬のまわりにちょこんと座っている。
「しょっちゅう動物を拾っているという話だからな‥‥まあ増えていてもおかしくはないだろう」
 野放図極まりない室内の様子に、リュヴィア・グラナート(ea9960)が呆れたように肩をすくめる。見知らぬ犬たちに囲まれて、足元ではレオンの飼い犬のチリノが、さっきから飼い主をちらちらと気にしているようだ。
「ここの犬を連れていけば役に立つかと思ったんだけど‥‥この分じゃ難しいかな」
 犬たちは見知らぬ客人に警戒心たっぷりで、とても言うことを聞いてくれそうにない。動物の扱いに長けた者がいればまた話は別かもしれないが、ここにいる面子は皆自分の飼う馬や犬の世話だけで手一杯だ。
「一番賢そうな犬はこの子だが‥‥」
 母犬の顔を見ながら、リュヴィアが嘆息した。さすがに子犬を親から引き離すのは気が引けるし、かといって他の犬たちは警戒しているしで、テレパシーのスクロールを使っても言うことを聞いてくれるかは怪しい。
 犬は主人に忠実な生き物だし、それでなくとも見知らぬ人間にそう易々と気を許すわけはない。飼い主が許せばついてきてくれるだろうが、今回の依頼はその飼い主を探すことなわけで‥‥。
「仕方ないな。チリノに頑張ってもらうことにしよう」
 嘆息とともにレオンが言い、とりあえず飼い犬に匂いをたどらせるためにジャックの服を借りていくことにした。
 家捜ししている間は当然のごとく犬たちに吠えかけられ、それを聞きつけていったい何事かと集まってきたご近所の皆様に、騎士であるアフラム・ワーティー(ea9711)やクレリックのシルフィリア・カノス(eb2823)が事情を説明するはめになったのは言うまでもない。

●暗い森、大きな迷子
 鬱蒼と幾重にも重なった枝葉がさしかけられて、頭上から日差しはほとんど降ってこない。それなのに歩いているだけで汗が滲んでくるのは、二、三日前の雨のせいで森じゅうの空気が湿気ているせいだろう。
「もう夏だね」
 旅装束の襟元をゆるめ、額の汗を拭いながらレオンが呟くと、そうだねえとアリエラが微笑する。振り返ったチリノも暑いのか、舌を出しっぱなしのまま尾を振っていた。シーナはといえば、シフールの翅をしなやかに揺らし飛ぶ姿だけならばなかなか涼しげだ。
「ワンコに協力してもらえなくて、残念だったね」
「まあ、でもチリノがいるから」
 シーナの言葉に苦笑してレオンが返し、自分の名前が出たためかチリノがワン! と軽く吠える。
 用意してきたジャックの服の匂いを嗅がせ、それを追うように命じて数時間。本当ならジャックの飼い犬を連れてきて、途中で別行動になったアフラムたちについていかせるつもりだったのだが、まあ過ぎたことをいつまでも言っても仕方がない。
「チリノさん、どう?」
 雨が降ったようだから古い匂いは追いきれないかもしれないが、ジャックは少なくともまだ森にいる。アリエラの問いに、チリノは熱心に地面に鼻先を近づけてゆっくり進んでいく。
「ジャックさんって人、無事でいるといいな」
 地図を作るという習慣はまだ、民間に充分普及しているとは言いがたい。近くの村でも森の明確な地図は手に入らなかったが、大まかな規模やどこにどんなものがあるかは大体教えてもらっている。気になるのは獣のたぐいだが、最近は野犬の群れがうろついているらしい。出くわしてなければいいのだが。

「このあたりでいいんですか?」
 呟きながら、シルフィリアが相変わらず薄暗い、あまり変わり映えのしない風景の中を見回す。
「さっき歩いたあたりと同じように見えるんですが‥‥」
「なにを言う。生えている草も木も全然違うだろう」
 その通りである。ただそれを判別できるのが、森林や植物に造詣の深いリュヴィアだけであるというだけだ。
 グリーンワードの魔法でリュヴィアが木々に尋ねたところによれば、このあたりをひたすらうろうろしている妙な人間がいたらしい。らしい、というのは、植物の話というのは非常に曖昧かつ限定的なものなので、聞き手であるリュヴィアが、その曖昧な話から類推した部分が混じっているからだ。
 焚き火の跡がないか地面をくまなく探しながら、アフラムが仲間の女性たちを窺う。
「アリエラさんたちからの合図はまだないですから、向こうも探しているんでしょうね」
「だと思いますけど」
 シルフィリアが自信なさげに答える。
「無事でいてくださるといいのですが‥‥あっ」
 声を上げて、アフラムが何かを拾い上げた。
「‥‥炭?」
「あまり古くないようですから、ジャックさんのもので間違いないと思います。このあたりを重点的に探しましょう!」

●大きな迷子
 オン! とチリノが吠えるのと、アリエラがそれを見つけるのはほぼ同時だった。
「野営の跡‥‥みたい、だね」
 まだ新しいようだ。雨のせいでおそらく乾いた薪を見つけられなかったのだろう。組んだだけで炭になっていない焚き火の跡がある。ということは少なくとも、ここで人間が過ごしたのは雨のあとだ。空中を漂いながらジャックの姿を探して、シーナがきょろきょろと首をめぐらせる。
「ジャックさん、かな?」
「たぶん」
 首肯してレオンも周囲を見回すが、痕跡らしきものは見受けられない。そもそもアリエラもレオンも森林に関しては詳しくなく、唯一多少土地感のあるシーナも素人よりはましという程度だ。ただチリノの後をついてきただけでも、結構時間を浪費している。
「まあ、これでとにかく無事なのは確認できたわけだ。先を」
 急ごう‥‥と言いかけて、何か聞こえるのに気づいた。
「‥‥あら?」
 笑顔のままアリエラが首をかしげる。
 それと同時に繁みから何かが飛び出してきた。すかさずレオンが剣を抜く。刃を使わず剣の平で鼻面を殴りつけると、ギャウンと悲鳴じみた声が上がった。その背後から別の野犬が顔を出したのに気づいて、すかさず弓を構えたアリエラの矢が牽制する。
 いつのまにか取り囲まれていた野犬の群れを突破するのはなかなか大変だったが、とりあえず怪我人を出すこともなくその場を切り抜けることができた。森の中というのもなかなか大変である。

 ジャックさーん、と試しにシルフィリアが呼びかけてみると、はあい、と弱々しい声がどこかからいらえた。
「どこですか? 今行きま」
「待て」
 声のした方向に歩き出そうとしたシルフィリアの腕を、リュヴィアがつかんで止める。同時に彼女の蹴った小石が、すぐ目の前から始まっている急斜面を転がって落ちていった。薄暗くて気づかなかったが、不用意に踏み出せば、斜面の下まで真っ逆さまだったろう。
「ジャックさん。もしかしてこの下ですかー?」
「はい」
 のんびりした声が返ってくる。
「お怪我はありませんか? どれぐらいそこにいらしたんです? どうして落ちたんですか?」
「いやその‥‥怪我はないです。たぶん今あなたがたのいる辺りを歩いていたと思うんですが」
 アフラムの問いに、照れたような響きでジャックの声が答える。
「珍しい花が咲いてるなあと思って、もっと近くで見ようと身を乗り出したら、足を滑らせてこけてそのまま落ちちゃって」
 いい大人の科白とは思えない答えに、リュヴィアが脱力しかけて馬の鞍にもたれる。照れ笑いを浮かべるジャックの顔には無邪気で、エルフの植物学者の彼女としては、
「‥‥言いたいことは山ほどあるが、まずそこから上がってこい」
 溜息をついて呪文を唱えた。
 プラントコントロールの魔法で、土むき出しの斜面から飛び出してきた木の根を伝って、ジャックが冒険者たちの元に登ってくる。彼が見つかったことを知らせようと、シルフィリアが懐から笛を取り出した。
「吹きますから、音に気をつけてくださいね」
「? はあ」
 気をつけるとはなんだろう‥‥と思いながら、アフラムはジャックが這い上がってくるのに手を貸した。リュヴィアはその辺りに散らばったジャックの荷物類をかき集めている。シルフィリアは目を伏せると、横笛の吹き口にそっと桜色の唇を寄せ、そこから妙なる音色が‥‥。
 プピィィィィィィ――!!
 鼓膜をつんざくとんでもない高音にアフラムがこけ、リュヴィアの馬が飛び上がり、近くの木から鳥が一斉に飛び立った。
「あら?」
 ろくに楽器の心得もないのにとりあえず力いっぱい息を吹き込んでみたシルフィリアが、仲間たちが動きを止めているのに気づいて照れたように首をかしげる。
「あの、何か?」
「‥‥いえ、その、なんでも」
「今のでレオンさんたちに聞こえたでしょうか‥‥。念のため、もう一回吹いてみますね」
 森の反対側のあたりを探していたレオンたちが、のちに『ほとんど楽器の悲鳴のようだった』と語られたその音を聞きつけて彼女たちと合流したのは、その一時間ほど後だったらしい。