司祭の用心棒

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:7〜11lv

難易度:易しい

成功報酬:3 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月27日〜08月01日

リプレイ公開日:2005年08月04日

●オープニング

 まだ戻らないんですよ‥‥と受付嬢が申し訳なさそうに告げると、青年はしゅんとうなだれた。
「そうですか‥‥申し訳ありません、たびたびお手間をとらせて」
「いえ、そんな。ご心配ですよね、お兄様が戻られないなんて」
 このユベールという青年、パリ東南のプロヴァンにある村で司祭を務めているそうだが、このたび村を離れ、パリで冒険者稼業を営む兄を訪ねてきたそうだ。だが、花の都で兄弟ふたりが感動の再会、と話は簡単には行かなかった。兄は二ヶ月ほど前に依頼で出かけたきり、ずっとパリを留守にしていたのである。
「兄の下宿にいくつか荷が残っていたので、パリを離れたわけではないようなのですが」
「何か事情があるんですよ、きっと」
 冒険者ギルドに入る依頼は危険なものも多い。誰もギルドに戻れないぐらい決定的な失敗――つまり全滅――の可能性もあるが、わざわざ田舎から出てきた青年の不安を煽ることもないだろうと受付嬢は内心で思う。ユベールはいかにもお人よしそうだし顔立ちは地味だしそもそも年下なので彼女の好みではないけれど、こうも落ち込んだ姿を目の当たりにすると、ついつい仕事抜きで気休めのひとつもかけたくなってしまうのだった。それというのも、
「なんだか昔飼ってた犬に似てるのよねえ‥‥」
「は?」
「いえなんでもありません、独り言」
「‥‥?」
 失礼きわまりない呟きをごまかす受付嬢に首をかしげ、ユベールは軽く会釈して椅子から立ち上がった。
「また来ます」
 ほとんど毎日のように、兄の所在について新しい手がかりがないか確かめに来るのだった。男性にしてはほっそりした後ろ姿を見送って、何か事情がありそうよねと受付嬢は思う。パリに逗留するお金だって馬鹿にならないだろうに。
 あんないい弟さんを放って、お兄さんとやらは一体何をやってるのかしら?
「先ほどの男」
 頬杖をついて考え込んでいたところに、突然声をかけられて飛び上がった。カウンターの向かい側、さっきまでユベールの座っていた椅子に、新たな客人が座っていた。いつの間に? あわてて居住まいを正しながら、お定まりの文句を口にする。
「はっはいっどどどのようなご依頼でしょうかッ」
「先ほどの男を」
 動揺しまくる受付嬢とは対照的に、毛ほども動じた様子を見せぬまま依頼人は錆びた声でくりかえす。
「見張ってほしい。依頼の期間中、あの男がどこに行き誰と会ったか、くまなく書面にして報告してほしい。ただし監視されていることは、本人に感づかれてはならない。それから」
 監視? 低く流暢な声が紡ぐ不審な言葉に受付嬢はかすかに目を上げた。カウンターの向こうで表情のない目が伏せられる。
「もし危険な目に遭うことがあれば、守ってやるように」
 そっと指先が伸びて、出しっぱなしにしてあったカウンターの書面を指した。

 一緒に夕飯でもと同僚を誘いに来た記録係は、彼女の受け持つ机から、依頼人と思しき人物が席を立つのを見た。
 背が高い。夏だというのにフードを被っているのは、おそらく何か人目を憚る事情があるのだろう。多くはないが珍しくもないことなので、そのまますれ違おうとして何か違和感を感じた。
 振り返る。
 気配も足音も感じられない幽鬼のような人影は、ギルド内を行きかう冒険者たちの人ごみに紛れ見えなくなっていた。
「‥‥何者だ?」
 冷や汗を拭いながら自問する。
 はっとしてもう一度振り返ると、受付嬢はカウンターの向こうに腰かけたままうとうとと舟を漕いでいた。心配した自分に腹が立ったので、思い切り頭をひっぱたいて起こしてやった。

●今回の参加者

 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4813 遊士 璃陰(26歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4944 ラックス・キール(39歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5506 シュヴァーン・ツァーン(25歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

 すでに一週間以上パリに滞在しているという話なのだが、まだ都会に慣れるには及ばないようだ。離れて尾行していても爪先から頭のてっぺんまで隙だらけなのが丸分かりで、パリに慣れた冒険者の身としては、他人事ながらも眺めていてついはらはらしてしまう。司祭が宿の建物の中へと入っていくのを見届ける頃には、気疲れしたミケイト・ニシーネ(ea0508)が思わず近くの建物にぐったりもたれかかってしまったほどだった。さらに後方から、別々に尾行していたシルバー・ストーム(ea3651)が追いついてくるが、いつも表情に乏しいせいか疲れているかどうかは今ひとつ分かりにくい。
「お疲れ。どうだった?」
「どうもこうもあらへんわ」
 姿を見つけ労いの声をかけてきたクロウ・ブラックフェザー(ea2562)に、ミケがひらひらと手を振る。
「朝方に冒険者ギルドで受付の姉ちゃんと話しこんだあと、教会に行ってお祈りやろ。そのあと一人で食堂でお昼して、そのレオンはんってお兄はんの家に向かって、日が傾いてきたころにまた教会や。昨日と大して変わらへんで」
「レオンの家ね‥‥中で何してたんだろ?」
「そこまではなあ‥‥さすがに家ん中に入るわけにもいかへんし。大家はんに鍵開けてもらって一緒に家に入って行っとったから、別に怪しいことはしとらんのと違う?」
「まあそれでなくても、怪しい事なんかしそうにないけどな‥‥本人は」
 真面目そうな顔を思い出しながら、クロウが頭をかく。
「大体普通に考えりゃ、あの司祭さんを見張るような必要があるとは思えねえんだけど」
「ですが」
 二人のやりとりの間もずっと沈黙を守っていたシルバーが、唐突に口を開いた。
「彼は二度までも、悪魔に狙われています」
「そうなんだよなあ」
 ユベールに危険が及ぶような事があるとすれば、真っ先に考え付くのはそれ‥‥つまり悪魔絡みだ。
 彼は過去に二度、ネルガルという悪魔に狙われている。二度とも冒険者たちの手で彼の身を守りきることはできたものの、ネルガルを消滅させるまでには至っていなかった。同じ下級悪魔でも、さすがにインプなどとは格が違う。
「悪魔野郎の動向も気になるが‥‥依頼主がわからないってのも気に入らねえ」
 そもそも何故身元を伏せる? 確かに胡散臭い仕事ではあるが、ひとりの人間の動向を窺うこと自体は別に犯罪ではない。少なくとも法には触れない。貴族かそれとも犯罪者か、そういった身の上を明らかにしてはまずい立場の者なのだろうか。ギルドはおそらく名前と連絡先ぐらいは控えているだろうが、仕事の遂行にどうしても必要でない限り、依頼主の意向に背いてまでそれを教えることはまずあるまい。
「あー、わかんねえ」
 クロウが大きな溜息をつき、シルバーは軽く目を伏せた。
「とにかくお疲れさん。夜は俺とラックスが見張るから、お前らは明日に備えて休んでろな」
「賭けてもええけど、あの兄ちゃん明日も似たようなコースやで」
 密偵って根気の要る仕事やねんなあ‥‥とミケは妙なところで感心し、その隣でシルバーは無言で肩をすくめた。別に密偵の仕事をしているわけではないと言いたいのか、それは賭けにならないと言いたいのかは不明である。

●昼・冒険者ギルド
「もしかして、ユベールはん?」
 ミケの予言通り、昨日と同じ時間帯に冒険者ギルドに現れたユベールを、場違いなほど明るい声が出迎えた。振り向いた青年より頭ひとつ程高い遊士璃陰(ea4813)の長身がかぶりつき、突然捕獲されたユベールがじたばたともがく。
「やっぱりユベールはんやっ。久しぶりやねえ〜」
「遊士様。苦しそうですから」
 離してさしあげては、と、咳払いとともにやんわり窘めたのはシュヴァーン・ツァーン(ea5506)である。渋々ながら璃陰が腕の中のユベールを解放し、ようやく司祭にも相手が誰であるか知れてほっと表情が緩んだ。
「ええと‥‥シュヴァーンさんと璃陰さん。お久しぶりです」
「パリに出ていらしていたのですね。あれから村はいかがですか?」
「家なども少しずつ建て直し始めたところです。あれ以来恙無いようですので、村の皆さんにお任せしてきました。兄のことも調べたいですし、私がいると‥‥危険かもしれませんし」
 少し口篭ってしかし結局落とされたその言葉に、璃陰もシュヴァーンも思わず顔を見合わせる。沈みかけたその口調をなんとかしようと、璃陰が殊更に明るくユベールの顔を覗き込んだ。
「なあユベールはん。わい今は依頼も受けとらんし、パリの案内してもええで?」
「え」
「それはいい考えですね。パリには不慣れなご様子ですし」
 白々しくもシュヴァーンがそれに賛成する。実のところその方が仕事――つまり監視に都合がいいからではあるのだが、ユベールや彼を狙う悪魔のことが心配なのも事実である。
「お兄様を探しておられるのでしょう? わたくしたちも、微力ながらお手伝いできるかもしれませぬ」
「で、でも、ご迷惑なのでは」
 自分の知らぬ間に進行していく話を堰き止めようとユベールが首を振り、それを遠慮と受け取った璃陰は少し考え込んだ。ふと悪戯めいた表情になる。
「ほなら交換条件や。ユベールはんに暇ができたら、わいとでぇとしてくれればええ」
「でぇと? デート‥‥ですか?」
 最近の都会の言葉では男同士で外出する事もデートと形容するのだろうか‥‥と堅物なユベールはしばらく真剣に考え込み、あまりの悩みぶりに同情したシュヴァーンが『冗談ですよ』と助け舟を出して、なんだそうでしたかと場が和んだ隙に、彼らはなし崩し的にパリ案内へと出発することになった。ある意味作戦勝ちと言えるかもしれない。

「マント領?」
「そうなの」
 受付嬢の肯定に、ラックス・キール(ea4944)は大きく眉を顰めた。隣を見れば、クロウも似たような表情である。考えていることも、おそらくそう大差はないのだろう。
 マント領‥‥それは数ヶ月前、悪魔の群れを率いてパリを震撼させたヴァン・カルロス伯爵が、かつて治めていた土地だ。
「最初から整理させてくれ。つまり‥‥レオンが調査に行った遺跡というのは、マント領の地下遺跡と関わりがあるのか?」
「マント領の遺跡っていうと、あれだろ? 城の地下の」
 実際に一度その遺跡に入ったことのあるクロウの問いを、受付嬢は首肯した。
「そうなのよ。えーと、レオンさんが行った遺跡っていうのは見つかったのはずいぶん昔で、もう散々調べつくされてたのね。でも例の騒ぎで、マント領の地下遺跡のことが明るみに出たでしょ? それで偉い学者さんが、マントの遺跡との共通性がどうとか‥‥要は作られた年代とかが近いんじゃないかって騒ぎ出したわけ」
 では証明するために改めて遺跡を調べに行こう、先の調査からかなり年月が経過していることでもあるし‥‥というわけで、ギルドに調査隊の護衛の依頼が回ってきたのだ。
「そしてレオンがその依頼を受け、調査隊とともにそのまま帰ってきていない‥‥」
 受付嬢の説明の後を継ぐラックスの呟きに、
「関係ないのかもしれねえけど‥‥ますますきな臭い気がしてきたな」
 クロウが口元を歪め、ふと気づいたように顔を上げる。
「この話、ユベールさんは?」
「遺跡に行ったってことは教えたけど、マント領との関連については言ってないと思うわ」
 ギルドの文書は部外者が読むことは禁じられているから、自力でそこまで調べをつけたという可能性もあまり考えられない。
 厄介なことを知ってしまったというように嘆息するクロウに、ラックスは首を振る。
「例のネルガルは、レオンが自分たちの手の内にあるようなことを仄めかしていた」
 聖職者のユベールからしてみれば兄の生死はもちろん、悪魔が兄にどう関わっているかも気がかりなはずだ。おそらく彼のパリにおける長逗留は、それを確かめようという意思もあるのだろう。
「さて‥‥このことは果たして、当人に話してやったものか」
 もうひとつ気になることがある‥‥マント領の遺跡には聖遺物が眠っていた。ではレオンが行方不明になった遺跡には‥‥やはり何かがあったのだろうか? だとすればレオンたちは、そこで何に直面したのだろうか?

●パリ市街・夕方
「何事もないのが一番なんですけど‥‥」
「サーラはん‥‥そうもいかへんやろ」
 あまりにも日和ったサーラ・カトレア(ea4078)の発言に、呆れてミケがその顔を見上げる。
「そうですか?」
「せや」
 前方ではユベールと、その両脇に同行しているシュヴァーンと璃陰が歩いている。通りは人が多いので、パラで背丈の低いミケの視点からだと見失わないようにするのが少々大変だが、そのぶん俊敏さでは彼女に分がある。一長一短というところだ。
「おー、璃陰はん、頑張っとるなあ」
 先ほどから見張っていれば、璃陰は何かとユベールに話しかけどさくさで軽く肩など抱いている。対して、少し近すぎる気はするがそう言うのも気が引けているユベール、さらにおっとりと笑んで真意の見えないシュヴァーン‥‥だが傍から見れば単に仲のいい三人組なのだから、物事を見た目で判断してはいけない。
 三人組が角を曲がり、ミケたちも足早にそれを追って、自分たちがいるのがユベールの宿に続く道だと気づく。
「まあ今日は、シュヴァーンはんのおかげで多少違うコースで終わりそうやな‥‥」
 いつもの宿・ギルド・教会というコースに、今日はエチゴヤが加わっていた。シュヴァーンが誘ったらしい。レオンについて話を聞きに行ったようだが特に有益な情報は得られず、ユベールが使う当てもない品を店員に売りつけられそうになっただけだった。
 どうやら今日は何事もなく済みそうだと思っているミケの隣を、別行動していたはずのシルバーが歩いているのに気づく。
「どないしたん、シルバーはん」
 ミケの問いに、軽く顎をしゃくって方角を示すシルバー。その方向にちらりと目をやって、ミケは軽く眉を上げた。
「‥‥やっぱり、何事もなく終わりそうにあらへんなあ」

●パリの宿・夜
 月光の薄明かりの中で複数の人影が動いている。
 暗い色の外套に身を包んでいて体格も服装も判然としない。宿の中を窺っていた先頭の人影が振り返り、後ろに控えている仲間に合図した。頷いて何人かが裏手に回っていく。外套の下で不穏な金属音が響き、その隙間から短剣がわずかに光を反射した。
 にぶく空気を裂いて飛んだダーツが、彼らの足元に突き立った。
「ち、外したか」
 夜目は効くほうだが、やはり暗いとどうしても狙いが甘くなる。舌打ちしてクロウは次のダーツを取り出した。次いでシルバーが投じたダーツが、今度は誰かに命中したらしく不審者たちが浮き足立つ気配がする。
 ここで誰かが切り込めば一気に総崩れにできただろうが、クロウもシルバーも生憎接近戦は得手でない。シュヴァーンのイリュージョンは一人にしか幻覚を送り込めないし、今回ほぼ唯一接近戦ができるラックスは万が一のために、ユベールの隣の部屋を取って最後の砦となっている。
 どうする? シルバーがわずかに逡巡の色を見せた隙に、ふと一陣の夜風が駆け抜けた。次いで闇の向こうで次々と悲鳴が上がる。奇襲に混乱しているという感じではない。明らかな断末魔だ。
「なんだ?」

「あんたは」
 累々と横たわる人どもの中心で、フードをかぶった男が冒険者たちの方を向く。つかんでいた最後のひとりを放り投げる。首が不自然な方向にへし折れて、すでに息絶えているのは一目でわかる。
 人気のない通りを渡ってくる風にさらわれて、男のフードが外れた。そこに現れたものを目にして誰もがはっと息を呑む。顔の下半分以上が覆面に隠されて面差しはほとんど確認できないが、それでもほとんど顔全体を覆う火傷の痕は認めることができた。
「聖櫃の‥‥」
「え?」
「聖櫃の在所をどれほど秘そうとも、いずれは知れる。一度世に出た以上、あれは人を狂わせずにはおかない。あの男のように」
 聖櫃。それはマント領の地下遺跡に秘められ、ギルドの冒険者らによってそこから運び出された聖遺物だ。
「あの男‥‥?」
「かつて、ヴァン・カルロス伯爵と呼ばれた男だ。あの男は悪徳を重ね、契約を深め、さらに力を強めた」
 クロウが舌打ちする。
「あいつ、まだ生きていやがるのか?」
「悪魔崇拝者はそう簡単には滅びない。彼らはより強い力を得るため、自分と近しい者か、無垢な子供か、でなくばそれなりの魂の持ち主を契約相手に捧げる。たとえば、心から神を奉ずる聖職者のような」
 覆面の下からくぐもった吐息が洩れ、男が嗤ったのが分かる。
「パリは都会だ。旅人が一人二人いなくなったところで誰も気には止めん。奴の人狩りにはいい場所だろう。あれは知らぬ間に、狼の口の周囲をうろついていたわけだ」
「あんたは‥‥ユベールさんを知っているのか」
 クロウの問いに、男は答えない。
「どうして俺たちにそんなことを教える?」
「‥‥そう何もかも、彼らの思い通りになっては困る」
 暗い色の声が相変わらず冷たい。
「彼が聖櫃を独占することを快く思わない者は、お前たちが思っているよりも大勢いるということだ」
 シルバーが巻物を取り出す。アイスコフィンで動きを封じ、もっと詳しい話を聞きだすつもりだった。だがそこから魔力を引き出すべく念をこめている隙に銀光が閃き、投じられたナイフが肩に突き立った。鋭い痛みに集中をかき乱され巻物を取り落としかけ、人影は大きく跳び、一気に宿の屋根へと着地した。尋常ではない跳躍力だ。
「気をつけるがいい。伯爵はすでに充分な力を蓄えている」
 すいと闇に溶けるように、男の姿が見えなくなる。
 それからユベールの周囲に、怪しい影が見えることはなくなった。この何もかもが胡散臭い依頼の依頼主の容貌が、あのフードの男と似ていることを知ったのは、報告をまとめてギルドに提出した際のことである。