お庭を遠く離れて

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月31日〜08月05日

リプレイ公開日:2005年08月10日

●オープニング

「留守番していても構わなかったのに」
 馬車を降りながら奥様が言うと、ローテは思い切り顔をしかめてみせた。
「彼とはなんでもないんですから、妙な気を回すのはやめてください!」
「照れなくてもいいのよ」
「照れたりしてません。呆れてるだけです」
 きっぱりと言い切ったローテの態度に、奥様はやれやれというように首を振った。
 郊外の館の女主人である奥様とその使用人ローテの暮らしに、最近起こった小さな変化がある。
 野菜を行商に来ていた農家のおじさんが腰を痛めたそうで、かわりにその息子という人が来るようになったのだ。よく日に焼けた青年で、ローテが薪を出すのに難儀していたところにちょうどやってきて、全部家の中に運び込んでくれたことがある。それがきっかけとなったのか、最近ではときどき勝手口で話をしたりする程度の仲になったのだが‥‥普段台所になんて顔を出さないくせに、どうやって奥様はそれを知ったのだろう?
「きっとあの人、いまごろがっかりしているわね。せっかく来たのにローテの顔が見られなかったら」
「そんなんじゃありませんってば」
 館の中へと通される。外套を預けて奥に進む。見覚えのある使用人が多いのも当然で、この館を離れてからまだ一年も経っていないのだとローテは思い出した。
「やっぱり気が重いわ‥‥。具合が悪くなったふりをして抜けられないかしら」
「そんな不謹慎な‥‥。男爵さまもきっと、奥様が不自由なさってないかご心配なんですよ」
「そうかもしれないけどねえ」
 ジェラールったら、本当に突然なんだから‥‥と、奥様は嘆息する。
 奥様の息子であるジェラール・ギルエ男爵は、実はこれまでにも何度もこのたぐいの招待をよこしていた。母親がほとんど何の相談もなしに、突然隠居すると言い出して郊外に引っ込んでしまったのだから、まあ直接会って話し合いたいと思うのも無理はないかもしれない。奥様は当たり障りのない理由をつけて適当に断っていたようだが、
『どうしても来ていただけないならば、いっそ私がそちらに』
 という息子の言葉に、今度こそは招待に応じざるをえなくなった。
「あの子があの家に来たりしたら卒倒するに決まっているわ。館は小さいし、使用人はあなたひとりだし」
「前にも言いましたけど、世間の基準ではあの家はじゅうぶん大きいんですよ奥様」
 それはともかく、かつての男爵夫人が暮らすべき環境ではないと断じられる可能性は充分ある。立派な庭に反して庭師は雇っていないし、かわりに冒険者がちょくちょく出入りしているし。卒倒されるだけならともかく、プロヴァンに連れ戻そうとされたりしてはたまらない。ローテも奥様も、この一年で静かな暮らしにすっかり馴染んでしまっていた。
「明るい話をしましょう。晩餐会が終わったら、気晴らし代わりに少し出かけたいわ」
「そうですね‥‥確かにプロヴァンも久しぶりですし、すぐ戻るのももったいないですね。何か買い物でもしていきます?」
「冒険者さんたちも付き合ってくださるかしら?」
 プロヴァンまでの旅路を護衛してくれた冒険者たちは、まだパリには戻っていないはずだ。
「声をかけてみます」
「あなたは先に家に戻っていてもいいのよ?」
 まだ言うかとローテが軽く睨むと、奥様はなぜかひどく穏やかに笑んで軽く彼女の肩を抱いた。
「恋ってすてきよ、ローテ」
 思いがけない言葉をかけられて言葉をなくす。
「あなたがよく働いてくれて本当に感謝しているの。でもね、もしあなたに好きな人ができて結婚したくなったら、いつでもそう言ってくれて構わないのよ」
 晩餐会の準備が整いました‥‥と告げに来た使用人に、『いま行きます』と答え奥様は立ち上がった。かつてのなじみの使用人に案内されて、晩餐会の行われる広間のほうへと向かうその背を、ローテは呆然と見送った。
 考えたこともなかった。
 私が、奥様のところを‥‥辞める?

●今回の参加者

 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea1807 レーヴェ・ツァーン(30歳・♂・ファイター・エルフ・ノルマン王国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea6337 ユリア・ミフィーラル(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 プロヴァン。パリから南東南、徒歩で二、三日ほどで辿り着ける土地である。領内の地形は平地、ところによってはなだらかな丘陵や、そこにはりつくようにして所々に自生する林などで構成されているが、旅人や隊商の行路を脅かすような難所はない。
 貧しくはないものの特徴に乏しかったこの土地を、ノルマンの交通の要所にしたのは先代領主であったという。彼は決して多くはない地領税を手堅い投資を繰り返して少しずつ増やし、その利益を使って通商路を開拓し、元々名産品であったワインを各地に送り出すようになった。やがてプロヴァンワインの評判が広まり、買い付けに来る商人たちが集まってきて、次第に領内の経済も活発になり、城下町はいつしかちょっとした商業都市となっていた。
「つまり今のプロヴァンがあるのは、先代の男爵様とこのワインのおかげってわけさ」
 おそらく堅実な努力の人であったのだろう先代領主の話は、領民にとっては自慢の種のひとつらしい。酒屋のおかみは我が事のように鼻高々に説きながら、手近な樽から葡萄酒をひとさし注いでユリア・ミフィーラル(ea6337)に差し出した。試飲してみろということのようで、断る理由もないのでユリアは素直に杯を傾ける。
「おいしい」
 香り高いワインは、料理に入れてみてもきっといい風味を出せるだろう。同じ料理人であるミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)にも一口舐めてもらって、同じ意見であることを確認し合った。以前に一度プロヴァンワインを体験済みのマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)もミルに杯を回してもらい、残りの酒をぐっと干す。
「ん、やっぱり美味しいわねえ」
「そうだろう? プロヴァンといえばやっぱりこれさ」
「じゃ、買わせてもらおうかな。んー‥‥これより小さい樽はないかな? 馬に積めるぐらいの」
「それなら蔵にあるけど‥‥今うちの人が配達に出てるから、運び出せないんだよね。あたしはこの通りだし」
 臨月に近いと見える大きいお腹を軽く叩いて、おかみは溜息をつく。
 ミルもユリアもマリも、あいにく腕力には自信がない。結局あとで引き取りに来ることということにして、冒険者たちは表で待つ仲間達と合流すべく店を出た。

 少しして表に出た酒屋のおかみは、さっきの客たちが連れらしい人々と連れ立って、通りの向こうを歩いていくのを見た。冒険者だというのはやはり本当のようで、種族も年頃も身なりもばらばらだった。先ほどは見かけなかったエルフの少女や、ジャパン人らしい者もいる。
 中でも目を引くのは、その中心にいる小柄な老婦人だ。日よけのための帽子とヴェールで今ひとつ面差しは判然としないものの、一見して上等な服装といい、傍らに侍女然とした娘が控えていることといい、多分貴婦人のお忍びか何かなのだろう。だがそれよりも、薄絹のヴェールから垣間見えた、どこか悪戯めいた微笑におかみは首を傾げる。
「どこかで見たような気がするんだけど‥‥どこだったっけねえ」
 思い出そうとしているうちに、冒険者たちと老婦人は表通りの喧騒にまぎれ、あっという間に見えなくなった。

●お庭を遠く離れて
「男爵夫人ということは聞いていたが‥‥」
 抱えた包みを見下ろしながら、レーヴェ・ツァーン(ea1807)はやや微苦笑めいた表情を口元に見せた。『奥様』と呼ばれる女性の面に、ヴェール越しにも明らかな笑みが刷かれる。
「元・男爵夫人ですわ。夫はもう亡くなりましたから。‥‥といってもまだ二年足らずですし、このヴェールは念のために、ね。騒ぎになったりしたら困りますもの」
「なるほど」
 ギルエ男爵家。どこで知りえたのか、レーヴェはそれがプロヴァンを治める領主の家だと知っていた。
 つい最近、レーヴェたちにも明らかになった奥様の姓名は、アンヌ・ギルエ‥‥つまり、プロヴァンの先代領主の妻ということになる。領主本人ならともかくその奥方ともなると領民の目に触れる機会はそう多くなかったはずだから、顔を隠すといってもこの程度でいいのだろう。
「改めて考えると、その辺りの事情はほとんど何も知らなかったのだな」
「あら」
 レーヴェの呟きに、奥様は軽く眉を上げてみせた。
「わたくしが話さないでおいたのですもの。隠居の身には、身分や地位なんて大して関係のない言葉ですからね。今までそれで何の差し障りもなかったのですから、わざわざ改めてかしこまったりなさらないで。今まで通りで構わないのです」
「ラテリカも、今まで通りでいいですか?」
 おずおずとしたラテリカ・ラートベル(ea1641)の問いに、奥様はもちろんと頷く。
「ああ、よかったですー。あのあの、それで奥様」
 この奥様がそんなことを言うとは思わないものの、やはり今更かしずいたりして接しろと言われても困ってしまう。ほっと胸を撫で下ろしながら、まだ幼さを残すエルフの少女は、拝むように両手を合わせながら奥様を見た。
「向こうに気になるお店があったので、できれば見て行きたいのですけど‥‥」
 おねだりに、ヴェール越しに苦笑する気配がする。
「ええ、構いませんよ。まだ夕方には間がありますから」
「わーい! ミルさん、お許しが出たです!」
「奥様、ありがとうございます〜」
 おねだりを聞き入れてもらったラテリカと、やはり同じ店を気にしていたらしいミルが諸手を挙げて喜ぶ。今にもその店の方へ走り出していきたいとばかりにそわそわし始めたふたりに、レーヴェは皆と離れないよう釘を刺しておかねばならなかった。今回の本来の仕事は奥様の護衛なので、その奥様からあまり離れてはお話にならない。とはいえ、
「レーヴェさんは、引率のお父さんみたいですね」
 という十野間空(eb2456)の悪気はない感想に、レーヴェは無愛想ながらもなんとも微妙な表情を浮かべたという。

 さて買い物である。ラテリカやミルは、今使っているものよりも軽い道具が欲しかったようだ。ふたりともいささか腕力に欠けるため、普段から携帯や使用に苦心しているらしい。ラテリカが欲しいのは楽器、ミルは調理道具や食器。特にミルは、シフール用の寸法のものが欲しいようだ。
「シフール用ねえ‥‥そういうのはうちだと特注になるんだよね」
 まず飛び込んだ小間物屋でミルが尋ねると、店主は顎を撫でながら首をかしげた。
「特注‥‥って、注文してもすぐには買えないってことですかー?」
「注文があってから職人に頼むから、そうなるね。ほら、普通のに比べて、そんなに数が出るものじゃないし」
 シフールの体に合わせた服や靴、生活用品はあることはあるが、人口におけるシフールの比率からいって、やはり人間の寸法のものに比べて需要は低い。店だって商売だから、滅多に売れない商品よりは、確実に売れるものを置いたほうが儲かる。
「するかい? 注文」
「考えさせてください〜‥‥」
 注文してもたぶん、パリに戻るまでには出来上がってこないだろう。ミルは肩を落として店を後にした。
 ラテリカのほうは若い楽器職人の出している出店に声をかけ、バックパックから自分の使っている竪琴を引っ張り出して、
「これよりも軽い楽器が欲しいです」
 単刀直入に言うと、とたんに難しい顔をされた。
「気楽に言うなあ‥‥横笛とかなら確実にこれより軽いけど、それじゃ駄目なの?」
「ラテリカ、歌も歌うです。ですからできれば、弾きながら歌えるのがいいですけど」
「うーん。たとえばさ、この竪琴だけど」
 言いながら職人は指先を伸ばし、竪琴の弦を支えている木枠の部分をこつこつと叩いた。
「もっと軽くすること自体は簡単なんだ。乱暴な方法だけど、この土台の木の部分を削ってしまえばいい」
「え? でも」
「そう。何も考えずにそんなことをしたら、音が変わってしまう。弦も切れやすくなるかもしれない」
 はあー、とラテリカは感心したように声を上げる。
「ラテリカはあまり力がないので、何も考えずに軽いのが欲しいって言ってしまったですけど、難しいですね?」
「うん、難しい。楽器っていうのは、先人が試行錯誤した上でこういう形に落ち着いたものだから、それより軽くしようと思ったらちゃんと緻密に設計した上で作らないといけないんだ。きみだって弾き手である以上、いい音の出る楽器のほうがいいだろう?」
 ラテリカは頷いた。
「軽い楽器‥‥うん、今は置いてないけど、面白いアイデアだな。今度何か試しに作ってみるから、機会があったらまたおいで」
「はい! 頑張ってくださいねっ」

 さて、冒険者たちの買い物にばかり付き合ってもいられない。奥様の買い物が本来なのだから。
 うんざりするほど人の多い通りのあちこちを回って、いくつか秋ものの服を注文したあと、マリが装飾品を見たいと言い出し奥様もそれに乗って、それならいいお店があるのと案内してくれた。プロヴァンは北、南、東との通商路が拓けているから、ノルマンとは違う異文化に触れることも少なくないし、時には珍しいものも手に入る。何か目新しい細工があるかもしれないというわけだ。
「えーと‥‥この指輪は、おいくらぐらいなんでしょうか」
 空の質問に、店員はにこにこしながら値段を耳打ちした。ぎょっとした表情になる空。
「あ、あの、もうちょっと手頃な」
「手頃でございますか。でしたらこちらなど」
 再度耳打ちされた額に、空が酸っぱいワインでも飲まされたような顔になる。買えないわけではない。ただし、身包み置いていく覚悟があれば、という注釈がつくが。さすがに奥様の紹介した店だけあって、予算の桁が違っていた。もしかしたらいかにも冒険者という出で立ちのために、足元を見られているのかもしれない。
「こうなったら」
 魔法で店員を魅了するしか‥‥と不穏な呟きを洩らした空の袖を、マリが軽く引く。
「やめときなさい。こんな街中で魔法を使ったりしたら大騒ぎよ」
 大概の魔法は詠唱中に術者の体や体の一部が光ったりするもので、見れば他者にも術の行使は明らかに知れる。たとえチャームのように派手な効果が顕われない呪文でも、騒ぎになるのは目に見えていた。それに魔法で魅了した上で不正な値段で商品を買うのは、見方によっては立派な犯罪行為だ。ばれれば自分だけでなく、仲間や依頼主である奥様にも迷惑がかかるだろう。
 ちらりと空が見ていた指輪に目をやって、ふうんとマリは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「で、なあに? 指輪が欲しいってことは、恋人への贈り物か何かかしら」
「い、いやその‥‥日頃お世話になっている方に贈ろうかと」
「それって、女性?」
「え‥‥ええ、まあ、女性です。その‥‥志を共にした方です」
 己の言葉に赤面しながら、ジャパンの青年はついにそう白状した。初々しい反応に微笑したマリは、恋の季節なのねえ‥‥と感慨深げに呟きながら、優雅な仕草でほつれた髪をかき上げる。

 ひととおり店を回り終え、大荷物は案の定レーヴェや空が抱えて歩くことになって、とりあえず暗くなってきたことであるしどこかで一息つこうと、目についた食堂に入ることにした。
 買ったものを広げて、これはいい買い物だったあれはどうだったとおもに女性陣が騒いでいるうちに、ユリアが注文していたワインを馬から下ろしてやって来る。
「あれ、まだ注文してない? えーと」
 奥様たちの買い物の合間に買い集めた食材はあまり保存の利かないものなのでできれば早めに使ってしまいたいが、いかにユリアが料理人とはいえ、さすがに初めて入った店の厨房を借りるのも少々気まずい。軽い食事を注文して、ユリアも座る。
「ローテ、本当にその服だけでよかったの?」
「いいんですよ。そんなにたくさん持ってても着る機会がないし」
 ローテの服を見立ててあげると申し出たマリだったが、ローテ本人は秋ものを一着買っただけで済ませてしまっていた。そのためいろいろ見てやろうと目論んでいたマリとしては、すこぶる面白くない。選ばれたのが自分の見立てに近ければそれでも構わないが、ローテの買ったのは普段給仕のとき着ているのと大して変わらない、枯葉色で華やかさに欠ける型の服ときている。
「だからってそんな地味なのにしなくたって‥‥まだ若いんだし、少しはおしゃれも覚えたらいいのに」
 マリの言葉に、ローテは困ったように笑う。
「マリさん、面白がってますね?」
「そりゃ少しはね。ね、本当のところはどうなの? 例の人は。嫌いなわけじゃないんでしょ?」
 澄まして答えた挙句に、マリは声を潜めて尋ねてみる。ローテに最近男性の影ができたことは、悪気のない奥様の口から冒険者たちの耳にまできちんと届いていた。ラテリカが不思議そうに首を傾げる。
「元気、ないですね」
「ええ、まあ‥‥いろいろ考えちゃって」
 ローテがちらりと見ると、奥様は少し疲れたのか腰かけたままうとうとしていた。レーヴェが布をかけてやりながら、起こさないようにやはり声を潜める。
「奥方はきっと、考える機会を与えようとしているのだと思う。今までのように、当然のように使用人でいるのではなくて」
 己の望みを見つめて、それに向かって生きられるように‥‥推測でしかないがと付け加えるレーヴェに、それはわかるんですけどとローテは頷く。
「嫌いじゃないですよ、彼のことは。恋愛とか結婚なんて、今のところ考えられないですけど‥‥だけど、そうしたら、奥様はどうするのかしらって思うんです」
「どう‥‥とは?」
「だって、思うんです。私がもし結婚したら、ずっと奥様のところに勤めているわけにはいかないでしょう? 自分の家のこともしなくちゃいけないし、子供だってできるかもしれない。お休みするか、もしかしたらお暇をいただくことになるかも。でも」
 ――でも、そうしたら奥様はどうなさるのかしら? あの広い家にお一人で住むのかしら? 新しい人を雇うとしても、その人と奥様はうまくやっていけるのかしら? その人があの家に馴染むまで、不自由することはないかしら?

 翌朝、冒険者たちは奥様とローテを連れてプロヴァンを発った。まず奥様の家へ、それからパリへ。行程の間中、ローテは口数が少なかったが、奥様は彼女の胸中を知ってか知らずか、ただ沈黙を守っていた。
 ユリアの買った珍しい香草やまだ新鮮な野菜、がちょうの肉などは、奥様が家に戻るまで、そして冒険者たちのパリへの帰路の間にすっかり消費され、おかげで沈みがちだった一行の雰囲気の慰めとなったようだ。珍しく食生活の充実していた依頼として、この旅は冒険者たちの記憶に残ることになる。