薬草摘みにあの丘へ
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 9 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月07日〜07月16日
リプレイ公開日:2004年07月15日
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●オープニング
「滞在費はすべて依頼人持ち。携帯食や消耗品関係も向こうで用意してくれるそうです」
「ほう?」
「内容は、パリからの街道を少し逸れたところにある丘での薬草採取。話を聞く限りでは、近くにはゴブリンも出ない、山賊もいない。凶暴な動物がいるって話もさっぱり聞かない。安全そのものですよ、うん」
「たしかに、そんなふうに聞こえるな」
「報酬のほうもこれまた、新人向けにしてはなかなかの額だ。いやあ、太っ腹ですねえ。いい仕事だと思いませんか?」
「それで」
ギルドの机を挟んで、冒険者は係員の男を真正面からねめつけた。
本日の冒険者ギルドの受付係は、うそくさいほどの満面の笑みを面にたたえたまま沈黙している。
「‥‥この仕事にはどういう裏があるんだ?」
「やだなあ、裏だなんて、そんな」
「条件が良過ぎて逆に不気味だと言ってるんだ」
核心に切り込むと、別にたいしたことじゃありませんよと男はへらりと笑い、言葉を継いだ。
「マンドラゴラを採ってくるというだけの仕事ですから」
「マ‥‥っ」
「おや。ご存知でしたか」
知っているもなにも、マンドラゴラは万病に効く薬草として有名な植物だ。
見た目は人参などの根菜に似ているが、根が二股にねじれているのが特徴である。顔のような模様もついており、その見た目はさながら羽根のないシフールのミイラといった感じでなかなか不気味だ。
しかし最大の特徴は、マンドラゴラが引き抜く際にすさまじい悲鳴を上げることだろう。
この悲鳴はまさに魂の断末魔という奴で、間近で聞いた者はそれだけでショック死するという。多少距離が離れていても、悲鳴が耳に入ると硬直してしまう。
かように採取に危険を伴う薬草ゆえ、たいていの場合採取にあたっては、マンドラゴラに縄をくくりつけ、その縄を犬などに引かせるのが普通である。人間は抜くまでの間、悲鳴の届かないところへ避難する。犬は死んでしまうが、そうして採取されたマンドラゴラは結構な値段で取引される。
「厄介なことにその丘、マンドラゴラとよく似た花が群生してるらしいんですよ」
マンドラゴラも植物の一種なので、季節になれば当然花を咲かす。マンドラゴラの花の時期は夏らしいので、確かに早ければもう咲いているだろう。くすんだ茶褐色の、これまた珍しい花なのだが、どういうわけか目的の丘には似たような花がたくさん咲いているらしい。
「ちょっとどれが当たりか、抜くまではわからない状態でして。手当たり次第引っこ抜くというのも結構バクチですしね。ですから冒険者の皆さんに、その知恵をしぼっていただこうという次第のようですよ、はい」
「‥‥犬に引かせるわけにはいかないのか?」
「ああ、それは」
受付係は笑みを絶やさぬまま、あっさりと質問に答えた。
「依頼人の方が、それはもうたいそうな愛犬家だそうで」
「‥‥‥‥」
●リプレイ本文
正直にお答えなさい、とオイフェミア・シルバーブルーメ(ea2816)はいう。
「おまえの根は、どういう形をしているの? このあたしに教えてはくれないかしら?」
『‥‥根の形をしてる』
ぴくり、とオイフェミアのこめかみが微妙にひきつった。
「‥‥だから、その根の形を聞きたいのよ、あたしは」
『根は、根の形をしている』
「‥‥きーっ」
地面に這いつくばり赤茶けた花と言葉を交わしていたオイフェミアは、ついに我慢の限界を感じがばりと起き上がった。
「埒があかないったらありゃしないっ」
さっきから『グリーンワード』の魔法で植物たちに手当たり次第『根の形』を尋ねているのだが、一向に参考になる返事が聞きだせないのである。金髪を振り乱し地団駄を踏むオイフェミアの剣幕を、ステファ・ノティス(ea2940)がおずおずとなだめる。
「し、仕方ないんじゃないでしょうか‥‥。お花の皆さんは、目が見えるわけではないわけですし‥‥」
魔法で言葉を交わせるようになったとしても、一般的に植物の知能は低い。語彙もきわめて少ない。どんな根の形をしているかといわれても、そもそも形とか色とか視覚的な観念が薄い彼らが、人間にわかるようそれを説明するのはほとんど不可能に近い。
「こんなに話の通じない相手は初めてよっ」
「‥‥そりゃまあ、魔法でも使わなきゃ一生話が通じない相手だもんね」
背中でオイフェミアの叫びを聞きつつ、地べたにぺたりと座り込んだユリゼ・ファルアート(ea3502)が呟く。
‥‥丘には似たような草が一面に生えている。
「やっぱり地道に探すしかないんだろうけど、さすがにちょっとうんざりかも」
言いながらユリゼが、根がわずかにのぞく程度に慎重に地面を掘り返してみると、白っぽいみずみずしい根が現れた。これはどうやらハズレだ。
「はーい、マンドラゴラさーん。かくれんぼはおしまいにしましょうねー」
ユリゼの隣で、やはり熱心に土をいじっているのはルフィスリーザ・カティア(ea2843)。
なにが楽しいのか目を輝かせ、妙に生き生きと地面を掘り返している。手袋をしているとはいえ手で掘っているので、ユリゼなどはいい加減指が痛くなってきているのだが。
「ルフィスリーザ。手は大丈夫か」」
愛馬を適当なところにつないできたギルツ・ペルグリン(ea1754)が、こちらへ歩きながら声をかけてくる。ルフィスリーザは顔を上げると、ギルツの科白に応え頬をほころばせた。
「大丈夫ですよー。掘るっていっても、ここ、土がやわらかいですし」
「そうか‥‥無理をするなよ」
「ええ。ありがとうございます」
「‥‥あのうギルツさん。私も掘ってるんだけど?」
おずおずと切り出すと、ギルツはびっくりしたようにユリゼのほうを見た。
どう見てもルフィスリーゼに注意をとられてすぎていて、すぐ側で同じように土を掘っていたユリゼには気づかなかったという風情である。ごほんと咳払いして、ギルツは彼女のほうに向き直った。
「‥‥あー。ユリゼ、手は痛くないか」
「‥‥‥‥おかげさまで」
「もしかして私たち、お邪魔だったでしょうか‥‥」
ヴィクトル・コヴァルスキー(ea4370)がユリゼに囁いたのは、とりあえずギルツたちの耳には入らなかったようだ。
ユリゼやルフィスリーザの見立てで、とりあえず「これは」と思うもの全部に、ぐるぐるとロープをくくりつける。
抜く前にロープ同士を釣り糸でつないでおけば、一度ロープを引くだけで何本かまとめて引き抜けるだろうというもくろみだ。ギルツの発案である。
「‥‥何をしてるんだ? ミニヨン」
用意を終えたギルツが胡乱げな目でそちらを見ると、ミニヨン・マイステル(ea3814)が問題の根の周囲に剣で三重の円を描き終えたところだった。
「‥‥気休めだとは思いますけど、おまじないです」
袖についた泥をぬぐってミニヨンがあいまいに笑う。
この輪を描いて、抜くときに西を向いて引き抜けば、マンドラゴラの呪いを防げるのだという。もちろん他愛もない迷信のたぐいなのだろうが、まあ、何もしないよりはいいだろう。
植生地域の限定もミニヨンの魔法『サンワード』によるものだ。マンドラゴラの生えているのは丘の南側、斜面の中腹あたりだという情報を得て、みんなでそのあたりを集中的に捜索していたのだが。
ちなみに、木材とロープで、遠くから引き抜くための簡単な装置を作ろうという意見も出ていた。だが、肝心の制作技術を持っているミニヨンが、具体的にどういった仕組みの装置を作るか考えていなかったのである。
店売りの出来合いの道具をそのまま使うのならともかく、未知の道具を一から作るのならば、作るときに材料に何を使うか、どんな原理を使ってどのように使用するものなのか、完成品はどの程度の大きさになるか、持ち運びはどうするのか、きちんと見極めておかなくてはならない。ただでさえミニヨンは木材を扱うのに慣れていないのだから、なおさらだ。
「とりあえず、できることは全部やっておきましょ」
ユリゼが地面に対してクリエイトウォーターとウォーターコントロールを使って、少しの力でも抜けるように地面をやわらかくする。クーリングで凍らせてみようというアイデアもあったが、ギルツの、
「‥‥急に冷やすと、抜く前にマンドラゴラが死んでしまうんじゃないか?」
との意見で、とりあえず保留になった。
「えーと、西はあっちですね」
「了解。みんな、耳栓は準備いい?」
「大丈夫です。ところで」
濡らした耳栓を耳に詰め込もうとして、ふと、ルフィスリーザが大事なことを切り出した。
「‥‥誰がこのロープを引っ張るんでしょう?」
うっ、とその場にいた誰もがひるんだ。
「‥‥じゃ、私が抜きます」
他の面々が誰も立候補しないのを見てとり、苦笑しながらミニヨンが前に進み出る。声が聞こえなければいいのだからということで、ルフィスリーザが笛を手に立ち上がった。続いて、ヴィクトルも。
「ルフィスリーザさん、よろしく。ヴィクさんは」ヴィクトルは、楽器を何も持っていないようだ。「えーと、じゃあ、歌で」
‥‥よく晴れた空の下で笛の音と歌声が流れていく。
離れた位置から、ミニヨンがロープに手をかけるのを、他の面々は固唾をのんで見守った。
●この丘で、薬草を摘みに
「‥‥うーん」
しげしげと手の中のそれを見つめて、ステファは首を振る。
「‥‥ちょ、ちょっと気味が悪いかも‥‥」
ロープを使って引き抜いたマンドラゴラは、世の風聞どおりかなり不気味な外見である。さながら小さいミイラのような外見で、年頃の娘が触るには少々憚られる。これが出すところに出せば高値で取引されるのだから世の中はわからない。
耳栓の効果もあってか、マンドラゴラは無事に抜くことができている。慎重に慎重を期して作業を行っているので、大量にとはいえないが、ひとまずハズレを引くことは少ないようだ。マンドラゴラの声は、耳栓ごしにわずかに聞くだけでも鳥肌ものなのだが、今のところときどき硬直する人間がいるくらいで済んでいる。
‥‥なのだが。
「飽きちゃった」
と言い出したのはマート・セレスティア(ea3852)であった。
丁寧に根の様子を確かめ、マンドラゴラとそうでないものをより分け、ロープをくくりつけて引く。とにかく地味で集中力のいる作業である。好奇心旺盛で飽きっぽい、パラの典型のようなマートは、すでに退屈しきっているらしい。
「とりあえず、このへん抜いてみよっかなー」
「え? ま、マートさん?」
ステファの声には構わず、マートはそのへんの花をつかんで、えいっ、と引き抜く。「本物」が抜けたときに聞こえる悲鳴は聞こえない。あらわになった根は普通の形をしていた。
「あれー。じゃあ、これかな?」
引き抜いてみるが、これもはずれ。マートはにこにこと笑いながら、好奇心の赴くまま、茶色い花に次々と手を伸ばす。
「これかな? それともこれかなあ」
「だ」
もしマートが本物を引き抜いたら。
その悲鳴がもし仲間たち全員に届いたら。
世にも恐ろしい悲鳴にあてられてぽっくりと全滅する自分たちの姿が目に浮かび、ステファは咄嗟に、傍らに置いてあった自分の得物――重たいメイスをつかんで振り上げていた。
「駄目――!!」
ぶん。(ステファのメイスが唸る音)
ごす。(マートの後頭部にメイスが命中する音)
どさ。(マートが地面に倒れる音)
‥‥すべてが終わったとき、気まずい沈黙がその場に流れた。とっさのこととはいえ、自分のしでかした結果――大の字で地面に突っ伏したマートを見下ろして、ステファは鈍器片手にあさっての方向に視線を流す。
「こ、殺しちゃったりは、してないと思うんですけど‥‥」
こうして、マートによるパーティ全滅の危機はどうにか免れた。反省するように。
「‥‥ふむ。まあまあですかね」
冒険者ギルドの受付係は、どうやら手に入ったマンドラゴラのチェックも任されているらしい。マンドラゴラの束を冒険者らから受け取ったあと、簡単に中身に目を通して、男はにっこりと笑ってみせた。
「もう少し量を取ってきてくれるかと思いましたが、ま、こんなとこでしょ。質のほうは問題なし、混ざりものもなし。報酬のほうに、ちょっとだけおまけしときましょうか。ところで」
「ん?」
笑顔のまま手を差し出され冒険者らは当惑する。。
「皆さん? 手荷物の中に入ってるマンドラゴラも、ちゃんと出してくださいね」
「えーっ? 一本ぐらいくれてもいいじゃないですか」
ルフィスリーザが口を尖らせて抗議すると、そうは言いましてもねえ、と受付係の男は頭をかいた。
「皆さんマンドラゴラ一本がどのぐらいするかご存知ないから、そんなことをおっしゃる」
「どのぐらいって、値段か? 俺も人から頼まれているから、できれば一本ぐらい引き取りたいんだが‥‥少しぐらいなら払っても構わない」
言いつつ財布を取り出したギルツを前にして、受付係は首を振り肩をすくめた。
「一本につき最低でも金貨十枚」
「じゅ‥‥!?」
あわてて財布の中を確認するが、ギルツもルフィスリーザもそんな大金は持ち合わせがない。
「せ、せめて欠片を切り取るとか」
「だめです。そんなことしたら価値が下がるでしょう。依頼人はこれを商品として売るおつもりですから」
「き、金貨十枚‥‥」
冒険者たちの後ろのほうで、ステファがマンドラゴラを握りしめ、やや動揺をあらわにしていた。
「‥‥十本あれば、イギリスへの月道が使えます‥‥」
ステファの声音に思いつめた色を感じとってか、受付係はぎょっとした表情になった。
さっさと報酬を出さないと、貴重な薬草を持ち逃げされるとでも危惧したのだろうか。今回の仕事の報酬の支払いも、書類上の手続きも、以降は非常に円滑に行われたという。