船は波間に漂いて

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月01日〜09月06日

リプレイ公開日:2005年09月09日

●オープニング

「海が見たい」
 たとえば女性に憂い顔でこんなことを言われたら、男として応じないわけにはいかないだろう。細波を立てる穏やかな海へと連れて行き、彼女が心安らぐよう心を尽くしてやる。できれば容姿の麗しい女性であったほうが望ましいが、それはそのほうが絵になるからであって、別に下心からのことではない。ラズロは古い男で、女性はかよわい守るべきものと考えていたが、同時に女房を泣かせるような真似は決してしない固い男でもあった。
「海が見たいんだ、ラズロさん」
 だが幸か不幸か、目の前でそうくりかえしている人物は、特に麗しくもなければ女でもなかった。面にまだそばかすの残る、十代半ばほどと見える若い男性である。ラズロは無言のまま、開け放した鎧戸の外を指で示した。
 窓枠に切り取られた景色の中で海はどこまでも続き、遠くを飛び交う海鳥たちが呑気に鳴いていた。
「ドレスタットは港町ですから、外に出りゃいくらでも見られますよ、旦那」
「そうじゃなくて、自分の船で海に出たいんだよ」
「そう言われてもねえ」
 この青年、名をギルという。ドレスタット近郊に住まう貴族の庶子である。
 青年の父親は先日亡くなり、無事嫡子が家督を継いだのだが、故人の遺言によりギルにも遺産が残された。遺産といっても、その大部分は金ではなく、一隻の船という形であった。
 おそらく十五人も乗れば一杯になってしまうだろう。エイリークの御座船に勝るとも劣らぬ大物に乗っていたこともあるラズロの目から見れば、小舟に毛が生えたという程度の船だ。この船はドレスタットの港に停泊されたまま、港の使用料だけが払われ続け、もう何ヶ月もそこから動いてはいなかった。
「いくら小さくたって、船ってのはひとりじゃ動かせねえんですよ。櫂の漕ぎ手も要るし、帆の調整をする奴も、水深を見極める奴も要る。旦那の父上が残してくれたってのは船だけで、船員はいねえんでしょう? 旦那は見たところ海で風を読むやり方も、星で方角を決める方法も知らねえようだし」
「そうだけど」
 口を尖らせると相手はさらに幼く、ほとんど少年に見えた。
「父さんが僕に残してくれたものだから‥‥ちゃんと使ってやりたいんだ」
 深く深く、ラズロは溜息をつく。
 問題は他にもある。人の住まない家は荒れるのが早いというが、船にもまた同じことが言える。何ヶ月もの間殆ど人の出入りしていなかった船の内部が、一体どうなっていることか‥‥埃や蜘蛛の巣は言うに及ばず、脆くなっている部分はちゃんと手を入れて修繕しなければ、航海途中で沈没しかねない。
「旦那。金はあるんでしょうね?」
「え? ええと‥‥少しなら」
「そんなら冒険者ギルドへ行くんですな。冒険者ってのは暇を持て余してるのが多いし、それ以上に物好きも多い。運がよけりゃ、旦那のためにひと肌脱ごうって手合いがいるかもしれません」

●今回の参加者

 eb0005 ゲラック・テインゲア(40歳・♂・神聖騎士・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb0131 アースハット・レッドペッパー(38歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb0370 レンティス・シルハーノ(33歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb2937 レン・ゾールシカ(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

「あたい、海が見たいの」
「‥‥なんの冗談だね、それは」
「こう言えばあたいのお願い、聞いてくれるかと思って」
 憂い顔(と本人は思っているのだろう)を作ったままクーリア・デルファ(eb2244)は机越しにラズロに顔を寄せ、ラズロは露骨に身を引いて溜息をついた。
「所帯持ちをからかうもんじゃない。お願いってのは?」
「ラズロ、あんたも航海についてきとくれよ。ギルの船のこと、本当は気になってるんだろ?」
 ラズロがその昔はエイリークの海賊時代の部下で、ちょっとした腕の船大工だったことは、ドレスタットの船乗りに尋ねて回ればすぐわかることだ。婀娜っぽい笑みを浮かべたクーリアを横目に、ラズロは首を振った。
「駄目だ」
「お金だったら、あたいの報酬を提供してもいいんだよ?」
「俺はこれでも今は堅気なんだ。仕事を放っぽっていくわけにはいかねえよ」
 船を下りて久しいラズロの今の仕事は、ドレスタット領主エイリークの部下として、港に出入りする船舶を調べることだ。役人の目をすり抜けて金目のものを密輸入しようという輩は、殊にこういう港町にはつきものである。彼がエイリークから任されているのは責任ある仕事であり、だからおいそれと他の者に代わらせるわけにはいかなかった。
「船の補修でわからないことがあれば、相談に乗ってやるから」
 ラズロがそう言ったにも関わらずクーリアは口を尖らせ、元海賊はやれやれと首を振った。女というのは本当にわからん。

 同じ頃、アースハット・レッドペッパー(eb0131)は悠々と大股で港の桟橋を渡りながら、すこぶる機嫌がよかった。
「やー、いい仕事ってのは探してみりゃあ転がってるもんだなっ」
 ギルドの受付でうまい仕事はないかと探していたところ、今回の依頼が目に留まったのだそうだ。満面の笑みを浮かべながら前方をずんずん進んでいくアースハットの背を見ながら、レンティス・シルハーノ(eb0370)は眉根を寄せた。
「‥‥アースハット。今回の仕事内容、どんな風に聞いてんだ?」
「金持ちのボンボンの船に一緒に乗りゃあいいんだろ?」
 お気楽そのものの返答に、レンティスはゲラック・テインゲア(eb0005)と顔を見合わせた。
「‥‥間違いじゃねぇけど、話が変な風に伝わってねえか?」
「大方係員の話を詳しく聞かずに、己に都合よく解釈したんじゃろ」
 背後で図星を指されているとも知らずに、当人は潮風に吹かれつつ大きく伸びをしている。うーん、航海日和だぜ。
「ボンボンにちょっとおべっか使うだけで優雅に海を楽しめるとあっちゃ、依頼を受けなきゃ損ってもんよ。ギルドの話だとこの辺だろ、俺達が乗る船ってのは。あれか?」
「違うと思うがのう」
 船首に銀色の乙女像が輝く立派な大型船に、ゲラックは首を振った。
「じゃああれか」
 続いてアースハットが指したのはまだ真新しい交易船で、身なりのいい船長が甲板の上から船員になにやら命令を出していた。いや違うとレンティスが首を振り、目のいいレン・ゾールシカ(eb2937)が何かに気づく。
「あれじゃないか、もしかして」
 ‥‥港の片隅に停泊している、一軒家に毛が生えた程度の大きさの、船。古臭そうな船のつくりといい、あちこちに残る補修の痕といい、一見して相当年季の入ったものだとわかる。ボロ船と言ってもいい。
 その甲板からまだ若い青年が、冒険者たちを見つけて手を振っていた。一番背の高いレンティスが手を振り返すと、急いで船から降りようとした青年が甲板を踏み抜く。板が腐っていたらしい。
 豪華な船で優雅な航海を期待していたアースハットは、顎をかくんと落としたまま声が出ない。

●掃除と修理
 依頼人のギルが踏み抜いた穴を避けて甲板を通り抜け、とりあえず内部を見てみようと船室に扉を開けた途端、冒険者達は一瞬黙り込んだ。あまりに深い混沌を目にすると、人は誰しも無口になる。その混沌に自分が収拾をつけねばならないときは特に。
「これは一日では終わりそうにないのう」
 ゲラックの言う通り、あちこちが埃だらけになっている上、甲板だけでなく床板も所々傷んでいていつ穴が開くかわからない。床だけならまだしも万一船倉の壁にでも穴が開けば、あっという間に海の藻屑だ。顔に引っかかりそうになった蜘蛛の巣を払いながら、レンティスが依頼人に目を向ける。
「修理費用は、そっち持ちってことでいいんだよな?」
「あ、はい。補修に必要な材木などは、ラズロさんがいい所を紹介してくださったので、多少は安く上げられるそうです」
 ギルの言葉に頷き、集まった面々を見回して、クーリアが考え込む様子を見せた。
「あとは‥‥この人数だと、航海にはちょっと頼りないね」
「漕ぎ手が要るな。仕方あるまい、自腹で雇おう」
 募集された定員一杯まで集まればそこまでする必要はなかったかもしれないが、今更嘆いても始まらない。夜にでもレンティスとゲラックがよさそうな船乗りを探し、レンは最近の近海の様子について聞いて回ることにした。レン自身も航海について心得はあるが、海というのは季節や気候でかなり表情を変えるから油断できない。

 一通り調べて回って幸いだったのは、浸水の心配はどうやらなさそうだとわかったことだ。多少傷んでいるところは見受けられたが、素人大工のクーリアでもなんとかできる程度だった。もっともクーリアは鍛冶仕事の経験があるから、金槌の使い方はお手のものである。壊れている鉄製の部品が見つかったので、ラズロにもとの形状を聞きにいき、近くにある鍛冶屋の工房に設備を貸してもらいクーリアが自分で直した。
「使われなくなる前は念入りに手入れされていたんだな、きっと」
 水漏れなどを防ぐため、船の外装には、防水措置として定期的にタールなどが塗られる。見た目こそボロだが傷み具合が思ったほどではなかったのは、前の持ち主が大事にしていた賜物だろう。
 一方の掃除のほうはというと、これがなかなか大変だった。
「‥‥やってみると、掃除というのもけっこう重労働なもんじゃの」
 小さい船なので掃除の必要な範囲はさほど広くもないが、何しろ少なくとも数か月放置されている。塵の量といえば相当なもので、狭い船内で忙しく立ち働いていると、それだけで汗が噴き出てくるものだ。掃除に回ったのが男性陣ということもあって、二時間ほどで全員が半裸で作業にあたるようになっていた。
 おまけに皆掃除や片付けなど、家事にあたることについてはまったくの素人である。どういう段取りで綺麗にするかもあまり決めていなかったので、ゲラックが床を拭いたあとにアースハットが天井の蜘蛛の巣を払って、上のほうに溜まっていた綿埃が派手に舞い(「や、悪気はなかったんだって。マジでマジで」)、最初から拭き掃除をやり直ししたりしていた。おかげで思ったより掃除が長引くことになる。
 海に出たときには船帆役と決まっているレンは、買ってきた帆布をちょうどいい大きさに縫い合わせようとしているのだが、いかんせん彼女も家事はさっぱり、針仕事など言うに及ばず。帆布を縫うための太い針で何度も指先を突いては、レンティスの神聖魔法のお世話になっている。おかげで帆布の縫い目には点々と赤黒い血痕がついてしまったが、
「ま、遠くから見たらわかんないさ」
 確かにその通りだが、記念すべき船出に血染めの帆ってどうだろう‥‥と思いながらも言い出せない冒険者たちである。
 二日目の夜には船乗りが集まるという酒場に出かけ、漕ぎ手に相応しそうな立派な体格の男を二人雇い入れた。彼らの賃金は皆で出し合ったため、冒険者ギルドの報酬と合わせても、赤字にはならずにすみそうだ。
 レンはこの近海の風の癖や、どのあたりに浅瀬があるかなどを教わった。
「やっぱり経験に裏打ちされた言葉っていうのは、重みがあるねえ」
 船乗りの男ってのも結構趣があっていいもんだと、レンは妙な感心をしている。
 修理の仕上げとしてクーリアが『波の娘の道標』を船首に取り付け、ようやく出航の準備が整ったのは、三日目の朝である。

●いざ出航です
 風と潮の流れに乗れる吹く沖合いに出るまでは、漕ぎ手が漕ぐ櫂だけがおもな動力となる。甲板から駆け下りる足音が耳に届いて、依頼人のギルが、息を切らしながら漕座に顔を出した。
「レンさんのお話ではこの先に浅瀬があるそうなので、右へ迂回します。右舷一左舷二で漕ぐように、との伝言です」
「承知じゃ。なに、まだまだ我輩も若いということを見せてやるわい」
 櫂を持つ腕に力こぶを盛り上がらせながら、右舷の漕座に腰かけたゲラックが快活に笑う。
「今日は風向きもいいそうですし、沖まで行って帆が出せれば漕ぐのも楽になります。お願いしますね」
 また甲板に戻っていくギルの背を見ながら、左舷のアースハットが汗だくのままはあと溜息をつく。
「本当なら今頃、豪華な船で女の子に囲まれながら、優雅に遊んでると思ったのになー」
「なーにが本当ならじゃ。そんなうまい話があるはずがなかろう。ほれ、手がお留守じゃぞ」
 指摘されてアースハットはあらためて両の掌に唾を吐き、手元の櫂を握りしめる。
「ま、受けちまったもんはしょうがないや。漕いで漕いで漕ぎまくってやるぜ!」
「馬鹿者! 右へ迂回するんじゃから、左舷はゆっくり漕ぐに決まっておろうが」
 雇った漕ぎ手たちは黙々と漕いでいるにも関わらず、漕座はなかなか賑やかである。

「そろそろいいんじゃないか?」
「うーん」
 指を舐めて風の具合を確かめると、レンティスは頷いた。マストを見上げて、帆をまとめているロープをつかむ。
「そうだな。風向きも強さもよさそうだ。レン、そっち持ってくれ」
 レンとタイミングを合わせてロープを引くと、風を孕みながら帆がマストに広がった。風を受けた船が新たな推力を得て、波を砕きながらさらに前へと進む。レンが方角の指示を出して、レンティスがそれに合わせてロープの張り具合を微調整した。船に運び込む際にちらりと見た帆の縫い目は結構ガタガタだったが、風を受けた途端帆が空中分解するような目には遭わずに済んだようだ。
「やった‥‥!」
 この船を前に進めているのと同じ気流に乗って、海鳥の群れが遥か前方を飛んでいる。
「すごい‥‥」
 後方の陸地はすでに霞み、水平線は遠く、海はどこまでも続いているように見えた。普段漁師を生業としているレンティスには見慣れた光景だが、ギルは夢中になって甲板から身を乗り出している。今にも海に落ちそうに見えて、レンティスが慌てて引き戻しに行ったぐらいだ。
「おー、進んでる進んでる。何とかなるもんだなあ、あのボロ船が」
「当たり前だよ、あたいが修理したんだから」
 うまく風に乗れたのを察して、漕座を船乗りたちに任せてきたのだろう。アースハットやクーリアたちが甲板に上がってきた。この期に及んでまだ『船で優雅に遊ぶ』という願いを捨てきれないのか、アースハットは釣り道具持参だった。
「とにかく、無事船出できて何よりじゃ。めでたいめでたい」
「せっかくの船を海に浮かべないのはもったいないしな」
 ゲラックの言葉に、レンティスも口元を綻ばす。が、ドワーフの抱えたものがなんであるかに気づいて、目を丸くした。
「もしかして、飲むつもりか? ここで?」
「めでたいときには酒を飲む習慣は、人間だろうとドワーフだろうと同じじゃろうて。心配せんでも、櫂が漕げなくなるほどの量はありゃせん」
 髭の奥の目がにんまりと笑って、酒の器を景気よく頭上へと掲げた。
「船上の酒というのも、また格別じゃ! お若い船長どの、潮風と水平線を肴に飲むのもまた乙なものじゃぞ?」

 約一日半の短い航海を終えて、小さな船はまたドレスタット港へ戻ってきた。
 ギルはこれから船に少し手を加えて、船を動かすための人員も雇い入れ、なにか商売を始めるつもりだという。色々と手続きが必要らしいだが、それについてはラズロが助言しているようだ。果たして彼が成功するか否かは、神にしかわからないことだろう。
 けれどもその船がドレスタット港から出航していく姿を、冒険者たちはその後見かけることになる。