恋の花暴走中!

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月12日〜09月19日

リプレイ公開日:2005年09月20日

●オープニング

「無理だって」
 事情を打ち明けるなりばっさりとひとことで切り捨てられ、マリーは卓に突っ伏したものである。
 致命傷であった。
「そりゃああんたは若くて綺麗な女の子だからさ、好きですって言われたら男なら誰だって悪い気はしないと思うぜ。でもさ、あんた、それだけでいいわけ? つまり、自分の気持ちを伝えて、やっと伝えたああよかったわじゃあさようならごきげんよう、とお別れの握手をするだけで」
 いいはずがなかった。
 それでいいのなら、わざわざこうしてあの方の帰りを待ったりせず、団員の誰かに手紙を預けてパリの家へ戻っている。
「うちの団長の女の好みだったら、団員の俺達はよおくわかってる。あんたは歳が若すぎるし、それに」
 『鷲の翼』の団員たちは、一斉にマリーの爪先から頭のてっぺんまでを視線で検分した。そして、はあ、と溜息。
 何か言われるよりも失礼であった。
「つまり、もっと大人の女性がお好みなのですね‥‥」
 確かにあの方は大人だ。たかだか十五、六の、マリーのような小娘など見向きもしないだろう。うなだれたマリーを前にして、団員たちはひそひそと囁き交わした。内緒話のつもりらしいが、地声が大きいせいかマリーにも丸聞こえだった。
「‥‥団長って、自分で言うほどもてないと思ってたのにな」
「や、でも好みでもない女に惚れられても」
「お前それちょっと贅沢じゃないか?」
「だってそうだろ? ろくに知りもしない相手に急に押しかけられて好きですなんて言われても、どう返事しろっていうんだよ」
 確かにそうだわとマリーは思った。わたしはあまりにも性急すぎた。
 まずあの方にわたしを知っていただかなくては。
 そして彼女はある決意を固める。



「‥‥これが?」
「これが」
 ゲオルグに睨みつけられ、若い団員はあわてて首を竦めた。パリから戻って、そのままベッドに直行しようとしていたところを引き止められたためか、団長の気分はすこぶる悪かった。
 卓の向こうの相手は無言のまま、ゲオルグのほうを神妙に見つめている。ひとめで分かる仕立ての上品な服、上等の靴。どこからどう見ても、相手は良家の令嬢以外の何かではありえなかった。理由はわからねど彼女の視線に妙に居心地の悪いものを感じて、ゲオルグはばりばりと髪をかき回す。
「嬢ちゃん」
「ま、マリーですっ」
「こいつらから入団希望者って聞いて来たんだが、来る場所を間違ってねえか? うちは週に一回詩を読む集まりでも、菓子とお茶を楽しむ会でもないんだぜ。傭兵団だ」
「し、し、知ってます」
 マリーとやらは萎縮こそしているが、頑として目の前の席から動く様子を見せなかった。
 いつの時代も傭兵といえば、ならず者の代名詞みたいなものである。平和な時代の傭兵といえば、掠奪や盗みを繰り返すほとんど山賊と変わらぬ連中も少なくない。何不自由なく暮らしているのだろうこの少女が、何ゆえわざわざそんなものになろうとしているのかゲオルグには見当もつかなかった。
「な、何でもしますっ。だからお願いします、ここに置いてください!」
「駄目だ」
「どうして!?」
「うちの団は女は入れない決まりだ」
 話は終わりだとばかりに立ち上がろうとすると、途端に袖に縋られた。
「そこをなんとか、お願いしますっ。こ、ここに入りたいんです。あの、あの」
 振り払うのは簡単だ。だがマリーの手首はゲオルグが軽く握っただけでもへし折れそうで、さすがに暴力を働く気にはなれない。しかしだからといって、こんなお荷物を抱え込むのも御免だ。三日もすれば男所帯のその日暮らしに音を上げるに決まっている。閉口して傍らを見やると、会計役はどうぞご自由に、と言うように肩をすくめた。
 無理難題を押し付けて帰らせるのが、一番得策だろう。
「いいだろう。特別に入団試験を受けさせてやる」
「は、はい! ありがとうございます」
「剣、槍、斧、弓、どれでも好きなものを選べ」
「は?」
「自分からうちに入りたいというくらいだ。武器はもちろん扱えるよな? 今日は帰ってきたばかりで俺も疲れてるから、そうだな、十日後ぐらいにどれだけ使えるか見てやろう。何か得意な技があるなら、それを見せてくれてもいい。その出来によっては考える」

 少し横になるといってゲオルグが宿の二階へ上がっていくと、一斉に団員たちがマリーを取り囲んだ。
「あんた、剣はできるのか? 斧は? 馬上槍は?」
「いいえ」
「せめて馬ぐらいは乗れるんだよな? そうだよな!?」
「馬車なら乗れますけど‥‥」
 おいおい‥‥と団員たちの誰もが顔を覆った。
 騎士団ではないのだ。入団試験なんてものを受けた団員は誰もいない。武器の扱いも手入れの仕方も入団してから覚えた者がほとんどだし、見習いに至ってはまだ馬にも乗れない。マリーを追い返すために、団長が無理を言ったとしか思えなかった。
「できないならこれから覚えます。誰か教えてくださいませんか?」
 マリーが言うと、ああ、と団員らは溜息をついた。
「力になりてえのは山々だけどよ‥‥俺らみんな、正式に剣を習ったわけじゃねえ。こんな短期間で素人に仕込めねえよ」
「そうですか。では仕方ないですね」
 冒険者の人達にお願いすれば、何か教えてくれるかしら‥‥とマリーは考えた。
「何も団に入れてくれなんて無理言わなくてもよお、色々あるだろ他に。飯炊きとして働きたいとかさあ」
「あら」
 文句を言った団員に、不思議そうにマリーは切り返した。
「だってそれじゃ、食事のときしか一緒にいられないじゃありませんか」

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4817 ヴェリタス・ディエクエス(39歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4909 アリオス・セディオン(33歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea6707 聯 柳雅(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb0420 キュイス・デズィール(54歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

源真 霧矢(ea3674)/ シェアト・レフロージュ(ea3869

●リプレイ本文

 その意気や良しだと、アレクシアス・フェザント(ea1565)は言った。
「俺が教えられるのは武術のみだ。傭兵を志す以上、戦いからは免れ得ない。付け焼刃でどこまで通用するかはわからんが、限られた時間は有効に使おう。これから俺のことは教官と呼ぶように」
「はい、教官!」
 復唱したマリーが握りしめたのは、傭兵団の面々から借り受けた練習用の木剣だ。マリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)の奨めに従って、服や靴は動きやすいものに替え、髪は編んで結い上げている。
 幸い、アレクシアスが修めるのはノルド。剛力を前提としたコナンやルークに比べれば、女性にとって敷居が低い。とはいえ相手はまったくの素人、まず剣の持ち方構え方から教えなくてはならず、この段階では流派も何もあったものではない。
「腕はまっすぐ。だが肘や手首に力を入れすぎないように。まずは基本の型から教えよう」
「はい、教官!」
 大変素直でよい生徒だが、見た限りお世辞にも剣術向きの体つきとはいえない。これを数日で仕上げるのは大変そうだと、思っても言わない教官である。

 宿の建物の裏手で繰り広げられる訓練風景を、開け放った鎧戸からヴェリタス・ディエクエス(ea4817)が眺めていた。季節は秋に差し掛かりつつあるとはいえ、それでも日中は陽射しが強く汗ばむ日も多い。まして剣に慣れないマリーのことだから、今日の特訓が終わる頃には汗まみれだろう。
「どうやら本気のようだ」
 呟いたヴェリタスの横から、同じ風景を覗き込んだクロウ・ブラックフェザー(ea2562)が、あのお嬢さんも物好きだよなあ‥‥と肩をすくめる。ラテリカ・ラートベル(ea1641)は、マリと一緒に少女の着替えを用意しながら感心したように頷いた。
「大好きな方の傍にいられるよう、頑張ってらっしゃるです。マリーさんを見てると、ラテリカも見習わないとって思うですよ」
「いや、頑張ってるのは俺も認めるけどさ」
 その傍にいたい相手があのおっさんっていうのが‥‥と、クロウは皆まで言わず言葉を濁す。何しろ親子といってもおかしくない年齢差がある上、ゲオルグはお世辞にも年頃の少女が憧れる人物像とは思えない。理解できないといわんばかりのクロウの表情に、くすりとマリが僅かな笑みを洩らした。
「私も一応言ったのよ? 周りは男ばかりだし、血生臭いことも多いだろうし」
 女を捨てるぐらいの覚悟が必要かも‥‥そう釘を刺したのだが、決心を揺るがすことはできなかった。
「ああいう若い子は、思い込んだら一直線だもの。ゲオルグも災難‥‥いえ、幸せかしらね?」
 どちらなのかは、まだ多分ジーザスもご存知ないだろうけど。
 マリの科白は心配そうでもあり、それでいてどこか楽しんでいるようでもあり。ヴェリタスとクロウは素早く視線を見交わし、互いが同じことを考えているらしいことを見てとった。
 女性というのは、やはり時々よくわからない。

「口は達者だと思う」
「あの年頃の娘なら普通だろう」
「こうして押しかけてきたぐらいだから度胸もある」
「単に若いから向こう見ずなだけじゃないか?」
 アリオス・セディオン(ea4909)の言葉に、会計役のボリスは、クロウが手渡した手紙から顔を上げた。
「聞いた話じゃ、ずいぶん団員に手を焼かされてるって話じゃないか」
「今のところ会計役の仕事は、俺一人でもじゅうぶん間に合ってる。補佐は大して必要ない」
 体力のあまり必要ない金の管理役、つまり会計ならばマリーに務まるのではと思ったのはいいが、団にはすでにボリスというご意見番がいる。ならば彼の補佐役ということでどうかと相談を持ちかけてはみたものの、ボリスはこの通りにべもない。
「そもそも」
 言葉を詰まらせたふたりを横目で眺めながら、会計役は席を立つ。
「もう聞いたかもしれないが、うちの団は女は入れない決まりだ」
「その決まりって、誰が決めたんだよ?」
「団長の方針だ。あの人はあれで結構古いところがあるから、多分」
 口を尖らせたクロウに答えながらボリスは軽く息をつき、女を危険な目に晒したくないんだろう‥‥と言った。
「冒険者ギルドでそんなことを言ったら怒られるな、きっと」
 そもそもパリギルドの元締めが女性なのだから。微苦笑とともに呟いたアリオスに、会計役は溜息をついた。
「俺個人は今回の件には賛成も反対もしない。彼女の入団のために、ゲオルグ団長が規則を曲げるというならそれもいいと思う。だが団長が入団試験を行うと言った以上、彼女はまだうちの団員じゃない。つまり会計の仕事を教えてやる義理はない」
「教えずとも、後ろで見ているだけなら」
「仲間でもない相手に、手の内を明かす俺だと思うか?」
 アリオスの言葉を中途で遮り、第一、と付け加える。
「戦場で敵が、会計役だからって手加減してくれるわけじゃない。どのみち武器が扱えないのでは話にならない」

 昼食の休憩を挟んで訓練から解放されたマリーが、アレクシアスと一緒に宿へと戻ってきたのは日も傾きかけた頃だった。
 完全に傾く前に戻ったのは、アレクシアスが途中でマリーの掌に血が滲んでいるのに気づいたからだ。訓練中は厳しいなりに気を配っていたつもりだったが、労働を知らぬ柔らかい手の皮膚は思った以上に弱かったらしい。
 応急手当を心得ている聯柳雅(ea6707)を呼ぶと、包帯と薬草を持ってやって来てくれた。保存食を持ってこなかった彼女は、ちょうど近所で買ったパンを食べていたようで、口元にそのかけらがついている。一緒にやってきてマリーの手を覗き込んだラテリカが、まるで自分が痛いとでもいうように眉を顰めた。
「い、痛そうですう‥‥」
「血まめが潰れているな。手はもう洗ったか?」
 一瞥してすぐそう判じた柳雅に、アレクシアスが頷く。華国の娘は手当ての用意をしながら、
「武術を修め日々研鑽を積むならば、こういう怪我はつきものだ。まして実戦となれば、これぐらいでは済まぬこともある。神聖魔法ならば一瞬で治せるが、使い手がいつも都合よく傍にいるとは限らぬしな。幸い今回はアリオス殿がいるが‥‥よい機会だから、手当ての方法を少し教えておこう」
「お願いします」
「うむ。まず傷の見立てをしなければ、適切な処置は見込めぬ。血や傷に狼狽することなく、冷静に判断を下す‥‥これが一番大事な事だ。このマリー殿の怪我の場合は‥‥」
 掌にすりつぶした薬草を当て、包帯を巻きながら柳雅が講釈していると、彼女たちの様子を目に留めた団員たちがなんだなんだと寄ってきた。男所帯のせいか、若い娘が固まっているとなんとなくそちらに目がいくらしい。
「お稽古のしすぎで、マリーさんがお怪我しちゃったです。ね?」
 ラテリカが水を向けると、一瞬マリーは気後れしたような顔を見せたが、すぐに大丈夫です、と答えた。
「柳雅さんが手当てしてくださってますから」
「ああ、こりゃひでえや。まあ、何度もそうやってるうちに、だんだん手の皮が厚くなるからよ」
「な、何度もですか‥‥」
 ひるんだ様子を見ると、どうやら大丈夫というのは強がりだったようだ。柳雅は軽く笑みを浮かべ、巻き終えた包帯を留める。

●色と欲?
 入団試験を受けたいという言葉のあとに、俺は鞭が得意なのだとキュイス・デズィール(eb0420)はあくまで言い張った。
「鞭、ねえ‥‥」
 鞭は扱いこそ難しいが、使いこなせばなかなか便利ではある。普通に打擲するのはもちろん絡みつかせて相手の動きを封じることもできるし、攻撃を読みにくいので、達人の手にあれば厄介な武器のひとつだ。しかし。
「ベッドの上でしか上手く扱えねえんだよな。せっかくだから奥へ行こうや、な? マッサージの腕も披露してやるから」
 何が『せっかく』なのだかと、キュイスの悪癖を知るヴェリタスは密かに嘆息した。見れば馴れ馴れしくゲオルグの肩を抱いたりしながら、さあ一緒に寝室へ行こういま行こうすぐ行こうといわんばかりだ。ゲオルグがまさか彼に遅れをとるとは思わないが、さりとてこのまま見過ごすのもなんだか申し訳ない。
「‥‥キュイス先輩?」
 精一杯の制止と威圧をこめて微笑を向けるも、
「お? なんだヴェリ、お前も混ざりてえのか?」
 どこまでも前向きな彼にそんな微妙な駆け引きは通用しない。止めるべきなのはわかっていてもやはり我が身も大事で、ぶんぶんと勢いよく首を振ると、キュイスは口を尖らせた。
「ちっ、つまんねえな。ま、しばらく楽しむつもりだから、気が変わったらいつでも言えや」
 半ば強引に、キュイスの意図を読みかねているゲオルグを連れて、団長の部屋へと入っていく。
 褒められた行いでないのは承知で部屋の前で耳をそばだてていると、やがて室内から格闘の物音と怒声が聞こえ、重いものの倒れる音がした。続いて勢いよく扉が開き、荒い呼吸のままゲオルグが飛び出してくる。
「ヴェ‥‥ヴェリタス。剣、の、稽古に付き合う約束だったな」
「あ、ああ」
 呼吸も服装も乱れているのは、多分見ないふりをすべきなのだろう。どこまでされてしまったのかなどと、品のない質問も控えるべきだ。それでもどちらとも知らぬ仲ではない手前、これだけは聞いておかねば。
「キュイス先輩は?」
「中でのびてやがるから、今のうちに」
 キュイスは保存食をまったく持たずにプロヴァンまでやってきた。つまり食事が不規則だったため、体調が万全ではなかった。それはゲオルグにとっては幸運、キュイスにとっては不運であった。
 キュイスの顔の青痣は、手当てを受けても数日間消えなかったそうだ。彼の入団の目論見は、当然ながら失敗に終わった。

 一方そのころ。
「行くぞ、マリー! やるからには、『鷲の翼』の星を目指せ!」
「はい、教官!」
 彼の人に危機が迫っていたことも、自力でそれを脱したことも知らず、二人は夕日に向かって走り出しそうな勢いであった。

●正体?
「どうしても駄目ですか?」
「駄目だ」
「ボリスさんがお口添えくだされば、マリーさんもきっとお喜びになると思うです。えと、えと、それにそう、上流階級の娘さんですから、きっとそういうお家の事情にお詳しいですよ!」
 ボリスは足を止めて、後をついてきていたラテリカの顔を見下ろした。
「‥‥それが本当なら」
「はい?」
「彼女ならわかると思うか? 団長の‥‥」
「団長さんの?」
 正体が‥‥と洩らされた、ほとんど独白に近い言葉に、ラテリカはますます首を傾げた。なんのことでしょ?
「いや‥‥なんでもない。そういうことなら、口添えは考えておく」
「あ、そですか? ありがとうございますっ。前向きにご検討くださいね。入団試験まで日がないですので」
 ぴょこんと頭を下げると、会計役は固い表情のでああ、と頷いた。
 仕事があるからと宿を出て行った彼の後姿を見送り、マリーさんは喜んでくれるでしょうかとラテリカは考える。団長さんのお傍にいるためにあんなに一生懸命なのですから、ラテリカも応援してあげたいです‥‥だが何故か、先ほどのボリスのひとことがふと思い出された。
 団長さんの、正体?

●入団試験
 話にならん、とゲオルグは言った。
「素人よりはマシだが、それだけだな。美容体操じゃねえんだ、実戦じゃ通用しねえぞ。一合も打ち合えないでどうする」
 打って来いというゲオルグに、マリーは言われた通りに木剣で打ちかかった。だがゲオルグは遠慮なくそれを易々と受け止め、そして押し返し、少女は無様に転倒した。思い人にふてぶてしく見下ろされ、下を向く。泣きそうな顔だった。
「まあ‥‥数日で、本職にかなうほどの腕前にはできないと思っていたが」
 しかしあそこまで手加減抜きで相手をするとはと、アレクシアスが呆れる。同じく観戦していた柳雅も同意見らしく、手を貸して起き上がらせてやりたいのをこらえているようだ。
「あれではまるで、最初から落とすつもりだったようではないか‥‥」
 いや、多分そのつもりだったのだ。現に同じく入団試験を受けたクロウやアリオスには、あそこまでしなかった。腕前は申し分ないが、今まであまり顔を合わせていないのでもう少し考えさせてくれと、丁寧に説明したものだ。それに比べて、あの扱いはどうだ。やはり腹に据えかねたらしいクロウが、ゲオルグに食って掛かった。
「ちょっと汚かねえか、おっさん」
「こうでもしなきゃこのお嬢さんが納得せんだろうが。俺は団長で、団に責任がある。足を引っ張る奴を置いてはおけない」
「大人げないんじゃないの、ゲオルグ。ちょっとは努力の跡ってものを」
 マリが言いかけると、
「いいと思いますがね」
 突然割り込んできた声に、誰もが驚いてそちらを向いた。ボリスが挑戦的な目でゲオルグを見ていた。
「今いる連中のほとんどが、入団のときは剣なんてろくに使えなかった。今回はそれが女だってだけでしょう。頭は悪くなさそうだから、しばらくは俺の仕事の手伝いってことでもいいし」
 おまえらもそう思うだろう? と水を向けられて、他の団員たちは顔を見合わせた。それでも団長の顔を窺いながら、おずおずと会計役の意見に賛同の意を示す。団員は皆なんだかんだ言って女性には甘いし、ラテリカやクロウが何くれとなくマリーを団内を連れ回していることもあって、彼女に同情的な者がほとんどだったのだ。
 ゲオルグは今孤立していた。
「お嬢様の生活を捨ててまで入りたいっていうんだもの。本気の覚悟だけは認めてあげて。見習いってことで、手を打たない?」
「‥‥勝手にしろ」
 マリに言い捨てて背を向けると、途端にその場がわっと沸いた。
 ラテリカが感激してマリーに抱きつき、アレクシアスが彼女の努力を労った。マリーが首をめぐらすと、ゲオルグは部屋に戻ろうと宿の階段を上がっている。追おうか迷っている彼女の肩を、クロウが叩いた。
「よ。やったな」
「あ‥‥ありがとう」
「言っとくけど、こっからが大変なんだぜ。これからは今までと全然違う生き方が待ってる。覚悟しとけよ、いろんな意味で」
 傷つける覚悟も、傷つけられる覚悟も‥‥生きることにさえ覚悟の必要な世界に、彼女はとうとう足を踏み入れたのだ。

 団長として割り当てられた部屋に戻る。先日のキュイスとの格闘戦で、ますます散らかった部屋は空虚に見えた。ゲオルグはやれやれと首を振って、懐に手をやる。そこにはクロウが友人から預かり、手渡された手紙があった。
「あの方の知り合いとは‥‥ますますやりにくい」
 呟きには苦いものが混じっている。