女の敵をこらしめろ!

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月18日〜09月23日

リプレイ公開日:2005年09月26日

●オープニング

「最近、恋人ができたんですって?」
「そうなの」
 尋ねたとたん、年下の少女は幸せいっぱいという様子で顔を輝かせた。
「とっても素敵な人なのよ。アルバートというの。今度紹介するわね」
 遠慮するわとはさすがに言えず、曖昧に微笑む。
 こちらは多忙な冒険者ギルドの受付嬢として、特に出会いもない日々を送る身である。友人とはいえ、出来上がって間もない男女に目の前でいちゃつかれて、笑っておめでとうを言うにはちょっとした努力が要りそうだ。
 ‥‥親しい男性はいないこともないが、彼との関係は、男友達の範疇を大して出ていない。それに造作こそ悪くないが、『素敵』という形容詞からあれほど遠い男も珍しかった。
「‥‥それにしても、すっかり秋らしくなったわね? あなたのことだから、また秋ものの服をどっさり買い込んだんでしょう」
 いささか強引に話題を切り替えたのは、彼女の今日の服に見覚えがあったからだ。換え襟やスカーフを使ってうまく印象を変えてはいるが、比較的最近、この年下の友人がこれを着た姿を見たような気がした。
 友人は自他ともに認める衣装持ちで、いつもお洒落には人一倍気を使っている。大概の女性は、相手が何を着ているかということには敏感なものだ。袖を通して間もないよそ行きで女友達に会うというのは、彼女らしくもない‥‥自覚があったのだろう、友人は卓の向こうで少し顔を赤らめた。
「今年はなにも買っていないわ。私、今までの自分が贅沢すぎたことにやっと気づいたの。だから手持ちの衣装もほとんど処分して、お金に換えたわ」
「ええ!? だってあなた、別にお金になんて困ってないじゃない。お家の商売だって、相変わらず順調だって聞くし」
 嫌な予感がした。とてつもなく嫌な予感が。
 ひたむきな視線を向けて、少女はその予感を裏付ける科白を吐く。
「アルバートのお友達がね、借金を残して失踪してしまったんですって。お金を借りるときにアルバートも立ち会ったので、それで借金取りが毎日のように来るらしいの」
 顔から血の気が引くのがわかった。
「とても働いて返せるような額じゃないんだけど、向こうはそれなら稼げる仕事をいくらでも紹介してやるって‥‥きっと危険な仕事に決まっているわ。アルバートがそんな目に遭うのは耐えられない。だから私、少しでも彼の役に立ってあげたいの」

「当然彼女の親御さんに相談したわよ、本人には内緒で! あっちも寝耳に水だったみたいで、すぐに人を使って調べてくれたわ。どうだったと思う?」
「アルバートには借金などなかった」
 書面から視線さえ上げずに答えた記録係を横目で睨み、受付嬢は憤然と机に拳を振り下ろした。みしりと板が軋む。
「裏通りの酒場でお酒なんか飲んでたんですってよ‥‥! 彼女が大好きな服を売って渡したお金でね! 莫大な借金があるわりには呑気じゃないのよっ、ああもうできることならそのアルバートって男を今すぐとっ捕まえて、平手のひとつもくれてやって、顔をぎたぎたに引っかいて、番所に引きずってってやりたいっ」
「その名前もおそらく偽名だろうな。詐欺の手口としては比較的陳腐だが、使い古されるのはその手に引っかかる者が多いからだ。大方ある程度まとまった額をしぼり取った後は、何か適当な理由をつけて彼女の前から消えるだろう」
 人を射殺せそうな勢いで受付嬢が自分を睨んでいるのに気づいて、記録係はようやく顔を上げた。
「どうした」
「よくそんなに冷静でいられるわね!?」
「どちらとも面識がないからな。お前の友人ももう子供じゃない。騙されるほうが悪いとはいわないが、付け入られる隙を見せたことは事実だろう。明日のパンにも困る者の目の前で財布を見せびらかせば、盗まれてもある程度は自業自得だ」
「だけど‥‥!」
 そんな理屈で片付けられるならば、こんなに怒り狂ったりなどしない。
 友人が世間知らずなのは事実だ。どうしてこんなありきたりな手口に気づかないのかという、歯がゆい思いもなくはない。だが恋人を信じきって幸福に笑う彼女を見ながら、男が内心嘲笑していたのかと思うと、やはりその卑劣さに腹が立つ。
「‥‥ところでその彼女の親というのは」
 じっと受付嬢を見ながら、記録係は言った。
「裕福らしいな。話から推測するに、娘を溺愛しているようだ。きっと今回の件にも胸を痛めておいでだろう」
「え? ええ、まあ、そうね」
 急すぎる話題転換についていけずに、首を傾げながら受付嬢が頷く。
「相手の男に腹を立ててもいるだろうな」
「そりゃそうよ」
「冒険者を雇って、男に少々痛い目を見てもらおうという提案には、喜んで乗るに違いない」
 受付嬢は顔を上げた。記録係はずっと何かを書き付けていた書面を、彼女の目の前に差し出した。
 依頼書は、あとは依頼人が署名するだけという形に整えられていた。
「すぐ呼んでくるわ!」
 素敵! と受付嬢は感激して叫び、その感激の勢いのあまりに記録係の頬にキスをして、冒険者ギルドを飛び出した。
 十分ほど後、ギルド員が休憩所がわりにしている部屋で、無表情のまま固まっている記録係が発見され同僚たちが首を傾げたというが、それはまた別の話だ。

●今回の参加者

 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea1822 メリル・マーナ(30歳・♀・レンジャー・パラ・ビザンチン帝国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4324 ドロテー・ペロー(44歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea5225 レイ・ファラン(35歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9471 アール・ドイル(38歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 依頼の内容をひととおり説明されて、ギルドの一室で怒り狂った者がいる。
「おのれ、おなごの敵めえええ!」
 未だ憤慨冷めやらぬ調子で、メリル・マーナ(ea1822)が拳を振り回す。
 実のところ彼女の隣ではレイ・ファラン(ea5225)が『ありがちな手口だな』と考えていたのだが、この場でそんなことを述べれば要らぬとばっちりを食うのは明白なので、しっかり口を閉じていた。
「まあ、うちは正直、惚れたはれたとかってよう分からんのやけど」
 小さな原木を銀の短刀で器用に削りながら、うーん‥‥と思案するミケイト・ニシーネ(ea0508)。
「人から巻き上げた金で無駄遣い、ゆう性根が好かんわなあ。贅沢は敵やで」
 こちらはいかにも締まり屋の彼女らしい意見である。
 世間知らずの令嬢に近づいて骨抜きにし、その上で多額の金品を騙し取るのだから、食うにも困る貧乏人がつい出来心でかっぱらいを働くのとは訳が違う。情状酌量の余地はどこにもない。現にクレリックのセフィナ・プランティエ(ea8539)の意見は、
「無垢な子羊に近づき、あまつさえその気持ちを利用するなど、許しがたい行為ですわ!」
 弱者を守りいたわれと説く白の教義に照らし合わせても、男の犯行は卑劣きわまりないものだ。ぐっと十字架を握りしめて柳眉を逆立てつつ、断固とした声で譲らない。
「しっかりみっちりじっくり、心ゆくまでお仕置して、その方の更正のお手伝いをいたしましょう!」
「女の子を騙そうなんて、許せないものね。思い知らせてやりましょ」
 頷いたラファエル・クアルト(ea8898)はこんな言葉遣いでも男性だが、基本的には女性の味方であるらしい。腕まくりまでしているラファエルに、ドロテー・ペロー(ea4324)がそうねと同調する。
「ここはひとつ、女を敵に回したらどんな目に遭うか、身をもってわかってもらわなくちゃね?」
「というと、腕ずくか?」
 それなら俺の得意分野だが‥‥と尋ねたアール・ドイル(ea9471)の顔を、ドロテーはさも心外そうに眺めた。
「この人数で袋叩きにするんじゃ、こっちが悪者みたいじゃない。別に腕っ節が強いわけでもなさそうだし‥‥それに依頼内容は、騙された女の子のために仕返しをすることだもの。ただ痛めつけるぐらいじゃ手ぬるいわ」
「心の傷は、時に体の傷よりも長く残ると言いますしね」
 こともなげに言い放ったドロテーに、シェアト・レフロージュ(ea3869)もそう言いながら頷いた。
「受付の方もおっしゃってたことですし、一度、騙される気持ちを味わっていただきましょう?」
 シェアトはにっこりと心から微笑したが、その笑顔とは裏腹に言っている内容は怖い。
 この程度で縮み上がるほどレイもアールもやわではないが、やる気を充実させている女性陣にわからないよう、視線を見交わし肩をすくめた。もうひとりの男性であるラファエルは意外にもというか案の定というか、結構馴染んでいる。
「ほな、具体的にどうやって引っ掛ければええやろ」
「おなごを餌にすれば騙しやすいと思うがのう」
「それでお金の匂いをちらつかせれば完璧ね」
「幸い被害者の親御さんが依頼主ですから、便宜を図ってくださるかもしれませんわ」
「いずれにしろ女を弄ぼうなんて考えたこと、嫌というほど後悔させてやるわ!」
 女性を怒らせると厄介だということだけは、男ふたりはこの場で充分に学習したようである。

●餌
 その日、昼でも薄暗い裏通りの酒場に、明らかに場違いな人影が現れた。
 夕刻が近いことを知らせる、教会の鐘の音が響く頃である。貧しい者の多いこのあたりの地区では、日が沈めばほとんどの家が眠りにつく。明かりをつける油や蝋燭さえ買えないからだ。数少ない例外は安酒を飲ませる薄汚れた酒場で、日銭をすべて酒に注ぎ込むような飲んだくれの出入りするこの店は、毎夜遅くまで明かりの絶えることがない。
 その人影が酒場前でまごついているのを見て、アルバート(と名乗っている男)は内心で口笛を吹いた。
 鮮やかな赤毛がまず目を引く。整った白皙やほっそりした体つきはまだ少女のものだ。身につけた服や装飾品は清楚な趣味だが、目利きならば高価なものなのはすぐわかるだろう。そしてアルバートは、女に関してはいっぱしの目利きのつもりだった。
 あれはなかなか上等だ。
「いかがいたしました? お嬢さん」
 アルバートは商売柄、普段から身なりには気を配っている。周囲の雰囲気に尻込みしていた少女は、声をかけるとほっとしたように彼の方を向いた。
「道に迷ってしまいましたの。お母様ともはぐれてしまって」
「それはいけない。この辺りは暗くなると物騒ですよ。よろしければ、私に騎士の役割を負わせてはいただけませんか?」
 母親とはぐれたという場所まで連れて行く頃には、街中は薄暗くなりかけていた。高価な宝飾品や小物を商う店の多い場所で、やや年嵩の女性が、少女を見つけて走り寄ってくる。こちらも赤毛であるところをみると、彼女が母親なのだろうか。
「お話では、娘が大変お世話になりましたそうで‥‥」
「いえ、当然のことをしたまでです」
 社交辞令を口にするのは、十中八九相手がこう返すのがわかっているからだ。
「でもわたくし、この方が親切にしてくださらなかったら、どうなっていたかわかりませんわ、お」
 お母様、というところで、なぜか娘がむせたように咳き込んだ。母親のほうはそれには構わず微笑む。
「まあ、ご親切なだけでなく、お志も高くていらっしゃるのね。ますますお礼をしないわけにはいきません」
 今日はもう遅いですから、日を改めてお礼をさせていただいてもよろしいかしら? 母親の言葉に少しだけ悩むポーズを見せて、アルバートは頷いた。今日はついてる。
「ではよろしければお名前を」
 魅惑のまなざしで見つめると、ふたりの女性は素早く視線を交し合った。それは『要注意ですわね』『騙されちゃだめよ』という合図だったのだが、男が気づく前にとびきりの笑顔を返してみせる。
「セフィナと申します」
「私はドロテー。美術商を営んでる‥‥おりますのよ」
 普段使い慣れないお上品な言葉遣いに、今度はドロテーがむせそうになった。何はともあれ、陰謀の始まりである。

「どうしたのじゃ?」
 シェアトがひとり苦笑いしているのに気づいて、メリルが声をかける。
 確かシェアトはテレパシーの魔法で、問題の男と接触したセフィナと念話でつながっているはずだ。男と接触する時機を計るためと、接触した後万が一の事態を察知するためである。彼女の魔法の腕前ならば、念話はそれなりに長い時間保つ。何か、まずいことでもあったのか?
「いえ、セフィナさんもドロテーさんも、今のところうまくやっているようです」
 日を改めて会う約束を取り付けて別れたそうだ。そしてその折、
「別れ際に手にキスをされたって‥‥」
「うわ」
 メリルが渋面を作り、ミケが軽く目を瞠る。レイはじっと黙ったままいまひとつ感想が読めない。
「気障なやっちゃなあ。女慣れしてそうな感じや」
「まあ普通なら、見場のよい男にそうされれば、おなごとして悪い気はせぬじゃろうが」
 ただし今回の場合は、顔はよくてもその下の性根が腐っていると承知済だ。念話の向こうで大騒ぎしていたセフィナを思い出し、シェアトは無言でもう一度苦笑する。
「お待たせー‥‥どうしたの?」
 裏通りの酒場から戻ってきたラファエルが、女性陣の微妙な表情に首をかしげた。
「いや、なんでもない。そちらはどうじゃった?」
「そうねえ。酒場のご主人もはっきりとは言わなかったけど、奴が詐欺師なのは承知してたみたい」
 ラファエルが溜息をつく。裏通りでは、損得の絡まない限りは他人事に口を出さないのが流儀なのだろう。もっとも彼が銀貨の一枚もちらつかせたら、主人は急に舌の滑りがよくなったのだが。
「過去にも似たような手口を使ってるみたいね。常習犯なんでしょ。私もちらっと見たけど、あんなヘナヘナしたののどこがいいのか全然わかんない。ドレスタットで見たタコとかクラゲだってもう少ししゃんとしてたわ」
 シェアトが噴き出した。にっこり笑って、青年がミケの手元を覗き込む。
「どう、そっちは」
「高級品ぽく見せなあかんさかい、意匠がなかなか決まらんかったんやけどな。ドロテーはんやメリルはんと話して、鷹の意匠ってことで決めたわ。徹夜してでも、決行までに仕上げんとな」
 ミケが膝の上に広げた布には、削り出した木屑がたくさん積もっている。
「場所のほうは?」
「依頼主に頼んでみたところ、小さい会場ならば話を通せるそうだ」
 ずっと黙っていたレイが、ぼそりと低い声で告げる。
「場所を教えてもらって、ついでに紹介状を書いてもらった。今日はもう閉まっているだろうから、明日一番で話しに行く」
「計画は順調じゃ。いけ好かん気障男に吠え面をかかせてくれるわ」
「そうですね。腐ったプディングにでも顔を埋めてもらいましょう」
 いっそ袋叩きに遭ったほうが、問題の男にとってはマシだったかもとは、思っても言わない男性陣。

●詐欺師詐欺に遭う
「競売?」
 そうです、とドロテーは頷いた。
「ある美術品を競売に出すことになったのですけど、まだ価値がお分かりになる方が少なくて」
「わたくしも拝見しましたけれど、とても素晴らしい作品なんですのよ。不当な値段で取引されるのは、作品自身にとっても不幸なことですわ」
「お優しい方だ」
 アルバートがさりげなく右手をとろうすると、それよりも一瞬早くセフィナは手を引いた。仕事だし多少の不愉快な思いは我慢するつもりだが、それも度を越したら、セーラ様に顔向けできない行為に出てしまいそうだ。
「競売というのは水物です。作品自体の価値はもちろんですが、場の雰囲気や競りの勢いでも、落札価格は大きく変化します。これは是非、あなたのような信頼できる紳士にお願いしたい仕事なのです」
 もちろん、お礼はお支払いいたしますわ‥‥ドロテーの言葉に、アルバートは勿論ですと頷いた。いつもの『仕事』とは毛色が違うが、儲け話はいつでも大歓迎だ。それに今後令嬢に近づくためにも、母親の信頼を得ておくのは悪くない。
「承知いたしました。美しいご婦人のお力になれるならば」
 彼はまだ気づいていない。
 常ならば女性の矜持を刺激するはずの科白が、目の前のご婦人がたの神経を実は逆撫でしていることに。

「百!」
「百十」
「百十五!」
「百十五が出ました! さあ、いらっしゃいませんか、百十五です」
「百二十!」
 さっそく始まった競りの声をあとにして、レイはそそくさと壇上から下がる。司会役は巧みな話術で場を盛り上げながら、値段を吊り上げようと躍起になっていた。
 ――本物の競売場である。
「偽の会場でも良かったんだがな」
 レイが呟くと、それを聞きつけたアールがちらりと目を向けた。
「ま、よかったじゃないか。偽の会場じゃ、客を集めてそれらしくすんのに苦労しただろうし」
 筋書きはこうである。ミケの作った木工細工のブローチを、高級な美術品だと偽って競売に出品する。これは依頼主からの紹介状で、会場側も了承済みだ。そしてドロテーは、この品の落札価格をできるだけ吊り上げてほしいとアルバートに依頼する。
「いくら遠目でも、そんな値段のするもんじゃないって気づきそうなもんだが」
「俺らはミケが作ってる現場を見てるから、そう言えるのさ。最初は小汚い木片だったもんな、あれ。大仰な箱に入れて司会者が貴重な品だって言えば、素人が騙されたって仕方ないさ」
 幸い、この競売場に出入りする一般客は庶民か、さもなくば目利きが多いのだろう。いまアルバートと競っているのは、率先してサクラ役を引き受けたメリルとラファエルだけだ。ミケが徹夜で仕上げたブローチはたった今金貨三十枚を越えた。
 それにしても、とアールは肩をすくめる。
「裏路地で腕の一、二本も折ってやりゃ、それで済むと思うんだがなあ」
「被害者の親としては、それじゃ気が済まないんだろう。物理的に痛い目に遭わせても、傷が癒えればまた同じことを繰り返すかもしれないからな」
 かつん! と槌音が響いて、落札を知らせた。
 見れば客席の最前列で、アルバートは競りのために手を挙げた格好のまままま動かない。欲をかいて値段を吊り上げに吊り上げ、吊り上げすぎて自分がブローチを落札してしまったことに、まだぽかんと口を開けている。
「困りましたわね。まさか貴方が落札なさるなんて」
 ドロテーはそっと、アルバートの顔に手を添えた。優しく、まるでなぶるように優しく残酷な手つきで、整った面を撫でる。
「ご自分でこんな無茶な値段をつけたんですもの。当然、支払っていただけますわよね?」

「あーあ、暑苦しかった」
 耳を隠すため頭に巻いていた布を外しながら、ラファエルは溜息。
「ま、女の敵を一人こらしめられたんだからよかったけど」
 あの後冒険者たちに囲まれ、払えないような高値をなぜ競ったと散々責め立てられたアルバートは、しまいには用心棒を名乗るアールに凄みをきかされて震え上がり半泣きになってしまった。
 気が済むまで(主に女性陣が)いびり倒したあと、金が払えないのなら出るところに出ようと番所まで引きずっていき、無事に役人に引き渡した。もちろん役人には、余罪がありそうだから調べは厳しくとこっそりお願いしてある。
「でも騙されたお嬢さんは、ちょっと可哀相よねえ」
 彼女は今でも、アルバートのことを無邪気に信じているのだ。ラファエルの言葉に、シェアトは複雑そうな表情を浮かべた。
「彼からということにして、手紙を書くつもりです」
 当分、いやおそらくこの先ずっとアルバートは彼女と顔を合わせられないだろうから、別れの手紙ということになる。
「本当のことを教えるのも残酷な気がするし、それしかないのかしらね」
「きっと、今度は素敵な恋に出会えますよ。そうすれば」
 そうすれば?
 シェアトはじっとラファエルを見た。ラファエルも刹那、彼女を見返した。互いの目元が、ふっと同時に和らいだ。
「そうよね。先のことなんて誰にもわからないけど」
 でも信じるぐらいなら、許されるはずだ。
 仲間たちはすでに身支度を終えている。ミケは徹夜の余韻からかまだ眠そうだ。ことの顛末を依頼主に告げ、その後にギルドに戻ればきっと、報告を今か今かと心待ちにしている受付嬢がいるだろう。