橋の上の盗賊たち

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 36 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月28日〜10月03日

リプレイ公開日:2005年10月06日

●オープニング

 すべての血管が心臓に集まるように、パリへもまた多くの街道が通じている。そのうちのひとつをたどると、やがて古い大きな橋へとたどりつくだろう。
 どのぐらい古いかといえば、その橋がいつ、どうやってできたのか誰も知らない。基部こそ石造りだが、その上を渡してある橋桁や橋板は木製、わりとどこにでもあるつくりの橋だ。くわえて言うなら古いので、昔から補強に補強を重ねられ、今ではなんとか川の流れに耐えているといった風情。
 もっともこの橋がなければ、パリからの行き来にはかなり迂回しなければならない。だから毎年、刈り入れを終えた秋から冬前にかけて、近隣の村々で協力して補修をすることになっているのだが。
「最近、盗賊が陣取るようになりまして」
 困り果てた様子で、依頼人の男は言った。
「どうも二手に別れ、両岸で待ち構えておるようでしてなあ」
 旅人が通ると、橋の上で前後から挟み撃ちにしてしまうらしい。
 商隊などには護衛がついていることもあるし、昨今は旅人といっても多少腕に覚えのある者も少なくはない。だが前方と後方から同時に攻めてこられれば、どうしても不利といわざるをえない。
 そのうえ川は幅はさほどでもないが、見た目より結構深いので、逃げることすらできないのだ。大人しく金目のものを置いて、命だけでも助けてもらうしかないのである。
「ずいぶん頭のいい‥‥いえ、狡猾な連中のようですね」
「幸いうちの村はパリ側の岸辺にあるので、こうしてギルドまで頼みにやってこられましたが、向こう岸の村の者は相当に困っておるようです。なにしろあの橋を通らねば、歩いて一日半は遠回りせねばなりませんので」
 そんな村人たちの嘆きから、橋を塞いでいる盗賊の退治の依頼が、今日も冒険者ギルドに貼り出された。

●今回の参加者

 ea2850 イェレミーアス・アーヴァイン(37歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea3803 レオン・ユーリー(33歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 eb2581 アリエラ・ブライト(34歳・♀・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb2762 クロード・レイ(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb2823 シルフィリア・カノス(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb3062 ティワズ・ヴェルベイア(27歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3305 レオン・ウォレス(37歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb3360 アルヴィーゼ・ヴァザーリ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文

 盗賊退治やオーク退治は、冒険者を名乗る者の大半が一度は通る道かもしれない。
 どちらも敵としてはさほど手強くはない。だからたとえ駆け出し冒険者でも対処できる。
 どちらも群れをなす習性がある。これもギルドで集まった面々で徒党を組んで事に当たれば、そう大きな問題ではない。
 だが両者が少々異なっているのは、盗賊はオークよりは多少利口である(こともある)ということだ。
「いるもんだよな‥‥そういう、変な方向に頭の回る奴が」
 澄み渡った空は高く、パリから伸びる街道はどこまでも続いているように見える。秋らしい冴えざえとした青空の下を歩きながら、イェレミーアス・アーヴァイン(ea2850)は、頭痛がするとでも言いたげにこめかみを押さえた。
 彼らの今回の依頼は、まさにその『駆け出しでも事に当たれる』盗賊退治。だが少々勝手が違うのは、その盗賊たちが小さな橋で旅人や商隊を前後から挟み撃ちにし、退路を断った上で金品を奪うということだ。
「退治そのものは、そんなに難しくないと思うけど‥‥毎年補修しているという話だから、多分古い橋なんだろうな。敵も合わせると結構な人数になりそうだし、何も考えずに突っ込んだりしたら橋が落ちてしまうかもしれない」
「それは困りますね。そろそろ川で泳ぐには涼しいですから」
 レオン・ユーリー(ea3803)の言葉にシルフィリア・カノス(eb2823)がおっとりと頷き、もしかして冗談なのだろうか‥‥と誰もが一瞬黙り込んだ。にこにこと笑顔を崩さぬまま、アリエラ・ブライト(eb2581)は、そうですねえとわずかに首を傾ける。
「それにそうなったら、その橋を通る皆さんにもご迷惑ですしねぇ」
「だが手はある」
 茫洋とも見える無表情のまま、クロード・レイ(eb2762)が口を開く。
「おそらくその連中は、その手口が何度もうまく行って、味をしめているはずだ」
「ま、盗賊にしてはいい手なのは認めるけどね」
 軽く肩をそびやかして、アルヴィーゼ・ヴァザーリ(eb3360)が言った。
「連中はその策に慣れているだろうから、逆にそこをつくこともできるだろう」
「そのためには‥‥」
 前方にまばらに見えてきた家並を見つけたティワズ・ヴェルベイア(eb3062)が、くすりとかすかに笑ったのがわかる。
「まず、相応の準備をしなくてはね?」

 村に到着してまず、いくつか頼みごとをすることにした。
 当初、ペットである驢馬などをギルドに預かりを頼むつもりだった者もいるが、冒険者ギルドは基本的に冒険者の荷物預かりは行っていない。ましてそれが世話の必要な生き物ならば尚更だ。規則にうるさそうな係員に頑として首を振られて、
「最悪、どこかの木にでもつないでおくしかないか‥‥半日ぐらいなら大丈夫かもしれないし」
 こういうとき、パリで棲家を借りていると便利なのだが。
 幸いというべきか、村の人々は橋をふさぐ不届きな盗賊たちに迷惑していた。それを退治にきた冒険者たちの頼みとあらば、承諾するのにやぶさかではない。
 馬や驢馬たちは丁重に農耕馬をつないである厩へと連れて行かれ、服を貸してほしいという奇妙な頼みに、村の女たちが手持ちの服をありったけかき集めてきた。抱えきれないほどの服に、
「こんなには必要ないんですけどぉ‥‥」
 とアリエラが苦笑したぐらいだから、その量たるやちょっとしたものであった。
 そうこうしているうちに、彼らに先行していたレオン・ウォレス(eb3305)が、橋周辺の哨戒を終えてきたようだ。彼によれば、橋の周辺には常緑樹の木立がまばらに生えており、隠れられそうな場所には事欠かないという。
「野営の痕跡らしいものも見つけてきた。簡単には見つからないよう、ときどき隠れ場所を変えてるんだろう。少しは知恵の回る奴がいるようだな」
 口の端をにやりと吊り上げ皮肉めいた科白を吐いたウォレス(記録係註:本依頼にはレオンが二人いる為、以後彼らに限り姓で表記して区別することにする)は、次いで冒険者たちの腕に抱えられた山のような衣類にようやく気づいたようだ。訝しげなウォレスには構わず、ティワズとアルヴィーゼが熱心に服を吟味している。
 ‥‥そして十五分後、着替えのために借りた物置小屋から出てきた面々を見て、イェレミーアスが渋面を作った。
「なんでまた女装なんだ‥‥」
「それはもちろん、相手が女のほうが向こうが油断するからさ」
 いくらか寸詰まりのスカートをはいたティワズが、平然とした様子で言い放つ。アルヴィーゼのほうはローブ姿なのは変わらないが、服にスカーフなどを飾って髪を結っていた。ふたりとも男性にしてはほっそりしているし顔立ちも中性的なので、声さえ出さなければ女性でも通りそうだ。それにしては少々背が大きいが。
 作戦はこうだ。まず二手に別れ、アリエラ、それに女装したティワズとアルヴィーゼが、通行人を装って橋を通ろうとする。盗賊たちは当然彼らを格好の獲物と見て、橋の上で足止めしようとするだろう。
 三人はおとなしく金品を渡し、向こう岸に渡してもらう。そこで後発が急いで追いつく。そうすれば先行のアリエラたちとあわせて、盗賊たちを逆に挟み撃ちにできるわけだ。
「問題は向こうの出方だが」
 ユーリーの危惧どおり、彼らがあくまで橋の上にとどまって粘るか、あるいはどちらかの岸の者たちを倒そうと動くか‥‥こればかりはその場になってみないとわからないだろう。
「いずれにしろ、俺達が追いつくまで時間を稼いでもらわねばならん。向こうは大方通行料とでも称して金を要求してくるだろうから、念のため俺からも少し渡しておく」
「ああ、助かります〜。向こうがいくら出せと言ってくるか、わからないですものね」
 クロードにいくばくかの金額を手渡され、アリエラが明らかにほっとした表情になる。財布にしまいこんでいると、どこかに行っていたらしいシルフィリアが戻ってきた。胸に小さな袋を抱えている。
「なんだ? それは」
「いざというときのための目つぶしです。私、癒しの術以外はいささか不得手ですので」
 ともあれ大体の準備は整ったようだ。となればいよいよ、盗賊退治に出発である。
 あるのだが。
「ティワズ、剣はどこに隠せばいいと思う? ローブの中かな、それとも」
「裾をまくるな」
 ぱっと見女性とも見えるいでたちのアルヴィーゼが、ここなら隠せるかなあと平然とした顔でローブの裾をまくるのは、ある意味視覚的な暴力としか思えない。むっつりした顔のままクロードが言うと、やれやれというようにアルヴィーゼが首を振る。

●橋の上の盗賊たち
 見るからに古びた橋の上を歩く三人の前に、見るからに悪そうな連中が立ちふさがるのが見える。
「あれだな」
「どれだ?」
 クロードの呟きにイェレミーアスが眉根を寄せて目を細めるが、あいにく彼はクロードほど目がよくない。橋の周辺に人が固まっているのはかろうじて見えるものの、どれが誰なのかはほとんどわからなかった。
「頃合だな。そろそろ動こう」
 ユーリーも視力に関しては似たようなものだが、こんなときにクロードが無意味な冗談や嘘をついたりしないのはわかっている。敵を挟撃するためには、アリエラたちが時間を稼いでいる間に、弓の届く距離まで近づく必要があった。
 ――川のほとり、橋から離れた林に、彼らは潜んでいる。
 クロードたちの右手の方向で、川はさやさやと涼しげな水音をさせている。確かに意外と深そうだ。泳ぎの心得もなく落ちようものなら、おそらくかなり下流のほうまで流されてしまうだろう。下手をすれば溺れかねない。
 立ち上がり膝の草を払いつつクロードが見ると、アリエラが弓を取り上げられそうになって踏ん張っているところだった。泣き真似でもしているらしいが、盗賊はあまり取り合う気はなさそうだ。少女が代わりに何か差し出すと、盗賊のひとりがようやく弓から手を離す。子供めいた外見のおかげで、お目こぼしされたようだ。
 怯えたようにおろおろしているシルフィリアの荷物は小さな袋のみなので、金を巻き上げて袋の中身を検めてしまえば、取り上げるべきものも特にない‥‥もっとも何人かが、彼女の立派な胸にいやらしげな視線を注いでいて、本人はそれに気づいているのかいないのか。
「あ」
「あ?」
 アルヴィーゼが軽く尻を叩かれたところを見ると、どうやらまだ男だとばれてはいないらしい‥‥でかい女だな、ぐらいには思われているだろうが。あくまで平静を装った彼らの辛抱強さは、この場合賛嘆すべきなのだろう、多分。
「おい、どうした」
「いや、何でもない」
 同族のよしみでアルヴィーゼの名誉を守ろうというわけでもないが、女装したふたりが尻を撫でられていることなど言っても仕方ないので、クロードはウォレスの問いに曖昧に言葉を濁しておいた。弓を携えたまま歩を進める。
「そろそろだ」
 目ぼしいものを渡したアリエラたちを、盗賊は疑わしげにじろじろと検分した末、行け、と犬を追い払うような手つきをした。突き飛ばされるようにして、三人が向こう岸へと渡る。すでにクロードも、ウォレスも弓の弦に矢をつがえている。
 ユーリーもイェレミーアスもそれぞれ、自分の得物をすらりと抜き放ちながら、さらに橋のほうへと近づいていく。
 仲間たちが橋を渡りきる。
「今だ」
 クロードの合図とともに、解き放たれた矢が空を裂く。

 盗賊のひとりの腕に矢が突き立ったのと同時に、橋を渡りきった先行組も動いていた。
 ぱっと振り返ったアルヴィーゼがローブの前を開いて、そこに隠していた剣を抜く。アリエラも弓を構え、素早く弦を引いて矢を放った。肩から矢を生やした盗賊が橋から落ちて、派手な水柱が上がる。
「てめえらっ」
 猛然とアリエラのほうへ向かおうとした盗賊に、シルフィリアの持っていた袋が投げつけられる。袋の口をゆるめたのか、中の小麦粉が、さながら煙のようにもうもうと視界をふさいだ。少しだけ吸い込んでしまったティワズが咳き込んで、詠唱を中断する。
「あ、すみませんっ」
「いや」
 剣を構えたアルヴィーゼが走る。
 盗賊の長剣と切り結んだのは、橋と岸のちょうど境目のあたりだ。思ったとおり、たいした腕ではない。真正面から戦えば与しやすい相手だ。流麗な剣筋がからかうように二合ほど打ち込みをはじくと、その後方からのティワズのウインドスラッシュが、盗賊を切り裂きながら跳ね飛ばした。
「ひ、退けッ! 退けえっ」
「そうはいかない」
 かけられた声はアルヴィーゼらがいる反対側からのものだ。
 イェレミーアスの剣がやすやすと盗賊のひとりをいなし、横薙ぎの斬撃がその胴体を浅く裂いた。フェイントを織り交ぜてある程度手加減はしているので、殺してはいないはずだ。イェレミーアスが剣を振るうと、刃についた血がぴしゃりと散る。
「挟み撃ちにされたらどうなるか‥‥お前らが一番よく知ってるよな?」

 挟撃の利点は陣形としての有利さもさることながら、心理的優位に立てるということも大きい。どれほど優秀な武人であっても、士気が下がれば実力を発揮するのは難しい。ましてやそれが多少猿知恵のきく盗賊たちにすぎないとあれば‥‥まあ、結果は推して知るべしだ。
 橋の両端を押さえたアルヴィーゼ、ユーリー、イェレミーアス。それだけでなく、両岸からはクロードやウォレス、アリエラの弓矢、ティワズの魔法の援護がある。どちらかといえばアルヴィーゼの側が突破するには手薄だが、近くにリカバーを使うシルフィリアがいるから、生半な攻撃では倒せない。
 彼らが降伏したのは、半数近くが橋に倒れ伏したころであった。
「はい、返してくださいねっ‥‥と」
 アリエラが盗賊たちの懐を検めて、先ほど差し出したお金を取り戻す。使った矢もできる限りは回収したが、いかんせん場所が場所なので、的を外した矢はけっこう川に流されてしまっていた。自ら貧乏を標榜するアリエラとしては悲しい。
「方法は賢いが、その策に溺れたのは愚かだな」
 ぼそりと落とされたクロードの言葉に、盗賊たちは答える言葉さえない。
 川に落ちた何人かは追いようがないが、幸い首領格は捕らえることができたようだ。このまま役人に引き渡して、ギルドに戻れば依頼完遂だろう。
 いや、その前に先ほどの村に立ち寄って服を返して着替え、それから驢馬や猫やその他の動物たちを迎えに行かなければ。