●リプレイ本文
目的の村が見えてきたのは夕刻だった。村の向こうに広がる葡萄畑が、茜色の夕陽でまだらに染まっている。目的地へと続く道を歩きながら、ユリゼ・ファルアート(ea3502)は感慨深げに呟いた。
「葡萄踏みかあ。懐かしいな」
なんでも彼女の故郷にも小さな葡萄畑があって、子供の頃によく手伝いに駆り出されたらしい。郷愁をそそられたのか、口元には懐かしげな笑みがある。驢馬の轡を引きながら、ロチュス・ファン・デルサリ(ea4609)もにっこりと笑った。
「わたくしはこれが初めてですわ」
「あ、そうなの?」
「ええ。秋の風物詩のように語られていますから、一度経験してみたかったんですの」
「あ、あたしもあたしもっ。ミュウも初めてだって言ってたよね?」
「うん☆」
元気よく会話に割り込んできたのはシャフルナーズ・ザグルール(ea7864)、水を向けられて大きくうなずいたのがミュウ・クィール(eb3050)。興味を惹かれてユリゼがあらためて確認してみると、知識としては知っていたけれど自分で体験するのは初めて、という面々がほとんどのようだ。
改めて、この依頼の手続きを行ったギルド員が見たら胸を撫で下ろしたことだろう。いや彼でなくとも、むくつけき男どもが踏みしだいたワインは飲みたくない。依頼人の老婆の言葉通り『言わなきゃわからない』だろうが、気分の問題というものだ。
今回葡萄踏みの依頼を引き受けた冒険者は八人、うち七人は女性。唯一の例外はアルフィン・フォルセネル(eb2968)だが、彼は男性というより男の子である。女ばかりのこの一団にまじっていても違和感がない。ないどころか、
「せっかくですからぁ、お揃いのお洋服とか着ると楽しいかもですね〜。アルフィンさんもどうですか〜?」
「わあ。なんだか楽しそうだねっ」
わりと馴染んでいたりする。エーディット・ブラウン(eb1460)の提案は確かに楽しそうだが、アルフィンは彼女たちとお揃いの服でいいのだろうか? 疑問は感じていないのか?
さておき村に到着すると、待ちかねていたらしい村の衆が、冒険者たちを一斉に取り囲んだ。
「冒険者っちゅうから、きょーあくな面の連中が来ると思っとったが、意外と普通じゃのう」
「なんか腰も足も細っこいのばっかりでねえか。本当に大丈夫かの」
「パリから来なすったかね。はー、さすがにこじゃれた服着とるなあ」
「よく見るとあんた、めんこい顔しとるのう。どうじゃねうちの孫の嫁に」
「ひ孫の嫁に」
右を見ても左を見ても周りはじじばばばかり。彼女たちは今、娯楽の少ない農村に放り込まれた珍獣、もしくは嫁候補。こほんと咳払いをして、サレナ・ヒュッケバイン(ea8357)が改めて背筋を正す。挨拶は礼節の第一歩、第一印象はとても重要だ。
「皆様、はじめまして。私はサレナ・ヒュッケバイン、騎士です」
「ははあ、騎士さまかね。初めて見たなあ」
「ありがたやありがたや」
「‥‥‥‥」
なんだか何を言っても珍しがられてしまいそうで、さしものサレナも口をつぐむ。
マナミィ・パークェスト(eb0594)はというと、花嫁ハンターの老人たちの追及を逃れようと頑張っていた。彼女はハーフエルフで、ふだんは長い髪で耳を隠している。葡萄踏みは結構激しい運動になりそうなので、髪型はどうしようかということでも頭がいっぱいのようだ。
唯一嫁にはなれないアルフィンはといえば、子供の特権というやつか、しわくちゃの老人に干しいちじくなどもらっている。子供というほどの歳でもないミュウもやっぱりおやつをもらえたようで、これだからパラというのは得な種族だ。
「でも、収穫の季節なのに、なんで若い人がいないわけ?」
シャフルナーズが尋ねると、老人たち、素早く視線を見交わす。
「おらんわけではないんじゃがのう」
「じゃ、その人たちは何してるの? こんなおじいちゃんおばあちゃんばっかりで葡萄踏みなんて大変じゃない」
「葡萄踏みをするのは構わんらしいのじゃが」
老婆のひとりが首を振った。後ろ手に隠し持っていたらしい裾の広いスカートを、冒険者達の目の前に広げる。
「これをはいて踏むのは断固としてごめんだと言い張ってのう」
先ほどから熱烈に嫁募集が行われていたことからもわかるとおり、この村の若い衆は男ばかりなのだった‥‥。
別に当人たちが嫌だというものを無理にはかせなくても‥‥と皆が思ったのだが、葡萄踏みはスカートでやるのが伝統じゃといわれると、いやはやなんとも言いようがない。
●ぶどう踏みの季節
翌朝、引き続き天候は晴れ。まだ日も昇りきらないうちに村の衆に叩き起こされた冒険者たちは、眠い目をこすりながら作業の準備に取り掛かりはじめた。
なんといっても人の口に入れるものを作るわけなので、何はなくとも清潔にしなくてはならない。アルフィンがピュアリファイで全員の体を清め、さらにユリゼがクリエイトウォーターで作った水に、ロチュスの用意した薬草を浸しておく。
「踏み始める前に、これで足を洗えば大丈夫ですわ。この薬草には消毒の効果がありますから」」
その間に準備するのは、ぶどう踏み用の衣装である。
「自前の服でやってもいいけど、気をつけないとあっという間に裾が染みだらけになっちゃうのよね‥‥」
ユリゼの危惧ももっともなもので、何か汚れてもかまわない服を貸してもらえないかと老人たちに頼むと、あの問題のスカートをまた引っ張り出してきた。もっともこちらはほぼ全員女性、スカートには特に抵抗がない。八人分の衣装を借り受けて、サレナが律儀に頭を下げる。
「ありがたくお借りいたします。‥‥申し訳ありませんが、揃いのスカーフか何かがありましたら、それも」
年季が入っているのか多少色が褪せてはいるが、かわいらしい仕立てには違いない。若草色の大きなスカーフと、村娘のようなスカートが八人分と聞いて、アルフィンが目を丸くした。八人ということは、もしかして、自分も?
「そうですよぉ〜、みんなお揃いって言ったじゃないですかぁ」
「‥‥えーと、でも、僕の寸法に合うスカートがないんじゃ?」
「子供用のがあったから、アルフィンさんもミュウさんも着られるわよ。多少裾が長いぐらいなら詰めてもらえばいいし」
エーディットとユリゼに両側から笑顔で言われて、逃げ場なし。まあお揃いというのが楽しそうなこともあって、結局スカートをはくことになった。
「‥‥シャフルナーズさん、これで平気?」
「大丈夫よ。あとはこうして‥‥」
マナミィは結局、髪を束ねることにしたようだ。念のためにシャフルナーズがサレナが借りてきたスカーフを頭に巻いてくれたので、ハーフエルフの特徴である耳はほとんど見えなくなる。
隠すのは心苦しいが、正体が明らかになって、楽しい作業を台無しにしてしまうのはもっと居心地が悪い‥‥こんな葛藤は、混血種の彼女が生きる上でいつもつきまとうものだ。せめて、嘘をつくのが当たり前のようにはなりたくないものだけれど。
表にいくつもの盥が運び出され、大量の葡萄の実がその中に注ぎ込まれるのを、ミュウは目をきらきらさせて眺めている。
「ワインって、こういうふうに作るんだねえ。なんだかうきうきしてきちゃった☆」
「ふふ、わたくしも多分、ミュウさんと同じ気持ちですわ。長年の夢がひとつ叶うのですもの」
そろそろ準備が整うようですから、わたくしたちは戻って足を洗いましょう‥‥ロチュスに促されて、ミュウは元気に頷いた。
裾をからげて、葡萄の実がしきつめられた盥の中に足を踏み入れる。
「遠慮なく踏んでいいのはわかっていますが、やはり少し緊張しますね」
「僕は足元がすーすーするよ‥‥」
落ちつかなげにサレナが足を動かし、スカート姿のアルフィンは別の意味でちょっともじもじする。まだ体つきにも面構えにもあまり男らしさの出ないお年頃ではあるが、
「とってもお似合いですよ〜」
というエーディットの言葉に、本人はちょっと複雑そうだ。
そのまましばらく、足元の葡萄を踏みしだく音だけが聞こえていた。最初は皆慣れないのでなかなか調子が出なかったが、そのうちだんだん足取りが大胆になってくる。何しろまだまだ葡萄は残っているのだから、ちまちまやっていたのでは間に合わない。
頃合を見て、シャフルナーズが口を開いた。
「黙々とやってるのもつまんないしさ。マナミィ、なんか歌ってくれない?」
「そうね。今日は、一日中葡萄踏みってことになりそうだし‥‥どうせなら楽しくやりましょうか」
「さんせーいっ☆ 楽しく踏んだほうが、葡萄さんもおいしくなるかもだし」
元気に手を挙げたミュウがあやうく転びそうになり、隣にいたロチュスが支えてやる。くすりと笑みを洩らして、マナミィは少し考えていたが、やがて歌い始めた。
喉から紡がれる単純で軽快な旋律にあわせて、シャフルナーズが軽快なステップを踏む。足元から勢いよく葡萄色の飛沫が上がって、彼女の褐色の脚を赤く染めた。いち早く曲のフレーズを覚えたらしいミュウが、見よう見まねでシャフルナーズのステップを真似ながら唱和する。
「楽しそうですね」
サレナにも踊りの心得はあるが、こういった元気なものはあまり経験がない。アルフィンに至ってはまったくの素人なので、歌にあわせて控えめに体を揺らしているだけだったのだが、ユリゼが冗談っぽく彼らに声をかけた。
「ね、知ってる? 葡萄踏みのときにそうやって突っ立ってるとね、脚が葡萄の色に染まったまま落ちなくなるんですって」
「あらあら。それは大変」
ちっとも休んではいられないのね。言いながらロチュスが、楽しげに足を動かし始める。それにならって、アルフィンも。なるほどやってみれば確かに重労働で、盥の中をまんべんなく踏みしだいているうちに皆の額に汗が浮かんでくる。しっかり足元を踏みしめながら踊るようなものだった。
「ステップなんて気にしなくていいって。体が感じるままに動けばいいんだよ」
優れた舞い手らしい物言いだが、確かにシャフルナーゼの言う通りかもしれない。スカートを腿近くまで持ち上げて、サレナも思い切ってリズムに乗り、元気に体を動かし始めた。果汁のたてる水音と、ミュウやユリゼのはしゃぐ声が青空に響く。
「楽しくなってきましたねぇ〜。さしずめ全員揃って、マスカットダンサーズです〜」
にこにこと笑顔のままで、エーディットもステップを踏む。興が乗ってきたのか大きく息を吸い込んで、
「ついでにエーディット・ブラウン、歌います〜」
旋律に突然割り込んできた調子っぱずれの音程に、全員が足を滑らせそうになったのが、ぶどう踏み最大の危機だったという。