お嬢様を取り戻せ!

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 64 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月17日〜10月23日

リプレイ公開日:2005年10月25日

●オープニング

「まあ。伯父様がいらっしゃるの?」
 手元に届けられた手紙を開いて、志野お嬢様は目を見開きました。
 ジャパンは京都の呉服屋『橘屋』といえば、京都の服道楽の間では知られているちょっとした大店。その一人娘であられる志野お嬢様は、他のご家族が男ばかりということもあり、それこそ生まれた頃から蝶よ花よと育てられた方なのでございます。
 その溺愛ぶりときたら、手慰みに花を活ければ家族総出で褒め称え、ちょっと咳き込めば駕籠を仕立てて医者まで連れていかれるありさま。その甲斐あってか御歳とって十六歳、性根はやさしく面は愛らしく、今ではどこに出しても恥じることなき生粋の箱入り娘。‥‥でした。
「有志さまでございますか」
「こちらの国との商いの取引の御用で、お父様の名代としておいでになるのだそうよ。‥‥もっともわたくしの見立てでは、それはただの口実ね。実の所は、きっとわたくしを連れ戻してこいとでも言われているに決まっているわ。いやねえ」
 そう。志野お嬢様は、欧州を回り見聞を広めたいとお父上におねだりし、二ヶ月という約束ではるばる月道を渡って、この欧州はノルマン王国までやって来たのでございます。‥‥去年の暮れに。
 パリでセーヌの流れを眺め、にぎやかな聖夜祭の様子を堪能し、すっかりノルマンが気に入った志野お嬢様は、『ここで帰ったら二度と来られないかもしれませんわ』とおっしゃって、二ヶ月の滞在の約束を余裕でぶっちぎってしまわれたのでございます。
「だってばあや、お父様はね、最近こうおっしゃってるんですってよ。『志野はどこにも嫁にやらん、ずっとこの店に置いて、私の死に水をとってもらいたい』って。最初は冗談だと思っていたけれど、本気だとしたらそんなのひどいじゃない? わたくしの気持ちはどうなるの?」
 だから、お父様に少しお灸を据えようと思うの‥‥お嬢様の言い分はごもっともですが、滞在を引き伸ばすためのいい口実という気がしなくもありません。
「まあ、ここでごねて伯父様を困らせてもいけませんしね。仕方ありませんわ」
 ドレスタットもパリとはまた違う趣があって、楽しかったですけれど‥‥と溜息をついた志野お嬢様の背後から、がらがらと荒っぽい車輪の音が聞こえました。一年近くの滞在で、お嬢様もばあやもすっかりこの音には慣れています。馬車に道を開けるべく、端に寄ろうとして。
 ひょいと、志野お嬢様のきれいな着物姿が空中へ持ち上がるのが見えました。
 素早くお嬢様を抱え上げたならず者は、御者台の仲間に指示をしました。馬車馬は鞭をくれられてさらに走る速度を速め、みるみるうちに馬車が遠ざかります。お嬢様はびっくりしたように目を丸くして、棒読みでこう叫びました。
「あーれー」
 お嬢様はきっとパリで見たお芝居で、さらわれた娘はああ叫ぶものだと思っておられるのです。
「お、お嬢様――!?」

 一時間後、ばあやは冒険者ギルドに駆け込み、ものすごい勢いでことの次第をまくし立て、ギルドに依頼書を貼り出させることに成功いたしました。話では、馬車は裏通りへ入り、港のほうへと走っていったということです。

●今回の参加者

 ea9085 エルトウィン・クリストフ(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea9150 神木 秋緒(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9517 リオリート・オルロフ(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0254 源 靖久(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0704 イーサ・アルギース(29歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb2419 カールス・フィッシャー(33歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

 昔からいわれることですが、大きな街というのはとかく犯罪が起こりやすいもの。
 金や物の動きが活発なので、それを狙う悪者が現れるのはもう仕方のないことです。それに余所者の姿など珍しくもありませんから、足もつきにくい。加えてこのドレスタットの場合、もし捕まりそうになっても、海を越えて外国にでも逃げてしまえば、役人さんもそう簡単には手が出せなくなるのです。
「‥‥それにしたって、白昼堂々若い娘を攫っていくとは驚いたけど」
 ギルドの建物を出て神木秋緒(ea9150)が軽く溜息をつくと、カルナックス・レイヴ(eb2448)は肩をすくめながら彼女のほうに流し目をやりました。
「ヤマトナデシコといえば、東洋の黒真珠とでもいうべき世界の財産だ。思わずかっさらいたくなる気持ちもわからなくはないが、本当に実行してしまうのはいただけないな。洋の東西を問わず、女性はもっと丁重に扱わなくちゃ」
 こんなふうに、と言いながら肩を抱こうとしましたが、秋緒は彼が弁舌を振るっている間にさっさと距離をとっていました。カルナックスの手が空を切り、それに気づいているのかいないのかイーサ・アルギース(eb0704)が首を振ります。
「あのばあや様もずいぶん取り乱しておいででしたし、早めにお助けしてさしあげたいものです」
「それについては私も異存はない。仕事でもあるしな」
 カノン・リュフトヒェン(ea9689)が答えると、源靖久(eb0254)も頷きました。
「そうだな。まあ、約束を反故にしたのは感心しないが」
「同郷でもあることだしね」
 秋緒の言葉に一瞬靖久が沈黙して目を伏せましたが、それに気づいた者はいなかったようです。わずかな間ののち話し始めた彼の声音には、動揺らしきものはほとんど感じ取れませんでした。
「先ほどのばあや殿の話によれば、彼女は黒髪に黒い瞳。茜色の小袖を着ているそうだ」
「?」
 聞きなれない単語に首を傾げている仲間に気づいて、秋緒が簡単に着物について説明します。それにしてもこの分では、街中での情報収集の折にもいちいち着物について説明せねばならなくなりそうです。
「ジャパンの未婚女性って、振袖を着てるものだと思ってましたわ。こういう長ーい袖の」
 エルトウィン・クリストフ(ea9085)が身振りで示すと、秋緒が苦笑いしました。
「それはまあ、正式にはそうだけどね。どうしても着なくちゃいけないってものでもないし、第一旅先で大振袖じゃ不便でしょ」
「よくわからないが」
 リオリート・オルロフ(ea9517)が重々しく口を開きます。
「ジャパンの着物だと、一目でわかるものなのだな?」
「そうだな。ドレスタットの者なら異国の品を見る機会もあるし、わかる人にはわかると思う」
 靖久が答えると、それならいいとリオリートが頷きました。おぼろげながらも浮かんだ頭の中のイメージに、狙われるのもわからなくはないな、とカノンは首を振っている様子。一方、それまで考え込む風情を見せていたカールス・フィッシャー(eb2419)が、組んでいた両腕を解きました。
「さて‥‥連中の目的だが」
 遠く異国の土地で、ジャパンのお嬢様がならず者の恨みを買うことがあるとは思えません。お金目当てだろうということは、ほぼ全員が意見の一致をみました。問題はどうやってお金を得るつもりなのかということで、それによって方針も変わってきます。
「身代金目的‥‥とか?」
「いや。その可能性は薄いな」
 エルトウィンの言葉に、カールスはかぶりを振りました。
「それなら、まずさっきのばあやに要求が来ていてしかるべきだ。大体彼女の身代金を取り立てようと思ったら、ジャパンからということになるだろう? 彼女たちの旅費がどれほどあるかは知らないが、誘拐の危険に見合うほどとは思えないしな」
 大金が欲しいにしても、もう少し利口な方法がありそうなものです。可能性としての話だが‥‥とカールスは続けます。
「彼女の身柄をどこかに売り払うつもりではないかと思うのだ」

●東の国から来た少女
「ああ、キモノ姿の子?」
 表通りの出店で店番をしていた女の子は、すぐに思い当たったようでした。
「あーれーとかなんとか言いながら、馬車に乗せられてったわよ。見世物か何かなの? あれ」
「ええと」
 まさか人さらいなのですと言うわけにもいきません。下手に騒ぎになったらお嬢様の身が危険かもしれないのです。どう説明したものかエルトウィンが迷っていると、すかさずその横合いからカルナックスが身を乗り出しました。
「話したらきみの身に危険が及ぶかもしれないんだ。どうか秘密ということにさせてほしい。きみのような美しい人をそんな目にあわせるなんて、俺には耐えられないよ。ところで君、名前は」
 立て板に水の勢いの彼の言葉を、エルトウィンはわざとらしい咳払いをして止め、さりげなく手を握ろうとしていた彼の目論みは失敗に終わりました。売り子の女の子は人間、カルナックスはエルフなのですが、どうやら彼の女性尊重は洋の東西どころか、種族さえあまり選ばないようです。
「念のためお聞きしますけど、さっきお聞きした服装で間違いないんですのね?」
「赤い着物に黄色っぽい帯でしょ? 綺麗な柄だなあって思ったから覚えてるわよ」
「その馬車はどちらの方向へ?」
 カノンが尋ねると、女の子はあっち、と指さしました。記憶に間違いがなければ、その道をまっすぐ行けば港の方向です。礼がわりにその出店で売っていたニシンのパイをひときれ買って、冒険者たちはその場を離れました。
「やはり港の方で間違いないようだな」
「問題は今彼女がどこにいるかだ。港、というだけでは漠然としすぎている」
 靖久の言うとおり、ドレスタットの港はしらみつぶしに探すにはちょっと広すぎます。
「港ということは、やっぱり船に乗せるつもりなのかしら」
 秋緒が呟きました。カノンはこともなげに肩をすくめます。
「こんな派手な手口を使えばすぐ足がつく。現にこうして、呆気なく足取りが掴めたしな。連中がドレスタットを離れるつもりだとしても不思議はない」
「カールスさんは、志野さんをその‥‥売り飛ばす気なんじゃないかって言ってたけど」
「そういうことも世の中にはある。東洋人というのはめずらしいが」
 カノンの言葉に、秋緒は少しひるんだようです。同じジャパン人である自分の境遇を省みたのでしょう。カノンは無表情のままその様子を見守り、珍しいから高く売れるだろう、という彼女自身の予想は黙っておくことにしました。彼女たちの仕事は志野お嬢様を助けることなのですから、そんな意見は口にしても意味がありません。
「ま、あれだ」
 それぞれタイプの違ううら若き女性たちと一緒のためか、カルナックスは上機嫌です。
「このやり方からして、それほど頭の回る連中じゃないな。知恵のきく奴らなら、港は囮で実際は陸路って可能性もあるが」
「どちらにしろ、港で情報を集めればおのずと分かることだ。街を出られたら追うのが面倒だ、急ごう」
 靖久の言葉に、冒険者たちは足を速めました。

 志野お嬢様の居所をつきとめるのは少々苦労いたしました。何しろ港は広いですから。
 靖久は市場で、華やかな茜色の小袖を見つけました。港近くでは客船や定期船の乗客相手に、市場が開かれているのです。聞いていた通りのきれいな染めと刺繍で、靖久にもこれは高価そうだと見当がつきます。とんでもない高値がついていたため買い戻すには少々所持金が足りませんでしたが、誰にも売らないでほしいと店主に約束を取り付けておきました。
 一方のカールスは、船乗りたちから、使われていなかった古い倉庫を余所者が勝手に使っているようだ、という話を聞き込んできました。話を聞いたイーサが試しに偵察に行ってみると、見張りらしい男がうろついています。戻って報告すると、仲間たちはようやく確信を得られたようです。
「そこで間違いないな」
「見張りを倒すのは簡単ですが、内部に何人いるかわからないのが問題ですね」
 イーサの言葉に、カールスが軽く口の端を上げました。
「こちらには少々知恵がある。そこが向こうの連中とは違うところだ」

●お嬢様、救出さる
 結論からいうと、賊はまったくの雑魚だったのでした。
 まずイーサが倉庫を見張っていると、夕方ごろ何人かの男たちが中から出てきました。どうやら食事にでも出かけるのか、でなければ人質の食事でも買いに行くのでしょう。急いで仲間に知らせにいくと、リオリート、カールス、靖久と、腕の立つ三人がそれを追いかけました。どう見ても街のチンピラ以上に見えなかった男たちのことを考えると、ちょっと気の毒です。
 さらにしばらく様子を見て、動きがないのを確かめると、イーサは弓で見張りの足を射抜きました。
 よほど痛かったのかとんでもない悲鳴が響きましたが、足を封じたところでカノンが飛び出し、見張りをあっさりと倒しました。声を聞きつけて倉庫の中から現れた二人は剣を持っており、彼女らを見るなり襲いかかってきましたが、鮮やかに一閃された秋緒の刀が、賊のなまくら剣をまっぷたつに断ち割ってしまいました。こんな技を見せられては、降伏するしかありませんね。
 問題の志野お嬢様は倉庫の奥で、襦袢姿で縛られたまますやすやと眠っておいででした。目立つ小袖を脱がされて、市場で売り飛ばされてしまったのでしょう。襦袢といえばジャパンでは寝巻きや下着と同じですから、『ヤマトナデシコ』の危機に真っ先に駆けつけたカルナックスに、秋緒は急いで回れ右させました。
「おいおい、なんだよ? 別に裸ってわけじゃないのに」
「日本人にしかわからないの! いいから後ろを向いてて。エルトウィンさん、その外套貸して」
 エルトウィンがマントを着せかけていると、先ほど別れたばかりの靖久たちがもう戻ってきました。買い出しに出かけた男たちを引きずっており、リオリートに至っては両肩にチンピラを一人ずつ担いでいます。
「呆気なかった。せめてもう少しぐらいは、歯ごたえがあると思ったのだが」
 不満そうに言うリオリートですが、彼と互角以上に渡り合うような悪党がそうそういるのでは、それはそれでちょっと困ります。

「まあ。そんなことがございましたの」
 あわや異国に売り飛ばされるところだった志野お嬢様は、目覚めた後に事情を聞いてそう言いました。
「それは皆様、お助けくださってありがとうございました。‥‥それにしても残念ですわ。わたくしを助けるために冒険者の皆さんが大立ち回りを繰り広げるなんて、そんな素敵なことがあったのに、よもや見逃してしまうなんて」
 不覚ですわ‥‥とくやしがるお嬢様を前に、カノンとイーサはそっと目を見交わします。
「なんというか」
「もしかして、大物なのかもしれませんね‥‥」
 もっとも、お嬢様の到着を今か今かと待ち構えていたばあやは違う意見のようです。涙目になりながら地団駄を踏んでいます。
「とんでもありませんお嬢様っ。ばあやはもう日本に帰りとうございます」
「もう、わかっているわばあや。でも伯父様がいらっしゃらないうちに帰るわけにはいかないでしょう?」
 あの伯父様がわざわざこんな遠くまでいらっしゃるのだから、労ってさしあげないと‥‥とお嬢様は言いますが、その実少しでも滞在を引き伸ばしたいのでは、という意図が見えなくもありません。彼女と同じく、ジャパンの家から出奔してきた秋緒が溜息。
「‥‥ま、日本に帰りたくないって点では、私も人のこと言えないけど」
「なんならどうだい、志野ちゃん。その伯父様とやらに、俺たちの仲を教えてやるっていうのは」
 カルナックスが熱いまなざしで志野お嬢様を見つめました。どんな仲もないじゃない、と思わず素に戻ってエルトウィンが指摘するより早く、お嬢様はちょっと小首をかしげてこうおっしゃいました。
「申し訳ありません。お名前、なんておっしゃいましたかしら? こちらのお名前って、わたくしたちには覚えにくくて」
 そもそもお嬢様は、彼のことなど眼中に入れておいでではなかったと知って、彼はしばし凍りついたそうでございます。。