わくらばと花の庭

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月20日〜10月26日

リプレイ公開日:2005年10月28日

●オープニング

 引っ越したばかりの頃に植えた楡の木は、すでにローテの背丈を追い越しつつある。開け放った鎧戸から見える花壇では、夏に種を撒いたポピーや撫子の花が揺れていた。
 あまり人の手の入らない、野にあるままの庭のどこが気に入ったのか、最近は頻繁に鳥が羽休めに来る。今日も朝から野菜の行商に来た青年は、庭で鳥たちが枯葉や虫をついばんでいるのを見て、巣箱でも作ったらどうかと提案してくれた。
 青年を裏門で見送ったあと、昼食を部屋まで持っていくと、奥様は寝台の上に起き上がり今日届いた手紙を広げていた。
「奥様。おっしゃってくだされば、お手紙ぐらい私がお読みしますから」
「だいじょうぶよ。二通しか来ていないし、今日は調子がいいの」
 久しぶりにプロヴァンまで遠出して疲れが出たのか、あれ以来奥様はいまひとつ元気に欠ける。
 ずっと臥せっているわけではないのだが、以前のように自由に家の中を歩き回ることが少なくなり、逆に寝台の上で過ごす時間が増えた。少し疲れやすいだけよと、本人は冗談っぽく笑う。私ったら、歳をとったわねえ。
 食事の量も以前に比べて如実に減った。給仕しているとそれがわかる。それでも調子がいいというのは本当のようで、今日は粥も根菜のソテーもほとんど残さずに食べてくれた。
「冒険者のみなさんは、いついらっしゃる予定だったかしら」
「ギルドにお願いした日程には、まだ少し間があります。今年も頑張ってもらいましょうね。ずいぶん落ち葉がすごいですから」
 去年と同じく、今年も前庭は落葉が雪のように降り積もっていた。一週間ほど前に行商の青年が軽く掃除をしてくれたのだが、彼にも仕事がある。広い庭を満遍なく掃除してもらうわけにはいかない。
「最近小鳥がよく来るのね。さっきもそこの窓辺にとまっていたのよ」
「私もよく見ますよ。お庭が気に入ったみたいですね。ついでですから、冒険者のみなさんに巣箱を置いてもらいましょうか」
「それもいいわね。家族が増えるわ」
 他愛無い話を交わしながら食べ終わった食器を下げていると、玄関が力強くノックされる音が響いてきた。
「お客様みたいですね。すみません、ちょっと行ってきます」
 早足で玄関へと急ぐ。急かすようなノックに、はいただいま、と答えながら扉を開けた。その向こうにいたのは、肩幅が広く背の高い男だった。その精悍な顔にも、背の向こうに見える大きな馬にも見覚えがある‥‥いつだったか奥様を訪ねてきた人だ。
「アンヌ様に、シュルツが来たと伝えてくれ、お嬢ちゃん。奥方様にはそれでわかる」

 私室に通していいというので、大急ぎで奥様の服装を調えた。さすがに寝巻きで応対させるわけにはいかない。
 息を切らして玄関に戻り、客人のために椅子を引くと、無造作に壁に剣が立てかけられる。男爵家のお屋敷でよく見たような、いかにも貴族の腰のお飾りという代物ではなかった。装飾も彫刻もない実用一辺倒のものだ。
「‥‥ごめんなさいね、面倒をかけて。あなたがまだプロヴァンにいるって聞いたものだから」
「いや、受けたご恩に比べればこれぐらいは。むしろこのような大事な用に、俺のことを思い出してもらえて光栄です」
 軽く会釈した客人は、先ほどのぞんざいな物言いが嘘のようだ。美しい言葉遣いとは到底言えないが、礼節を守った丁寧な喋り口調だった。どういう方なのかしらと思いつつ、お茶を出すために退出する。
 台所に向かおうとした廊下の途中で、昼食の器をまだ下げていなかったことを思い出した。ごたごたしていたので忘れていたが、客人のそばに汚れ物の食器があるというのはどうもおさまりが悪い。引き返すと、戸口からは親しげな会話が漏れ聞こえていた。
「そういえばしばらく前、あなたを訪ねて可愛らしいお嬢さんがいらしたのよ。とても大事な用のようだったから、わたくしの知っているあなたの常宿をお教えしたの。マリーさん、そちらに着いたかしら」
「やはりアンヌ様の差し金でしたか。‥‥おかげでうちの団は調子が狂ってます」
 じっと戸の向こうに耳を澄ましていたローテは、唐突に、これは立ち聞きではないかと気がついた。はしたない。さっさとお盆を下げて、お客様のための用意をしなければ‥‥。
「‥‥ところで、あの娘が?」
 戸を開けようとした手が止まった。
「そうなの。とてもいい子よ。働き者だし、元気だしよく気がつくし。公証人の方から聞いたのね?」
「ええ、まあ。使用人として隠居先まで連れてきたとは聞いていましたが」
 文脈から考えて、娘とはどう考えても自分のことだ。二十歳も過ぎた女に使う呼び方とは思えないけれど、ずっと年嵩である彼らにしてみれば、確かにローテなど小娘に違いない。どうしてここで、話に私が出てくるわけ?
「お気持ちは変わりませんか」
「そのためにこの家を買ったのだもの」
「あなたはまだ充分にお元気だ。今は単に、気候が変わったせいでお体が弱っておられるだけでしょう。なにもこれほど早く決めることはないのでは?」
「だから、ですよ。わかっているでしょう、ゲオルグ?」
 使用人風情に関係のある話とは思えなかった。奥様が何をおっしゃっているのかわからない。ローテはその場から動けなかった。進むことも、後ずさることも。
「動けなくなってからでは遅いの。今のうちに遺言を書き換えておきたいのよ」

●今回の参加者

 ea1558 ノリア・カサンドラ(34歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3803 レオン・ユーリー(33歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea6337 ユリア・ミフィーラル(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

「んー。改めて見るとやっぱり広いねえ、ここのお庭」
 朽ち葉色に染まった庭を見渡しながら、ノリア・カサンドラ(ea1558)は感心したように言った。納屋から出してきた庭掃除用の箒を小脇に抱え、準備運動といった具合にぐるぐる肩を回している。
 同じく箒片手に、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)も軽く溜息をついた。
「確かにこうでかいと、たかが落ち葉掃除でも一仕事だよなあ」
「ま、みんなでばしばし働けばさくさく終わるって。こう見えてもあたし、家事は大得意だしね」
「へー」
「あっ。信じてないなっ」
 気のなさそうなクロウの返事に、ノリアが頬を膨らませて振り返る。『殴りクレリック』という勇ましい異名を持つ彼女が、今更『家事が得意』と言ったところで説得力に欠けるのだが、果たして当の本人にその自覚があるのかは謎である。
「春のお茶会のとき見てたでしょ? あたしがちゃーんとユリアさんたちの手伝いしてたのを」
「茶菓子運んでただけじゃん」
「でも、私だと運ぶのが大変なので、その節はとっても助かりました〜」
 その茶菓子を作っていた内のひとり、ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)はシフールなので、確かに運搬役は難しいだろう。横合いから入った援護に、そうでしょそうでしょと頷きながらノリアは胸を反らせた。
「そういえば去年の秋もこうして、落ち葉掃除のためにこのお邸に来たですよねえ」
 懐かしげに呟いたのは、ラテリカ・ラートベル(ea1641)だ。やはり同じ依頼に参加していたミカエル・テルセーロ(ea1674)も、庭先にある楡の木に視線を向けた。植えたときにはまだ小さかった苗は、今やミカエルの背丈を追い越し、地面に淡く影を落としている。
「あれからもう一年ですか‥‥時が経つのは早いですよね」
「ですよねえ? 皆さんはご存知ないでしょけど、初めて来たときはすごかったですよー。このおうちって奥様たちが越してくる前は空き家だったので、お庭一面、草しか見えなかったです」
「もしかして、草むしりの依頼だった?」
「当たりです」
 当てずっぽうで言ってみたレオン・ユーリー(ea3803)に、ミカエルがにっこり笑う。
「俺の時は種まきだったなあ‥‥このポピーや撫子、俺たちが植えたやつだ」
 レオンの足元では犬のチリノが、微風に揺れる慎ましやかな秋の花に鼻先を近づけ匂いをかいでいる。
「改めて考えてみればこの庭って、いろんな冒険者の手が入ってるんだね」
「ふふ。そういう意味ではここは、奥様とローテさんと、みんなの庭ですよね?」
 感慨深げに呟くユリア・ミフィーラル(ea6337)も、彼女の言葉にいたずらっぽく微笑するシェアト・レフロージュ(ea3869)も、この邸には何度か出入りしている。この家の女主人である奥様や、女中のローテとも顔なじみだ。
「奥様はお具合がよくないそうですけど、お加減はいかがでしょうねぇ‥‥」
 やはりほぼ常連であるミルが、心配そうに邸の鎧戸を見上げる。
 なんとなくその場に落とされた沈黙を、手を叩いて破ったのはノリアだった。
「さー、とりあえず仕事仕事! ギルドへの依頼内容はここの掃除だもんね。さっさと始めないと終わらないよ」

●病葉
 天候を読めるラテリカによると、午前中はあまり風のない状態が続きそうだそうだ。
 『昼からは少しお天気が崩れてくるかもです』‥‥という事で、午前中のうちに前庭の掃除に取り掛かることにした。前庭は広いので、もし風が強くなってきたら掃除が大変だ。ここで指示を出すのは家事に詳しいレオンと、家事が得意と自称するノリア。
「門のほうは俺が見るから、玄関のあたりはノリアさんに任せてもいいかな?」
「ん、了解。やるからには徹底的にきれいにしようね」
 頷いたノリアは言うなり屈伸運動など始めていて、掃除というより何かの運動競技に出場するみたいである。レオンでなくとも、本当に大丈夫かなと不安になろうというものだ。
 とりあえず各自持ち場へと散り、しばらくすると庭のあちこちで箒の音が聞こえ始めた。
 風向きの具合によって生垣の外からも落ち葉が吹き込んでくることがあるらしく、落ち葉はずいぶんと量が多い。ミルが庭を飛び回って、特にひどい場所があればテレパシーの魔法で他の者に知らせていた。
 ある程度掃いてまとめた枯葉は、風が強くなる前にとレオンが準備しておいた麻袋に詰めておくことにした。人間ひとりぐらいは余裕で入りそうな大きな袋が、あっという間に二ついっぱいになる。
「袋、足りるかな?」
 少々心配そうにレオンが言うと、軽やかに歌いながら箒を使っていたシェアトが手を止めた。ぱんぱんに中身が詰まった麻袋を見下ろす。
「大丈夫だと思いますけど‥‥あ、そうそう。掃除が終わったら、落ち葉焚きで何か焼こうって、ユリアさんたちが」
 ミルやミカエルによれば、去年の落葉は土と混ぜて肥料にするぶんを除いてもだいぶ余り、処分も兼ねて庭で焚き火をしたそうだ。なら今年もそうして悪いことはあるまいと、ユリアは最近出始めた林檎、ミルはナッツ類、ノリアは栗を、それぞれここに来る前に調達してきていた。
「いいね。掃除が終わる頃には、どうせ皆腹を空かせてるだろうから」
「ですよね。楽しく食べていれば、奥様も食欲が湧くかもしれませんし‥‥」
 知らぬ仲ではない以上、具合がよくないと聞けばやはり気がかりだ。頷きあう二人を、チリノが不思議そうに見上げている。
「あっ。鳥さんです」
 一方、耳慣れない声を耳に留め頭上を見上げたラテリカが、手を止めて嬉しそうな声を上げた。
 歌うようにさえずる小鳥に向けてちちち、と鳴き真似をすると、鳥は枝の上で何度か羽ばたく。やはりクロウが手を休めて、その声に聞き入った。
「‥‥へえ。あの鳥、この辺だとわりと珍しいんじゃ‥‥っと、ラテリカ、真面目にやれよー。でないとあのおっかねえ姉ちゃんに睨まれ‥‥」
 玄関から庭へ下りてくるローテに気づいて、聞こえるようわざと大きな声を出すクロウ。さあ来るぞ来るぞと内心待ち構えていた攻撃が、いつまで経っても来ないことに気づいて首をかしげる。
「‥‥あれ?」
「お昼、もうすぐできますよ」
 声をかけてきたローテは、どこかぼんやりしているように見えた。ラテリカとクロウは顔を見合わせ、踵を返すローテにユリアが早足で追いついた。手伝おうかと声をかけると、初めて彼女に気づいたようにローテはそちらを向く。
「ね、ローテさん。もし違ってても気を悪くしないでほしいんだけど、何かあった?」
「何かって」
「なんかこの所、様子がおかしいみたいだから。いつも働き者なのに、今日はぼんやりしてるし」
 自覚はあったのだろう。話したものだろうかと、ローテは一瞬逡巡したようだった。だがユリアの顔にからかう色がないのを見て、ためらいがちに口を開く。
「実は‥‥」

 ユリアに続いてクロウ、ラテリカ、ミカエルもローテを心配して原因を聞きたがったため、客人と奥様の話は結局本人の許可を得て、ユリアの口を介し全員に知れることになった。冒険者ってのは俺も含め、よくよくお節介だよなと呆れたクロウは、『客人』のことを一番に怪訝に思ったらしい。
「シュルツっていや、ゲオルグのおっさんだろ? 傭兵団長の。なんでここの奥様と知り合いなんだ」
 流れ者の傭兵と貴族の大奥様では、まるで接点がない。ローテが立ち聞きした内容によれば『恩がある』らしいが、それが何なのかは想像もつかないというのが正直な所である。
 ローテは奥様の部屋まで食事を運びに行った。食堂は冒険者たちのみである。ミルの作った鶏の香草炒めをつついているミカエルもクロウと同意見のようだが、彼の着目はもう少し別のところにあるようだ。
「遺言っていうのも、気にかかりますね」
「だよなあ。具合が悪いせいだと思うぜ、弱気になってんのは」
「いえ、そうじゃなくて」
 ミカエルは眉根を寄せながら、クロウの弁舌を遮った。
「失礼ながら結構お歳を召しておられますし、身分も財産もある方ですから、遺言を作る事自体はわかります。でも奥様は『遺言を書き換える』と仰ったのでしょう? それってつまり、既にある書面の内容を変えたいってことですよね」
 なぜ書き換える必要があるのか。どんな内容に書き換えるつもりなのか‥‥ミカエルの言葉に皆、顔を見合わせる。一介の冒険者の踏み込む領域ではないのは承知の上だが、そこにローテが絡んできそうとなると‥‥。
「ちょっといい?」
「ノリアさん、何か心当たりが?」
「いや、ごめん。おかわりが欲しいだけ」
 どんな雰囲気の下であろうと、美味しいお昼ご飯にありつけたノリアの食欲は衰えを知らない。

●朽ち葉
 ラテリカの予想通り、昼食を食べ終えて外に出ると、頭上には雲の数が増え始めていた。午前中で前庭は大分片付いたので、レオンらが裏手に回り、ノリアは前庭に残ったゴミや落ち葉の片付けをすることになる。
 ノリアが家事が得意というのは本当だったようで、箒を繰る所作も、枯葉を詰めた袋の口を縛る手つきも堂に入っていて手早い。ついでに玄関口をざっと軽く拭いておく余裕さえあった。ものすごく意外だといったら、本人はまた頬を膨らますだろうが。
 だいぶすっきりした前庭の片隅で、ミカエルが板切れや材木と格闘しているのにノリアは気づく。
「あれ? 何作ってんの?」
「あ、すみません、散らかして」
 板の形や幅を整えるのに鋸やら何やらを使ったので、木屑が地面のあちこちに散っている。
「いや、これぐらいならまた掃除するからいいけど」
 と言って、ノリアはミカエルの手元を覗き込んだ。裏庭のほうから戻ってきたミルが、ミカエルを見つけて寄ってくる。
「あっ。ミカエルさん、巣箱完成したんですね〜」
「ええ、なんとか。‥‥あんまり見栄えはよくないんですけど」
 ミカエルの手仕事の腕は、ど素人より多少ましという程度である。よく見ると屋根の形が少し歪んでいるがそれほどは目立たないし、板の隙間にはおがくずを詰めたりもしておいたので、まあ上出来の部類だろう。
「ああ、鳥が来るんだっけ? なんか、午前中も鳴き声がしてたよね」
「そうなんです。お昼のあとに、クロウさんに大体の大きさを教えてもらって‥‥ミルさん、持てます?」
「‥‥なんとか大丈夫です〜」
 自分の身長ぐらいある箱は一瞬ずしりと来たものの、飛べない程の重さではなかったと見える。巣箱を木に固定するための縄と一緒に、ミルは空中へと舞い上がった。荷物のせいで多少危なっかしいが、落ちる気配はない。
「‥‥この辺りがいいでしょうか〜」
 ミルの選んだ場所は邸に程近い、枝ぶりのよい木の中腹あたりで、ちょうど二階の鎧戸を開けると目に入る位置だ。お願いしますとミカエルが声をかけると、ミルは翅を揺らめかせながら、縄で巣箱をそこに括りつけた。箱がぐらつかないか確かめ、縄の結び目を何度か直して、ようやく地上へと降りてくる。
「ご苦労様です」
「鳥さん、あれをおうちにしてくれるといいですねえ」
「次来たときは巣どころか、雛が孵ってたりするかもよ?」
 ちょっと屋根の曲がった巣箱を、三人はしばらく見上げていた。

 枯葉を燃やした焚き火の中で、ぱちぱちと何かが爆ぜている。そろそろ頃合かとユリアが注意深く棒切れで火をかき回すと、黒っぽく煤けた栗の実が転がり出てきた。布でくるんで拾い上げ、期待に満ちた目でこちらを見ているノリアに渡す。
「どうぞ。熱いから気をつけて」
「いただきまーすっ」
 熱い熱いと騒ぎつつ、ノリアは栗の皮を剥いている。少し火の勢いが弱くなったので、レオンが新たに落ち葉を足した。何しろ焚きつけになる枯葉なら大量にあるので、足りなくなることはまずあるまい。さて、と呟きながら、ユリアはざく切りにした林檎を刺した金串を火の傍に立てた。今度は焼き林檎だ。
「ローテさん、どう? 食べてる?」
「ええ、まあ」
「いっぱいあるから、遠慮しないでね」
 言って、それから少し声を潜めてローテに付け加える。
「よかったら消化がよくて精のつくレシピ、あとでいくつか教えてあげる」
「お願いします」
 一方の奥様のほうは、ミルが気遣って茹でた野菜や木の実を蜂蜜がけなどを勧めていた。やはりあまり食が進まないようで、ラテリカやシェアトが心配そうな顔をしている。かえって奥様のほうが、動かないからお腹が減らないだけなのよと笑っていた。
「先日ここにいらした、マリーさん。頑張っているみたいです」
 気を使わせるのもよくないと、シェアトが話題を変える。
「でも団長さんは、とても大事な方がいらっしゃる気がします。それは」
 これではまるで探りを入れているようだと気づいて、シェアトは己に苦笑した。
「とても素敵なことだと思います。奥様にとっては、ローテさんも、団長さんも、大事なのですよね?」
「そうねえ。シェアトさん、私の息子にお会いになったのでしょう?」
 彼女やラテリカ、ミルらが『ミル・プレズィール』というジェラールの楽団に所属し、プロヴァンで演奏会を開くことになったのだとは、先ほど彼女たちの口から話したばかりだった。急な話題転換に戸惑いながら、シェアトは頷く。
「息子の前の代の男爵‥‥つまり私の夫はね、ガスパールといったの。わたくしの嫁いだ頃、父君のギヨーム様はまだご存命でした。ジェラールが生まれ、ローマの侵攻があって夫が亡命し‥‥ふふ、シェアトさん、気づきません?」
「はい?」
「ギルエの血を引く男性はね、皆名前にGがつくのですよ。Guillaume(ギヨーム)、Gaspard(ガスパール)、Gerard(ジェラール)。だから頭文字は皆、G・Gになるのよ。ね?」
 言われてみれば、とシェアトは納得する。だが奥様が何故急にそんなことを言い出すのかわからない。まるでシェアトに謎かけをしているようだ。あの、と言いかけた声を、シェアトさーん! というラテリカの元気な声が遮った。
「演奏、始めるですよー?」
 奥様はにっこりと笑った。
「演奏会で弾く曲目を、披露してくださるのよね? とても楽しみですわ」
「はあ、あの‥‥光栄です」
 立てかけていたリュートを取ってシェアトは立ち上がる。
 『ミル・プレズィール』のメンバー三人が集まり、楽器を構えると、自然と皆から拍手が湧いた。それぞれの喉から、指先から旋律が流れ出し、聴衆たちが手拍子足拍子を取り始める頃には、ささやかな疑問は、黄金色の音楽の中にとろけて消えた。