盗人の末期
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 84 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月10日〜07月18日
リプレイ公開日:2004年07月19日
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●オープニング
「いやあ、もうすっかり夏ですね! どーもどーも」
本日の冒険者ギルドの係員はパワフル、元気いっぱい。挨拶がわりに片手を上げ、もう片手には羊皮紙の束を抱えながら、カウンターの向こうに腰を下ろす。酒場で飲む酸っぱい古ワインにも飽きてギルドにやって来た新米冒険者たちを前に、なにが楽しいのかにこにこと笑顔である。
「お仕事がなさりたいんですねっ。大変けっこう、労働は実に尊い! そんな皆さんの熱意にお応えして、不肖わたくし、素敵なお仕事を見つけて参りました!」
七月を迎え日差しも強まってきた今日このごろ、昼間はじっとりと汗ばむ日々が続いているが、そんな気候よりもなによりも、この係員の態度がむやみに暑苦しく感じるのは気のせいだろうか。
「あれあれっ。どうしたんですか皆さん。元気ないなー。待望のお仕事ですよ? 貧乏からの脱出の第一歩ですよ? お金さえあれば、もうエチゴヤで欲しい武具を指くわえて見てなくてもいいんですよ? ウェイトレスさんに白い目で見られながら古ワインを舐める日々ともオサラバですよ? 張り切っていきましょうよー」
「‥‥いいから続けてくれ」
係員の言い草に思い当たる節がなくもないだけに腹が立ったのか、冒険者はぶっきらぼうに先を促した。
「はいはい、了解いたしましたっ。実はですねー。ある祠にアレが出るんだそうですよ」
「アレ?」
「骸骨」
数年前、ある森の中で、おそらく昔の偉人を祀ったのだろう霊廟が発見された。たいした大きさではないのだが、発見当初はそれでも都会から学者が調査に訪れたりしたらしい。
そのほとぼりが覚めたころにこの骸骨騒ぎである。
「身元はたぶん、祠の中に忍び込んだ盗掘者でしょうねー。目ぼしいお宝はみんな、調査に来た学者さんたちが持って行っちゃったそうなんですけど‥‥知らずに忍び込んだのかもしれませんね」
骸骨は三体。いずれも武装しており、なかなか手強い敵らしい。今のところ霊廟から出てくる気配はないが、これからもそうだという保証はどこにもない。近隣の住民が金を出し合って、冒険者を雇おうということになったようだ。
「なんでもジャパンでは、夏は怖い体験をすると涼しくなるんだそうですよ! よかったですねー」
一体どこからつっこめばいいのだろうと、思ったが冒険者たちは沈黙を守っておいた。
●リプレイ本文
なにか隠してなーい? と言われて相手の視線が泳いだのを、カルゼ・アルジス(ea3856)は見逃さなかった。
「なーんか怪しい〜っ!」
「はて、なんのことやら」
肩をすくめるギルドの係員の額になにやら冷や汗が浮いている。それを半眼で見下ろしながら、五所川原雷光(ea2868)は無精髭に覆われた顔をぱたぱたと手であおいだ。暑い。
「すこし聞き込んだところによれば」
雷光の切り出した言葉に係員がぴくりと反応する。
「巴里の学者らのあいだでは有名な話だそうでござるな。くだんの墓所に亡者が出没するというのは」
「ははー、そうなんですかー」
「‥‥その話が広まったきっかけというのが」
「最初の学者さんたちの調査団に、死んだ人が出たんでしょ?」
しらを切る係員を横目に続けようとした雷光の言葉尻を、カルゼがひっさらった。
「その学者さんたちは目ぼしい宝物を持って、死人を見捨てて命からがら逃げてきたってわけ? そんなときのために、冒険者ギルドで護衛を雇っていたにも関わらずね!」
「すいませんんっ」
係員がおもむろにがばっとカウンターに頭を伏すのを見て、雷光はひとつ嘆息した。
「こういうことは事前に話していただきたいでござる」
「いやまあ、何ぶんギルドとしては外聞のいい話じゃありませんものでー。今回の仕事の解決に直接関係はございませんしー」
間延びした喋り方はどうやら地なのだろう。緊張感に欠ける物言いに、カルゼと目を見交わしながら、雷光は軽く肩をすくめもう一度深く深く溜息をついた。
●盗人の末期
そっと顔をのぞかせて一歩踏み出すと空気が淀んでいる。冒険者たちの鼻腔を刺すのは埃と黴の匂い。
うすぐらい視界の中でつめたい石による影と冷気とが足元にわだかまっているかのようだ。
「‥‥人間用の墓所でござるな」
じゃらり。袈裟の袂から数珠を取り出しつつ、雷光が居心地悪そうに呟く。ジャイアント族の雷光には霊廟はいささか、いや相当窮屈なつくりになっている。背をかがめ首を縮めていないと、石の天井に頭をぶつけてしまいそうだ。
「覚悟はしておったが、やはり埃っぽいところじゃ」
口元をおさえながら、フォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)が眉をひそめそう嘯く。
「真っ暗じゃな。誰ぞ、明かりは」
「ありますよ」
言葉に応じて、周囲がふいに薄明るくなった。冒険者たちの背後から現れたエルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)の手にするランタンの明かりが、赤々と各々の顔を照らしていた。軽くうしろに流した銀髪を揺らし、エルフェニアもまた、注意深い目つきであたりの様子をうかがう。
半地下に作られた墓所は、涼しいことだけは確かだった。隙間なく石の詰められた内部には、ふだん一筋の光もささないのだろう。エルフェニアが明かりをかかげると、墓所の奥へ向けて、石のアーチが冒険者らを誘っている。光の届かない深い闇が、彼らを待っているように見えた。
「奥があるようですね‥‥内部は意外と広いのかもしれません」
「ふむ」
無精髭でざらつく顎をなで、雷光が考え込む様子を見せた。
「であればおそらく、問題の亡者は奥でござろうな」
「たとえ盗人であれ、死したのちも斯様な場所で永遠にさまよわせるというのはあまりに忍びない」
すうと目を細めたフォルテシモが、いかにも神聖騎士らしいことを口にする。
「わしらの手で、屍は地に魂は天に還してやるのが、せめてもの慈悲じゃろう」
●罠
ランタンの明かりが照らす輪の中で、冒険者たちの足音だけが響く。曲がり角にさしかかり、源真霧矢(ea3674)は目印がわりのまるい白い石を足元に置いた。
「ちょお待ち」
「?」
霧矢の制止に、一同、立ち止まる。霧矢は帯にたばさんだ刀で、目の前の床を慎重に叩いてみた。石づくりのはずの床を叩いているにしては、音が軽い。
「罠‥‥ですか?」
「たぶんな」
虚珠衛至(ea4325)の言葉にこたえ、霧矢は肩をすくめた。解除できるだけの技術を持つ者は、今回の仲間にはいない。どういう罠かは皆目見当がつかないが、だからといって身をもって確かめるというわけにはさすがにいくまい。
「こらあかんわ。さっきの分かれ道まで戻ろ」
「墓といっても、こう広いとそうは思えぬものでござるな」
隊列の最後尾から、葎景葦(ea4467)が言う。
「日本で言うなら、古墳、といったところでござろうか」
「かもしれませんね」
明かりのの届く範囲はごく限られている。光の輪の外には闇がこごっており、その中になにがあるかは見当もつかなかった。衛至は暗闇の中に目を凝らしながら、同郷の景葦の言葉にこたえる。
「価値ある副葬品も多かったそうですから、ああいう罠があったのでしょうね」
「ならば、調査団の護衛として同行した冒険者も、そういった罠にかかったものでござろうか」
最年長者である景葦が呈した疑問は、皆が感じていたことなのだろう。一同は黙り込み、また足音だけが耳に届くようになった。ギルドで出発ぎりぎりまで調査をしていたカルゼが口を開く。
「何年も前の話だからねー。記録が見つからなかったみたい」
「案外、あれや。霊廟を荒らす不届き者に怒った、ここのあるじが‥‥」
思わせぶりに言葉を切って、霧矢は胸の前で両の手をぶらぶらさせる。ジャパン特有の『幽霊』のポーズに反応したのは、やはり景葦や衛至らジャパン出身の者らだった。
「祟りですか」
「折角静かに眠っとったところを荒らされたんや。化けて出たっておかしくないやろ」
スケルトンやズゥンビ、レイスなどは俗に不死者、アンデットなどと呼ばれる。死者が生前の未練によってこの世にとどまっている状態である。魔法でアンデットを作り出すこともできるが、ケースとしては霧矢の言うように『化けて出る』ことのほうが多い。アンデットを作る魔法を使える者は限られている。
「何にしろ、実に面妖な話であるのは確かでござるな」
「確かに‥‥」
最後尾からの景葦の科白を受けた衛至が、ふと立ち止まった。
「どうしたのじゃ」
「しっ」
怪訝そうなフォルテシモの言葉を鋭くさえぎって、息をつめたまま衛至が前方をうかがっている。
「いるね」
「います」
暗闇の向こうに目を凝らしたままつぶやくカルゼ、それに応じて頷く衛至。視力や聴力にすぐれた彼らだからこそわかることだった。冒険者たちのあいだに緊張が走り、各々がその武器を取り出す。
黴と埃のにおいに満ちた空きを裂いて、ひゅん、と風が唸る。
「いかん!」
フォルテシモの剣が弧を描き、飛んできたものを弾き返した。かたい金属音が反響しさび付いた投げナイフが床に落ちる。
かしゃん、かしゃん、とかわいた骨のすれ合う音が耳に届く。明かりを掲げれば、橙の光に照らされて骸骨の姿が浮かび上がった。一体、二体‥‥全部で三体。
一番手前にいた骸骨が大きく踏み込んでくる。
「!」
打ちかかってきた骸骨の突きが、最前列にいたエルフェニアのすぐ横をかすめていった。反撃とばかりに剣をふるうと、硬い手ごたえとともに剣がはじかれる。
盾でかわされたのだ。エルフェニアははっと顔を上げる、骸骨の剣は振りかぶられる、回避行動をとろうにもそれだけのスペースがない。とっさに大きく一歩後方に退いた。すぐ後ろの雷光のぶあつい胸板に受け止められたエルフェニアのすぐ目前を、剣の軌道が過ぎていく。
「こらあかん」
狭い通路では接近戦組は思うように戦えない。向こうの強さがどれほどのものかわからないが、一対一で戦いに臨むのは得策とはいえない。霧矢が顔色を変えて、全員に指示を出す。
「戦いながら開けた場所まで後退するで。一対多数であたらんとヤバいかもしれん。衛至はん」
「はい」
うなずいた衛至の詠唱が低く響く。ウォーターボムが破裂し、骸骨たちが動きを止めた隙に、冒険者たちは後退を開始した。
●末路
指先で輪を描く。カルゼの描いた円はそのまま水の精霊の力を具現化し、うすい氷の円盤となって術者の手の中に立ち現れた。
フォルテシモの目の前の骸骨の剣が浅く腕をかすめて、袖が裂け白い肌に血がにじむ。そちらのほうを向いて、カルゼが『アイスチャクラ』をかかげ大きく腕をふるった。
「あぶないよーっ」
投げると同時に言うことでもないが、とにかくカルゼの手から円盤は解き放たれた。まっすぐ飛んだ魔法の輪は、骸骨に命中し鎖骨を砕いた。
がくりとバランスを崩した隙を見逃さず、フォルテシモが剣の平で頭蓋のてっぺんを殴りつける。くだけた頭蓋骨がぽろりと首から離れて落ちたが、頭を失った胴体のほうは、カクカクと出来損ないの操り人形のようにまだ動いていた。
「うわっキショッ」
うっかりそれを見てしまった霧矢には構わず、ウリエル・セグンド(ea1662)が目の前の相手へと踏み込んだ。剣による斬撃を受け止めた左手の短刀が悲鳴をあげる。景葦のオーラエリベイションによるものか動きに迷いはない。
左手の短剣で攻撃をしのいでいる間に、ウリエルの右手がはねあがる。
鎖骨と上腕骨のつなぎめ、かろうじて腕がくっついている状態だった肩口を狙った一撃はみごとにその部分をうち砕いた。盾を持ったままの腕が落ちて、石の床の上をバウンドしながら転がっていく。
片腕を失った相手を倒すのはたやすい。
受け止める盾のない側からの霧矢の斬撃で、骸骨は力なくその場に崩れ落ちた。
「‥‥これで‥‥全部か?」
ウリエルの茫洋としたつぶやきと同時に、カルゼがもう一度放ったアイスチャクラで、もう一体の骨武者が倒れる音がした。骸骨の残骸を見下ろしながら、ウリエルは表情に乏しい顔で、ふた振りの得物を鞘におさめる。
「そのようですね。皆さん無事で何よりですが」
浅く血のにじんだ服をみおろしてエルフェニアが顔をしかめる。
とはいえ最初から数では勝っていた。死んでいるだけあってかなりしぶとく、やや長期戦にはなったが、景葦のオーラの援護や衛至の精霊魔法の援護もあって押し切ることはさほど難しくなかった。
「やっぱ剣とかボロボロだねえ。使えそうなら持って帰って売ろうかと思ってたんだけど」
「少しは死者に対して敬意を払わぬか」
フォルテシモが顔をしかめてもカルゼはどこ吹く風である。
「まーいいか。ジャパンの風習はともかく、確かにちょっと涼しい思いはできたもんね。カビくさいのがナンだけど」
そうだな‥‥と、相変わらずぼそぼそとしたしゃべり口のままウリエルがうなずく。
「‥‥確かに涼しかった‥‥な‥‥。怖かったかと‥‥聞かれれば‥‥そうでもなかった、が」
そもそも化けて出た者を怖がるような面子でもないのである。